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■オープニング本文 東房国。 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。 ●東房国・鷹紅寺 霜蓮寺の隣にある寺社・鷹紅寺(ヨウコウジ)。 そこから援兵の要請があったのは、1日前のことだ。 霜蓮寺の統括は、急ぎ援兵を用意し、月宵・嘉栄(ゲッショウ・カエ)にその指揮を命じた。 そして今―― 「これは‥‥いったい‥‥」 鷹紅寺に到着した嘉栄は、目に映る光景に言葉を失っていた。 援兵の要請があったのはたった1日前。 それにも拘わらず、これは一体如何いうことなのか。 鷹紅寺は小さくない都市で、東房国に存在する他の寺社と同じく魔の森の対策をきちんと取っていた。 それは霜蓮寺との合同演習などでも証明されており、嘉栄も鷹紅寺の戦力には一目置いていたものだ。 しかし‥‥ 「人の姿が――いえ、人どころか生き物の気配すら、しない?」 呟き眉を潜める。 そこへ寺社の様子を確認しに行っていた兵が戻ってきた。 「争った形跡は見えるものの、亡骸等は一切見当たりませんでした。鷹紅寺の者全てが姿を消したとしか思えません」 「そうですか‥‥」 争った跡は見える。 つまり、少し前までここは戦場であった可能性が高い。 「急ぎ鷹紅寺を調査します。行動は二人一組で行い、何かあれば直ぐに笛で連絡をしてください」 嘉栄はそう言い置くと、すぐさま行動に出た僧たちを見送ると、懐より紙を取出し文字を記した。 「これを統括へ。状況確認後に戻りますが、場合によっては援兵が必要になるかもしれません。北面へも連絡してくださるよう、伝えてください」 「嘉栄様はどちらへ」 この場にいるのは、嘉栄と僧の2人だけ。彼女の先程の言葉を受けるなら、二人一組での行動に反してしまう。 だが嘉栄は言う。 「私は鷹紅寺の統括の屋敷へ行ってみます」 「それでは嘉栄様がお1人になってしまいます。現状がハッキリしない以上、単独行動は――」 「これ以上、人手を裂く訳には参りません。何かあれば私も笛を鳴らします。ですから、貴方はその文を確実に統括に届けて下さい」 良いですね。 そう言い置いて彼女は鷹紅寺の中に消えて行った。 ●鷹紅寺・統括屋敷 鷹紅寺は小高い丘を中心に街が形成されている。 そしてその丘の上に、統括の屋敷は存在した。 「ここまでで人には会いませんでしたか」 呟き彼女の足が止まった。 目の前には統括の屋敷の門があり、重く閉まったそこには無数の傷跡が付いている。 嘉栄はその傷に指を這わすと、僅かに目を細めた。 「傷跡は新しいですか‥‥となると、やはり昨晩の烽ノ何かが――」 「ほおほお、まだ人が残っていましたか」 カタカタと石を叩くような音が響き、それに合わせて聞き覚えのない声が響く。 それに顔を上げると、嘉栄は透かさず刀に手を伸ばした。 「人――いえ、アヤカシ?」 見定めるように向けた視線の先。 門の上に佇む僧衣を纏った人型の何かに、彼女の足が深く土を踏む。 その姿に、視線を受けたモノはカタカタと顎を鳴らすと、優雅に扇子を取り出した。 「そうですか‥‥貴方がここを」 よく見れば僧衣を纏うのは人骨。明らかに人とは違う存在に、嘉栄は刀を抜き取るとその切っ先を相手に向けた。 油断はしていない。 何せ相手は鷹紅寺と言う寺社を1つ滅ぼしたのだから‥‥。 だが相手はそんな嘉栄を見て再び顎を鳴らすと、扇子の先を彼女の額に向けた。 「ほおほお、貴女は鷹紅寺の者ではありませんね。この近辺に存在する寺社――霜蓮寺の者」 頭蓋骨がゆらりと首を傾げた。 そして何かを考えるように顎を数度動かすと、空洞の瞳が彼女を捉えた。 「良いですね、霜蓮寺。霜蓮寺の兵がここに来ましたか。如何でしょう、貴女の主を私に頂けませんか」 声の雰囲気が一気に明るくなった。 まるで嘉栄が霜蓮寺の者であり、それがこの場にいたことを喜ぶそんな声に、彼女の顔に訝しげなものが浮かぶ。 「その言葉に従う理由はありません」 「ほおほお、此処には私の配下がいるのですよ。その配下は貴女の仲間を凌駕するほどの数と力があります。それでも断りますか?」 キッパリと断った彼女に頭蓋骨がくるりと回った。 それに合わせて数対のアヤカシが姿を現す。 それを目にした瞬間、嘉栄の表情が険しくなった。 「そのアヤカシは‥‥それに、今の言葉。それは、ここを訪れた僧全ての命と統括の命を引き替えにしろ――そういうことでしょうか」 「ええ、ええ、そうです」 「ではお断りします」 断言した嘉栄に、相手の顎がカタカタと鳴る。 その上で手にした扇子を掲げると、無数のアヤカシが姿を現した。 人の身の丈よりも僅かに大きいアヤカシ。その腹は膨れ、筋肉は見事に発達している。 その姿は嘉栄が良く知るものだ。 「貴女を倒し霜蓮寺を目指しましょう。鷹紅寺でこの程度、霜蓮寺など造作もないでしょう」 そう言って笑うと、アヤカシは振り上げた腕を下ろした。 それと共に襲い掛かってきたアヤカシの群れ。それに踏込を深くすると、彼女は鋭い一閃を振い落した。 ●霜蓮寺・統括屋敷 「統括、嘉栄より連絡が入りましたぞ!」 統括の部屋に駆け込んだ久万に、この部屋の主は僅かに驚いた表情を浮かべ、その姿を迎え入れた。 「鷹紅寺陥落――文にはそう書かれておりました。それと同時に、嘉栄より援兵の申し出もありましたぞ」 「なんと‥‥鷹紅寺が堕ちただと」 驚き目を見開く統括へ、久万は文を差し出すとそれを読むよう促した。 「北面への援兵要請は出しましたが、到着までに時間がかかるかと。金は掛かりますが、開拓者に頼み先に向かって貰うのが良いかと思います」 「――わかった。至急開拓者ギルドに連絡を入れ、開拓者を集めてくれ」 そう言うと彼は卓の上に文を置くと、久万の脇に控える僧に目を向けた。 「嘉栄は無事に戻りそうか?」 「‥‥わかりません。嘉栄様はお1人で鷹紅寺統括の屋敷に向かわれました。ですので安否の程は‥‥」 恐縮しきっている僧に、久万と統括は顔を見合わせると互いに緩く首を横に振った。 そして僧の肩を久万が叩く。 その仕草に僧は更に恐縮しきったように頭を下げると、無言で部屋を後にしたのだった。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
珠樹(ia8689)
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓 |
■リプレイ本文 薄ら雪の積もった道を、開拓者たちは急ぎ進んでいた。 「手紙が正しければ1日で鷹紅寺は滅ぼされたことになる」 そう口にしながら将門(ib1770)は、鷹紅寺までの道のりを思い出して足を進める。 「単純に力で攻め落とされたのか、隠し玉があるのか‥‥まあ、行って確かめなければわからんが」 鷹紅寺は霜蓮寺に負けない兵力があると聞いた。 そのような場所が一日で陥落する。 それは何か深い理由があるのでは――彼はそう考えていた。 「だからこそ援兵要請なのでしょうが、状況確認の少数兵だったのなら、戻って来られても良かったでしょうに。間に合えば‥‥」 鹿角 結(ib3119)は、そう言って先に向かった兵を思い、手にした弓を握り締めると、唇を緩く噛み締めた。 「たった1日で、町から人が消えるなんて。どんなアヤカシの仕業なんでしょう」 理由はどうあれ、只事ではない。 鈴梅雛(ia0116)は白い息を吐き出して、隣を歩く百地 佐大夫(ib0796)を見た。 「僧兵の守る町を、あっという間に落としたとなると、強さも数も、並大抵ではなさそうです」 「そうだな‥‥だが、落とされたのは事実だろう」 呟く佐大夫の声に、雛の頭が縦に揺れる。 そうして彼女の手が「白兎」を握り締めた。 「知らぬ間に襲われて、気付いた時には手遅れだったという可能性も‥‥」 「大丈夫とは言いきれないけど‥‥落ち込んでいる暇はないよ」 言って、幼い手に自らの手を重ねると、痕離(ia6954)は見えてきた鷹紅寺の姿に目を細めた。 「はい。何が起こるかわかりません。気を引き締めないと」 雛の声に頷きを返して足を速める。 そして、周囲の状況を見つつ、つかず離れずの位置で道中を進む珠樹(ia8689)は、こんな無謀を犯した相手を思い、息を吐いた。 「‥‥まったく‥‥こんな状況、なんだか前にも見た気がするんだけど。懲りないにも程があるわね‥‥」 そう言って目を上げると、鷹紅寺はもう目と鼻の先まで来ている。 「‥‥胸騒ぎがする。早く、事を終わらせないと‥‥」 痕離が呟くと同時に皆の足が止まった。 目の前には鷹紅寺の巨大な門。そこは大きく開かれ、開拓者たちを招き入れようとしている。 「月宵セニョリータの光に誘われて来てみたが‥‥こりゃぁ、瘴気の匂いがプンプンしやがるな」 門の向こうから漂う気配に、喪越(ia1670)は呟き、同行した氷(ia1083)を見た。 「退路の確保と、撤退時の合図とかは、任せてくれ」 そう言って、この場に留まる意志を見せる炮に、頷きを返す。 そうして喪越は門の向こうを見た。 「すべての美女に愛と笑顔の花束を、それが俺のお仕事だからな。今日もサービスサービスぅ!」 何処までが本気なのか、寧ろ全てが本気なのかもしれないが、その真相はわからない。そんな彼の言葉を耳にしながら高遠・竣嶽(ia0295)が冷静に呟いた。 「‥‥よからぬ予感がします。急いだほうが良いでしょうね」 その声に予め練っていた作戦を決行するために、痕離、珠樹、佐大夫が前に出た。 「それじゃあ、予定通り統括の屋敷へ先行するわ」 珠樹の声に氷が口を開く。 「モドキの弱点‥‥知ってるだろうけど、喉なんで、重点的にそこを狙うと良い」 「あとは、日没までに決着を着けたいわね」 そう口にした珠樹に、皆が頷く。 「‥‥じゃ、先に見て来るよ」 言って痕離が地を蹴ると、他のシノビも門の向こうに消えた。 そんな彼らが向かうのはここから見える小高い丘にある統括の屋敷だ。 その姿を見送り、結は門の傍で狼煙を上げた。 「こちらも行動に出ましょう」 空高く巻き上がる煙が、薄暗い空に呑み込まれてゆく。 一行はその姿を眺めた後、神妙な面持ちで頷き合い、門の向こうへ足を踏み入れた。 ●餓鬼モドキ 中は想像以上に濃い瘴気に満ちていた。 霜蓮寺出発から到着まで既に2日――否、たった2日の間にここまで悪化している状況に、開拓者たちは違和感を覚えていた。 「一体ここで、何があったんでしょうか」 そう呟く雛の傍では、竣嶽は注意深く周囲を見回している。 「建物の被害は然程ないようですね‥‥本当に、人の姿は愚か遺体すら見当たらない」 まるで耳がおかしくなったのかと錯覚するような静寂。誰もいない、誰も存在していない事実が胸を過り、背筋に悪寒が走る。 それでも生存者を探して歩き進めると、将門が声を上げた。 「そっちは行き止まりだ」 事前に鷹紅寺の地理を頭に入れていた彼の声に、結が足を止める。 「日没前に如何にかしたいが‥‥アヤカシすら出ないってのは如何なんだ」 足を踏み入れて大分経つ。 本来なら狼煙に誘われてアヤカシが近付いてきてもいいのだが、その気配も、何処かに潜んでいる様子もない。 「喪越殿、何かわかりますか?」 先程から鳥に変化させた式を飛ばし周囲を伺う彼に結が問う。 その声に目を眇めると、彼は式から送られる映像に目を凝らした。 「――この先に誰かいるな」 通りを抜けた開けた場所。そこに人の姿を見つけた。 「状況は‥‥思わしくないぜ」 その声に皆が一斉に駆け出す。 途中で結が弦を鳴らし他のアヤカシの姿を警戒したが、潜む敵の存在は感じらなかった。 そして広場に辿り着いた時、彼らは我が目を疑った。 「酷いです‥‥」 腕を食い千切られ、全身を血に染めた僧が、片腕で薙刀を振るっている。 その足元には足を失い倒れる僧の姿もある。 「将門様!」 竣嶽の声に頷くと、2人は同時に駆け出した。 そして双方の刃がモドキを切り裂く。 だが鋼のように固い体躯は簡単に崩れない。それでも怯まず竣嶽の刃がモドキに迫った。 それが弱点である喉を切り裂く。 「おっと、危ない!」 崩れ落ちるモドキの傍から、別の敵が沸いてきた。 これに喪越が呪縛符を放つ。 そして敵を怯ませるのだが、それも一瞬の事。 直ぐに態勢を整えた相手が前衛2人に襲い掛かった。 「くっ‥‥数が把握できない」 将門の言うとおり、モドキは何処からともなく溢れてくる。 彼は刃に練力を送り込むと一気にそれを薙いだ。 そうして敵を地に沈めると、雛が駆け寄ってきた。 「大丈夫です。怪我は、ひいなが癒します」 足元に倒れた2人の僧に癒しを施す。 しかし出血が多い上に、失った手足の代償は大きいようだ。 生きていることすら不思議な2人に、幼い手がいま一度癒しの手を振るう。 「鈴梅様、僧の方は!」 青い光を纏い攻撃を避けた竣嶽に、必死に回復を試みる雛の首が横に触れた。 どんなに頑張っても癒えない傷に、幼い手が震える。それを支えるように肩を抱くと、結は声を上げた。 「残念ですが、間に合わないでしょう」 冷静な声に雛が自らの手を握り締める。その上で彼女の目が周囲を捉えた。 モドキの数はもう把握できない。 「短時間で独占したところを見ると結構な戦力なんだろうとは、思ってたんだが‥‥」 喪越は陰陽槍「瘴鬼」を構えると、自らの身を護るために刃を掲げた。 その位置は後衛と呼ぶには程遠い。 「‥‥誘い込まれたか?」 呟きニヤリとした笑みが口を吐く。 そこに将門の声が響いた。 「喪越、そっちは大丈夫か!」 「一応、棒を振り回すくらいの芸当は出来るんでね。ここは俺に任せて――とか言う訳がない! 取り敢えず抑えるんで、早く助けてぷりーず!」 この状況でそれは流石に無理。 そう叫んだ喪越に、将門を含め竣嶽も苦笑する。だがこれが一瞬の和みを生み、皆に余裕を配った。 「それだけの余裕があれば、まだ大丈夫ですね」 そう言って笑った竣嶽に、喪越が苦笑する。 それでも教えられた弱点を的確に突いて敵を崩すと、彼は練力を符に変えて槍を振るって風の刃を放った。 これが敵の牽制になり、微かに間合いが出来る。 「あの先‥‥あそこなら、アヤカシがいないです!」 瘴策結界を使った雛の声に、将門は息のある僧兵を担いで竣嶽を見た。 「抜けれるか?」 「やるしかないでしょう」 足元に倒れるモドキの数は多数。それでも消えない相手に、これ以上の消耗は出来ないと判断した。 「では、援護します」 結はそう言って、3本の矢を弓に番えると、喪越が作り上げた壁の綻びに向け照準を合わせた。 「――行きますっ!」 立て続けに放たれた3本の矢が、立ち塞がる3体のモドキの喉を貫く。 その瞬間、壁に穴が出来た。 「今です、急いでください!」 透かさず駆け出した竣嶽が、壁を閉じまいとモドキを打ち砕く。 その隙に、僧兵を担いだ将門が抜けると、皆が街の中へ駆けて行った。 ●喪失の足音 街の中を進む3人のシノビは、鷹紅寺内の異変に気付いていた。 超越聴覚を使い、神経を研ぎ澄ました耳。そこに届く音が限りなく少ない。 「どういうことだろうね。まさか敵も消えたなんてことは無いよね」 痕離はそう呟き、ふと足を止めた。 それに合わせて残りの2人も足を止める。 「1体‥‥いえ、2体いるわね‥‥どうする?」 珠樹がそう口にして痕離と佐大夫を振り返った。 「戦闘は出来るだけ避けるほうが良い‥‥無駄に被害を被る必要もない」 「僕は日のある内に出来るだけ‥‥と、思うけど」 どちらも賢明な判断だ。 その声に思案した珠樹は、統括の屋敷を見やり、そして忍刀「蝮」を抜き取った。 「匂いでばれてる可能性があるから、最短距離で行きましょう。その上での戦闘なら、仕方がないわ」 戦いは最小限に。 その声に頷くと、彼らは地を蹴った。 その先に、民家から姿を現した2体のモドキがいる。 痕離と珠樹は早駆で距離を詰めると、相手の間合いに入って刃を振るった。 そして僅かに怯んだ相手の元に佐大夫が入り込むと、気を練り込んだ刹手裏剣が敵の喉を打った。 これにより、まずは1体が地面に落ちる。 そしてそれを見止めた痕離が、残るモドキの死角に入った。 「‥‥やれやれ、だ」 呟き隙を突いて喉を裂く。 そうして同じく地面に倒すと、彼女たちは再び統括の屋敷を目指した。 そして―― 「あれは‥‥っ!」 統括の屋敷に到着した珠樹は、地面に深々と刺さる刀を見つけて駆け寄った。 柄が血塗られているそれは間違いない。 「そいつは、嘉栄の‥‥」 佐大夫の声に無言で頷くと、珠樹は刀に手を伸ばした所で、痕離の声が響いた。 「危ないっ!」 咄嗟に珠樹を抱えて倒れ込む。 目を向けると、先程まで珠樹がいた場所が抉られている。そして濃い瘴気がそこから立ち昇っているではないか。 「これはこれは、避けましたか」 カタカタと何かが噛み合う音が響き、その音に目が動く。 「‥‥骨の、アヤカシ?」 呟いたのは佐大夫だ。 彼は短刀を構えると、敵の姿を見据えた。 だが足が動かない。背筋を駆け巡る悪寒と、肌を貫くような瘴気に、足が竦んでいるのだ。 そしてそれは、彼だけではなく珠樹や痕離も同じだった。 「たった3人ですか? いやいや、3人ではないですね‥‥8人、いえ9人‥‥」 扇子で頭蓋骨の口元を覆ったアヤカシは、思案気に間を取ると僧衣の袖を振るった。 その仕草に3人が構えを取る。 「人数はいずれにせよ、貴方がたの作戦が功を制したようですな」 「‥‥何、訳のわかんなこと‥‥」 訝しげに目を細めた珠樹に、骨のアヤカシはカタカタと笑って扇子を閉じた。 それに合わせて数体のモドキが姿を現す。 「こいつは‥‥」 ザッと見て4体ほど。 「餓鬼モドキ‥‥これ、あんたの仕業?」 珠樹が骨のアヤカシを見据える。 その視線に再びカタカタと音が鳴った。 「ハテサテ、なんのことでしょうな」 まるで嘲笑うかのような言葉に珠樹を含め、この場の全員の表情に影が差す。 「‥‥前に、餓鬼モドキを倒したことがあるの。その時に見た瘴気の出る石なんて、細工でもしないとそうそう出来るもんじゃないでしょ」 呟く珠樹に、アヤカシは顎を鳴らしたまま扇子を開いた。 それに合わせてモドキが向かってくる。 「瘴気の石、なんのことでしょうな。ああ、そうそう、霜蓮寺の兵‥‥名を何と言いましたか」 向かい来るモドキに戦闘態勢に入った3人とは別に、アヤカシは楽しげに言葉を紡いでいる。 その声に苛立ちを覚えながら、痕離は的確にモドキの喉を狙って刃を突き立てた。 「ああ、月宵、月宵ですね。月宵とかいう兵‥‥アレは此処には居りませんぞ。いやいや強い兵は実に面白い。あとどれだけもつか、楽しみですなぁ」 「それは如何いう――」 カタカタと響く音に佐大夫が問う。 だがそれよりも早く、敵はその身を翻した。 「機会があればまた‥‥イヤハヤ、面白いですなぁ」 そう言葉を残して消えたアヤカシに、誰ともなく飛び出そうとする。 しかしそれよりも早く、残されたモドキが行く手を遮った。 「ッ‥‥邪魔だ!」 佐大夫はそう叫ぶと、モドキの喉に刃を突き立てたのだった。 ●援兵到着 北面と霜蓮寺の兵、その双方が到着したのは日が完全に落ちた後のことだった。 援兵の数は想像以上に多く、鷹紅寺に到着するなり、彼らはすぐさまモドキの掃討に掛かった。 そしてその際に、瘴気を放つ石が発見されている。 「嘉栄は見つかりませんでしたか‥‥」 「ダチの安否が分からねぇっていうのは気分悪ぃぜ‥‥」 久万の声に呟いた佐大夫は、本来なら時間の許す限り嘉栄の捜索をしたかった。 だがそれが意味のないことを、この場の全員が知っている。 「『鷹紅寺の兵を含めた、全ての兵がアヤカシの手に――』」 呟いた竣嶽の声に、久万の眉が上がる。 「助けた僧の最後の言葉だ」 将門はそう言って目を伏せた。 助け出した僧は、結局モドキの壁を抜けた後に息を引き取った。 その際に辛うじて残した言葉が、今のものだったらしい。 「他には何か――」 「僧衣を着た骨のアヤカシに会ったわ」 今まで黙っていた珠樹の声に、久万の目が見開かれた。 その様子に珠樹の目が細められる。 「‥‥何か心当たりでも?」 「あ、いや‥‥」 普段は堂々としている相手の戸惑う姿に違和感を覚える。 「何かあるにしても、ここだと話し辛いだろう。話しやすい場所にでも移動するかい?」 鷹紅寺の中は援兵がいる。 統率も出来ており、兵力にも問題はないだろう。 痕離は全ての状況を踏まえそう提案した。 それに久万が低く唸る。 「これで終わりってことはなさそうだ。見聞きした情報を元に色々考えておくってのもありなんじゃなか?」 喪越はそう言いながら、口中で楽しみだと呟く。 そしてそれを耳にした久万が緩く息を吐いた。 「そうですな‥‥霜蓮寺に、戻りますか」 「大丈夫ですか?」 不意に聞こえた声に彼の目が落ちる。 そこにいたのは、心配げに袖を引く雛だ。 「‥‥大丈夫ですぞ。そうですな、一度霜蓮寺に戻り、統括に事の説明をしましょう」 そう告げた彼に、皆は否定するでもなく頷きを返した。 |