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■オープニング本文 ●陽龍の地 龍の保養地であった「陽龍(ひりゅう)」。 東房国と北面国の国境に存在したその地は、数十年前まで、両国の国交を担う重要な拠点となっていた。 其処が魔の森に呑み込まれて数十年。 近隣に在った村や里は魔の森に呑み込まれ、現在は東房国の南麓寺(なんろくじ)と、北面国にある狭蘭(さら)の里だけが近隣に残るだけとなっていた。 ●狭蘭の里 青空に浮かぶ入道雲。 縁側に寝転んでそれを眺める陶・義貞は、開拓者の務めを一時休養して実家のある狭蘭の里に戻って来ていた。 「大福〜、お茶〜‥‥」 ゴロンっと寝転がって見た先に居たのは、真っ白な仔もふらこと大福丸だ。 大福丸は主の言葉にぷいっとそっぽを向くと、歩いて行ってしまった。 「なんだよ、茶くらい淹れてくれたって良いじゃんか、ケチくせぇ」 そう言って再び仰向けに寝転ぶ――と、そんな彼の目に大量の水が飛び込んで来た。 「うぎゃあああああ!!!!」 「この戯けがっ!!!」 怒声と共に今一度浴びせられた冷水に、堪らず縁側から飛び降りると、白髭を蓄えた老人が見えた。 「毎日毎日ゴロゴロしおって! そんなんでは、いつかもふらさまになってしまうぞ!」 顔を真っ赤にさせて叫ぶ老人。 彼は狭蘭の里の長にして義貞の祖父――陶・宗貞(むねさだ)だ。 「もふらになんてならね――あがっ!」 最後まで言い切る前に、空の桶が顎を突いた。 これに、義貞が仰向けにすっ転ぶ。 「言い訳は無用! まったく、開拓者になり心身共に鍛えられたと信じておっただけに、爺は悲しいぞ」 わざとらしく紡ぐ言葉に、頭を掻いて起き上がる。 そうして縁側によじ登ると、彼は両足を投げ出して腰を下ろした。 「良いじゃんか、今は休みなんだしさ」 「そう何時までも寝かせてやれる程、狭蘭の里は暇ではないわい」 「あ? 如何言う事だよ。こんな田舎に忙しくなるものなんて何もないだろ」 沙羅の里は四方を山に囲まれた平穏な場所。 一年ほど前にアヤカシの襲撃を受けて以降、此れと云って変わった事はない。 しかし、宗貞は義貞の言葉に唸ると、彼の隣に腰を据えた。 「あの山を越えた先に東房国があるのは知っておるじゃろ。実はそこに魔の森が迫っておってのう」 宗貞が指差したのは、四方の山の内の1つ。 以前、アヤカシの襲撃があった際、里の者達が避難した山だ。 「様子を見に里の者が行ったのじゃが、戻って来んのじゃよ。それでギルドからも人員を派遣して貰ったんじゃが、それも戻らん」 「‥‥俺、そんな話知らないんだけど」 義貞が開拓者ギルドから休暇に来たのは3日ほど前。 その時はギルドにも里にも異変はなかった。 「里の者達に混乱を与えんよう、内密に行ったのじゃ。しかし、そろそろ隠すのも限界じゃな」 様子を見に行った里の者は、神楽の都に買い出しに行くと言って出て行ったらしい。 故に、何の便りもなく里を開ける日がこれ以上増えるのは問題があるらしい。 「あと数日は大丈夫じゃろうが、それを越えれば他の者が騒ぎ出すじゃろう。それに、その者の行方も心配じゃ」 「んで、俺に如何しろってんだよ」 義貞は確かに開拓者だ。 しかし腕は未熟な上に、頭も少々未熟だ。 それを本人も多少なりと自覚している辺りが悲しいが、そんな人間が魔の森に行って何が出来ると言うのか。 「お前さんに頼めばタダじゃろ。行って様子を見て来て欲しいんじゃ」 「ちょっ‥‥そんな理由で行かされんの!?」 冗談じゃない。 魔の森がどれだけ危険かは宗貞も分かっている筈だ。 それでもそのようなことを言うとは、正気の沙汰ではない。 「大丈夫じゃよ。お前さんとてこの一年、何もせずにおった訳ではないじゃろ」 「いや、それはそう、だけど‥‥じいちゃん、俺が遭難したら如何するんだ?」 「その時は金を出すだけじゃ。お前さんが世話になっておる人を通せば格安じゃろ?」 「‥‥セコイ」 如何あっても金銭を最小限に済ませたいらしい。 まあ里の状態を考えれば仕方のない事なのだろう。 何せ、里の半分は義貞の仕送りに頼っているのが現状。 それ故に、出費は抑えたいのだろう。 「日没までに戻らんかったら、ギルドに遣いを出すでの、それまでに戻って来るんじゃぞ」 宗貞はそう言うと、義貞の肩を叩き彼を送り出す準備を始めた。 ●陽龍の地『魔の森』 鬱蒼とした、生き物の雰囲気もない森に、凛々が足を踏み入れたのは数刻前の事。 瘴気の気配とアヤカシの気配しかしないこの場所は、普段開拓者として働く彼女とて長居をしたくない場所だ。 「流石に、こんな場所にキノコはない――‥‥あ、あったぁー!!」 茸はない。そう判断しようとした時、彼女の目に紫色の茸が飛び込んで来た。 これに勇んで飛び付く。 しかし―― 「ふぎゃん!」 何か柔らかい物に弾き飛ばされた。 思わず尻餅を着いた場所を摩りながら顔を上げると、彼女の目は自分と同年代位の少年を捉えた。 「あたたた‥‥」 頭を摩って起き上がるのは、義貞だ。 彼は凛々以上に盛大に転がったらしく、全身に泥を付けている。 「ちょっとアンタ、大丈――‥‥ああああ!」 「‥‥へ?」 起き上がった途端に転がされた義貞。 凛々はと言えば、義貞を突き飛ばした形でぐしゃぐしゃになった茸を拾い上げていた。 「アタシの、キノコ‥‥」 「何だ、これ食うのか? だったら無理だぞ」 「はあ? なんでアンタにそんなことわかんのよ!」 「普通わかるだろ。色からして毒だ」 ケロッとして言われた言葉に、凛々がわなわなと震える。 そして放たれた言葉は偏見に満ちた物だった。 「アンタさては志士ね!」 「へ? いや、まあ‥‥志士だけど‥‥」 義貞からすれば、凛々が何故ここまで怒るのかわからない。 そもそも志士だからと言ってそれが何だと言うのか。 しかし、凛々は「志士だけど」この言葉に物凄い勢いで反応した。 「志士なんて嫌い! あっちいけー!!」 「はあ!?」 素っ頓狂な声を上げた義貞を他所に、イーッとして去って行く凛々。 それを見送り、義貞はハタと気付いた。 「‥‥あいつ、迷子か?」 スッカリ彼女の勢いに呑まれたが、此処は魔の森。人と遭遇する事自体オカシイ。 「あー‥‥仕方ねえな。探しに行くか」 義貞はそう言うと立ち上がり、歩き出した。 しかし此れが後の悲劇を呼ぶ。 開拓者の子供が魔の森で迷子。 至急捜索して欲しいとの依頼が、南麓寺と狭蘭の里から出されたのだった。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
如月 瑠璃(ib6253)
16歳・女・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 鬱蒼とした森。 そこに足を踏み入れたクロウ・カルガギラ(ib6817)は仲間の背を視界に留め、異様な雰囲気の森を見回していた。 「魔の森で人探しか。開拓者とは言え一人ってのは危険だ。早い所探し出さないとな」 そう口にする彼の脳裏には、捜索対象の陶 義貞(iz0159)の存在があった。 足を踏み入れて僅かだと言うのに、魔の森の異様な雰囲気は早く此処を出たいと思わせる。 「気味の悪い森じゃな。いるだけで背筋がゾクゾクするぞい」 如月 瑠璃(ib6253)はそう口にして石鏡の扇を口元に添えた。 「ん? 先程から何をしておるんじゃ?」 不意に視界に飛び込んで来た匂坂 尚哉(ib5766)の姿。 彼は先程から辺りを物珍しそうに見回している。それが瑠璃には何をしているのか不思議に思えたのだろう。 「いや、魔の森って初めてだなぁって思ってさ」 禍々しい雰囲気、毒々しい気配の植物。そのどれもが彼にとって珍しい。 「サムライの俺には向かねぇ場所だろうが、折角なんで色々見てみようと思って‥‥とは言え、やっぱ複雑だな」 呟き、尚哉の手が近くの葉を捕らえた。 その仕草を見つつ、瑠璃の首が傾げられる。 「元は普通の森林だったと思うと複雑」 「そう、だね‥‥普通の森が、ここまで瘴気が濃くなるなんて‥‥」 苦笑を滲ませた尚哉の耳に、エルレーン(ib7455)の声が響く。 エルレーンは彼の手にした葉を見、そして周囲を見回して己が手を握り締めた。 「‥‥嫌だな、ここ。早く迷っちゃったっていう人を探さないと」 瘴気の気配はアヤカシと対峙した時の比ではない。 足を踏み入れて以降、途絶える事のない濃い瘴気の気配に、彼女は小さく身震いすると息を吐いた。 そこにクロウの何気ない呟きが届く。 「そう言えば、その義貞ってのは食料とかちゃんと持って入ったんだろうか?」 「何の準備もなく入ったみたいだぞ」 問いに答えたのは羽喰 琥珀(ib3263)だ。 彼は事前に開拓者ギルドで多くの情報を得て来ていた。 行方不明になった人たちや義貞の服装や特徴は勿論、義貞のスキルについても聞いて来ている。 ただし―― 「義貞がどんな技使えるかは、ちょっとわかんなかったな」 そう言いながら「無事でいればいーな」と呟く。 琥珀は義貞と面識がある。故に彼が迷子になったと聞き、少なからず「またか」と思ったに違いない。 そしてその想いは義貞を知る者なら大抵は抱いた感情だろう。 「それにしても迷子、ですか。義貞さんらしいというか何と言うか‥‥しかし、場所が場所だけに心配ですね」 六条 雪巳(ia0179)は僅かな苦笑を滲ませて呟く。 少しでも早く見付けてあげなければ――そう思うのは彼も同じ。と、彼の目が此方を見る視線に気付いて動いた。 そこに居たのは佐上 久野都(ia0826)だ。 「久しぶりだね。魔の森で再会とは乙とはいえないけれど」 「確かにそうですね。ですがお久しぶりです。お元気でしたか?」 久野都と雪巳は旧知の仲だ。 2人は魔の森の雰囲気に呑まれないよう、意識して言葉を交わす。 そうする事で過度の緊張を抑えようと言うのだ。 「義貞さん、里帰りの最中だったんだね」 雪巳と久野都の会話を耳に、リンカ・ティニーブルー(ib0345)は呟き、琥珀が先程言っていた言葉を思い出していた。 「魔の森にろくに準備もせずに入ったって、なんでそんな無謀な事を‥‥相当急いでいたんだろうけど、少しは相談してくれたってね」 急いでいたからと言って準備を怠って良い理由にはならない。 リンカは小さく息を零すと、自らの手を握り締めた。 「‥‥何はともあれ、早く合流しないと」 此処は魔の森。 一刻も早く発見する事が、捜索者の生存率を上げる。 「リンカ嬢の言う様に、悠長な事は言ってられませんね‥‥急ぎましょう」 この久野都の声を最後に、開拓者たちは魔の森の奥へと歩いて行った。 ● 「これで良し、っと‥‥」 リンカは目線よりもやや高い位置の枝に、布地を結ぶと前を見た。 「俺の方も目印完了だぜ」 そう言って白墨を手に、誇らしげに振り返ったのは尚哉だ。 「俺達も迷子になっちゃ世話ねぇもんな」 迷子を捜して自らも迷子に。其れは如何しても避けたい所。 雪巳は彼らの声を聞きながら、星の様な宝珠が埋められた杖を動した。 そうして紡ぎ出されたのは、清らかな白き兎だ。 「飲めそうな水を探して頂けますか?」 術である故に言葉が通じるかはわからない。 其れでも声を掛けると、白兎は耳を立てて頷く様にしてから辺りを見回した。 その間に、リンカは藍色の弓を構えて弦を弾いた。 些細な変化も見逃さぬよう返る振動に神経を研ぎ澄ます。そうして彼女が受け止めた音は、其処彼処にアヤカシが居る事を示していた。 「‥‥少しばかり、数が多いね」 敵がいない場所も存在するが、其れは僅か。 「全部を相手にする必要はないでしょう。それよりも先を急いだ方が良いかと」 此処が何処であるかを考えれば納得がいく提案だ。 久野都のこの声に頷くと、皆は体力の消耗と敵との接触を避けて奥へと進んだ。 「んで、どーなんだ?」 奥へ進む途中、琥珀は雪巳に声を掛けた。 その視線の先には、申し訳なさそうに耳を下げる白兎の姿がある。 「何の備えもなく入ったそうですし、水場近くにいてくだされば‥‥そう、思っていましたが」 彼の声に呼応するように、白兎はプルプルと首を横に振り、そして消えた。 其れを見届けた雪巳の首が項垂れる。 「‥‥申し訳ありません」 言って、頭を下げようとする彼の肩を久野都が叩く。 「他にも手はあります。先に進みましょう」 彼は少しだけ笑んで見せると、彼を励ますように今度は背を叩き歩き始めた。 しかしどれだけ進んでも手掛かりが出て来ない。 「ふむ、未だ足跡も痕跡すらも見えず、か」 瑠璃は思案気に呟き、空を見上げた。 其処には久野都が舞わした人魂がある。 その目に映るのは、広大な魔の森の姿とアヤカシの存在だけ。人の姿は何処にも見当たらない。 「八方塞とは正にこの事かのう」 五感を張り巡らせ、怪しい場所は索敵している。其れでも探しきれないのは、広大な土地故かもしれない。 「子供とはいえ開拓者の足‥‥遠くまで行ってしまったのでしょうか」 普通の子供ならそう遠くへは行かないだろう。だが相手は開拓者だ。 雪巳の不安げな呟きを耳に、ふとクロウの目が細められた。 「‥‥足跡、か?」 「茂みを避けて進んでいますね‥‥視界を優先して動いているのでしょうか」 大地に残された足跡。 久野都は符に仄かな光を乗せると人魂を放った。 足跡を追い進ませる人魂。同時にエルレーンが心眼を使用し、リンカが鏡弦を使用して索敵の補佐を行う。 そして異常は直ぐに起きた。 「! 人魂が‥‥」 一瞬にして弾けた視界に久野都が呟く。 其れに続き、リンカとエルレーンの表情も険しくなった。 「アヤカシがいるね。数もかなりの物だ」 「‥‥ひの、ふの‥‥ザッと、10‥‥もっといる、かな?」 言ってエルレーンが首を傾げた時だ。 ――うわああああ! 「今の声は‥‥」 「この先、アヤカシがいるんだよな!」 リンカの声に尚哉が問う。その手は刀の柄に添えられている。 「佐上、アヤカシや足跡以外に見えた物はなかったか? 例えば洞窟とか‥‥」 「そう言えば、消える直前に蝙蝠の様な存在が見えました」 出現する可能性のあるアヤカシを事前に聞いていたクロウは、此の先に居るであろうアヤカシの当りを付ける。 「もし吸血蝙蝠が大量にいれば、近くに洞窟があるかもしれない。そこが敵の巣でない可能性は否定できないから、注意はしておくべきだ」 「奇襲に関しちゃあたいが見張っておくよ」 射手ならば多少は目も利くだろう。 リンカの声に頷くと、クロウは自らの武器に手を添えた。 此れに尚哉が声を上げる。 「俺が切り込み隊長を買って出る。もし義貞が敵に囲まれてるなら一点突破して中に入るぜ!」 「なら殿は俺が担おう」 クロウはそう言うと尚哉と目を合わせて頷き合った。 ● 「うりゃああああ!」 尚哉は術の効果を上乗せして敵の元へ駆け出した。 抜き取る磨き上げられた刃が、魔の森の中に注がれる僅かな光を受けて反射する。 「っ、数が‥‥何処に斬り込めばいい!」 自らの目でも壁の薄い場所を探すが判断が付かない。 叫ぶ彼に後衛に控える雪巳が戦況を見極める。 「匂坂さん、左前方に斬り込んでください!」 「了解!」 トンッと地面を蹴って指示通りの場所に刃を落とす。其れに続き同じ前衛のエルレーンが踏み込んできた。 「みんな‥‥燃えちゃえ!」 炎を帯びた刀身が尚哉の隙を伺う敵を斬り落とす。其れでも落としきれない敵は、クロウが全面的に支援し、撃ち抜いていた。 「後方支援は俺達に任せて、前に集中するんだ!」 前衛は尚哉、エルレーンそして瑠璃が担う。 事前に探知した通り、敵の数は10を越えていた。 そしてその向こうには義貞の姿も見える。 「あと少し、あと少しなんだよ!」 敵の向こうに見える義貞は攻撃を受けて動けないようだった。 リンカは出来るだけ素早く、そして的確に羽根を貫くために弦を引く。 そうして放った矢が狙い通りの場所を貫くと、彼女は透かさず次の矢を番えた。 「ふむ‥‥此のままでは苦しいか」 瑠璃は瞳だけで周囲を見回すと、ザッと地を踏み締めて前を見据えた。 「――此方を向くがよい!」 覇気と共に吐き出された声に、尚哉やエルレーンを迎え受ける敵の目が向いた。 そうして向かい来る敵の姿に、彼女は新たに刃を構える。 「これで最後っ!」 地の波動を放った尚哉の一撃が、最後の壁を討ち抜く。そうして辿り付いた場所に、琥珀が駆け込んで行った。 「義貞みーっけっ」 彼の周りは開拓者たちが固めてくれている。 琥珀は冗談交じりに振り返った義貞の頬を突くと、ニッと笑って状態を確認しに掛かった。 「まーた引っ掛かったな。にしても、酷い怪我だ」 無謀にも1人で突っ走った結果だろう。 それでも意識があり、琥珀の悪戯に頬を膨らませるだけの余裕があるのなら大丈夫だ。 「今、回復をします」 雪巳はそう言うと、彼に癒しの手を施した。 これで一先ずは安心だ。 しかし―― 「‥‥数が、多いね‥‥準備が出来たら、行こう‥‥!」 向かい来る敵を討ちながら叫ぶエルレーンに、クロウも同意するように頷き銃弾を放つ。 其れを受けた琥珀と久野都が頷き合った。 「よし、みんな、そこを退いて!」 琥珀の声に全員が後方に飛び、道を作る。 其処の延長線上にいるのは久野都だ。 彼は五芒星の符に練力を送り込むと、スッと瞳を眇めた。 「すまないですね。この直線、通して貰えますか」 言葉と共に吐き出された白銀の龍。 其れが出来た道を辿り、その先に居た敵を呑み込んでゆく。 「さあ、行きますよ」 雪巳はそう言うと、義貞と共に歩き始めた。 此れに敵の手が迫るが、瑠璃が大地を抉る衝撃波で打ち砕く――と、その時だ。 「‥‥まずい、新手が来た!」 琥珀は器用に敵の攻撃を避けると、耳を打つ羽音に顔を上げた。 その目に映る鳥の姿に彼の眉が寄る。 「こっちに来るな!」 彼は雷を纏う薄手の短刀を放つと、敵を牽制した。 此れに敵――骨鳥が怯みを見せる。 「今だ、このまま抜けるぞ!」 クロウのこの声に、全員が駆け出す。 こうして一行は、何とか敵の包囲網から抜け出し、義貞を保護する事に成功した。 ● 義貞を発見後、開拓者たちはリンカの鏡弦と琥珀の心眼を頼りに、安全な場所まで来ていた。 「よく、食べますね‥‥」 呆然と雪巳が見るのは、ご飯を貪り食う義貞だ。 そんな彼の回復は既に済んでいる。 雪巳は義貞と視線を合わせるように屈むと、ずっと問いたいと思っていた事を口にした。 「義貞さん。誰か他の人に会ったりしませんでしたか?」 義貞の前に足を踏み入れた者が居る事は知っている。 それを踏まえた上で問いかけたのだが、思わぬ言葉が返ってきた。 「んー‥‥何か、切れた服を着た奴になら会ったな‥‥でも、何処に行ったかわかんねぇ」 「切れた服‥‥?」 何の事、と言うより誰の事だろう? 不思議そうに首を傾げるリンカに、義貞が大きく頷く。 「開拓者っぽい女の子だった。そいつを探して奥に行ったら道に迷って‥‥」 「女の子を守ってたんだ。偉い偉い」 そうリンカは頭を撫でるが、義貞は複雑だ。 何せその女の子は発見できない、捜索対象者の里の人間も発見できないで、これでは何のために魔の森に入ったのかわからない。 「別に偉くは‥‥」 呟き落ちた視線――と、そこに新たな干飯が差し出された。 「まだ腹減らしてる様ならやるよ」 そう口にするのは尚哉だ。 その声に「ありがと」と飯を受け取るのだが、先程のようにガッつく勢いがないのは、腹が満たされて来たからか。それとも、責任を感じたからか。 「その開拓者っぽい女の子も、無事だと良いのですが‥‥」 「何にしても、義貞が無事で良かったのう。危機一髪ではあったがな」 雪巳の声を拾い、瑠璃がクスリと笑んで囁くと、義貞の僅かに震えた。 「反省はしてるっぽいな」 1人で突っ走り、迷子になった挙句に成果はなし。 此れで反省の1つでもない場合、彼にはどんなお説教も利かないだろう。 クロウは義貞に近付くと、ポンッと彼の頭を撫でた。 「今度からは、もっとちゃんと準備しとかないとな」 そう言って頭を撫でると、僅かに頷きが返された。 そしてこの様子を僅かに離れた場所で見ていたエルレーンは、戦闘によって負った疲労を樹に凭れる事でやり過ごすと、小さく息を吐いた。 「‥‥おばかさんなの、この子」 そう隠す事の出来ない事実を口にした所で、ふとあることを思い出す。 「そう言えば‥‥私も、言われたことが、あるの‥‥」 かつて、彼女の大切な人も、彼女をそう呼んでいた。 それを思い出して目元が緩む。 そこに新たな声が聞こえてきた。 「なあ、これに見覚えあるか?」 琥珀はそう言って、青い小さな包みを義貞に差し出した。 「逃げる途中で見つけたんだ」 「これ、里で新年にだけ作られるお守りだ‥‥」 琥珀が拾ったお守りは、義貞が捜索するべき人物の物だった。 それを受け取った義貞の目が落ちる。 「さあ、空腹も満たされたでしょうし、あなたも開拓者なら、すぐ動けますね?」 久野都はそう問いかけると、義貞の肩を叩いた。 「道中、アレな敵が出るかもだけど、アヤカシだから平気だよね?」 義貞はお化けが駄目だ。 もし地縛霊にでも会ったならひと騒ぎ起きるかもしれない。 リンカの気遣いに頷きつつ歩き出した義貞を見て、久野都は後方を歩き出した琥珀に声を掛けた。 「今回の事、彼にも良い経験になったでしょう‥‥勿論、私にとっても、ね」 そう口にした彼に、琥珀は数度目を瞬き、そして頷きを返したのだった。 |