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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●霜蓮寺・統括屋敷 鷹紅寺から兵を引き上げた翌日。 統括は1人静かに、開拓者が持ち返った言葉を思い出していた。 「大事な鍵を返して欲しくば、か‥‥」 卑骨鬼が開拓者に告げた言葉。その言葉の意味は分かる。 敵の言う『鍵』とは、霜蓮寺のサムライ、月宵・嘉栄のことだ。 卑骨鬼は霜蓮寺統括を誘き出すのに必要な鍵として嘉栄を見ている。そしてそれは強ち間違いではない。 「‥‥今はまだ無事である可能性が高い。だが、この状況が続けば、命の保証はないだろう」 呟き、過去に対峙したことのある相手を思い返す。そうして息を吐いた所で、部屋の戸が叩かれた。 「統括、至急お伝えしたい事が――‥‥統括?」 勢いよく開かれた扉に、統括の目が向かう。 「久万か。何か変わったことがあったか?」 黒の僧衣を手に問う姿に、久万の眉間に皺が刻まれる。 「その僧衣、何処に行かれるおつもりですかな?」 「少々夜の散歩にな」 「統括‥‥鷹紅寺が陥落した今、貴方が霜蓮寺を指揮せず、誰が指揮をなさるのか! 先に、非常になると仰った言葉を、自ら覆すおつもりですか!」 久万は統括に詰め寄ると、彼の手から僧衣を奪い取った。 「嘉栄より、連絡が入りました」 「!」 静かに告げられた言葉、それに統括の目が見開かれる。 確か嘉栄は卑骨鬼の元にいる筈。 にも拘らず、連絡を入れることが出来たということは―― 「これが、嘉栄からの連絡です」 僧衣に変わりに久万が握らせたもの。それは嘉栄が普段より身に着けている着物の切れ端だ。 そこに刻まれた赤黒く沈んだ文字に、統括はまじまじと視線を落とした。 「‥‥『敵、餓鬼山ノ洞窟ニ有』‥‥」 「餓鬼山は卑骨鬼が指定した場所。嘉栄もおそらくはそこに」 以前、餓鬼山で餓鬼モドキが大量発生したことがあった。 それ自体は開拓者の手で問題は解決。その際、餓鬼山に洞窟があることを確認している。 嘉栄が寄越した文字にある『洞窟』はおそらくそこを指しているのだろう。 「統括、如何されますか」 久万は文字を何度も読み返す統括に問いを投げた。 その声に彼の目が動く。 「私が餓鬼山へ向かおう」 「統括!」 何を言い出すのか。 怒鳴るように叫んだ久万に、統括は真っ向から彼の顔を見返す。 「嘉栄がこうして連絡を寄越したということは、嘉栄自身は、卑骨鬼の手の外にあると考えて良い。卑骨鬼は『鍵』である嘉栄を必死に探すはずだ」 確かに、卑骨鬼は嘉栄を『鍵』と言いこだわっている。その深い理由までは定かではないが、嘉栄が卑骨鬼の元を去ったのであれば、敵がそれを良しとはしないはず。 今頃、嘉栄を探すために餓鬼山を動いているかもしれない。 「私が餓鬼山に赴けば、卑骨鬼の目は嘉栄に向かないかもしれない。その隙に嘉栄を霜蓮寺に戻せれば、卑骨鬼の手札は減る」 「しかし、それで統括の身にもしもの事があれば――」 「私の護衛を開拓者に頼もうと思う。同時に、嘉栄の捜索も彼らに頼みたい」 統括が言うのはこうだ。 自分が餓鬼山に一人で足を踏み入れるその後を、開拓者に護衛して欲しい。それも卑骨鬼にばれないよう、身を隠して、だ。 勿論、餓鬼山に足を踏み入れた段階で、統括は自らが訪れた事を卑骨鬼にわかるようにする。 そうして卑骨鬼の気を惹いている間に、他の開拓者に嘉栄の捜索を行って貰い、彼女を霜蓮寺に連れ戻して欲しい。 これが統括の言う案だ。 だがこの方法は、あまりに危険すぎる。 「万が一、嘉栄が見つからなかった場合、統括の身がより危険に晒されることになります。出来れば他の方法を考えて下さいませんか」 「しかし‥‥これが、今の私が考え得る答えなのだ」 統括は苦々しげに呟くと、視線を落とした。 「開拓者の面々には話はしておきましょう。もしかすると、彼らに他に案があるかもしれません‥‥統括、くれぐれも勝手な行動はなさいませんよう」 よろしく頼みますぞ。 久万はそう言い置き、部屋を後にしたのだった。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
氷(ia1083)
29歳・男・陰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
珠樹(ia8689)
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓 |
■リプレイ本文 月が浮かぶ中、餓鬼山の入り口に立つ霜蓮寺統括は、出発前に開拓者たちから掛けられた言葉を思い出していた。 「‥‥語り得ない事情、というものが世にはあるとは承知していますが、こうも頑なですと」 鹿角 結(ib3119)はそう言葉を切ると、胸中で息を吐いた。 色々と思う所はある。そもそも今隠していることが表に出た時、何が壊れるのかはわからない。 しかし―― 「このままでは結局壊れることにしかならないように思うのです‥‥」 ポツリと零した声に、高遠・竣嶽(ia0295)が彼女の肩をそっと叩く。 その仕草に僅かに頷くと、彼女は言葉を噤んだ。代わりに竣嶽が言う。 「判らぬことは判らぬままでも構いません。アヤカシを討ち、知己を助ける事さえできれば、私はそれで」 目を見て真っ直ぐに語る言葉に偽りはない。 彼女は嘉栄を助けたいと思ってくれている。 統括にはそれだけで十分だった。 「君達には申し訳ないと思っている。だが今一度、手を貸して欲しい。嘉栄は霜蓮寺にはなくてはならぬ存在なのだ」 頭を下げた彼に、この場の何人が心を同調させただろうか。 氷(ia1083)は頭を下げた統括を見ながら、込み上げる欠伸を噛み殺した。 「ん、嘉栄ちゃんを見捨てようってワケでもなさそうだ」 「そうだね。それに自力で逃げたのだとしたら早く見つけないと、だな」 氷の言葉に痕離(ia6954)が頷き、与えられた餓鬼山の情報を確認する。 山道には卑骨鬼がいると考えて良いだろう。 となると、使えるのは山道以外の道――否、道ない道――山を歩くのみ。 「ま、代わりといっちゃなんだけど、オレらがアンタを守るぜ」 ぽんっと統括の肩を叩いた氷は、先ほど噛み殺した欠伸を零すと、他の面々と共に今回の作戦の確認に入った。 そこに声が響く。 「随分と分が悪いがチャンスなのは確かだ。嘉栄を助け、統括も守る‥‥やってみるさ」 目を向けた先に居たのは将門(ib1770)だ。 彼は口角を上げて見せると、すれ違いざまに統括に囁いた。 「言われるまでもないだろうが、嘉栄は背負い込むたちだ。アンタの命まで背負わせるなよ?」 言って離れてゆく将門の背を、弾かれたように見た統括は、彼の寄こした言葉を噛み締める。 「――肝に銘じておこう」 嘉栄ならば有り得ない事ではない。 そう思うからこそ零した声に、百地 佐大夫(ib0796)が続く。 「さぁて。今度ぁおれらが命かけて信頼に応える番だな」 言って「拒否権はねぇぞ」と呟く。 その声に統括は苦笑し、僅かに頷きを返すと、全ての準備を整え急ぎ餓鬼山に向かった。 「嘉栄さんが上手く逃げ出せたのなら、急いで助けないと」 鈴梅雛(ia0116)は木の陰に隠れて仲間と共に統括の様子を見守っていた。 頃合いを見計らっているのか統括は動く様子を見せない。彼が動き出せば雛は他の仲間と共に隠れながら護衛に付く。 全ての行動は統括が動き出してからだ。 「結局ここに戻ってくるのね」 珠樹(ia8689)は闇の中に沈んだ因縁ある山を見据える。 「まぁ、モドキを見た時点でそんな気はしてたけど」 鷹紅寺を襲ったアヤカシ――餓鬼モドキ。それらと初めて対峙したのもこの山だった。 「とにかく、例え罠だろうと、卑骨鬼と嘉栄が分かれてくれるなら好都合だわ」 この先何が起こるかわからない。 それでもこれが切っ掛けで嘉栄が助かるかもしれない。そう思うと動かずにはいられなかった。 「さあ、面倒事ばかり起こしてくれる鍵を拾いに行きましょうか」 そう呟いた珠樹の声に、彼女と同行する者達が頷きを返し、静かに闇の中に消えて行ったのだった。 ●卑骨鬼と統括 漂う瘴気が濃くなる。 土を踏む足が泥に絡み取られたように重い。 霜蓮寺統括は闇に紛れる黒の僧衣姿、手に1つの灯りを持って山道を進んでいた。 その僅か離れた位置を、草木に隠れ進むのは彼を護衛する開拓者たちだ。 「‥‥其処彼処に生き物の反応がありますね」 心の目を澄まし、竣嶽が小さな声で呟く。 その声に人魂を通じて周囲の状況を確認していた氷も頷いた。 「モドキが何匹かいる。卑骨鬼の姿は見えず‥‥か」 山道を歩いている以上、卑骨鬼が統括の存在に気付いている可能性はある。 だからこそ歩いているだけでも、敵を引き付けることが出来ると思うのだが、どうにもそうした兆しが見えず気持ちばかりが急いてしまう。 「あの‥‥餓鬼山は、山道の他にも道があるのですか?」 餓鬼山に足を踏み入れるのが初めての雛は、そう問いかけると僅かに首を傾げた。 他にも道があるのなら、そこに卑骨鬼が向かっている可能性もある。 それに――と、彼女は言う。 「餓鬼山と言うだけに、餓鬼モドキがたくさん居そうです。このまま闇雲に探しても、餓鬼モドキに会う可能性が高くなる気がします」 「そうだな。餓鬼山は元々餓鬼に似たアヤカシが巣食う山だし、その可能性は否定できないだろう」 将門はそう呟き、注意深く統括の周囲を伺った。 その時、竣嶽と氷の顔が上がる。 「「――来た」」 2つの声が重なり、山道を歩いていた統括の足が止まった。 そして唯一の灯りが色を失う。 「ほうほう、本当に来ましたか」 顎の骨を鳴らし笑う声。それに統括の顔が上がる。 山道の先、僅かに情報に見える骨のアヤカシに統括の瞳が眇められた。 「嘉栄を返して貰いに来た」 予め開拓者たちと打ち合わせた通りの言葉が口を吐く。 自分達は嘉栄が逃げたことを知らない。そう相手に思わせるための作戦だ。 此れに卑骨鬼はゆるりと腕を上げて扇子を取り出すと、閉じたその先を統括に向けた。 「たった1人のサムライの為、霜蓮寺の統括は足を運びましたか。やはりあの娘はあの時の――」 「卑骨鬼。貴様の狙いは私と鷹紅寺の統括の筈。嘉栄には関わりのないこと‥‥違うか?」 今にも術を繰り出しそうな卑骨鬼に対し、統括は戦う準備を一切行わず言葉を繰り出す。 此れに彼との会話を待ってでもいたのだろうか。卑骨鬼は攻撃に出る一歩手前で動きを止め、自らが消滅を望む相手の言葉に答えた。 「さてさて、それは如何でしょうな」 「このまま時間が稼げれば、私達も敵の情報を探れるはず」 以前、卑骨鬼は開拓者の数を正確に把握することが出来た。 ならば、今ここにいる開拓者の存在にも気付いている筈。そしてもしかするなら、嘉栄を探す仲間にも気付いているかもしれない。 「探知能力の正体を探れれば‥‥」 竣嶽はそう呟き、卑骨鬼を注意深く見据えた。 その視界に餓鬼モドキの姿が入る。 「危な――」 声を上げようとした雛の口を将門が大きな手で塞ぐ。 その瞬間、統括に迫った餓鬼モドキが一瞬にして伏された。 喉を突かれ崩れ落ち、瘴気を放つ存在に卑骨鬼が笑う。 「おやおや、相も変わらず容赦の無い」 「一撃で‥‥成程」 統括の実力は正直判らない。 それでも今の動きを見れば、余程の事がなければ大丈夫、そう思える。 将門は静かに雛から手を放すと彼女の頭に手を置いた。 「悪いな」 苦笑気味に零された声に、雛は静かに首を横に振る。 「大丈夫です‥‥嘉栄さんが見つかるまで、卑骨鬼の気を逸らさないと」 そう言って、彼女は改めて統括に目を向けた。 繰り出される言葉の数々。 その全てに卑骨鬼の統括への憎しみが見え隠れする。 しかしその口調が僅かに変化した。 「――此処までですか」 潜めるように発せられた声。そして上げられた腕に氷が動いた。 不気味な気配と共に吐き出された闇。 静かに、けれど確かに放たれた術に卑骨鬼が身を逸らした。 代わりに闇に呑まれ崩れ落ちたのは餓鬼モドキだ。 瘴気と言う血を吐き、崩れ落ちる存在に氷が新たな術を構築する。 この間に竣嶽と将門が卑骨鬼の前に出た。 「鍵が見つかったようですね。しかし、遅かった‥‥霜徳(そうとく)、貴方知っていましたね?」 開拓者がいるのは当然の事。 そう言わんばかりに彼らを通り抜け、真っ直ぐ統括に向かう言葉に、サムライと志士が刃を向ける。 「‥‥鍵が見つかった。遅いと言うのは‥‥」 竣嶽は注意深く相手を見据えながら脳内の情報を整理する。 今の言葉、何かを切っ掛けに嘉栄を見つけたという事にならないだろうか。そしてその切っ掛けは、此方の仲間が嘉栄を発見したことと重なっている気がする。 だがその原理は判らないままだ。 「何にしても、万能でないことは判りました」 言って踏み出した足に、将門が続く。 それに対して卑骨鬼は扇子を開くと、周囲に濃い瘴気を漂わせモドキの壁を作り上げたのだった。 ●見つけた鍵は‥‥ 闇に紛れながら聴力を研ぎ澄まし、珠樹は闇を見通す目で周囲を見回していた。 何度となく足を運んだ山。動きなれた場所だが、戦闘を避けながらだと上手く進むことが出来ない。 先程から耳を掠める物音は、全てこの山に住むモドキの物だろう。 夜だけあって活発なその様子に、彼女の優れた聴覚が戦闘を避けようと更に敏感になる。 勿論、感覚を研ぎ澄ますのは珠樹だけではない。 闇夜に目を凝らした痕離もまた、感覚を研ぎ澄ます者の一人だ。 「――この先に、モドキがいるね」 痕離はそう呟くと、空に浮かぶ月を見上げた。 「‥‥こんな中に、長く居させる訳には‥‥」 暗く沈んだ闇の世界。 睡眠をむさぼるには良い暗さだが、今はそうした時ではない。 それに此処はモドキの巣窟。 一歩進めば危険な敵に会う環境だ。そして此処には、捜索対象の嘉栄がいる。 「急がないと‥‥」 嘉栄が取った連絡手段を思えば、彼女は深い手傷を負っているはず。 もしその状態でモドキに会えば、タダでは済まない。 気持ちは急くが敵に会えば意味がない。 しかし心は正直で、僅かに逃していた視覚に結が呟いた。 「痕離さん待ってください」 藍染の弓。 その弦を弾き呟く彼女の声に、痕離を含めた皆の足が止まる。 「前方僅かな距離に、大量のモドキの反応が‥‥その数――不明?」 訝しげに寄せられた眉。 その様子に珠樹と痕離、それに佐大夫も示された場所を探る。 そんな中で各人の脳裏を過ったのは、モドキの特徴だ。 「‥‥確か、モドキは匂いに敏感だったか?」 「ええ。それに、見た目に反して俊敏でもあるわ」 佐大夫の声に珠樹が頷くと、皆の視線がぶつかった。 「嘉栄さんは怪我をしている可能性があります。と言う事は、もしかすると‥‥」 結はいま一度弦を弾くと、モドキの正確数を確認しようとした。 しかし数はいまだ不明のまま。だが先程まで感じたモドキの反応はバラつきがあった。 にも拘わらず今は如何だろう。 一カ所に固まり集中している反応は、明らかに不自然。 「見える‥‥――数は‥‥1つ、2つ‥‥5以上、か?」 草の影や岩場の影も探した。 それでも見つからない対象。だが目の前にある不自然な敵は、彼女を探す痕跡にならないだろうか。 痕離の考えに他の皆も同意した。 「‥‥行くかい?」 「面倒だけど、仕方がないわね」 珠樹はそう口にすると、全員と呼吸を合わせて地を蹴った。 その速さは流石シノビ。足並み揃えて斬り込んだ一行に、モドキの動きが遅れた。 「‥‥悪いね、そこ、邪魔だよ」 横薙ぎに喉を裂いた短剣に、モドキが崩れ落ちる。それを視界に納め、痕離は次の敵に斬り込む。 同じく、佐大夫もモドキの喉元に短剣を突き刺すと、先に進もうと足を動かした。 そして―― 「嘉栄!!」 彼の声に皆の動きが急いた。 結の支援を受けながらモドキを退けた珠樹が、逸早く彼女に駆け寄る。 だがその直後、普段は動かない彼女の表情が動いた。 「――‥‥何、これ‥‥」 呆然と見た先に居たのは、至る所に傷を作り倒れ込んだ嘉栄だ。 ピクリとも動かず、完全に意識を失った姿に嫌な予感が過る。 「おい、生きてるんだろうな!」 最後のモドキに止めを刺して駆け寄った佐大夫に、珠樹が慌てて確認する。そうして見せた頷きに、皆がホッと息を吐いた。 だが、予断を許さないのは誰の目にも明らかだった。 「これは‥‥酷いね‥‥」 「瘴気感染?」 痕離は嘉栄を抱き起した珠樹から、彼女の手を借りると脈を測った。 その上で結の呟きに頷く。 「急がないと手遅れになるかもしれない」 強度の瘴気に感染した場合、命を落とす危険がある。 嘉栄は今完全に意識が無い。それに瘴気感染の状態で逃げてきたのなら、状態が悪化していてもおかしくはい。 佐大夫は内に込み上げるモノを呑み込むと、前に進み出た。 「‥‥俺が背負おう」 言って彼女を背負ったところで、ふとあることを思い出す。 「操られている可能性は――」 「此処まで瘴気に侵されていて操るも何もないでしょ。きっと、動けないように瘴気感染に追い込んだのよ‥‥逃げた後も苦しむように」 珠樹は苦々しげに呟くと、改めて聴力を研ぎ澄ました。 その耳に、結の放った鏑の音が響く。 その音を聞きながら、一向は仲間と合流すべく闇の中を歩き出した。 ●真実への扉 鏑の音を耳に止めた卑骨鬼は、餓鬼モドキを相手に奮闘する開拓者を見ながら、扇子の先を統括に向けていた。 「完全に捕らえましたか‥‥仕方ありませんね」 卑骨鬼は眼前に据える統括を見やると、対峙の邪魔する開拓者たちを視界に入れた。 「霜蓮寺の統括とは、其処までして護るものなのでしょうかね?」 この声に、モドキから統括を護る面々の眉が寄せられる。 「その者が何の為に姿を見せたか。自らを危険に晒しても護りたい‥‥それは、あのサムライも同じのようですな」 「卑骨鬼!」 卑骨鬼の声を遮る様に発せられた声に、彼は笑う。 此れに統括の手が携える武器に添えられた。しかしそれが振るわれることはなかった。 代わりに卑骨鬼が扇子を広げたのだ。 「此処にいる開拓者諸君に問いましょう。霜蓮寺統括とは、其処までして護る存在なのでしょうか? あのサムライは騙され――ッ?!」 凄まじい衝撃波が卑骨鬼の言葉を奪った。 咄嗟に後方に避けたが、複数のモドキが犠牲となった。 それを見届け、卑骨鬼の声が低くなる。 「ッ‥‥東房など滅べば良い」 苦々しげに履かれた言葉。同時に瘴気が放たれると、氷が皆の前に出て壁となる。 そして雛が傷つく仲間の傷を癒す中、卑骨鬼は巫女と陰陽師の存在に声を荒げた。 「忌々しいッ」 途端に先程以上の瘴気が皆を襲うと、この場の全員が膝を着いた。 そして冷静を欠いた卑骨鬼の声が響く。 「霜徳、やはり貴方は統括の器ではありません。多くの僧を犠牲にした数多の統括。それと貴方、何処に差があると――次は霜蓮寺を滅します。生きていたらあのサムライに伝えてください」 卑骨鬼はそこまで言って、瘴気に身を蝕まれそうになる開拓者たちに目を向けた。 「貴女は統括に騙されている――と」 そう言い切ると、濃い瘴気を周囲に漂わせ姿を消したのだった。 |