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■オープニング本文 ●??? 魔の森に侵された陽龍の地。その奥深くにひっそりと佇む洋館がある。 陰鬱とした雰囲気を醸し出すその中には、金糸の髪を持つ美しい男女のアヤカシがいた。 「可哀相に‥‥切られた耳は痛むかい?」 膝の上に頭を乗せて涙を流す妹のブルーム。 その髪を撫でながら、兄のヘルは囁く。 しかしブルームはその声に目を向けるでもなく、無言で涙を流すのみ。 その様子に、ヘルが目を細めた。 「人間如きが忌々しい」 蝶よ花よと大事にしている妹が、人間によって傷付けられた。 彼女が傷つくまでに至った経由、自分達がしたこと。そんな事は如何でも良い。 見据えるべき現実は此処に在る。 「――確か、森の外に村と里があったね。其処に、ブルームを傷付けた人間がいるのかな?」 零した声に、ブルームの目が上がった。 「弓弦童子様は力のある人間を食べれば、僕たちも力が得れると言っていた。なら、ブルームを傷付けた人間を食べたら如何なるんだろう」 もっと、力が付くだろうか? 問いかけるヘルにブルームはゆっくりと瞬いた。 人間を食べる事。其れが兄妹の目的。 そしてその目的を達しつつ、己が復讐を果たせるのならば、それに越した事はない。 「行ってみるかい?」 「‥‥行くわ。行って、地獄を見せてあげる。恐怖で泣き叫ぶ喉を裂いて、涙を流す目をくり抜いて、ゆっくり、じっくり食べてあげる」 ブルームの目は笑っていない。唇にだけ妖艶な笑みを湛えて囁いている。 「なら行こう。『食料』如きが牙を剥いた罪、それを教えないといけない」 言ってヘルは立ち上がろうとした――と、その動きが止まる。 「お待ち下さい」 室内に響き渡った声に、2つの碧眼が飛んだ。 「貴方は、弓弦童子様の‥‥」 以前、弓弦童子と対面した際に目にした御仁が其処にはいた。 「お久しぶりで御座います。実は弓弦童子様の遣いで参りまして‥‥お話しするお時間は御座いますでしょうか?」 頭からフードを被り、顔を伺う事が出来ない御仁は、恭しい仕草で一礼を向ける。 掛けられたのは問い。だが、このモノに2人の声を待つ気はない。 彼のモノは言う。 「実はこの近くに絶好の狩場が御座います。近頃では力のある人間が多く集まっているとか‥‥弓弦童子様はお2人に更なる力を付けて欲しいとお思いのようです」 ――如何でしょう? そう問いかける声に、ヘルは視線を落とした。 弓弦童子の提案は魅力的だが、彼らには別の目的も存在する。 しかし提案先は弓弦童子‥‥ 「お兄様‥‥」 「わかっているよ。弓弦童子様のお申し出も受けつつ、僕らの目的も達しよう」 ヘルはそう言うと、不安げな妹の頭を撫で、一度上げかけた腰を据えた。 ●北面国・楼港 北面の飛び地。五行の東北部に在る軍事都市『楼港』。 志摩・軍事(iz0129)は楼港の『不夜城』と呼ばれる歓楽街にその身を置いていた。 「――で、俺も暇じゃねえんだが」 不夜城にある遊廓。その一室に腰を据える彼は、目の前の人物を見据えて呟いた。 その先に居るのは、不夜城で数多の店を商う男――明志(アカシ)だ。 彼は緩やかな動作で煙管を口に運ぶと、天上に向かって紫煙を吐き出した。 「お前さんの用件は知ってるさ。だがそれなら尚の事、此の情報は捨て置けない筈だ」 明志は赤の着物の袖を捲ると、手にした煙管の先で志摩を指した。 「お前の息子――義貞の出生は北面の片田舎。かつて、陽龍の地と呼ばれた場所の近くだな?」 「ああ。陽龍の地は魔の森に呑まれて無いが、義貞の出身である狭蘭の里は健在だな。それが如何した」 明志は志摩の返答を聞くと「ふむ」と視線を泳がせた。 明志はこの界隈の情報に聡い。 そんな彼がこうした物言いをする際は気を付けた方が良い。どんな情報を隠し持ち、情報を持って行かれるか分からないからだ。 そして案の定、明志はとんでもない情報を開示してきた。 「情報源は言えないが、その狭蘭の里付近からアヤカシの軍勢が迫ってるって情報がある」 突拍子もない情報と言えば情報だが、志摩がこうして北面に足を踏み入れたのは、義貞の生まれ故郷である狭蘭の里に向かう為。そして、彼の故郷近くにある魔の森を調べる為だ。 「‥‥お前の息子、魔の森で大層美人なアヤカシに会ったらしいな」 「何処からそう云う情報を掴むんだ。相変わらず気持ち悪ぃ男だな」 「そいつは、褒め言葉として受け取っておこう」 明志はクツクツ笑うと、火種を火鉢に落として煙管を置いた。 「進軍先はこの楼港だ。仕向けたのは、お前の息子が会ったと言うアヤカシと考えて良いだろう」 志摩が魔の森を調べに行こうと思い立った最大の理由。それは義貞の異変だ。 「アイツは今、里帰りしててな。この間、一度戻って来たんだが、その時の様子がおかしくて‥‥報告書に目を通したんだが、如何も嫌な予感がしやがる」 「過保護にも程があるな」 「うるせぇ!」 志摩は大仰に息を吐くと、無造作に頭を掻いた。 その様子に明志は口角を上げる。 「だがその過保護さが今回は功を制したな。お前、一足先にアヤカシの軍勢を迎え撃つ気はないか?」 「‥‥何?」 「開拓者ギルドが後手に回ってる。如何も国境付近から進軍してるってのが、引っ掛かるみたいでな」 下手をすれば、このまま進軍を許す可能性もある。 そう囁くと明志に志摩は呆れたように言う。 「東房国と北面国が仲悪いのは昔の話だろ。未だにンな事してんのか」 過去、北面国は東房国に領土を大きく奪われた。それが故に多かれ少なかれ敵対心がある。 朝廷の手前、表向きは平穏な関係を維持しているが、今もその状態は続いていた。 現に今も、アヤカシの退治で意見を衝突させているらしい。 「一度受けた心の傷はそう簡単に癒えんと云う事だろ。それよりも、如何だ」 アヤカシの軍勢を迎え撃つか否か。 明志は問いを向けているつもりだろうが、この場合、志摩に拒否権はない。 「足止めする時間はどれ位だ」 「‥‥何故、足止めだと?」 「てめぇの事だ。ギルド関係者への根回しは、始まってるんだろ。って事は、援軍が来るまで持ち堪えれば良い」 ――違うか? 顎を上げて問いかける志摩に、明志は頷いて見せる。 「日の入りまで持ち堪えれば十分だろうさ」 今が日の出を迎えたばかり。 つまり、『約1日』それだけの時間をアヤカシ相手に闘えば良い。 「随分と長くねえか?」 「不可能ではないだろ。それより1人で行く気か?」 「ンなに若くねぇ。ギルドで適当に見繕って行くさ」 「そうか。ならこれを渡しておこう」 明志は立ち上がると、1枚の紙面を差し出した。 其処には此れから向かうべき場所の地図と、進軍してくるアヤカシの情報が書かれている。 「本当に喰えねえ男だな」 志摩は苦笑気味に呟くと、それを懐に仕舞ってこの場を後にした。 向かうのは開拓者ギルドだ。 果たして其処でどれだけの人材が集まるのか。それは彼にも分からない事だった。 |
■参加者一覧 / 音羽 翡翠(ia0227) / 佐上 久野都(ia0826) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 深凪 悠里(ia5376) / 千見寺 葎(ia5851) / 和奏(ia8807) / リーディア(ia9818) / フェンリエッタ(ib0018) / 玄間 北斗(ib0342) / 明王院 浄炎(ib0347) / 不破 颯(ib0495) / フィン・ファルスト(ib0979) / 五十君 晴臣(ib1730) / リリア・ローラント(ib3628) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 羽紫 稚空(ib6914) / 羽紫 アラタ(ib7297) / エルレーン(ib7455) / 影雪 冬史朗(ib7739) / ライナー・ゼロ・バルセ(ib7783) / 日ノ宮 雪斗(ib8085) |
■リプレイ本文 楼港の外、集まった面々を見、礼野 真夢紀(ia1144)は表情を硬くした。 「‥‥人数、少ない」 この場に迫ると言うアヤカシの大軍。その数を思えば集まった人員はお世辞にも多いとは言えない。それでもこの短時間で集まったにしては上出来な程。 しかし―― 「‥‥あたし、知り合いを――」 そう言って駆け出そうとした時、彼女の前に人影が現れた。 「姫?」 「翡翠‥‥」 今まさに呼びに行こうとしていた人物の登場に真夢紀の表情が崩れる。 けれど彼女はその表情を引き締めると、音羽 翡翠(ia0227)の目を見て言った。 「翡翠お願い、手を貸して!」 用事で都を出ていた友人。ここで会ったのは何かの縁だろうか。だとするならその縁を活かさない手はない。 真摯な様子で語りかける友のその声に、翡翠は楼港の外を見、そして頷いた。 「わかりました、お手伝い致します」 開拓者ギルドでそれとなく耳にしていたので事情は知っている。そしてその事に親友が関わっているのであれば断る術もないだろう。 翡翠は静かに頷きを返すと、真夢紀と共に戦場に足を踏み入れた。 その頃、同じく集まった開拓者の中で、佐上 久野都(ia0826)は思案気にこの地の情報を振り返っていた。 「敵の種類は骨人と骨鳥、それに吸血粘泥ですか‥‥そして数は――」 「約300‥‥それらを相手に約1日、持ち堪えねばならないのですね‥‥」 正に今、頭に思い浮かべた敵の数。 それを口頭に出され久野都の目が飛ぶ。 「癒し手として、少しでも皆さんを癒せるよう‥‥私も頑張らせて頂きます」 そう言って穏やかに微笑むリーディア(ia9818)に、久野都が僅かに目礼を向ける。 そう、敵の数は約300。それを今集まっている20人弱の開拓者で抑えなければいけない。 「‥‥やれ。術師に持久戦は厳しいですが‥‥やってみましょう」 同じ術師が意気込みを見せているのだ。自分も見せねばと口を吐く。 そして同意するようリーディアが頷くと、傍で話を聞いていた深凪 悠里(ia5376)が顔を覗かせた。 「ん‥‥多いにも、程がある」 やはり誰でもそう思うのだろう。 彼は長い髪を丁寧に纏めると、キツク結んで目を瞬いた。 ただ髪を結ぶと言う単純な行為だが、気合を入れるには充分の物。その上で己が武器を確認すれば、更に気が引き締まる。 「多いからこそ、厄介だ‥‥けど、やるしかない、か」 「ええ。絶対に、通しませんよ」 リーディアはそう口にすると七色の宝珠が嵌められた懐中時計を取出し、そっとその表面を撫でた。 そして時を同じくして、和奏(ia8807)は空を見上げて静かに目を瞬いていた。 天は高く、白く澄んでいる。 此れからこの空にアヤカシの群れが来るのだろうか。それとも、その前に消え去るのだろうか。 「‥‥開拓者の本分ですから」 ポツリと零し、瞳を前に戻すと、此方を見る瞳と目が合った。 「敵は森から街道に出ずとも楼港へ向かえるでしょうか?」 唐突に向けられた問いに、和奏は僅かに首を傾げる。 此処まで事前に周辺の地理は確認してきた。 その結果導き出せるのは、『不可能ではない』と言う事。 確かに楼港は城塞都市と言われるだけあって塀が高く侵入し辛い。しかしそれは地上からと言う点でだ。 「空を使えば、可能かもしれません」 「空、ですか‥‥」 そう口にして、和奏に声を掛けた少女――フェンリエッタ(ib0018)の顔が上を向く。 「抜かせるわけには、いきませんね」 そう言った彼女の声に、和奏は頷き返して森を見る。と、其処に別の開拓者の姿が見えた。 「うわ、けっこうな数」 ぴょんぴょんと、身の丈以上の長槍を手に跳ねるのは、ジルベリア出身の騎士フィン・ファルスト(ib0979)だ。 彼女は遠くに臨むアヤカシの群れに興奮を隠しきれないでいる。 そしてそんな彼女の横では、ほんわかした雰囲気の青年――否、少年(?)が同じように森の奥を見ていた。 「う〜ん、いろいろと大変そうなのだぁ」 見た目同様に、のほほんとした口調を零す玄間 北斗(ib0342)は、腰に手を添えてカクリと首を傾げる。 此処に参加した開拓者たちは、少なからずあの軍勢から楼港を守ろうとする者達。そうである事は確か。そして北斗もまた、そうした者の1人。 「様々な所で誰かの幸せを祈って、微笑を守るために戦っている人が居るのだ」 「正しく」 北斗の声に同調して頷くのは、森を、この先の戦場を見据える男、明王院 浄炎(ib0347)だ。 彼は木に添う様に立っていた身を動かすと、北斗とフィンの傍で足を止めた。 「今ここを抜けられる事あらば、新たな諍いにて多くの涙が流される‥‥」 「おいらもそう思うのだ。だから、おいらもみんなと一緒に頑張るのだぁ〜」 「ああ、何としても避けねばならぬ‥‥な」 浄炎と北斗。2人は互いに頷き合い、決意を固める。と、そこにフィンが身を乗り出してきた。 「大丈夫。そう簡単にここは通れないって事、思い知らせたげるよ!」 言ってニッコリ笑った彼女に、2人は顔を見合わせると笑みを零した。 「それは頼もしいな。だが無理はするな」 「勿論。敵勢の足止めはキッチリするし、楼港への被害も出させない! でも‥‥」 そう言って言葉を切った彼女に、北斗の首が傾げられる。 「でも?」 「倒しちゃって良いですよね? 敵が減れば攻撃も減りますし」 フィンはそう言うと、小さく舌を出して笑った。 一方、一足先に戦場を確認したエルレーン(ib7455)は、目に映るアヤカシの群れを前に、表情を険しくさせていた。 「このアヤカシ‥‥っ、‥‥ひょっとして、あの金髪の‥‥?!」 脳裏に浮かんだジルベリアの衣装を纏う金髪碧眼のアヤカシ。少女の出で立ちをした人語を介するアヤカシが、確か同じモノを引き連れていた。 「まさか、こんな大軍を率いて来るなんて‥‥って、あれ?」 そこまで口にして目を瞬いた。 率いる――とは、それらを引き連れてやって来ると言う事だ。しかし実際には如何だろう。 「‥‥いない?」 そう、アヤカシは複数いるが率いている者までは見えない。つまり、アヤカシだけが此処に送り込まれていると言う事になる。 「あのアヤカシ‥‥っ」 エルレーンは拳を握り締めると、蒼い刀身を持つ刀に手を添えた。 其処に声が響く。 「アヤカシがぞろぞろと。実家を思い出すな」 振り返った先に居たのは、角を携えた女性だ。 一見すれば男性のようにも見えるが、それは彼女の今までの生い立ちもある。 日ノ宮 雪斗(ib8085)は大斧の刃を地面に置き、柄に手を添えながら悠々と眼前を見、そしてエルレーンを見た。 「コイツが珍しいか?」 言って示すのは角だ。 それに対してエルレーンは首を横に振る。 「まあ、そうだろうな。和議もなったんだ、隠す必要もねぇだろ。特に開拓者には、な」 雪斗はそう言ってニカッと笑うと、地面に乗せていた斧を持ち上げて肩に背負った。 豪快と言うかなんというか、見た目以上に男らしい印象を受ける人物である。そしてそんな彼女の傍で、同じく大軍を見据えていたウルグ・シュバルツ(ib5700)が顰めっ面で呟いた。 「この地に住まう者の生活を、踏み躙らせてなるものか‥‥!」 その脳裏には過去に依頼で目にした村の存在がある。壊滅し、数多の命が犠牲になった事件。 あのような事は二度と起こす訳にはいかない。 「――行くぞ」 ウルグはそう囁き、長身の銃に額を寄せると戦地に足を向けた。 「さて、腕試し‥‥とは言ったものの、厳しそうだな」 そう口にするのは羽紫 稚空(ib6914)だ。 彼は共に此処を訪れた仲間を見て苦笑する。 そんな彼に双子の兄、羽紫 アラタ(ib7297)は心配げに彼を見、そして今回が初めて参加する依頼だと言うライナー・ゼロ・バルセ(ib7783)を見た。 「今回俺の俺の初舞台だってのに‥‥いきなりこんなハードな依頼とは‥‥いい修行になりそうだよ‥‥」 言葉とは裏腹に不安を隠せない様子のライナー。そんな彼にアラタは苦笑しながらポンッと肩を叩く。 「大丈夫か?」 「あ、ああ‥‥」 コクリと頷くが表情は硬い。 「俺と稚空でなるべくサポートするが、ライナーも冬史朗も無茶だけはするなよ?」 「そうだぞ。ライナーも、冬史朗もあまり無理はするなよ! 俺とアラタで上手くサポートはしていくつもりだが‥‥」 流石は双子。 言葉がほぼ同時で言う事も似ている。 そんな二人の言葉にライナーは笑い声を零すと「了解」と手を振って見せた。 それに続き、影雪 冬史朗(ib7739)も頷きを返す。 「承知した」 淡々と、表情無く発せられる言葉に、一先ずは安心と言って良いだろう。 4人の目的はアヤカシを退ける事は勿論、故自身の力を高め、そして己の力を知る事。 決して無理はせず、出来る役割を熟すのが今回の目的でもある。 「それじゃあ、いっちょ行くか!」 稚空はそう言うと、皆と共に戦場に目を向けた。 そしてアヤカシの動きを偵察に行っていた千見寺 葎(ia5851)は、防衛線ギリギリの場所で待機していた仲間の姿を目にすると、其方に足を向け報告に走った。 「よお、お疲れさん。如何だった?」 「数の情報、進軍方向共に変更はないです」 志摩 軍事(iz0129)は彼女の報告を耳にすると「そうか」と頷いて集まった面々を見た。 数はやはり20人弱。 当初の予定の半分以下だが手練れも多く含まれている。それに大きな合戦を経験した者も含まれている以上、数では劣るが力で劣る気はしない。 「しっかし、あの馬鹿は何に関わってやがんだ」 思わず零れた愚痴に似た声。 それを拾ったリリア・ローラント(ib3628)は、僅かに心配そうな目を向けると、ポツリと呟いた。 「‥‥この辺りは、少し‥‥懐かしい、ですね」 そう言って小さく笑って見せる。 言われてみれば確かにそうだ。 少し前、リリアと葎、そして傍に控える不破 颯(ib0495)と共に此処で敵と対峙した事があった。 そんなに前でもない筈なのだが妙に懐かしい。 「‥‥あと、志摩さんには‥‥早く、向かって貰わないと。です」 言って、リリアは杖を握り締めた。 義貞の状態、そして志摩が此処にいた事情は事前に聞かされている。だからこそ、志摩には早く目的の場所に行って欲しいと思う。 志摩はそんなリリアの気遣いに口角を上げると、ポンッと彼女の頭を撫でて颯を見た。 「如何だ?」 「またこいつらかぁ。義貞くんの方も心配だが、まあこっちはこっちで踏ん張らんと、顔向けできないねぇ軍事さん?」 見覚えのある敵が迫る姿を前にしても、颯は動じた風もなくヘラリと笑う。 その様子に苦笑を浮かべていると、背後から肩を叩く存在が居た。 「里に戻った義貞の身に‥‥何が起きてるんだろうね。それを思うと、軍事の気持ちも分からなくないよ」 振り返った先に居たのは五十君 晴臣(ib1730)だ。 彼は少し笑んで志摩の顔を覗き込むと、ふと脳裏を過った話題を口にした。 「そう言えば、下宿はいい加減入れるようになったのかな?」 「ああ‥‥希望してくれりゃ、いつでも入れるぜ。何せ、元幽霊屋敷だからな。なかなか住人が増えねえ」 言って、志摩の大きな手が晴臣の頭を叩く。 その仕草に目を瞬くと、彼は唇の端を歪めて符でそれを隠した。 「気をしっかりもつように‥‥そう言うつもりだったんだけど、逆に励まされた感じかな」 思わず零し、ふと笑みが零れる。 今ので少しは肩の力が抜けただろうか。此れから連戦が控えるのだ、抜ける力は抜くに越した事はない。 そうして意気込みを胸中で噛み締めると、後方から雄叫びに似た声が響いてきた。 「志摩さん‥‥行きましょう。義貞さんも‥‥きっと、待ってる筈だから」 「そうだな、1つ大暴れと行くか!」 志摩はリリアの声に頷くと、ニッと口角を上げ、全体に戦闘開始の声を響かせた。 ● 真夢紀はリーディアの立ち位置を確認し、彼女とは離れた場所で足を止めた。 そして扇子を手に周囲に目を配る。 「翡翠、お願いできますか?」 真夢紀の隣には朱色の扇子を手に同じく周囲を伺う翡翠の姿がある。 彼女は小さく頷きを返すと、腕を伸ばし手の先を返し――その目を眇めた。 「前方、視界に入る以外にも瘴気の気配が‥‥」 言うが早いか、翡翠は手にしていた水風船を上空に放ち、扇子の先で叩き飛ばした。 直後、何もない場所で水風船が弾け飛ぶ。そして中に納まっていた墨が周囲に飛ぶと、子供の大きさ程の奇妙な物体が浮かび上がった。 「墨ならば自然の中では目立つかと思い使用しましたが‥‥思いの外、効果がありましたね」 言って、再び敵の索敵に入る翡翠。 そんな彼女を頼もしく思いながら、真夢紀は進軍してくる甲冑姿の骨に目を向けた。 「‥‥翡翠を守らないと、ッ!」 身を守る手段を持たない友人。彼女を守るためにも小刀を持つ自分が応戦しなければ。 そう気負った瞬間、彼女の目に何かが飛び込んでくる。咄嗟に目を瞑って腕を振り上げるが、何時まで経っても訪れる筈の衝撃が来ない。 「ッ‥‥崩れなさい!」 ガッ、と鈍い音が響き、目を開けると同時に甲冑が地面に落ちるのが見えた。 「あ、ありがとう、ございます‥‥」 驚きつつ零した声に、背を向けていた人物が振り返る。黒を纏う髪と緑の瞳を持つ女性――フェンリエッタだ。 「大丈夫そうですね。間に合って良かったです」 彼女は真夢紀と翡翠の無事を確認すると、ニコリと笑んで大ぶりの剣を振るい、再び前を見た。 先程使用した心眼で手薄の場所を探り遣ってきた。そのお陰で間に合う事が出来たのだが、やはり人数に敵の数が合っていないのが痛い。 「でも、動けない訳でもなさそう‥‥」 そう、戦況は不利の筈。にも拘わらず、防戦は今のところ成功している。 その理由は―― 「そっち、敵が分散し始めている」 「承知した」 悠里は八枚刃の手裏剣を放つと、森に隠れようとしていた骨人の足を払った。 此れに応じた浄炎が敵の背後に入り込んで拳を打ち込む。そうする事で敵の動きを一カ所に纏めると、悠里の声が上がった。 「こっちです!」 この声に、傷付いた自らの腕を振って敵を誘き寄せていたリリアの足が動く。 彼女に寄せられるのは、幾筋かの墨を身に纏う敵――吸血粘泥だ。 彼女は悠里と浄炎がいる場所へ急ぐと、ヒラリと身を返して顎を引いた。 そして振り返ると同時に波打つ美しい杖を構え―― 「‥‥行きます」 言葉と同時に放った氷の礫。真っ白に染まる視界に敵の動きが鈍くなる。 悠里と浄炎はそれを見逃さず、透かさず敵の中に入って行く。 そう彼らは少数なりに如何すれば多くを滅する事が出来るか、それを考えて動いていた。 それと同時に声を掛ける事で、相談期間が皆無に近い状態という不利な点をも回避している。 「今度は、こっちです」 フェンリエッタは心眼を使い、視覚と合せて得た情報を元に声を掛ける。 此れに悠里が反応して苦無を放つと、空中に黒い線が敷かれた。 「当り‥‥もう、一度!」 悠里は再び苦無を放ち、新たな線を刻む。 彼が放つのは墨を塗った苦無で、吸血粘泥を識別できるようにと考え使用している。 そしてその読みはあっていた。 「リリアさん」 「‥‥はい!」 フェンリエッタは墨が付いた吸血粘泥を確認すると、リリアに声を掛けて踏み出した。 これにリリアも続く。 「後ろへは、決して‥‥行かせ、ません!」 言って、幅広な片手剣を思い切り突き入れる。 これに墨を得た半透明の個体が震えるが、これだけでは倒れない。 「フェンリエッタ、さん!」 「任せて‥‥――誰も消させはしない!」 瑠璃色の光が刃に灯り、それが美しい軌跡を敷きながら敵に吸い込まれてゆく。そうして一気に振り抜くと、フェンリエッタは刃を下ろした。 だが―― 「気を抜くには早い、後方に退け」 ポツリと響いた声に振り返ると、2人と1体の間合いに入った浄炎が敵の背後に入るのが見えた。 そんな彼の周囲には、今招いて来たばかりの敵の姿もある。 「リリアさん、後ろへ!」 この声にリリアとフェンリエッタが後方に飛び、その姿を視界に留めた浄炎の足が一歩を踏み出す。 ゴゴゴゴゴゴッ。 大地を揺らす音と共に響く振動。 これに誘き寄せられた敵が沈むと、浄炎は残った敵に棍棒を叩き込み、静かに腕を下ろした。 「さあ、次へ行こう」 そう言った彼に、面々は表情を引き締めて頷きを返した。 ● 時は、刻、一刻と過ぎてゆく。 戦闘開始時には東にあった太陽が、頭上に差し掛かり、開拓者の中にも僅かな疲労が見え始めている。 久野都は五芒星の描かれた符を手に目を眇めると、モノクルの縁を指の腹で押し上げた。 「練力の補給は何とかなりますが、肉体的な疲労の蓄積は否めませんね」 そう口にして大地に手を添えると、何事かを呟き、周囲に漂う瘴気を力に変えた。 その上で彼の目が遠方を捉える。 その先に居るのは和奏とエルレーンだ。 和奏は骨人が振り上げた武器を見止め、その軌道を予測して回避する。そうして身を返すと、手にしている波紋の美しい刀の刃を翻した。 「エルレーンさん、準備を」 彼はエルレーンをチラリと見やり、もう一歩を踏み出す。始めの一撃で上体を崩した敵への攻撃は容易だった。 だがそれでも倒れないのは、敵の纏う鎧の所為だろうか。 エルレーンは和奏が作ってくれた隙に、自らを踏み出して間合いを奪う。 そして蒼く美しい刀身に紅蓮の炎を纏わせると、一気に斬り上げた。 「燃え尽きちゃえ‥‥ッ! 必殺・火龍剣ッ!!」 豪快に斬り上げた刃が、敵の胸元を鎧ごと抉って斬り伏せてゆくと、彼女の目は次を捉えていた。 だがこうした時こそ隙は生まれる。 「和奏さん、エルレーンさんを間合いの外に」 突如聞こえた声に、和奏の手がエルレーンの腕を掴む――と、彼女の腕が後方に引かれた。 その直後、2人に迫っていた墨を纏う粘泥に小さな式が纏わりつく。 「‥‥これは」 目の前で動きを封じられる敵。それを見つめていると、和奏が透かさず一歩を踏み出した。 そして止めの一撃を見舞い、振り返る。 「怪我はありませんか?」 「あ‥‥うん‥‥」 和奏のおかげで久野都が放った呪縛符に巻き添えを食う事無く離れる事が出来た。 それにこれは久野との事前の声掛けがあってこそだ。 「では、次に行きましょう」 和奏はエルレーンが無事な事を確認すると、刃に付いた瘴気を払って戦地に目を向けた。 その頃、後衛を担当する面々は、空を飛ぶ存在を前に己が腕を振るっていた。 「対空は任せなぁ。速攻で落としてやるよぉ」 颯はそう零すと、巨大な弓を構えて弦を引いた。 ギチギチと軋む音を耳にしながら、上空に飛来する物体に照準を合わせる。と、次の瞬間、矢が上空に飛び骨鳥の膜を射抜いた。 しかし此れで終わりではない。 「ん〜、もう少し集められると良いんだが」 「‥‥やってみよう」 颯の呟きを拾ったウルグは、狙撃用の銃に弾を込めて呟きを返す。その間も、耳は周囲に向けたまま、何時でも味方の動きに合わせて動けるように注意を払う。 「あの一角を抜けば――」 口にし、ウルグが息を詰める。 そして―― ゴウンッ。 空と耳を貫いた銃弾が、彼の狙った場所へと飛んでゆく。と、骨鳥の動きが変化した。 先に進もうとしていた連中の一角が崩れ、被膜を貫かれた一体が体勢を崩して地面に落下してくる。 ウルグはその一体に照準を合わせると、再び銃撃を放ち討ち漏らしを防ぐ。その上で今一度、銃の装填を済ませて颯を見た。 彼は崩れた集団の一角を見据え、限界まで弦を引いている。 「もう少し増えれば完璧なんだけどなぁ」 「あと少し、か‥‥両翼から同時に攻撃して集めるって手もあるが」 「微力ながら加勢しよう」 思案する2人の元に進み出たのは、五枚の符を手にした晴臣だ。 彼は颯の弦の張り具合を確認し、すぐさま符を構えてウルグを見る。 「時間もなさそうだから、行くよ」 「‥‥わかった」 晴臣はウルグの銃弾が放たれる瞬間に合せて、術を紡ぐ。そうして放ったのは氷を纏う小さな白隼だ。 白隼は真っ直ぐにウルグの放つ銃弾とは対面になる場所へと飛んでゆく。此れに直線状に居た敵が逸早く気付いて回避行動をとる。 だが、回避した場所にはウルグの弾が‥‥ 「良い感じ〜♪」 颯はニッと口角を上げると、溜めた力を開放するように一気に矢を放った。 その瞬間、放たれた矢の周辺に空気の波動が絡まり、軌道線上の敵を巻き込んで飛翔してゆく。そうして撃ち落とされた敵が次々と地面に落ちるのだが、中には息の根が止まっていないモノもいる。 勿論、中にはこの攻撃を回避し、反撃するために迫るモノも居たが、其処は経験を積んだ開拓者だ。 「おおっとぉ。こっちに来るなってぇ」 飄々とした口調で言い放ち、颯が透かさず矢を番えて放つ。それでも討ちきれない敵は、晴臣が援護の意味で魂喰を放って打ち取った。 「こんなものかな。あとは――」 「そらよっと!」 響いてきた元気な声に晴臣の目が向かう。 其処に居たのは落ちてきた敵に斧を振り上げる雪斗だ。 彼女は両の足をしっかり地面に付けて、遠心力を使って盛大にそれを振り抜く。そうして骨ごと敵を粉砕すると、次の敵に向かい直った。 「骨如きが。イキがってじゃねえよ!」 「これは元気が良いね。でも、油断したら駄目だよ」 「何?」 晴臣の声に目を見張った直後、彼女の後方で何かが倒れる音がした。 振り返ると、足を縛られ動けなくなった骨人が―― 「隙あり!」 其処に透かさず降ってくる槍に、雪斗は再び目を瞬く。 「油断大敵だよ。さ、一緒に戦おう!」 言って差し出された手に、雪斗の目が上がる。 其処に居たのはフィンだ。 彼女はニコリと笑んで小首を傾げる。だが、彼女とて気を付けなければいけない。 「あっぶね!」 「わっ!」 頬を掠めるように後方を突いた斧に、フィンの目が見開かれる。そうして振り返ると、地面に崩れる骨人の姿が目に入った。 「これで貸し借り無しだ」 「了解! それじゃ、暴れてこーか!」 「おう!」 2人は頷き合うと、同時に地面を蹴った。 其処には新たな骨人が群れを成して迫っているではないか。 雪斗はすぐさま心眼を使用して、周囲を注意深く伺う。その上で探知した情報を口にする。 「右側に注意だ! 目に見えないが何か居るぜ!」 「何か‥‥吸血粘泥? ‥‥ようし、まとめて吹っ飛べぇ!」 言うや否や、フィンは大きく踏み込んだ場所で、巨大な槍を横薙ぎに振り上げた。 そして一気にそれを振り下ろす。 ブンッ。 骨人を含めて振り切る直前、柔らかい何かに振れて柄を持つ指に力が篭る。 「こッ、こぉ、だぁ!!!!」 彼女は渾身の力を込めて振り切ると、凄まじい勢いで粘泥を包む粘液を切り裂く。そして其処に雪斗の斧が降り注ぐ止めを刺すと、2人は顔を見合わせて手をガッチリと組み合わせたのだった。 ● 時刻は間もなく夕刻を迎えようとしている。 陰り始めた陽と、頬を照らす夕日に、久野都がホッと息を漏らす。 「あと少し‥‥これほどありがたい夕焼けもありませんね」 思わず零した声に、瘴策結界を使用し周辺の様子を探っていたリーディアが頷きを返す。 「ええ。思ったよりも、皆さん体力を温存されているようですし、このままいけば持ち堪えられるかもしれません」 それでも、目に見えない疲労は溜まっている筈。中には目に見える疲労も溜まってきている者もいる。 「‥‥少しでも、皆さんの力になりますよう」 彼女はそっと瞼を伏せると、まるで祈りを捧げるかのように癒しの言葉を紡ぐ。 これに久野都が動く。 「巫女の癒しを無駄には出来ません。千見寺さん、動けますか?」 彼が声を掛けたのは、近くで吸血粘泥に狙いを定めていた葎だ。 葎は久野都の声に目で頷くと、先程リーディアが索敵を行った場所に居るであろう、吸血粘泥目掛けて真空の刃を放つ。 これに幾つか手応えを感じるがまだだ。 「まだ、隠れてそうですね」 ふと呟き、感知された場所へ苦無を放つ。そうして攻撃場所の目安を作ると、再び攻撃を試みようとした。 其処に水風船が飛んでくる。 「これを目安にしてください」 放ったのは翡翠だ。 彼女はリーディアが伸ばす癒しの届かない場所で味方の傷を癒している。その途中で、葎の姿を見かけ援護を投げてきたのだ。 その傍らには共に行動する真夢紀の姿もある。 水風船は吸血粘泥にぶつかった途端に弾け、辺りに墨を撒き散らした。こうして確実に視界に留まった敵を前に、葎は改めて印を刻む。 「討ち漏らしませんよ」 狙いが明らかになれば攻撃は確かな物になる。 彼女は再び真空の刃を放つと、今度こそ確実に敵の動きを封じた。 其れを目にした久野都が合図を出す。 「リーディアさん、今です」 「はい‥‥どうか、出来るだけ多くの人に、癒しの手を――」 言葉と共に響く鈴の音が、柔らかな癒しを運び降り注いでくる。それと同時に響く、高く澄んだ音色は、傷だけでなく精神的にも疲労した心を癒していくようだ。 北斗はそんな癒しを受けながら、戦況を静かに見詰める。 「もう直ぐ、陽が落ちるのだぁ」 ぼんやり口にして空を見ると、彼の足が唐突に戦場へと飛んだ。 此れまで戦場の中で負傷した者に手を差し伸べ回って来たが、ここからが本番だ。 何せ辺りは一気に闇に包まれる。 仲間の中には松明を用意して明かりを作ろうとする者もいるが、きっとそれだけでは足りない。 北斗は注意深く目を凝らしながら奥へと進み――見つけた。 「伏せるのだぁ〜」 言葉と共に放った手裏剣が、空を舞う骨人の被膜を貫く。そうして態勢を崩した所へ止めの一撃を見舞うと、北斗は更に足を加速させた。 その先に居るのは、複数の骨人。彼らが囲うのはリリアや浄炎など前衛を務める者達だ。 「加勢します」 いつの間に追いついたのか、葎が援護を申し出る。 此れを断る術はない。 2人は前衛を囲む敵の側面に入ると、両側から一気に斬り込んで行く。 「そこを退いて貰います」 「そこを退くのだぁ〜」 葎は木を集中させた手裏剣を、北斗は瘴気を纏う短刀を手に一直線に突っ込んで行く。 そして2人が同時に壁を崩し中心部に辿りつくと、双方は外壁を振り返り―― 「「風神!!!」」 間髪入れずに壁へと放たれる真空の刃。 これが二カ所に脱出路を作り出す。 「みんな動けそうで良かったのだぁ〜」 「援護感謝する」 浄炎はそう言葉を零すと、確保された退路に目を向ける。 「悩んでる暇は無い。行くなら今だ」 「深凪の言う通りだ! 行こうぜ!」 雪斗はそう言うと、先陣を切って走り出した。 当然敵が押し寄せて来るが、此処は力で押し切る。 そうして包囲網を抜け出すと、フィンと悠里、それにリリアが同時に武器を構えた。 そして、フィンが槍を使った範囲攻撃を、悠里が水の柱を、リリアが光の矢を放つ。 此れに敵の中から断末魔のような声が響き、次々と敵が崩れてゆく。 それを見送り、面々は癒し手の元へと一旦退いて行ったのだった。 ● 陽は完全に落ちた。 残るはほんの僅かの筈。しかし楼港の中から援軍が来る気配はまだない。 「ちっ‥‥ぐずぐずしやがって」 志摩は苛立たしげに言葉を吐き、茣蓙に膝を着き負傷者の応急処置にあたる面々に目を向けた。 「そろそろこっちも限界なんだがな‥‥」 とは言え、開拓者たちはまだ諦めていない。 今もなお、暗い森の中で戦闘を繰り広げている。 「火が弱点だったのだぁ〜」 北斗は吸血粘泥に炎の柱を浴びせながら声を上げる。その先には、仲間同士で刃を振るう稚空の姿があった。 疲れを見せない縦横無尽な動き。 敵の攻撃を寸前の所で避けては、味方に攻撃の隙を作り上げる彼は、兄のアラタを見て声を上げる。 「アラタ、俺のフェイントにちゃんとついてこいよ!」 「稚空、あまり囮ばっか夢中になるなよ? お前も仕留められそうならやれ!」 そう言いながらも、しっかりと風の刃で彼が誘った敵を討ってゆく。それでも討ちきれない敵は冬史朗やライナーが拾っていた。 「冬史朗、ライナー、大丈夫か?」 「問題無い」 冬史朗はそう口にし、言葉通り冷静な動作で敵を討ち落としてゆく。そして討ちきれない敵に関しては、黒い刀身に炎を纏わせて素早い一撃を討ち込む。 「トドメは羽紫兄弟に任せた!」 この声に動いたのはアラタだ。 彼は稲荷神の力が篭る符を掲げると、其処に念を送る。そうして紡ぎ出したのは、地に縛る小型の黒蛇。蛇は敵の足に絡みつき徐々に力を奪って行く。 「稚空!」 「ああ、任せろ!」 言って斬りこんだ稚空が華麗に敵を仕留めると、それを見ていたライナーは感心したように息を吐いて、自分に迫る敵を銃と剣の両方で倒した。 だが視界が悪いせいか、ギリギリで避ける筈の攻撃が時折掠めて傷が増えている気がする。 「アラタ、ライナーの怪我、みてやってくれ!」 「了解っと」 稚空の声にライナーを見たアラタは、素早く符を装填して治癒の光を注ぐ。 これにライナーの眉間に僅かな皺が寄った。 だが直ぐに表情を戻して、大きな声で言い放つ。 「動ける時は、俺を気にせずに動いてくれ! 足でまといにだけはなりたくね〜からな!」 カラリと笑った彼に、この場の皆が笑みを零した――その時だ。 「援軍が到着したぞー!!!!」 遠方より響く声に、歓声が上がる。 それを聞きながら、稚空は薄く輝く刃に精霊の力を宿し、目の前の骨人の腕を薙いだ。 ● 開拓者たちはリーディアが用意した茣蓙の上で、力尽きた様に息を吐いていた。 援軍は無事到着。 楼港へ迫っていた敵も、援軍のお蔭で退ける事が出来た。 しかし、それまでに戦った時間を考えれば、疲労度は援軍の比ではない。 「いやぁ、本当に助かった」 志摩は苦笑気味に開拓者を見回すと、何処からともなく持ってきた瓶を持ち上げて見せた。 此れに皆の目が瞬かれる。 「お子様にはちっと早いんだが、俺からの労い品だ。今夜はこいつを呑んで、カアッと寝てくれ」 悪い。 そう言って片手を顔の前で立てて拝む志摩に、何とも言えない雰囲気が漂う。 そもそもの原因は彼ではなく、仲違いを未だに続けている北面国と東房国だ。 双方の国がいがみ合うのを止めれば、状況は違って来たに違いない。 とは言え、今それを言うのは詮無いこと。 志摩は全員の手に酒瓶が行渡る様にすると、改めて集まってくれた事への礼を述べた。 そして、皆が疲れた体を癒す為に楼港に入った頃、エルレーンは門の内側で空を見上げていた。 「義貞君‥‥無事なの‥‥?」 何とかアヤカシは跳ね返したが、敵の勢いは本物だった。 となれば、義貞の元にも何かしらの現象が起きている筈。それは金髪碧眼のアヤカシが居なかった事からも明らかだ。 エルレーンは脳裏に浮かんだ少年を思い、そっと眉を潜めたのだった。 |