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■オープニング本文 ●北面国・狭蘭の里 だいぶ涼しい風が吹く様になった頃。 陶 義貞(iz0159)は今一度、北面にある故郷、狭蘭(さら)の里に呼び戻されていた。 「義貞。呼ばれた理由がお前にわかるか?」 義貞の前に正座をした彼の祖父――陶・宗貞(むねさだ)は眉間に皺を刻んで呟いた。 「知らねえよ。俺、何もしてねえもん」 ケロリと言い放つその言葉に、宗貞の米神がヒク付く。 如何も先程から宗貞の様子がおかしい。 義貞を呼び寄せた時の文も、多少おかしかった。 ――至急里に戻れ。 特に理由もなく呼び出された義貞は、宗貞の身に何かあったのではないかと、急いで戻って来たのだ。 しかし如何だろう。 「じっちゃん元気だしさ。俺、何のために戻って来たのか訳わかんねえよ」 こんな具合だ。 だが宗貞はその言葉を聞くと、今度は青筋を額に据えて義貞を睨んだ。 その何とも言えない迫力に、彼の口元が引き攣る。 「正直に話せい! お前さん、魔の森で何をしでかしたんじゃ!」 「は?」 「じゃから、お前さんが魔の森で遣らかした失態を吐けと言っていおるんじゃ!!」 えーっとつまり‥‥ 「俺が魔の森で何かしたと思ったから、呼び戻されたのか?」 「それ以外に何があるんじゃ」 いや、自信満々に言われても困る。 義貞は呆れ気味に目を瞬くと、大きく首を横に振った。 「俺、何もしてないぞ。ただ迷子になって、開拓者の兄ちゃん達に助けて貰っただけだ」 そう、義貞は道に迷い迷惑を掛けたが、それ以外の悪さはしていない。 しかし宗貞は言う。 「いいや、お前さん以外有り得んのじゃ。お前さんが魔の森に入ってから、アヤカシの動きが活発化しておる。絶対に何かやらかしたんじゃろ!」 完全に決めつけだが、普段の行いもある。 普段から品行方正で皆に迷惑を掛けない生き方をしていれば、白羽の矢が立つ事もなかっただろう。 だが義貞はそんな性格ではない。 元々、猪突猛進で後先考えない性格をしている為、直ぐに騒動を巻き起こしたり巻き込まれたりしている。 「里の者も、お前さんが犯人ではないかと言っておるんじゃ。そりゃまあ、爺や他にも、お前さんではないと思う者もおる‥‥しかしのう、時期が時期じゃ。致し方あるまい」 時期が違えば少しは違ったかもしれない。 宗貞はそう言うと、義貞の目を見た。 「本当に、お前さんではないんじゃな?」 真っ直ぐに見る目は少しだけ赤い。 話を聞いてからあまり寝ていないだろう。 義貞はバツが悪そうに視線を外すと、大仰に頭を掻いて息を吐いた。 「仕方ねえな。そんなに言うんじゃ証明するしかないじゃんか」 「‥‥証明?」 「おう! 俺が魔の森に行って、俺の所為じゃないって証明してくる!」 言って胸を叩いた義貞に、宗貞は面食らったように目を瞬くと、やれやれと苦笑を零した。 そうして前回の失敗を踏まえ、開拓者ギルドへ同行者を集うのだが、1つ気になる事があった。 「服の切れた女‥‥アイツじゃ、ないよな?」 魔の森で出会ったキノコを探していた少女。 もしかするとあの少女が何かしたのだろうか。 そんな事を思いながら、義貞は出発の準備を始めた。 ●??? 魔の森の奥地にひっそりと佇む洋館。 其の中でソファに腰を据えた青年が、物憂げに書物を眺めていた。 「お兄様、何を読んでますの?」 「この近辺の歴史を調べておこうと思ってね。ブルームこそ如何したんだい?」 碧眼に金色の髪。透けるように美しい白い肌の男女。 形こそ人間だが、明らかに人とは思えない美貌を持つ彼らは、ごく自然に言葉を交わす。 「如何した――では、ありませんわ」 ブルームと呼ばれた女性は、兄と呼ぶ男性の膝に肩に手を添えると、不満げに唇を尖らせた。 「お兄様ったら、此方に来てから書物ばかり読み漁って、わたくしのお相手をして下さらないんですもの」 ブルームはそう言うと、ゆったりとした動作で兄の膝に腰を下ろした。 それを受けて兄――ヘルが苦笑しつつ書物を閉じる。 「確かに、ここ数刻だがお前の相手をしていなかったな。何か欲しい物でもあるのか?」 妹の願いは何でも聞く。 そんな雰囲気を滲ませるヘルに、ブルームは嬉しそうに笑み、自らの腹に手を添えた。 「わたくし、お腹が空いてしまいましたの。そろそろ新しい人間が欲しいですわ」 「新しい人間か‥‥」 彼らが前に食事をしたのは数刻前の事。 密かに捕り溜めておいた『食料』ではブルームは満足しないらしい。 「新鮮な血肉ほど美味な物は無い。しかし、食べ物を粗末にするのはダメだぞ」 「少しの食べ残しならお兄様が食べて下さるじゃない。わたくしは新しい『ご飯』が欲しいの」 ブルームはヘルの顔を覗き込むと、コツリと額を合わせた。 これは彼女がお強請りをする時に取る行動の一部だ。 物欲しげに見つめてくる目を見ていると、如何にも負けそうになってしまう。 しかし―― 「‥‥駄目だ」 「!」 静かに放たれた言葉に、彼女の眉が上がった。 「今は大人しく、古い『食料』で我慢するんだ」 「〜〜‥‥、お兄様のケチ!!」 ブルームはそう言い放つと、頬を膨らませて立ち上がった。 「‥‥何処に行く気だい?」 「自分で狩りに行ってくるわ。お兄様なんて当てにしないもの」 「ブルーム!」 短気を起こしたブルームを見送り、ヘルは「はあ」っと大きな溜息を零した。 その上で手元の書物に視線を落とす。 「‥‥仕方のない子だな」 そう呟いた直後、ヘルは書物をソファの上に置き、この場を去って行った。 ●陽龍の地『魔の森』 魔の森に足を踏み入れてどれだけ経っただろう。 だいぶ奥まで来た所で、義貞は現在地を確認するように周囲を見回した。 目に映るのは妖しげな植物ばかり。 「証拠、ないなあ」 呟き、溜息を零した時だ。 視界に何かが入った。 目を凝らし、じっと見据える先に影が見える。しかもそれは徐々に近付いているようだ。 「あー、いたーっ!」 突如、森の中を響いた声に、義貞は驚いた。 その声は、以前森で出会った少女と同じだ。 「お前、こんなとこにいたのか!」 義貞は思わず声を上げると、すぐさま駆け寄ろうとした。 しかし―― 「あら、美味しそうな子供♪」 ふわりと舞い降りたドレスを着た女性。 金糸の髪を風に靡かせる女性は、大地に片足を付けると、礼儀正しく一礼を向けた。 「だ、誰だ、お前!!」 戸惑う義貞に、彼女は妖艶な笑みだけを返す。 「ねえ、わたくしお腹が空いているの。貴方と、その後ろの人たちの若さ溢れる美味しそうな血肉を、わたくしにちょうだい」 言葉と共に現れた人間の骨格だけで動く奇妙な存在と、空を舞う骨だけの鳥。 それらは義貞達を視界に留めると、それぞれに声を上げて襲い掛かって来た。 「くそっ‥‥なんだかわかんねえけど、やるしかない‥‥行くぞっ!」 そう口にすると、義貞は二刀の刃に手を添え、勢い良くそれを抜き取ったのだった。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 鬱蒼とした雰囲気が漂う中、開拓者たちは無数のアヤカシを前に己が武器に手を添えていた。 「うーん、少し数が多いか」 匂坂 尚哉(ib5766)は瞳だけで周囲を伺い呟く。 その手に添えるのは己が使命を果たす為に力を与えてくれると言う刀。彼はその柄を握り締めると、状態低くした。 その上で後方に問いかける。 「リンカ、颯、準備はどう?」 この声に、藍色の弓を手にしたリンカ・ティニーブルー(ib0345)が頷く。 「問題ないよ。気持ちよく一気に決めとくれ」 「同じく、任せてくれて良いよぉ」 ヘラリと笑った不破 颯(ib0495)は、重く長い漆黒の弓を構えて上方を捉える。其処に見えるのは、骨格だけで構成された鳥だ。 尚哉は2人の答えを聞き、見事なまでに磨きあげられた刀を抜いた。 そして―― 「うおおおおお!!!!」 覇気と共に発せられた声。 此れに上空を飛ぶ敵も、地上を進軍してくる敵も全てが向く。 「素晴らしい威力ですね。さ、あいにく、易々と食べられる訳には参りませんので‥‥抵抗は、させて頂きますよ」 七つの宝珠が納まる黒塗りの杖。 其れをヒラリと返して六条 雪巳(ia0179)が穏やかで優しい舞を舞う。 如何かこの先、前衛で闘う者へ多くの加護がありますよう‥‥ 抵抗力と防御力を上げる巫女の舞は、尚哉は勿論の事、同じく前線に立つクロウ・カルガギラ(ib6817)やエルレーン(ib7455)へも注がれている。 「流石は魔の森――そんな所か。義貞の無実の証拠探しは、この森を探れば早道と思ったんだが、そう簡単にはいかないってことだな、っと!」 クロウは金色に輝く刀身を翻し呟く。その一手が骨人の胴を薙ぐと、彼の眉が上がった。 鎧を纏う人の形をした骨は、正直言って、普通のアヤカシよりも手強い。 「斬撃はイマイチ、ならこれで如何だ!」 彼はトンッと地面を蹴ると、振り翳した刃の向きを変えた。その上で刃の表を叩き付けるように一気に振り下ろす。 「っ!」 腕に重みと衝撃が加わるが、それは面積を大きく打撃を加えられた敵も同じようだった。 力に押されてよろけたその身に、新たな攻撃の手が伸びる。 「喰らえッ! 火龍剣ッ!!」 骨人の死角に迫ったエルレーンが、炎を纏う一撃を浴びせる。其れが人骨の胴を粉砕すると、敵の一体地面に伏した。 「うぅ、この森、この瘴気‥‥やっぱりおかしい!」 彼女は新たな踏み込みをもって叫ぶ。 その目が捉えるのは複数のアヤカシの向こう。悠然との闘いを見据える女だ。 「あなたがこれをやったの‥‥アヤカシめ!」 「うふふ、威勢の良い女の子。貴女も美味しそうね」 「『美味しそう』‥‥? 私たちを食べるつもり?!」 次なる一撃を骨人に見舞いながら叫ぶエルレーンに、金の髪を持つ女アヤカシが笑う。 コロコロと鈴を転がすように笑う女に、上空の敵へ意識を向けていた颯が目を動かした。 「あっはは〜随分危ないお嬢さんだねぇ義貞君。知り合い?」 「ンな訳あるか!」 緊張感が抜ける声に、陶 義貞(iz0159)が思わず声を上げる。それに笑い返してから、颯は口角を上げた。 その様子に、彼の傍で戦況を見据えていた羽喰 琥珀(ib3263)が動いた。 「大丈夫だとは思うけど、突っ走んなよー」 ムニッと頬を突かれて義貞の口角が下がる。 言われなくても大丈夫。そんな雰囲気を滲ます彼に頷きを返し、琥珀は柔らかく神聖な雰囲気の刃を構えた。 尚哉の放った咆哮と、前衛の者達の動きのおかげもあり、敵は良い具合に一カ所に集まり始めている。 「ほら前」 琥珀へと意識を向けていた義貞へ緋那岐(ib5664)が囁く。それに慌てて前を向くと、笑みを含む声が聞こえてきた。 「肩の力を抜けって。でもまあ、濡れ衣を着させられたままってのも嫌だよな。心が冷えちまう」 義貞が此処へ向かった理由、それを思い返して呟くと、緋那岐は五芒星が描かれた符を構えた。 「大丈夫だって、俺も協力する‥‥ってことで、よろしくー」 トンと肩を叩かれ頷こうとした時だ。 「そろそろ頃合いですよ」 雪巳の声にリンカと颯が気を集中させる。ギリギリまで弦を引き、意識を上空の敵の身に集中。この一撃で何処まで減らせるかが焦点だ。 「私の命は義貞さんに預けるからちゃんと守ってね」 リンカは片目を瞑って悪戯っぽく笑むと、颯に視線を向けた。 「さて、いきますかねぇっとぉ」 彼の声を合図とし、同時に放たれた矢が気を渦巻いて敵の中へと突っ込んで行く。 その範囲は矢が射抜く直線状全て。しかもそれが2本となれば効果は大きい。 「あら‥‥」 空を舞う無数の骨鳥が地面に落下して行く様子に、女アヤカシの首が傾げられた。 羽根らしき骨格に張った膜を貫かれた骨鳥。それが地面に落ちると、前衛で刃を振るう者達が止めを刺してゆく。 当然敵はそれだけではない。 しかし開拓者たちは見事な連携で、骨人も次々と撃破して行った。 「雑魚ではないのね」 ポツリと呟き出した声。 本来なら此処で焦る所だが、女アヤカシは艶やかな唇の口角を上げると妖しく微笑んだ。 「ますます美味しそう♪」 上機嫌に囁く声は実に楽しそうだ。 現状を楽しむその様子には余裕しか伺えない。 「増援の気配がありますね。あまり長居は出来そうもないですよ」 雪巳はそう言葉を零すと、ここが魔の森であることを示唆した。 それに武器を振るう全ての者が頷く。 「俺達の目的は全部を撃破する事じゃない。だろ?」 雪巳の声に「わかっている」と頷き返し、緋那岐は上空に残る敵に銃弾のような式を飛ばす。 その一方で、エルレーンは炎の剣を振り上げると、素早い動きで骨人を撃破し、女アヤカシを振り返った。 「そんなふうに、森に入った人たちを食べたっていうの?」 「あら、わたくしのテリトリーに入った餌を食べて何がいけないのかしら。ここはわたくしとお兄様の領域。人間なんて狩場に迷い込んだ餌だもの。当然食べるわ」 それの何がいけないの。 そう問いかけるアヤカシは、自分は何も悪いことはしていないと言う。 「ってことは、前にこの森で行方知れずになった人間が居たが‥‥てめえ、何かしやがったのか?」 クロウは問いながら、骨人の後方に回り込み一撃を見舞う。そうして更に踏み込みを深くすると、別の敵へと刃を振るった。 「人間は餌‥‥そう言った筈よ」 口にして女アヤカシが手を翳すと、上空のアヤカシが増えた。 同じ質問はどうやら機嫌を損ねるらしい。 増えた敵の姿に、リンカと颯が上空を矢で捉える。 「沢山出てきたねぇ‥‥最近この辺でアヤカシ使っていろいろしてるの、あんたらかい?」 「そうなるかしら」 あまりにもアッサリと認められた事実に拍子抜けしてしまう。 今の証言だけでも義貞の無実は証明される。だがどうせならもっと別の、確実な情報が欲しい。 颯は上空の敵を素早く射抜くと、チラリと視線を寄越した。 その上で、普段通りの口調で問う。 「お嬢さん、随分別嬪さんだが、ここらで見ない顔立ちだねぇ。わざわざ余所の儀から一人で来たのかい?」 「別嬪、だなんて‥‥うふふ、素直なお兄さんは好きよ♪ でも、残念。わたくしは兄様と2人で来たの」 女アヤカシは言って、僅かに表情を曇らせた。 だが直ぐに表情を笑みに変えて囁く。 「お兄様はお優しくてお強くて、凄く素敵なんだから♪」 心底兄が好き。そう取れる言動に「ンなこと聞いてねえのに」との義貞が呟く。 それに鋭い視線が飛ばされると、彼に向けて骨鳥が仕向けられた。 だが―― 「やらせないよぉ?」 颯は飄々とした様子でそう囁き、ニッと骨鳥を射抜く。そうして新たな矢を番えると、こちらを見た義貞に目配せをして見せた。 そこに雪巳の声が届く。 「貴女も人ならぬもの‥‥ですね」 「だから何?」 「人の形をとるのは、油断させるためですか?」 明らかに不機嫌になった女アヤカシは、彼の問いに目を細めると、手を後ろで組んで視線を空に向けた。 「し〜らな〜い」 完全にヘソを曲げたらしい。 「では、ここで一体何をしていらっしゃるのです。その骨たち‥‥他にも徘徊させていたりするのですか?」 「しつこいわね。知らないって言った筈よ」 言うが早いか、彼女は腕を振り上げて彼らの前に新たなアヤカシを招いた。 「さっさと狩られちゃいなさいな」 一斉に仕掛けられた攻撃に、均衡を保つ闘いから劣性へと状況が変化する。数に負けそうになる開拓者を見て、女アヤカシは少し機嫌を回復したようだ。 先程、一度下がった口角が少し上がっている。 琥珀は朱の刃を鞘に納めると、眼前に迫るアヤカシに飛び込んで行った。 彼は横を通り過ぎ様に刃を抜き取って胴を薙いだ。これに敵の武器と防具が落ちると、彼は直ぐに身を転じた。 「まだ足んねえか‥‥なら、これで如何だ!」 小柄な体を活かした身軽な動作で、刃の背を足元に向けて一気に裂く。そうして敵が地面に伏すのを見止めると、彼は素早く刃を背負う鞘に戻した。 だが敵の数はどう足掻いても減って行かない。 「あらあら、だいぶ押されているようだけど、大丈夫かしら?」 楽しげにコロコロ笑う声。 琥珀はそんな敵に目を向けると、新たな攻撃に転じながら口を開いた。 「こんなに強ぇなんて‥‥なあ、姉ちゃんはここに来る際、誰かに手引きされたのか」 「あら、何故そう思うのかしら?」 女アヤカシは琥珀の問いに面白そうに目を細めると、身を屈めて窺うような姿勢を取った。 「いや、なんとなくだけど‥‥」 琥珀はそう言うと、巨大な太刀を振るう。 獣人らしい身軽な動きを見詰めながら女アヤカシは「ふぅん」と呟き、ふと後ろを振り返った。 その上で視線を戻す。 「良いわ、教えてあげる」 彼女はそう言うと、頬に指を添えて微笑んだ。 「わたくしの名前はブルーム。お兄様はヘルよ。わたくしたちは弓弦童子に誘われて此処に来たの」 「弓弦童子って‥‥これは随分と大物の名前が出てきたね。ってことは何かい。あんたらは、どこかから弓弦童子に言われて来て、ここに居座ってるのかい?」 リンカの問いに、ブルームはクスリと笑う。 「正しくは違うわ。でも似たようなものね」 そう口にすると、彼女は少しだけ寂しげに笑み、そして直ぐに妖艶な笑みを零した。 「わたくしとお兄様には、貴方たちの血肉が必要なの。さあ、お話はもう終わり‥‥わたくしの空腹を満たす餌となってちょうだいな」 ブルームはそう言って両の手を広げた――その時だ。 「!」 彼女の頬を突き抜けた2本の矢。 一本は右を、もう一本は左を。それらは彼女が着けるイヤリングを射抜こうとしていた。 だが僅かに的がずれている。 「おや、外したかい」 「うーん、そのようだねぇ」 リンカと颯は飄々と言葉を交わし新たな矢を番える。次々と放たれる矢にブルームは周囲を伺った。 だがその目に鋭い光が走ると、彼女の目が見開かれる。 「見た目だけじゃなく、言ってることも怪しい奴‥‥」 射撃に気を取られていたからだろうか。それとも開拓者たちの能力を侮っていたからだろうか。 いつの間には傍に迫った尚哉にブルームが急いで間合いを取る。しかし彼女の鼻孔を擽る香りに、足が止まった。 「美味そうだろ?」 ニッと笑って間近に見せるのは、傷付けた自らの腕。それにブルームの喉がゴクリと鳴る。 「本当に、美味しそう‥‥」 恍惚と、心底欲しそうに囁く声に、尚哉の眉が顰められる。 「今までもこうやって人を狩ってたのか?」 囁き、伸ばされた手に腕が振り上げる――と、同時に舞い上がった血痕が彼女の碧眼に入った。 「――、‥‥!」 急ぎ目を拭って後方に引こうとした彼女の耳を何かが削いだ。 痛烈な衝撃と、身体の一部を失う感覚にブルームの口から甲高い悲鳴が上がる。 「人間が、人間如きがわたくしの耳を‥‥」 血に濡れた瞳が開かれた瞬間、尚哉の胸を深く抉るものがあった。 「ッ、ぁ‥‥」 一瞬の事で息を奪われる様に固まった彼へ、追い討ちが迫る。 突き入れられたブルームの手が、引き抜き様に彼の鼓動を奪おうとしたのだ。 だがその動きは遮られた。 ブルームの顔面と胸を狙って放たれた短剣に、彼女の体が後方に飛んだ。 これによりスルリと抜けた腕が何も奪わず去って行く。 そうして支えを失った尚哉は、その場に崩れ落ちると、雪巳が透かさず駆け寄った。 「美味しい‥‥」 その耳に響く声に、彼は癒しを尚哉に施しながら鋭い視線を寄越す。 「もう良いわ。貴方たちなかなか食べさせてくれないんですもの。それに‥‥」 そう言って彼女の目が地面に落ちた。 足元に転がるイヤリングと、耳の欠片。それを表情無く見据えて、ブルームは背を返した。 「もう帰る!」 彼女はそう言うと忽然と姿を消した。 ● 「こっちが安全そうだ」 颯は弦を弾き、周囲のアヤカシの情報を手に入れながら、敵がいない方へと味方を導いてゆく。 そんな彼の背には、意識を失ったままの尚哉がいる。 「義貞君の容疑は晴れたろうが‥‥やっかいなのが出てきたもんだなぁ」 そう言いながら奇妙な程あっさり消えた相手に悪寒を覚える。もしあのまま闘い続けていたら如何なっていたか。 想像するだけでも恐ろしい。 「結局追跡も出来なかったし‥‥でもまあ、欲しい情報は手に入れられたか」 緋那岐は青い小鳥型の式を手元に寄せると、先の道を見据えて呟いた。 手に入れられた情報は、アヤカシの名前と彼らの後ろにある者の名。そして義貞が無実であると言う物的証拠のイヤリングだ。 「義貞さんのせいではないと信じていましたが‥‥あ、尚哉さん。無理に起き上がっては駄目ですよ」 颯の背で瞼を動かした尚哉に、雪巳が慌てて声を掛け、新たな癒しを注ぐ。 それに目だけを向けると、彼もまた彼の意見に同意するよう、目で頷いた。 「義貞の、性格じゃ‥‥無理だ‥‥」 でもこれで、身の潔白は証明されたな。そう言葉を向ける相手に、義貞が何か言いたげに視線を寄越す。 そして颯の着物を引くと、自分が背負ってくと言い出した。 「義貞さん、無理はしない方が」 この場の全員が多かれ少なかれ負傷している。リンカはそれも踏まえて声を掛けたのだが、義貞は首を横に振ると「無理でも自分が背負う」と言って彼を背負った。 エルレーンは皆の後方から、周囲を警戒しつつ足を運んでいた。 その表情は若干呆れてはいるが、何処か清々しいものだ。 「‥‥やっぱり、ちょっとおばかさんなの」 そう義貞を評価するも、それすらも何処か懐かしく感じる。 そしてその僅か先、クロウはふと小首を傾げた。 「なあ、そう言えば、この森について何か知ってることあるか?」 「陽龍の地の事か? だったら昔は、北面と東房の龍の養成地だったらしいぞ。確か名前を付けたのは‥‥」 誰だったっけ? そう首を傾げた義貞に、クロウは苦笑すると、「ありがとう」と言葉を返して前を向いた。 |