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■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。 ○ 鬱蒼と茂る木々、その合間に身を潜め、月宵・嘉栄と2名の僧は周囲に気を配っていた。 「申し訳ありません、私が至らなかったばかりに‥‥」 息と共に呟き出された声に、2人の僧は視線を落したまま首を横に振る。 「嘉栄様は十分な指揮を取って下さいました。だからこそ、我々は生きているのです。もし、嘉栄様がいらっしゃらなかったら、既に生きてはいないでしょう」 ここは霜蓮寺の傍にある、餓鬼山と呼ばれる所で、餓鬼のようなアヤカシが巣食う山だ。 そこに嘉栄が8名の僧を従えて足を踏み入れたのは、4日前のこと。 餓鬼山に魔の森が掛かったとの報を受け、その真偽とアヤカシの状態を確認するのが目的で入山した。 1日目は何の弊害も無く調査は進み、2日目も同じく調査は進む予定だった。 だが――。 「餓鬼の異様なまでの活性化、これを予想できなかった私のせいです。その為に、6名もの僧が命を落としました。これは私の責任です」 普段は数さえ気を付けていれば問題のない餓鬼。それが異様なまでに活性化していた。 その結果、僧たちは予想以上に苦戦し、山を抜けようとする道中で、1名、また1名と命を落として行ったのだ。 「責任は山を抜けたら取ります。山を抜けるまであと僅か‥‥何としても餓鬼山の状況を統括にお知らせしなければいけませんね」 言って、彼女の目が足元に落ちた。 脛全体に巻かれた布、そこに溜まった血が地面に染みを作る。出血の量からしても、普通の怪我でないだろう。 それでも嘉栄は刀を軸に立ちあがると、何事も無いように2人の僧を振り返った。 「ここは、私が引き受けます。貴方がたは私がアヤカシを惹きつけている隙に山を下り、統括にこの事を報告してください」 「そ、それでは嘉栄様がっ!」 焦り叫ぶ僧に、嘉栄は穏やかに笑んで見せる。 「この怪我では、山を走って降りることは不可能でしょう。普通に歩く事も、あとどれだけできるか分かりません。ならば、少しでも可能性のある方に統括の元へ行って貰うべきでしょう」 「ですがっ、嘉栄様の怪我は我らの――」 「怪我の経由は関係ありません。今を如何するべきか、それが重要なのです」 ハッキリ言いきった嘉栄に、僧が口を噤む。 その事で周囲の音が良く届き、嘉栄の目が木々の向こうに向けられた。 何かが近付く音がする。恐らくは、餓鬼が血の匂いに釣られて近付いて来ているのだろう。 「良いですか。私が咆哮を使って、アヤカシの注意を惹いている隙に行って下さい」 「嘉栄様、嘉栄様はその後どうされるおつもりですか!」 「貴方がたを行かせた後で逃げます。大丈夫ですよ、まだ歩けますから。それに、私は責任を取らなければなりませんので」 心配そうに嘉栄を見る僧に微笑んで、彼女は前を見た。 その顔を見て2人の僧も立ちあがる。 「貴方がたが逃げるまで、私は咆哮を使い続けます。どうか、私の練力が切れる前に行ってください」 言い終えると、彼女は刀を構え咆哮を放ったのだった。 ●霜蓮寺 「統括! ご報告があります!」 息を切らせ駆けこんできた僧に、魔の森について話し合っていた統括と久万が驚いたように振り返った。 「か、嘉栄様が連れて行った僧が、戻ってまいりました‥‥っ!」 急ぎ発せられた声に久万が立ちあがる。 そして僧の目の前で膝を折り、声を潜めた。 「‥‥戻ってきたのは、僧だけか?」 「は、はい‥‥酷い怪我でしたが、なんとか話は聞けまして、どうやら相当数の餓鬼に囲まれ、同行の僧の殆どが‥‥その‥‥」 僧は言葉を詰まらせると視線を落とした。 その先は言わなくてもわかる。久万は立ち上がると統括を振り返った。 「統括、餓鬼山の状況は芳しくなさそうですな」 「そうだな‥‥しかし、餓鬼がそこまで活性化しているとは‥‥もしかするとそれは餓鬼ではなく、別の‥‥」 統括は考え込むように呟くと、その口を噤んでしまった。 それを受け、久万は再び僧に視線を戻す。 「まさかとは思うが、嘉栄も‥‥か?」 「いえ、嘉栄様は僧を逃がすために、自ら囮になったと‥‥その時は、足を負傷しておられたようですが、御存命だったと」 「そうか。ならば統括! 急ぎ、嘉栄の捜索を――」 「久万、至急餓鬼山道に腕の立つ僧を向かわせよ。活性化する餓鬼の掃討と、魔の森の対処を行う」 久万の声を遮るように発せられた言葉に、彼の目が見開かれた。 「‥‥統括、餓鬼の掃討と魔の森の対処のみでございますか?」 「そうだ。至急対策を練らねば、霜蓮寺および、周辺の村に影響が出よう」 「しかし、それでは嘉栄は‥‥」 「今は民の方が重要である。嘉栄のことは捨て置け」 「統括ッ!」 嘉栄は統括の右腕的存在の筈。それを捨て置けと言った彼の言葉に、久万は思わず叫んだ。 だが統括の表情は変わらない。 久万の顔を正面から見据え、坦々と言葉を紡ぐ。 「僧の指揮は久万が行え。私は北面の志士へ協力の要請を行う。報告は随時行うように」 言い置き、統括は部屋を出て行った。 その姿を見送り、久万は苦い表情で視線を落とす。 「‥‥確かに、民の方が大事。しかし、嘉栄を失えば、痛手どころではありますいまい‥‥」 だが今の霜蓮寺では、そこまで人手を裂く事は出来ない。 「――致し方ないのであろうか」 目を伏せ呟く彼に、今まで控えていた僧が顔を上げた。 「久万様‥‥我らは手を差し伸べられませんが、開拓者ならば」 「開拓者‥‥?」 思わぬ提案、そんな表情を浮かべる久万に、僧は深く頭を下げる。 「金は掛かりますが、それでも嘉栄様の捜索をしていただけるかもしれません」 「しかし、それでは統括の考えに背く事になるであろう。それだけの金があれば、餓鬼の掃討、魔の森の対処も楽になる。その金を嘉栄に使うなど‥‥だが、しかし‥‥」 確かに開拓者ならば、嘉栄の捜索を行うことは可能だろう。 だが統括に見つかれば途中で別行動を取らされる可能性もある。となると、餓鬼の掃討と、魔の森の対処に当たる者たちの目に触れずに、嘉栄を捜索して貰わなければならない。 「餓鬼との戦闘に加え、隠密行動か‥‥難儀な依頼だな‥‥」 「‥‥久万様」 「戻った僧から詳しい情報を聞いておけ。それを元に開拓者ギルドに連絡を入れよう。但し、これは他言無用‥‥統括の耳には絶対に入れないよう対処する」 「畏まりました!」 僧は深く頭を下げ直すと、静かな動作で部屋を出て行った。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
珠樹(ia8689)
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●いざ! 黒の空に浮かぶ月。 その下に集まった僧達は、松明を持ち緊張した顔で立っていた。 その前にいるのは、長薙刀を手にした久万だ。 彼は集まった者を前に、これからの説明している。 「良いか、山に潜む餓鬼は従来のモノとは違う。常に4人以上で行動するよう心掛けよ。日の出を限度とし、最低限の情報を集めること。状況次第では火を放つ」 集まった者たちは、厳かに放たれる言葉を受け止める。 その様子を、物陰に潜み伺う者たちがいた。 「火か‥‥一刻を争うな」 潜む影の1つ、百地 佐大夫(ib0796)が黒の瞳を動かして呟く。 その声に将門(ib1770)が頷き月を見上げた。 「陰る心配なさそうだ。だが、火か‥‥確かに、その方法も考えるべきだろうが‥‥」 今回の依頼を思い出し苦笑が滲む。 「大の為に小の犠牲とせざるを得ない状況と言うのはわかりますが‥‥」 高遠・竣嶽(ia0295)はそう口にして視線を落とした。 思うことはある、だが全てを批判することは出来ない。しかし、拭いきれない想いがあるのも確か。 「まあな。その場所を納める人間として、身内を優先しているように見せられねぇ、見せる訳にはいかねぇのは分かるが‥‥」 竣嶽の声に同調して、山に残る人物を思って酒々井 統真(ia0893)が口にした。 「‥‥可能ならばどちらも救ってみせたいもの」 「だな。余計なお世話だろうが、頑張った奴は助けてやんねぇとな」 統真はそう言うと、金色の瞳を動き出そうとする集団に向けた。 聞いていた以上に僧の数は多い。中には武装した志士の姿もある。 「大変だな」 「――戻ったわ」 僧たちを視界に納めるそこへ、珠樹(ia8689)がやってきた。 シノビらしく物音1つさせずに来た彼女へ目が向く。その直ぐ傍には、彼女とやってきた煉谷 耀(ib3229)の姿もあった。 「如何だった?」 佐大夫の声に珠樹が耀に目配せする。 それに合わせて数枚の地図が手渡された。 「基本的な情報は、皆と集めたものと変わらず。別れた地点の大よその特定は出来ても、それ以上の情報は得られなかった」 珠樹と耀は時間ギリギリまで霜蓮寺で、僧たちの話を聞いていた。 勿論、身を潜めて聞き込まなければいけないため、シノビの彼らに任されたのだ。 「別れた地点は丸をしてあるわ。後、将門が気にしていた裏道だけど‥‥僧が逃げて来た道が使えるかもしれないわね」 言って、珠樹は地図の道なき道を指で辿った。 パッと見ただけでもわかる。人が通れるような道など無い。 だがその返答を聞いて、この場の全員がその道を行く覚悟を決めた。 「一度でも人が通ってれば上等だ」 「だな。全く道がない訳じゃねぇんだ。通れない事はないだろ」 将門の声を拾い、統真が口にする。 そこに僧たちの雄叫びが聞こえて来た。 山に入る前に気合を入れたのだろう。一斉に動き出す姿に全員が顔を見合わせる。 「‥‥さあ、我らは我らの任務を果たしましょう」 竣嶽の声に頷くと、一行は山の中に入って行った。 ○ 山は思った以上に暗く鬱蒼としていた。 空に浮かぶ月は満月に近く、光としては弱くない。だが、木々の間から零れ落ちる光はあまりにも弱々しかった。 そんな中を、開拓者たちは灯りも無く進んで行く。 「‥‥まだ来ていない、か」 黒の欠けた耳を揺らして耀が呟く。 澄ました耳の先、僅かな音も漏らさないように注意を払う。だが彼の耳に物音は届かない。 「‥‥あと少しね」 懐に地図をしまって珠樹が言えば、耀と同じく耳を澄ましていた佐大夫が顔を上げた。 「今の内に別れた方が良いかもしれないな。行動は早い方が良い」 「そうなんだけど‥‥?」 何かを言いかけて止めた珠樹に、皆の視線が彼女の目を追う。 「これはっ‥‥」 目に飛び込んできたのは、無数のアヤカシの姿だ。 瘴気を放って姿を消そうとする姿に息を呑む。 「殆ど瘴気に還っていますが‥‥凄い数ですね‥‥」 「ああ。だが、人の姿はない‥‥」 竣嶽の声に頷きながら将門の目が周囲を探った。 保護対象がアヤカシに喰われた可能性もある。だが、見える範囲で考えるなら、その可能性は低そうだ。 「乾きかけてるけど血溜まりがあるな。ここで間違いなさそうだ」 朽ちるアヤカシの間を縫い、統真が地面を探る。これで確信が持てた。 嘉栄はこの場所で僧と別れたのだろう。 そして、囮となってこの場を去った。 「考えている時間はないわ。当初の予定通り捜索をして、ある程度の時間が過ぎたら此処に合流しましょう」 「そうですね。月宵様の生存の可能性を少しでも増やすために、出来るだけ急ぐとしましょう」 珠樹の声に続いて竣嶽が言えば、3つに班を分け、捜索が開始された。 ●奇襲と捜索 一行と別れた統真と佐大夫は、視界の悪い足元に視線を落としながら進んでいた。 「ん‥‥?」 佐大夫は先ほどからずっと超越聴覚を発動している。 僅かな音も逃さないように注意しているが、僧が近付いてくる音はない。だがどうも、気になる音が耳を掠めている。 「血痕はあるんだけどな、どうも薄くなって‥‥ん? 如何した」 立ち止った佐大夫に、統真の目が上がる。 緊張を顔に浮かべる彼に、首が傾げられる。 「何かが、近付いてる‥‥」 「‥‥僧か?」 「――違う」 統真は顔を上げると周囲を見回した。 僧であれば灯りを使って捜索を行う筈。逆に餓鬼であれば灯りを使うなんて知恵はない筈だ。 辺りに灯りらしきものはない。だが、佐大夫が近づくモノを感知したなら、それは餓鬼である可能性が高い。 「方向はどっちだ?」 「あっちだ‥‥っ!?」 佐大夫が指差した方角、それを見た瞬間、黒い影が飛び出してきた。 咄嗟に構えを取るが、相手の方が速い。 「佐大夫、退け!」 八極天陣を発動させた統真が、佐大夫と影の間に入ってそれを殴り飛ばす。 ――ドンッ。 木に叩きつけられた影に、木の葉が舞う。 「ッ、‥‥何だ、この速さ‥‥餓鬼じゃないのか!?」 戸惑うその間にも、別の方角から影が飛び込んできた。 それを刹手裏剣で何とか食い止めると、早駆を使って統真の傍に寄った。 「見た目は、餓鬼に似てる‥‥でも、何かおかしい」 佐大夫の声に頷きを返すと、統真は上体を低くして構えを取った。 ○ 黒一色の服で木々の間を進むのは耀だ。 周囲を警戒する彼の頭上には仄かな月の灯りが降り注いでいる。 「‥‥古来より夜襲においては月光の反射を嫌い、刀を背に隠す程。月明かりと言えど侮れないものだな」 思った以上に先を臨める状況に呟けば、傍を歩く将門が月を見上げた。 「全くだな。加えて、あの光もある」 視界端にチラチラと映るのは、僧たちが持つ灯りだ。 獣道を辿って進んだ結果、山に入った僧たちがいる場所へと辿り着いた。 今は餓鬼の姿はないが、ここに来るということはこの周辺に潜んでいるのだろう。 「‥‥少し戻るか」 「そうだな。見つかっても仕方がないしな」 言って歩き出そうとした時だ。 ――ギャァー‥‥うあぁぁ‥‥。 背を向けたその場所から、複数の悲鳴が響いてきた。 それに2人の視線が飛ぶ。 「っ、何だ、ありゃぁ‥‥」 「餓鬼、か? だが、餓鬼にしては動きが――っ!」 咄嗟に暗視を使った耀は、目に移る散々たる光景に息を呑んだ。 その瞬間、飛び込んできた餓鬼に、将門が前に出る。 「おい! 僧は如何した!!」 「‥‥皆、倒れている‥‥」 視界が明るくなったことで確認できる光景は壮絶だった。 意識を失っているだけなのか、それとも命を落としてしまったのかは分からない。 だが、血濡れた地面に4人の僧が倒れているのは確実だ。 そしてその前にいるのは2体の餓鬼。 「呼子笛を‥‥いや、最速で倒すのが先、か」 「他の僧が来る前に片付ける――可能な限り、迅速に」 耀が言って、天邪鬼を抜き取る。それに合わせ将門も珠刀「阿見」を抜くと、2人は同時に地面を蹴った。 ○ 珠樹は瞼を伏せ、耳を澄ませていた。 風音に混じり響く音。 微かだが確かに聞こえる人の息遣いのような音に、彼女の瞼が上がった。 「この先に、何かいるわ」 見据える先に灯りらしきものは見えない。 だが、確かに何かが動く音と、息遣いのような音を聞いた。 「‥‥何、してるの?」 ふと目を向けた先で、竣嶽は地面に膝を着いて、その表面を手で辿っていた。 「草の根を踏んだ跡が‥‥それに瘴気も」 指先に土を取って呟く彼女に、珠樹の目が前に向いた。 「いるかもしれないわね」 珠樹の声に腰を上げると、竣嶽は彼女と共に足音を潜めて音の方角へ向かった。 そして幾らも歩かない内に、その光景は目に飛び込んで来た。 餓鬼らしきアヤカシの喉に突き入れた小太刀、それを抜き、間髪入れずに胴を薙ぐサムライ。 間を置かずに迫るもう一体の餓鬼を、地の波動で牽制する姿に、2人は目を見開いた。 「月宵様」 「あれが‥‥」 満身創痍、立っているのも不思な姿に、竣嶽は刀「泉水」を抜き取ると大地を蹴った。 「逃げるが勝ち――なんて、言ってられないわね」 ふう、そう息を吐いて珠樹も地を蹴る。 そうして嘉栄の間合いに入ると、懲りずに迫る餓鬼に苦無「獄導」を突刺した。 その上で脚力を強化して嘉栄の前に立つ。 そこに、苦無を受けたままの餓鬼が、噛み付こうと首を伸ばす。 「させません!」 ザッと首を薙いだ刃に、餓鬼が崩れ落ちた。 それを確認して刀を納めると、竣嶽は1つ大きな息を吐いた。 「‥‥何、この変な餓鬼」 珠樹は足元に転がった、大人よりも遥かに大きい、腹の膨らんだ餓鬼に視線を落とした。 その時だ。 ――ドサッ。 「月宵様!」 振り返った先に見えた、膝を着いた嘉栄に息を吐く。 「情報伝達の為に自身を囮に‥‥ね。事態の責任の所在はともかく、見上げた根性ね」 今回の依頼主の言葉を思い出し呟くと、珠樹は嘉栄の足を確認して、岩清水を取り出した。 「ねえ、あんた」 「応急処置ですね」 竣嶽の声に頷くと、2人は嘉栄の傷口を洗う所から始めた。 ●餓鬼 ――ピー‥‥。 響き渡った笛の音に、統真は赤龍鱗を餓鬼の腹に叩き込むとその身を引いた。 「コイツは緊急時の‥‥っと、危ねッ!」 直ぐに体制を整え迫った餓鬼に、後方に飛び退く。 そこに一気に距離を縮めた佐大夫が死鼠の短刀を突き立てる。そして、それを待っていたかのように、統真が桜の花弁のような光を舞わせて連撃を放つ。 すると、餓鬼は呆気なくその場に崩れ落ちた。 「はぁ‥‥これ、本当に餓鬼なのか?」 速さと言い、大きさと言い、餓鬼とは思えない。 これがこの山の中に大量にいるとしたら、驚異でしかないだろう。 「気にはなる。が、合流場所に急ぐのが先だ」 「‥‥だな」 佐大夫の声に頷くと、2人は来た時と同じように、周囲の気配を気にしながら元来た道を辿った。 ○ 「ッ、堅ぇ‥‥、仕方ない――」 将門は餓鬼の胴を薙ごうとした所でその刃を引いた。 意識を刀に集中して練力を送り込む。だが、その間にも餓鬼の刃が迫っている。 「邪魔はさせん」 餓鬼の背後に回り、刃を触れさせて注意を引くのは耀だ。 それによって出来た隙、そこに準備を整えた将門が土を踏み締め刀を振りあげる。 「――柳生新陰流、これで如何だ!」 風を切る音が響き、次の瞬間餓鬼の胴が離れた。 これで勝負は決した。 崩れ落ちる餓鬼を視野に、既に次の行動に移った耀に目を向ける。 「全員、息はある」 倒れた僧の無事を確認する声に、頷きを返そうとした時だ。 ――ピー‥‥。 響く音に2人の顔が上がった。 「この音は‥‥」 「行くぞ!」 将門の声に頷くと、耀は僧たちを一カ所に纏め、この場を去って行った。 ○ 皆と別れた――集合場所と定めた場所で、珠樹は仲間が戻るのを待っていた。 嘉栄は竣嶽に任せてある。後はそこに、仲間を誘導するだけだ。 「珠樹‥‥嘉栄は?」 佐大夫の声に珠樹の目が動いた。 そして、全員の姿を確認して目を瞬く。 「――あんた達、何かあった?」 分かれた時とは違う。疲れを覗かせる顔に珠樹は緩やかに首を傾げると、「まあ良いわ」と呟いて背を向けた。 ●迎えに来た意味 「この足で、山を降りるのは無理でしょうね」 竣嶽は足以外の傷を手当てし終えると、沈痛の面持ちで呟いた。 足は然ることながら、疲労がかなり蓄積している。 「ここは、我々が送り届けるよりも、別の方法を――」 「私ならば大丈夫です。これ以上、ご迷惑をおかけする訳には参りません‥‥ッ」 言って、刀を軸に立ちあがった彼女の身が揺らいだ。 それを手で受け止めると、統真が呆れたように息を吐いた。 「どう見ても大丈夫じゃないだろ」 「だな。けど、あんなヤバいのがいる中に放って行くのも危険だ」 先ほど出会った餓鬼を思い出し、将門が呟く。 その言葉を耳にして嘉栄の目が見開かれた。 「そうです、餓鬼はっ! 餓鬼の掃討は!」 「それなら既に行われてる。だからこそ、俺らが来たんだけどな‥‥」 叫ぶ嘉栄に、将門は落ち着くよう告げて、ここに来た経由を話して聞かせた。 それを耳にした彼女の目が落ちる。 「‥‥久万殿が‥‥何故、そのお金を他の事に使わないのです」 「生きて欲しいと願うものがいた」 悔しげに口にした嘉栄に、声が届く。 視線を上げると、耀の目と合う。 「お前の成すべき事は、今より一層の強い意志をもって働きに臨み、その願いに応えることだ」 「そうだぜ。お前さんに死んで欲しくない者が多いから、俺たちはここにいる。気持ちに応えてやれよ」 耀の言葉を捕捉するように将門が言うと、再び嘉栄の視線が落ちた。 「仕事に出た以上、状況の変動があるなら、その情報を持ち帰るのは基本を通り越して義務よ。その義務をこなした程度で倒れられたら、あんたを信頼しているやつらになんて報告すれば良いのよ」 ぶっきらぼうとも取れる言葉に、嘉栄の目が瞬かれる。 その視線の先にいるのは珠樹だ。 「彼女なりの励ましの言葉です」 竣嶽の声に「わかっている」と頷きを返す。 その上で一度目を伏せると、刀を鞘に納めて自らを囲む開拓者たちを見た。 「‥‥手を、貸して頂けますか?」 「当然だろ」 言って、これまたぶっきらぼうに腕をとったのは佐大夫だ。 彼は嘉栄の腕を引いて歩き出そうとしたところで、ふと何かを思い出したように彼女を見た。 「依頼金、返上する」 「‥‥え?」 「‥‥ダチを助けに来ただけだしよ。嘉栄が無事ならそれでいいさ‥‥他に使い道を考えてくれよ」 フイッと顔を逸らして紡がれた目を瞬く。 そして疲れた顔に笑みを浮かべると、緩く首を振った。 「貰っておいて下さい。でなければ、久万殿に叱られてしまいます」 そう言った嘉栄に佐大夫はそれ以上何も言わなかった。 そこに珠樹の声が響く。 「‥‥さっさと帰るわよ」 言って歩き出した彼女に、頷きを返す。 こうして嘉栄は、開拓者たちの手を借りて下山する事が出来た。 |