雪影の頂
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/24 21:31



■オープニング本文

●北面国・雪山
 白に包まれた世界。
 この世の音を全て吸い込むほど深い雪の中、志摩・軍事は驚愕の表情で目の前の存在を見詰めていた。
「‥‥マジ、かよ」
 苦笑交じりに呟く彼の肩から血が滴り落ちる。
 ポタポタと白を汚す赤は目の前の存在が付けたもの。
 そしてそれは、全く予想していない出来事だった。

 志摩がこの山に足を踏み入れたのは、ほん少し前のこと。
『この間の借りを返す気はないか?』
 北面の友人・明志が言ったこの言葉が、全ての始まりだった。
 以前、抜け人の罪で追われたシノビの家族を守る際、志摩は明志の力を借りた。
 そしてその借りは、何時か返さなけばならないものだった。
 だからこそ、明志の言葉は彼にとって受けるべきものだったのだ。
『物資の輸送経路にアヤカシが出て困っている。それを退治してくれればいい。何、お前なら簡単だろう?』
 含みを持たせて言う言葉。
 これに疑問を感じなかったと言えば嘘になる。
 だが断る要素は何処にもなかった。だからこそ引き受けたのだが――

「まさか‥‥こんなオチとは、な」
 志摩は目の前の存在――アヤカシを見据えて、太刀をキツク握り締めた。
 手の感触はまだある。ならば闘う術は幾らでも残っている筈だ。
 しかし彼の足はその場から動かない。
 目の前のアヤカシを見つめ、やがてその目を落とした。
「‥‥顔だけ‥‥だろ」
 自らに言い聞かせるように呟きだされる声。
 顔――それは、アヤカシのモノを指していた。
 透けるような白い肌に、透き通るような水色の瞳、一目見て美しいと形容できる容姿のアヤカシは、冷たい表情で志摩を見ている。
 確かに顔は綺麗だ。だがそれ以外には何もない。
 それに彼からすれば、倒すべき存在であれば躊躇いなく斬ることが出来る。
 志摩軍事とはそう言う男だ。
 だが、今の彼には完全な躊躇いが見て取れる。
 そして目の前のアヤカシは、そんな彼の躊躇いを見透かしたかのように手を上げると、周囲に氷の刃を浮かせた。
 刃は凍える風を受けて怪しく光る。そして次の瞬間には志摩に向かって飛んできた。
 これに対して彼の反応が遅れる。
 咄嗟に飛び退いて回避しようとするも、反応が遅れたことで腕や肩、足を刃が貫く。
「ッ‥‥――」
 氷の刃を受けて増えた傷は、もはや尋常では無い量の血を滴らせている。
 それでも刃を向けることを躊躇していると、雪を踏む音が響いた。
 どうやら明志が念には念をと開拓者を呼んだらしい。この事に志摩の唇に苦いものが浮かぶ。
「――コイツはアヤカシ‥‥倒すしかねえんだ」
 誰に対しての呟きか。
 静かに消えた呟きに頭を振り、志摩は漸く太刀を構えた。
 だが未だ斬り込むかどうかに迷う。
――目の前の敵はアヤカシ、アヤカシ‥‥。
 呪文のように、何度も何度も自らに言い聞かせる。
「一度も二度も同じ‥‥――そうだろ?」
 いま一度呟き、覚悟を決めた。
 背後には開拓者の足音が迫っている。
 その音を聞きながら、彼は数年前に亡くした人物の顔を思い出し、目の前のアヤカシの顔に重ね‥‥そして雪を深く踏み締めた。


■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
リリア・ローラント(ib3628
17歳・女・魔
天ケ谷 月(ib5419
16歳・女・巫


■リプレイ本文

 雪に残る足跡。それを辿れば良いと言ったのは、銀雨(ia2691)だった。
「こんな雪の中‥‥ひとりで、先に向かわれれるなんて」
 足跡を辿り歩きながら、リリア・ローラント(ib3628)は砂流無の杖を握り締めた。
 その肩に天ケ谷 月(ib5419)が優しく触れる。
「きっと、大丈夫よ」
 優しく微笑むその顔に、頷きを返しながら、リリアは急く足を止められなかった。
――どうして、待っていて下さらなかったのか。
 その想いが先程から頭を巡る。
 そしてブラッディ・D(ia6200)もまた、彼女と同じく急く足を雪にとられながら前に進んでいた。
「‥‥なんか、ちょっと嫌な予感‥‥。折角、お父さんとの依頼なのにな‥‥」
 そう言いながら唇を噛み締める。
 その後方からは高倉八十八彦(ia0927)が必死に皆について歩いていた。
 山に積もる雪は、想像以上に深い。それは山を進む者を阻む。
 だが千見寺 葎(ia5851)が用意してくれた輪かんじきのお蔭で、開拓者たちは足場の悪さを柔和していた。
「人の話し声‥‥?」
 先へと進む葎の足が止まった。
 先程から使用していた超越聴覚のお蔭か、何かが耳を掠める。
 そして再び歩き出すと、彼らは思いも掛けないものを目にした。
「あれはッ!」
 雪の中に滴る赤。
 その中心にいるのはアヤカシ――雪女――に向かう人物、そう志摩・軍事の姿だ。
「一度も二度も同じ‥‥――そうだろ?」
 耳を打つ声に足が動いた。
 考えるよりも先に動く足が、氷の刃を掲げる雪女と志摩の間に向かって行く。
 そして志摩の横を通り過ぎようとした時、葎の足が止まった――否、止まらざる負えない状況に陥ったのだ。
「それ以上前に出るんじゃねえ!」
 怒声と共に目の前を遮った刃に、目が見開かれる。
 それと同時に放たれた氷の刃が、彼女の動きを遮った刃に叩きとされ――
「――ッ!」
「お父さん!」
 悲鳴に似た叫びが雪山を揺らす。
 そして僅かに遅れて到着したブラッディが、雪女と志摩の間に入り、彼を庇うように立ちはだかった。
「‥‥馬鹿野郎ッ、前に、出るんじゃねえ!」
 腕や肩、足――至る所に刃を受けた志摩に、ブラッディはふるふると首を振る。
「嫌だ。なんか、お父さん変だ‥‥俺たちアヤカシを倒しに来たんだよ。なのにお父さん、なんだか‥‥」
 ギュッと唇を噛み締める。
 そんな彼女の目には、自らの腕を掴む志摩の手が入っていた。
 血に濡れたそれは雪の所為か冷たく映る。
「八十八彦、お父さんの怪我を治して――」
「必要ない‥‥くっ」
「軍事さん!」
 目の前で落ちた太刀に、葎が今度こそ前に出た。
「今の貴方はおかしい。貴方がここを離れるか、治療を受けるまでは、頑として退きません」
 意志を籠めて放たれる声に、志摩の鋭い視線が飛ぶ。
 明らかに優しさとは無縁の瞳に、彼女の目が揺れた。だがここを退く訳にはいかない。
 この間にも、雪女は新たな氷の刃を作り出している。
 そして氷の刃全てが放たれようとした時、銀雨がそれを遮った。
「なんだよ、美人は斬れねえってか?」
 雪を巻き上げ浮上した彼女の腕が、氷の刃を叩き落とす。
 これに雪女の目が向かう。
 そして新たな刃を生成しようと腕を動かしたところで、敵の動きが止まった。
 腕を神々しいまでの刃が貫いたのだ。
「‥‥ヒト‥‥? ううん、違う。でも‥‥」
 目の前の美しすぎる容姿のアヤカシを見て、リリアが呟く。
 その上で志摩を見た彼女の表情が歪んだ。
「――志摩、さん?」
「美しい、でも‥‥ただの美貌に惑う人ではない、はず」
 リリアの疑問を汲み取り葎が呟くと、彼女はコクリと頷いて見せた。
 志摩の負う怪我と様子から、雪女に対して攻撃を躊躇っているのがわかる。だが、その理由までは測れない。
 リリアは意を決したように杖を構えると、意識をそこに集中した。
「アルムリープを、使います‥‥!」
 直後、紡ぎ出された呪文。
 それが雪女の知覚を刺激し、静かな攻防が行われる。
 そして――‥‥
「おっさん、動けるかのう!」
 倒れたアヤカシを見止め、八十八彦が駆け寄る。
 それに習って回復の出来る月も駆け寄り彼に手を伸ばすのだが、それを志摩の手が払い除けた。
「!」
 驚き目を見開く月に、志摩はハッとなって顔を向けると、僅かに視線を落とした。
「‥‥すまねぇ」
「‥‥ううん、大丈夫」
 微笑んで首を振る彼女に、目を伏せることで謝罪すると、彼の腕が太刀を拾い上げた。
 そして目は再び雪女に向かう。
「‥‥アヤカシ‥‥いえ、彼女に‥‥何か、あるのですか?」
 志摩の視線を辿り、リリアが問う。
 志摩が躊躇う理由を知りたい。そんな彼女に、彼を知る者達は同意したように視線を向ける。
 だがそれらを語るには時間が短かった。
「もう、起きたか‥‥」
 アルムリープの効果が切れたのだ。
 志摩は重そうな動作で太刀を掲げると、切っ先を雪女に向けたのだが、その腕を八十八彦が掴んだ。
「おい、何をして――‥‥って、お前ら、何して‥‥」
 彼の動きを遮ったのは、八十八彦だけではなかった。
 志摩と雪女の間に葎やリリア、それにブラッディと銀雨が立ち塞がり壁を作る。
 全員で志摩と雪女を引き離そうとする動きに、彼の足が動く。しかしそれを耳に止めた葎がポツリと呟いた。
「外套の紐を切り、彼女の姿を隠せば、違いますか‥‥?」
「何?」
「その傷も含め、何か覇気‥‥というのか‥‥違和感があるんです。雪の乱れ方も、そう‥‥」
 そう言いながら苦無「烏」を構える。
 そんな彼女の耳には、到着する前に聞こえた「一度も二度も」の言葉が残っていた。
「お父さんが何か躊躇ってるなら、一旦退かなきゃ‥‥迷いは命を危険にする」
 本当は無理にでも引き離したい。
 だがそう口にするのは嫌だし、志摩の気持ちを大事にしたい。そんなブラッディの想いが通じたのかはわからない。
 それでも太刀を下げた彼に、八十八彦と月がいま一度、治療の手を伸ばした。
「術ではないんじゃね」
 今度こそ治癒を受け入れてくれる相手に、八十八彦は呟いた。
 回復の途中、解術の法を試したのだが彼の目には何の変化もないようだ。
 ならば目に見えるものは現実。そして現実だからこそ、言えることがある。
「もし同族とか単にモデルになったなら、難しいのう」
「どういうこと?」
「他ならぬ、おっさん自身が、そう信じたいと思っておるけえ」
 月の問いに答えると、八十八彦は改めて志摩を見た。
 そこにあるのは、初めて目にする無の表情だ。
 それをじっと見つめていると、月が志摩の顔を覗き込んだ。
「ねえ、軍事。話してみても良いんじゃない? その間、アヤカシの攻撃は皆で引き受けるし、私も皆の防御力をできるだけ上げておくから」
 そう言って手を下ろすと、月は神楽の木刀を掲げた。
 そしてふわりと舞い上がる。
「大切な人が傷つくのは、その人が傷ついたのと同じだけ、心が引き裂かれるみたいに、痛いと思うの」
 雪の中で舞う舞は、彼女の髪色と重なり幻想的な雰囲気を作り出す。
 そして彼女は言葉の通り、この場の全員に舞を付与すると、志摩にもそれを掛けた。
「軍事が傷ついたら、きっと皆、自分が傷つくより、悲しいよ」
 にこりと微笑む彼女に、志摩の目が瞬かれる。
 言葉の通り、雪女の攻撃は皆が引き受けていた。
 それを改めて視界に留めた彼の唇に苦いものが浮かぶ。
「お父さん。俺は、お父さんが俺のお父さんですごく嬉しいし、誇りだよ。娘が大好きって言ってるのに、お父さんは違うって言うのなら‥‥」
 ブラッディは氷の刃を叩き落とすと、キッと志摩を睨んだ。
 その視線に彼の眉が上がる。
「俺だって嫌いだもん! 愛娘に嫌われても良いのかよ、お父さん!!」
「な、に‥‥?」
「しっかり前を見てよ! 今のお父さんが守るもの‥‥ちゃんと、見えるだろ?」
 目を見開いた志摩から視線を外すと、彼女は再び迫る刃を叩き落とした。
 その姿に、志摩の口元に確かな苦笑が浮かぶ。
 そこに八十八彦の、普段と変わらぬ明るい声が響いてきた。
「おっさん、大丈夫かのう?」
「――‥‥ああ、似てる。それだけだ」
 わしゃりと撫でた手に、八十八彦の目が瞬かれる。
 そしてその声を聞きながら、葎は改めて苦無を構えた。
「‥‥僕の目的は、アヤカシの討伐と、彼を、慕う人たちの輪に無事帰す事」
 呟き、彼女の全身を炎が包む。
 そうして氷の刃を触れた先から滅すると、後方に控える者たちを守るために腕を振るった。
 そして銀雨もまた、速攻で攻めたい気持ちを抑え、何とか攻撃を受け流すことに専念している。
「躊躇う理由‥‥少しでも、聞かせて、貰えませんか‥‥?」
 リリアの声に志摩の目が瞬かれる。
「少しでも、聞かせて貰えたら。と‥‥。‥‥私達が、彼女に攻撃を仕掛けるのだって‥‥きっと、辛い筈‥‥」
 そう言って目を伏せた彼女の頭を撫でると、志摩は動き易くなった手で太刀を握り直した。
「‥‥だいぶ昔なんだが、俺にも伴侶にしたいって奴が居てな。ソイツに似てるんだ‥‥」
 苦笑を滲ませ呟く彼に、葎の眉が上がった。
 その瞬間彼女の脳裏を過ったのは明志の存在だ。
「‥‥まさか」
 呟き新たな炎を放つ。その上で苦無を握り直すと、彼女の足が雪を踏み締めた。
「軍事、まさかあのアヤカシがその人ってことは‥‥」
「それはない。アイツは俺が葬ってる‥‥アヤカシ憑きになったその時に、バッサリとな」
 月の問いかけに答えた言葉に、銀雨が「それでか」と声を零した。
 彼女が初めて志摩に会った時、彼は悪徳開拓者と共にあくどい商売に手を染めていた。
 その時それを改心させた一人に銀雨が入る。
 以前に会った時はすっかり忘れていたが、今なら思い出せる。
「ま、人生浮いたり沈んだりだな」
 そう言った彼女の声に志摩は1つ頷くと大きく息を吐き出した。
 そこに声が届く。
「混同したいけんよね、その人の望みと、おっさんの望みと、間違えたらいけん」
「八十八彦‥‥」
「そのアヤカシがおっさんの大事な人っちゅう訳でないにしてもじゃ。生きて欲しいゆうのは、おっさんの望みじゃろ?」
 確かに――と志摩は苦笑する。
 躊躇うのは殺したくないから。それはつまり、助けたい、生きていて欲しいということだ。
 だがそれが本当に救いになるのかはわからない。
「救ってあげるのは誰の役目ね? 今回がそうだとは言わんけど、判るじゃろ?」
 決して説得だけをしている訳ではない声に、志摩はぽふりと彼の頭を叩いて雪女を見た。
 見れば見るほど似ている。その姿に躊躇いが再び頭を擡げるが、今度はそれだけではなかった。
「‥‥ころすんじゃない。還して、あげるんです」
 静かに響いたリリアの声に、志摩は僅かに目を伏せて苦笑した。
「お前らに説かれるなんてな‥‥俺も、まだまだだ」
 そう言って、志摩の足が雪を深く踏むと、彼の太刀が雪女を捉えた。
「八十八彦。てめぇは、手を出さないと言ったが、手を貸してくれ――頼む」
 その声に皆が頷きを返し、改めて雪女の討伐が開始された。

●雪影の頂
 雪の上を駆ける銀雨は、全身を赤く染め上げると、雪の粉を纏い蹴りあがった。
 そこに雪女の放った氷の刃が向かう。
「甘い甘い!」
 硝子を割るように刃を叩き割る相手に、雪女が慌てて腕を上げる。
 しかしそれを踏み台のようにして蹴り上げると、彼女の身が更に飛躍した。
「喰らえッ!!」
 宙で反転させた身に添って、脚が大きく振り上げられる。そして狙いを定めて振り下ろすと、敵の肩にそれが命中した。
「バーニングスマッシュ」
 ズザッと雪の上に転がって着地し、銀雨はニヤリと笑って後方を振り返った。
 そこにいるのは、隙の出来た雪女に向かう仲間の姿だ。
「みんな、頑張って」
 前線で戦う皆に、暖かな舞を――月はそう願いを込めて舞う。
 それによって防御力を増したブラッディが安心して相手の懐に入った。
「俺だって大事なもの‥‥お父さん達を守るんだからな!」
 間近に見える雪女の顔。それを睨み付け、間近で放たれた氷の刃を避けた。
 そして身を低くした所で、雪女の手が再び掲げられる。だがそれをリリアが遮った。
「‥‥還して、あげます‥‥!」
 浮き上がった氷の刃が、炎の球に打ち砕かれてゆく。
 次々と迫る攻撃の手、阻まれる自らの手札に雪女に焦りが浮かぶ。そしてそれを現すように、足が一歩下がったところで敵の動きが止まった。
「‥‥逃がしません」
 驚いたように見開かれた瞳に、葎が苦無を振り上げる。そしてそれが雪女の服を裂くと、ブラッディの突きが相手の胸部を打った。
「おっさん、今じゃ!」
 皆で作り上げた隙に八十八彦が声を上げる。
 その声に太刀を構えたままだった志摩の刃が動いた。
「ブラッディ、葎、退けっ!」
 振り下ろされた刃から放たれる波動。それが雪を巻き上げ雪女に降り注ぐ。
 そして――

●大事なもの
 ヒラヒラと舞い散る風花を視界に、月は瘴気に消えようとする雪女を見る志摩に声をかけた。
「今すぐには無理でも、笑ってくれたら、きっと、それが一番だと思う」
 静かに降り注ぐ声に、志摩の口元に苦笑が浮かぶ。
 そして彼女の頭を撫でると、今度は銀雨が彼に声をかけてきた。
「まあ、なんだ。帰って飲んで寝ろ」
「おっさん、大丈夫じゃろうか?」
 そう言って、心配そうに顔を覗き込むのは八十八彦だ。
 傍ではリリアも心配げに首を傾げる。
「私達に、出来ること‥‥出来た、でしょうか」
 その声に彼は静かに頷きを返す。
「お父さん‥‥あの‥‥」
 躊躇いがちに口を開いたブラッディに、志摩は目を瞬くとフッと笑んで皆を見回した。
「俺の大事なもん、か‥‥」
 多かれ少なかれ、雪女との戦いで皆が負傷している。
 それを視界に留め、彼は大きく腕を広げるとこの場の全員を抱きしめた。
「大丈夫だ。大事なもんはちゃんと見えてる――有難うな」
 そう言って腕を放すと、いつものようにニッと笑って見せた。
 そこに葎が呟く。
「あの‥‥失礼かもしれませんが、明志さんは何かを予測して僕たちを向かわせたのでは‥‥?」
「否定はしねえ――が、それを考えるのは俺の役目だ。なあに、アイツは俺に不利になることはしねえ。何をするにも意味がある」
 そう言うと葎の頭をポンッと撫でた。
 実際の所、明志が何を考えて志摩を向かわせ、その後で開拓者を向かわせたのかはわからない。
 それでも何かしら吹っ切れた物があったのは事実だ。
「‥‥多少は感謝すべきかねぇ」
 そう呟いた彼に、誰ともなく首を傾げる姿が見えた。

 後日、雪女退治に手を貸してくれた開拓者へ志摩から贈り物が届いた。
 その時同封されていた文には、こんな文字が記されていたとか。
――大事なもの達へ、雪の結晶を贈る。