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■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。 ●霜蓮寺 一度きりの見合いと、霜蓮寺が資金援助と援兵を送るに足る場所かどうかの判断するよう指示を受け、同地を訪れていた天元・征四郎は、統括の屋敷の一室に通され見合い相手がいなくなった旨を聞かされていた。 「では、今回の話は無かった‥‥そういうことになるか」 そう冷静に言葉を返した征四郎に、月宵・嘉栄が姿を消したことを報告した霜蓮寺の僧、曽我部・久万は苦笑して自らの顎を擦った。 「天元殿にはご足労頂いたというのに、こちらの我が侭で無駄足を踏ませるなど‥‥申し訳ない」 「構わない‥‥そもそも、資金援助と援兵の話は、このような形ではなく別の方法を取るべきと考えていた。良い機会だろう‥‥」 「そう言って頂けると有り難い限りですな」 言って頭を下げた久万に、征四郎は「いや」と短く言葉を返し、ふと目を瞬いた。 目の前に腰を据えるのは、統括に信頼を寄せられている僧と聞く。そしてその腕前は、武勇、知力共に確かなものだとの噂だ。 実際にその人物を目にして、その噂に嘘はないだろうと思えるほどに、彼は堂々としていて貫録もある。 だがそれは彼の年齢も関係しているだろう。 見たところ、久万の年齢は五十を越えている筈。しかし今回の見合い相手である嘉栄は確か二十代半ばの筈だ。 「聞いた話では、月宵とか言うサムライは、貴方と同じく統括の信頼が厚いとか‥‥」 「確かに。嘉栄は統括に厚い信頼を寄せられておりますな。それはわし――否、この霜蓮寺の者の殆どが同じ考えでしょう」 言って笑んで見せる久万に、征四郎はふむと頷くと僅かに視線を落とした。 「僧であるならまだしも、サムライでそこまで‥‥年若く統括の信頼を得ていると言うだけでも不思議だが、何か理由でもあるのか‥‥」 征四郎はそう呟くと、緩く首を横に振って立ち上がった。 「見合い相手がいないのであれば、ここにいる意味もない‥‥暇させて貰う」 「捜索は行っておりますが、出て言った経由を聞く限り今日は捜しきれんでしょうな。いや、本当に申し訳ない」 久万も同じく立ち上がると、再び彼に頭を下げた。 その様子に首を横に振って見せ、次回の商談の日取りを決めてしまうと、彼は早々に統括の屋敷を後にしたのだった。 ●中央通り 「嘉栄様はいらっしゃったか!」 「いや、何処にも‥‥」 忙しなく走り回る僧の姿を確認しながら、征四郎は霜蓮寺の様子を注意深く観察していた。 「‥‥ご苦労なことだ」 呟きふと足を止める。 その目に飛び込んできたのは、J拓者を引き攣れた久万の姿だ。 彼は征四郎の姿を確認すると、すぐさま駆け寄ってきた。 「これは天元殿、調度良いところに!」 「その様子‥‥何かあったのか?」 問いかける様子に、久万は東の門にアヤカシが出た旨を伝えた。 その上で急ぎ嘉栄を捜索し、兵の指揮に当たらせたいのだという。 「アヤカシが出たのは東と西の門で間違いないのだな?」 「はい。我々は二手に分かれ、西と東の双門に向かいます。天元殿にもお手を貸して頂きたく」 「わかった‥‥ならば、西に向かい足止めをしておこう」 言うが早いか、彼はすぐさま行動に出た。 無駄のない動きで西門をめざし駆けてゆく。その姿に感心しながら、久万は連れていた開拓者を二手に分けた。 「ここが西の門――‥‥あれは」 アヤカシがいる旨は聞いていたが、そこにいたのは新緑の振り袖姿で、攻撃を交わす月宵・嘉栄の姿だった。 「なんという‥‥邪魔です、退きなさいっ!」 地面に倒れる僧を見て、彼女の動きが変わる。 刀を抜こうとして腰に手を伸ばしたのだ。 だが、今の姿に刀などある筈もない。 「早計な‥‥仕方な――何だと?」 本来なら丸腰でアヤカシと対峙しようなどと考える筈もない。 しかし嘉栄は刀がないとわかると、引くどころか素手のままアヤカシを相手にしようと態勢を整えた。 その姿にふと久万との会話を思い出す。 『嘉栄は統括に厚い信頼を寄せられておりますな。それはわし――否、この霜蓮寺の者の殆どが同じ考えでしょう』 「‥‥仕方がない」 呟き彼の足が地を蹴った。 そして嘉栄に攻撃の手を伸ばしたアヤカシの刃を抜刀した刃で受け止めると、すぐさまその身を蹴り飛ばした。 「無茶をする――だがその無茶、もう少し通してもらう」 そう言って嘉栄をチラリと見る。 その上で帯刀していた刀の一つを彼女に放った。 「東の門にもアヤカシが出たらしい。俺は其方に行く‥‥数は多いが、開拓者が到着するまで持ち応えるだけの技量はあるだろ」 「数が、多い‥‥?」 嘉栄の呟きに頷き門の先を見る。 そこに見えるのは3体のアヤカシだ。 「‥‥東門は紋付き袴だそうだ‥‥何にせよ、葬るほかあるまい」 征四郎はそう呟くと、嘉栄の返事を待たずに駆け出した。 西門を抑える必要はなくなった。 ならば自分が向かうべきは東門。そして東門に到着した彼は、先に到着していた開拓者と共にアヤカシの殲滅に乗り出すのだった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
尾鷲 アスマ(ia0892)
25歳・男・サ
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
蓬莱寺 沙希(ib5138)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 東房国・霜蓮寺の東の門。 薄ら積もった雪景色の中、数名の開拓者たちの姿があった。 片側だけ閉じられた門の傍には、負傷した僧が数名あるものの、一般人の避難は済んでいた。 そこに雪を踏む音と共に現れたのは、天元・征四郎だ。 彼はこの場の開拓者――6名の姿を確認すると、自らの刃を抜き切っ先をアヤカシに向けた。 この場に見えるアヤカシの数は全てで4体。 聞いた話通り、紋付き袴を身に纏う奇妙な姿の屍人だ。 「征四郎さん、久しぶりど〜す! 相変わらず無愛想ど〜すね」 開拓者の中に混じった征四郎を見て、先に到着していた華御院 鬨(ia0351)がふんわりとした可愛らしい衣装を翻して声をかけてきた。 「‥‥お前は‥‥」 パッと見、誰かと思ったが、よく見れば目の色や髪色、声の感じでなんとなくわかる。 「魔法少女ど〜す♪」 女形役者である彼は、会うたびに違う女性に扮している。 今日は魔道師ではないが、魔法少女の演技をしてこの場にいるらく、彼は鋭い円錐状の短剣を構えると、それをヒラリと振って見せた。 「なんだか、バランスが良い構図ど〜す」 そう言いながら、仲間を見回す鬨の声につられ、征四郎の目が仲間たちを捉えた。 確かに、言われてみればかなりバランスの良い面子だ。 前衛に後衛、回復が行える巫女までいると見える。これだけ揃っていれば、余程のことが無い限り、苦戦を強いられることはないだろう。 「頼もしい限りだ」 そう呟く征四郎に、鬨もコクリと頷く。 そんな彼らのすぐ傍で、弦を弾く音が聞こえた。 「ここは、門の前にまでアヤカシが現れるのか‥‥難儀だな」 寒さ対策に嵌めていた毛皮の手袋を外し、指の感覚を確かめるために弦を弾いた由他郎(ia5334)は、問題ない手の感触に1つ頷いて見せた。 その上で改めて矢を手にして番える。 その先にいるのは紋付き袴のアヤカシに違いない。 「冬は厄介だ。アヤカシは、森の獣と違って季節を問わず出没してくる‥‥。しかし、紋付き袴を着た屍人は、初めて見るな」 僅かな苦笑と共に呟きが漏れる。 そして自らの手の感覚と、牽制の意味を込めて一矢が放たれた。 それに合わせて冷気が頬を掠める。 矢を追うように放たれた冷気が、一体のアヤカシの足を刺激し、アヤカシの動きを封じ込めた。 目を向ければ、四枚の羽が涼しい風に煽られ揺れているのが見える。 「紋付き袴の屍人‥‥どこかから調達してきた者なのか、それとも式の直前に亡くなられたのか‥‥」 木の杖を下ろしながらリディエール(ib0241)は呟いた。 彼女が放ったフローズは確実にアヤカシに効いている。その事を確認し、彼女は改めて杖を構えた。 水のように流れる髪が、その動きに合わせて揺れると、先程の憂いを消し、意志の強い瞳がアヤカシを捉えた。 「どちらにしても、中に入られる訳には参りません。お気の毒ですけれど、ここで土に還って頂きましょう」 「そうだな。何が相手だろうと、アヤカシは倒す――それだけだ。それに、元は人間の体‥‥とっとと、瘴気には消えて貰おうか」 瘴気が消えれば、屍人はただの屍になる。 そうすれば埋葬することも可能だろう。 由他郎の声にリディエールは頷き、2人は互いの武器を構えアヤカシに向き直った。 そしてそんなやり取りを静かな表情で聞いていた、紅雅(ib4326)が、2人の傍で青い扇子を振り仰ぐ。 「ええ。ですがその前に、皆さんに神楽舞「防」をかけさせて頂きますね」 穏やかな微笑みと共に披露される、ゆったりとした舞。 暖かな風が吹くように彼らの身を包むと、彼は他の仲間にも同じように守護の舞を掛けてゆく。 そして征四郎にも舞を――そう思ったところで、彼の眉が僅かにあがった。 「おや、珍しい方がいらっしゃいますね」 予想外の場所で出くわした。 そんな様相を浮かべたのだが、直ぐに穏やかな笑みを浮かべると舞を再開した。 「先日は、うちの弟がお世話になりました」 そう言いながら注がれる舞の力。 それを受けながら、髪色を見て誰を言っているのか思い至った。 「――こちらこそ」 返される言葉に、紅雅は僅かに頷く。 そうして舞を征四郎にも施し終えると、最後に蓬莱寺 沙希(ib5138)へ扇子の先を向けた。 そこにぼやきのような呟きが響く。 「ホント相変わらずねーこの国は。危ないったら‥‥」 小悪魔のような黒い羽根を揺らした沙希は、若干呆れたように肩を竦めた。 その姿に紅雅の首が傾げられる。 「沙希君はこの国の出身なんですか?」 「まあね」 頷いて見せる沙希は確かに東房国出身だ。 色々と事情があって国を出ていたのだが、こうした形で戻ってくるとは思っていなかった。 「ま、いいわ。昔と決別するいい機会かもね」 彼女は薄手の鉄甲を嵌めると、拳を握り締めて前を見据えた。 「それにしても、紋付き袴なんて着てどこに何しに行くつもりなんだか。もしかして、アヤカシ同士でお見合い?」 言って笑った沙希に、傍でその声を聞いていた尾鷲 アスマ(ia0892)は「ふむ」と目を瞬いた。 「――若しくは、アヤカシ共に流行りの婚礼の時期なのか」 冷静な目で戦況を眺めるアスマに、沙希は「どうだろう」と苦笑を滲ませる。 その声にアスマは再び目を瞬き、銀の目をアヤカシに注ぐ。 アヤカシの数は全てで4体。 どれも紋付き袴を身に纏う屍人だ。 「前衛一人につき屍人一体――さて、私はそうそう腕が立つ訳ではない。同行者たちの活躍に期待だ」 そう軽口を零しながら、全体を視界に納める。 どう見ても戦況は有利。だが油断禁物だ。 アスマは自らの武器――無銘大業物を構えると、涼やかな表情で大地を踏みしめた。 「――かと言って、私の前から逃す無様はしまいよ」 この囁きとも取れる呟きが、戦闘開始の合図となった。 ●紋付き袴 「不意打ちの心配はなさそうど〜す」 心眼を使った鬨は、周囲の状況を皆に報告した。 その声に矢を番えた那由多が頷く。 「囲まれる心配がないのは心強いな――天元」 彼は視線を前衛の鬨、アスマ、沙希に向けた後、征四郎を見た。 その声に、後方に控えていた彼の目が向かう。 「1人1体。天元にも1体を頼めるか?」 由他郎の言うとおり、他の前衛はそれぞれアヤカシと対峙している。 残り1体が相手もなく浮いている状態だ。 「承知した」 征四郎は短く答えると、直ぐに前へ出た。 そんな彼の近くでは、アスマが刃を振るっている。 「見目に一切の躊躇無し!」 その言葉通り、彼の動きには何の躊躇いもない。 隼人で上げた素早さを活かして距離を詰め、相手の間合いに入り込む。その上で刃を叩き込もうとするのだが、敵もただそれを受けるだけではなかった。 腕を振り上げ、鋭い爪を振り下ろす。 「アスマさん、避けてください!」 常に後衛の直線状を避けて動いていたアスマは、瞬時にその場を飛び退いた。 そこにリディエールの放った火の玉が襲い掛かる。 途端に燃え上がった着物の袖。それをアスマが再び懐に入り込んで切り落とす。 「援護感謝する」 囁き、身を低くして懐に入り込んだ。 そして切っ先を隠して胴を一文字に切り裂く。 攻撃はアヤカシに直撃――だが、敵は怯んだ様子も見せず襲い掛かってきた。 「ッ‥‥無痛覚?」 薄ら血の滲んだ手の甲を舐め、再び剣を握り直す。 「ならば――」 アスマは雪の混じる土を踏み締めると、一気に距離を詰めた。 敵は腕を振り上げ攻撃に移る。 しかしその腕が途端に凍りついた。 「アスマさん、今です!」 リディエールの声に、彼は構えた刃に練力を送り込んだ。そして踏み込みを深くして相手の懐に入る。 「消えて貰おう」 そう言うと、彼の手に重い手応えが訪れた。 それを一気に引き抜き後退する。 ドサリと重い音が響き、まずは1体‥‥雪の上に亡骸が沈んだ。 彼らのすぐ傍でも、戦いは続いていた。 渾身の力を籠めて沙希が放った一撃。それがアヤカシの上体を崩す。 そこに華麗に振り上げた足が入ると、敵は泥を跳ね上げて地面に転がった。 だが、ここでも敵は直ぐに起き上がった。 「何なのよ、コイツ‥‥攻撃が効かないわけ?」 焦る沙希とは別に、由他郎は冷静にその動きを見詰めていた。 そして瞳を澄ませて一点を見据えたうえで、彼の矢が一矢放たれる。 「――きえろ。この門より内に、お前たちの居る場所は無い」 矢は敵の胸を射抜いた。 だがこれでも敵は倒れたものの起き上がってくる。 「‥‥っ」 怯む先の肩を、由他郎がそっと叩いた。 「倒せない相手ではない。もう一度だ」 静かに言い置く彼の声に「でも」と呟く。 その声に静かな目を向けると、由他郎は再び弓を構えた。 「非物理攻撃の効きはイマイチ‥‥ならば、通常攻撃で鎮める」 ギリギリに引かれる弦。それを見止めて、沙希はいま一度拳を握り締めた。 注意深くアヤカシを見て、何処か脆い場所が無いか探る。 そうしてある一点を見つけた。 「――もう、村でガタガタ震えてた頃の私じゃないんだから!」 言って一気に駆け出した。 滑る勢いで大地を踏みしめ拳を引く。そうして低く構えた所にアヤカシの爪が迫った。 それを那由多の矢が遮り、沙希が軽々と避ける。 「そんな攻撃当たらないって!」 彼女はそう叫ぶと、胸に出来た傷に拳を叩き込んだ。 ――ゴスッ。 鈍い音が響き、彼女の腕が敵の胸を貫く。 そこから溢れる瘴気に飛び退くと、敵は静かに膝を折った。 これで残るは2体だ。 沙希は息を切らしたまま、残る敵を見た。 「そう言えば、あっちのは白無垢を着てるんだっけ? んで斬ってるのがそれぞれのお見合い相手‥‥」 呟き「んー?」と首を傾げる。 「結婚衣装を着た屍人を倒すことで、幻想から目覚めるようにって言うメッセージ?」 「いや、それは知らんが‥‥紋付き袴か‥‥」 呟き、アヤカシを見る。 そうしてある事が頭を過った。 「あの、腰の結び目を切ったら‥‥」 「ちょ、ちょっとやめてよね! そんなことしたら――」 一瞬想像しかけて、ぶるぶると首を横に振る。 その姿にアスマはゆるりと目を瞬き、フッと口角を上げた。 「‥‥面白味以前に目に毒か」 そう呟くと、彼は残る2体のアヤカシ退治の支援に向かったのだった。 「いっくよ、ホワイトプラムアロマ!」 鬨は魔法少女さながらの声を上げ、細身の剣を振り上げた。 そこから香る梅の香りに周囲が一瞬だけ華やぐ。 そこにリディエールの支援が掛かった。 「炎は危険と分かりました。では、これは如何でしょう‥‥」 現れた石の礫。それをワンピースを翻し、敵の攻撃を避ける鬨の動きに合わせて放つ。 凄まじい勢いで迫る石の礫にアヤカシの動きが止まった。 「もう一回♪」 スカートの裾がヒラリと舞い、白梅が咲いたような光がアヤカシを切り裂く。 そうして止めにと落とされた刃が引き抜かれると、彼はトンッと地面を蹴って間合いを測った。 「浄化完了ど〜す!」 元気に放たれた言葉と同時に、足元に敵が崩れ落ちる。 後は征四郎が対峙するアヤカシだけだ。 彼の後方には紅雅が控え、支援に鬨が加わる。 隙を突いて迫る鬨の刃を、アヤカシは後方に引く事で避けた。 その姿に紅雅が扇子を勢い良く開く。 「残るは知恵のある屍人――でしょうか」 呟き、征四郎に飛び掛かるアヤカシに向かい扇子を振るう。 途端に動きが鈍くなったアヤカシの身が捩られた。 そこに征四郎の刃が迫り、最後のアヤカシも地面に崩れ落ちた。 全てのアヤカシが瘴気を放つ中、リディエールは静かにその前で目を閉じていた。 「屍人は遺体に瘴気が宿ったもの‥‥どうか、安らかにお眠り下さいますよう」 手を合わせ、祈りを捧げる彼女の横では、鬨が紋付き袴の家紋を確認していた。 そこに久万がやって来る。 「この家紋、何処の物かわかりどす?」 可愛らしく首を傾げる鬨に、久万は着物を受け取るとふむと頷いた。 「確認しておきましょう」 そう言うと、彼は僧を連れ後片付けに向かったのだった。 ●お見合いは? 「しかし、商談絡みでもあるのに、敵前逃亡をかます気持ち‥‥よく分らないな」 呟き腕を組んだのは由他郎だ。 その声に沙希が首を傾げる。 「良いんじゃないの? 納得してないのに無理に進めても長続きしないと思うんだけどなぁ」 そう言いながらも、このお見合いの展開に興味津々な様子。 そしてそんな彼女の傍では、鬨が征四郎の顔を覗き込みとある提案をしていた。 「お見合い断りたいんなら、うちが恋人の振りしてあげるど〜す!」 この声に征四郎は「‥‥いや」とだけ言葉を返して断ると、思案気に統括の屋敷の方角を見た。 「野次馬気分故にどう転んでも構わない、が――話が無かったとした折、東房側が不利に成り得るのならば、別だな」 そう呟いたのはアスマだ。 「形式だけでもと思う所がある。故にあった事だけにしても良いだろうが‥‥天元。貴公、虚言は不得手ではないか?」 いかにも誠実――そんな印象を受けるからこその問いに、征四郎は頷く。 それを受けて「やはり」と呟くと、アスマは視線を遠くに飛ばした。 「まぁ‥‥なるようになるんだろう」 由他郎のそんな呟きに、紅雅が息を吐く。 「そうですねぇ‥‥ご本人達の問題ですし…私達では何とも」 そう言いながらも何かいい案は無いかと考える。 その上で出した案がコレだ。 「時間があれば、お食事でもどうでしょうかねぇ‥‥? 一応、聞いてみましょうか」 にこりと微笑んだ彼にリディエールが頷く。 「そうですね。結婚を前提でなくとも、ご縁が増えるのは良い事かとも思いますし‥‥お話ししてみて、それから決めても遅くはないかと」 これらの言葉を受け、征四郎はようやく口を開いた。 「わかった。戻ってみよう」 そう言った彼の言葉を受け、皆で統括の屋敷に戻ることにしたのだが―― 「援助の見返りに見合いを、というのは嘉栄さんに身売りをさせるようであまり気分がよろしくありません」 食事会の一席で、統括は正座をしたままリディエールの話を聞いていた。 「そ、それは‥‥嘉栄の事を思――」 「国を思う気持ち、嘉栄さんを思う気持ち、判らないではありませんが、せめて援助のお話とお見合いとは切り離して下さいませ」 ピシャリと言われた言葉に統括は良い返す言葉もなく縮こまる。 その様子を他所に食事をしていた征四郎は、鬨の思いもかけない言葉に、危うくご飯を噴き出すところだった。 「お見合いよりも恋愛結婚したいどすよね!」 「‥‥何だ、いきなり」 急いで茶を注ぎ込む姿に、鬨は笑う。 そこに沙希が加わると、彼女はこっそりこんなことを囁いてきた。 「ねえねえ、嘉栄さんを見てどんな印象だった?」 思い掛けない問いに彼の目が瞬かれる。 そして僅かに思案した後、彼は「強者だった」と答え、皆を呆れさせたのだった。 |