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■オープニング本文 東房国・霜蓮寺。 空に白く大きな雲が昇る中、統括屋敷では一つの騒動が起きようとしていた。 「仰りたい事はよ〜く、わかりました!」 月宵・嘉栄はそう言って踵を返すと、真っ直ぐに部屋を出てゆく。 それを見送るでもなく腰を据えた統括は、閉まる戸の音を聞きながら息を吐く。 「‥‥まったく我の強い。いったい誰に似たというのだ」 吐き出すように零した声。そこに戸を叩く音がする。 統括は短い返事を返すと、其処に目を向けるでもなく、机に広げられた書類を広げ始めた。 その姿に、部屋を訪れた曽我部久万は呆れたように呟く。 「此れで何度目ですかな」 彼が言う「何度目」とは、嘉栄と統括の衝突の事だ。 少し前、霜蓮寺で起きたアヤカシ騒動――卑骨鬼討伐以降、嘉栄と統括は毎日のように衝突を繰り返している。 久万はその度に仲裁に入り、2人に争いの理由を聞き解決に導いてきたのだ。 「此度も、理由はアレですかな?」 「何度言い聞かせても聞こうとせん。如何にかならんのか」 統括はそう言い、漸く顔を上げた。 その顔には苦渋の色が濃く浮かんでいる。 「心配なのでしょう。霜蓮寺は‥‥いえ、東房国は未だアヤカシの脅威が絶えぬ場所。故に嘉栄の想いも分かりますぞ」 久万は傍の椅子を引き寄せて腰を据えると、のんびり息を吐いて広げられた書類に目を向けた。 「武天の方で色々と起こっているようですな」 「ああ、事態は深刻であると考えて良いだろう。このような時だからこそ、嘉栄には決断してほしいのだが‥‥」 統括が嘉栄に言い続ける事。 それは、見聞を広げる為に神楽の都に行ってはみないか、というものだ。 嘉栄は今まで霜蓮寺の為に神楽の都や他の国に行ったことはあった。 しかし、それ以外で霜蓮寺を離れた事はない。 ましてや長期間、この場を離れた事はないのだ。 だがその為に、志士嫌いを克服出来ず、未だ狭い世界でのみの考え方しか出来ずにいる。 「嘉栄には霜蓮寺を任せても良いと思える程の力と、民を率いるだけの力がある。決して、血の繋がりがあるからこうした物言いをしているのではない」 なのに何故、嘉栄は霜蓮寺次期統括に成るべく、見聞を広げようとしないのか。 統括には嘉栄の考えが理解できなかった――否、理解していても、理解してはいけないと思っているのだ。 「霜蓮寺を離れられない理由は、此処と此の国の現状故だろう。だが、だからこそ必要な事だと私は思うのだ」 何も一年、二年、そう長い間を離れていろと言っているのではない。 半年、否、もっと少なくても良い。 少しでも多くを見、多くを聞き、多くを吸収してきて欲しいと願う。 「東房国や霜蓮寺に何かあれば嘉栄には戻って来て貰う事になる。その事については申し訳ないと思っているが、何故ああも頑ななのか‥‥」 統括は長く重い息を吐くと、額に手を添えて項垂れた。 その様子を見て、久万が言う。 「仕方ありませんな、此処は1つ荒療治と行きましょう」 「‥‥何?」 いきなり何を言い出すのか。 訝しげに視線を上げた統括に、久万はニッと笑うとある提案をした。 その頃嘉栄は、霜蓮寺の道場で、統括との衝突の憂さを晴らすように木刀を振るっていた。 そこに僧の1人が駆け込んでくる。 「か、嘉栄様、大変です!」 息を切らせ、必死の形相で叫ぶ僧に嘉栄の目が見開かれる。 「何事です!」 急ぎ木刀を置いて駆け寄る彼女に掛けられたのは、思いも掛けない言葉だった。 「統括が‥‥統括が、賊に捕まったとっ!」 「!」 驚いたように目を見開き言葉を失う彼女に、僧は言葉を捲し立てる。 「久万殿が先遣隊を派遣し行方を追っております。急ぎ、屋敷――か、嘉栄様!?」 報告の途中だった――にも拘わらず飛び出した彼女に僧は目を瞬く。 嘉栄は裸足のまま統括の屋敷に駆け込むと、急ぎその屋敷の主が住まう部屋の戸を開いた。 此れに部屋で待機していた久万が振り返る。 「久万殿、統括は!」 「嘉栄か‥‥餓鬼山周辺までは消息を掴めた。後は此処にある通りだ」 彼はそう言うと、一枚の紙を差し出した。 其処に書かれる文字を目にして嘉栄の目が眇められる。 「目的は私‥‥ですか?」 この声に久万は神妙な面持ちで頷きを返す。 それを目にした嘉栄の視線が一瞬だけ泳いだ。 そして―― 「わかりました、鷹紅寺へ参りましょう」 嘉栄はそう言葉を返すと、紙を久万に差し出し、静かに部屋を後にした。 それを見送った久万の口元に苦笑が浮かぶ。 「少々、わざとらし過ぎましたかな。しかし、嘉栄には良い機会でしょうな」 言って視線を落とした紙にはこう書かれている。 ――霜蓮寺統括を返して欲しくば、月宵嘉栄1人で鷹紅寺に来られたし。 綴られた文字は嘉栄にとって見覚えのあるものだ。 そして久万の落ち着き具合から、嘉栄は統括が居なくなった事、賊が出たと言う事が嘘であると察したはず。 それでも鷹紅寺に向かうのは、何か思うことがあるからなのだろう。 久万は苦笑気味に息を吐くと、急ぎ僧を呼び寄せ、開拓者ギルドに依頼を出すよう言い付けるのだった。 |
■参加者一覧
氷(ia1083)
29歳・男・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
百地 佐大夫(ib0796)
23歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰 |
■リプレイ本文 月宵・嘉栄が統括の屋敷を訪れる前。 開拓者たちは久万から依頼内容を聞かされていた。 「なあ、嘉栄ちゃんを神楽へやろうってのは、統括とクマさんの意見だけかい?」 氷(ia1083)はそう言って首を傾げる。 霜蓮寺と東房国の現状を考えれば、上の意見だけで事を決めるのは些か疑問があった。 「もしそうなら、僧兵さんたちが不安がるんじゃないかね」 確かに、霜蓮寺は現状、統括と久万、そして嘉栄の指示の元に成り立っており、その内の1人が抜けるのは現場として不安だろう。 「もし僧兵さんたちが賛成してないってんなら、久万さんから僧兵さんたちを説得して貰わないと、オレも協力しづらいぜ」 この声に、久万は低く唸った。 「確かに――僧兵たちの気持ちを失念しておりましたな。それに関しては此方で対処致しましょう」 素直に謝罪を述べた久万へ、氷は手をヒラリと振って欠伸を零す。 「ま、嘉栄ちゃんに外の世界を見せてやりたいってのは、オレも同意見だからな」 気にするな。 そう言葉を向ける彼を含め、此の場にいる殆どが、嘉栄がこのままで良いと思っていない。 「月宵殿は少々意固地になっている気がします」 そう言って肩を竦めるのは秋桜(ia2482)だ。 「見聞を広め視点を変えていくと、全く変わって参りましょう。月宵殿とて、統括の気持ちが分からない訳でもありますまい」 苦言を呈すように呟くその声に、和奏(ia8807)も呟く。 「‥‥口で言うほどお互いを信用してないのかな」 この声に久万は僅かに苦笑した。 「信用の有無は本人達にしかわかりますまい」 ただまあ――そう言葉を切ると、彼は苦笑を深めた。 「漸く会えた実父と、離れ難いと言う子の気持ちは、わからんでもないですがな‥‥」 だがそれは甘えだ。 そしてそれ故に離れられないと言うのなら、それは嘉栄にとっても、国、そして寺にとっても良くない。 「もしそうした理由があったとして、相手の言葉に耳を傾ける器量があれば‥‥そもそもふたりの間に確執は発生し得ない気が‥‥」 和奏の言葉は尤もで、久万は苦笑するしかない。 耳を傾ける器量があれば、少なくとも現状のような問題は起きない筈。 だからこそ、和奏の言葉は耳に痛い。 「しっかし、前の騒動が一段落ついて、と思ったらこれか‥‥」 前に起きた大アヤカシとの一件。 それに関わっていた百地 佐大夫(ib0796)は、その時のことを思い出して呟いた。 「双方の言い分はわかるけどな‥‥今回ばかりは嘉栄の分が悪いか」 嘉栄の気持ちはわからなくない。 しかし国や寺を護るために必要な選択肢である以上、それを頑なに断り続けるのは如何なものか。 「まあ‥‥説得で戦闘するってんなら、俺は特に反対しないぜ」 嘉栄に自分たちの事を知って貰うには良い機会だと思う。それに、外に出れば必然的に多くを学び見る事も出来るのだ。 だからこそ、説得の方法は多いに越したことはない。 「それにしても、どちらも頑なですねぇ」 長谷部 円秀(ib4529)は若干呆れたように呟き、疲労の色が伺える久万の顔を見た。 「どうするべきかは‥‥わかっているんでしょうし。後は背中を押す‥‥必要なのはそれくらいでしょうかね」 ――背中を押す。 これこそが今回の依頼で必要な事だ。 そしてその為には、 「久万さんの予想では、このあと嘉栄さんは怒って鷹紅寺へ向かう‥‥で、あってますでしょうか?」 問いかけたのはアルーシュ・リトナ(ib0119)だ。 全ての言葉を整理した上で問う声に、久万はコクリと頷く。 「予想では、怒り心頭に鷹紅寺へ突っ込んで行くでしょうな」 「力も言葉も遠慮なくぶつかり合う‥‥そうしたことも、大事なのでしょうね‥‥通じ合うのならば」 アルーシュはそう言って竪琴を胸に抱く。 「そうですね。とりあえず、嘉栄さんに頭は冷やしてもらわないと話にならないですし」 円秀はそう言って頷くと、自らの刀に手を添えた。 怒り心頭と言うからには、冷静ではないだろう。 ならばまずは、思考を冷静な物に変える必要がある。 「嘉栄が発つ際にはギルドへ連絡を入れましょうぞ、皆様方にはそこで待機願います。万が一、霜蓮寺を発たない‥‥そう言うことも考えられますからな」 久万はそう言うと開拓者たちに待機を命じ、嘉栄を待った。 ●鷹紅寺 嘉栄が霜蓮寺を発ち数刻後。 開拓者たちは鷹紅寺の裏手で控えていた。 「まさか、賊の真似事をすることになろうとは‥‥」 そう呟くのは、ジンストールで顔を隠す秋桜だ。 彼女は着流しの裾を返して統括を見ると、小さく息を吐いた。 彼は今、賊に捕まったと言う事で縄に縛られている。そしてその顔は暗い。 「なんて顔をされてるのです。嘉栄さんの決心を促すためにもと選んだことでしょう。しっかりして下さい」 円秀はそう喝を入れると、嘉栄が来るであろう道を見据えた――と、そこに人影が映る。 「‥‥来ましたね」 アルーシュは、目深く被ったブーケの位置を整える。 そして聞こえてきた声に、此の場の全員が目を見張った。 「このような狂言までして、如何いうおつもりですか! 筆跡で一目瞭然です。其処までして追い出したいのであれば、力尽くでなさいませ!」 言うが早いか、彼女は腰に帯びた刀に手を伸ばした。 そして一気に駆け出すのだが、そこに影が差す。 「――ッ、おい、行き成り統括狙はナシだろ」 真っ向から刃を受け止め、眉間に皺を寄せて佐大夫が呟く。 初めて刃を交えたが、かなり重い衝撃に腕が痺れる。 「其処をお退き下さい」 「断る」 ガンッと弾き飛ばされた短刀に佐大夫の目が上がる。其処に嘉栄が透かさず峰を打ち込むのだが、直ぐにその動きが鈍った。 ♪何を思い 動かない 何に捕らわれ 動けない 見えるもの 見えぬもの 纏わり付く 心に 刃に 重く、ゆるりと圧し掛かれ‥‥ 耳を打つ聞き慣れない音。 その音に動きを鈍らせた瞳が捉えたのは、アルーシュの姿だ。 次々と紡がれる竪琴の音色は嘉栄にとって初めて覚える術の感触。 しかし―― 「‥‥まだ、足りません」 ザッと土を踏む音が響き、嘉栄の刀が逆刃に持ち替えられる。そうしてアルーシュ目掛け刃を振り抜こうとしたのだが、重い衝撃が金属音と共に彼女の動きを遮った。 刃を辿った先に居るのは和奏だ。 彼は本来、刀の力を受け流し、打撃を与える予定だった。 しかし抜き切る前に刃が衝撃を吸収してしまう。 それどころか、嘉栄は刃に掛かる負荷から逃れるように刀を引くと、再び踏み込みを行った。 その上で刀の峰を叩き込もうと動くのだが、此れが再び遮られる。 視界に入った明るい色合いの刀に、嘉栄の視線が飛ぶと、間髪入れず攻撃が反転された。 「――ッ」 一歩、二歩‥‥自らに掛かる怠惰なる日常の効果など微塵も感じさせない動きで、刀を振り下ろし、攻撃を放つ円秀の懐に入った。 直後、彼の目が見開かれる。 胴に入った峰は手加減などされていない。 息を詰まらせ、足だけは何とか踏ん張る彼の元に今一度打撃が降ろうとする。 だが―― 「敵は此方にもいます」 静かに発せられた声に、嘉栄の眉が上がる。 その目に飛び込んで来たのは、抜刀の構えを取った和奏だ。 彼は刀を抜く勢いを借り、一気に刀を薙ぐと、僅かに反応が遅れた。 腕に打撃を受けた嘉栄の手が、柄を落としそうになる。しかし彼女は瞬時に刀を持ち返ると、柄を前に握り拳を叩き込む要領で彼の腹を強打した。 「疲れが、見えない‥‥?」 円秀は刀を構え直し呟く。 それもその筈、嘉栄は長時間の戦闘には慣れている。故にそう簡単に疲れで動きを乱すことはない。 「聞く耳持たず、ですか。ならば、私も相応の対応をさせて頂くのみですね」 状況は僅かに開拓者側が劣勢。 秋桜はポツリと呟くと、美しい刃縁を描く刀を抜き、反対の手で羽音を響かせる手裏剣を放った。 「!」 カランッ‥‥叩き落とされた手裏剣。 しかし此れは計算の範囲内。 瞬時に距離を縮めた秋桜は、反撃に動き出した嘉栄を冷静に見据える。 そうして振り上げた刃は、一見すれば無駄が多い。しかし、此れは攻撃を誘う剣。 「良いでしょう、何を見せて下さいますか」 懐に入り込み、ワザと反撃に打って出た嘉栄に秋桜の眉が上がる。 だが此れは好機、逃す訳には行かない。 彼女は自らの分身に嘉栄の攻撃を任せ、自身は時を止める術を発動させた。 止まる時間は本当に僅か――否、一瞬だ。 「――」 だが、戦場では一瞬が命取りになる。 嘉栄の肩口に叩き込まれた刀の峰に、彼女の刃が零れ落ちた。 「――そこまで!」 この声に、秋桜を含めた他の面々が止まった。 静止の声を発したのは統括だ。 そしてこの声を横でその声を聞いた氷が、素っ頓狂な声を零した。 「‥‥ハッ‥‥あ、ああ、終わった?」 ふぁっと零された欠伸。 どうやら戦闘中、彼は寝ていたらしい。 眠そうにしながら周囲を見回す彼の目が、動きを止めた仲間たちに向かう。 「っと、怪我してるじゃねえか。まあ無茶するくらいで丁度良いんだろうけども」 言って彼の符が光を帯びた。 それに合わせてアルーシュの美しい竪琴の音が響き渡ると、辺りは戦闘の雰囲気を消し、和んだ雰囲気が流れたのだった。 ●踏み出す勇気を 「さて、動いて少しはスッキリしただろう?」 氷はそう言うと、統括に背を向けて立っている嘉栄に声を掛けた。 確かにスッキリはしたが、怒りが消えた訳ではない。 だが、氷は気にした様子もなく続ける。 「霜蓮寺の皆が嘉栄ちゃんの事を思ってんだ。ここは甘えといたらどうだい?」 彼はそう言った上で、久万が僧兵たちを説得してくれている事を説明した。 これに嘉栄の視線が落ちる。そしてそこに和奏の声が響いてきた。 「統括さま‥‥統括さまは、月宵さまにはご自身で選ばれた道の困難に立ち向かう、もしくはそれを糧として成長する器量や才覚が欠ける、ここにいては成長すら見込めない‥‥そう、ご判断されているのですね‥‥」 「何?」 思わぬ言葉に統括は言葉を失う。 和奏はそんな統括を見、そして今度は嘉栄にその視線を向けた。 「月宵さまは、統括さまでは霜蓮寺を支えきれない、そして自分にはそれが可能だと‥‥ご自身への自負があるから受入れ難いのでしょう――」 それに‥‥と、言葉を切って、そして今一度口を開く。 「統括さまの言葉が正しかった時に間違いを受入れ、ご自身で道を切り開くだけの器量と信念を持っているから我を通したいのですよね」 「それは‥‥」 嘉栄の目が統括を捉えた。 そしてその視線が落ちる。 「もしそうだとしても‥‥統括では霜蓮寺を支えられないなど、そのような事はありません‥‥それだけは、違います」 「違う? では、お互いの言葉を聞き容れられない理由は‥‥?」 和奏は否定を口にした嘉栄をじっと見る。 視線を向けられているのはわかる。 しかし向けられる問、そして向けられる視線が、嘘や偽りを許さないようで直視できない。 「‥‥私が、霜蓮寺を離れたくないからです」 ポツリ。 そう零された声に、和奏は緩く首を傾げ、それを聞いていた氷は肩を竦めた。 「子離れできないのは親ばかり‥‥そう思ってたけど、親離れできない子もいたか」 まあ、誰のこととは言いまセンガ? とオドケて見せる氷に、嘉栄はバツが悪そうに足元を見詰める。 其処に佐大夫が言葉を発する。 「離れたくないっつってもな‥‥嘉栄の力は霜蓮寺に必要だが、今以上に成長できれば国や寺、両方を守れる力が増すんじゃねえか?」 この声に嘉栄の目が上がった。 「卑骨鬼との戦いで、自分に足りない物がある‥‥そう、感じなかったか?」 彼の言う通り、先の闘いで不足していた物は多かった。 そしてそれ故に為せなかった事、迷惑を掛けた物は多い。 「それによ。今は騒動に区切りがついてんだ。時期的にはちょうど良いと思うけどな」 ぶっきらぼうな物言いだが、彼は霜蓮寺や東房国の事を気にしてくれている。 それに対し目礼を向けると、彼は統括を見た。 「自分がいないと無理だと思うのは、霜蓮寺に残る人を信頼していないのと同じですよ」 傷の手当てを終えたのだろう。 円秀は嘉栄に近付くと、そう言って首を傾げた。 「霜蓮寺を思うなら、見聞を広げるべきでしょうね。貴女は、1人で守っている訳ではない」 ――1人で守っている訳ではない。 まさしくその通りだ。 「現状はまだ、未熟でしょう。感情に流されず、だからと言って無視もせず行動できるようにならなければね」 そう言って、彼は嘉栄の肩を優しく叩いた。 そこにアルーシュが歩み寄る。 「先程は依頼とは言え、失礼いたしました」 そう言って自己紹介を告げた彼女に、嘉栄も目礼と自己紹介を向ける。 そして―― 「此方こそ、申し訳ありませんでした」 「いいえ‥‥それよりも、知られざる種族や術‥‥それらを知りに外へ出る事も悪くないですよ」 そう言って自らの竪琴を見せる。 それに戦闘中に聞いた歌を思い出し、彼女の言う言葉の意味を察した。 この世には様々な術を操る者、そして多くの種族が存在する。 「それらは、知れば知るほど、期待も責任も重くなりますが‥‥それはお嫌、ですか?」 この問いに、嘉栄は緩やかに首を横に振る。 その姿にアルーシュはふんわりと微笑んだ。 「私も、相手の自由を奪う歌など歌いたくないです。でも、必要だと判断したなら‥‥望まれたなら」 どんな歌でも歌います――そう言葉を紡ぐ彼女は強い。 嘉栄はふと笑みを零し、統括を見た。 「背を押して下さる方々の厚意に甘えられても、良いのではないでしょうか」 「霜蓮寺や東房国に何かあれば、助けに来てやるよ」 しかたねーからな。 佐大夫はそう言い捨てるとニッと笑った。 その表情に一度目を伏せ、改めて統括を見る。 「統括。私は神楽の都へ参ります」 「そうか‥‥存分に見聞を広め、戻って来い」 統括はそう言い、満足そうに笑んだ。 そこに氷の声が響く。 「少しは肩の力を抜くことも覚えないとね」 彼はそう言って嘉栄の肩を叩くが、氷は常に力を抜きっぱなしだ。 彼に学ぶことも多いかもしれない。そんな事を思いながら視線を動かすと、ふと秋桜と目が合った。 「御国を左右する出来事‥‥しかとこの目で、最後まで見届けさせて頂きました」 秋桜はそう言って微笑んで見せる。 それに対し頭を下げた所で、嘉栄を呼ぶ声があった。 目を向けた先に居たのは和奏だ。 「視野も人脈も、自覚なしに広がるモノではないです。くれぐれも今回の事、逃げ口上にしませんように‥‥」 神楽の都に行くと決めたのは自分だ。 何かを得、何かを失うのも自分。 そこに成果がなかったとしても、責を負うのは自分である。 嘉栄にはそう言っているように聞こえた。 「お言葉、胸に刻み精進致します」 そう言って頭を下げた彼女を、統括は静かな眼差しで見詰めていた。 |