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■オープニング本文 神楽の都から少し離れた山の中。 竹に包まれた寺院にその子供はいた。 赤い瞳を持つ細身の少年は、濡れた雑巾を絞り終えたところでふと首を傾げた。 着物から除く腕や足には消えることのない傷がついている。少年はそれを晒すように袖を更に捲ると、窓を開けた。 吐き出すそこから白い空気が漏れ、チラリと白の雪が舞う。 「おや、また雪が降りましたか」 穏やかな声に赤い瞳が振り返った。 そこにいたのは、彼がお世話になる寺院の持ち主、姫塚と言う初老の女性だ。 彼女は少年の肩越しに外を眺め、そっとその肩を叩いた。 「寒いですから窓を閉めましょう。床掃除は終わりましたか?」 問いかけに少年はコクリと頷いて絞り終えた雑巾を持ち上げて見せた。 「絞るのが上手くなりましたね。初めここに来た頃は、まともに絞ることも出来ませんでしたからね」 笑いながら言われる言葉に少年の頬が膨らむ。 その表情を見止め、女性は窓を閉めた。 「早く、貴方の声が聞けると良いのですが‥‥」 少年がこの寺院に来たのは、半年以上も前のこと。 当時、少年は人身売買を行う者の元にいた。 しかし過酷な状況に耐えられなくなった彼は、1人そこを抜け出し、仲間の救出を開拓者に頼んだのだ。 そして見事、彼を含めた複数の子供が救い出された。 彼はこの時から言葉を話さない。 それは言葉を知らないのか、それとも声が出ないのか。何もわからないが、人の言葉に頷いたり、相槌を打つことは出来るようだった。 姫塚はそんな彼に優しく接し、文字の読み書きや基本的な雑学なども教えている。 出来ることならば、いつかこの子の声を――それが姫塚の願いでもあった。 「さあ、暖かい部屋に行きましょう」 姫塚は微笑んで少年の背を押す。 しかし彼の足は動かず止まったままだった。 窓の外を見つめ、ピクリとも動かない。 それを不思議に思った彼女が外を見ると、皺に隠れた目が見開かれた。 「あれは‥‥」 息を呑む声と共に吐き出された言葉。 それに少年が頷く。 彼と姫塚が見るのは、黒い毛皮の狼――否、狼にしてはその体躯は大きく、明らかに普通の獣ではない。 「‥‥こんな場所にまでアヤカシが‥‥赤目、皆を連れて蔵にお行きなさい。そこならば安全です」 確かに蔵は安全だろう。 だがそこに皆で逃げろということは、姫塚は如何するのか。 不安げに目を上げた少年――赤目に彼女は優しく微笑んで見せた。 「年老いた身でも、多少なりと時間は稼げるでしょう。さあ、急ぎなさい」 窓の外で喉を鳴らすアヤカシは、既に生き物の匂いを見つけたようだった。 遠吠えを響かせ、仲間を呼ぶ姿に姫塚は少年の背を押して急かす。 しかし赤目は動かなかった。 「赤目、急ぎなさい!」 掛かる声に首だけが横に振られる。 そして姫塚の手を引くと、彼の足がようやく動いた。 必死に引っ張って行こうとする姿に、姫塚の眉が上がる。 「‥‥赤目、貴方と言う子は‥‥」 そう口にして歩き出そうとした時だ。 窓を割る音が響き、黒い影が二人に迫った。 そして―― 「――ッ!!!」 声にならない悲鳴が上がり、赤目の顔に赤い滴が飛んだ。 目の前で倒れる姫塚の姿に、彼の身がガクガクと震える。 「‥‥逃げ、な‥‥さぃ‥‥」 虫の息で囁く声に、赤目は如何して良いのかふるふると首を横に振る。 そしてそんな彼にアヤカシの目が向いた。 鋭く光る瞳に射抜かれ、彼は完全に腰を抜かして座り込んでしまった。 その耳には姫塚の「逃げなさい」と言う言葉が残っている。 それにも拘わらず動かない体に、彼の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 「‥‥――」 パクパクと動く口。息だけが虚しく吐き出される。 「‥‥あか、め‥‥」 姫塚の皺くしゃの手が、逃げろと空を掻く。 その仕草に、赤目がようやく動いた。 だが同時にアヤカシも動き出す。 遠吠えを響かせ、ダンッと床を蹴って迫るその姿に、赤い目が閉じられた。 「‥‥――‥‥レ、か‥‥ぁ‥‥!!!」 喉を裂くような悲鳴が響く。 だが訪れる筈の痛みは一向に訪れなかった。 代わりに響く、床を踏む音と何かが倒れる音。 それにそっと瞼を上げた彼の瞳が見開かれる。 「‥‥ッ」 咄嗟に駆け出ししがみ付いたのは、良く知った人物の体だ。 人身売買の承認の元から彼を救う切っ掛けを与え、寺院に預けるまで面倒見てくれた人。 「‥‥せーしろ‥‥」 ギュッと着物を握り締めると、頭に優しい手の感触が触れた。 「姫塚を安全な場所へ‥‥共に来る予定だった開拓者も、時期に来る‥‥」 そう言うと、天元・征四郎は瘴気に濡れた刃を払った。 その仕草に赤目は無言で頷き、姫塚に駆け寄る。 そこにいつの間に到着したのか、別のアヤカシが飛び掛かってきた。 それを無言で薙ぎ払い、外にアヤカシを誘導する。 そうして雪を踏み締めると、彼は抜刀の構えを取り新たに増えたアヤカシの群れを見据えたのだった。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 雪が薄ら積もる山。 そこを進んでいた開拓者たちは、響く遠吠えに、その足を止めた。 「今の声は‥‥」 久方ぶりに会った天元 征四郎。 彼に誘われ一足先に春を感じようと訪れていた志藤 久遠(ia0597)は、共に訪れた仲間を振り返る。その視線を受けて、御凪 祥(ia5285)が1つ頷く。 「山の上からだな」 以前、依頼で助けた子供が、征四郎に手紙を寄越したと聞いた。 「元気にしている様だし、折角だし顔も見ておきたいと思ったんだが‥‥」 嫌な予感に眉根を寄せると、彼は使うことは無いと思っていた槍を握り締めた。 遠吠えは何度か山に響いている。その音を耳に、彼らは足早に歩くのを再開した。 そして―― 「竹林が見えてきました。あの先に寺院が‥‥あ!」 山と人の住いを区切るような竹林。それを抜けた先でエラト(ib5623)は思わず声を上げた。 「酷い‥‥急いで助けないと」 8体のオオカミに似たアヤカシを前に防戦を敷く征四郎。その後ろには寺社の通路に座り込む赤目と、姫塚の姿がある。 赤目が抱きしめる姫塚からは、赤い滴が滴り落ち、綺麗にしたばかりの通路を濡らしていた。 「‥‥紅梅を見とる場合やないな、これは」 央 由樹(ib2477)は黒く沈んだ色の苦無を取り出して呟いた。 状況は極めて深刻。事前に聞いていた寺社の持ち主――姫塚の容態は一刻を争うだろう。 「取らせへんぞ、この人らの命‥‥」 「ええ、急ぎ彼らを安全な場所へ」 由樹の声に久遠が頷き、双方の足が地を蹴る。 それに気付いた敵が天を仰いだ。 ――ウォオオオンッッ! 道中で聞いたのと全く同じ遠吠えに、苦無が放たれ、敵の喉を切り裂く。 だが、一歩遅かった。 「これは――」 背後に響く不穏な音に皇 りょう(ia1673)が振り返った。 そこに現れたのは、更に8体のアヤカシだ。 「前の依頼のガキの様子を見にって事で、気は乗らない状態で来てみたけど、アヤカシが出て来るなんて‥‥楽しくなってきたわ」 大振りの鎌を手に霧崎 灯華(ia1054)がクスリと笑う。その胸中を窺うことは出来ないが彼女の瞳が、全ての状況を捉えているのはわかった。 「あの怪我、拙そうね」 「ああ。紅梅の赤と血の赤‥‥どちらも同じ赤なれど、血の赤はあってはならぬ事だ」 視界に映る雪景色と紅梅の赤。それ以上に目に映るのは姫塚から零れ落ちる血の色だ。 「――全力で参る。我等に武人の加護やあらん!」 先に敵と寺社の間に入った由樹と祥。彼らに続きりょうもまたその身を前へと進ませる。 その対して敵の内、1体が飛び掛かってきた。 「それで良い、此方に気を向けろ」 刀に埋められた宝珠が、構えに合わせて光り輝く。それに対して敵の鋭い牙が彼女に迫った。 「我は皇家が当主、おりょう! 貴殿等のお相手を仕ろう。さあ、掛かって参れ!」 上げた名乗りに他の敵の目も向く。そして敵の視線を一身に浴びながら一閃を引くと、敵の身が地面に転げ落ちた。 「さあて、あたしもそろそろ動こうかしら、ね?」 鎌の切っ先を敵に向け、灯華が妖しく微笑む。 「あたしが囮になるから、治療とかは任せたわよ」 「囮とは‥‥」 薙刀を手に問う久遠に、灯華は意味深に笑んだ――直後、その身が駆け出す。 「霧崎殿!」 「予定とは違うけど、半分数が減るだけでも違うわよね」 呟き、追加された8体の敵に突っ込んでゆく。そしてその中央に鎌を振り下ろすと、敵の目が彼女に向いた。 「さあ、追ってきなさい!」 彼女は止まることなく敵の間を駆け抜け、一気に竹林へとその身を溶け込ませた。 それに引き寄せられるように増えた敵が消えてゆく。 「なんという無茶‥‥あれはッ!」 灯華を見ていた彼女の目が寺院に向いた瞬間、彼女の足が駆け出す。 出来るだけ早く動かした足が、泥を跳ね赤目と姫塚の前に入った。 「――ッ、く」 左腕に感じた痛烈な痛みに顔が歪む。 それでも握り締めた薙刀は手放すことは無く、喰らい付いたまま殺気を向ける相手を見返す。 「数が更に、増えている‥‥?」 たった一度の遠吠えか。それとも、到着するまでの間に響いたモノが原因か。 その理由は窺い知れないが、滅する存在が増えているのは事実。 「他に目を置いている暇はない。そう云う事でしょうか――いずれにせよ、目の前に滅するべき存在がいるのならば、ただ刃を振るうのみ」 薙刀の柄が喰らい付く敵の腹を突いた。 それに鈍い音が響き、雪の上に黒い影が落ちる。 「これ以上、仲間を呼ばれたら敵わん。まずは喉や顔を狙ってくで」 姫塚らを背に庇い由樹が言う。 その声に頷きながら、左腕を伝う滴を払うと、久遠の目が後方に向いた。 「如何ですか?」 「思わしくありません。急がなければ手遅れになってしまいます」 赤目を姫塚から離し、彼を祥に託したエラトが傷つく体を確認する。 出血が酷く、彼女を包む着物が深紅に染まってゆく。その様子はあまりに激しい。 「アヤカシの殲滅はお願いします。私は姫塚さんと赤目さん達を安全な場所まで護送します」 「赤目、安全な場所はわかるか?」 背後で響く声と振るわれる武器の音。それを耳にしながら震える赤目に問いかける。 「しっかりしろ。この建物の内部を知っているのはお前だけだろ。姫塚さんを助けたいのなら、安全な場所に案内してくれ」 酷な事だとは分かっている。 それでも責任を持たせる事で気を確かにもって欲しい。これは祥なりの優しだった。 「御凪さん。簡易の担架を――」 「いや、その時間はない。姫塚さんは俺が背負おう。エラトさんは赤目を頼む。それと、天元さん」 祥は赤目の手をエラトに握らせると、姫塚の身を極力動かさない様に気を配って背負った。 その上で征四郎を振り返る。 「後ろを頼む」 「天元さん、安全な場所に着くまでの間、防御をお願いします」 その声に征四郎は、敵の増えた前を見直す。 「こちらは任せて貰おう!」 「気にせずに行ってください」 躊躇う征四郎に気付き、りょうと久遠が声を上げる。 それを受けて彼の足が動いた。 「赤目さん、お願いします」 握り締めた幼い手を軽く引いて促す。 それに小さな首が揺れ、4つの影が寺院の奥に消えた。 「さて、一気に片付すで」 由樹はそう口にすると、改めて苦無を構え、敵中にその身を滑り込ませた。 ●雪上の戦 「さて、この辺りでいいかしら?」 竹林を抜けた先。先程進んできた道の真ん中で足を止めた灯華は、笑んで自らを追う敵を振り返った。 敵の数は、味方の元を離れた時と同じ8。その全てが足を止めた彼女を取り囲む。 「良いわね、この感じ。さあ、狩りの時間を始めましょ♪」 クスリと笑んで構えた鎌が怪しく光ると、敵が雪を蹴りあげた。 「おっと、これ以上先には行かせへんで」 去った影を追って進もうとする敵の間に入り、由樹が苦無を投擲する。 それでも向かうことを止めない敵に、彼は強硬手段に出た。 「つ、ッ‥‥何があっても、近付けさせん」 全身で引き止めに掛かった彼に、久遠が気付き目を見開く。 「ここにも無茶をする方が‥‥!」 襲い掛かる敵を振り払い、由樹に駆け寄る。 そうして彼の肩と足、それらに牙を喰い込ませる敵を振り払った。 「私も万全ではありませんが、無茶が過ぎます」 「人の死はもう、見たないんや‥‥」 ポツリと呟く彼に、久遠の目が向かう。 その上で今一度前に出ると、寺院に入り込もうとする敵の足を中心に討つ。 そうして完全に庭だけにアヤカシを留めると、敵の中心で刃を振るっていた皇と合流した。 「残るは10体ほど‥‥一気に片を付ける」 「勿論です」 互いの背を合わせるように3つの武器が前を向く。 「この分やったら、向こうが戻って来る前に終わりそうやな」 苦無を握り締める手に力を籠めて傷の具合を確かめる。 多少痛みは走るが、戦えないほどではない。 3人は互いの息を感じ取り、深く土を踏み締めた。 そして―― 「いざ!」 りょうの声を合図に、3人は戦闘を再開させた。 一方、赤目の案内で蔵を目指していた一行は、遠吠えで現れた新たなアヤカシと遭遇していた。 「――ここは任せる」 今は敵を相手に出来ない。 祥は征四郎にそう告げると、先を急いだ。 そして道中で遭遇した子供たちを含めた護るべき存在を蔵に入れる。 その直後、エラトが簡易の照明の蝋燭に火を灯すと、すぐさま姫塚の応急処置が開始された。 「姫塚さんの事は任せる。赤目、皆を頼むぞ」 励ますように赤目の頭を撫でて手を放す。 そうして外に出ようとした所で、エラトが彼の動きを止めた。 「蔵の防衛、どうかよろしくお願いします」 彼女はそう言うと、騎士の魂を彼とその外に控えている征四郎に送った。 それを受けて外に出る祥を見送り、彼女は姫塚に向き直った。 「お姉ちゃん、先生は‥‥」 「大丈夫です。今、治療しますから」 子供の一人が問いかける声。それに穏やかな笑みを浮かべて答えながら、彼女は自前の包帯と傷薬を取り出した。 その頃、外に出た祥は、防戦を繰り広げる征四郎と合流していた。 「巧く餌に喰いついてきたみたいだな」 計らずとも姫塚の血が餌となったようだ。 この辺に呼ばれた敵は全て蔵の前に集まっている。 「合流は厳しそうだが、ここはここでやることがありそうだ」 フッと笑んだ彼の目が鋭い光を帯びる――直後、鋭い電流が振り下ろす槍から放たれた。 土の混じる雪を舞わせて迫る雷撃。それが敵の1体を吹き飛ばすと、残る敵の目が変わった。 仇敵を見る目になったモノを冷静に見据えて、2つの刃が敵を捉える。 「――頼りにしている」 小さく零された声に祥の眉が上がった。 だがそれも一瞬の事、彼は掲げた槍の先を揺らすと、改めて敵を見据え、地を蹴った。 ●紅の音 雪の上に倒れ瘴気を放つアヤカシを物ともせず、りょうは風と共に敵の胴を薙いだ。 既に大量の瘴気が刀に触れているが、彼女の武器に濁りはない。 「残り僅か!」 深く踏み締めた土。 そこを基点に上半身と腕の力、その全てを注いで敵を討つ。骨を断ち、身を断つ感覚を覚えながら、間髪入れずにさらなる攻撃を振るう。 その動きは見事なもので、背を預け共に闘っていた久遠も影響されて奮起する。 「これで、押し切ります!」 薙刀に埋められた宝珠が光を受けて輝く。 そしてその光が二重に見えたかと思うと、無数の突きが敵の身に降り注いだ。 これに前進を続けていた身が揺らぐ。 「隙あり!」 躊躇った一瞬の隙。それを見止めた彼女の刃が敵の喉を突いた。 先の狙いの荒い攻撃とは違う正確な突きに、敵の1体が地に沈む。 「俺も負けてられへんな!」 今にも吠え出しそうな敵。そこに苦無と手裏剣を放った由樹は周囲を探る。 先程から敵の数が増えている様子はない。 このままいけば敵は全て倒すことが出来るだろう。 「後は、呼ばせんようするだけやな」 蔵に向かった姫塚たちの事は気になるが、まずはここを始末するのが先だ。 由樹はりょうと久遠が倒してゆく敵の姿と、これから向かい来る敵、それらを視界に納め、右と左、両の手から武器を放った。 それが遠方の敵を討ち、全てが地に沈む。 「これで終いやな」 そう呟いた時だ。 遠方から遠吠えとは違う鳴き声が響いた。 それに3人が顔を見合わせる。 「何や、今の‥‥」 「霧崎殿が向かった先だな」 灯華が1人で半数のアヤカシを連れて行ったことは全員が知っている。 「周囲にアヤカシの気配はありません。行ってみましょう」 心眼を使った久遠の声に頷くと、一行は竹林の外に駆け出した。 そのほんの少し前―― 「この鎌を飾りだと思ってたのかしら?」 鎌に付着する瘴気を払い、灯華は口角を上げて笑んでいた。 囲むアヤカシに変わりはなく、足元に1体身を崩す敵がいる。 彼女はジリジリと距離を詰める敵を見ながら、自らの狙いを実行する時を待っていた。 「ああ、そうだわ。あたしが殲滅するのが早いか、援軍の到着が先か、賭けようっと」 クスリと笑って鎌を構え直す。 鎌の切っ先が空を仰ぎ、茶の瞳が赤みを帯びて光ると唇が韻を刻んだ。 「――さあ、悲しい悲鳴を聞かせてあげる」 フッと零れた笑み。 それと同時に現れた陽炎のような幻が、周囲に鳴き声とも、奇声とも悲鳴とも取れる音を響かせる。 それに彼女を囲んでいた敵が地に落ちた。 悶え苦しみ、地面に体を擦り付けるようにもがく姿に、灯華は握る柄を回転させて切っ先を地に向ける。 「あんたで終り」 ザッと鋭い刃が敵の首を掻いた。 そこに足音が響く。 「これは――」 「あら残念。この勝負、あたしの勝ちね」 そう言って笑った灯華に、駆け付けた3人は何のことかと顔を見合わせた。 ●花咲く‥‥ 怪しく揺れる槍の先、それを目で追い隙が出来た敵の喉を槍の先端が突く。 そうしてガラ空きになった胴を同じ刃で薙ぐと、彼は長い髪を揺らして征四郎を振り返った。 「天元さん、そっちは如何だ?」 流れる動作で鞘から抜いた刃。それが敵の胸を突くのを見止めると、祥は感心したように口角を上げ、自らの目で周囲を確認した。 「終わったみたいだな」 見回す限り敵の姿はない。 祥は漸く槍を下ろすと、征四郎もまた瘴気を払って刀を鞘に納めた。 そこに蔵の中で治療に専念していたエラトが姿を現す。 「応急処置は終わりました。ただ‥‥」 暗い表情のエラトに2人は顔を見合わせる。 「このままでは姫塚さんが良くなるかどうかは‥‥」 出血は思う以上に酷かったようだ。 事態は一刻を争う。そう告げるエラトに声が響く。 「医者を呼んでくるんなら、俺が一っ走り行ってくるで」 目を向けた先に居たのは、アヤカシの討伐を引き受けてくれた仲間だ。 由樹は反対意見が無いことを確認すると、急ぎ山を下りて行った。 それを見送り、祥とエラトが姫塚を彼女の部屋に移動する。 そうして由樹が連れてきた医者に姫塚を診て貰っている間、彼らは部屋の外で待機する事となった。 「私は暫くここに残ろう」 りょうはそう言って子供たちを見回した。 「姫塚殿の容体も心配であるし、アヤカシがまた来ぬとも限らぬ」 駄目だろうか? そう問いかける彼女に、久遠がゆるりと首を振った。 「そうですね‥‥すぐに快復とはいかないでしょうし、梅の花も、また今度になるでしょうから」 この場から見える梅の木には、確かに紅い花がなっている。 それを眺めていると、不意に声がした。 「ほら、淑女に闘わせた罰って事で、もっと愛想良くしなさい」 灯華だ。 どうやら征四郎に言っているらしい。 「あんたの真似してこの子も喋んないみたいだし。良い機会でしょ」 何が良い機会なのか。 征四郎は首を傾げると赤目に目を向けた。 そこに医師が姿を現す。どうやら治療が終わったようだ。 「なんとか、一命を取り留めましたぞ」 静かに告げられた言葉。 それを耳にした一同は、歓喜の声を上げ、喜びに表情を綻ばせた。 |