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■オープニング本文 穏やかに降り注ぐ太陽、それを浴びながら鍬を振る陶・義貞は、額に浮かんだ汗を拭うと大きく伸びをした。 「ん〜‥‥久しぶりだな、こういう仕事!」 北面にある故郷――狭蘭の里で畑仕事はよく行っていた。 それを開拓者になって、しかも依頼で行うのは、何だか不思議な気分だ。 それでも久しく行う作業は楽しくて、時が経つのを忘れてしまう。 「さってと、あと少しで終了だな‥‥――っと、危ない!」 耕していない土に目を落として口にした時だ。 視界に映った影に慌てて足を動かす。 そうして抱き止めたのは、鍬を手にする少女だ。 勢い良く振り上げた鍬に負け、バランスを崩したのだろう。危うく、転んで土まみれになるところだった。 「危ねぇな‥‥大丈夫か?」 問いながらしっかり立たせて上から下まで眺める。 そして何処にも怪我などないことを確認すると、鍬を手にして彼女の顔を覗き込んだ。 「良いか? 鍬ってのは力任せだけじゃダメなんだ。こうやって――」 そう言いながら鍬を振り下ろす。 土を耕す良い音が響き、少女はそれを見つめて目を瞬く。 「義貞は畑仕事に詳しいね。開拓者になる前は、畑仕事をして食ってたの?」 問いかける彼女の名前は雛雪(ヒナユキ)。 年は義貞と同じくらいで、活き活きとした目が特徴の可愛らしい少女だ。 「おう! 俺の故郷はここよりもっと田舎なんだ。だから、小さい頃から畑仕事はしてた」 言って、鍬を落として見せる。 その仕草を食い入るように見つめて、彼女も改めて鍬を手にすると、それを畑に落とした。 畑仕事は、それから程なくして終わり、義貞は他の開拓者たちと共に、村に向かっていた。 その道中、村へ同行していた雛雪が、思い出したように義貞に声を掛けて来た。 「義貞たちはこれで仕事は終わり? もう帰るの?」 畑仕事は今日の分で全て終わった。と言うことは、開拓者としての仕事はこれで終了。 明日には神楽の都に戻ることになるだろう。 「そうだな、俺たちの仕事は畑を耕すだけだし‥‥明日にでも帰ると思うぞ」 ケロリと笑って答える義貞に、雛雪は「そっか」と寂しげな声を返す。 それでも直ぐに笑顔を浮かべると、他の開拓者たちを見回して頭を下げた。 「いろいろありがと! お蔭で畑仕事はだいぶ上手くなったし、来年はきっとあたしらだけで大丈夫だね!」 言って夕日を背に笑って見せる。 その顔に目を細めると、義貞はニッと笑って頷いて見せた。 「そうだな。まあ、次は依頼抜きで手伝いに来てやるよ。やっぱ畑仕事は面白いしさ」 「本当っ!? 絶対! 絶対だからね!」 目を輝かせる雛雪に義貞は何度も頷く。 そうして足を進め掛けた所で、彼女の歩みが止まった。 「あ、もう咲く季節なんだ!」 嬉しそうに言って腰を下ろした雛雪に釣られ、全員の視線が足元に・ゥう。 そこに咲くのは、見なれない小さな花だ。 白くて、ふわふわと柔らかそうな花は、一見するなら綿帽子の様にも見える。 「可愛いな。それ、何て名前なんだ?」 「ここらじゃ雛雪って呼ばれてる花だよ」 「雛雪‥‥ヒナと同じだ」 「うん」 雛雪はにっこり笑って立ち上がると、嬉しそうに両手を広げた。 「もう少しすると、ここら一帯に咲く花なんだ! 花が咲くころには渡り鳥がやってきて、鳥たちはここで子供を生んで飛び立ってく」 この地は、鳥の繁殖地になっている。 その事は地元の人間なら知っていること。そしてその時期に咲く花だから、雛と言う字が付き、雪と言うのは――。 「見た目のまんま。花が雪みたいでしょ。それがこの辺りを埋め尽くすと雪みたいに綺麗だから、それで雛雪って言うんだよ」 雛雪の背に見える平原全てに白の花が咲く。 その光景を思い浮かべて、開拓者たちの顔に笑みが浮かんだ。 「そっか。んじゃあ、ヒナはこの時期に生まれたんだな」 「うん! 来月には誕生日だね。あ、そうだ!」 雛雪は思い出したように義貞に近付くと、彼の顔を覗き込んだ。 「誕生日にまた来てよ! そしたら雛雪の花も見れるしさ」 そう言って笑った雛雪に、義貞は満面の笑顔を返して頷いたのだった。 ○ 「何で‥‥何でッ!」 瞳に映る真っ赤な世界に、義貞はギュッと奥歯を噛みしめた。 「あいつら、許せないッ‥‥でも――」 燃えがる炎と、物を焼く臭い。 どんなに睨み見据えようと変わらない世界は、ほんの僅か前に訪れた。 次の日には、神楽の都へ戻る開拓者たちへ、村人は感謝の気持ちを籠めて夕餉を振舞った。 そしてそれを有難く受けた彼らは、村長が貸し与えてくれた離れで就寝していたのだ。 だが、その眠りが突如として破られた。 響き渡る悲鳴、その中に混じる歓喜の声に、彼らは飛び起きた。 そして慌てて外に出た彼らが目にしたのは、燃え上がる村と、その中を縦横無尽に駆け巡る者たちの姿。 そう、夜盗が村を襲ったのだ。 「急いで、助けないと――‥‥っ!」 言って駆け出そうとした義貞の足が止まった。 「ヒナ‥‥おい、ヒナッ!」 慌てて駆け寄って、倒れるその身を抱き起こす。 普通ならそれだけで目を覚ます筈だ。 だが雛雪は一向に目を開けない。その代わりに、義貞の手を赤い物が染めて行く。 「何で‥‥何で、こんな‥‥」 そう口にしながらも、自分を見失うことは無かった。 「‥‥冷静に、ならなきゃ‥‥冷静に」 開拓者になる為に学んできたもの。 それを思い返して呟く。それでも押し留められない感情を噛みしめると、義貞の顔が弾かれたように上がった。 「何だ、このガキはぁ‥‥テメェもこの村の住人かァ?」 突きつけられた刃に義貞の目が細められる。 「オイ、ンなガキなんざホッとけ。さっさと盗るモン盗ってずらかるぞ」 「おう‥‥命拾いしたなァ、ボウズ!」 言って、男の足が地面を踏み潰した。 それを目にした時、義貞の眉が上がった。 「‥‥――」 「ああ?」 「‥‥退け‥‥」 「何だ? 全く聞こえねぇなァ」 ゲラゲラ笑って男が踏みつけるのは、白く小さな花――雛雪だ。 「その足を‥‥――退けろっ!!!」 怒声と共に抜き取った刃が、男の短い髪を風に舞わす。 その事に相手の目が吊りあがった。 「こ、このクソガキッ!!!」 大きく振りあげられた太刀が義貞の頭上に迫る。 だがそれを、雛雪を抱えたまま回避すると遠慮なしに目の前の存在を睨んだ。 「‥‥いつかは、人と戦うかもしれない。おっちゃんに初めて会った時から思ってたけど、まさかこんなに早くにそういうことになるなんて思ってなかった‥‥」 「あ?」 雛雪をそっと地面に下ろして、息を吐く。 頭の中では「冷静に」との言葉がよぎるが、それでも手が動く。 「やっぱ、俺は考えなしなのかもしれない。でも、間違ってるとは思わないっ!」 言って、義貞は地面を蹴った。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ |
■リプレイ本文 「嫌なものを思い出させてくれるな‥‥」 燃え上がる炎を視界に納め、東鬼 護刃(ib3264)は、懐かしくも悲しい記憶を蘇らせていた。 目の前の光景は、彼女の記憶を刺激するには十分だ。 「此度こそは、わしが守護刀として為してみせよう‥‥っ」 言って、陰陽符「稲荷神」を取り出す。 そうして耳を澄ますと、周囲に響き渡る音を自らの元に集める。 「ったく、アヤカシじゃなくて人間でぇも厄介な野郎どもぉはいるのがなぁ‥‥いや、人間だからぁこそ、か」 耳を掠めた呟き、それに目を向ければ、犬神・彼方(ia0218)が十字槍「人間無骨」を手に佇んでいるのが見えた。 「全く、どぉしてぇこんなことになったんだろぉな‥‥」 ぼやくように零した声、それに護刃の足が動く。 「‥‥彼方、こちらに他の夜盗がおるぞ」 視界に入る範囲での夜盗は、仲間に任せれば良い。 自分たちは目の届かない場所にいる敵を――そう声をかける護刃に、彼方は頷きを返す。 「あぁ、何とかしなきゃぁな‥‥」 そう口にして、護刃と共に駆け出した。 向かうは悲鳴の響く場所だ。 途中、横たわる雛雪に駆け寄る、柚乃(ia0638)とレヴェリー・ルナクロス(ia9985)が見えたが、足は止めない。 「酷い‥‥どうか雛雪ちゃんが助かりますように‥‥」 冷え切った体を抱きしめ、柚乃が囁く。 溢れ出る赤の雫を、布の上から圧迫して押し留めるだが、これだけでは足りない。 「よもやこんな事になろうとは‥‥酷い、あまりにも酷過ぎる。一先ず、安全な場所へ‥‥治療が出来る場所へ移動する必要があるわ」 「‥‥うん‥‥」 幸いなことに、義貞が対峙する夜盗の目は彼女たちに向いていない。 今の内であれば、夜盗の目を掻い潜り移動する事が出来るだろう。 レヴェリーは柚乃の頷きを確認すると、雛雪を抱きあげた。 そして目で頷き合い、安全な場所を探し走り出す。 そしてその横を、風と共に駆け抜ける者があった。 「‥‥っ、すぐ近くにいたのにっ」 後悔の念に押されながら、アルティア・L・ナイン(ia1273)は2刀の刃を抜き取った。 目の前では義貞に向けて太刀が振り下ろされている、それを自分の刃で受け止めた義貞に、自らの剣を握る手に力が篭る。 「――いや、悔いるのは後だ。今はこれ以上被害を出さぬよう、全力を尽くすのが先だ」 ――ガンッ。 両手を塞がれ、攻撃を防ぎようも無くなった義貞に降り注いだもう1つの太刀、それをアルティアは受け止めると、彼の目が義貞に向いた。 「協力して迅速に禍を断つよ、義貞くん」 言って、弾き返す刃。 それを見止めて、義貞も何とか刃を振り払う。 そして間合いを測るアルティアに習い距離を取ると、改めて2刀を構えた。 「さあ、休んでる暇はないよ。一気に片付けるんだ」 呪殺符「深愛」を構えて橘 楓子(ia4243)が言う。 その声に戸惑うような視線が向かった。 以前、試練の際に言われた言葉が頭をよぎる。 「‥‥楓子さん‥‥あの、俺‥‥」 「他にも救わなければならない命があることを承知の上なら、特に言うことはないわ」 護るべきなのは、雛雪だけではない。 この村にいる全ての人を護らなければ意味がない。 それを諭され、義貞は神妙に頷く。 「さあ、一気にケリつけるからね‥‥言っとくけど、成り立てとはいえアンタは開拓者だ。一人前として扱うから、しっかり働くんだよ」 楓子の言葉に感謝の念を覚えながら、義貞は前を見た。 「――行くよ!」 アルティアの声に従い地面を蹴ると、夜盗との闘いが開始された。 ●成すべき事 村の外れで、民家に隠れるように身を潜めた柚乃とレヴェリーは、横たえた雛雪を前に必死の救護を行っていた。 「息が‥‥っ、駄目‥‥助けるんだからっ」 言って清杖「白兎」を構える。 先ほどまであった雛雪の息が止まっている。 血は何とか止めたものの、このままでは確実に命の灯が消えてしまう。 「戻ってきて‥‥雛雪ちゃん」 切なる願いを乗せて囁く。 そうして瞼を伏せると、杖に想いを重ねて力を振るった。 「義貞クンと約束したんでしょ‥‥」 巫女に与えられた蘇生の術――それを振るいながら、離れて行こうとする魂を引き戻す。 しかし、それは容易な事ではなかった。 「っ、‥‥」 みるみる削られて行く力、それでも祈ることを止める訳にはいかない。 そんな柚乃を見て、レヴェリーも堪らず雛雪の手を取った。 「駄目。駄目よ、逝っては駄目‥‥!」 彼女に届くように叫びながら、冷え切った手を握り締める。 「戻ってきなさい! 来月、一緒に誕生日を祝うんでしょう!?」 柚乃の必死の治癒と、レヴェリーの声が響き渡る――と、そこに影が射した。 「あん? こんな所に女とガキが何してんだ?」 ニヤニヤと笑いながら近付いてくるのは、村を襲った夜盗の1人だ。 「そんな、死に損ないじゃなくて、俺の相手してくれよ〜」 ゲラゲラ笑う声が、2人の集中力をかき乱す。 しかし柚乃は練力を送り込むのを辞めない。ここで止めれば、雛雪が二度と戻れなくなるからだ。 「――外道共‥‥!」 レヴェリーは、雛雪の手をそっと戻すとゆらりと断ちあがった。 「何だ、やるってのかぁ?」 「柚乃、雛雪は任せたからね」 レヴェリーはそう言うと、迷うことなくハルバードを引き抜いた。 そして仮面のズレを直して、構えを取る。 「随分とデカイ獲物だなぁ。そんな細腕で扱えるのか?」 未だに笑い、相手を敵とみなさない夜盗に、彼女の奥歯が鳴った。 「痛みがどんな物か、思い知らせてあげるわ!!」 地を蹴るのと同時に、レヴェリーの体が前に飛んだ。 一気に距離を詰め、相手の懐に入り込む。 目にも止まらぬ速さで迫る相手に、夜盗は怯んだ。 しかし相手もただ、攻撃を受ける訳ではない。 急ぎ間合いを測る為に後方に飛ぶ。しかしそれを見越し、再び加速すると、彼女の重い刃が夜盗に迫った。 「人々の痛み、その体で思い知りなさい!」 長い柄の部分が夜盗の体を強打して、大地に叩き倒す。 その上で重い刃を下に武器を持ち直すと、体を回転させ、一気に振り下ろした。 「ひっ!」 間一髪の所で、夜盗はそれを避けたが、既に戦意はない。 情けなく四つん這いで逃げようとする所に、レヴェリーの鉄槌が下る。 「逃がさないわよ、この外道‥‥!!」 物凄い勢いで夜盗の脇を通り過ぎた、ハルバード‥‥これが決め手となり、夜盗は完全に戦意を喪失した。 「まったく‥‥本当は、こんなんじゃ怒りが納まら――」 「レヴェリーさん、雛雪ちゃんがっ!」 柚乃の声に振り返ったレヴェリーは、夜盗を手早く縄で縛りあげると、彼女の元に駆け寄って行った。 村の中を駆ける護刃の足が不意に止まった。 それに習い彼方も足を止める――と、その目の前を矢が通り過ぎた。 頬を僅かに掠めた矢に、彼方の目が眇められる。 「おいでなぁすったぁか」 身の丈よりも遥かに大きな槍を構え見止めたのは、弓を構えた男だ。 男は次の矢を弓に番えながら、彼方たちを見据える。 「‥‥久しぶりに頭に来てんだ。手加減頼んでぇも、聞いてやらねぇかぁらなぁ?」 振りあげられた無骨の槍、それが風を切ると無数の式が放たれた。 それが弓を構える者の身を縛る。 「っ‥‥」 式により動きを封じられた相手は、狼狽したように彼女たちを見た。 だが、手加減をするつもりはない。 「わしも自ら里を焼いた事があってのぅ?」 言って、護刃の苦無「獄導」が放たれる。 炎の光を吸いながら飛んでゆく刃は、式に縛られた男の脇を通り過ぎた。 そして民家の物陰に吸い込まれる。 すると、そこから人の呻き声が響いた。 「彼方、その男は任せたぞ」 そう言い、護刃は一気に駆け出した。 そして民家の陰に入り、陰陽符を構える。 「てめぇ‥‥」 腕を押さえ手甲を装備した大男が、歯を軋ませながら護刃を睨む。 それを目にした金色の瞳が細められる。 「お主の相手はわしじゃ。外道同士、案内してやろう。冥府魔道のその際までな‥‥っ」 瞬時に詰められた距離。 それと同じく脚力を強化した相手が、間合いを取る。しかし護刃の方が動きは速かった。 「その業、炎を持って思い知るがよい」 護刃がそう言い、夜盗の腕を掴んだ瞬間――彼女の身が炎に包まれた。 そしてそれは手を伝って、夜盗に移る。 これには相手も驚いて身を引くが、燃え移った炎は容易に消えなかった。 「っ、うわああ‥‥た、助けてくれっ!」 炎を振り払おうともがく姿に、護刃の眉間に皺が刻まれる。 「貴様らは、その声を無視したじゃろう‥‥っ」 苦々しげに吐き出した声。 それと同時に彼女の手から炎が消えた。 そして夜盗に水が掛けられる。 その事で崩れ落ちる夜盗を見ながら息を吐くと、彼女の耳に獣のような猛々しい音が響いた。 「‥‥てめぇらが傷つけた人間のぉ痛み、確りとぉ味わいな」 彼方の槍が大きく風を薙ぐ。 それが式の力を借り、より強化された武器として目の前の敵に迫る。 それを自由を取り戻した夜盗が交わそうとするが、未だ術の効果が切れない相手では避けきれなかった。 夜盗が手にする弓が叩き落とされ、地面に落ちる。 そしてそれを拾い上げようとしたところで、弧を描き戻ってきた槍に体を強打された。 ドサリと崩れ落ちる夜盗を見ながら、彼方の眉間に皺が刻まれる。 「ほんとぉはぶち倒したいところだぁが‥‥一時の感情でぇやっちまったぁら、それも夜盗どぉもと同じよぉな人間になるしな‥‥」 内にくすぶる激しい感情を押さえこみ、呟く彼方の元に、物陰に潜んでいたもう1人の夜盗が迫る。 しかしそれを、急ぎ駆けつけた護刃の苦無が遮ると、間髪入れずに彼方の槍が鳩尾を突いた。 これでこの敵もその場に崩れ落ちる。 倒れる3者‥‥それらを木に縛り付けると、彼方は次へ向かおうと足を動かした。 しかし―― 「待て、何か聞こえる」 超越聴覚の効果が続く護刃の耳が僅かな音が届いた。 燃え落ちる建物の音。その中に混じる音に彼女の顔が上がる。 「屋内に残された者がおる。こっちじゃ!」 駆け出した護刃に続き、彼方も駆け出すと、2人は炎を纏う民家の中に消えて行った。 アルティアと楓子は、義貞をフォローしながら2人の夜盗と対峙していた。 1人の夜盗は義貞に任せ、もう1人はアルティアが対峙する。 戦闘時間が長くなろうと、義貞にも戦わせる。これが2人の取った方法だ。 「ったく、キリがありゃあしないねぇ」 口にして陰陽符を器用に手の中で広げると、楓子は無数の式を夜盗目掛け放った。 これに相手が瞬時に反応する。 真下に叩きつけられた刃が、大地を裂く衝撃派を放ち義貞に迫りくる。 それと同時に、地断撃を放った相手に楓子が放った式が纏わりついた。 その事で相手に隙が生まれる。 「‥‥ここは、義貞くんを信じるよ」 衝撃派は義貞の直前まで迫っている。 本来なら助けに入る所だが、今は出来た隙を逃したくはない。 アルティアは身を低くすると、一気に駆け出した。 「――迅速禍断!!」 相手の懐に入り叩き込んだ刀身。 それに夜盗の身が揺らぐ。しかしこれだけで攻撃は終わらない。 気を集中させて力を幾つも重ねて行く。そして容赦なく相手の隙となる場所を探り――そして。 ゴオオオオッ。 獣に似た叫びが響き、白い風が夜盗を貫いた。 思いもかけない衝撃に、夜盗は白眼を剥いて後方に飛ぶ。 「さあ、次だ」 動かなくなった夜盗から義貞に向けた所で、アルティアは僅かに眉を潜めた。 「腐っても志体持ちか‥‥ったく野蛮だねぇ。義貞、しっかりおし!」 衝撃波を避ける間のなかった義貞は、2刀の刃を盾にそれを受け止めた。 まだ経験の少ない彼には、その攻撃は酷だったが倒れる間にでは至っていない。 楓子に傷を癒して貰い、再び目の前の夜盗を見据える。 だが夜盗は義貞の強さを見極めると、ニヤリと口角を上げて踏み込みを深くした。 ――コイツなら勝てる。 そんな厭らしい笑みに楓子の瞳がスッと細められる。 そして次の瞬間、氷の刃が夜盗の肩を貫いた。 突然の攻撃に肩を押さえ怯む相手へ、楓子が口角を上げて陰陽符で口元を覆う。 「あら、すまないね。手加減て言葉、あたし知らないのよ」 飄々と言ってのける言葉に、男は激怒した。 武器を持ち直し一気に駆け込んでくる。 だがそれをアルティアと楓子が許さなかった。 楓子の放った式が夜盗の動きを封じ、アルティアの刃が夜盗の足を薙ぎ払う。 そしてそこに、義貞の2刀が降り注ぐと、闘いは終焉を迎えた。 ●命の尊さ 「雛雪、良かった!!」 柚乃とレヴェリーの蘇生の甲斐あって、雛雪は死の直前より戻ってくる事が出来た。 未だ顔色は悪いが、それでもこれ以上悪化する事はないだろう。 義貞はそんな雛雪に駆け寄りながら、嬉しそうに顔を覗き込む。 その姿を目にした彼方は、フッと笑みを零した。 「義貞とは今まぁで何回か一緒の依頼をしたぁが‥‥試練の頃からぁ大きくなったぁな」 しみじみと呟かれる声に、アルティアが同意して頷く。 「‥‥こんな形で成長を実感したくはなかったけどね」 アルティアは今回のことで、義貞への影響を気にしていた。 だが当の義貞は笑顔を浮かべている。 それは開拓者のお陰で雛雪が助かったこと、村の人間が怪我をしてはいるが皆無事だったこと、そして夜盗であれ命を奪わずに済んだことが影響しているだろう。 「義貞は‥‥きっと強くなれる、護る立場になれる心を、持ってるかぁらな」 彼方はそう言って、ふと視線を落とした。 その目に入ったのは、大地に手を添え土を弄る楓子の姿だ。 「何してんだぁ?」 「‥‥花は踏まれても枯れちまうわけじゃないさ。焼けた後の土地でも避ける強さがあるんだよ」 言って、夜盗に踏まれた花を植えかえる。 「人も、そうであることを願ってる」 「そうだぁな」 2人は目で頷き合い、義貞に目を向けた。 そこに、義貞に近付く護刃の姿が入る。 「義貞」 声に顔を上げた義貞を、護刃はじっと見つめた。 その上で苦笑いが口を吐く。 「‥‥怒りも、悔悟も忘れるな。じゃがそれに囚われるなよ‥‥」 今回の結果を踏まえれば必要ない言葉かもしれない。 だが今後も、このようなことがないとは限らない。 その時に自分の言葉が少しでも義貞の糧になれば――そう思う。 「さて、と‥‥まだまだ、もう一仕事しないとね? 来月には人が来るんでしょ」 レヴェリーの声に皆が頷いた。 村に放たれた火は消したが、復興作業はほとんど進んでいない。 これから少しでも多くの作業を手伝えればと思う。 「来月には雛雪が咲くからね。賑やかになるだろうさ」 楓子の声を聞きながら、最後の治癒を雛雪に施した柚乃は、雛雪が咲き誇るであろう大地を見つめた。 「柚乃も真っ白な雛雪の花、見てみたい‥‥」 そう口にした柚乃に、雛雪は綻ばん限りの笑顔を浮かべ頷いたのだった。 |