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■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。 ●霜蓮寺 餓鬼山での騒動が一段落し、霜蓮寺は静かな時を迎えていた。 そんな中舞い込んだ暗雲の影。それは月宵・嘉栄のこんな怒声から始まった。 「天元流の嫡男が見合い相手‥‥どういうことですか、これはッ!」 霜蓮寺統括の屋敷に響いた怒声に、屋敷で働く者たちは何事かと作業の手を止めた。 その視線の先では、新緑の振袖に身を包んだ嘉栄と、委縮しきって首を竦めている統括がいる。 今日は月宵・嘉栄、人生2度目のお見合いの日だ。 ただしお見合いと言ってもそれは名ばかりで、実際にはお見合いに託けて霜蓮寺への資金援助と援兵の要請を行うための商談の場‥‥になる筈だった。 「以前と同様に、霜蓮寺の資金と援兵の為に見合いをして欲しい‥‥そう仰るので、今回は恥を忍んでお受けしたというのに、また別の相手を見つけてくるとはっ!」 「あ、いや‥‥黙っていようと思って黙っていただけではないのだぞ? これはほんの親心でな――」 「ならば事前に知らせるのが筋と言うもの! 私とて以前の私ではありません。きちんと知らせて貰えれば、悩みはすれど見合いの席に出席くらいはしたでしょう。にも拘らず、統括と久万殿は私を信頼すらしていないというのですか!」 見合い相手は他国の開拓者。 そう聞いていたので安心していた手前、当日になって縁談相手を知らされた嘉栄の怒りは頂点のようだ。 まあここまで黙っていた統括が悪いのは事実なのだが、彼にも彼なりの言い訳があるらしい。 「だ、だからな、そういう訳ではない。今回は、縁談相手がギリギリまで決まらなかったのだ」 「‥‥ギリギリまで、決まらなかった?」 急に声が低くなった嘉栄に、統括はしまったと口を抑えた。 だが、口から出てしまったことを撤回するのは不可能。 しっかり耳で聞き取った嘉栄の目が、臨戦態勢に入りそうな勢いで冷え切ってゆく。 「つまりそれは、ギリギリまでその候補の方も二の足を踏んだ。そういうことですね?」 「あ、いや‥‥別に以前の見合いの話が漏れたのが原因とかではなくて‥‥お前は我が強――いや、気が強い。その上、その辺の開拓者よりも強――いや、鍛練を良く積んでいて」 言い訳にする度に漏れる本音。 それを聞くにつれて米神に青筋を増やしてゆく嘉栄。 遠くでそれを眺める使用人たちは、急いで統括の口を塞ぎたいくらいだった。 だがそれが出来る筈もなく‥‥ 「別に強いのが悪い訳ではないのだ。それに嘉栄も、嫁に行くにはだいぶ年も食ったしな。貰い手がなかなかないのも道理」 ――ブチッ! 「ん? 今の音は‥‥」 しみじみと言葉を発した瞬間に聞こえた音。 それに統括の顔が上がる。 そしてみるみる顔を青く染めると、統括の足が一歩下がった。 「か、嘉栄、今のは――」 「もう結構! 年増の行かず後家で統括には大分ご迷惑をおかけしているようですが、今回のお話、なかったことにさせて頂きます!」 ダンッと足を踏み鳴らして言い放つと、嘉栄は足音荒く屋敷を出て行ってしまった。 その顔は怒りで真っ赤。 今まで怒った顔は何度か見てきたが、あそこまで怒っているのは初めてだろう。 こうなると見合いどころではない。 「‥‥これは拙い。過去最大に怒っているかもしれんぞ。おい誰か、最終手段を呼んでくれ!」 そう口にすると、万が一のために呼んでおいた開拓者を部屋に集める様に指示をしたのだった。 ●中央通り 「嘉栄様はいらっしゃったか!」 「いや、何処にも‥‥」 忙しなく走り回る僧の姿を路地裏から確認し、嘉栄は人目に付かない道を選んで西の門に向かっていた。 「まったく、人の意神経ばかりを逆撫でして!」 そう言いながら、雪の混じる地面を荒く踏み締める。 そうして門の近くまで辿り着くと、ある異変に気付いた。 「‥‥門兵がいない?」 いつもならいる筈の僧の姿がない。 餓鬼山での掃討作戦があったということもあり、普段よりも多い僧を配備していたのだが、その姿が一人もない。 「如何いう――ッ!」 惑う嘉栄の視界を、何か白いものが通り過ぎた。 そして透かさず刃物のような鋭い光が迫る。 「これは‥‥アヤカシッ!」 後方に飛び退くことで何とか攻撃は避けたが、その目は目の前の相手に釘付けだ。 白無垢を赤く染めた人――否、微かに鼻に触れる異臭が目の前のモノを人と認識することを拒む。 これは死人に瘴気が乗り移りアヤカシと化したものと判断するのが正しいだろう。 となると気になるのはここを警備していた僧だ。 アヤカシの攻撃を避けながら周囲に目を向ける。 そして地面に倒れる僧の姿を発見した。 「なんという‥‥邪魔です、退きなさいっ!」 言って刀を抜こうとしたが、ここであることに気付いた。 「刀が――」 呟き、自分の姿を思い出す。 彼女の今の服装は動き辛い振袖。しかも帯刀などしていない丸腰状態だ。 「武器が無い‥‥ですが、ここで引く訳にはっ!」 嘉栄は瞬時に頭を切り替えると、袖を振り上げて素手でアヤカシと対峙することを決めた。 そこにアヤカシが迫る。そして降る攻撃を受け止めようとした所で、その動きが止まった。 「無茶をする――だがその無茶、もう少し通してもらう」 そう言ってアヤカシの身を跳ね返すのは天元・征四郎だ。 彼は嘉栄をチラリと見ると、帯刀していた刀の一つを彼女に放った。 「東の門にもアヤカシが出たらしい。俺は其方に行く‥‥数は多いが、開拓者が到着するまで持ち応えるだけの技量はあるだろ」 「数が、多い‥‥?」 そう呟き門を見た先に見えた、白無垢を纏うアヤカシに目を見開く。 目に見える範囲で3体のアヤカシが、門を抜けてこちらに来ようとしている。 「‥‥東門は紋付き袴だそうだ‥‥何にせよ、葬るほかあるまい」 征四郎はそう呟くと、嘉栄の返事を待たずにこの場を後にした。 その迷いのない姿に苦笑が漏れる。 「態々、刀を寄こしに来たのでしょうか‥‥律儀なことです」 そう言うと、彼女は借りた刀の鞘を抜き、開拓者の到着までの僅かな間、アヤカシの相手を務めることになる。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
氷(ia1083)
29歳・男・陰
珠樹(ia8689)
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ
エドガー・リュー(ib4558)
16歳・男・サ
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰 |
■リプレイ本文 東房国・霜蓮寺の西の門。 月宵・嘉栄は白無垢姿のアヤカシを前に、与えられた刀でその場を凌いでいた。 「流石に、動き辛いですか」 呟き、それでも振るう刃の勢いは衰えない。 迫る敵の攻撃を受け止めると、踏込みを深くしようと足に力を籠めた――その時だ。 「しまッ!」 履きなれない草履の底が滑った。 崩れた体勢に敵が隙を見つけたと襲い掛かってくる。それを素手で受け止めると、持っている刀でもう一方の攻撃を受け止めた。 そこにもう1体の攻撃が迫るのだが、腕は2本しかない。 蹴りを見舞うにも、振袖という格好がそれを許さない。だが、思いも掛けない方向で、攻撃が受け止められた。 「見合いだっていうからちょっとからかってやろうと思って来たのに‥‥なんだか妙なことになったわね」 珠樹(ia8689)はそう言うと、億劫そうな瞳でアヤカシを見て、敵の腹に蹴りを入れた。 途端に後方に飛ぶ敵の姿を視界に納めて、忍刀「蝮」の美しい刃を下げる。 それと時を同じく、百地 佐大夫(ib0796)も迫るアヤカシの攻撃を受け止めていた。 「全くだ‥‥無粋にも程がある」 佐大夫は死鼠の短剣を翻すと、刃を突き刺した。 そして敵の腹に蹴りを入れて珠樹と共に駆け出す。 「退きなさい」 珠樹の静かな声と共に、嘉栄に攻撃を加えていたアヤカシにそれぞれの攻撃が見舞う。 そうして嘉栄から敵を引き離すと、2人は敵の前に立ち塞がった。 「珠樹殿、それに百地殿も‥‥貴方がたが、援軍ですか?」 見知った顔に問いかける嘉栄へ、珠樹は僅かに頷きを向けた。 その上で視線を敵に向けるのだが、彼女の口から小さなため息が漏れる。 「白無垢来たアヤカシなんて何をどうしたら出てくるんだか‥‥見合いの席に行く嘉栄に嫉妬して邪魔しに来たとかいうならそこそこ笑えるんだけど」 呟き、水のように輝く刃を構える。 それに続いて佐大夫も刃を構えるのだが、同じく戦線に立とうとした嘉栄を見て、すぐさま苦笑が口を吐いた。 「可愛い格好が台無しになるぜ?」 軽口を叩きながら、彼女の前に出る。 「嘉栄には後方からの援護と自衛をお願いしたいわね」 佐大夫の動きを視界に納めた珠樹が言うと、嘉栄はその声に言葉を噤んだ。 本来なら戦線に立ちたいが、彼らは自分の服装を見て言っている。それがわかるだけに我が侭は言えなかった。 「わかりました」 そう頷いた彼女の目に、小さな式が飛び込んでくる。 そしてそれと同時に、複数の足音が響いてきた。 「お見合いにアヤカシたぁ無粋だ。しっかりとお仕置きしてやるとしようか!」 勇ましく駆け込んできたのは、エドガー・リュー(ib4558)だ。 彼は咆哮を放つと、自らの元に敵を引き付けに掛かった。 「てめぇらの相手はわしらだ!」 言ってまくり上げた袖、その先にあるのは刀「宵闇姫」だ。 彼はその鞘を抜きる取ると、アヤカシの殺気を一身に受け、刃を彼らに向けた。 そこに敵が牙を剥くのだが、それを見ていた葛切 カズラ(ia0725)が、敵の姿に感心したように息を吐く。 「お見合いの席にこういうアヤカシが現れるというのも、なかなかに面白い話よね」 そう言う彼女の手には3枚の符がある。 彼女は意味深に目を細めると、唇に妖艶な笑みを湛えて符に唇を寄せた。 「まるで、席を潰された腹いせに他も巻き込んでやろうかという根性発揮してるみたい」 囁き、少ない前衛の間に入るように淡い雪を踏み締める。 その上で練力を送り込むと、彼女の紫の瞳が眇められた。 「まあ、無粋は無粋よね」 言って力を開放する。 そんな彼女に習い、緋那岐(ib5664)は桜の描かれた符を振るうと、放った人魂を回収した。 「周辺に他のアヤカシの姿は無いみたいだ。安心して戦えるな」 上空から確認した周囲の状況は悪くない。 それを皆に報告して、ふと後方に下がった嘉栄に目を向けた。 「えっと‥‥嘉栄さんだっけ? まぁよろしく」 初対面なのだから――と、律儀に挨拶をして、薙刀と帯を彼女に差し出した。 「‥‥その恰好だと、刀よりも薙刀の方が扱い易いだろうと思ってな。振袖を返り血で染めるわけにもいかないだろ。それとこれで袖を括ると良い」 着物の袖を指さす彼には妹がいる。 だからこそ、この気遣いが出たのだろう。 実の所、東房国までその妹と来て、ちょうど別行動をしているところにアヤカシ出現の報を受けた。 そして見えた嘉栄の服装に、所持していた薙刀と帯を差し出したと言う訳だ。 「有難う、ございます‥‥」 思いも掛けない心遣いに、嘉栄は着物の袖を括ると薙刀を手に、軽く頭を下げた。 そこに再び聞き慣れた声が響く。 「お、今日は可愛い格好してんじゃん」 言って微かに首を傾げるのは氷(ia1083)だ。 彼は嘉栄の傍まで辿り着くと、反対側に首を傾げて彼女の格好を上から下まで眺た。 「怪我はないかい?」 「いえ、特には――」 複数のアヤカシを1人で相手していたことは知っている。 だからこその問いだったのだが、案の丈、彼女が素直に報告するはずもなく。氷は彼女の腕を取ると、苦笑気味に符を翳した。 「じっとして」 言われる言葉に、嘉栄の目が泳いだ。 先ほど素手で攻撃を受けた際に、しっかり腕を怪我していたのだ。 「‥‥申し訳ありません」 嘉栄はそう言って治癒符で治療を終えた氷に頭を下げると、彼はヒラリと手を振って見せた。 そこにエドガーの声が響く。 「アヤカシ倒ししゃ全部終わりだ。さっさと終わらせるぞ!」 その声に皆が頷き、こうして白無垢を着たアヤカシとの戦闘が開始されたのだった。 ●白無垢 「それにしても、痴話喧嘩の後始末かと思いきや、アヤカシ退治なんて、どうにも嘉栄ちゃんはそっちに縁があるみたいだなぁ?」 嘉栄に聞こえない様に呟いた氷は、紫色に発光した符を掲げると、奥に控えるアヤカシに目を向けた。 敵は四方に散っている。 倒すには後方から順に片付けて行ったほうが良いだろう。 「白狐‥‥行け」 氷の手から滑るように白い物体が飛び出した。 それが雪を蹴って駆ける九尾の狐に変わる。 そして最後方にいた敵の足に喰らい付くと、珠樹が敵の死角に入って胸に刃を突き入れた。 だが直ぐにその身が離れる。 手元に引き寄せた刃を構え直しながら、彼女の目がスッと眇められた。 「‥‥無痛覚?」 対峙したことがある痛みを感じない相手。 それと同じく攻撃に無反応な相手に、内心で舌打ちをすると再度距離を詰めた。 その姿を後方で見つめていた嘉栄は、薙刀を手に一歩前に出る――と、そこに別のアヤカシが迫った。 急ぎ薙刀を構え応戦に入るが、片手で振るうには些か重い。 辛うじて受け止めたものの、押し返せない力に、彼女の眉間に皺が刻まれた。 「下がっておれ!」 怒声に咆哮を混ぜ、エドガーが敵の身を薙いだ。 そして敵と嘉栄の間に入り、刃を構え直す。 「これはわしの仕事だ! その状態のお前にゃ任せられん!」 明らかに嘉栄に向かって叫ばれた声に、彼女の目が見開かれる。 だが彼はそんなことなどお構いなしに言葉を続けた。 「任せよう思ったが、ちぃっと役不足だ。下がってろ!」 言い方こそ悪いが、これは彼なりに気遣っての言葉だ。 折角の振袖を汚すのは忍びない。故に、攻撃を受けそうになった彼女を庇った。 しかも聞いた話では、腕を怪我しているというではないか。とくれば、この状況で戦闘に参加すること自体が不利だったのだ。 「俺たちに任せい」 エドガーはそう言い置くと、嘉栄から距離とるように駆け出した。 そして離れた場所で再び咆哮を放つ。 敵はそんな彼に誘き出されるように動き、嘉栄は薙刀を静かに下げると、不甲斐なさに視線を落とした。 「まあまあ、せっかくおめかししてるんだし、汚れないように後ろで見ててくれい」 宥めるように肩を叩いた手。 その手を辿ると、氷が嘉栄の横を通り過ぎて前に出た。 「なぁに、危なそうだったら手を貸してもらうから」 言って符に練力を繰り込む。 本来なら、個人的には極力嘉栄に戦って欲しくない、そういう心境だ。 だがこうでも言わなければ彼女はまた無茶をするだろう。 氷は眠そうな目を一度瞬くと、力を阻止だ符を解き放った。 「――まあそのためにも、ちゃちゃっと片付けたいところだぁね!」 再び放たれた白い狐が、颯爽と敵の元に向かう。 そして胴に喰らい付くと、グルグルとその喉を鳴らした。 そこにもう1体、別の白い狐が迫る。 「白面九尾の威をここに、招来せよ! 白狐!!」 カズラの放った白狐だ。 氷の放った狐に絡め取られた敵が、動きを拘束された状態で新たな牙を受ける。 身を裂くように2体の狐が首を動かすと、破れた白無垢が風に靡き、アヤカシであった亡骸が雪の上に沈んだ。 瘴気を放ち動かなくなった敵を見て、カズラが新たな符を構える。 「まったく。場には合った格好してるのかもしれないけど出てくる事自体が無粋なのよ」 そう言って、自らに駆け寄る敵に彼女の目が向いた。 その次の瞬間――触手のような小さな生き物がアヤカシの身を縛りあげた。 ギリギリと締め上げる動きに、敵がもがく。だがそこに新たな攻撃が加わった。 突然目の前に現れた、形容しがたい紫の物体がカマイタチのように敵を切り裂いたのだ。 痛みは無いのだろうが、次々と与えられる攻撃に敵が苦しげに動く。 「ここまでだ」 身動き取れない敵、その敵の懐に入り込んだ佐大夫が、僅かに自由な腕を裂く。 そして間合いを測るように離れると、今度は気を送り込んだ華のような手裏剣を放った。 ――‥‥ッ。 喉を裂かれたアヤカシが、息のような悲鳴を上げて崩れ落ちる。 それを見届け、彼はエドガーが咆哮を放つその場所へと急いだ。 「逃がさんぜ? 死ぬまでわしに付き合ってもらうからなぁ!」 次々と放たれる咆哮に敵の注意は一心にエドガーへと向いている。 そこに緋那岐の放った式が迫り、敵の自由を奪って隙を作り上げた。 「無痛覚とは言っても、効いてないわけじゃない」 珠樹は動きの鈍くなったアヤカシの懐に入り、急所を的確に突いてゆく。 そしてこの1体に攻撃が集中している間に、残る1体が踵を返した。 「どっから湧いたか知らないけど、逃がすわけにゃいかないねぇ」 氷はそう言うと、逃げ場を塞ぐように白い壁を生成した。 そして再び放たれた九尾の狐が行き場を失ったアヤカシを食い倒すと、緋那岐の術によって縛られていたアヤカシもまた、珠樹の手によって打ち倒されたのだった。 ●お見合いは? 「これで良いわよ」 カズラはそう言うと、綺麗に整えた着物を眺め見た。 腕を怪我している嘉栄1人では、簡単に着崩れを直せなかったかもしれない。そう思うと、素直に頭を下げられた。 そしてそんな彼女を見てから、ふと呟く。 「別に悪い噂を聞く相手じゃないし、この場は面子を立てるのも良いんじゃない?」 彼女が言っているのは見合いの話だ。 唐突な話題に、嘉栄の目が瞬かれる。 「まだ本当に顔を合わせただけみたいだし、軽く酒席を設ける位の気軽な気分で良いじゃない」 確かに彼女が言う事は尤もだ。 その事に気付き頷こうとしたのだが、「それに」というカズラの声がそれを遮った。 「気が合えば頂いちゃえば良いし、合わなければ振れば良いだけで」 「‥‥頂く? お料理をですか?」 きょとんと返された言葉に、カズラは目を見開いた。 そして直ぐに噴き出すと、彼女の肩をぽんぽんと叩いた。 そこに珠樹の声が届く。 「正直なところ嘉栄が見合いしようがどうしようが知ったことじゃないけど‥‥お見合いの正体がただの商談だっていうなら顔出しといて悪いことはないんじゃない?」 彼女はそう言い置くと、嘉栄の方をチラリと見た。 「ついでに相手に一目惚れでもしてくれれば、いろんな方向が丸く納まるでしょうし」 「え?」 再び目を瞬いた彼女に、珠樹の口端が下がる。 そしてフイッと目を逸らすと、ポツリと呟いた。 「――‥‥冗談よ、笑えたでしょう?」 「冗談、ですか‥‥」 苦笑して呟く嘉栄に「そうよ!」と言葉が返ってくる。 なんとも微笑ましい相手に、頬が緩んでいると、佐大夫が嘉栄の視界に入ってきた。 「でもアレだ。ナシもついてるみてえだし、別に続けなくてもいいんじゃねえか?」 「それに」と彼は真顔で言葉を切る。 その真剣な表情に嘉栄の首が傾げられた。 「嘉栄が嫁にいっちまうと――‥‥弄れなくなるからなあ」 ニヤリと笑ったその顔に、嘉栄の眉がピクリと揺れた。 意味深に言葉を切ったから何かあるのかと思えば、弄れなくなるとは‥‥。 そんな彼の言葉に、周囲からは「紛らわしい」とか「素直じゃないわね」とか様々な声が返ってくる。 「参加するかは嘉栄ちゃん次第だけど、反対の門を護ってもらった礼くらいはしておいた方がいいと思うよん」 そう呟くと氷は大きな欠伸を零した。 その声に嘉栄の視線が落ちる。 「まぁ、受けるにしても断るにしても、きちんと自分の口で伝えた方がいいんじゃね?」 皆の話を聞いていた緋那岐はそう言うと、同意を求めるように首を傾げて見せた。 その時だ、遠くの方から久万が走ってくるのが見えた。 「おお、こちらも終わりましたな。実は、天元殿から食事会の提案がありましてな――」 そう言った久万に、嘉栄は皆の提案を聞き入れて、会うだけ会うことにしたのだが―― 「アレが、ここの統括か‥‥」 そう呟き酒を煽ったエドガーは、開拓者にお説教されている統括の姿を眺めて苦笑した。 見合いに口を出すのは如何かと思っていた彼は、最後まで見合いに口を出さなかった。 それでも経過は気になるので同席したのだが、意外なものを見ることが出来て少々驚きだ。 そしてそんな彼の横では、並ぶ料理を見て落ち込む緋那岐の姿があった。 「ほぼ、精進料理‥‥」 折角、東房国に来たのだから何か美味しい物でも――そう思っていたのだが、目の前に並ぶのは見た目こそ鮮やかだが、味を抑えた精進料理さながらの料理たち。 「‥‥でも、美味い」 そう呟き箸を進める彼の視線の先では、同じく料理を口にする氷の姿があった。 その隣には嘉栄の姿もある。 「統括の言葉も信頼の裏返しみたいなもんだし、悪気があって言ってたわけじゃないのは判ってるっしょ?」 「それはまあ、わかっていますが」 統括の言いたいこと、皆が言いたいことは分かる。 だが言い方という物がある。 そしてその考えは氷にもあるのだが、それは統括の為に伏せておいてくれるらしい。 それに嘉栄自身も征四郎と話をしたようだし、この話はこれで終わりでも問題ないだろう。 「まあ、ホントに貰い手が居ないってんならオレ、考えてもいいかもだけどね」 そう言った彼に目を瞬いた嘉栄を見て、戯言だけどね――そう言葉を添えると、氷は摘まんだ料理を口に放ったのだった。 |