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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●北面・楼港 軍事都市として名高い楼港――その城塞外に作られた歓楽街・不夜城は、人の往来が絶えることはない。 賑わいと華やかさを兼ね備えたその場所には、様々な者が集まる。 それこそ事情も様々な者が‥‥。 「――てーことは、あそこに倒れてたのは見ず知らずの男ってことか」 志摩・軍事はそう呟くと、思案気にその目を落とした。 彼が今いる場所は、不夜城の中に数多ある蔵の1つ。 光の入らない、カビ臭いそこに置かれる灯りは蝋燭1本だ。 「はじめ見た時は、兄さんの友人――輝さんだと思った。それくらい似てた‥‥でも、あの時の黒装束が輝さんなら、殺された人は別人だ」 蔵の隅に膝を抱えて座る゙岸・黄は、そう口にすると膝を抱く腕に力を籠めた。 楼港に辿り着き、待ち合わせ場所で彼女を待っていたのは、兄の友人の裏切り。 黄の命を狙い、関係のない者の命を奪ったその行為は、彼女に傷を残している。 それでも取り乱さずに入れるのは、一重に開拓者たちのおかげだろう。 「本当なら自分は死んだと見せかけ、疑いを他に向けさせたかったんだろう。だが、その企みは失敗した」 「‥‥うん」 黄は静かに頷くと、瞳だけを志摩に向けた。 「コイツは俺の憶測だし、必ずしもあってるとは限らねえ。だが間違ってるとも言えねえ」 そこまで言って、志摩は僅かに首を竦めた。 これから口にする事は、彼だけが思っている事ではないだろう。 おそらく、この場の全員が思っていること。 そしてそれを口にしなければ、話が進まない。 だからこそ敢えて口にする。 「黄の兄貴を殺したのは、奴――輝だろう」 そう、兄の友人が裏切ったのは確実。 そして、殺害方法を思い出せば、彼ならばそれをする事が可能だったことがわかる。 「あとは…・・紅がその事実を知っちまった為に命を狙われ、その結果、里を抜け出ることになっちまった。こんなところか?」 「いや、それは‥‥如何だろう」 そう呟くと、黄は蝋燭の灯りを見つめた。 「もしかしたら‥‥紅兄さんは、輝さんを疑ってないかもしれない」 「‥‥ああ、奴の去り際の言葉か」 志摩の問いに無言で頷く。 ――生きて出られる事があれば東房に来い。もしかすると兄に会えるかもしれないぞ。 「もし、あの言葉通り東房に紅がいるのなら、俺らと同じように誘き出されている可能性が高いか。だとするなら一刻も早くここを出て東房を目指す必要があるな」 志摩はそう言うと部屋の隅にいる明志を見た。 「楼港を抜ける良い方法はないか?」 突然の言葉に、闇の中で赤い着物が揺れた。 たぶん志摩の声に首を傾げたのだろう。 僅かに考える時間を持ち、明志の手がヒラリと動く。 「なくもないが、確実性もない。そもそも、この場所もいつまで隠し通せるか‥‥確かな方法を求めるのなら『ない』と、答えようか」 そう言うと、彼の目が蔵の入口を捉えた。 楼港に住み、危険な橋を幾度となく渡って来た彼だからこその抜け道を、今回は使わせて貰った。 だがその道がいつまでも安全とは限らない。 そして彼が示す方法も、安全とは限らないのだ。 「なら確かじゃない答えを寄こせ。この状況下で確実なもん出される方がよっぽど胡散癖え」 志摩の言葉に「確かに」と笑みを含ませた明志は、やれやれと言った様子で腕を組むと、蔵の中にいる皆を見回した。 「今、石鏡で安須大祭ってのをしてる。それに便乗して、今夜ここでも花火を上げるのだがね、人が集まり賑やかになるよ」 意味深に笑んで見せる彼に、志摩の口元が引き攣った。 「おい、まさか‥‥」 「人混みに紛れて抜けてしまえば良い」 クスリと笑みを滲ませ発せられる言葉に、この場の全員が息を呑む。 しかし明志は、気にした風もなく続ける。 「人混みの中で、わざわざ正面切って狙ってくる馬鹿者なのかい――北條は」 確かに、人混みの中で真正面から襲ってくる人間はいないだろう。 ましてここには多くの警備がいる。 しかも花火を上げ、人が集まると言うのなら、警備の数は確実に増えるはずだ。 「暗殺でも狙わない限りは、安全だろうが‥‥はてさて?」 完全に今を楽しむかのような声に志摩は重い溜息を零した。 だが意外にも黄は違った。 「‥‥やってみても、良いんじゃないかな」 「あん?」 「他に方法がないなら、やってみても良いと思う。勿論、このままじゃ危険だから、変装の必要はあるだろうけど‥‥」 そう言って明志を見る。 その視線を受けて、蝋燭の灯り越しに笑みを浮かべると、彼の手が蔵の荷を指差した。 「ああ、それなら手伝おう。化粧道具なら、ここにたんとあるからね」 そう言った明志に、志摩の背筋にゾッと寒い物が上がったのは、ここだけの秘密である。 |
■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ
千羽夜(ia7831)
17歳・女・シ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
リリア・ローラント(ib3628)
17歳・女・魔
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ――北面・楼港。 普段から人の往来が激しい場所に多くの人が集まっている。 その誰もが待ち望むのは、夜空を彩る花火だ。 浮足立つ空気、楽しげに笑い合う人々、出店に立ち寄る人の足は軽やかで、誰もこの時に命の危険に晒されている者がいようとは思っていない。 だがそこには確かに、命の危険に晒され、逃げようとしている者たちがいた。 「足りるかは分からんけど、保険みたいなもんじゃ」 高倉八十八彦(ia0927)はそう言うと、薄暗い蔵の中で全員に加護結界を掛けた。 「今回は脱出だけできれば良いのじゃけー、戦闘せんのが一番なんじゃがのう」 外に出れば自分たちを狙う北條のシノビがいる。 その数は不明。 それを思えば、戦闘しないに越した事はない。 「それにしても、輝さんの言葉の意味が気になるわ」 言って、千羽夜(ia7831)は髪を下の方で括った。 そんな彼女は、普段あるはずの黒子を化粧で隠し、身なりを質素に整えている。 そう、これから人混みに紛れる為に変装をしているのだ。 そしてそれは、彼女に限った事ではない。 「心があるからこそ、此度の事がある‥‥ですね」 リリア・ローラント(ib3628)は、そう言いながら千見寺 葎(ia5851)に化粧を施した。 リリア自身は敵の撹乱のために変装はしない。それでも何かの役に立てればと、変装をする葎の手伝いをしていた。 「輝さんが言った言葉の意味。自分そっくりの人を殺めて‥‥自身の存在を晦まそうとした理由――私は、彼の言った、言葉の意味を知りたい」 「私もよ。守りたい人の為に黄ちゃんの命を狙っているのか。それとも、掟に従ったふりをして、本心では私たちに‥‥」 呟き視線を落とした千羽夜の肩を、言ノ葉 薺(ib3225)が叩いた。 「この道中自体が罠‥‥流石は北條と言った所ですか。しかし、それならば不可解な事も多い」 不安げに上げられた視線に、薺は少しだけ笑んで見せると自身の耳を揺らした。 彼もリリアと同じく変装をしていない。 彼自身の獣人としての容姿は目立ち過ぎる。故に、敵の目を眩ます役を買って出た。 「果たして、真相が明かされる事はあるのでしょうか――しかし、全ては此処を抜けてからですね、志摩殿」 「まあな。しっかし、勿体ねぇ」 志摩は薺の声に同意しながら、黄に似せて髪を切った葎を見た。 女物の着物や髪飾りを着けた葎は、村娘に扮している。ただその髪は黄に合わせているので、若干不揃いだ。 これが整っていれば、どんなに可愛いか。 「志摩、それはボクへの嫌味か?」 そう言う黄は、質素な着物に祭団扇を手にし、問題の髪を切り揃えて貰っている。 僅かに施された化粧と、目元の黒子、喉に施された傷跡は声を出さなくても良いようにとの配慮だ。 「いんや、別にそう言う訳じゃねえけどな。ただ単純に、勿体ねぇと思っただけだ」 ケラリと笑った志摩へ、千羽夜がスッと何かを差し出した。 「軍事さん、この籠を背負ってってね」 「何だ、こりゃ」 手にした籠は結構な重さだ。 それを背負えと言うなら背負うが、何か嫌な予感がする。 「中はまだ見ちゃダ・メ♪」 そう言ってウインクして見せると、千羽夜と葎、リリアは顔を見合せて笑った。 「おっさん」 不意に掛けられた声に目を向ければ、八十八彦が何か言いたげに見ている。 その彼の服装は、可愛らしい女の子の物だ。 「随分とめかしこんだな?」 「あまり好かんが、変装なら仕方ないんよ。わしだって我慢するんじゃけー、おっさんも、我慢するんよね?」 見つめる視線に、眉が上がる。 我慢するも何も、志摩の今の変装は深編笠を被った僧だ。 要望で眼帯を外して傷痕を晒しているが、然程困った変装はしていない。 つまり八十八彦の言っている意味がわからないのだが、それを問う前に蔵の戸が開けられた。 「他の3人は別の宿まで案内し終えたんだが‥‥お前さんらはまだかい?」 言って顔を覗かせたのは明志だ。 「今準備が終わった所だ。良い場所まで案内してくれ」 「了解した」 そう笑った明志の背後で、この日最初の花火が空に上がった。 「うーん、綺麗な花火だ」 墨に落とされた光の華。 それを眺めながら宿屋の戸を抜けたのは志摩――の変装をした、不破 颯(ib0495)だ。 服は全て志摩の物、装飾品等も拝借し、化粧で顔も似せており、変装は完璧に近い。 しかもその隣には、黄に変装した色 愛(ib3722)の姿もあるので、志摩と黄の組み合わせを知る者なら、彼らと間違えそうである。 「想像以上に、人が多い‥‥」 愛は声音を黄に真似、口調も真似て呟く。 それに合わせて颯が頷くと、2人の脇から秋桜(ia2482)が宿を抜けて来た。 「宿場町にも到着いたしました。護衛の任は、これにて終了‥‥という事で」 「あん? ちょっと待て、まだ完全にコイツの護衛は終わっちゃいねえぞ」 秋桜の言葉に合わせて、颯の声が上がる。 「初めに頂いた任は、此処まで護衛する事でしたはず。それ以上は私の任ではありませんな」 ――では失礼。 秋桜はそう言葉を告げると、頭を下げて人混みに消えて行った。 それに合わせて僅かな影が動く。 「‥‥ったく、しょうがねえ」 「志摩、如何する?」 呆れたように呟く颯に愛が問えば、彼は眉を上げて頷いて見せた。 「何にしてもここ出るのが先だ。行くぞ」 「あ、おい!」 颯爽と歩きだした颯に、愛が慌てて追いかける。 それに合わせて、再び僅かな影が動いた。 その事は勿論、2人とも気付いている。 それでも素知らぬフリをして人混みに紛れると、颯はふと口角を上げた。 (いや〜、物真似気分で面白いなぁこれ! 後で、黄さんや軍事さんを少しからかって遊ぶか?) 内心でそんな事を呟きながら歩いて行く。 その頭上では、何度目かの花火が空に鮮やかな色を落としていた。 ● 「明志さん、ありがとうございます。では‥‥また」 葎はそう言って頭を下げると、変装を施した面子と共に路地に出た。 表通りは想像以上に人が多く、活気に満ちている。 空に上がる花火はとても華やかで、現状が別のものであれば、のんびりと見学していたい程だ。 「‥‥花火、か」 呟き千羽夜と目を合わせる。 そうして僅かに時間をずらして表通りに出ると、彼女は辺りの音に耳を澄ませた。 人が多いせいか痛い程の殺気は感じない。それでも僅かにピリピリとしたものが混じるのは気のせいではないだろう。 「――僕にとっても名張の掟は、絶対。でも、今の僕では到底、それの役には立てない」 身に感じる危険。 それから連想できるのは、自らの置かれた立場だ。 粛正に伴う犠牲に、何の疑問も無く、当然と思っていた。だが、それは違った。 「‥‥今は、綺麗な、掟の外の華を守りたい」 そう呟き、人混みに紛れる黄の姿を捉える。 人の流れに逆らわず、祭りを楽しむ1人として人波に紛れ、黄へ注意を払う。 そしてそれは、千羽夜も同じだった。 黄の手をしっかりと握りしめながら注意を払う。 それでも視線は空の華へ向いたり、出店に向いたり忙しない。 そうしてある程度進んだ所で、黄の足が止まった。 「どうしたの?」 問いかける千羽夜の声に、黄の首が横に振られた。 声は出せない。そういう設定だ。 それに声を出せば敵にばれる心配がある。 「飴さんあげるけえ、ガンバなんじゃけえ」 不意に腕を取った八十八彦に、黄の目が瞬かれた。 「人混みが苦手なんはしょうがないけえ、急いで行こうねえ」 屈託のない笑顔で言われる言葉に、千羽夜の目が黄の手に落ちた。 良く見れば僅かに手が震えている。 いつ襲ってくるかもわからない敵。常に命を狙われている状況に、足が竦んだのだろう。 そしてそれを動かそうと八十八彦が促している。 「最後の最後まで気を抜いたら駄目じゃ。勝って兜の緒を締めよ、じゃなあけど、最後まで頑張ろうね!」 笑顔で纏わりつく八十八彦。 口調は無邪気だが、言っている言葉は黄を励ますものだ。 それに気付いたのだろうか、黄の目元が少しだけ緩んだ。 そして彼女の足が動き出す。 その事に内心で息を吐くと、葎と千羽夜も歩き出した。 ――一方、他の者たちと言えば‥‥。 「このお酒は美味いですなあ」 言って、上機嫌に酒を煽るのは秋桜だ。 皆と別れた後、彼女は1人で酒場に入っていた。 目の前に置かれているのは、空になった大量の酒瓶。 しかも酒笊々を使用しているので、酒に酔う事は無い。それでも酔った振りをしているのは、敵の目を欺くためだ。 「さて、そろそろですかな‥‥」 呟き、秋桜の目が熱を帯びた。 そして、目がすぐ隣で酒を呑む男に向かう。 「なんだ、嬢ちゃん。もう酔っちまったのか?」 ヒックっとしゃくり上げるこの男は、途中から秋桜と飲んでいた男だ。 彼はしな垂れかかる彼女に気付くと、上機嫌で席を立った。 そして秋桜と共に夜の街に消えて行く。 その姿を数名の影が追いかけたのだが、その足は何処となく重そうだった。 「‥‥ですから、知人とはぐれてしまって‥‥」 リリアは、とある店の前で店員に話しかけていた。 その店というのは明志の所有する、賭博場の1つ。 今日は祭りという事もあり、いつも以上の賑わいを見せている。 その為か店員も適当に話を聞いていたのだが、次の言葉で彼の態度がガラリと変わった。 「‥‥明志さんと言う方も、協力して下さると仰って下さったんです。ですから、お願いします‥‥!」 勢い良く頭を下げたリリアに、店員は慌てた。 「あ、明志の旦那の知り合いですかい? そいつは、悪かったな‥‥あー‥‥はぐれた知人ってのは、どんな奴なんだい?」 どれだけ効果てきめんなのか。 あっさり態度を変えた店員に驚きながらも、リリアは知人の特徴を伝えた。 それに真剣に考えてくれる店員を横目に視線を周囲に向ける。 その目に数名、常人ではない者が飛び込んでくる。 バラけた彼女たちを張っているのだろう。 着かず離れずで様子を伺う彼らを見て、リリアは店員に視線を戻した。 「無理を言って、ごめんなさい‥‥もう少し、探してみます」 言って歩き出した彼女の足がふらついている。 これは先に受けた毒のせいで弱っていると言う演出だ。 それを見て店員は彼女を止めたが、リリアはそれに頭を下げるだけに留め、その場を去って行ったのだった。 そして、薺はと言えば、彼は路地の入口付近で、黒尽くめの人物を前に佇んでいた。 その背にあるのは壁、彼は人混みに紛れる敵を誘い出し、目の前に誘導することに成功した。 直ぐ傍の道では人が往来し、声を上げれば彼の危機は直ぐに察知されるであろう。 「貴方達の目的は何でしょうか?」 ずっと問いかけてみたかったことを聞いてみる。 だが、答えはない。 表通りから見えない様に向けられた刃が、薺に向けられている。 彼は1つ息を吐くと表通りをチラリと見た。 「‥‥無駄だとは思いましたが、まさか予想通りとは」 呟き視線を戻す。 「お答え頂けないのであれば、長居は無用です」 そう言うが早いか、彼の足が動いた。 それに合わせて黒装束の人物も動くのだが、薺が表通りに入る方が早かった。 身軽に人混みに溶け込み、その中に消えて行く。 そうしてそのまま楼港を抜けようとした所で、彼の足が止まった。 「おや、奇遇ですな」 声を掛けたのは秋桜だ。 仄かに香る酒の匂いに薺が眉を潜めると、彼女はクスリと笑って彼の前を通り過ぎた。 「私は皆様の元を抜けた身ですからな」 クツクツと笑って去ってゆく秋桜を見送り、彼の緑の瞳が、秋桜の出て来た宿を見た。 大体の経由は想像できる。 薺は呆れ半分を内に浮かべ、緩やかに地面を蹴って人混みに消えて行った。 そして颯と愛は、人目に着きやすい場所を足早に歩いていた。 「結構ゾロゾロ着いて来てる気がするな」 そう呟きながら颯が周囲を見回す。 その彼の言葉通り、他の仲間よりも多くの人間が彼らに着いていた。 だがそれで良い――。 「そろそろですわね‥‥――うわっ!?」 呟いたのとほぼ同時だった。 愛の足が縺れ、道の往来で倒れたのだ。 颯と言えば、気付かぬフリで歩き続ける。これに愛が叫んだ。 「志摩、待てっ!」 この声に、彼らに視線が集中した。 「すまねぇ‥‥立てるか?」 そう言って差し延べた手に捕まって立ち上がると、愛は1つ頷いて歩き出した。 尾行の数は更に増えた気がする。 歩き進めながら徐々に人気のない場所へと誘導して行く。そうして路地に滑り込むと、異変は起きた。 「おっと、通り魔とは随分と物騒じゃねえか」 ニヤリと笑う颯に、彼らを取り囲んだ者たちが刃物を抜く。 これに黄扮する愛が声をあげた。 「なんなんだ、あんた達!」 叫びながら若干違う声を出す。 これに彼らを取り囲んだ者たちが動揺した。 「どういう理由か知らねえが、こっちとしちゃぁ狙われる理由は思いつかねえんだがな」 そう言いながら愛を引き寄せると、颯は辺りを見回した。 敵の数は圧倒的、武力で抜けるには歩が悪すぎる。だが相手はそれを知って、地を蹴った。 間違いであろうと攻撃の意思を見せた以上は、最速で仕留める道を選んだのだろう。 これに颯が舌打ちを零す。 上がる花火を視界に捉え、大輪の花が咲くのと同時に懐に忍ばせた手を抜き取る。 ――‥‥ッ! 花火と同じく火花を上げた筒――飛竜の短銃が鉛玉を放った。 それが追手の肩を貫く。 突然の攻撃に敵はうろたえ、その隙に2人は駆け出す。 向かうのは人混みの中。 そして――。 「助けてっ! 人殺しですっ!!」 愛の声が人垣に木霊する。 これには追手たちも目を見開き後退した。 警備の手の者がわらわらと集まり彼らを囲う。 こうして颯と愛は、集まる人の波を縫い、表通りを抜けて行った。 ● 「何だこりゃ」 楼港を抜けた森の中、志摩はまるごとくまさんの格好をさせられ佇んでいた。 それを囲うのはリリアを覗いた面々だ。 「まるごとくまさん、可愛いでしょ♪」 千羽夜はそう言ってウインクして見せる。 「リリアさんはか弱い護衛色だし、1人で来れるか心配だわ。くまさんのおじ‥‥王子様が迎えに来てくれたらすっごく喜ぶと思うの。ね、お願い!」 「お願いって‥‥オイ」 引き攣った顔で苦笑する志摩の脳裏に、別れ際のリリアの言葉が蘇る。 ――‥‥ちゃんと迎えに来て下さいね、王子様? クスリと笑いながら言われた言葉の意味をその時は測りかねていた。 だが今なら分かる。 「初めから測ってやがったな‥‥」 そう口にして息を吐くと、「仕方ねえ」と歩きだした。 そこに秋桜が近付いてくる。 「志摩様、戻られるのでしたらこれを」 そう言って酒瓶片手に彼女が差し出したのは、膨大な額の宿代と酒代の請求書だ。 「なっ!?」 「敵の目を欺く為の酒代ですからな。当然でしょう」 言って笑った秋桜に、志摩は盛大に息を吐き、頭を抱えたのだった。 |