【浪志】陽気の祭事
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 31人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/03 00:32



■オープニング本文

『力が欲しいのなら手を貸そう』

 こう、汚く、形の整わない文字で文が届いたのは、数刻前の事。
 東堂派数名の浪志を前に、東堂・俊一(iz0236)はこの文を開示すると、緩く口角を上げた。
「嘆かわしい事ですね。このような手に誰が引っ掛かると言うのか‥‥」
 文に差出人の名は無い。
 だが、東堂にはこの文の差出人に思い当たり部分がある。
「先生、この文の差出人は俺たちの目的を――」
 浪志の1人、チェン・リャン(iz0241)が思わず口を開く。それを人差し指を唇の前に添える事で遮ると、東堂は緩やかに笑みを湛えた。
 何処で誰が聞いているのか分からない以上、不用意な言葉は控えるべき。そう言外に示すと、彼は己が目を障子の外へと向けた。
「――力が必要なのは確かですが、得体の知れない者と手を組む必要はありません。私達は私達の力で事を成す‥‥その為にも民に私達の存在を知って頂かなければなりません」
「そうですね‥‥民衆の中には、未だ力のある者への偏見もあると聞きます。ですから、出来るだけ野蛮な事は避けたいですね」
 戸塚小枝は恭しい言葉で東堂に進言する。それを耳にし、彼の目が小枝を捉えた。
「私達の力は何も力を持たない者からすれば異端です。そして購う事の出来ない強大な力でもあります。不安に思い、恐怖心を抱いても不思議ではないでしょう」
 それに‥‥。と、東堂は言葉を止めると息を吐いた。
 力ある者達が集団を形成する。それは彼の言う力のない者には脅威でしかない筈。ましてやそうした集団が力を見せれば、やり方次第では印象を悪くさせかねない。
「ではこうしましょう。数日の内に私の私塾――清誠塾にて小規模ですが祭りを開きます。そこに一般の方も招待しましょう」
「お待ち下さい。確かにその方法であれば、民衆の不信感は拭えましょう。しかし、その怪しい文は如何なさるおつもりです?」
 こう進言したのは真坂カヨ(iz0244)だ。
 彼女は東堂の元で私塾を手伝ってくれている人物でもある。故に、東堂も彼女の言葉には少なからず信を置いていた。
「人が集まれば文の差出人も、都に蔓延るアヤカシも自ずと集まって来るでしょう」
「‥‥陽の気を発し、陰の気を集める――そう云う事で御座いましょうか」
 このカヨの声に東堂は頷く。
「表向きは民を楽しませるために。その陰で、悪しきモノを出来る限り滅してしまいましょう。陽の気を集めた後であれば、多少の陰の気は目を瞑って頂けるはず」
「ですが、それだと私達だけでは些か人数が‥‥」
「それは問題ありません」
 そう、東堂が口にした時だ。
 廊下を真っ直ぐ歩いてくる音がする。その音は部屋の前で止まり、やがて緩やかに戸を叩く音へと変じる。
「東堂先生はおられますか」
 声に次いで姿を現したのは、真田悠に近い人物――天元 恭一郎(iz0229)だ。
 彼は私塾の奥に集められた面々を目に止めると、僅かに眉を顰め、直ぐにそれを正した。
「呼ばれて来てみれば、随分と仰々しい様子ですね。僕が来ても良かったのでしょうか?」
「ええ、態々足を運んで頂いて申し訳ありません。実は、恭一郎君に頼みたい事がありまして」
「東堂先生が、僕に頼みごとを‥‥?」
 珍しい事もある。
 そう眉を潜める彼に、東堂は穏やかに微笑んだ。
「先日、餓鬼の集団を退治したと聞きました。ぜひ、その続きをして頂けませんか?」
 恭一郎は先日、餓鬼と鬼を同時に退治した。
 ただその際に気になる部分があったらしく、彼はその退治以降も色々と動いていたようだ。
 東堂はそんな彼に目を止めた。
「‥‥何か当てでも?」
「ええ、貴方にとって、真田君にとっても悪くない話だと思いますよ」
 そう囁くと、彼は文の話は伏せ、祭りの裏でアヤカシを誘き寄せるという策を話し始めた。

●祭事の準備
 清誠塾の庭は子供たちが遊ぶにも十分な広さがある。
 東堂はそこを一般開放し、出店を置くなどして祭りの準備を進めていた。
「もう少し出店の位置をずらせませんか? それでは子供たちが裏に入って怪我をしかねません」
 祭りの目的は陽気を表に集め、陰気を誘き寄せるというもの。
 揉め事や、不慮の事故など以ての外。準備は入念なら入念なほどに良い。
「東堂先生、恭一郎殿が動かれたと報告が‥‥」
「そうですか、少し早い気もしますが、彼なら問題はないでしょう。私達は彼の為にも祭りを成功させましょう」
 そう言って微笑むと、報告に来た人物も祭事の準備をするよう促し、自身も率先して準備に取り掛かった。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 氷那(ia5383) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 明王院 未楡(ib0349) / 无(ib1198) / リア・コーンウォール(ib2667) / 華表(ib3045) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 長谷部 円秀 (ib4529) / シータル・ラートリー(ib4533) / 緋那岐(ib5664) / 黒木 桜(ib6086) / アムルタート(ib6632) / 羽紫 稚空(ib6914) / 羽紫 アラタ(ib7297) / 煌星 珊瑚(ib7518) / 御巫 光一(ib7547) / 影雪 冬史朗(ib7739) / にとろ(ib7839) / 華魄 熾火(ib7959) / 翳之宮 莉緒(ib8015) / 陸奥ザジ(ib8022) / シーサー(ib8024


■リプレイ本文

 陽が頭上に差し掛かる頃。
 普段は比較的静かな雰囲気の『清誠塾』に多くの人が集まり始めていた。
「これだけの人が集まって頂けるとは‥‥提案した甲斐がありますね」
 東堂・俊一(iz0236)はそう口にして感慨深げに息を吐く。その上で思うのは、この祭りの陰で行われる血生臭い作戦の事。
「――私は、何がしたいのでしょうね」
 思わず口にして苦笑が零れる。と、其処に駆け寄る足音が響いてきた。
「せんせー! 恭兄が、後で来るからご飯取っといてって!」
 興奮した様子で飛びついてきた少年を抱き止め、東堂は彼と共に来た人物を見た。
「では、どの位ご飯が必要かは先生が聞いておきますから、貴方は皆の所に行ってお祭りの準備を進めて下さい」
 そう言って子供を塾の中に戻し、此方を見る人物――天元恭一郎に歩み寄った。
 恭一郎の事だ。此処を訪れたのは子供を届ける為ではないだろう。そして案の定、幾つかの問いを向けてくる。
 それに答えながら目を動かしていると、此方に近付いて来る存在に気付いた。
「あ、東堂先生――と、えっと‥‥?」
 遣って来たのは柚乃(ia0638)だ。
 彼女は祭りを開くことを提案した東堂に挨拶を‥‥と思い彼を探していたのだが、思わず目が隣に立つ人物に向かう。
「何か?」
「あ、えっと‥‥東堂先生にご挨拶を‥‥」
「ああ、それでしたら僕はこれで――」
 そう言って去ろうとした恭一郎の着物を柚乃が掴んだ。それに彼の首が傾げられる。
「‥‥あれ?」
 何故引き留めたのか分からなくて彼女も首を傾げる。
「可愛らしいお嬢さんに好かれたものですね。私が東堂俊一ですよ。そして此方は天元恭一郎君と言います」
「天元‥‥あ、えっと、柚乃です。カヨさんからお話を伺って‥‥」
 柚乃は慌ててそう言うと、一度頭を下げて私塾の方を見た。
「清誠塾‥‥柚乃も、一日体験で良いのでご教授願おうかな?」
 楽しげに走り回る子供達。その姿を見て零した声に、東堂の笑みが零れる。
「ええ、何時でもお越し下さい。お待ちしてますよ」
 東堂はそう言うと彼女の頭を撫でた。
「では、僕はこれで」
「はい。御武運をお祈りしておりますよ」
 恭一郎は柚乃に軽く礼を向けると、私塾を後にした。
 その姿を見送り、ふと視線を泳がせる。
「‥‥天元、恭一郎‥‥?」
――天元。
 柚乃はその名に目を瞬くと、もしかしたら。と人探しに祭り会場へと向かった。

 祭り会場は私塾の敷地内全土を使って行われている。
 当然、其処に在る道場も会場の1つで、からす(ia6525)は道場の傍らに茣蓙を敷くと、其処に茶席を設けて腰を据えた。
 其処に華表(ib3045)が通りかかる。
「‥‥あの、ここで何を‥‥?」
 見た所、茶の席のようだが、人はからすしかいない。
 彼女は華表の姿を目に止めると、香炉に新たな香をくべて彼を見上げた。
「如何?」
 微かに笑んで差し出されたのは茶と茶菓子。
 良く見れば席の隅には毛布もある。
「疲れた者の為に色々と、な。祭りの中でも落ち着ける休憩所と言うのは、必要だろう?」
「確かに‥‥」
 頷いて、華表の目が瞬かれた。
 このまま納得だけして去る事も出来る。しかし今回自分にはやりたいと思う事があった。
 皆が楽しむのと同じように、自分も楽しむ努力をする事――
「あ、あの。わたくしにも、お手伝いをさせて下さい」
「構わんよ。まあまずは一服、如何?」
「は、はい!」
 からすの快諾に目を輝かせると。
 華表は勢い良く正座して、彼女の用意した茶に手を伸ばしたのだった。

 その頃私塾の中は、元々東堂が呼んだ的屋と、開拓者が用意した出店で、僅かに賑わいを持ち始めていた。
 和奏(ia8807)はその中を興味深げに歩きながら、ふと自身が記憶している「塾」というものを思い出す。
「開拓者のお仕事で寺小屋に行った事があるのですが、塾とはまた違うのでしょうか?」
 そう呟き、ある店が目に留まった。
「ふふ、ではどちらのお姉さんが上手に輪投げを出来るか‥‥皆さんで考えてみて下さいね」
 そう言って楽しげに笑うのは白野威 雪(ia0736)だ。
 彼女は友人の氷那(ia5383)と共に、子供たちを連れて出店を回っている途中のようだ。
「そう簡単には負けないわよ」
「望む所です」
 2人は輪投げの輪を手に、意気込む。
 そうして子供達の合図と共に勝負を開始させるのだが、流石は開拓者。
「わあ、凄い!」
 次々と獲得される景品に、子供達は大喜び。仕舞いには的屋のお兄さんが泣いて止めてと懇願する程だった。
「子供さんがいっぱいいらっしゃるのですねぇ」
 射的の店だけではない。
 至る所で子供達が楽しそうに遊んでいる。その様子にふと目元を緩めた所で、和奏の目がある物を見止めた。
「‥‥これは、あなた達のお店、でしょうか?」
 どう見てもガラクタばかりの店で、店主は私塾の生徒のようだ。
「へへん。都を歩いてると色んなものが落ちてるんだ。兄ちゃん、どれか持って行く?」
 ビー玉に木の実をくり抜いて作った駒。中にはお茶碗の破片などもある。
 和奏はそれらを珍しそうに眺めると、その中の1つを手に取った。
「それじゃ、これ」
「まいどあり!」
 子供は嬉しそうに声を上げて商品を差し出してくる。彼はその笑顔を見ながら、知らず笑みを零している事に気付いた。

 店を訪れるのは何も子供だけではない。
 ジルベール(ia9952)は、楽しげに出店を覗く妻を、愛しげな表情で見詰めながら祭りの会場を歩いていた。
 その手は仲良く繋がれており、一目で仲の良い夫婦だと分かる。
「ジルベールさま、あれはなんでしょう? こっちは?」
 実の所ラヴィ(ia9738)はお祭り初体験。見る物全てが目新しく、何を見ても、何を聞いても心躍る状態だ。
「とっても楽しいですわ♪」
「色々売ってるなあ。あ、ラヴィ。あれ買うたろか?」
 店は想像以上に多い。
 ジルベールは数多もの店の中から妻に似合いそうな店を見付けると、彼女を促して覗き込んだ。
「どれでも好きなん選びや。仕事ばっかしでラヴィには寂しい思いさせてるからな。遠慮せんでエエねんで」
「え‥‥そんな。ラヴィ、たくさんはいりませんわ」
 そう言うと、ラヴィは店の前にしゃがみ込み、1つの指輪に目を留めた。
「では記念に、これが欲しいです」
 彼女が示したのは安物の玩具の指輪だ。
「ジルベールさまが元気で戻ってきて下さる事が、一番の贈り物ですもの」
「ラヴィ‥‥ありがとな」
 優しい妻の声に、知らず握った手に力を篭める。そうして彼女の指に買ったばかりの指輪を嵌めると、2人は再び歩き出した。
 しかし――
「うわあああん!」
 不意に響いた声にジルベールは慌てて声の方を振り返った。そしてラヴィの手をそっと放して駆け寄る。
「泣いたらアカンで。男の子やろ?」
 転んだ私塾の子を起こして塵を払う。
 そうして子を見送ると、ふと視線が落ちた。
「成仏できたんかなあ」
 先日受けた依頼で倒した餓鬼は、無事冥府の門を潜る事が出来たのだろうか。
 寂しげに、何処か辛そうにしている夫に、ラヴィはそっと手を伸ばして彼の手を包み込む。
 その温もりにハッとなった彼は、心配そうな視線を注ぐ妻に笑みを向けると、耳元に口を寄せて囁いた。
「なあ、子供何人欲しい?」
「ふぇっ? こ、こどもさんですか‥‥」
 上擦ったり、真っ赤になったり。
 そんな彼女の反応に満足そうな笑みを浮かべると、ジルベールは彼女の手を取り直して歩き出した。
 そんな夫を見てふと思う。
「子供さんがいれば少しはジルベールさまが寂しくないでしょうか‥‥」
 ラヴィは握る手を見、そして夫の顔を見詰め、そっと自分の胸に手を添えたのだった。


 陽が完全に昇り、私塾は更なる賑わいを見せる。
 リンカ・ティニーブルー(ib0345)は艶やかな浴衣姿に、帯には贈り物のお守りを付けて、ある人物を待っていた。
「来てくれると良いんだけど‥‥」
 彼女が待つのは、先日依頼を一緒した陶義貞だ。
 落ち込んだ様子のあった彼を少しでも励ましたい。気分を晴らしてあげたい。そんな想いで来たのだが、待ち人はまだ来ない。
「やっぱり、無理だったのかね」
 そう、呟いた時だ。
「‥‥遅れ、ました」
 小さく零された声にリンカの目が飛ぶ。
 其処に居たのは表情こそ暗いものの、義貞に間違いない。
「来てくれたんだね、良かったよ」
 そう言うと、リンカは彼の手を取って微笑んだ。
 その上で落ち込んでいる姿に、そっと頭に手を添えて其処を撫でる。
「塞ぎ込んでちゃ、悪い事しか思い浮かばないよ。今はしっかり楽しんで気持ちを切り替えて‥‥解決する時はみんなで一緒に考えるんだから」
 ね? そう顔を覗き込んだリンカに、チラリと義貞の目が向かう。
 何か言いたい。でも何も言えない。
 そんな様子の彼に苦笑を零し、リンカは気分を入れ替える為に彼の手を引いて歩き出した。
 そうして2人は祭り会場に入って行ったのだが、中は想像以上に人が多い。
 的屋の数も、午前より増えている感じだ。
「危ないですから、あまり近付かないようにして下さいね、っと!」
 賑わう出店の中で、一際人を集める店があった。
 其処で腕を揮うのは長谷部 円秀 (ib4529)だ。
 彼は中華鍋を片手に泰料理の火力パフォーマンスを行っている。ただ料理を作るだけではつまらないと、彼なりに考えて出した店だ。
 東堂はそんな彼の店の前にやってくると感心したように声を零した。
「素晴らしいですね」
「よろしければ如何ですか?」
 言って差し出したのは出来上がったばかりの炒飯だ。
「お約束通り来て頂いて、有難うございます」
「いえ、私に出来る事であればお手伝いしたいと思っていましたから。で、味の方は如何です?」
「――ええ、申し分ありません」
「それは良かった。まだ沢山ありますから、遠慮なく食べてください」
 円秀はそう言うと、新たなご飯を落して鍋を振った。
 その様子に東堂は穏やかな表情を浮かべて頷くが、ふとその目が私塾の入り口に向かう。
「へ〜、お祭りですかぁ。まだ出店可能なようですけど、未楡小母様どうされますか?」
 そう問いかけたのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。
 彼女は隣に立つ明王院 未楡(ib0349)を見ると、小さく首を傾げた。
「そうですね‥‥あ」
「如何なさいましたか?」
 思案に耽る2人に声を掛けたのは東堂だ。
 未楡は彼に向き直ると、出店を出したい旨を伝えた。
「大分肌寒くなってきましたし‥‥子供達に熱々ホクホクな美味しい物を振る舞って上げたいと思いまして」
「それは素晴らしい提案ですね。場所はまだありますので、是非ともよろしくお願いします」
 東堂はそう言うと、2人の申し出に従い、私塾の厨房を開放した。
 そうして2人を見送った所で、声が掛かる。
「如何も、こんにちは」
 目を向けた先に居たのは穏やかな表情の青年――――无(ib1198)だ。
「此方の塾の塾長さんですね。お噂は兼がね。私は无と言います。いや、賑やかで良いですね」
 そう言うと无は、祭り賑わう場所を見やり、口角を上げた。
「私が知っている私塾は比較的お堅い部類だったので、正直驚きました。あ、私はたまたま外を通りかかって――ですが」
 賑やかな音色に誘われて、と彼は言う。
 元々、東堂の事は噂に聞いていたので、興味があったのも確か。実の所、東堂を探して歩いている内に入り口に戻ってしまったと言う話もある。
「しかし、何故祭りを?」
 无は何気なく問うと、東堂はふと笑みを浮かべて私塾を見やった。
「この子らの笑顔を護る為‥‥でしょうか」
「ほう」
 穏やかに紡ぎ出された声は嘘とも思えない。
 无は感心したように目を細めると、不意に腕を引く存在があった。
「お兄ちゃん、あれ取って!」
「な、何だ‥‥?」
 突然の事に目を瞬くが、直ぐに合点云った。
「こら、無理を言っては駄目ですよ」
「いえ良いですよ。あの柿で良いのかな?」
「うん!」
 无は空の椀を子供に託すと、スルスルと木に登って行った。
 東堂はその様子を見、ふと見覚えのある青年の姿を見止める。
「あの子は‥‥」
 視線の先に居たのは恭一郎の弟――天元征四郎だ。
 彼は何をするでもなく、私塾のど真ん中に立っていた。
 其処に先程、東堂に挨拶をした柚乃が近付いて来る。そして――
「今日はちゃんと起きてる?」
 ペチペチと征四郎の頬を叩き始めた。
 しかし当の本人は反応がない。それを承知で頬を叩き続けると、柚乃は漸く手を放して彼の顔を覗き込んだ。
「さっき、征四郎クンのお兄さんに会ったよ?」
「‥‥何?」
 漸く口を開いたと思えば、声が低い。
 その様子に「あれ?」と目を瞬くと、柚乃は一歩下がった。
「‥‥あまり、聞かれたくない?」
「いや‥‥兄者が此処に居た事実に、驚いただけだ」
「そうなの?」
 コクリと頷いた征四郎の表情は無い。
 何時もの事だが、今は意識してそれを保っているような気がしないでもない。
 柚乃は思案気に視線を泳がせると、ある屋台を指差した。
「あ、林檎飴食べたい」
「‥‥林檎、飴?」
「知らない?」
 その声に征四郎の首が縦に揺れると、柚乃は「奢ってあげる」と言って彼の手を引いた。
 そうして2人は露店に消えて行くのだが、同時刻、似たような行動に出る者がいた。
「‥‥志摩殿は、どちらへ‥‥」
 呟くのは、私塾の前で取り残された月宵嘉栄だ。
「あれ? あそこにいるの」
 そんな嘉栄に気付いたのは、柚乃の双子の兄、緋那岐(ib5664)だ。
 彼は入り口まで柚乃と来たものの、以降はずっと別行動を取っていた。
 そして偶然嘉栄を発見したのだが――
「嘉栄さん?」
「‥‥緋那岐、殿‥‥?」
「あ、やっぱり嘉栄さんだ」
 彼は振り返った顔を見ると、ハタとしてその周囲を探った。
 その様子に嘉栄の首が傾げられる。
「そういや、あの管狐は?」
「あ、はい。管狐殿でしたら宝珠の中で眠っておられるようですが‥‥」
 ふぅん、と残念そうに声を零す彼に、嘉栄は目を瞬く。
「折角だし、妹を紹介してやろうと思ったのにな。でもまぁ、あいつは気まぐれだからな。宝珠から出てくるかは知らねけど」
 そう言うと、緋那岐はニッと笑った。
 その様子に思わず笑みを零した所で、彼の目が子供達へと向かう。
「さあて、子供達と遊んでこようっと。折角だし、嘉栄さんも一緒に如何?」
「え、私も、ですか‥‥?」
「そうそう。ぱぁって遊んで、がーって寝る。これが一番!」
 そう言って手を取ると、彼は嘉栄を連れて子供たちの輪に入って行った。


「お芋は如何ですか?」
 そう声を上げて客寄せをするのは真夢紀だ。
 陽が落ち始め、食べ物を目当てに集まり出した子供たちに今はてんやわんやだ。
 彼女は、実家から送られた芋を使った食品を配っている。
 皮をむいた芋を細めに斬り、別の種類の芋を拍子切りして水に晒し、それらを揚げて砂糖をまぶせば出来上がりだ。
 拍子切りした芋は味を変えて塩を振ってある。いずれも袋に入れて渡すのだが、その際には言い忘れないようにする事がある。
「はいどうぞ。ごみは、ここに入れて下さいね」
 そう言って出店の脇に設置したゴミ箱を示す。
 そんな彼女の隣では、未楡が別の料理を提供していた。
「はい、熱々ですから‥‥火傷しないように注意して下さいね」
 そう言って彼女が手渡したのは、ホクホク状態の肉まんと、雪兎を模ったお饅頭だ。
 そのお饅頭にちなんで、未楡はうさ耳のカチューシャを嵌め、兎の刺繍が施された割烹着を着ている。
「うさぎさん、ありがとう!」
 子供たちは笑顔でお饅頭を手に次の店へと向かって行くのだが、そんな子供たちの合間を、出店を巡って歩くリア・コーンウォール(ib2667)は、友人のシータル・ラートリー(ib4533)を気遣いながら各店を覗いて歩いていた。
「ほら。気をつけてな、シータル殿」
 先程挨拶を交わした時から楽しい予感は尽きない。
 リアはシータルの手を引くと、出店の前に彼女を導いた。
「まあ♪ これは素敵ですわ」
 目に留まったのは可愛らしい小物のお店。
 耳飾りや首飾りなど、女の子にとって見ていて楽しい物ばかりが並んでいる。
「リアさん、どれがいいかしら?」
「ふむ、そうだな」
 シータルが選んで欲しいと見せたのは二種類のスカーフだ。色や模様は違うが、どちらもセンスは良い。
「左のが良いのではないか? 色が良いと思う」
「ではこれを頂くわ。あの、お幾らかしら?」
 シータルはリアの選んでくれたスカーフを手に嬉しげに笑う。と、其処で彼女の目が瞬かれた。
「そう言えば、あの人にも‥‥」
 彼女の言うあの人とは、最愛の夫の事。
 彼の為にも何かを購入したい。そう思い、思わず自分のよりも真剣に悩んでしまう。
 その様子を微笑ましく見つめながら、リアは響く祭りの喧騒に笑みを零した。

 その頃、食べ物が立ち並ぶ露店では、お腹を空かせた獣人が迷い込んでいた。
「お祭りにゃんすぅー」
 ゴロゴロと眠そうな目を瞬くのはにとろ(ib7839)だ。
 彼女は鼻をくんすかさせると、周囲を探って目を細めた。
「食べ物のぉ、香りがぁ、たまらなぁ〜いぃ、にゃんすよ」
 じゅるりと滴る雫。
 それを着物の袖で拭うと、奥へと入って行く。そしてある程度進んだ所で、彼女の柔らかそうな尻尾がピンッと立った。
「くんくん‥‥この匂いは‥‥」
 すぅはぁ。
 胸いっぱいに吸い込んだ香に目が蕩ける。
「‥‥イカ焼きはぁ〜、あっちにゃんすねぇー」
 言って、ヒョコヒョコ歩いてゆく。
 そして彼女と交差するように通路を行くのはアムルタート(ib6632)だ。
「林檎飴に金魚掬いに射的! 目指せ、出店コンプリートォ!!」
 声嵩だかに叫んでヒラリと飛び上がる。
 そうして腕を振り下ろした所で何かに振れた――と言うか、殴った。
「――」
「あ、あわわ、ごめんなさい! 大丈夫!?」
 慌てて頭を下げて手を伸ばす。
 頭を強打されて蹲った御巫 光一(ib7547)は「イテ‥‥」と声を零すと、表情無く前を見た。
 そんな彼にアルムタートが慌てて辺りを見回す。
「えっと、何か冷やす物――」
「いや、大丈夫」
 そうは言うが、光一の顔には変化が無く、一見すれば怒っているかのように見える。
 しかし彼の表情は普段からこんな感じで、怒っている訳ではない。
「それよりも、それは何処で」
「え、それ‥‥あ、金魚? だったら、この先だけど」
「そうか」
 光一はそう言葉を返すと、ゆっくり立ちあがって金魚のお店に歩いて行った。
 その姿に目を瞬くが、本人が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。
「よし、出店コンプの続き、行ってみよう♪」
 アルムタートは改めて気合を入れると、足取り軽く歩いて行った。

 時刻はもう直ぐ夕刻。
 西日が刺し込む中、パタパタと大きなお弁当を手に駆けて来るのは黒木 桜(ib6086)だ。
 彼女は待ち合わせ場所である私塾の前に駆けて来ると、仲間の姿の表情を明るくさせた。
「お待たせ――って、え!?」
 思わずつんのめって転びそうになる。
 が、それを寸前の所で止めると、彼女はホッと息を零した。
「よ、良かった‥‥お弁当は無事ですね」
 朝早く起きて作ったのだ。転んで台無しとかは勘弁して欲しい。
「桜は慌てん坊だね。ほら、私が持ってあげるよ」
 煌星 珊瑚(ib7518)はそう言うと、今まさに落としそうになった重箱を受け取った。
 そうして先に到着していた羽紫 稚空(ib6914)の元に向かったのだが、彼の取っていた場所を見て思わず目を見開く。
「大きな木の下でお弁当を広げて、か。悪くないね」
 珊瑚の声に桜も頷く。
「人がいない場所って言うと、ここしかなかったんだ。それに暴れるならこれくらい離れてないとね」
 そう言って笑った稚空に、影雪 冬史朗(ib7739)が無言で頷く。
 そうして荷物を置いたらまずはひと運動だ。
「治癒スキルは用意しますが、くれぐれも怪我には気を付けてください」
 桜はそう言うと、茣蓙の上に正座して皆の姿を眺めた。
 彼女たちが行う運動は、同業同職の手合せだ。運動と言うには厳しい条件の物だが、同じ職業同士が手合せする機会は早々ない。
「冬史朗、周囲の警戒は任せた」
「問題ない」
 羽紫 アラタ(ib7297)はそう言うと、稲荷神の加護がある符を構えて珊瑚を見た。
「それじゃ、宜しく頼むよ」
 言うが早いか、珊瑚は藁人形に練力を送り込み、術を放った。
 彼女の放つのは風の刃――斬撃符。
 刃は迷う事無くアラタに向かうが、当たらない。
「クソッ! なんで上手くいかないんだっ!」
 そう言って、次なる術――呪縛符を放つ。
「慌てるな! 慌てれば、失敗に繋がりかねないからな!」
「い、言われなくたってわかってるんだよ!」
 そうは言うが焦りは確実に術を乱す。
 そして――
「あ」
「のあ!? ――ッつ、危うく当たる所だったぞ!」
 稚空は冬史朗と刃を交えていたのだが、互いの刃が重なり合った瞬間、珊瑚の放った斬撃符が2人の間合いを切った。
 稚空も冬史朗も、寸前の所でそれを避けたが、何とも危ない。
 しかし思う事がある。
「やっぱ、早いなお前‥‥しかも、無表情ってのがまた武器だな。行動が読みにくいぜ‥‥」
 今のでも表情を変えない相手に、稚空がぼやく。それでも手を抜く気はない。
 彼は一気に大地を蹴ると冬史朗との間合いを詰めた。
「距離が‥‥!」
 なるべく遠く開けた距離。しかし直ぐに詰められた間合いに足が動く。
 だが――
「まだだな」
 そう口にした瞬間、冬史朗の刃が飛んだ。
「やはり、稚空の方が上だな‥‥」
 そう零して、冬史朗は静かに両の手を上げたのだった。


 辺りはすっかり闇色に染まり、時折空に白煙が上がる。
 桜は重箱を広げると、穏やかに微笑んだ。
「兄弟揃って、本当にお強いのですね」
 重箱の中には恋人の稚空が好きな柚故障で味付けした唐揚げも入っている。
「ん、美味いな。やっぱ、桜の料理は最高だ」
 稚空はそう言うと、桜を見て微笑んだ。
 此れに彼女も笑みを返し、互いにはにかんだ笑みが零れる。
 それを目に、アラタはふと横槍を零す。
「稚空、酒は程々にしておけよ?」
 そう言いながらも彼の箸も先程から良く進んでいる。それでも動くのは箸だけではない。
「稚空と冬史朗も良い動きをしていたな。珊瑚見ながら様子見ていたが」
「俺はまだまだだ。それよりも、兄弟揃って強いのだな‥‥」
 冬史朗は先の戦闘。そして珊瑚との戦闘を思い返して呟く。それと同時に、手合せする機会を得れたことを嬉しく思う。
 しかし表情にそれは現れない。
 そんな彼らの声を聞いて聞かずか、桜はほうっとした様子で囁いた。
「やっぱり、珊瑚さんは立派な大人の女性ですね。心もお強いですし、綺麗ですし」
「何言ってんだい。優しいあんたの方が良い女じゃないか」
 珊瑚はそう言うと、持参した梅酒に口を付けた。
「にしても、やっぱ、料理できるって良いかもね‥‥今度、あたしにも教えてくれないかい?」
「はい、勿論です」
 そう言って微笑んだ桜に、珊瑚は満足そうに笑んで酒で口を満たした。

 宴会は別の場所でも開かれていた。
 賑わう祭り会場の中央で、楽しげに踊るのはアルムタートだ。
 彼女は天儀の踊りとアル=カマルの踊りを組み合わせた、独特の舞を披露している。
 時に力強く、時に柔らかく。見ている方まで楽しく、踊りたくなるような舞に、皆が釣られて踊り出す。
「先生も、一緒にどう♪」
 アルムタートは踊りを眺めていた東堂に手を伸ばした。
 しかし東堂はそれに微笑んで首を横に振ると、傍らに控えるからすの声に耳を傾けた。
「何か企んでいるのかね」
 何気なく問う声に、東堂は微笑んだまま答えない。
 それを見止めて口角を上げると、からすはスッとその場を離れた。
「貴殿が何を企んでいようとアヤカシよりマシだろう」
 力の使い方さえ間違えなければ良い。
 そう言葉少なく去って行く彼女に小さな息を零し、東堂もまたこの場を離れようとした。
 だが肩に何かが触れて引き留められる。
「もし時間があれば、このような身なりの者であるが、ご一緒してもとかろうか‥‥?」
 そう声を掛けたのは華魄 熾火(ib7959)だ。
 彼女はツッと口角を上げると、己が額に手を添えた。
 其処に在るのは2本の角だ。
「これは珍しい」
「此処では良く言われるな。しかしとて危険はない。そしてそれは此処の子らも、そなた等もであろう?」
 彼女は修羅と呼ばれる人種。
 和議を結んだとは言え一部では未だ誤解もあるであろう種族の彼女が此処を訪れるには、さぞ勇気が要っただろう。
「折角です、子供らと話をしてみますか?」
「子等が怖がらなければ、額にある2本の角も好きに触らせよう。私も、この頭を撫でてみたい」
 そう言って笑んだ彼女に、東堂は快くその申し出を受けたのだった。


 祭りが終盤に差し掛かる頃、陰の作戦に向かっていた面々が戻ってきた。
「キーちゃん、大丈夫?」
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)はそう声を掛け、肩を貸すキース・グレイン(ia1248)を見る。
 彼女たちは何とか私塾の裏戸を開けると、そっと中に入った。
 まだ祭りの最中。負傷した自分達が混じって騒ぎになっては困る。そんな配慮からだった。
 だから当然、迎えも期待していなかった。
 しかし――
「随分とやられたな。ま、無事で何よりだ」
 そう言ってアルマ、キース、そしてリリア・ローラント(ib3628)を迎えたのは志摩軍事だ。
 彼は3人を中に通すと、顎である物を示した。
「アレはお前さんらのもんだ。有り難く貰っとけ」
 其処に在ったのは、治療道具一式と回復薬。そして鴉の紋が描かれた書置に一言『お疲れ様』と書かれた紙が。
 驚く3人には更なる贈り物があった。
「あの‥‥お話を聞いて‥‥少しでも、お役に立てればと‥‥」
 言って、隅に立っていた華表が進み出る。
 彼は巫女らしい癒しの術を施すと、心配げに目を向けてきた。
 これにキースが笑んで大丈夫だと告げる。
「ほれ、お前さんらも祭りに行って来い。美味いもんはまだまだあるぞ」
「仕事上がりに美味い飯にありつけるのは、正直に有難いな」
 それに‥‥とキースは言葉を切る。そうして届くのは賑わう祭りの声だ。
「志摩ちゃん、あの‥‥俊一先生は‥‥」
「気になるなら見て来い」
 見た所アルマは自由に動けそうだ。
 志摩は彼を送り出すと、駆けてゆく彼の姿を眩しそうに見つめるリリアに目を向けた。
「‥‥さっきまで、暗い所に居たから‥‥か、な」
 眩し過ぎる場所。
 それと同時に目に焼き付いた恭一郎の姿に懐を探って両手を握り締める。
「‥‥護れたの、かな。この場所を‥‥人たち、を」
 手の中でコッソリ握り締めた雪の結晶の耳飾り。そう言えば――と彼女の目が志摩を捉えた。
「あ、の‥‥怪我‥‥」
「俺はこの通りピンピンしてるぜ。お前らが此処を護ってくれたからな」
 ニッと笑って顔を覗き込む彼に、リリアの口角が下がる。
 会って笑えるか自信がなかった。
 それが表情に出てたのだろう。志摩は「待ってろ」と声を掛けると、一度奥に消えて行った。
「賑わってる様子を見ると安心できるな。護れたんだ、って」
 キースはそう言ってリリアに笑いかける。
 だが彼女の中にも疑問はあった。
 それは東堂の事。彼がどのような確証をもって今作戦を実行したのか――
「――いや、止めておこう。折角の、陽の気を集める為の祭り、だしな」
 彼女はそう言うと急いで戻ってくる志摩の姿に目を止めた。
「コイツをくれてやる。これなら無理しなくても祭りを見て回れるだろ」
 言って、リリアの顔に被せたのは白猫の面だ。
 突然視界を遮った面に目を瞬くと、リリアは小さく笑ってそれに手を添えた。

 その頃、東堂を発見したアルマは、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「良かった、先生、無事だったんだね。塾の裏に濃い瘴気があったんだ。先生。僕より強くても、お願い。気を付けて」
 無邪気で、無垢で、疑う事を知らない瞳を前に東堂の眉が一瞬だけ揺れる。
 しかし直ぐに何時もの穏やかな笑みを浮かべると、彼は緩やかに彼の髪を撫でた。
「有難うございます。先日の故人のご遺族も、貴方のそうした部分に救われたのでしょうね」
 そう言って囁くと、彼はアルマを祭りに誘ったのだった。