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■オープニング本文 冬支度に勤しむ人々が多くなる中、山奥にあるこの村でも、冬に備えての準備が着々と進んでいた。 山頂に近い位置に存在するこの村は、山下の村や都に比べて早く冬が来る。 今年も既に霜が降り、急がなければ間もなく初雪も訪れるだろう。 「そろそろ帰ろうかのぉ」 冬支度のために薪を集めていた男が呟いた。 背負う籠には薪が山のように積まれ、どれも小ぶりだが良い火種になりそうだ。 男は周囲を見回すと、はあっと白い息を吐きだした。 気温は冬本番と変わらない。目を向ければ周囲の木々も葉を落して冬支度を終えている。 「今年は早いのぉ。明日で、薪集めは終いにせんといかんなぁ」 しみじみと呟き、一年の速さを思う。 そうして薪を背負い直すと、村へ戻ろうと足を動かした。 山の頂に見えていた陽は山の合間へとその姿を隠そうとしている。そう遅く無く辺りは暗闇に包まれるはずだ。 そのことを承知している男の足は、自然と速くなる。しかしその足が不意に止まった。 グルルルル‥‥。 森の奥から獣の唸り声らしき声が響いて来た。 「狼か。勿体ないが火種を使うか」 男は松明を用意すると火を灯した。 男の周りだけが煌々と照り、獣を追い払うように光を放つ。 これで獣は火を怖がり近付いてこないだろう。少なくとも男はそう思っていた。 グルルルルル‥‥。 「!?」 男の目が弾かれたように上がり、動き始めた足がピタリと止まる。 伺うように森に投げられた目が見開かれ、男の口が小刻みに震え始めた。 「な、なんだ、アレは‥‥狼か? いや、狼じゃないぞ」 灯りを前に伸ばして木々の間に潜むモノを照らしだす。 そうして見えてきたのは、狼と同じ大きさの獣だ。喉を低く鳴らして目を光らせる姿は狼そのもの。けれどその背に生える鬣は狼には無いものだ。 「新しい獣‥‥いや、まさか‥‥アヤカシ、か?」 光る目は、1つ、また1つと増えてゆく。それを見ながら男の足が後ろへ下がった。 パキッ。 「あ‥‥ああっ‥‥」 男の目が恐怖に見開かれる。そして‥‥。 「ぎゃあああああっ!!!」 森の中に木霊した無残な叫び。その声に応えたのは獣の鳴き声だけだ。 この数日後、別の村人が狼に似たアヤカシに襲われ命からがら村に逃げかえった。 その際に伝えられた情報を元に、開拓ギルドに討伐の要請が出される。 「狼に似たアヤカシ、ねえ。怪狼か? いや、だが鬣となると少し違う気も‥‥」 うーん、と唸り黙ってしまったギルドの役人に村人代表が詰め寄る。 「頼むよ! このままじゃ、安心して冬が越せない。それに少ないとはいえ群れを成してるんだ。いつ襲われて村が無くなるともわからないじゃないか!」 村人の訴えにギルドの役人はもう一唸りして息を吐いた。 「10匹やそこらじゃ群れとは言わんよ。だが安心して冬を越すには相手が悪いか。‥‥わかった。開拓者を討伐に向かわせてやる。被害状況等を出来るだけ詳細に教えてくれるか」 「それは構わない。けどその前に、これを報酬に受け取ってくれ。村人全員から少しずつ集めたんだ」 「あんたらの村はそんなに裕福じゃないだろ。とりあえず預かってはおくがな‥‥」 そう言って差し出された金に、役人は苦笑を洩らすと被害の詳細を聞き止めた。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
湖村・三休(ia2052)
26歳・男・巫
ネイト・レーゲンドルフ(ia5648)
16歳・女・弓
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
かえで(ia7493)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●備えあれば憂いなし 「悪いんだけど、斧か鉈を貸してくれないかな?」 村に存在する民家の内の一軒。その前で村人と交渉するのは、かえで(ia7493)とバロン(ia6062)だ。 飄々と礼儀を反した口ぶりのかえでに、村人の容赦ない視線が突き刺さる。その顔には胡散臭さが滲み、眉が潜められている。 「何だい、あんたら‥‥いきなり訪ねてきて失礼な人たちだね」 煩わしそうに発せられた声に、かえでが物申そうと口を開いた。そこにバロンの大きな腕が伸び、彼女の動きを遮る。 「わしらは開拓ギルドから派遣された者じゃ。アヤカシ退治のついでに薪を集めて来ようと思ってな。鉈はあるんじゃが、斧が無い。どうじゃろう、貸してはくれんか」 ニッと笑って見せたバロンに、村人が目を瞬く。その直後だ、村人の態度が一変した。 「まあまあ、渋い良い男だねえ。あんたになら鉈でも斧でも貸してやるよ」 嬉々として家の中に入って行った村人に、かえでの口が尖る。 「なーんか、嫌な感じ」 「そう言うでない。使い慣れた道具と言うものは、他人に貸すには忍びないものじゃ。お主の武器とて同じであろう」 「それはそうだけど‥‥」 バロンの言葉には納得が出来る。だが、どうにも村人の態度には納得いかない。 「ほらよ。大事に使っとくれよ」 村人が差し出したのは2本の斧と一本の鉈だ。バロンはそれを受け取ると、かえでの頭をポンポンっと叩いた。 「ほれ、お主はこれを持たんか」 目の前に差し出されたのは大きな籠だ。 バロンは既に全ての道具を受け取り村人に感謝の言葉を告げている。そうして次の民家に向かって歩き出した。 「バロンさん、私もそれ持つよ!」 籠を背負って駆け寄ったかえでに、バロンは豪快に笑って彼女を振り返った。 「こうした力仕事は男に任せるのが筋じゃろ。ほら、次の家に急ぐぞい」 重さを微塵も感じさせずに歩いて行くバロンに、楓は目を瞬く。そしてぽつりと呟いた。 「‥‥確かに、渋い。って、待ってよー!」 慌てて追いかけるかえで。その僅か離れた場所では、別の面々が民家を回っていた。 「そうですか。ではアヤカシは夜にだけ目撃されているんですね」 古びた民家の前で思案げに呟くのは、三笠 三四郎(ia0163)だ。彼は朝比奈 空(ia0086)と共に情報収集に当たっていた。 「闇に紛れ人を襲う術は、普通の狼に酷似していると言うことでしょう。やはり習性なども似ているのでしょうか」 朝比奈の言葉に三笠は僅かに頷く。 「そうですね。同じ場所での目撃情報も多いですし、狼と同じ習性を持つのなら、縄張り意識を持っている可能性もあります」 アヤカシが目撃される時刻は日の入り後、闇に紛れて人々を襲い、その血肉を喰らう。出現場所は初めて村人が居なくなった場所周辺で、それ以外の場所での薪拾いには影響が無いという。 「場所が特定できるのなら、そこで待ち伏せするのが一番ですね。後は誰かに案内してもらえると良いんですが‥‥」 そうは言っても村人を危険な目に合わせるわけにもいかない。思案し黙り込んだ三笠に、朝比奈が助言を口にした。 「地図でしたら場所へ案内してもらうのと同じ効果があるのではないでしょうか。出現時刻も大体予想できますし、問題ないと思います」 「そうですね‥‥」 朝比奈の言葉に三笠が頷こうとした時だ。 「おい、三笠。言われてたモンを貰って来たぜ」 ツカツカと2人に歩み寄る人物がいる。坊主頭のその人の手には布袋が握られていた。 「湖村さん、お疲れ様です。ところで、その子たちは‥‥」 チラリと視線を向けた先は、湖村 三休(ia2052)の足元だ。そこに群がる複数の子供たちに違和感を覚える。 「あ、母ちゃん!」 子供の1人が、三笠達が情報を聞いていた村人に駆け寄った。 「あのお坊さん、面白いんだぜ!」 湖村を指さして嬉しそうに話す子供に、三笠と朝比奈が目を瞬いた。 「意外ですね。湖村さんは子供に好かれる人だったんですか」 「どういう意味だ、三笠」 「あはは、深い意味はありません。でも、これで必要な情報と道具が揃いましたね」 誤魔化すように話題を振った三笠に、朝比奈が少し困ったように笑みを零す。 「そうですね。後は地図さえ書いてもらえれば問題なく進むでしょう」 「そう言う訳なので、地図の作成をお願いしても良いでしょうか」 三笠は子供が離れた村人に声をかけた。 そのすぐ傍では湖村の元に戻った子供が、足元に縋りながら騒いでいる。 「なあなあ、お坊さんが悪い奴をやっつけてくれるのか?」 興味津々に問いかける声に、湖村はニヤリと笑って胸を張る。 「クカカ、任せときな。困った時はお互い様だろう、ラヴ、アーンド、ピース!」 妙なポーズをとった湖村に子供たちは大はしゃぎだ。それを見た、地図を書いていた村人がぽつりと呟いた。 「‥‥あの言葉は、何かの宗教ですか?」 それを聞いた三笠と朝比奈は、顔を見合せて苦笑いを零したのだった。 ●決戦前の小休止 村人に書いてもらった地図を頼りに5人が向かったのは、山道を少し離れた山の中だ。 木々に生い茂る筈の葉が全て落ち、随分と寒々しい雰囲気が漂う中で、それぞれが思う準備を始めている。 「思った以上に寒いね。これだと雪でも降ってきちゃうんじゃない?」 はあっと吐き出した息が白い。かえでは頭上を見上げると、今にも雪がチラつきそうな重い雲を見詰めた。 「かえでさん。バロンさんが、この薪を使ってくださいとのことです」 そう言って近付いて来たのは朝比奈だ。 腕には少量の薪が抱えられており、かえではそれを受け取ると枯れ葉を退けて平地になった場所にそれを重ねた。 「これで少しは暖かくなるかな」 そう呟いて火種を落とす。 これで夜への備えは万全だ。あとは探索に向かった三笠とバロン、湖村の帰りを待つだけとなる。 その頃の3人はと言えば、各々探索を行いながら決戦に向けての準備を行っていた。 「えっと、ここにこれを繋いで‥‥」 「おい、それはもう少し上の方が良いんじゃねえか」 必死に木の根元に糸を巻き付けていた三笠に、湖村が声をかけた。 三笠がしようとしているのは、鳴子の設置だ。 かえでと朝比奈が焚き火を用意する周辺を、木々を使って囲うように設置している。狼のような大きさという情報を元に、下の方に設置しているのだが、どうにも意識が下に行きすぎているようだ。 「どれ、わしが着けてやろう」 バロンはそう言うと、三笠の脇にしゃがんで綱を結び直した。 器用に綱を外して着け直す仕草に目を瞬く。 「随分と慣れてるんですね。もしかして山に詳しかったりしますか?」 「うむ、わしは狩人じゃった。狼も狩ったことがあるでな、今回は役に立てるじゃろう」 大仰に頷いて見せてバロンは立ち上がった。 そうして空を見上げて顎髭を擦る。 「ふむ、少し急いだ方が良いかも知れんな。雪が降るかも知れんぞ」 「ゆ、雪ですか!? じゃあ、急がないと!」 慌てたように立ちあがった三笠の足元がグラついた。 何も確認せずに立ったために木の根を踏んだのだろう。体勢を崩した彼の腕を、湖村が掴んで引き止めた。 「焦ってもロクなことにはならねー。気をつけろよ」 「あ、ありがとうございます」 素直に礼を言って立ち直す。その姿に湖村とバロンの手が差し出された。 その手を見て三笠の目が不思議そうに2人を捉える。 「手分けしようや」 「うむ。3人でやればゆっくりとじゃが、速く進むはずじゃ」 力強く笑って見せる2人に目を瞬くと、三笠は笑顔を浮かべた。 ●決戦、アヤカシ退治! 日が落ち、一気に気温が落ちた。 吐く息の白さは増し、薪を囲む皆の顔に若干の疲労が伺える。 「おかしいですね。アヤカシの縄張りには入っているはずなのに、姿がまるで見えません」 朝比奈の声に皆が一様に息を吐く。僅かに開けたこの場所は、最初にアヤカシを目撃された場所と、2度目に目撃された場所のちょうど間にある。それ以降の目撃場所からしても、出現する場所の目安は間違っていない筈だ。 「こちらからも何か手を打たないといけないのでしょうか。それとも場所を移動‥‥」 「シッ、静かに!」 三笠の言葉をかえでが遮った。 闇の中をじっと見つめながら耳を澄ます姿に、全員も同様に耳を澄ます。 カラッ、カラン‥‥ッ。 微かに鳴子の音がする。その音に全員が顔を見合せた。 「‥‥暗闇に紛れても、瘴気までは隠せないでしょう」 そう言うと朝比奈は瘴索結界を張った。 彼女の周囲を淡い光が包み込み、辺りを彼女の発した結界が包み込む。 「この場を囲うように、アヤカシの気配が十あります」 瞼を伏せながら囁く朝比奈の声に、かえでも暗視を発動させた。 その瞬間、彼女の視界が開け、アヤカシの姿がアリアリと映る。 「本当だ。狼みたいなのがいるよ。鬣があるから、情報通りの相手だね」 「鬣か‥‥わしの髭とどちらが立派じゃろうな」 「それは勿論、バロンさんでしょ!」 きっぱりと言い切ったかえでに、バロンは少し笑みを浮かべると弓に矢を添えて構えた。 焚き火の灯りだけでは心もとない視界に気付いて、かえでが傍に控えている。 「では、当初の予定通り、私がアヤカシに突っ込みますから、援護と攻撃をお願いします」 「オウ、回復なら任せときな!」 三笠の声にいつでも術が放てるように身構える湖村が答える。これを合図に戦闘が開始された。 「さあ、私が相手です!」 三笠は先陣を切って飛び出すと、皆から少し離れた場所で咆哮を放った。 カラ、カラ、カランッ。 鳴子の音が響き、そこからアヤカシが飛び出してくる。 「バロンさん、あっち!」 暗視で視界の利くかえでの声に従って、バロンの矢が飛び込んできたアヤカシを的確に射抜いた。 ドサリと言う音が響いて、三笠の目の前に狼と同じ姿のアヤカシが崩れ落ちる。それを皮切りに、周囲から残りのアヤカシが飛び出してきた。 「不意の攻撃には、攻撃で対抗します‥‥浄炎!」 全員を囲う形で飛び込んできたアヤカシの一角を朝比奈の生みだした炎が襲う。それに怯んだアヤカシに間髪入れずに攻撃の手が伸びる。 「おおっと、逃げられねーぜ!」 湖村の放った力の歪みがアヤカシを捉えた。そこにかえでの短刀が牙を剥く。 グウウウウッ! 呻きながら崩れ落ちたアヤカシからすぐさま短刀を引き抜いて次に備える。だが、体勢を整えきる前に別のアヤカシが目の前に迫っていた。 「危ないっ!」 他のアヤカシの攻撃を受けていた三笠が、かえでを庇って攻撃を受け止める。アヤカシの牙が容赦なく三笠の腕に突き刺さった。 「そのまま、ジッとしておれ‥‥今じゃ!」 三笠に喰いついたアヤカシの目に矢が突き刺さった。そのままアヤカシの身体が地面に崩れ落ちる。 「三笠さん、今回復します」 いつの間に傍に来たのか、朝比奈の手から温かな光が溢れだした。それが彼の今受けたばかりの傷を癒す。 「あ、ありがとうございます」 「あまり無茶はなさいませんように」 そう言葉を残して朝比奈は別のアヤカシに目を向ける。こうしている間にも、バロンを中心に皆がアヤカシを倒している。残りはあと僅かだ。 そんな場面になってアヤカシに方にも本能で焦りを感じたのだろう。襲いかかる動きが止まり、ジリジリと間合いを計っている。 「逃さねーって言ってんだろッ!」 再び湖村の力の歪みが発動される。それによって一体のアヤカシの動きが封じられた。その動きに残ったアヤカシが逃げだそうと動く。 しかしそう簡単には行かなかった。 「バロンさん、あの方向に風撃をして!」 「うむ、わかった」 かえでの声にバロンの矢が逃げようとするアヤカシの道を遮った。そこに傷の痛みがすっかりなくなった三笠の細身の刃が迫る。 ギャアアアアアッ!!! 痛烈な叫びと共にアヤカシが崩れ落ちた。 周囲には十体のアヤカシの亡骸が転がっている。その全てから徐々に瘴気が昇り始めており、消滅しようとしているのがわかった。 「終わりですね‥‥これで村の方々も少しは安心できるでしょう」 朝比奈の声に、皆が頷く。暗闇の中に白い息が重なり、そこにヒラヒラと白い何かが落ちてきた。 それに逸早く気付いたのは、かえでだ。 「うわぁ、雪だよ。本当に降ってきた!」 彼女は空を見上げると、嬉しそうに表情を綻ばせた。 ●終焉、そして下山 鳴子の回収、焚き火の後始末を済ませた一行は、松明の灯りを頼りに夜の山を下りていた。 戦闘を歩くのは山道を熟知したバロンだ。 「皆、足元には気を付けるんじゃぞ」 そう言いながらサクサクと歩いて行く。その背には昼間集めた薪が大量に背負われていた。 「雪が積もる前に村に戻るのは賛成ですが、こう暗いと足元が‥‥うわあっ!?」 戦闘の影響か、歩く足取りが弱くなっている三笠の足がぬかるんだ土に引っ掛かった。それを慌てて引き止めるのは湖村だ。 「妙なとこで怪我すんじゃねえよ。オラ、こっちのが足場が良いぜ」 「す、すみません。一度ならず二度までも‥‥」 すっかり恐縮しきった三笠を、湖村が泥濘の少ない道を譲って歩き出す。そんな彼の背にも薪が背負われていた。 「何だかんだ言いながら、良い人だよね。湖村さんって」 「そうですね。曲がりなりにもお坊さんですから‥‥当然と言えば、当然でしょう」 三笠と湖村のやり取りを、後方を歩きながら眺めていたかえでが呟いた。それに同意して頷くのは朝比奈だ。 2人の手には男性陣が薪を背負った為に持てなくなった鉈や斧がある。 空からはアヤカシを倒した時に降り始めた雪が大地を埋め始め、辺りは冬の装いを取ろうとしていた。 |