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■オープニング本文 ●伊織の里 その名を出されて、高橋甲斐は険しい表情を見せた。 彼に対する上座に座る少年、立花伊織は、慌てて頷き、書状を開いた。 「はい、朝廷と和議の成った修羅について‥‥」 「御館様」 丁寧な少年の言葉を、初老の甲斐は、やんわりと、しかし厳しい口調で遮った。びくりと肩を震わせた少年が、小さく咳払いをして、きちんと居住まいを正す。 「うむ。巨勢王よりも書状が参った。酒天を伊織の里で相まみえて見極めんとの仰せだ」 目下の者に対する言葉遣いに、甲斐は小さく頷いた。伊織もまた、安心したように肩の力を抜くと、書状を畳んで祐筆に下げ、ゆっくりと時間を掛けて下座に向き直った。 「して甲斐。朝廷の意向であればともかく、これは巨勢王の決定である故、異論は許されぬと思う。差配は任せるが良いか」 「はっ。開拓者ギルドにも遣いを出し、万全の体制を整えまする」 ●朱藩と武天の国境付近 朱藩と武天の国境付近、伊織の里からもほど近い場所に、天元征四郎(iz0001)は足を運んでいた。 「アヤカシの目撃情報が後を絶ちません‥‥中には被害にあった村も‥‥」 国境を警備する砦。 そこで警備にあたっていた兵は、戦闘の際に失った右腕を摩る。その姿を見ながら征四郎の目が、背後に控える砦を捉えた。 「出現したアヤカシの情報収集は、他の者が行っている‥‥今は、その報告を待つしかないだろう」 ――とは言え、被害が出ている以上、何もしない訳にはいかない。 国境付近であるが故に、どちらの国も軍を動かすことは出来ない。故にギルドに声が掛かり、開拓者が集められたのだ。 「さて、如何するか‥‥」 そう呟いた時だ、征四郎の視界にあるものが飛び込んで来た。 「あれは――」 見上げた先に居たのは、空を舞う緑色の龍だ。 雲の合間をうねる様に駆け抜けるその姿に、征四郎の眉が顰められる。 「蔓雲の怪龍(かずらぐものかいりゅう)‥‥面倒なのが出て来てるじゃねえか」 「!」 突如聞こえた声に、征四郎の目が飛んだ。 そこに立っていたのは、周囲の聞き込みに向かった筈の志摩軍事(iz0129)だ。 「ここ暫く、他のアヤカシもだが、蔓雲の怪龍の目撃情報が多数出てやがる‥‥目的は何だ?」 訝しむように呟く彼に、征四郎は数度目を瞬き、空に目を戻した。 一見すれば心地良さそうに空を泳ぐ龍は無害にも見える。しかし志摩の情報が確かなら、上級アヤカシが無害であるはずがない。 「そう言やぁ、この近くの村が襲われたって話を聞いたぜ。だがまあ、こういった話はそこかしこで耳にしたな」 国境が目的――それにしては、襲われた村や里は多岐に渡っていると志摩は言う。 そもそも国境を目的にする理由が分からない。それに国境を目的にするのであれば、砦を直接攻撃してしまえば良いのだ。 「なんつーか、詰めが甘いってのか‥‥訳がわかんねえな」 ぼやくよう口にした彼に、征四郎は「ふむ」と息を吐く。 「他のアヤカシを、蔓雲の怪龍が指揮している可能性は、あるのか‥‥?」 蔓雲の怪龍と同じく目撃情報が多いとされるアヤカシ達。目的が定かではないにしろ、現れたアヤカシが蔓雲の怪龍と無関係とは言えないのではないだろうか。 そう問いかける征四郎に、志摩は自らの顎を摩って唸った。 「そこはなんとも、だな」 結局の所、この辺に派遣された開拓者たちはアヤカシからの攻撃に対する防衛と、蔓雲の怪龍の警戒に追われている。 蔓雲の怪龍や他のアヤカシの目的を探る事は出来ていないのだ。 「なあ、天元流の坊ちゃん。ちっとばかし、動いてみねえか?」 「何?」 訝しむよう眉を潜めた征四郎に、志摩はニンマリ笑うとある提案を持ちかけた。 ●蔓雲の怪龍 蔓雲の怪龍が目撃された場所。 そこを志摩に聞き他の開拓者と共に訪れた征四郎は注意深く辺りを見回し、森の中を歩いていた。 「‥‥この辺りの筈だが」 国境から少し離れた森の中で、蔓雲の怪龍の目撃情報が多数出ている。 もしかするとこの近辺に敵は潜んでいるのでは――そう言われてやって来たのだが、見た感じ何処にもそれらしき存在は見えない。 「そう簡単には、いかないか‥‥」 呟き、一歩を踏み出した彼の足に蔦が絡む。 見た目以上に深い森なのか、先程から足元が異様に蔓や蔦に捕らわれる。 征四郎は僅かに眉間に皺を寄せると、絡んだ蔦を払って歩き出そうとした。 しかし―― 「!」 奇妙な振動が彼の身を襲った。 「ッ‥‥こ、これは‥‥!」 地震とも違う、何かの襲撃とも違う感覚は、彼が踏む大地から来ている。 奇妙に蠢く蔦と蔓が彼の足を絡め取ろうとする。それを自身の刀で払うと、彼はその場を飛び退いた。 「‥‥――、まさか!」 目の前を浮遊する艶と蔓の山。 彼が先程まで足を置いていた場所は、短い草ばかりが生える草むらになっている。 征四郎は目の前の存在を見上げ、そして呟いた。 「――蔓雲の怪龍」 風圧で飛ばされそうになる身を、身体を低くして支えると、直ぐに合流してきた他の仲間を振り返った。 「‥‥行けるか‥‥?」 彼の問い掛けに開拓者たちは頷く。 それを見止め、彼はゆっくりと立ち上がった。 蔓雲の怪龍は征四郎たちに気付いているのだろうか。それとも気付かず飛んでいるのだろうか。 もし気付いていないとするならば―― 「‥‥志摩の言う、目的とやらが分かるか‥‥?」 声を潜め、息を詰め、彼は僅かに思案する。 蔓雲の怪龍はゆらゆらと空を飛んでいる状態だ。 これならば開拓者の足であれば走って追って行けるはず。 「‥‥行くぞ」 征四郎はそう声を掛けると、開拓者と共に蔓雲の怪龍を追うため走り出した。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
尾鷲 アスマ(ia0892)
25歳・男・サ
氷(ia1083)
29歳・男・陰
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
神爪 沙輝(ib7047)
14歳・女・シ |
■リプレイ本文 優雅に空を舞う緑の龍――蔓雲の怪龍。 それを視界に納め、高遠・竣嶽(ia0295)は森の中を出来るだけ静かに走っていた。 「敵の狙いが全く読めませんね‥‥何かを探しているのでしょうか?」 呟き、ただ空を漂うだけの存在に目を細める。 走り始めてどれだけの時間が経つだろう。ただ空を舞うだけのように見える存在に、彼女も僅かに困惑気味だ。 「アヤカシが動いているのが分かっているのに何もできずに事態を悪化させる‥‥そんな事は、もうする訳にはいかない」 風和 律(ib0749)はそう言って自らの手を握り締めた。 その声に竣嶽が頷く。 「いずれにせよ、アヤカシの企む事であれば看過するわけにも参りません」 「ああ。力及ばないかもしれないが、それは動かない理由にはならないからな」 そう言って2人は蔓雲の動きに注視した。 その頃、尾鷲 アスマ(ia0892)は別の場所で蔓雲の行方を追いかけていた。 「蔓雲のを追って目的探りとは、大胆な。だが――」 だからこそ面白い――アスマはそう言葉を切ると、フッと口角を上げた。 視界には確りと敵の存在が見える。 蔓雲が向かうのは武天かそれとも朱藩か、はたまた別に目的があるのか‥‥ 「いずれにせよ、アヤカシ共に武天――加えて朱藩を好きにさせるのも詰まらぬことだしな」 彼はそう言うと自らの故郷を思い、瞳を眇めた。 そんな彼の横で同じように蔓雲を追うのは氷(ia1083)だ。 「ウズラ雲のカイジューねぇ‥‥ちょっと想像と違ったかな?」 それは色々違うだろ。 そんなツッコミが聞こえそうだが、此処にいる面々にツッコみを期待してはいけない。 現に子の面々に同行する天元 征四郎(iz0001)は、蔓雲を追いかけるのに真剣だ。 一応声は聞こえたらしいが、若干首を傾げたに留めている。 対するアスマはと言うと‥‥ 「鶉か‥‥確かに、想像とは違うだろうな」 クツリと笑って訂正する気などない。 氷は間違えに気付かないまま欠伸を零すと、ヒラリと紫色に発光する符を取り出した。 そうして姿を現したのは白い仔虎だ。 仔虎は氷の顔をチラリと見上げ、そして駆け出すと、彼らはそれを頼りに蔓雲の追跡を続行した。 蔓雲を追う班はもう1つある。 「‥‥私の住んでいた里もアヤカシによって壊滅し滅びました」 思い出したくない辛い思い出を胸に、今回の調査に参加した神爪 沙輝(ib7047)は、空を舞う上級アヤカシに幼い目を向ける。 「私は私に出来る事を精一杯する‥‥それが兄様たちとの約束‥‥」 そう口にしながら握り締めた手、それを見止めた長谷部 円秀(ib4529)がポツリと呟く。 「蔓雲の怪龍‥‥いったい何が目的か‥‥」 思案すればする程に敵の目的は見えなくなる。 「国境と言うあたりが確かにきな臭い‥‥」 いずれにせよ、と言葉を切った彼は今回の好機を生かすべきだと考えている。 故にこの追跡は成功させなければいけない。 「長谷部さん‥‥蔓雲の怪龍は、何処にいこうとしているのでしょう‥‥」 「さあ、目的があるのか、ないのか‥‥それすらも良くわかりませんからね」 沙輝の声に応え、円秀は僅かに眉を潜めた。 とにかく追わなければいけないのは事実だ。その結果、危険な目にあうかもしれない。 「細心の注意を払い、気を付けていきましょう」 そう口にした円秀に、沙輝は頷きを返すと他藩の動きを注意しながら、2人も調査の続行に入った。 ● 蔓雲の怪龍は未だ空を優雅に泳いでいる。 その姿は上級アヤカシとは思えない程に穏やかだ。 「‥‥気付かないですね」 沙輝はそう呟き、足を進めた。 その胸中には、アヤカシの被害を受けた自分と同じ様な目に遭う人を、少しでも増やさない為というものがある。 だからこそ、上級アヤカシを前に臆することがないのだ。 彼女はシノビらしい身のこなしで、木々の間を飛ぶように進むと、ふと木の下を走る円秀に目を向けた。 彼は事前に決めておいた合図を時折他の班に送りながら、草や岩の影に身を潜めて直進を続けている。 「常に気を張る――なかなか疲れますが、まだいけますね」 音を殺し、気を殺し、心を鎮めて敵の目を逸らす。 そうして走る足は普段よりも注意が必要で、気も張る。だからこその言葉だが、これはまだ苦の内に入らない。 「‥‥さて、何処に向かうのか」 円秀はそう呟き、足を進めた――と、そこに草の葉が舞い降りる。 目を上げると、沙輝が前方を指差しているのが見えた。 「あれは‥‥」 彼が目にしたのは柳の木に似たアヤカシだ。 ゆらゆら揺れる葉はまるで植物のようだが違う。 「‥‥風柳?」 呟く彼に沙輝が如何するかを目で問う。 それを受けて思案した後、やり過ごす事を決定した。 彼は細心の注意を払って前に進む。 しかし―― 「危ない!」 沙輝は声を潜めて叫ぶと手裏剣を放った。 これに円秀が迂回は無理と判断。彼は刀「長曽禰虎徹」に手を伸ばすと、見事なまでのそれを抜き取った。 目の前で手裏剣を受け、葉を揺らす相手。そこから伸びる触手を目にすると、彼は桜の燐光を纏うそれを振り払った。 柳の葉に纏わりつく桜の燐光が幻想的な風景を作り出すがそれに意識を向ける訳にはいかない。 「音を殺し――」 ザッと踏み締めた足、本来なら音が響くそれを軸に、彼の刃が敵の身を切り裂く。 そこに沙輝の援護が加わると、柳の葉は静かに地に落ちた。 2人は崩れた敵を一瞥し、空を見上げる。 幸いな事に蔓雲は今の動きに気付いていない。これにホッと息を吐くと、2人は顔を見合わせ、追走に戻って行った。 時を同じくして、律は軽装な我が身を利用して、物音を立てずに先へ、先へと蔓雲の後を追っていた。 その位置は、円秀らとは距離がある。 それでも時折視界に仲間の姿が見えるのは、互いの無事を確認するためでもあった。 彼女はその姿を確認し、ふと頭上を見る。 「鈍いのか、それとも別の理由か‥‥」 物音を極力出さないのだから気付かないでも無理はない。それにそれだけ気を遣っているのも確かだ。 だがあまりに敵は此方に無頓着過ぎやしないだろうか。 「風和様、頭上にお気を付けください」 「っと‥‥すまない」 蔓雲に気を持って行き過ぎた。 竣嶽の声に慌てて視線を戻した律は、急ぎ頭を下げると前方に見えた枝を回避する。 そうして視線を蔓雲に向けた。 その瞬間、蔓雲の動きが変わる。 「進路を変えるようですね、行けそうですか?」 竣嶽はそう口にすると足を止めた。 蔓雲の動きは緩やかで、一度足を止めた程度で追えなくなるものではない。 それに、あの巨体ではそう直ぐに見失う筈もないだろう。 「この先に藪がある、回避するために迂回しよう」 本来なら蔓雲の真下か真後ろ辺りで追うのが理想だ。だが物音を立てないこと、相手に見つからないことが前提ならば仕方がない。 「‥‥植物そのものだな」 律は上空で進路を変える蔓雲の動きを見詰めた。 その動きは彼女の言う様に、植物そのものだ。 とは言え、実際の植物はあのように動いたりはしない。ただ風に揺られ、自由気ままに葉や蔦、蔓を動かす様は植物に酷似している。 彼女は蔓雲の動きを暫し眺めると、此方を見ている竣嶽に気付いた。 「焦り過ぎずに、慎重に行きましょう」 竣嶽には、敵の行動を余すことなく見ておこうという彼女に、僅かな焦りを見たのかもしれない。 静かに、それでも優しさを含めて言う言葉に頷きを返し、再び走り出す。 周囲には獣の気配も、アヤカシの気配もする。 しかしどれも回避可能だ。 2人は出来るだけ他社との距離を保ち、最善と思われる位置で追尾を続けた。 森の中を音もなく駆け抜ける仔虎。 その後ろを走る氷は、自らの視界の他に映る景色に目を細めると眉を潜めた。 「ん〜‥‥テンテン君」 ふと聞こえた声に征四郎の目が向かう。 如何も先日より、そう呼ばれる機会が増えた気がする。しかし今はそれを指摘する時ではない。 彼はチラリと視線を寄越すと、前を見た。 そんな彼の手は、氷と共にある。 人魂を使用し、前を見れない彼の目となり先に進んでいるのだ。 「あー‥‥ちょい待ち。もうちょい右かね」 「‥‥右」 征四郎は小さく頷くと、彼の指示通り右に足を向けた。 その近くでは、アスマが注意深く蔓雲を見据え走っている。 「国境い‥‥国の動き辛さを知ってなら、人並みの知能を持った頭がいるのだろうか‥‥」 はて‥‥そう口にして征四郎を見る。 そう言えば、蔓雲は征四郎に踏まれたはず――にも拘わらず気付いていないと言う事はその程度の相手なのか。 「なんにしても、蔓そのものなら燃やしてしまいたい心地だ」 アスマはそう呟くと、外套の影に隠した抜身の太刀を握り締める。 僅かな光でも敵の目に届く可能性がある。それを防ぐ為の手段だ。 彼はそれを密かに薙ぎながら、進む先々の木に印を残す。これは後に着ずに蔓雲の動きを記すためのものだ。 「この先にアヤカシがいるねえ‥‥ん、左に進もう」 氷はそう言うと、彼らをアヤカシのいない場所へと誘導する。そうしてどれだけ追跡しただろう。 不意に蔓雲の動きが変わった。 赤い眼を光らせ空を仰いだかと思うと、その身を反転させたのだ。 「動きが変わった?」 これは他の班の皆も気付いた。 警戒を見せ、それぞれが足を止める。 「天元、この先に何がある」 先にこの地に着いていた彼ならば何か知っているかもしれない。 そう思い問いかけたアスマに、征四郎ではなく氷が答えた。 「村があるぜ‥‥奴さん、あの村を襲う気だ」 蔓雲は空を漂い、襲撃する場所を見定めていたのだろうか。 だとすれば氷の言葉は標的を見つけたが故の行動と言う事になる。 このままでは村が襲撃される。それも開拓者たちが見ている目の前で―― しかし彼らの目的は蔓雲の怪龍の行動目的を探る事。村を護ることまで義務に入っていない。 如何するか否か、僅かに迷う空気が流れた――だが‥‥ 「注意を惹く」 征四郎の声にアスマが目を眇めた。 「勝てる相手ではないぞ。それに、気を惹いた所で襲撃を諦めるとも思わん」 「村人に気付かせ、逃がす時間稼ぎにはなる‥‥違うか?」 無言で見返すアスマに、征四郎はそう言い放つと、自らの刀に手を添えた。 これに氷が人魂を解く。 そうして符を構え直した彼に、征四郎が頷くと、アスマは1つ息を吐き周囲を見回した。 「一応連絡は試みてみるが‥‥直ぐに逃げる準備はしておいたほうが良い」 彼はそう言うと、他班に見える様、自らの太刀を振り上げると光に反射させた。 ● 蔓雲の怪龍は、視界に飛び込んで来た光に地を這うような唸り声を上げた。 此れに円秀の眉が上がる。 彼に見えた光は人工的な物、アレは明らかに刀の類が放つ光だ。 「気付かれましたか‥‥」 円秀は若干眉間に皺を刻み呟いた。 気付かれたのは他の班、しかし蔓雲はその身を反転させ、気付いた人間全てに牙を剥こうとしている。 「でも、気付かれなければ、他の村が‥‥」 沙輝は木の上から飛び降りると、円秀の隣に立ち、ギュッと自らの手を握り締めた。 これに円秀の手がポンッと彼女の頭を撫でる。 そこに葎の鋭い声が響いた。 「急ぎ撤退を!」 既に気付かれている以上、声を上げるのも止むを得ない。 彼女は声を上げるのと同時に松明を使うと、光で合図を出した。 その光を見止め、アスマは他の班も蔓雲の動きの変化に気付いたと判断する。 「天元、氷殿、先行して貰えるだろうか?」 「構わんけど、大丈夫なんかい?」 「ああ。その方が私の鈍さに巻き込まれぬ」 そう軽口を叩き頷くと、氷はなるほどと頷き駆け出した。 だがそこに鋭い動きの蔦が迫る。 まるで鞭のように迫るそれに征四郎が急ぎ刃を振るうが、迫るのは一本だけではなかった。 無数の蔦が行く手を阻むように迫る。 「くっ‥‥」 「加勢いたします、退路の確保を!」 無数に迫る蔦と蔓、それらに退路を塞がれた面々は合流を果たすと、1つの道を作る為に刃を振るった。 竣嶽は風の刃を放ち、蔦蔓を切り捨ててゆく。そうして薄くなった場所に征四郎が同じく風を放つ。 「本当に燃やしてしまいたい程だ」 ポツリと呟き、アスマが最後の一打を加えると蔦の切れ目が見えた。 「殿は私が勤めましょう、急いでください!」 円秀の声に皆が一気に駆け出す。 彼は襲い来る敵の攻撃を受けながら、刀に雷を纏い敵の周囲を自身に惹く。それでも惹ききれない敵の気は、沙輝の手裏剣が援護した。 「長谷部さん、そろそろ限界です」 彼女の声に皆が脱出したのを確認し、円秀は焙烙玉を取り出した。 「退きますよ」 「はい」 円秀は沙輝の頷きを見て取ると、焙烙玉を放ちその場を離脱した。 ● 「――得れた情報は以上になる」 アスマはそう言い、地図に記した蔓雲の動きを征四郎に差し出した。 国境付近を動く敵、短時間であれその動きが武天に寄っている事を知ったのは、ある意味収穫だっただろう。 「あとは、未だ襲撃する場所を探している‥‥と言う事だろうか」 襲撃する場所は様々。 それは事前に知り得た情報でわかっている。 そしてその襲撃は未だ行われ、被害が出ているのだ。 律は若干眉を潜めると、小さく息を吐いた。 「もう1つ、わかったことがあります」 竣嶽がそう言うと、円秀も頷いて見せる。 「空を舞う動き、今日見た動きが全てではないようですね」 「はい。空を雲のように漂う動きは本来の動きではないように思います」 円秀の言葉に声を添えた竣嶽は、空を移動する動きと、襲撃の時の動きの差を指摘する。 ただ空を舞うだけの時は、走るだけで追いつくことが出来た。 しかし襲撃時の動きは別だ。 「本気を出して飛んだら、追いつかないかも‥‥そうも、考えられますね‥‥」 一先ず蔓雲から逃げることは出来た。 そして調査もある程度は終わらせることが出来た。 その事に喜びはすれど、これからも被害が出るかもしれない事実に、沙輝は表情を曇らせ呟く。 そんな彼女の肩を叩き、氷は普段と変わらぬ様子で欠伸を噛み殺した。 「なんにしても、アヤカシが目的を持って行動すること程嫌なもんはねえな‥‥」 この声に皆が同意を示す。 そして皆の意見を耳にした征四郎は、それらを記憶の内に叩き込み、皆を見回した。 「皆を危険な目に合せ、すまなかった‥‥それと、協力に、感謝する‥‥」 そう言って皆に頭を下げると、彼は手に入れた情報を開拓者ギルドに渡すべく動き出したのだった。 |