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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 薄暗い森の中。 月明かりだけが道を示すその場所で、黒装束に身を包んだ男が息を詰め、身を潜めていた。 「――何をしようと無駄なこと‥‥そう、思っていたが‥‥」 そう言いながら、腕を擦る。 暗殺対象を攻撃し、逆に攻撃を受けたのは数日前のこと。 目標を守る護衛は、想像以上の腕で彼の行く手を阻んだ。 「‥‥厄介だが、まあ良い‥‥何をしても、始末しなければならん」 呟き、ひときわ険しい山を見据える。 崖崩れでも起きたかのように切り立った岩に立つ、木。 明らかに人が通るには不釣り合いな山が、そこにはある。 だがあの山を越えれば、北面は目と鼻の先だ。 「‥‥奴らはあの山を越えるか‥‥? しかし、あそこには‥‥」 男の脳裏には、見える山に住み着くあるものが浮かんでいた。 それを知れば、開拓者たちは山を迂回するかもしれない。それは願ったりかなったりだが、それでは面白くなかった。 「そうだな‥‥1つ、試すのも悪くない」 男はそう口にすると、喉奥で笑いその姿を消した。 ○ 神楽の都を出発して半月余り。 山を進む開拓者たちの前には、常にアヤカシやケモノ、追手の姿があった。 だがそれらを全て乗り越え、彼らは確実に前へ進んでいる。 そしてこの日も、目的地を目指して山を歩いている最中だった。 「――ここらで休むか。黄、疲れてないか?」 志摩・軍事は、そう言うと足を止めて皆を振り返った。 その視線の中には、護衛を頼んだ依頼主――彼岸・黄(ヒガン・オウ)の姿もある。 「‥‥別に、問題ないけど」 ぽつりと言って逸らされた顔。 それを目にしてフッと笑みが零れる。 初めのツンツンとした印象を考えると、幾分表情が顔に出てくるようになった。 それは、黄にとって良い変化だと、志摩は思っている。 「よし、黄に異論はないらしいし、休むぞ」 そう言って休憩の準備をしようとした時だ。 ――バサバサバサ‥‥。 「‥‥鳥?」 真っ白な鳥が、舞い降りて来た。 しかも、その鳥は志摩の頭に着地して、満足そうにくるくると鳴いている。 「‥‥志摩、頭が鳥の巣になってる」 「ンな訳あるか! ‥‥コイツは九造っつって、俺の鳥だ。緊急連絡用に、山本に預けてたんだが‥‥」 言いながら、志摩は鳥を手にすると、足に付いた文を取り上げた。 そして綴られている文字に目を走らせる。 「‥‥針の山‥‥」 志摩の目が、文から周囲に飛んだ。 そして、その目が切り立った山を視界に納める。 「確かに、歩いて通るには不釣り合いな山だな――だが、確かにあれを越えると近いな」 「‥‥それ、何が書いてあったんだ?」 思案気に呟く志摩に、黄の首が傾げられる。 そうして手元を覗きこむと、志摩はそれが見易いように文を傾けて見せた。 「‥‥ハグレ龍? 何‥‥これを退治しろっての?」 「いや、厳密には退治要請じゃねえな。これは近道の情報を記した文だ。だが、その近道を通るにはハグレ龍を倒さなきゃなんねえ」 針の山と地元で呼ばれる山には、ここ最近、龍が住みついたらしい。 しかもその龍は、山を越えようとする者や、近くの空を飛ぶモノを無差別に襲っているらしい。 「護衛中だしな。あんま無茶も出来ねえし‥‥良い情報だが、迂回する方が――」 「通れば良いだろ」 「あん?」 キッパリ言いきった黄に、訝しげな視線が向かう。 「近道なんだろ? ボクは一刻も早く楼港に行きたいんだ。ハグレ龍なんてさっさと倒して行けば良いだろ」 「さっさと倒してって‥‥お前なぁ」 簡単に言ってくれる。 どれだけの強さの龍で、どれだけの数がいるかわからないのだ。 それを倒せとは相当な無茶を言っているのと同じ。 だが、黄は困る志摩を他所に、視線を落とすとポツリと呟いた。 「困ってる人‥‥いるんだろ?」 他人には無関心――黄は、そういう人間だと思っていた。 それだけに、聞こえてきた言葉に驚きを隠せない。 「ボクの事は気にしなくていいよ。ソイツらを倒せば楼港までの時間が短くなるし、困ってる人たちも助かる。なら、やった方が良い」 「そりゃ、そうだが‥‥」 志摩は唸るように呟き、針の山と呼ばれるそこを見た。 切り立った山に生える木々。 良く見れば、山の山頂付近に2つの影が見える。 きっとそれが、問題の流なのだろう。 「‥‥2体か。他に隠れている可能性も――‥‥っ!?」 志摩が決断に困り、判断を他の開拓者にも仰ごうとした時だ。 ――キイイイィィッ! 奇声のような音が響き、直後山の周辺の炎が舞った。 しかもその炎は、麓に向かって伸びている。 「――まさか!」 文には、通行人と空を通るモノだけを襲撃するとあった。 だが明らかに、遥か先に見える龍は麓にある筈の村を襲っている。 「‥‥黄。お前さん、龍には乗れるか?」 「訓練はしてあるから、問題ないよ」 黄の答えに頷くと、彼は開拓者たちを見た。 「すまねえんだが、野暮用だ。ちっとばっかし、付き合ってくれ」 そう言うと、彼は自らの龍を呼び寄せ針の山に向かったのだった。 |
■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ
千羽夜(ia7831)
17歳・女・シ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
リリア・ローラント(ib3628)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 青い空に舞う2体の龍、それを視界に、開拓者たちは龍に跨り空を飛んでいた。 千羽夜(ia7831)は自らの相棒――碧維の白く優雅な体を撫でながら目を細める。 「はぐれ龍が何者かに利用されているとしたら‥‥」 思うのは、視線の先にいる龍のこと。 針の山と呼ばれるその場所に住み、通行人や近付く者のみを排除していた龍。その彼らが麓の村を襲っている。 「――もし、そうだとしても戦うしかないわよね」 不安を振り払うように口にすると、碧維が気遣うように千羽矢を仰ぎ見た。 「ありがとう、私は大丈夫だから」 鳥の羽根のような碧色の翼を撫でながら微笑みかける。その仕草に一度目を瞬かせたものの、碧維は主のその言葉を信じて前を向いた。 千羽夜と同様に、普段は飄々とした態度をとり、真意を測りきれない不破 颯(ib0495)も、龍達の動きに疑問を持っている。 「このタイミングでかぁ。明らかに作為ばればれって感じだねぇ」 主の声に、駿龍の瑠璃が喉を鳴らした。 これから起こることへの不安だろうか、甘えるように喉を鳴らす仕草に、颯がその首を撫でる。 「まあ、俺達はやるべきことをやるしかないだろうねぇ」 口調は相変わらず軽いものの、目だけは真剣に前を見据えている。 そんな彼の言葉を拾い、鹿角 結(ib3119)が同意するように頷く。 「ちょうど僕達が通ろうと言う時に龍が普段と違う行動をとっているのは‥‥やはり、追手の仕業、でしょうね」 彼女は老年の龍の手綱を握り締めると、今回の出来事に想いを馳せる。 「刀我が落ち着いていてくれるから、僕も落ち着いていられる。ありがとう」 結の相棒、刀我には年相応の落ち着きがある。 故に、周りを見ずに突っ込んだりしない。そのお陰で、結は他のことに思考を巡らす事が出来る。 そうして考え込む結の傍では、注意深く追手の存在を確認する千見寺 葎(ia5851)の姿があった。 「情報筋は確かでしょうし、これに関わったのは十中八九‥‥」 そう呟き耳を澄ます。 そうすることで森全体の音を聞き止めようとするのだが、気になる音はない。 「‥‥追手の存在は確認できない、か」 呟き手綱を引くと、藍色の瞳が葎を捉えた。 「何処かに潜んでいるのか、他の場所にいるのかわからない。けど、ここにはいないみたいだ」 そう言いながら薄墨色の体に落ちる、首周りの白磁色の傷跡に手を添える。 その仕草に喉を鳴らすのを確認すると、葎は思い詰めた表情で前を見つめるリリア・ローラント(ib3628)を見た。 「‥‥あの龍達は、縄張りに近付きさえしなければ、人を襲わないコだった筈。麓の村だって‥‥だからこそ、今までギルドに対峙の依頼を出して来なかった」 リリアの呟きに、通常の甲龍よりも僅かに大きい龍――マリーが顔を上げた。 共に行動するリリアの不安な様子が、彼女にも伝わっているのかもしれない。それを察してか、リリアはマリーに目を向けると、少しだけ微笑んで見せた。 「‥‥ヒトに、何か、されたのかな? それとも‥‥あのコ達は本当に、あの山に住むコなのかな?」 問いかけにマリーは首を傾げるのみだ。 その様子に微笑むと、リリアはマリーの手綱を引いた。 「誰か裏で手を引いている‥‥と考えるのが、妥当でしょうな。まぁ、私の依頼は黄殿を守り通す事」 「そうじゃね。ほがな、皆にこれを掛けておくかのう」 秋桜(ia2482)の声に頷いた高倉八十八彦(ia0927)は、霊杖「白」を振るうと全員に加護結界を施した。 「あ、そうじゃ。黄の兄さんにはこれも渡しておくけぇ」 慣れない甲龍の手綱を引き、皆の後に続いていた彼岸黄へ八十八彦が相棒の兜丸を近付ける。 「もう少し特徴消して貰ってじゃな‥‥」 言いながら手早く髪と顔を弄る。そうして自らの龍の横に、布の塊を縛って置いた。 「これで、偽物が龍に乗って、本物が隠れてる――と、少しくらい思うかもしれん」 駄目もとで。そう言って笑う八十八彦に、黄は苦笑を混じらせ頷いた。 「違うかもしれんのに、命がけで刺し違えるには‥‥と、思えればええんよ。少しでも攻撃が減れば、じゃけえ」 確率的には低いだろうが、有効な時もある。 「それにしても、己の身が危ない中、人が為に龍を退治しようとは‥‥」 秋桜はそう言うと、鱗や羽の一枚一枚を刃のように輝かせる龍の背を撫でた。 その仕草にピクリと秋水が揺れたが、素直に感情を出せない龍は、前を向いたまま主を振りかえらない。 「なかなか、シノビらしくない御仁ですな。人間味がある方が、私は好きではありますが」 「そう言わさんな。アレはまだシノビじゃねえ。完璧を求めるのは酷だぜ」 秋桜の声を聞き止めた志摩軍事が声をかけるが、その声に彼女はチラリと目を向けるとフッと口角を上げた。 「あの御仁はそうかもしれませぬな。では、志摩殿は如何でしょう」 突如向かってきた矛先に、志摩の眉が上がる。 「それを引き受ける志摩殿も、相当なお人好しですなぁ。子育ての影響ですかね‥‥?」 「関係ねぇだろ‥‥俺のは仕事だ」 言って肩を竦めると、結が別の龍へ刀我を寄せるのが見えた。 「薺さん、大丈夫ですか?」 結が声を掛けたのは言ノ葉 薺(ib3225)だ。 彼は紅葉葵の背に乗りながら、瞼を伏せ思案気に息を吐いていた。 「怪しいことこのうえないですが、かと言って見捨てるような非道にもなれず」 本来ならば関わらなくても良い事項。 しかし、目の前で村が襲われているのを見れば、放っておくことも出来ない。 「――ならば、早急に片付けましょう。旅路はまだまだ長いのですから」 言って瞼を上げると、心配げにこちらを見る結と目があった。 「‥‥共におりますから。頑張りましょう」 薺の気持ちを少しでも和らげようと努めて微笑む。その顔に緑の瞳を細めると、薺も僅かに微笑みを見せた。 「そうですね。頑張りましょう」 言って近付いた針の山を見る。 もう少しで龍の領域に踏み込むだろう。 そこまで来て、麓の村に目が行った。 「今、何か‥‥」 葎が呟いた時だ、視界に真っ赤な翼が飛び込んできた。 それが一気に村に降下してゆく。 「いけない!」 千羽夜は急ぎ手綱を引くと、村に龍を走らせた。 それに合わせて他の開拓者たちも龍を駆る。 そうして牽制の意味を籠め、颯が弓を引くと龍はあっさりと空に舞い上がった。 「今のは、いったい――っ、あれは!」 薺の声に皆が村の中央を見た。 人気のない村、その中央に横たわる龍の姿に息を呑む。 大きさからして子供ではないようだが、大地を濡らす血の量が半端ではない。 「この龍のために‥‥それに、人の気配が――ッ!」 結の息を呑む音に、続き全員が目を見開く。 至る所に倒れる人の姿。いずれも目立った外傷はなく、苦しんだ痕も暴れた跡も無い。 「何故、ここまで‥‥これが、抜け忍をした者への代償、ですか‥‥」 「‥‥ボクが、逃げるから?」 リリアの声を拾った黄が呟く。 その声に、いつの間に地上に降りたのか、志摩が村人の生死を確認して声をあげた。 「大丈夫だ、皆生きてるぜ。龍も生きてはいるが‥‥コイツは、時間の問題だろうな」 「龍をここに放置する間、否応なしに‥‥じゃろうか?」 「かもしれねえな」 同じく地上に降りて、村人の状態を確認した八十八彦に志摩は頷きを返す。 気絶させられているだけなら、これを仕込んだ人物は村人を殺めるつもりはないのだろう。 そのことに僅かだが安堵の息が漏れる。 「避難を促すことも出来ない以上、こっから引き離す位はした方が良いのかなぁ」 「そうですな。行動方針は先に話し合った通りに。後は龍の出方次第で‥‥でしょうか」 颯の声に同意を示し秋桜が言う。 そうして作戦の確認をすると、10体の龍が空に舞い上がった。 ● 山頂に雲を抱く針の山、その前で声を上げて威嚇する龍が2体。 その姿を見ながら、颯は弓「緋凰」を構え、矢を番えた。 「村には近付けさせないから、安心して良いからねぇ」 飄々と声を発しながら、龍の目に狙いを定める。何かあればこちらへ注意を向かせる為の準備だ。 そんな主に従うように、瑠璃が狙い易い位置を探りながら動く。 「黄殿、万が一の場合には、前に出ませんようお願いしますぞ」 ハグレ龍の傍まで来た秋桜が、後方に控える黄に言う。 その声に頷きを見せる対象を視界端に納め、彼女もまた不測の事態に備えた。 その隣では八十八彦と、志摩の姿もある。 「この数を見ても逃げないんじゃな」 「まあ、理由が理由だからなぁ」 八十八彦は志摩の声に頷く。 理由は理解できるが、出来ることなら傷つけたくはない。 しかしその決断は相手次第だ。 「リリアちゃん‥‥大丈夫?」 千羽夜はリリアを振り返ると、彼女の為に道を開けた。 その直線状には、好戦的なハグレ龍がいる。 「マリー‥‥お願い、ね?」 緩やかに相棒の背を撫でながら、リリアはハグレ龍の前に出た。 その姿を目にした龍達は、一斉に声を荒げる。 まるで「敵が来た!」そう叫ぶかの様な姿に、リリアの唇が引き結ばれる。 だが彼女は臆すことなくマリーに囁く。 「一声、鳴ける? ‥‥あのコ達を、呼びたいの」 注意はこちらにあるものの、まだ村の上空。 この場にいる以上、村に危険が及ぶ可能性がある。そしてそこには、逃げることのできない人がいる。 「‥‥マリー」 リリアはもう一度、相棒に声をかける。するとマリーは応えるように声をあげた。 それに2体の龍が声をあげる――だが、それだけだった。 ハグレ龍はマリーの声を振り払うように今一度声をあげると、上昇を開始した。 それに気付いた葎が白嬰の手綱を引く。 「急降下ですか‥‥させません!」 駿龍の素早さを活かして、ハグレ龍の前に出ると、彼女の手から黙苦無が放たれた。 これに対して龍の動きが止まる。そして逃げ場を探して首を巡らす。 「リリアさん、今だよ」 逃げようとする龍に向かい、牽制の意味を籠めて颯が矢を射ながら叫ぶ。 その声にリリアが接近すると、射程内に入った龍の姿を注視した。 「‥‥特徴は、なにも‥‥っ、お願い、眠って‥‥!」 ハグレ龍が誰かのものであるかもしれない。 その可能性を探ったのだが、確証を得ることは出来なかった。 仕方なく扇子「紅葉」を開き、アルムスリープを龍の顔面に放つ。 龍はこれに怯むが、眠るには至らない。 無理矢理身を返して離脱しようとする。そこに、もう1体の龍が仲間を護ろうと接近してきた。 「行かせませんよ」 一定距離を保ち様子を伺っていた薺が、紅葉葵を龍の前に引き出した。 これに対して龍は突っ込んでくる。それをギリギリの所で回避するのだが、僅かに動きが遅れた。 「っ!」 喰らい付かんとする龍の刃が、紅葉葵と薺の腕を切り裂く。 その事で彼の身が揺らいだ。 大きく逸れて空へ投げだされそうになる。 だが――。 「薺さん、大丈夫ですか!」 刀我を急ぎ駆った結が、彼の身を龍の体と共に受け止めたのだ。 「ありがとうございます‥‥」 「いえ」 そう口にする結の視界には、颯の更なる矢の牽制を受けてバランスを崩す龍の姿が入っていた。 「村が!」 落下する龍に気付いた黄が前に出ようとするが、それを秋桜と志摩が遮る。 「なりませんぞ」 「でも――」 「まだ大丈夫です」 秋桜の声に黄の目が落ちる龍に向いた。 ハグレ龍は自力で体制を整えると、再びその身を飛翔させた。 そして開拓者の前に戻ってくる。 「逃げる気配はないのう。無理に殺さんでもええじゃろう‥‥そう、思ってたんじゃが、向かってくるようなら遠慮はいらんと思うのう」 今のやり取りで僅かに傷を負ったものの、ハグレ龍は2体とも村の上空に留まったままだ。 誘い出すにしても決め手が欠けている。 如何するべきか。それを迷う開拓者たちの元に、決め手を左右する情報が飛び込んできた。 「もう1体、くるわ!」 超越聴覚で僅かな音も漏らさないよう気をつけていた千羽夜の声に、葎も同じく耳を澄ます。 確かに近付く羽音がする。 「合流させる訳には行きませんね」 「かと言って、放っても置けない‥‥かなぁ?」 颯の声に無言で頷いた葎は、白嬰を導くと一足先に飛び込んでくる龍の前に出た。 そして進路を妨害しようとする。 だが――。 「ッ!」 目の前を凄まじい勢いの炎がよぎった。 それをギリギリの所で交わし、それでも何とか龍の動きを止めようと動く。 「‥‥僕も、僕なりに」 皆が龍を倒したくない気持ちはわかる。だからこそ、最終手段に出ることに躊躇いがある。 しかし、それを相手が汲み取ってくれない。 仲間の喪失、仲間の危機を前に、力を抜く気はないのだ。 「これでは‥‥」 遠慮なしに繰り出される炎に、苦戦していると、リリアが雷撃を放った。 「‥‥ヒトの都合で、奪いたくないの‥‥お願い!」 葎の位置と龍の位置、その両方を注視しながら放たれた攻撃が、龍の背を強打する。 それに対して悲痛な悲鳴が上がり、他の龍達も声を上げる。 これが彼らの戦意に火をつけた。 「そう、向かってくるのね。なら‥‥撃破も覚悟するわ」 千羽夜はそう言うと、碧維の手綱を引いた。 全力移動で前に出て、翼を大きく羽ばたかせる。 そうすることで風の渦が巻き上がり、凄まじい風が龍に襲いかかる。 それに対してハグレ龍も炎を放つのだが、風の勢いの方が強い。炎を巻き込みながらぶつかる風に、龍の体勢が崩れた。 「これも定め。逃がす訳には行きません」 薺はそう言うと、紅葉葵を龍の背後に回して薙刀の一撃を放った。 龍の叫び声が響き、それでも何とか攻撃を加えようと羽を動かす。 そこに援護の意味で結が弓を放つと、再び出来た隙に紅葉葵の爪が龍の身を抉り、龍は森へと落ちて行った。 葎は、リリアに迫る攻撃を自分に向けさせようと必死だった。 音に耳を傾け、状況を判断しながら白嬰に指示を与えて行く。 しかしハグレ龍は、葎の誘導に掛かりもせず、リリアに向かう。しかも、葎が攻撃を回避した隙を突き、彼女に接近したのだ。 「リリアさん!」 葎の声に慌てて扇子を構えるが、その動きが遅れた。 そこに龍が喰らい付こうと首を伸ばしてくる。 だが、それを颯の矢が遮った。 「おっと、それ以上は駄目だよぉ」 ハグレ龍の目を的確に射ぬき、行動を制御する。 これには流石の龍も怯んだ。 大きく首を巡らせ、射ぬいた矢を振り落とそうとする。 「リリアさん!」 「‥‥はい」 葎の声にマリーを動かしたリリアは、白嬰と同時に龍に牙を突き立てさせる。 口に咥え動きを封じたそこで、リリアが取り出したのは焙烙玉だ。 「――っ」 叫ぶように開かれた口、そこに焙烙玉が放たれる。 そしてそれを待って、2体の龍が牙を離した。 直後――龍の中に納まった玉が、弾けた。 目の前で顎を砕かれ落ちて行く龍を見ながら、リリアがギュッと唇を噛みしめる。 その彼女の肩を、葎は優しく撫でた。 残る1体の戦意は、黄に向かっていた。 「これだけの戦力差を見せられ、まだ向かって来ますか」 秋桜は苦無「獄導」を取り出すと、噛み砕こうと口を開く龍に狙いを定める。 そして龍の攻撃を、霊鎧で防御を固めた秋水に受けさせ、苦無を放った。 「利用されたのが運の尽きじゃ」 呟く八十八彦の手から、治癒の光が降り注ぐ。それを受け、秋水が龍に爪を食らわした。 そして再び秋桜が苦無で龍の身を切り裂くと、志摩の太刀が迷うことなく龍の首を叩き落とした。 これによって、残る1体の龍も森の中へと落ちてゆく。 その姿を視界に納めた黄は、複雑な表情を覗かせ、借りた龍の手綱を握り締めたのだった。 ● 黄の願いで龍を村の外に運んだ一行は、森の中にその身を埋めることにした。 そして今はその作業を終えた後―― 「‥‥今回のは向こうからすりゃあ俺達のことを観察って感じだったんじゃないか、と思ってるんだがどうかねぇ」 腕を組みながら呟くのは颯だ。 シノビなのだから身を潜めてこの状況を見ている可能性はある。 だが周囲に追手の気配がないのは薺の証明済みだ。 「明らかに今回の行動は足止めでしょう。そのような真似をしたのは、近道をさせたくないから‥‥なら早く進むことが肝要」 そう言って、結は土の中に眠る龍に手を合わせた。 「護るために、龍は私達に襲いかかりましたな‥‥子を思う心、仲間を思う心は、人も龍も無い‥‥そう言うことなのでしょうか」 秋桜はそう言葉を零す。 その視界には黄の姿がある。 「選択すると言うことは、責任を取ると言うことです」 突然の言葉に、黄の目が振り返った。 そこいるのは薺だ。 「これが今回の結末。さて、貴方の今の心は如何でしょうか?」 真っ直ぐに問われる声に、言葉が詰まった。 その姿に、薺は緩く視線を落とす。 そして代わりにリリアが口を開いた。 「‥‥彼岸さん」 悲しげな目でこちらを見るリリアに視線が落ちる。 今回の作戦で、一番心を痛めているのは彼女かもしれない。そう思うと、申し訳なさが溢れてくる。 「粛正とは、関係のない存在まで巻き込むものなんですか?」 「それは‥‥ボクだって、聞きたい‥‥」 俯き放たれた黄の言葉に沈黙が走る。 そこに、この場を明るくするような声が響いてきた。 「黄くん、優しいのね。見直しちゃった! ‥‥あら?」 そう言って抱きついてきたのは千羽夜だ。 その場の雰囲気を明るくしようとしたのだが、その声が唐突に止まってしまう。 その事に皆の首が傾げられた。 「‥‥もしかして、黄くんは‥‥黄、ちゃん‥‥?」 マジマジと視線を向けながら問う声に、黄の目が泳いだ。 「‥‥だから、何? ボクだって、逃げる為にいろいろ考えたんだ‥‥」 不揃いの短い髪、目を隠す前髪、初めの頃に変装させたのと同じく、黄自身もシノビの目を掻い潜る為に変装をしていたのだ。 「まあ、性別なんざどうでも良いだろ」 ポンッと黄の頭を叩いた志摩は、驚いた風もなく平然としている。 「おっちゃん‥‥気付いてたんじゃろうか?」 「あん? ああ‥‥線が野郎と違うからな」 そう言った志摩に、八十八彦は呆れたような顔を浮かべたとか浮べなかったとか。 「それにしても、何があったんか、気になるのう」 八十八彦はそう言うと、志摩を伺い見た。 まだ何か隠しているのではないか。そんな問いを含めての視線だ。 「軍事さん、僕達は黄さんの護衛が任務です。それを果たす上で必要な情報は、出来る限り開示頂きたいのですが」 葎の言葉は尤もだ。 相手が危険であればある程、隠している事が少ないに越した事はない。 「あー‥‥そうだな‥‥コイツは、さっき九造が持ってきた情報だ。参考になりゃぁ、良いんだが‥‥」 そう言葉を切ると、彼は書面に書かれていた情報を皆に開示した。 「その様な情報、どうやって‥‥」 「悪さしてた頃の伝手で、ちょっとな」 苦笑しながら薺に応える彼が与えた情報は――黄の兄の死因は出血死である。という物だ。 「後ろからザクッとやられてたらしい。しかも、毒の反応もあったらしいぜ」 「シノビが、後ろから刺されたというのですか? それに付加して毒‥‥」 「確実に殺そうとしていたのが伺えますね」 結の驚く声に、僅かに驚きを覗かせる秋桜が呟く。 「北條に殺されたってのは、強ち間違いじゃねえ。けど、誰がってのはわからねえのが現状だ」 「‥‥楼港‥‥そこに、待っている人が、いるんですよね‥‥?」 リリアの声に黄は頷きを返した。 「うん‥‥兄さんの友人で、ボクの味方だ」 「それじゃあ、飛び立つ痕跡を消して行くかねぇ」 颯の声に皆が頷く。 そうして颯以外の皆が龍に跨り飛び立つと、彼は手早く偽装工作を施して空に飛び立った。 その姿を針の山から伺う者がいた。 そしてそれは人知れず北面の方角に姿を消す――そう‥‥次の行動を、起こすために。 |