【浪志】ドウカクシ
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/03 13:10



■オープニング本文

「――本日は以上にしましょう」
 東堂・俊一(iz0236)は手の中の書を閉じると、机前に腰を下ろした子供たちを見回した。
 子供たちは東堂の声に頭を下げ、1人、また1人と部屋を出て行く。
 それを見送り、東堂もまた部屋を出ようとした時、1人の少年が声を掛けてきた。
「せんせ‥‥『ドウカクシ』って、知ってる?」
「ドウカクシ‥‥いえ、知りませんね。どのような物なのでしょう?」
 少年も聞き慣れない言葉なのだろう。
 拙く慣れない苦笑で紡がれる単語に、僅かに口元が緩む。
「‥‥せんせーは、カマイタチは、知ってる‥‥?」
「ええ、知っています」
 カマイタチとは、その名の通り、道を歩いていると服や肌を風に斬られるという物だ。
 最近、この界隈ではそれに似た事象が起きている。
「おいらの家の隣に住む兄ちゃんが、一昨日の晩から姿を消したんだ」
 表情を曇らせて視線を落とす少年。
 東堂はそんな彼の前にスッと身を屈めた。
「少し遠くへ行っているとかではないのですか? それに、心配なら開拓者ギルドへ――」
「違うんだ‥‥そうじゃなくて、兄ちゃんは‥‥」
 東堂の声を遮った少年の目が潤んでいる。
 いったい何があったと言うのか。
 東堂は風通しを良くするために開けておいた窓を見ると、彼の頭をそっと撫で、腰を上げた。
「夕刻までには時間もあります。落ち着いた場所で話を聞きましょう。美味しいお菓子も、お出ししますよ」

●ドウカクシ
 黒い雲が月を覆い隠す。
 青年は足早に家路へと急いでいた。
 今日は朝から風が強い。それに最近良くない噂を聞くので少しでも早く家に帰りたい。
 青年は都から僅かに離れた場所へ、剣術の稽古に行っていた。
 もう通い始めて何年になるだろう。
「今日は師範と話し込んでしまって遅くなった。早くしなければ皆心配しているだろうな」
 都の周辺で起きている良くないこと。
 それはどうも彼が通う道と同じ場所で起きているようだ。
 服を鋭利な刃物で切られた。
 髪を切られた。
 足を切られた。
 腕を切られた。
 しかしそれらは致命傷には及ばず、鎌鼬に合うような、そんな程度の物だった。
 原因は不明。
 被害に会った者達は、総じて何も見ていないと言う。それは偶々なのか、それとも見えない存在が原因なのか。
「開拓者ギルドも手を焼いていると言うし、奉行所も当てにならない‥‥とにかく、急いで戻らねば」
 家にさえ着けば安全だ。
 青年は逸る足を更に速めて家路を急いだ。
 しかし、その動きが突如としてと止まる。
「な、んだ‥‥?」
 首筋を襲った冷たい感触。思わず手を添えるとヌルッとした感覚がある。
 目の届く場所まで手を動かすと、そこには暗がりにも判る程、濃い血が彼の手を汚していた。
「っ、‥‥出た‥‥ハッ!」
 今までの話を思い返せば、これで終わりのはず。
 しかし青年は何か嫌な気配を感じていた。
 着物の裾で血を拭い、自らの刀に手を伸ばす。そうして刃を抜き取ると、一瞬だが月明かりが零れてきた。
「な‥‥なんだ、と‥‥」
 彼の目に飛び込んで来たのは、一本の刀だ。
 そしてそれを持つのは、虚ろな瞳をした浪人風の男だ。
 男は月明かりに照らされて光る刃を手に、一気に向かって来た。

 キンッ。

「くっ、重い‥‥しかし何故、刀が‥‥」
 ガチガチと辛うじて受け止めた刃が鳴る。
 力は押され気味、このままではこの不可思議な刀に斬られてしまう。
 そう思った時、再び月が姿を消した。
――その時だ。
「うあああああ!!!」
 光から闇への視界転落は、彼にとって致命的な物となった。
 一瞬だけ視界を奪われたその隙に、彼の胴が真っ2つに割れる。
 ゴトリと落ちた自らの胴を視界に留め、青年の目から光が消えた。

●純と不純と
 東堂は少年の話を聞き終えると、手にしていた湯呑を置いた。
「『ドウカクシ』とは、『胴隠し』と言う字を充てるのですね。そして隠された胴は、あなたの知っているお兄さんでしたか」
 少年が語ったのは、一昨日から姿を消した青年が、上半身だけを道に残して発見されたという物だった。
 発見されたのは今朝。
 一日以上発見されずにあった事も疑問だが、気にすべきはそこではない。
「カマイタチと胴隠し、無関係ではないでしょう。そしてそれはアヤカシが関わっていると考えて良い」
 彼はそう呟くと、涙を零して両手を握り締める青年の頭を撫でた。
「話して下さって有難うございました。辛かったでしょう‥‥」
「‥‥せんせ‥‥せんせー!」
 少年は東堂にしがみ付くと、声を殺して泣いた。
 彼はそんな少年の背を撫でながら、ふと思う。
(開拓者ギルドも手を焼くカマイタチの騒動‥‥これを解決すれば、私たちの名も少しは‥‥)
 彼には名を売らねばならない理由がある。
 東堂は泣きじゃくる少年を慰めながら、僅かに口角を上げて瞳を眇めた。
「多少の危険を冒す価値は、ありそうですね‥‥」
 彼はそう呟くと、少年が落ち着くのを待ち、早速行動に出る為に動き始めた。


■参加者一覧
水月(ia2566
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
サンダーソニア(ia8612
22歳・女・サ
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文

 まだ日が高い頃、数名の開拓者たちが長屋を訪れていた。
「死人に口無し‥‥何てのは、何にも知らない奴の台詞さ」
 黒の瞳を細めそう呟いたのは竜哉(ia8037)だ。
 彼の視線の先には「ドウカクシ」の被害者宅がある。
 其処には今、東堂・俊一(iz0236)とアルマ・ムリフェイン(ib3629)が、遺族とある交渉を行っているのが見えた。
「‥‥嫌な気持ちにさせてしまうのは、わかってる。でも‥‥」
 アルマは両手を握り締めて視線を落とした。
 開拓者の行っている「交渉」とは被害者を見せて欲しいというものだ。
 遺族にとって遺体は「家族」。
 それに加えて、遺体は下半身が無い。発見以降、好奇や奇異な視線を受けたに違いない。
 遺族は頑なに彼らの申し出を拒んだ。
 しかし――
「一緒に、解決したいから」
 視線を上げたアルマの真っ直ぐな瞳に、遺族の表情が揺らいだ。
――一緒に、解決したいから。
 そのような事は今まで誰も口にしなかった。
「‥‥そうは、言うけどね。もう、埋葬してしまったんだよ」
 今まで拒絶の言葉しか発しなかった口から、別の声が漏れる。
「許可が貰えるなら、死者を起こすのは俺達がしよう」
 いつの間に傍に来たのか。竜哉はそう言うと、僅かに目礼を向けた。
 此れに僅かな沈黙が走る。
「‥‥わかったよ。東堂先生の連れて来られた方たちだもんね。信じてみるさ」
 遺族はそう言うと、彼らを連れて故人が眠る墓へと向かった。

 その頃、「カマイタチ」の被害者に話を聞いていたベルナデット東條(ib5223)は細い指を自らの顎に添え、眉を潜めた。
「ふ、む‥‥当日は今のような着物に刀を差していたのだね」
 被害に会った者達の姿は着物と帯刀。然して、珍しい服装でもない。
「他に何か気になる点など、なかったのかな?」
「気になる点と聞かれても‥‥夜で見通しが悪かったのは確かかな」
「夜中に起こる怪奇、か‥‥はたして、何者‥‥」
「人の過ちか‥‥真にアヤカシか‥‥如何なものかのう?」
 ベルナデットの考えを読むように椿鬼 蜜鈴(ib6311)が呟く。
 此れにサンダーソニア(ia8612)が、頭の後ろで手を組んで首を傾げた。
「んー‥‥ただの辻斬りだったら体半分だけ無くなったりとかしないし、そうなるとやっぱりアヤカシなのかな」
「確かにのう。被害者の上半身が見つかり‥‥下半身は、何処へ消えたのじゃろうな?」
 サンダーソニアの言う様に、ただの辻斬りであるなら半身が見付かるはずだ。
 しかし、半身は出て来ていない。
「『カマイタチ』に斬られる直前や直後に、何か怪しい物を見たり聞いたりしてないかな?」
 サンダーソニアの問いに被害者の男性は視線を逸らす。
「不快な記憶を思い起こさせるは不憫じゃが、協力しておくれ?」
 鬼椿の妖艶な笑みと、囁かれる声に、男性の目がチラリとだけ戻る。
 彼は被害者で、その被害の後に人が亡くなっている。順番を間違えば自分が亡くなっていたかもしれないのだ。
 思い出したくないのも道理。
「さした事で無くとも構わぬ。何ぞ奇異な事は無かったかのう?」
「‥‥風、の音は聞いた」
「風、ですか?」
 男の声に、遣り取りを書き止めていた水月(ia2566)が呟いた。
「ああ‥‥刀を勢い良く振った時の音だ。その直後に、痛みが走って‥‥気付いたら切れてた」
 言って着物の裾を捲る――と、まだ新しい傷跡がある。
「姿の見えない相手に斬りつけられるなんて‥‥物騒な世の中なの」
 水月はそう言うと思案気に目を落す。そこには彼女は記した此処までの情報が載っていた。
 今まで話を聞いた者達の殆どが、月がない夜に襲われている。其れは意図的なのか、其れとも偶然なのか。
「後は、身が隠せる場所等あるか、確認しに行くべきだね」
 彼で被害者の話を聞くのは最後だ。
 となれば後は現場に向かい、其処で得れる情報を取得するしかない。
 皆はベルナデットの提案に頷くと、被害者男性に礼を述べてこの場を去って行った。


 まだ土の盛り上がった墓を掘り返した竜哉とアルマ、そして東堂は、桶に両手を合わせてから蓋を開けた。
 本来なら、遺体は膝を抱えるようにして腰を据えている筈。しかし、半身が無い遺体は膝を抱える事も叶わず、ただその場に身を置くだけとなっていた。
「っ‥‥」
 不意に響いた嗚咽を呑む声に、アルマの目が向かった。
「ムリフェイン君、ご遺族の傍に居てあげてくれますか?」
 余程心配そうにしていたのだろう。
 東堂の声にアルマは頷くと、急いで遺族に手を差し伸べた。
「大丈夫‥‥? もし、良ければ‥‥思い出話とか、聞いても良い?」
 本当は事件について聞きたい。けれど無理を言えないのは承知している。
 こうして故人を見せてくれた事。それだけで感謝するべきだ。
「‥‥あの子はね、不器用なのに刀を持つって聞かなくて‥‥あたしらん所では、刀なんて不要なのにさ‥‥」
 遺族はそう言うと、零れる嗚咽と涙を堪えるように言の葉を紡ぎ始めた。
 其れを耳に、竜哉と東堂は遺体を大地に下す。そして着物を捲りあげると、切断された断面に目を落した。
 然程時間が経っていないとは言え、遺体の腐敗は始まっている。何処まで正確な情報が手に入るかわからないが、やるしかない。
「‥‥綺麗に斬れてるな」
 竜哉の言う様に、断面はとても綺麗だった。
 それこそ刃の軌跡が分かり、肉や骨を見事に断つ太刀筋だとわかる程に‥‥。
「人間の胴を此処まで見事に切り捨てるんだ。相当な手練れと思っていいだろうな」
「そうですね」
 呟き、東堂は手拭いを差し出した。
「竜哉君は此処に来る前、鍛冶屋も覗いていたと聞きました。成果は如何でしたか?」
「刀を研ぐ回数が増えた客はいないと言っていた。元々開拓者が多く足を運ぶからな、居たとしても判断がつかない可能性はある、とも言っていたが」
 神楽の都に存在する鍛冶屋の多くは、開拓者ご用達の場所も多い。故に、こう云った回答になったのだろう。
 竜哉は手拭いで手を拭った後、東堂と共に故人を再び土に還した。
 そして両手を合わせて息を吐く。
「犯行は刀の線が高い‥‥確か、囮を買って出てたな?」
 問いは東堂に向けられている。其れを受けて、手を合わせ終えた東堂の目が彼を捉えた。
「ええ、適任かと思いまして。もしもの時は、どうぞよろしくお願いします」
 そう言って頭を下げた東堂の顔は逆光で良く見えなかった。しかしその唇は、薄ら笑んでいるようだった。


 アルマは南瓜頭の付いた杖を振るうと伏せていた瞼を上げた。
「月、出ないかも‥‥」
 先程から空を覆う黒い雲が、其処に在る筈の月を隠している。
 昼間にも試した先の天気を詠む術。今もそれを試してみたのだが、結果は変わらない。
「そろそろ死亡推定時刻と時が重なる。近隣に家が無い以上、物音の有無は聞けなかったが、準備は良いか?」
 竜哉はそう言うと、今までの被害者と同じく、帯刀を果たした東堂に目を向けた。
「‥‥大丈夫? 俊一センセ」
 アルマは心配げに東堂の顔を覗き込む。
「たくさん慕われてる先生を囮に立てるのはちょっと怖い。センセに傷付けさせたら、あの子達も傷つくんだもの‥‥、頑張らなきゃだね」
「お気遣い有難うございます。十分に気を付けて事に当たりましょうね」
 決意を含んで言葉を発するアルマに、東堂はゆったりと笑んで返す。
 其処に見慣れない手袋が差し出された。
「あの、これ‥‥」
 水月はおずっと前に出ると、肉球のついた手袋を彼に持たせた。
「これは‥‥?」
 問いつつ受け取った瞬間、東堂の身を淡い光が包み込む。
 此れはこれから囮を行う東堂へ贈られた、水月からの加護付きのお守りだ。
「‥‥終わったら、ちゃんと返して下さい、なの」
 上目遣いに、窺う様に見ながら放たれた声に、思わず笑みが零れる。
 此れから死の境界に向かうと言うのに何と穏やかな雰囲気なのだろう。
「先程は挨拶もせんで申し訳なかったのう」
 僅かに和んだ気配、それを引き締めようとした所で、椿鬼が声を掛けてきた。
「お初にお目に掛かるの? 椿鬼じゃ、此度は世話になり居る」
 椿鬼はそう言うと、僅かに口角を上げて目を伏せた。
 その上でふと視線を周囲に馳せる。
「囮が居るとは言え、潜んで居る我等が襲われる等と云う間抜けな事にならぬよう、気を付けねばの」
 苦笑滲ませ囁くが正にその通りだ。
 囮は勿論の事、此れから敵を待つ自分達にも危険が迫る可能性がある。
 椿鬼の声に改めて気を引き締めた面々は、己が役目を果たす為に動き始めた――と、サンダーソニアの足が止まる。
「さっき、他の人も言ってたけど、とりあえず無茶はしない欲しいかな。来るのはわかってるし、囮の東堂君がなすすべもなく‥‥って事はないと思うけど、大丈夫だよね?」
 窺う様に向けられた視線に東堂は頷きだけを返す。其れにニッと笑んだ彼女は、彼の邪魔にならないよう、街道沿いの林に身を潜めた。
「水月殿、何か感じるだろうか?」
 ベルナデットは水月と共に息を潜めながら後方を見据えた。
 彼女たちの位置は、東堂が進もうとする道の先だ。
 月明かりも、街灯すらも無い道。
 僅かに見て取れる景色は薄暗く、ほぼ闇に近い場所を東堂はゆっくり進んでいた。
「‥‥まだ、何も‥‥ぁ‥‥」
 彼女の目が上がった。
 仄かに光る身体を木の影に隠し、顔を左右に動かす。そして緑の瞳が捉えた方角を見て、ベルナデットは目を細めた。
 東堂の先、暗くて判別は付かないが何かが近付いている。
「っ、危ない!」
 水月の声にベルナデットが飛び退く。
 微かに切れた着物の裾。但し彼女自身に怪我は無い。其れは水月が事前に施してくれた加護結界が功を制したと言えるだろう。
「水月殿、後ろへ!」
 ベルナデットは水色の宝玉が光る刃を抜き取ると水月の前に出た。
 その瞬間、彼女の腕に衝撃が走る。
「ッ、太刀が‥‥重い!」
 ギリギリと刃が噛み合う、端正な眉が徐々に歪み、このままでは押し切られてしまいそうだ。
「鬼さん、カマイタチさん、こっちにおいで!」
 ギリギリの所で攻撃を抑えていたベルナデット。彼女の耳に届いた、覇気と共に響く声に、噛み合う刃が退くのを感じた。
 金糸を揺らし、サンダーソニアが朱の刃を振り上げる。しかし其れは何に触れる事もなく空を切り、彼女の頬を鋭い痛みが走った。
「っ、ぅ‥‥やっぱり、当てずっぽうじゃ当らないかっ」
 そう言いながらも、片足は土を踏み次の動きに出ていた。
「ふむ、光が必要そうじゃな」
 椿鬼は呟き炎の弾を放つ。
 弾は目的を外したしたが、周囲を照らすには十分だった。
 火球が作りあげた光が浮かび上がらせたのは、浪人風の男。その手には妖しく光る、美しい刀が握られている。
「縮地! ‥‥偽術だけどな」
 今の光に乗じ、自身の脚力を強化した竜哉が敵の背後に回った。そして己が刃を突き入れる。
 剣は見事に胴に突き刺さり、本来なら致命傷を負わせる筈だった。
 しかし――
「! これは‥‥、退け!」
 カクリと傾げられた首に、胴を蹴って刃を抜き取る。
 直後、腕だけを振り上げ、重力のみで落とされた刃が彼の腕を裂いた。
「――っ」
 苦痛に表情を歪めながらも音だけで敵の動きを察する。踏み込む土の音、風を切る刃の音にベルナデットが動いた。
 刀を低く構え、滑る様にして刃を受け止めたのだ。
 勢いを削ぐように受け止めた攻撃に、彼女の表情が歪む。先程よりも重い衝撃は、彼女の腕に負担を与えているようだ。
「く、‥‥冥府への通行手形だ、受け取れ!」
 ガンッと刀が弾かれる音がする。
 其れと同時に響き渡った鈍い音に続き、新たな火の弾が掩護として放たれた。
「え‥‥」
 浪人風情の男の腕を断ったベルナデット。そして其れを援護する為に動いたサンダーソニアの刃が男の胴を薙いでいた。
 だが奇妙な事に、男は受けた攻撃を痛みと感じていない‥‥そんな印象を受ける。
「此れは、もしかすると、もしかするかのう」
 椿鬼の声に、水月が目を細めた。
「‥‥刀が‥‥怪しいです‥‥」
 彼女は再び瘴策結界「念」を使用すると声を上げた。それに対し、アルマが松明に火を灯して、男と刀を見比べる。
 手に握っていると言うよりは、何処かぶら下がっている印象を受ける柄。其れが男の意志とは反して動いているように見える。
「水月ちゃん、瘴気の気配は1つだけ‥‥?」
 此の声に首が縦に揺れた。
「なるほど‥‥それじゃあこれで、どうかな!」
 アルマの杖が翻り。白光が敵の手を討ち、刀が地面に落ちた――否、宙に浮いた。
「此れが、鎌鼬の正体ですか」
 東堂の冷静な声が響く。
 竜哉は自身の脚に練力を送り込むと、大きく一歩を踏み出した。
 全身の力を振り上げた脚に移し、一気に其れを振り抜く。
 勢いよく風を切る音がし、同時に目の前の刀が揺れるのが見えた。
「――もう一度だ」
 彼は刀を視界に留めたまま、振り切った足を地面に着き、神々しい白銀の刃を振り上げた。
 ピシッ‥‥
 何かに罅の入る音がした。
「急くなよ? 隙が出来る」
 もう一撃で勝負が決する。その思いに誰もが焦りを覚える。
 だが椿鬼の声に一泊を置くと、サンダーソニアと竜哉、そしてベルナデットが同時に刃を翻した。
「これでどうだっ!」
「‥‥此れで終いだ」
「今度こそ、冥府へ」
 3つの声が重なり、それぞれの刃に衝撃が走った。
――ッ‥‥、‥‥パキッ‥‥
 眼前で火花が散り、鋼の刃が砕け散る。
 そして先端の刃が地面に突き刺さると、其処から黒い瘴気が昇り始めた。
「これで、終わり‥‥? あ、そうだ‥‥さっきの人はっ!?」
 アルマの声に皆がハッとなった。
 刀がアヤカシだとしたならば、振っていた男は如何なったのか。
「‥‥何時の段階で亡くなっていたのか」
 緩く首を横に振った東堂にアルマは悲痛そうに眉を寄せて、男の前で足を止めた。
 そうして、葦笛を構えて瞼を伏せる。
「‥‥傷を、癒してあげる」
 言って響かせるのは、癒しの為の歌。
 その音色は今の戦闘で傷ついた仲間たちの傷も癒してゆく。
 それらを受けながらベルナデットは周囲を見回した。
「在るのは、瘴気に還りつつある刀一本、か‥‥」
 出来る事なら故人の半身を探したかった。
 しかし有力な手掛かりはないように見える。
 僅かに視線を落として息を吐いた彼女の肩を、椿鬼が優しく叩いた。
「気を落とすでない。此れ以上の被害が出んことを、まずは喜ばねばの‥‥」
 とは言え、犠牲が出たのは痛い。
 彼女は暗闇が此れ以上広がらないよう、光の蝶を紡ぐと道に光を灯した。
「さあ、帰るとしよう。足元にはお気を付け?」
 そう囁いた椿鬼の声を聞きながら、息を引き取った男を東堂が担ぎ、皆はこの場を後にしたのだった。