秘する想い、懸けた命
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/25 16:27



■オープニング本文

 神楽の都・開拓者ギルドから然程離れない場所にある屋敷。
 そこの管理人として籍を置く志摩・軍事は、開拓者としての務めの合間を縫って雑事に追われていた。
「さて、後は池の周りを掃いて終わりだな」
 割烹着に身を包み、凡そサムライには見えない格好で、志摩は箒を手に歩き出す。
 そうして庭にある池の所へ来た所で、足元に転がってくる何かに気付いた。
「あん? 大福丸じゃねえか。義貞に付いてったんじゃねえのか?」
 屋敷に下宿する義貞は、現在開拓者としての務めで都を離れている。てっきり、彼の相棒の仔もふらも一緒に付いて行ったと思っていたのだが‥‥。
「俺が預かってたんだ」
「ん? ――っと‥‥山本か」
 庭に姿を見せたのは、開拓者ギルドの職員、山本だ。
 彼は志摩の手から大福丸を受け取ると、目の前のサムライの姿を上から下まで眺めた。
「‥‥カッコ悪ぃ」
 ぼそりと呟かれた声に、志摩はカラリと笑って見せる。
「この方が、掃除がはかどるんだよ。で、何しに来た。まさか大福丸の散歩じゃねえよな?」
 山本がここを訪れるということは、何かある。
 そう確信を持って問いかけると、彼は声を潜めて頷いて見せた。
「ギルドからの仕事を持ってきた。今、話せるか?」
 山本の周囲を伺う様子に、志摩は頷きを返して手にしている箒を反した。
 その仕草に山本はホッと胸を撫で下ろす。
 様子からして、あんまり良い話ではなさそうだ。
「んじゃあ、先上がってろ。俺はここを掃いたら中に行くからよ」
「あ、ああ。悪いな」
 そう言うと彼は屋敷の中に入って行った。
 その姿を見送り、志摩の目が屋敷の塀に向かう。
「‥‥何か連れて来やがったな」
 苦笑と共に呟き、箒で肩を叩く。
 索敵スキルは所持していないが、雰囲気でオカシイことだけはわかる。
 志摩は1つ息を吐くと、箒を手に池の周りを掃き始めた。


 箒を片付けて屋敷の中に戻った志摩は、自室の戸を開くと、神妙な顔をして座る山本を見た。
 やはり様子からしてただ事ではない。
「茶でも‥‥と、思ったんだが、そう言う余裕はねぇか」
 ふむと呟き、彼の前に腰を据える。
 その上で茶菓子だけでもと、卓袱台の上に置くと、漸く彼の顔が上がった。
「――辛気くせぇ顔してやがんな。んで、話ってのはなんだ」
 自分からは言い辛いだろう。
 そう踏んで話しかけると、彼は辺りを気にしたように見回し、身を乗り出した。
「人を、楼港のとある店に届けて欲しいんだ」
「あん?」
 思い詰めた顔をしているから何事かと思ったが、人を送り届ける――つまり、護衛の仕事を頼みたいということらしい。
 だが、様子からして普通の人物ではないだろう。
「厄介な相手なのか?」
「厄介、と言うか‥‥狙っている相手が厄介と言うか‥‥」
 煮え切らない山本の声に志摩は嘆息を零す。
「てめぇの頼みだしな、聞いてやりてぇんだが‥‥その厄介な相手ってのは、もうここまで来てるんじゃねえのか?」
「――っ」
 志摩の言葉に声を詰まらせた山本に「やはり」と頷く。
「相手は何処のどいつだ。その答え次第じゃぁ、受けれねぇ」
「‥‥陰殻のシノビだ」
「陰殻、だと?」
 これはまた厄介な相手だ。
「ちなみに、何処のシノビなんだ? まさか、わからねぇとか、言わねえよなぁ?」
 相手がわかればまだ対処の仕様もある。
 但し、相手がわかっても対処のしようがないこともある。
 志摩の言葉に躊躇いを持った山本だったが、意を決したように顔をあげると声を潜めた。
「――北條だ」
「北條? なんだってあそこが‥‥いや、思いつくものはあるが‥‥」
 そう口にして志摩は山本を見た。
 外で覚えた違和感、そして北條のシノビから狙われるという事実。
「抜け忍、か‥‥しかし、北條で抜けるっつーことはよっぽどの事でもあったのか?」
 北條は、掟を守る限りは自由に行動できるという、公私に明確な線引きのなされた派閥だ。
 そこを抜けるというのは如何にも腑に落ちない。
 だがその考えで間違いないだろうという思いはある。
 志摩は暗い表情の山本を見ると、大袈裟に息を吐いた。
「仕方ねぇ、受けてやるか」
 返された言葉に山本は目を瞬いた。
 実際の所、受けて貰えるとは思っていなかったのだ。
 所帯を持っていないとはいえ、志摩は子持ちも同然の身。何かあった場合に、困る人間がいる。
 だからこそ、断られても仕方がないと思っていた。
「てめぇが来た段階で、俺は目をつけられてるんだよ。この際だからな、最後まで面倒みてやる」
「志摩ッ!!」
 歓喜のあまり抱き付こうとする山本を、片手で制して彼は襖を見据えた。
 山本が何処でこの依頼を受けたのかは分からない。だが、依頼を聞き止めた段階で彼の後をつけて来た人物がいるのだろう。
 志摩は思案気に目を眇めると、大きく息を吐いた。
「護る対象はどっかに隠してるんだな?」
「あ、ああ。保護の対象になる人は都の外に隠れて貰ってる」
 この場所まで山本を付けて来ていることから察するに、相手は護衛対象を見つけてないと見える。
「精霊門は使えねぇ。となると、歩きで送り届ける訳か‥‥いや、龍を駆るって手もあるな」
 いずれにしても、時間が掛かる護衛になるだろう。
「で、護衛対象はどんな奴なんだ?」
「北條を抜けたシノビ‥‥その家族だ」
 やはり、と志摩の目が落ちる。
 名張と北條は、抜け忍に対しての粛正が徹底している。それは家族や恋人にも及ぶと聞く。
 最悪、護衛途中で狙われ、命を落とす可能性もあるだろう。
 だが志摩はそれを承知で依頼を受けると言った。
 彼は一度受けると言った物を覆す事はない。
「山本、ギルドに行って内密に数名の開拓者を集めろ。そいつ等と楼港に行く」
「内密にって‥‥」
「方法なら幾らでもあるだろ。例えば、コイツを使う‥‥とかな?」
 ニッと笑うと、志摩は大福丸を掴んだ。
 その仕草に、今まで眠そうにしていた仔もふらが顔を上げる。
「筆談出来るもふらってのも、使いもんだなぁ」
 そう言って、志摩は菓子の1つを手に取ると口に放り込んだ。


■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
千羽夜(ia7831
17歳・女・シ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
リリア・ローラント(ib3628
17歳・女・魔


■リプレイ本文

「‥‥悪いけど、信じた訳じゃないから」
 そう言った護衛対象者を前に、開拓者たちは思い思いの表情を浮かべていた。
 ここは神楽の都から少し離れた山間。
 仔もふらの筆談で招かれた開拓者は、指定された時刻に、指定された場所でこの人物――彼岸・黄(ヒガン・オウ)と出会った。
「字を書くもふらなんて珍し〜と思って引き受けたが‥‥う〜ん」
 目の前にいるのは、深緑の短い髪と、長く伸びた前髪で金色の瞳を隠す人物。
 警戒心を露わにいる姿に、不破 颯(ib0495)は苦笑する。
「同じく、もふらに呼ばれて来てみましたが‥‥凄い、警戒心ですね」
 言ノ葉 薺(ib3225)が同じく苦笑する。
 今回受けた依頼で出来た縁が、何を生みだすのか。そう楽しみにしていただけに、少し残念だ。
「初めまして。弓使い、鹿角と申します。よろしくお願いしますね」
 ニコリと笑って警戒を解こうとするのは鹿角 結(ib3119)だ。
 だがそんな彼女にも黄は応じない。
 それを目にした高倉八十八彦(ia0927)は、低い位置から黄の顔を覗き込んだ。
「随分な挨拶じゃね。事情を考えれば仕方ないことじゃが、これから一緒にするんじゃ。挨拶くらいした方がええと思う」
「そうね、挨拶はした方が良いわね。折角だもの。仲良く行きましょう」
 結と同じく笑顔を向けるのは千羽夜(ia7831)には、長い道のりなのだから、折角なら楽しく行きたい。そうした想いがある。
 それらの言葉を聞き、漸く黄の口から「‥‥よろしく」とだけ声が漏れた。
「そう言えば、志摩殿はまだいらっしゃいませんな」
 ふと、周囲に目を向けた秋桜(ia2482)は、依頼人である志摩の姿がないことに気付いた。
「まさか、とは思いますが。あれだけ自信満々でしたのに、尾行を撒けないとかでは、ありますまいな」
「どうでしょう‥‥相手は、シノビですし、苦戦しているの、かも‥‥?」
 相手を思えば、時間が掛かっても仕方がない。
 リリア・ローラント(ib3628)が、そう口にした時だ。草の根を割る音がした。
 その音に全員が警戒して武器を手に取る。
 そして戦闘態勢に入ろうとしたところで、呑気な声が響いた。
「いやぁ、ちっと手間取っちまった!」
 ゲラリと笑って体につく泥と草を払うのは志摩だ。
 彼は集まった面子を見回したうえで、黄に歩み寄った。
「テメェが黄か。ちゃんと挨拶したかぁ? まだならしとけよ!」
 笑って無遠慮に頭を撫でる志摩に、黄が「何だこのおっさん」的な視線を寄こす。
 それを見ていた千見寺 葎(ia5851)は緩やかに首を傾げた。
「‥‥風変わりな仔と、‥‥御人です。抜ける輩もサムライの方も‥‥」
 そう呟き、金色の瞳を瞬かせた。

  ○

「尾行は撒いて下さったのでしょうな。下手は打たってないでしょうな。流石は志摩殿ですな」
 良い笑顔で畳みかけて言う秋桜に、志摩の口角がヒクついた。
「嬢ちゃん‥‥ちぃっとばっかし棘を感じるんだが‥‥いや、良いけどな。つーか‥‥あっち、混ざんねえのか?」
 言って彼が示す先には、変装に取り掛かる集団がある。
「‥‥こ、これは、なんだ‥‥」
 拳を握って震える黄の頭にあるのは、獣耳のカチューシャだ。
 ついでに狐のしっぽも着いている。
「いえ、これで自分とお揃いになるかと‥‥背格好とか、似ていますし」
「如何考えても、背丈が違うだろ! 似てるなら、こっちの3人じゃないか!」
 笑顔で言った薺に、黄は怒鳴りながら葎、千羽夜、リリアの3人を指差す。
 それに様子を見守っていた、颯がヘラリと笑った。
「まあ、そうだよねぇ」
 確かに、黄が言う3人は背格好が似ている。
 薺に背格好が似ていたら、今の変装も問題はないのだろうが‥‥。
「ほがな、この3人と黄の兄さんを変装させるんじゃな」
 八十八彦はそう言うと、変装の案を口にした。
 彼があげた案は、特徴の違う人間を第三者にしてしまおうというもの。その例として、女学生風の女子を挙げた。
 その例に「‥‥マニアックですね」と結が呟いたのは、ここだけの秘密だ。
「全員が同じ特徴なら、敵も見間違うかもしれんじゃろ?」
「‥‥確かに、そうですが」
 発想は悪くない。
 考え込む葎、そしてリリアと千羽夜は、顔を見合わせると頷きあった。
「じゃあ、4人とも同じ変装をしちゃいましょう。葎ちゃん、手伝ってくれる?」
 言って千羽夜が動き出すと、変装が開始された。

●山中
 生い茂る木々、人が通るには不釣り合いなその場所を、彼らは進んでいた。
「山に入る前は大丈夫でしたが‥‥警戒だけは怠らないようにしないと駄目ですね」
 言って、薺が周囲を見回す。
 彼は山に入る前に心眼を使った。その際には、自分たち以外の気配はなかったのだが、それがずっと続く訳がない。
 そう思い、再び心眼を使った所で、彼の首が傾げられた。
「結殿‥‥何をされているのです?」
 ふと結の行動が目に入ったのだ。
 元来た道を戻ったり、草を掻き分けたりする姿に目を瞬く。
「偽の道へ誘う為の偽装工作をしておりました」
「‥‥偽装工作、ですか?」
 よく見れば、来た道には幾重もの足跡が重ねられ、草木が別の道を偽装している。
「これで、本命の発覚が少しでも遅れれば‥‥と」
 そう口にする結の傍では、颯も同じように偽装工作を行っていた。
「匂いに関しては、これで良いかねぇ」
「忍び犬の対策じゃね?」
 楓は香料の入った袋を開けると、八十八彦の声に頷き、それを風に流した。
「まあね。さっきも言ったけど、あそこの怖さは知ってるしね」
 道中、颯は北條のシノビとの一戦を話して聞かせた。
 北條のシノビの連携や、戦い方の特徴を話して聞かせることで、何かの役に立てばと思ったのだ。
「ええ情報じゃった思うよ」
 にこりと笑った八十八彦へ、颯は緩く頷いて見せる。
 そうして結と同じく、足跡の偽装を行う。
「‥‥気休めでしかないけど、無いよりはマシでしょう」
 颯たちとは少し離れた場所で、葎は偽装工作を行った場所へ、簡易の罠を設置していた。
 それは幾つも設置されており、その度に彼女の足が止まる。
 それでも皆に遅れないのは流石シノビだ。
 そしてその先では、千羽夜が耳の神経を研ぎ澄ましていた。
「今の所、変わったことはないわね」
 耳を澄ます彼女の隣では、秋桜も同じように音を探っている――と、彼女の動きが止まった。
 そして、視線が黄に向かう。
「黄様、如何されました」
 突如向けられた声に、黄の目が瞬かれる。
「今、声が聞こえました‥‥おや、怪我をされましたか」
 視線を落とした先――服の裾が切れている。
 それに気付くと、秋桜は膝を折って黄の足に手を添えた。
「ちょ‥‥こんなの別に――」
「擦り傷であれ、化膿せぬ様にせねばなりません。じっとしていて下さい」
 ニコリと笑う姿に言葉が詰まる。
 そうして手当てを終えると、秋桜は何事も無かったかのように歩いて行った。

  ○

「アヤカシはいない、か‥‥」
 颯は弓の弦を引き、その音色でアヤカシの存在の有無を確認した。
 その直ぐ傍では、リリアが注意深く地面を探っている。
「獣も‥‥大丈夫、そうです‥‥」
 動物の足跡、糞、気配、草木の実を食んだ跡、それらに異常はない。
「この分じゃと、今日は大丈夫そうじゃね」
 八十八彦の言葉通り、この日は何も起こらなかった。

 そして、2日目の夜――。

 前日と同じように夜営を行っていた開拓者たちは、火を炊く事もなく、ただ静かに体を休めていた。
「練力が拙そうじゃけえ、わしは休ませてもらいますかのう」
 言って、ごろりと横になったのは八十八彦だ。
 彼は危険そうな場所に入ると、皆へ加護結界を掛けた。
 そのため、急激な疲労が身体を襲っている。
「結殿も、休まれては如何ですか?」
「僕はまだ、大丈夫ですので‥‥」
 薺の気遣う声に、そう言って視線を外す。
 その胸中はかなり複雑で、それでもこの道中に何とか気持ちの整理を付けたいと思っている――が、これは彼女の密かな想いだ。
「リリアちゃんも休んだ方が良いんじゃない?」
「‥‥私は、大丈夫です。千羽夜さんこそ、休まれては‥‥? 昨夜は眠ってませんし」
 昨夜の見張りは千羽夜とリリアが行っていた。
 シノビと誰か一人がペアとなって見張りを行う。これが皆で決めたことだ。
 2人とも疲労が蓄積しているのは否めない。
 そこへ、葎が石清水を持って差し出して来た。
「‥‥よろしければどうぞ」
 笑顔でそれを受け取る千羽夜と、リリア。
 それを見届け、黄の元へも水を持って行こうとした時、彼女の動きが止まった。
「敵らしき存在を確認しましたぞ」
 忍装束に身を包み、アサシンマスクで顔を覆った秋桜が戻って来たのだ。
「こちらに来ます。急いでこの場を――」
 言って足を進めた時だ。
 彼女の背から苦無が飛んできた。それを千羽夜の北條手裏剣が叩き落とす。
「これは‥‥っ」
「――囲まれてる」
 薺が心眼を使って状況を確認し、千羽夜が暗視で辺りを見回す。
 そうして確認できたのは、5体の生命反応と、5人の黒装束の存在。
「‥‥こうなっては、時間を掛けてしまうのが一番の問題でしょう。退路を確保し、一気に抜けましょう」
 矢を番えた結の言葉に習い、秋桜と共に戻った颯も矢を番える。
「牽制が、先かねぇ」
 飄々と言いながら矢を幾度となく放つ――これが戦闘の合図となった。
「黄の兄さんはこっちじゃ」
 戦闘が始まり、立ち尽くす黄の袖を引いた八十八彦は、葎の傍に寄ると彼に加護結界を掛けた。
 その上で戦況をじっと見つめる。
 その目に映るのは、闇の中でも自由に動く秋桜の姿だ。
 彼女は迷うことなく敵の足を中心に攻撃を仕掛けて行く。
「足を怪我した兵士は、抱えられて帰還するか捨てられるか‥‥上手く行けば、2人の手勢を退けられますっ!」
 ゴズッと鈍い音をたてて、秋桜の飛龍昇が敵の足を強打した。
 そこに追い打ちをかけるように神々しい矢が襲い掛かる。
「‥‥次、行きます」
 言って、光の矢に続き、アルムリープを使用したのはリリアだ。
 この攻撃に、敵の1人が地面に倒れる。
「そこから先へ――」
 防盾術で苦無を受け止めた薺が、リリアが作り出した隙を示す。
 そして黄を庇いながら動こうとした所で、視界に光が射した。
「‥‥危ない!」
 目の前で落ちた刀。
 そして透かさず飛んできた苦無いに、薺の目が瞬かれる。
「‥‥黄殿も、シノビ?」
「見習い、だった‥‥それよりも、今は抜けるのが先だろ!」
 叫ぶ黄に、全員が動いた。
 苦無を受けた敵が、それを抜き取って投げるが、葎がそれを許さない。
 早駆で皆と敵の間に入り、苦無を叩き落とす。
 そして焙烙玉を取り出すと、勢い良く投げつけた。
「――ッ!」
 これには敵も身を引いた。
「今です!」
 この声に、彼らは出来るだけ遠くへとその身を逃がしたのだった。

●秘する想い
「これから長い付き合いになりそうだし、お話し聞きたいな。良ければ、だけど‥‥」
 千羽夜はそう言って、微笑んだ。
 それに黄の視線が落ちる。
 理由を聞かれることは覚悟していた。だが、話せば必要以上に彼らを危険に巻き込む――そう思うと言葉が出ない。
「ここまでご一緒しているのです。今さらな遠慮は御無用ですよ。話して楽になるのなら、話してみては如何でしょう」
「家族を危険に晒しても抜けなければいけない理由‥‥家族も危険な時点で、家族の為、というものでもなさそうですし‥‥どんな、理由なのでしょう」
 促す薺の声に続き、結も黄の言葉を待つ。
 それでも紡ぐ事を躊躇していると、秋桜が口を開いた。
「抜け忍などして、己がどうなるか知らなかった訳ではないでしょうに‥‥」
 静かに胸に突き刺さる声に、黄の目が上がる。
「まぁ、それ程までに新たな道を歩みたいのでしょう。私達が詮索することではありますまい」
 抜け忍をしたのは自らの為。そう括った秋桜に、黄の眉が寄った。
「‥‥違う」
「新たな道を目指して‥‥では、ないんじゃね。後は‥‥危ないから抜ける訳じゃないよね?」
 八十八彦はそんな簡単な理由なら、情報屋にでも頼めば危険はなくなる――と、彼は口にする。
 だがそれがでないのなら、考えられるものは1つ‥‥。
「上にバレたら始末されかねない秘密‥‥が、問題なんじゃろうか」
「‥‥それも、違う」
「新たな道を模索してでも、秘密を握った訳でも無し‥‥何が原因なんだろうねぇ」
 のんびり言葉を紡ぐのは颯だ。
 探るでもなく、ただ尋ねるだけのゆったりとした声に、黄は視線を落とした。
 シンッとした空気が辺りを包む。
 そこに沈黙を破る声が響いた。
「‥‥追手のシノビさんたちは。どんな気持ちで、追っかけてくるの、でしょうか。‥‥決まり、だから?」
 不思議そうに呟いたのはリリアだ。
「決まりだから‥‥そう考えている者が殆どでしょうね。理由はどうであれ、掟を破れば粛正が下る――それがシノビです」
 事前に、北條の話は聞いている。
 それだけに葎の言葉は重い。だが、そこまでと知っていて、忍びを抜ける理由がどこにあるのか‥‥疑問は、そこに戻ってしまう。
「まあ、言いたくねえなら良いんじゃねえか。それよか先に進むぞ」
「――北條を抜けたのは、次男の紅兄さんだ。理由は、長男の縁兄さんが死んだから」
 志摩が皆を促した時、重く閉ざされていた黄の口が開いた。
 唐突に切りだされた声に、皆の目が向かう。
「縁兄さんが亡くなったのは、陰殻の争いの時だ。理由は、名誉の戦死だって聞いた‥‥でも、紅兄さんはその事に疑問を持ったんだ」
 陰殻で起きた争い。そう聞き、思い当たる者がこの中にもいる。
 だが今は静かに話を聞く時だ。
「紅兄さんは、死因について調べ、そして分かったんだ‥‥――縁兄さんは、北條に殺されたって」
「それで抜け忍ですか‥‥でも、何か腑に落ちないような‥‥」
 薺の言葉は尤もだ。
 死因を調べ、その理由が北條にあり、その為に抜け忍をした。
「亡くなった理由が原因‥‥なのかしら」
 千羽夜の呟きに、黄は視線を落とした。
 その仕草を見る限り、もしかすると今以上の理由を知らないのかもしれない。
 一気に黙り込む一向。そこに、リリアの声が届く。
「‥‥抜けられたシノビの方。無事、‥‥なおか、な?」
 兄は無事なのか。
 そう問われて、表情が曇った。
「‥‥わからない。でも、楼港へ行けば、紅兄さんと合流できる筈なんだ。そこに行けば、全部わかるかもしれない‥‥」
「結局のところ、黄もお手上げってことか」
 颯の声に黄の手が握り締められる。
 そこに八十八彦が手を添えると皆を見回した。
「ちぃと進んで、改めて夜営を張ろうや。そこでこの先のこと決めるんは如何じゃろう?」
 にこっと無邪気に笑う彼に、反対を述べる者はいなかった。
 こうして開拓者たちは、黄の護衛を続けながら、安全な場所を目指し移動したのだった。