【霜】秘した記憶
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/05 19:37



■オープニング本文

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 卑骨鬼は、開拓者たちに問うた。

『霜蓮寺統括とは、其処までして護る存在なのでしょうか?』

 卑骨鬼は、開拓者たちに憎しみを晒した。

『霜徳、貴方は統括の器ではありません。多くの僧を犠牲にした数多の統括。それと貴方、何処に差があると――次は霜蓮寺を滅します』

 卑骨鬼は、霜蓮寺のサムライに言葉を残した。

『貴女は統括に騙されている』


●霜蓮寺
 穏やかな風を運び込む窓。
 それを受けながら、月宵・嘉栄(iz0097)は自らの部屋で巫女の治療を受けていた。
「瘴気感染に関してはもう大丈夫でしょう。ただ無理はなさいませんように」
 そう声をかける巫女の声を聞く彼女の瞳は、閉じられたままだ。
 意識があるのは承知している。
 故に話しかけるのだが、彼女が目を開けたところを実のところ、誰も目にしていない。
「嘉栄様、せめて食事だけでもなさってください。今のままでは怪我の回復も遅くなる一方です。どうか、お食事だけでもしてくださいますよう、お願い致します」
 巫女はそう言葉を零すと、僅かに頭を下げて部屋を出て行った。
 部屋の前には監視のように2人の僧が付けられている。
 それは彼女が普段から無茶をする性格だと、誰もが承知しているからだ。
 そしてこの監視の僧が部屋の中での物音を聞いていた。
「嘉栄の具合は如何ですかな?」
 部屋を出た巫女を引き留めたのは、統括の信頼を受ける僧、曽我部・久万だ。
 彼は嘉栄の部屋の戸を見た後、巫女に目を戻した。
「瘴気感染に関してはほぼ問題ありません。ただ食事をとられていないいない為、体力の消耗が‥‥」
「やはり、何処かで聞いたとしか思えませんな」
 久万はそう呟き、深く息を吐いた。
 卑骨鬼が残した言葉は誰も彼女に話していない。
 だがその言葉は知らず、嘉栄の耳に入ったようだった。
 いったいどうやって、誰が知らせたかはわからない。
 統括の遣り方に疑問を持つ僧が、嘉栄にこの話を持ち込んだのかもしれない。
 しかし、部屋の前には監視がいる。
 嘉栄の部屋に入ったのは、久万と巫女、そして統括の3人のみ。それ以外が部屋に入った形跡はないのだ。
「曽我部様、卑骨鬼とか言うアヤカシの言葉。いったい誰が嘉栄様に」
 訝しむように呟く巫女に、久万は苦笑して首を横に振った。
「さて、誰が伝えたのか‥‥卑骨鬼が自ら伝えた可能性もありますからな」
 彼はそう言葉を零すと、いま一度、深いため息を零したのだった。

●嘉栄の部屋
 扉が閉まる音が響く。
 その音に瞼を上げると、嘉栄は静かに起き上がった。
 昨日まで残っていた怠さが殆ど消えている。
 その事を確認すると、彼女の目が部屋の戸に向かった。
「‥‥」
 口を吐いた小さな息。それに緩く首を横に振ると、出来るだけ物音を立てずに身支度を整える。
 そうして自らの刀を携えると、外の風を運ぶ窓に目を向けた。
 部屋の前には監視が2名。しかし窓の外に監視はない。
 部屋を抜け出すならば、ここから出ればいいだろう。
 それに彼女の頭には、霜蓮寺内に配備された僧の位置がしっかりと入っている。
 そこを避けながら進めば、誰にも会うことなく目的を達することが出来るだろう。
「‥‥戻ったら、僧の配置を考え直さなければいけませんね」
 彼女は窓枠に手を添えると、身軽にそこを飛び越えた。
 食事をしていないせいか、足元がふらつくが動けないほどではない。
 案の定、窓から抜けた先に見張りはない。
 嘉栄は抜け出した部屋を振り返り、いま一度息を零すと歩き出した。
 だがその足がすぐに止まる。
 彼女の目の前に数名の人物が立ちはだかったのだ。
「‥‥そこを、通して頂けませんか?」
 嘉栄の行く手を阻むのは、統括が雇った開拓者たちだ。
 彼らは嘉栄に何処に行くのかと問いかけてくる。その声に彼女の視線が落ちた。
 彼らは卑骨鬼の言葉を聞いている。そして彼女にその言葉を伝えるかどうか、未だ思案していると聞く。
 ならば隠しても仕方がないだろう。
 嘉栄は視線を上げると、真っ直ぐに彼らを捉えた。
「統括の屋敷へ行き、あの方が隠している事を調べます。其処を、通して下さい」
 しっかりとした口調で告げられた声。
 それに続き披露された統括の屋敷に入る術。
 嘉栄は統括の屋敷にある書庫に向かうという。そこには多くのアヤカシの情報、そして探れば貴重な情報を記した書もあるかもしれないという。
「私は騙されていない。その確信が欲しいのです。どうか、そこを通してください」
 そう言った彼女に、開拓者たちは各々の顔を見合わせたのだった。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
氷(ia1083
29歳・男・陰
痕離(ia6954
26歳・女・シ
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796
23歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓


■リプレイ本文

 統括の屋敷に足を踏み入れる前、開拓者たちは、僧の配置、侵入経路などを事前に聞いていた。
 故に足取りに迷いはない。
 しかし――
「正直、霜蓮寺や統括に何があったのかなんて、あんまり興味はないんだけど‥‥」
 口中で呟き、珠樹(ia8689)は息を吐く。
 その脳裏にあるのは、後ろを歩く嘉栄の事だ。
「‥‥そうも、言ってらんないわよね」
 彼女の心境を考えれば、知らないで済ませられないことは想像できる。
 だからこそ止めはしない。
 代わりに、自分はシノビとして出来ることをする。そんな思いで歩く彼女の前には、白い仔虎が歩いていた――と、その足が不意に止まる。
 それに合わせて痕離(ia6954)も足を止めると、彼女は僅かに目を細めた。
「監視がいるね‥‥月宵殿の話では、見張りはないはずだけど」
 この先にあるのは書庫がある地下へ続く階段だ。
 ここに僧が配置いるとは聞いていない。
「普段いない場所に見張りの手がある、か。統括も卑骨鬼の言葉を知っているのか?」
 可能性としてはあるだろう。
 だがそうなると、この場に見張りを置くのは、何かあると言っているようなものだ。
 将門(ib1770)は思案気に息を吐くと嘉栄を見た。
「まあ、大局に影響するほどのことではないと思うが‥‥」
 嘉栄は卑骨鬼の「騙されている」との言葉に、調べ物をしたいと願い出た。
 普通は「何が?」そんな反応を返すはずだ。
「卑骨鬼に、他に何か言われたのか‥‥何れにせよ、気の済むようにさせればいいか」
 その為にはあの僧を如何にかしなければいけない。
 将門は改めて見張りの僧を見た。
 そこに百地 佐大夫(ib0796)の声が聞こえてくる。
「嘉栄、この先に見張りがいるそうだが‥‥」
 いつでも嘉栄を支えられるよう、傍を歩いていた彼は、そう問いかけると彼女を見た。
「致し方ありませんね」
「え‥‥お、おい!」
 不意に駆け出した嘉栄に、慌てて手を伸ばす。
 だが届くよりも早く、彼女は僧の前に立って鞘が着いたままの刀を抜いた。
「嘉栄様?!」
「――謝罪は後ほど」
 囁き振られた鞘が、僧の峰を打つ。
 僧は突然の攻撃に目を見開き、そして、その場に崩れ落ちた。
 それに続いて嘉栄も膝を着く。
「自分の家でまで無茶するんじゃねえよ」
 呟き、手を差し出したのは、苦笑を浮かべた氷(ia1083)だ。
 彼は嘉栄を立たせると、取った手に干飯を持たせた。
 それに嘉栄の目が瞬かれる。
「書庫に入ったら腹になんか入れとけ。そんなんじゃ回る頭も回らないぜ」
 食事を口にしないと聞いて健康状態を気にしていたが、まさかこんな僅かな動きでさえ耐えられない程に体力が落ちているとは予想外だった。
 氷は人魂で作った仔虎を引き上げると、やれやれと息を吐いて符を仕舞った。
 そこに高遠・竣嶽(ia0295)の声が届く。
「このような形で探らねばならぬのは気が引けますが‥‥」
 彼女はそう言って、倒れた僧を見やった。
 そしてそこから目を放すと、階段を下り始める嘉栄を見る。
「これで月宵様の迷いが晴らせるなら致し方なし――そう言うところでしょうか」
 卑骨鬼と統括を護ることは等号ではない。
 また、統括が護るに値しない人物だとして、卑骨鬼を見逃すことは出来ないと思っている。
 今回の行動は、あくまで嘉栄のため。
 竣嶽は暗い底に向かう彼女を見詰め、やがて自らの足を動かした。

 地下の書庫を目指す一行の最後方を歩いていた鹿角 結(ib3119)は、ある不安を抱いていた。
「アヤカシの言に踊らされて人間同士で争い合うは不毛。そういう意味では、卑骨鬼の言葉通りに状況が動いているこの流れは好ましくありませんが‥‥」
 眼前に控える扉の向こうには、大量の書物がある。
 そこを調べることは、卑骨鬼の思惑に従うものではないだろうか。
 思うことは多々ある。されど、今できることをするならば、この行動も無意味ではないだろう。
 結は扉の向こうから香るカビの匂いに耳を揺らすと、ふと鈴梅雛(ia0116)に目を向けた。
「如何されました?」
「嘉栄さんがいないと気付いたら、書庫にいるとすぐばれるでしょうか? もし、見つかったら、怒られないでしょうか?」
「怒られたら‥‥その時は、その時かね」
 心配を声に出す雛に応えたのは痕離だ。
 それに結いが続く。
「見つかるのは時間の問題でしょう。ですが、調べる時間はあるはず‥‥そのためにも行きましょう」
 嘉栄は人目につく方法で見張りを倒した。
 それには何か意味があるはず。
 例えば、誰かに見つけて欲しい、そう願う風にも見える。
 結は不安そうにこちらを見る雛の背に手を添えると、彼女と共に書庫に入って行った。

●書庫
 暗さと書物の発する匂いに欠伸を漏らした氷は、符を翳すと明かりを用意した。
 それに習って雛も蝋燭に明かりを灯す。
 すると書庫は一気に明るくなった。
「‥‥矢張りそれなりに量はある、ねぇ」
 暗視を使って光が足りない部分を補う痕離は、銀色に変化し月の紋様が浮かぶ瞳を細めると、小さく肩を竦めた。
「それじゃあ、手分けをして探そうか」
「そうね‥‥集めた資料を持ってここに戻ってくるわ」
 珠樹はそう口にすると、痕離と同じく夜目を強化して書庫の奥に消えた。
 彼女は壁や天井、本棚などに異常がないか見ながら調査して行くつもりだ。
 そして彼女の姿を見送り、氷が呟いた。
「卑骨鬼と嘉栄ちゃんについてとなると、15〜25年くらい前の資料ってトコかね まあ、そっちは嘉栄ちゃんたちに任せて、俺は本以外の何かを探してみようかね」
「なら俺は、寺の歴史や日記だな‥‥嘉栄、案内できるか?」
 氷の言葉を聞き取り、佐大夫が問う。
 嘉栄に関しては体調の問題もある。だからこそ無理はさせたくない。
「それなら、僕も良いかな? 出来れば鷹紅寺の情報があると嬉しいんだけど」
 どうかな? そう首を傾げた彼女に、嘉栄は答えを向ける。
 そこに峻嶽も加わってきた。
「私もよろしいでしょうか? 出来れば、統括が日記などがあると良いのですが」
「日記ではありませんが、霜蓮寺の業務日報のようなものはあるはずです」
「それで充分です。では、それがある場所へご案内いただけますか?」
 わかりました。
 嘉栄はそう言葉を返して歩き出そうとしたのだが、ふと雛の視線に気づいた。
 問うか如何するか迷う視線に、嘉栄の首が傾げられる。
「何か、ありますか?」
「あの‥‥ここは、統括さんしか使わないんですか?」
「いえ、私や久万殿も使用いたします。ただ腰を据えて見る機会は、今までなかったですね」
 微かに苦笑して答える嘉栄に、雛は目を瞬く。
 今の答えから考えて、彼女が見る資料は限られていると言うことだろうか。
「嘉栄さんは、どんな資料を見るのですか?」
「私は主にアヤカシに関する資料です。あとは、日報を納めに来るだけでしょうか‥‥」
 なんとも偏った書庫の使い方だ。
 結は微かに苦笑すると、嘉栄に彼女が使う場所を聞いた。
「それならばこちらは、嘉栄さんが普段使う書棚以外に向かいましょう」
「あ、雛もご一緒します。最近使った形跡がないかも、見たいですし」
「はい、構いません。ご一緒しましょう」
 言って、2人は共に書庫の向こうに消えた。
 そしてそれを見送った嘉栄が、こちらを見ている将門に気付く。
「将門殿は如何されるのです?」
「俺は隅々まで歩いて配置を把握しようかと思う。何か調べて欲しいものはあるか?」
「え?」
「どうせ全部眺めるつもりだからな。何かあれば調べてくる」
 どうする? そう問いかける将門に、嘉栄は思案気に視線を落とし、ある物を手渡すと調べものを1つ頼んだ。

●秘めたる記録
 集められた書や巻物。それらを前に、開拓者たちは氷が用意した桜の花湯で一息ついていた。
「ふぁ〜‥‥解読は、終わったか?」
 皆が書物の読み解きをしている間、他に目ぼしいものはないかと探っていた氷は、席に着きながら問いかけると、自らの湯呑を持ち上げた。
「大体は‥‥と言ったところでしょうか」
 どうも皆の表情が暗い。
 氷自身、書物を探す時に多少なりと読んではいる。だからその気持ちがわからなくもないのだが‥‥
「んで、どうする?」
「私への気遣いは要りません。情報を聞かせてください」
 自らが得た情報は知っているが、それ以外はまだ聞いていない。
 促す嘉栄に、まずは雛が口を開いた。
「雛は、餓鬼山について調べました」
 そう言って広げられたのは、餓鬼山の地図と情報を記した書物だ。
「餓鬼山は元々餓鬼に似たアヤカシが出る山だったんです。モドキは、最近のアヤカシです」
 そう、餓鬼モドキはここ最近出てきたアヤカシで、その対処に開拓者の手を借りた時期がある。
「それに対して卑骨鬼は餓鬼山に姿を現すのは2回目みたいです」
「彼女の言うとおりだね」
 痕離はそう口にすると、古い手紙を開いて見せた。
 そこに書かれている宛名は「霜徳殿」――つまり、現霜蓮寺統括に宛てた物だ。
「これは鷹紅寺統括から霜徳殿へ送られた手紙だよ」
 内容は開拓者として名を上げつつある霜徳へアヤカシ退治の要請をしたものだ。
 そこに書かれているアヤカシの名前こそ「卑骨鬼」である。
「卑骨鬼は元々、鷹紅寺の近辺で生まれたアヤカシのようだね。その発端はここには書かれていないけど、統括殿が卑骨鬼と対峙していたことを示す手紙じゃないかな」
「卑骨鬼が生まれた事情は、私と竣嶽が見つけたわ‥‥」
 言って、興味なさげに珠樹が差し出したのは、酷く古い書物だった。
 その中に書かれているのは、無数の僧の名前。
「これは霜蓮寺で亡くなった僧の名前を書いた本‥‥死因も書かれてるわね」
 1人1人、亡くなった原因と日付を記したそれは、霜蓮寺が今まで多くのアヤカシと闘ってきた記録でもある。
 だはこれだけでは、卑骨鬼が生まれた事情はわからない。
 珠樹は皆の様子を眺めた後、もう一冊の書を差し出した。
 この本も相当古く、亡くなった僧の名前が記されいる。だが亡くなった経由と末路が大きく違う。
「珠樹さん、これは‥‥」
「虫が入り込む壁を私が見つけ、珠樹殿が調べてくださいました。その結果、隠し扉を見つけたのですが、書物はそこで」
 珠樹の代わりに答えた竣嶽に、結は頷きを返す。
 書の中にはこんな内容が記されていた。
――時は数百年以上も前。
 魔の森と化した大地、そしてアヤカシに対抗すべく、霜蓮寺と鷹紅寺の創設者が生きた人間を餌にアヤカシを誘き寄せた。
 その生きた人間は信仰厚い僧であり、彼らは闘うことも許されず、ただ喰われるだけの無念な死を遂げた。
 書にはその死の内容がただ切々と綴られている。
「これが過去の出来事、そしてこれが最近の物」
 珠樹が次に差し出したのは、比較的新しい書物だ。
 そこに書かれている事は、確かに続きと言って相違ない内容だった。
――時は数年前の鷹紅寺。
 周辺に生まれた魔の森を祓うべく、多くの僧が森に向かった。
 しかしアヤカシと魔の森を討ち払う事は一向に出来ず、鷹紅寺は止む無く僧がいる状態で魔の森に火を放った。
 これにより無数の僧と、アヤカシ、そして魔が姿を消したのだが、事態は最悪の結果を生んだ。
 過去と現在、無念の内に亡くなった僧の念が新たな脅威を産み落とした。
「新たな脅威‥‥それが、卑骨鬼?」
「卑骨鬼が霜蓮寺や鷹紅寺を憎むのは、これ故‥‥ですか。ですがこれが事実かどうかは――」
「全て事実だ」
 突如聞こえた声に皆の目が飛んだ。
「統括さん‥‥あの、勝手に入って――」
「構わん。入ると思っていたからな」
 頭を下げようとする雛を遮り、統括は俯く嘉栄にその目を向けた。

●告白
 統括登場後も、皆の調査は進められた。
 しかし先程出た情報以外の目新しい情報は出てこない。
「情報は以上でしょうか。卑骨鬼が統括を憎むのは、一度退治されかかっているから‥‥ただ1つ気になる事が」
「何かな?」
 竣嶽の言葉に統括は動じもせず問いかける。
 その声に彼女は薄い書を差し出した。
「これは過去の日報です。今から約25年前‥‥一部分破られた記述があるのですが、ここに記された内容をお教え頂けませんか?」
「破られている?」
 僅かに驚きを見せた統括に、久万も驚いたように目を見開く。そして2人の目が嘉栄に向かった。
「嘉栄‥‥まさか‥‥」
「日報に書かれていたのは業務的な事だけさ」
 嘉栄に目を向けた統括。その目が声を発した将門に向かう。
「‥‥君は、何を見つけたのかね」
 先程までの余裕は何処へ。
 微かに声を低くした彼へ将門は言葉を続ける。
「日報には、両統括が赤子を使って卑骨鬼を誘き出し撃退したと書かれていたんだ」
「‥‥それが、歴代の統括と変わらないと言われた、理由‥‥?」
 珠樹の声に将門は頷きを返す。
 囮を使う手段が、過去と何も変わっていないと、卑骨鬼は指摘したのだ。
 故に、彼の憎しみは増している。
「これが日報の切れ端。んで、これがそれを元に探した情報だ」
 将門は切れた書の一部と共に、長い巻物を広げて見せた。
 これに統括の瞳が眇められる。
「こいつは霜徳殿の家系譜。霜徳殿の名の先に塗りつぶされた名前があるんだが――」
「これ以上はお止め下され!」
 突如声を上げた久万に将門が嘉栄を見る。
 その視線を受けて、佐大夫が問いかけた。
「嘉栄は知りたいか?」
 この声に頷きを返した嘉栄を見て、将門は続けた。
「過去、囮にされた赤子。そして霜徳殿の先にあった名前‥‥それは嘉栄だ」
 開示された情報に、久万が落胆したように崩れ落ちる。だが統括は違った。
「何か問題でもあるのかね?」
「問題って‥‥家系譜に名前があるってことは、嘉栄はアンタの子って事だろ!」
「生きているではないか。問題はあるまい」
 平然と言うその表情は変わらない。
 喜怒哀楽の何も浮かべず、淡々と言葉を発する姿に違和感が無い訳ではない。
 だが――
「実子と言えど、命を自由にする資格が親にあるとも思えませんが」
「だから縁を切ったのだよ。囮に出す時に嘉栄は私の子ではなくなった」
 竣嶽の言葉にも統括の表情や態度は揺るがない、その様子を見て、痕離が息を吐いた。
「成程‥‥これが、全て‥‥?」
 その声が皮切りになったのだろうか。
 突如立ち上がった嘉栄が書庫を後にした。
 その姿にも統括は動じず、久万だけが困惑した表情を浮かべている。
「っ‥‥アンタには人としての情が無いのか!」
 声を荒げた佐大夫が、急ぎ出て行った嘉栄を追う。その姿を見送り、珠樹は僅かに顔を伏せた。
「思考停止は心理戦では敗北も同然なのに」
「月宵様にお話を伺ってきます」
「俺も行く。嘉栄ちゃんをほっとくわけにも行かないしね」
 竣嶽の言葉に続き声を発した氷は、チラリと統括を見て彼女たちと書庫を後にした。
「‥‥これでは卑骨鬼の思う壺では」
 結は皆が去ったその場所を見詰めて呟くと、やや複雑な面持ちで立ち上がり、後を追ったのだった。