迷惑客御免!
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/29 00:31



■オープニング本文

 新年を迎え、年末の賑わいが嘘のように静かになりつつある神楽の都。
 そこの開拓者ギルドから然程離れない位置にある屋敷で、志摩・軍事は正月惚けしそうな頭を何とか奮い立たせようと、雑事にあたっていた。
「‥‥ねみぃ‥‥生肉喰いてぇ‥‥」
 開拓者のための下宿所、そこの管理人を務める彼の仕事は多岐に渡る。
 それを開拓者業と共に行っているのだから、仕事の量は半端ではないはず。
 それでも暇そうに見えるのは、今が年明けだからかもしれない。
 彼は居間に散らかる書類などを拾い上げると、それを箪笥の引き出しに仕舞った。
 そして箒をかけようと手にしたところで、妙な違和感に気付く。
「‥‥おい、何でてめぇがここにいる」
 視線の先に見えるのは、居間の隅に腰を下ろす腰巻姿の男だ。
 彼は志摩の声に気付くと、くるりと振り返った。
「おお、志摩殿。奇遇ですな!」
「阿保か!!!」
 奇遇も何もない。
 ここは志摩の住居だ。
 彼がこの場にいるのはおかしなことではないし、何よりこの場にいておかしいのはこの腰巻陰陽師こと、白馬・王司(ハクバ・オウジ)の方なのだ。
 だが彼は自分のペースで手を動かすと、作り途中の人形を置いて神妙に頷いて見せた。
「生肉ですか。志摩殿は相変わらず奇抜なお人ですな」
「話逸らすな。つーか、てめぇには言われたくねぇ‥‥」
 冬であるのに腰巻1つ。そんな男に奇抜と言われては志摩の威厳に関わる。
 だが白馬にとってそれは如何でも良い事らしい。
 志摩の声に頷きを向けると、ふむと顎に手を添えた。
「そんなに褒めても何も出ませんが、そうですなぁ‥‥探せばこの時期でも獣狩りが出来る山はありましょうが、探すのは骨でしょうな」
「‥‥まあな」
 こいつにこれ以上突っ込んでも無駄。
 そう判断した彼は相槌を打つと、白馬の手元に目を向けた。
「ところで、お前さん何を作ってる」
 白馬は手先が器用だ。
 彼は以前、志摩が留守の折に筋肉人形なるものを作り出し、開拓者と共に売り捌いた過去がある。
 そして今作っているのも人形だ。
 果たしてどんな人形を作っているのか。そう思い、置かれた人形に目を向けた。
 その瞬間、志摩の顔が強張った。
「おまっ‥‥これ、まさか‥‥」
「おお、気付かれましたかな!」
 完全に引いている志摩とは別に、白馬は嬉々として人形を取ると、彼にその顔を向けた。
 それを見ただけで、志摩の目が逸らされる。
「‥‥向けるな」
 志摩が目にしたのは、金髪碧眼、そして眼帯を嵌めたサムライの人形。
 それは明らかに誰かさんに酷似しており、当の本人は直視など出来るはずもない。
「志摩殿を元に作りましてな。これを売れば下宿所の運営にも箔がつくというもの!」
「つかねぇよ!!」
――馬鹿野郎! そう叫んだ時だ。
 突然、物凄い勢いで居間の扉が開かれた。
 そこに立っていたのは開拓者ギルドの受付で事務を行っている人物――山本・善治郎(ヤマモト・ゼンジロウ)である。
 彼は志摩と白馬を見止めると、勢いよく滑り込んで頭を下げた。
「頼む! 急いで討伐に向かってくれ!」
 畳に額を着けんばかりに頭を下げる彼に、志摩と白馬が顔を見合わせる。
「開口一番で討伐とは、穏やかではありませんな」
「その様子から察するに、ヤバい相手なのか?」
 双方の問いに顔を上げると、山本は蒼白の表情で頷いて見せた。
「市場に、強烈なおばさん連中が出て、値切って困ってるんだ。それを討伐してほしい!」
 市場で値切るおばさんを討伐。
 コチコチと時計が時を刻むような間が空く。
「ちょっと待て、あのな‥‥それは討伐とは言わねえ。言うなら迷惑な客を追い払えって言え。つーか、おばさん連中に俺らが敵う訳ないだろ」
 おいおいと額に手を添える志摩に、山本と何故か白馬は、顔を見合わせると首を傾げた。
「志摩なら何とかなるだろ?」
「志摩殿でしたら、おばさん方にもどうにかなるかと思いますぞ」
 何故か一致した見解に、志摩の口元が引き攣った。
 そして――。
「そういうことだから、おばちゃん連中の相手任せた!」
「え゛‥‥いや、俺には無理――」
 爽やかな笑顔で肩を叩く山本に目を瞬くと、今度は反対の肩を白馬が叩いた。
「志摩殿の武勇伝、楽しみにしておりますぞ!」
 これまた爽やかに頷いて見せる白馬に、志摩は言葉を失い、難題を引き受ける羽目になった。


■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
リリア・ローラント(ib3628
17歳・女・魔
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
ロゼオ・シンフォニー(ib4067
17歳・男・魔
紅雅(ib4326
27歳・男・巫


■リプレイ本文

「値切りは逞しいご婦人方の知恵ですが‥‥困り果てる程になっては‥‥」
 そう呟き唸るのは、千見寺 葎(ia5851)だ。
 彼女は短い髪を活かした男装姿で市場の見回りに付く。
「考えていても仕方ありませんね。僕はこの辺の情報収集をしてきます」
 言って、超越聴覚を使用して聴覚を研ぎ澄ます。
 そうして人混みに向かうと、ブラッディ・D(ia6200)も足を動かした。
 その上で視線を志摩に投げる。
「あ、そうだ。お父さん、逃げちゃ駄目だよ?」
 どうも乗り気ではない彼に釘を刺す。
 その胸中は、志摩と遊びたくて仕方がない。だがここはグッと我慢だ。
「では、私たちも行きましょう。店番というものは初心者ですが、精一杯頑張らせていただきますね」
 紅雅(ib4326)はこれから店番に向かう面々を振り返り微笑むと、皆と共に市場に消えて行った。

●野々屋
「はいはい〜、新鮮なお野菜どうですか〜?」
 元気いっぱいに響く声、その声の主はロゼオ・シンフォニー(ib4067)だ。
 野菜を扱う野々屋の売り上げは、彼のおかげもあり上場。
 店主も「これでアレさえ来なければ良いのに」と愚痴を零すほどだ。
「そうだよね。自分達だけ特別扱いなんてダメだよね」
 そう言いながら人差し指を振って見せる。
 その姿に、店主が頷き返したところで、彼の動きが止まった。
 それに気付いたロゼオも入り口を見るのだが、その目が見開かれる。
「あらぁ、お高いんじゃなくてぇ〜」
「このお野菜。潰されて痛んでるじゃない。買うから、安くしてくちょうだい」
 次々と掛かる声にロゼオの足が一歩下がった。
 だが負けるわけにはいかない。
「ここからが勝負!」
 拳を握り、おばちゃん軍団に立ち向かった。
「あらぁ、あなたがお留守番? ずいぶんと幼いのねぇ」
 そう言ったおばさんの目が光った。
 良いカモがいる。そんな顔に、ロゼオは内心で表情を引き攣らせた。
「し、新鮮なお野菜がいっぱい入ってますよ!」
 頑張って笑顔で言う彼に、おばさんが取り出したのは痛んだ野菜だ。
 だが実際にはこれは痛んでいない。ただ土がついてそう見えるだけの代物だ。
「これ、お安くならない?」
「ならないです」
 きっぱり言ったロゼオに、おばちゃんは目をぱちくり。
「値切りしなくても安いものはそれ相応に安くなってるから‥‥ねっ、値切る必要なんてないですよ」
 にっこり笑顔の彼に、おばちゃんが押し黙る。だが敵もここで引き下がるわけにはいかない。
「でも痛んでるじゃない。その分くらいはお安くなるんじゃないの?」
「そ、それは‥‥」
 初めてお店番をする彼には、痛みのように付いた土が本物のように見えている。
 言い淀む彼におばちゃんは、隙を見つけたとばかりに突っ込んできた。
「だいたい、さっき新鮮とか言ってなかったかしらぁ。痛んでるって言うことは、新鮮でもないのかしらねぇ」
 周りに聞こえる様に大きな声で言い始めたおばちゃんに、ロゼオはたじたじだ。
 そこに助け舟が入った。
「折角、貴方についている福が逃げますよ」
 おばちゃんの耳元でこっそり囁かれた言葉に、おばちゃんが後ろを振り返った。
 そこにいたのは巡回中の葎だ。
 彼女は美麗の男子たる容姿で微笑むと、近くの野菜を手に取って眺めた。
「良いお野菜ですね。1つ頂けますか?」
 笑顔で野菜を買う美少年。この構図に何故かおばちゃんの心が揺れ動いた。
「し、仕方ないわねぇ。この値段で買ってあげるわよぉ。あとこれも‥‥でもぉ、これだけ買うんだもの、少しくらい――」
「だったら、あたしも安くしとくれ!」
 近くで店主相手に騒いでいたおばちゃんが乗り込んできた。
「ちょっと! 私が先に買ってたのよ!」
「良いじゃないか! 買うのはいつだって同じだろう!」
 ワーワーギャーギャー。
「あわわ‥‥み、皆さん公平に取引しましょう!」
 慌てて仲裁に入ろうとするロゼオだが、こうなると並大抵の人間に仲裁は無理だろう。
「‥‥葎様〜」
 半泣き状態で助けを求めるロゼオに、葎は野菜を置くと、おばちゃんの手を取るって間に入った。
「そう言えばご存知ですか? この近くに格好良い開拓者のいる肉屋があるそうですよ」
――格好良い開拓者の居る肉屋。
 この単語におばちゃんの心に火が点いた。
「あ、あたし行ってくるわ!」
「わ、私も!」
 言うや否や走ってゆくおばちゃんたち。
 その姿を見送り、ロゼオはケモノ屋の安否を気遣うのだった。

●ケモノ屋
 勇ましく肉を裁く良い男がいる。
 そんな噂が元で、肉を専門に扱うケモノ屋では、おばちゃんのみならず、何故かマッチョなお客さんまで押し寄せ大繁盛の様子を見せていた。
「‥‥裏方希望だったんだが、何があった」
 呆然としながら、大きな包丁を振るうのは鉄龍(ib3794)だ。
 そんな彼の隣では、店主が意気揚々と肉を売り捌いている。
「今捌いたのは、今朝捕ってきたばかりの熊の肉だ! まずは腹の辺りから売ってくぞ!」
 店主の威勢のいい声に、客たちが声を上げる。
 次々と買い出す客の中にはもちろん、おばちゃんも居て‥‥。
「もう少し安くなんないのかい! さっきのおばさんとそれじゃあ、同じ値段じゃないか!」
 同じ商品なのだから、値段が同じで何が悪い。
 そんな言葉を呑みこみ、店番をしていた紅雅が前に出た。
「奥様の御眼鏡に適う程ですから、妥当なお値段かとは思ったのですが‥‥」
 そう言いながら萎れた華のように表情を曇らす外見年齢27歳の色男。
そんな彼におばちゃんが言葉に詰まる。
「け、けどさ‥‥さっき売った肉と比べると、少し小さい気がするからさ」
「奥様のお肉の方が、私には大きく見えましたが‥‥私の目では信じられないでしょうか?」
 やんわりと、あくまで丁寧に接客を行う彼に、おばちゃんはまた言葉に詰まった。
「そうだ、此方の商品は如何ですか?」
 その商品がダメなら‥‥と、紅雅は今鉄龍が切ったばかりのもも肉を手に取った。
 大きさは先ほどの物より少し大きい。
「奥様ならば、とても美味しい料理が出来るのではと思いました」
「あ、あんた意外と上手いわね」
 もごもごと呟きながら、若い子に褒められるのは悪い気がしないらしい。
「仕方ないからそれを貰ってあげるわ」
 奪い取るように肉を買ったおばちゃんを見送って、紅雅は肉を捌き続ける鉄龍を見た。
「素直な奥様でしたね」
「素直って‥‥おばさんってのは逞しいなあ」
 溜息交じりに呟き、包丁を振り下ろす。
 その声を聞きながら笑顔で接客に戻る紅雅の実年齢は32歳だ。だがそれは、おばちゃんたちのために伏せておこう。
「ちょいとそこのあんた。この肉、もう少し大きく切れないかね」
 新たに包丁を振り下ろそうとした鉄龍に、おばちゃんが声をかけてきた。
 肉の大きさはほぼ均一。これは店主の指示だ。
「それは出来ません」
「なら、少し安くさ。これだけ儲かってるんだ。少しくらい良いだろ」
 コソコソ話す相手に、鉄龍は包丁を静かに振り下ろす。
「それも出来ません。それに交渉なら店主とされた方が――」
「あの男じゃだめだよ。あんたの方がよっぽど才がありそうだ。で、幾らで売ってくれるかい」
 安くするのを前提で話が進み始めていることに、彼はため息を零すと包丁を下ろすと笑顔を向けた。
 その目が笑っていないのは誰にも明らかだ。
「値切りは無理です」
 きっぱり言った彼の背に、黒いオーラが見える。それを目にしたおばちゃんが生唾を飲んだ。
「そ、そうかい? それなら、良いんだよ‥‥」
 コソコソと去ってゆくおばちゃん。
 それを見送り、再び包丁を手にする鉄龍に声が掛かった。
「そんな風に脅したら駄目だよ」
 そこにいたのはブラッディだ。
「他の店の様子はどうだ?」
 彼女は葎と同じく見回りをしていたはず。彼女に聞けば、他の店の様子もわかるだろう。
「野々屋は殆どのお客さんが、ここに来てるから無事だね。それにしても、値切りしまくってるおばさん達か‥‥ある意味、アヤカシよりも手強いかも」
 群がるおばちゃん中心な様子を眺めて、ブラッディは店を見回した。
「よーし、俺も手伝う!」
 状況から見て、ケモノ屋が一番繁盛している。
 ブラッディは店主に声をかけると、店の宣伝許可を取り、こんな行動に出た。
「現地直送、ケモノ屋お次の品は――」
 言いながら身軽に地面を蹴る。
 宙を一回転して鉄龍が放った肉を受け取ると、彼女は彼に着地して見せた。
「カモ丸ごと一匹、今ならこのお値段!」
 提示された額と、華麗な動きに客たちはすぐさま声を上げた。
 これにつられておばちゃんたちも買いに走る。
「そこのお姉さん、可愛いね! これもついでに買っていかない?」
 人懐っこい笑顔でブラッディがおばちゃんの顔を覗き込んだ。
 女性大好きで口説き気味な彼女の態度に、おばちゃんちょっとだけメロメロ。
 迷わず商品をお買い上げだ。
「素晴らしい腕前ですね」
「‥‥だな」
 その姿を眺めていた紅雅と鉄龍は、しみじみ呟くと彼女を助けるべく接客に移って行った。

●彩屋
 可愛らしい小物や雑貨を扱う彩屋で番をするのは、エルディン・バウアー(ib0066)とリリア・ローラント(ib3628)、そして志摩の3人だ。
「アヤカシとは違う手強さを感じますが、私の慈愛溢れるスマイルで、彼女たちを鎮めて見せましょう」
 エルディンはそう言うと、極上の笑顔で2人を振り返った。
 そんな彼に、まるごともふらを着込んだリリアが笑顔で頷く。
 そして彼女の隣では、志摩が表情優れず立っていた。
 その理由は彼の頭にあるラビットバンドと、着けている可愛らしいエプロンだ。
「‥‥なあ、コレ」
「これは萌えというものですよ。間違いなく女性客の黄色い声が飛び交います!」
 名付けて「うさみみ金髪ーズ」。そう言うエルディンに、志摩は口元を引き攣らせる。
「ふふ。お二人とも、うさみみ、とってもお似合いですよ」
 リリアは語尾にハートマークを付けて言うと、コロコロ笑った。
 そうしてふと思い出す。
「それにしても、一般人の方を『討伐』なんて‥‥山本さんには‥‥あとでたっぷり、お話しないと、ですね」
 笑顔で呟くリリアに、志摩は苦笑する。
 そこに迷惑客の声が響いた。
「あらやだ、これ、子供がベタベタ触って皺になってるわ」
 そう言って「安くしてよ」と、見せたのはハート形エプロンだ。
 どこで着るのか、想像したくないが、ここは笑顔だ。
「おや、小さな子供達が定価で買っていくのに大人の貴女方がそれでは良いお手本になれませんよ」
 神々しい聖職者スマイルでエルディンが前に出た。
 彼の言葉通り、近くでは子供が定額で小物を買って行くのが見える。
「子供は大人をよく見ているのですからね」
「けど、その子供が皺を付けてるんじゃないかい。それにあたしだって、家計ってものがあるし」
「そう、ですよね‥‥おばさまには、何と言ったらいいのか」
 説得をしている横で、リリアはしんみりと呟いた。
 その声におばちゃんの目が瞬かれる。
「家計のやりくりだって、されてるでしょうし‥‥値切りも、仕方ないのかな。なんて」
 しおらしくそんな事を可愛い若い女の子が呟いている――とくれば、心がズキズキ痛む。
「適正な品物には適正な価格。そう、魅力の貴女方に相応しく、心からの微笑みを私からプレゼントです!」
 極上スマイルで詰め寄ったエルディンに、おばちゃんの心がポキリと折れた。
「わ、わかったよ。このままの値段で買わせてもらうよ」
 そう言って皺のついたエプロンを定額で買って行った。
 そこに高倉八十八彦(ia0927)が顔を覗かせる。
「おっちゃん、様子を見に来たのじゃ」
「お? 冷やかしか?」
 カラカウ志摩の声に、八十八彦は大きく首を横に振った。
「あちこち手伝うて色々見て回るんじゃけえ‥‥ウインドウショッピングじゃないんじゃけえね!」
 頑張って言い放つ言葉に、志摩はにやにやと笑う。
 その顔に、彼の足がひょこんっと地面を蹴った。
「ちゃんと監視とか、手伝いなんじゃけえ!」
「おう、わかったわかった。んで、何か案があるのか――うごっ!?」
 カラリと笑った志摩の顎に、頭突きと言う強烈な一撃が見舞う。
 それに盛大に顎を抱えて蹲ると、八十八彦は満足したように店を見た。
「さて、真面目にどんなじゃろう?」
「‥‥俺は無視か」
 志摩のツッコミを他所に、彼はいくつかの例を思い浮かべていた。
 それは野々屋の痛んだ野菜の値切りだったり、ケモノ屋の肉の大きさを問う値切りだったり、彩屋の触られ過ぎて皺になったエプロンの値切りだったり、色々だ。
「まあ、筋が通ってない強引なのが困るんよね。対策としては細かい整理と、毅然とした分類かのう」
 言うが早いか、彼は店の商品を綺麗に整頓し始めた。
 こうすることで、場を乱しいちいち値切ることが他の客にも迷惑行為と判断させるのが狙いだ。
「あとは、『お客さん困ります』とビシッと言えば済むんじゃ。他の人もやりそうだからこそ、調子にのってする人もおるじゃろし」
 確かに言われるとおりだ。
 この人もやっているのだから自分もやる。
 そうした集団意識と言うものは何処にでもある。
「あとはサインとか貯めたら、何か限定品が当たるキャンペーンとかも、ええかもね」
「あ、それでしたら‥‥福袋、なんて、如何でしょう」
 志摩の背に引っ付いて話を聞いていたリリアが、こっそり提案した。
 その声に志摩が頷く。
「サインは今すぐ無理だろうが、福袋なら出来そうだな」
「えっと‥‥小物を2、3個、袋に詰めて」
 リリアは言って、売れ残りそうな商品を袋に詰めて金額を付けた。
「これなら。値切りは、されない筈です」
 この言葉通り、この後、彩屋では値切りもされずに福袋が飛ぶように売れた。
 そして店は、平穏なまま営業を続け――営業終了間近。
 彩屋を訪れた葎は、今にも噴き出しそうな口元を押え、目を逸らしていた。
「軍事さんは‥‥い、いえ。お似合いです、すごく」
 この状況で似合ってるはないだろう。
 志摩は視線を外すと、遠くを見つめた。
 そこにもう一つ、聞き慣れた声が響く。
「お父さーん、仕事終わったよー、褒めてほ‥‥お?」
 今にも飛びつかん勢いでやって来たブラッディ。彼女は志摩の姿に動きを止めると、カクリと首を傾げた。
「ブラッディ‥‥何か言うなら言え」
 遠くを見詰めたままの彼に、ブラッディは歩み寄ると、背伸びをしてウサ耳の頭を撫でた。
「大変そうだけど、俺はどんなお父さんでも大好きだよ‥‥?」
「ぶ、ブラッディッ!」
 何て良い子だ。そう声を上げた志摩に、彼女は嬉しそうに頭を撫で続けた。

 後日、市場にはサインカードと福引を合わせたキャンペーンが開かれた。
 その立案者は主に紅雅と八十八彦。
 キャンペーンは大繁盛で大いに盛り上がったらしい。
 中でも盛り上がったのは福引で、中には今回参加した開拓者の中で好みの相手と一日お茶出来る‥‥そんな特典があったとか。