【浪志】蝮党捕縛命令
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/17 06:22



■オープニング本文

●畜生働き
 暗闇に、白刃がきらめいた。
 悲鳴とも言えないような小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。
「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」
 男は蔵の鍵を部下に投げ渡すと、続けて、取り押さえられた娘を見やった。小さく震える少女の顎を刀の背で持ち上げる。
「‥‥ふん。連れて行け」
 少女は喚こうにも口元を押さえられて声も出ず、呻きながら縄に縛られる。縛り終わる頃には、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れ、彼らは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。
「引き上げだ」
 後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。

●道場主
「ひでぇことしやがる‥‥」
 屋敷に広がる惨状を前に、青年は思わず呟いた。
 歩き回るに従って、血に濡れた足跡が増えていく。遺体は、既に近隣住民が庭先に茣蓙を敷いて並べ始めていた‥‥が、青年――真田悠は、ふと違和感を覚えて遺体を眺めた。
「なぁ、娘さんの遺体はどうした?」
「え? ‥‥あっ」
 悠に指摘されて改めて遺体を見回した男の顔が、みるみる青くなる。
 だが、対する彼は慌てる様子も無く、じっと考え込んで屋敷を後にする。刀の鍔に手を掛け、その手触りを確かめるようにして、ずかずかと歩み去る。
「売り物にする気なら、まだ無事な筈だ‥‥!」

●闇に潜みて
 黒の外套に黒の頭巾、闇に身を潜めて探りを入れていた男は、思案気に宿の様子を眺めると、そこに出入りする者たちを見た。
 着物から僅かに見え隠れする小さな蝮の刺青がそこを出入りする者の特徴だ。
 足を踏み入れているのはしがない宿屋。
 男はそこに入った者たちを思い浮かべ、口元を覆う布を引き上げた。
「‥‥今夜は一般の宿泊客はなし、か」
 闇に身を潜め、伺い始めてどれだけの時が経つだろう。
 男性が知る限り、今の段階で宿屋にいるのは刺青を施した者のみ。
 2階に明かりが灯り、先程から宴会らしき音が聞こえる。近隣の住人の迷惑も考えず騒ぐ者達。それらを視界に留め、男の足が動いた。
――と、その時だ。
 視界を過った白銀の光に、男の腕が動く。
 無駄な動作なく動かされた腕、それが握るのは自らに向けられた刃と同じ形の刃だ。
「ッ‥‥な、‥‥」
 強襲を謀ったつもりがあっさり返り討ちにあったことに、刃を受けた人物は信じられないものでも見る様に男を見た。
 突き刺した肩と土壁を縫い付けるように立てた刀、それとは別に喉に添えられた刃が薄皮を一枚剥ぐ。
「問いたい事は1つ。あの宿に娘はいるか」
「‥‥な、なんの‥‥ヒッ!」
 喉に突き付けられた刃が皮を裂く。そうして滲み出た血に、目の前の人物の喉仏が上下に動いた。
「げ、芸者が、3人‥‥他は、知らなぃ‥‥」
 芸者が3人。
 つまり、あの宿には蝮の刺青をした者の他に一般人が存在すると言うことだ。
「情報の開示感謝する」
 ゴスッと鈍い音が響き、男の腕に重みが加わった。
 それと同時に肩に突き刺した刃を抜いて露を払う。
「捕縛後、彼の元に届けてください」
 事前に徴収しておいた者達に声を放つ。
 その声に、男の手から捕縛対象者を受け取った人物が口を開いた。
「恭さん‥‥芸者がいるって言ってましたけど、大丈夫なんですか?」
 恭さん――とは、黒尽くめの男の名で、本名は天元恭一郎と言う。
 彼は向けられた問いよりも、自らの名に人差し指を立てると声を潜めた。
「芸者を巻き込むのは彼の望む所ではないでしょう。僕は芸者を外に出します。君たちは手筈通りに動いてくれますか?」
 穏やかな声音で問う紡がれる声に、頷きが返される。
「ああ、君はその男を連れて行くついでに、彼に報告しておいて下さい」
 彼――とは真田のことだ。
 恭一郎は自らの声に動く男を見送り、改めて宿屋を見た。
 向かうのは2階建ての宿屋。
 階段は表に1つと裏に1つ存在し、表からは仲間の殆どが侵入を、裏からは恭一郎が侵入を果たす。
 どれだけ騒ぎ、どれだけ注意が惹けるかで芸者を巻き込むか否かが決まるだろう。
「目的はあくまで捕縛です。無用な殺生は出来るだけ避けて下さい。但し、自身の身の安全が最優先です。拙いと思ったら引く事も考えて下さい」
 良いですね? 彼はそう言葉を切ると、この場の全員を見回した。
 開拓者ギルドから募った者達。故に腕は確かだろう。
 彼は頭の中で流れを確認すると、いま一度口を開いた。
「――では、行きましょう」
 言葉と共に動き出した足、それに従い表に向かう者達を視界端に留め、彼は口元を覆う布を引き上げたのだった。


■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
忠義(ia5430
29歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
九蔵 恵緒(ib6416
20歳・女・志


■リプレイ本文

 蝮党の潜伏先とされる宿屋。
 それを視界に納め、キース・グレイン(ia1248)は眉を潜めた。
「これだけのことをしておいて、ただで済むとでも思っているのか‥‥?」
 蝮党の悪事は耳にしている。
 非人道的な行いが何時までも続かないのは明白。それは本人たちも心得ている筈。
「‥‥何にしても、取り逃がす訳にはいかないな」
 逃がせば被害が拡大する。
 キースは拳に巻き付けた布を握り締めると、小さく息を吐いた。
 その隣では鈴木 透子(ia5664)が、2種類の符を手に此処に来る前の事を思い出していた。
「ねえ、あなた何処へ行っていたの?」
 恭一郎に何かを聞き何処かへ行っていたのは知っている。
 そして戻って来てからの様子がおかしい。
 九蔵 恵緒(ib6416)のその問いに、透子の目が上がった。
「‥‥瘴気を集めに、蝮党が押し込んだお店に行っていました」
「瘴気を集めに?」
「集まった瘴気は、殺められた人達の無念を吸って、いずれアヤカシになります‥‥もしアヤカシになれば、悪しきモノとして討たれることになります」
 それではあんまりです――透子はそう呟き、宿屋を見た。
「まだ迷われているのなら、力をお貸し頂こうかと‥‥でも」
 宿屋の2階では宴会が繰り広げられている。彼女はその様子を見て手にしていた符を握り締めた。
 その姿を見れば結果は一目瞭然だろう。
 恵緒は神威人らしい黒い尾を揺らすと、ふぅん。と息を吐いた。
「まあ、私はどうでも良いけど」
 透子の様な人間であれば弔いも出来ただろう。だが出来なかったと言うのなら他にすべき事へ意識を向けるべきだ。
 恵緒は僅かに目を細めると宿屋を見た。
「それにしても、怖い怖い。‥‥捕まらないようにしないと売り飛ばされるわね」
 攫われたという娘と自分を重ねているのだろうか。
 恵緒は軽口を叩きながら今回の依頼を思い出すと、尾と同じ黒い獣耳を揺らしてた。
「捕縛って事だから、殺しはしないけど」
 どうなるかしらね。彼女は口中でそう呟くと、意味深に口角を上げた。
 その声に別の声が重ねられる。
「まあ、悪行なんてしてたらいつかは捕まるのがオチですぜな」
 声に目を向けた先に居たのは忠義(ia5430)だ。
「今回は俺様がこの依頼を受けたからには運が悪いと思って諦めて貰いやしょう」
 掛けている伊達眼鏡を指で押し上げて言った彼に、キースの首が傾げられる。
「どうかしやしたか?」
「いや、何でこの依頼を受けたんだろう、ってさ」
 戦闘向きの服を着ているが、口調や仕草が開拓者っぽくない。
 それで向けた問だったのだが、忠義は気分を害した風もなく頷きを反す。
「それは、俺様が執事だからですよ!」
 自信満々に紡ぎ出された声は、正直答えになってない。
 だが彼は満足げだ。
 キースは僅かに目を瞬いて頭を整理すると、「そうか」と頷いて視線を戻した。
 そこに御調 昴(ib5479)の声が届く。
「にしても、こんなふうに大きくなるまで手が打てなかったなんて‥‥」
 アル=カマルの戦いで目が外に向いていたからと言って酷過ぎる――昴は金色の瞳を眇めて呟くと、大きく息を吸い、長い溜息を零した。
 急速に発展した賊にしてはあまりに規模が大きい。
 昔から潜んでいたモノが手薄になった警備に乗じて増長した‥‥きっと、そんなところだろう――少なくとも昴はそう考えている。
「これ以上被害は出さないようにすることは出来ます‥‥出来る事なら、やりましょう」
 既に出てしまった被害に助けを出す事は出来ない。ならば、これから起きる被害を消す努力をするまで。
 昴は自らの武器を握り締めると、解決の為の一歩を踏み出した。

 一方、恭一郎と共に裏口に回ったフェルル=グライフ(ia4572)は、侵入口を前に普段は穏やかな瞳を鋭くさせていた。
「悪事は悪事、どんなに崇高な目的や志があっても悪い事に違いはありません」
 彼女の脳裏には、ギルドを出る際に目にした数多の依頼が思い出されている。
「蝮党の恥も外聞もない非道な行いは特に許せません」
「確かに彼らは非道ですが、それにばかり捕らわれないよう気を付けて下さい」
 恭一郎はそう言葉を零すと、裏戸に手を添えた。
 それをフェルルが遮る。
「待ってください、これを‥‥」
 差し出されたのは、撒菱と呼子笛だ。
「芸者さんを保護した後は撒菱を通路にまいてください。そして外に出たら笛で合図を」
「‥‥わかりました。出来得る限り、貴女の仰るようにしましょう」
 恭一郎は素直に頷き、彼女の手から差し出された物を受け取った。
 その姿を見てフェルルは前を見る。
「では参りましょうっ!」
 この声に、恭一郎は改めて裏戸に手を伸ばし、戸を開いた。


「火事だー!」
 突如上がった声に、宿屋で宴会騒ぎをしていた蝮党の面々が立ち上がる。
「火事だぁ? おい、ちょっと見てこい」
 宴会場の上座に腰を据えた髭面の男が、部下に命令する。
 その上で、男は酌を行っていた女の顔を覗き込むと「ふむ」と息を吐いた。
「た、大変だ! ここの一階から火が出てる!」
「ああん?」
 モクモクと上がる煙。それを見止めた男の目が細められる。
「火事やて? はよぅ逃げんと‥‥――きゃっ!」
 思わず立ち上がった女の髪を引っ張ると、髭面の男は何かを叫び歩き出した。
「あ‥‥あの人、女の人を連れて‥‥」
 宴会場が見える家屋の屋根に登った透子は、見える光景に息を呑んだ。
 彼女は仲間が表口から侵入する際、敵の動きを明確にする為、外で見張りを行っていた。
 連れ出された女性は1人。なら残りの2人は何処にいる。
「あ、あそこ‥‥」
 部屋の隅に身を寄せ合う2人の女性。どうやら火事騒動で隅に追いやられてしまったのだろう。
 逃げる場所も見当たらず、如何して良いのか震えている。
「‥‥攫われた娘さんの為にも位の高い人を捕縛‥‥そう、思ってましたが‥‥」
 上座に腰を据えていた事。そして女性を引きずる様にして部屋を出た頃。それらを顧みれば誰が偉いか分かる。
「行かないと‥‥」
 そう呟くと、透子は木を伝って屋根から降りて行った。

 その頃、火事と偽りの声を上げていた昴は、階下へ降りてきた賊に目を止めていた。
「下りてきたのは3‥‥4人? 残り半分は‥‥」
 そう口にした時、表を駆ける透子の姿が目に入った。
「鈴木さん?」
 何処へ行くのだろう。
 確か彼女は外で見張りをしていた筈。その彼女が動くと言うことは何かあったのだろうか。
 だが考える時間はなかった。
「何だてめぇらはっ!」
 賊の怒声に、狼煙銃を使用したキースがそれを地面に放る。そうして退路を塞ぐように出入り口に撒菱を撒くと、彼女の足が賊に向いた。
「まだ2階に残ってそうだな」
 火事と偽り誘い出すまでは成功――しかし、この場に集まる面々を見て、蝮党は火事が偽物であると判断したようだ。
 つまり、火事は偽りだとバレてしまった。
「敵襲! 敵襲だぁー!」
 2階にまで響く声に、バタバタと駆け下りる音がする。
「火事だよ火事だぜ火事ですぜ! そう叫ぶ必要は無かったですかね」
 忠義は口中で呟くと、長身の槌を振り上げた。
 そして――
「いてまうぞワレェ!! 全員ドたま潰したらぁ!!」
 壁が崩れる音と、怒声、これに賊の顔色が変わった。
「っっっ! てめぇ、何処の組のもんだ!」
 案外あっさり引っ掛かったものだ。
 試しに悪党を演じてみた忠義は、敵の反応に口角を吊り上げる。
「一度やってみたかったんですよね。悪役的に此処に居る奴等全員all of killみないなの」
「何、ゴチャゴチャ言ってやがる! 執事みてぇに畏まりやがって!」
 ぶんっと振られた刀が忠義に迫る。
 彼はそれを寸前の所で避けると、長柄の底を賊の腹に叩き込んだ。
 これに志体を持たない敵の目が剥く。
「確かに俺様は執事ですぜ。しかし、知らねえので? 最近の執事は身体が資本なんで荒事もOKなんですわ」
 ニイッと笑って引き抜いた長槍。それを大きく振り上げて構え直と別の賊が襲い掛かってきた。
 だが開拓者は他にもいる。
「ふ‥‥ふふ、いい男ばかりじゃない‥‥もっとかっこいい顔にしてあげるわ」
 忠義に向かう賊を見た恵緒が妖艶に囁く。
 しかしその足は動かない。
 味方の援護に向かう前にすべき事があるのだ。
 彼女は賊を視界端に留め、スッと天井を見据えた。
「上には4人‥‥そのうち、2人は部屋の隅に固まってるわね」
 呟き、ぺろりと舌なめずりする。
 そこまで動いて彼女の足がトンッと地面を蹴った。
 忠義やキース、昴が対峙する敵の1人に近付き、八双の構えから左足を深く踏む。そうして振り込んだほのかな湿気を帯びる刃、それを賊の足に叩き込む。
「ぐぁッ!」
 足に喰い込んだ刃は切断する前に止まった。
 骨で止まったのかワザと止めたのか定かではないが、痛みにもがく結果は変わらない。
「生きてりゃ良いと思うんだけどね‥‥まあ、処刑が早まらなくて良かったわね」
 恵緒はそう囁き、蹲る賊から別の賊へと視線を流した。
 この視線に臆した賊が狼狽えるのだが、もっと狼狽える事態が起きた。
「!」
「はい抱っこ――」
 正面から抱き着いた彼女に固まる賊。
 恵緒は驚く相手の顔を覗き込んで微笑むと、珠刀の柄で後頭部を強打した。
「‥‥ふふ、剣術とは言えないわね」
 崩れ落ちた賊はこれで3人、残るは5人の筈だが先程心眼で探った時点で人数が足りていない。
「芸者さんが3人は確実に、他にも誰かいるかもしれないんですよね?」
 昴は漆黒と白銀の短銃を手に問うと、階上に向かう階段を見た。
「芸者さんっていうくらいですから、宴会場の中にいそうです」
 先程言っていた隅に固まる2人が芸者である可能性が高い。そしてそこが宴会場の筈。
「賊の2名もそこにいるか‥‥俺が行こう」
 先程、残る賊を引き寄せられないか咆哮を使った。だが敵が下りてくる気配はない。
 キースは急ぎ階段に向かった。
 そこに階下に降りた賊が迫るが、それを昴の銃弾が遮る。
「あなたのお相手は僕たちです」
 クルリと手の中で回された短銃。そこから再び銃弾を放つと、弾丸は賊の足を貫いた。
「すまん」
「早く行ってください!」
 キースは昴の声に頷くと、今度こそ階段を駆け上がった。
「居た!」
 階段を上って見えた直ぐの部屋。その前で警戒する様に辺りを見回す男がいる。
「だ、誰だ!」
「さあ、誰だろうな?」
 拳を握って駆け寄った先。そこから至近距離に相手を見据えて威圧する。
「命までとるつもりはないが、加減してやる気もない‥‥自業自得だ」
 賊はキースの迫力に押されて動けない様子。
 彼女はボソリと呟くと、己が拳を叩き込んだ――と、そこに女性の悲鳴が響く。
「まさか!」
 キースは急ぎ宴会場と思われる部屋に駆け込んだ。
 その目に飛び込んで来たのは、芸者2名を背に立ち塞がるフェルルの姿だ。
「大丈夫、開拓者です。この方と共に脱出を」
 フェルルは芸者に聞こえる様囁くと、茶目っ気を込めて片目を瞑って見せた。
「ゴラァ! 何処に連れてく気だ!」
「答える必要はありません」
 言って、フェルルの足が駆け出した。
 瞬時に詰められた間合いに、賊の目が見開かれる。
「人の命を奪ってきた以上、奪われる事も覚悟していますよね?」
「!」
 殺される――賊の脳裏にそんな言葉が過ったのかもしれない。
 咄嗟に引いた足に、刃引きした刃が叩き込まれる。
 これに賊はあっさりと倒れ込んだ。
 彼女はそれを見て部屋の中を見回す。
「芸者さんが足りません。それに敵も‥‥」
「まさか逃げたのか?」
 そう呟いたキースに、フェルルは眉を潜めて両の手を握り締めた。

 その頃、透子は夜道を1人で駆けていた。
 彼女の目には賊を追う人魂の映像が流れている。
「あの角を曲がれば‥‥」
 呟き、目標通りの角を曲がると、透子はそっと息を詰めた。
 足音が遠くから響き、徐々に近くなる。
 そして――‥‥チリリン。
 小さく鳴らした鈴の音に、路地前を通り過ぎようとした賊の足が止まる。
「誰‥‥ガキ、1人かぁ?」
 芸者の喉に刃を添え、髭面の男が訝しむように視線を注ぐ。
 上座にいた様子からこの男が志体持ちだろう。そして彼の手には人質がいる。
――このままでは下手に動けない。
 そう思った時だ。
「逃がしませんよ」
 突如聞こえた声に、賊の目が上がった。
 そこに撃ち込まれた幾つかの銃弾。これに賊の手が緩んだ。
「今です!」
 芸者を引き離し叫んだ声――昴の存在に透子は頷いた。
「罪を犯した者はどこにも逃げられません」
 符を構え唇で文字を刻む。
 そうして招いたのは怨念を抱く幽霊の存在。
「捕縛なので殺しません‥‥でも、裁きは受けて下さい」
 囁き目を閉じると、彼女の耳に賊と人とは思えない者の悲鳴が届いた。
 これですべては終わり。
 彼女は瞼を上げると、心配そうに駆け寄ってきた昴に頷きを返したのだった。


「これで全部だな」
 キースは捕縛された賊の人数を確認し、ホッと肩の荷を下ろした。
 その手には使わなかった縄が握られている。
 侵入の際に入り口に置き、今はそれが役に立っている。
「なんとか、捕縛が出来て良かったです」
「あとはこいつらが口を割るか、か」
 どう見ても下っ端ばかり。
 フェルルの声に頷いたキースは、思案気に首を摩ると息を吐いた。
 正直大した情報も聞けないだろうが、それでも聞くに越したことはないだろう。
「その辺は、依頼人さん達がやってくれるんじゃないですかね」
 忠義はそう言うと、服の汚れを手早く払い、眼鏡の位置を整えた。
 その立ち居振る舞いは執事のものだ。
 そして言葉を交わす彼らの耳に、賊の声が届いた。
「てめぇら、俺達を生かしたこと後悔させてやる!」
 この声にフェルルの瞳が向かう。
「あなた方は裁きを受けて罪を償ってください。その為にも、私はあなた方を殺しません」
 これが生かした理由――そう語る彼女に、賊はグッと言葉を呑む。
 そこに楽しげな声が響いてきた。
「目立ちすぎよ、貴方達。まぁ、安心して豚箱に行きなさい」
 恵緒はそう言って、珠刀の切っ先を唯一の志体持ちに向ける――と、それを大きな手が受け止めた。
「何をなさるつもりですか?」
 素手で刃を握ったのは恭一郎だ。
 彼は恵緒に目を向けると、彼女はクスリと笑んで刃を下げた。
「ちょっとしたお仕置きよ。本当はただの盗人に刺青でやるものだけど、この程度じゃ痛くないでしょ?」
「お気持ちは察しますが、彼らが受けるのは正当な裁きです」
 恭一郎はそう言って目礼を向けると、後から合流した彼の仲間に賊を渡し、この場を去って行った。

 後日、透子は他にも聞いていた蝮党が悪事を行った現場を訪れていた。
 彼女はそこで瘴気回復を行うのだが、集まった瘴気を手に彼女の目が落ちる。
 この力は彼女の力の糧となるだろう。
「‥‥どうか、力をお貸しください」
 そう呟き目を閉じると、彼女は祈りを捧げ、静かに去って行った。