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■オープニング本文 ●浪志組設立 「昨今の、アヤカシの活発化はお聞き及びの通りです。これに乗じた盗賊や浪人の狼藉も増え、都の治安は著しく悪化しております」 東堂・俊一(iz0236)は、目の前に腰を据える所領の男性――大判定家を前に言葉を紡ぐ。 天儀一の人口数を誇る神楽の都。 人が集まる場所には自ずと陰の部分も生まれ、治安の悪い箇所も生まれてくる。 昨今、神楽の都では急速化する治安悪化を前に、それを御する人材の不足に頭を悩ませていた。 限られた奉行所、開拓者ギルドの依頼。正直、これだけでは対処しきれない問題も、多々ある。 「そこで、開拓者や浪人を中心とした武力を備えた攻勢組織を作る、ということなのじゃな‥‥?」 「はい」 東堂は、大判の言葉を前に臆した様子もなく頷く。そんな2人の間には、東堂が提出した建白書が置かれていた。 「有為の者達を野に埋もれさせておくのは得策では御座いません。天下万民を想い、為すべきことを為す。それこそが士道と心得ます」 志と実力を兼ね備えた者を募り、彼らに強い捜査権限を与える。屯所に戦力を常駐させ、一朝事あらば直ちに出陣してアヤカシや賊を誅滅し、神楽の都における精鋭部隊とする。 その為には出自や過去を問わず、あらゆる精鋭を集めてその戦力を編成せねばならない。 「‥‥なるほど、妙案ではある」 大伴は頷き、意を決したように顔を上げた。 「よろしい。この件、早速準備に取り掛かると致そう」 「何卒、何卒よろしくお願いいたします」 深々と頭を下げた東堂は、終始同じ表情を崩さぬままに部屋を出る。 しかしそんな彼の拳は、強く、そして深く握られていた。 それはじっとりと掌に血が滲む程に―― 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――「浪志組」が動き始めた日である。 ●清誠塾 東堂は自室に腰を据え、静かに瞼を伏せていた。 耳に響くのは子供達の声。そして脳裏には此処までの数多な出来事が浮かんでいる。 「‥‥やる事は山積み。今は掴みかけた物を確実にする為に動かねばなりませんね」 此処までの出来事は全て、大事の前の小事。 浪志組設立の為の足掛かりでしかなく、これからが彼の為すべき事への本当の第一歩となる。 「それにしても、恭一郎君があのような失敗をするとは‥‥少々期待外れですね」 陰陽の作戦自体は成功と言って良いだろう。 出来るだけ多くのアヤカシを誘き出し、退治する事が出来、そのお陰で功績を積む事も出来た。 「まあ、良いでしょう。それよりもまずは腕の立つ御仁を集める事、資金を集める事が先決‥‥」 既に志を同じくする者が動き始めている。 だからと言って、其処に胡坐をかく訳にはいかない。 東堂は瞼を上げると窓の外を見た。と、その時だ。 東堂の部屋を訪れる者があった。 「せんせー、お客さんが、来てるよー」 明るく顔を覗かせたのは私塾の生徒の1人。 その後ろには見覚えのない人物が立っている。 「貴方が東堂先生ですね。お噂は兼がね‥‥如何でしょう、私の話を聞いては頂けませんか?」 そう語りかけた人物は、穏やかに微笑んで小首を傾げた。 東堂の元を訪れたのは、清潔感漂う男で、彼は来た時と同じ笑みを絶やさずに言う。 「実は此処に、このような嘆願書があるのですが‥‥」 「失礼しても?」 「はい。先生に見て頂く為にお持ちしましたので、是非ともご覧下さい」 東堂は彼の声を聞き届けると、差し出された封書に手を伸ばした。 其処には確かに嘆願の言葉が書かれている。 そして最後には差出人の名前も『数名』。 「成程、此度の浪志組設立の話を聞き、是非とも其処に参加したい。と」 嘆願書の中身は、浪志組への参加意思を連ねた物。それ自体は問題ない。 しかし問題があるとすれば中身と嘆願を申し出た者の経歴及び、現在の職だ。 「浪志組には幾つかの参加条件があり、その中の1つに『一、心ならずして犯した過去の罪はこれに恩赦を与える』という物があります」 そう、浪志組の参加条件は現段階で3つ。 その中の1つにこうした文言があり、此れが故に多くの者が志願してくるのも事実。そして東堂はそれを拒む気はない。 寧ろ―― 「歓迎致しましょう」 「先生ならばそう仰って頂けると信じておりました。先生の志のお力に、彼等は十二分に役立つ筈。斯く言う私も、先生のお力に立ちたいと思っております」 そう言うと、彼は穏やかに微笑み、東堂もそれに応えるよう微笑んだ。 「もし先生のお立場上、単純に迎え入れる訳にはいかない。そう仰るようでしたら、私に案が御座います」 東堂にとって、門徒を広く取っていると言う事実だけでも知らしめる事が出来れば良い。 ただ彼の言う様に、周囲の目を気にするならば、罪の経歴がある者をただ受け入れるのは些か疑問があった。 「――ご提案とは?」 「はい。確か先日、先生はある策をもってアヤカシの退治を行ったと聞いております。その時に、幾つかのアヤカシを討ち漏らした、とも」 この言葉に、東堂の眉が微かに動いた。 陰陽の策を講じ、アヤカシを退治した事。それ自体は開拓者ギルドへも報告済みだ。 但し、報告を細かく淹れたのは陰の策についてで、陽の策の本当の狙いまでは触れていない。 しかし目の前の人物は、その細かな部分についても知っていると言葉を漏らす。 「家畜の死骸が転がっていたとも聞いておりまして、その出所を探って参りました。場所は神楽の都の外れ‥‥盗難にあった家畜は2羽と聞いております。その前にも都の外と中で家畜の被害があったとか‥‥ですが――」 「家畜の被害は突然止んだ。違いますか?」 「流石は先生、その通りです。代わりに、餓鬼が目撃されるようになり、近隣の住民はそれに怯えていると聞きました」 「其処を貴方がたが処理して下さると?」 「はい」 申し出自体は悪くない。 撃ち漏らした少数でも倒す事が出来、それを志願する者に倒して貰えたら、彼等への見方も変わるかもしれない。 しかし―― 「足りませんね」 「如何いう‥‥」 「餓鬼を倒すだけでは足りない。そう言ったのですよ」 東堂は指の腹で眼鏡を押し上げると、改めて嘆願書に視線を落とした。 「貴方の仰る策を確実の物にするのならば、餓鬼を倒すだけでは足りないでしょう。そうですね‥‥」 東堂はそう言葉を切ると、何事かを紙に認め始めた。 そしてそれを彼の人物に見せる。 「――此れは」 「浪志組には参加条件の他にも規律を守る為の規則という物があります。彼らに其れを守るだけの技量があるのか如何か。それを見極めさせて頂きましょう」 東堂の言う規則とはこうだ。 一.民衆を見捨てる行為 一.浪志同士での諍い 「この2つの事項を守って下さい。大丈夫、普通にしていれば問題ありません」 この程度の規律を守れないようでは話にならない。 そう言外に告げる彼に、目の前の人物は顔に笑みを張りつけたまま頷きを返した。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
深凪 悠里(ia5376)
19歳・男・シ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
華魄 熾火(ib7959)
28歳・女・サ |
■リプレイ本文 餓鬼の討伐に当たる浪志。その姿を視界に納め、皇 りょう(ia1673)は思案気に目を落していた。 「浪志組‥‥か。理念だけを聞けば素晴らしいものを感じるのだが」 思わず零した声。其処に含まれる感情を呑み込むように眉を寄せると、彼女は餓鬼を相手に刀を振るう面々を見た。 今、目の前で戦闘を繰り広げる人物は4人。 彼等は東堂・俊一(iz0236)が設立した浪志組に籍を置こうとする浪志だ。 いずれも風貌に一癖ある者達ばかり。一見するなら、民衆の為に刀を振るう者には見えない。 「人を見掛けで判断してはいけないと思うが、内面は外見にも表れてくるのもまた事実」 思わず呟いた声に、傍で待機していた深凪 悠里(ia5376)が苦笑を零す。その上で、全くだと言わんばかりに肩を竦めると、彼もまた浪志を見た。 「本気の改心だと良いんだがな」 今目の前で闘う者達は、以前罪を犯した者ばかりだと聞く。そして浪志組設立の折、東堂が願い出た恩赦に惹かれてきた面々だと言うではないか。 「裏が無ければ良いが」 りょうの声に悠里は頷き、今はまだ大人しく討伐に精を出すその背を見詰めていた。 一方、僅かに距離を開け、浪志組の姿を見詰めるアルマ・ムリフェイン(ib3629)は、他の開拓者とは違う思いを抱き、その場に立っていた。 「あの餓鬼を討ち漏らしたのは僕達で‥‥俊一先生が頑張ってて」 口にしてギュッと両の手を握り締めると、その中で小さく紙が崩れる音がした。 その音に、彼の隣で控える長谷部 円秀 (ib4529)の目が向かう。 「それは?」 「あ、これは‥‥」 アルマは握り締めていた紙を広げると、此処までに書き止めたメモを彼に見せた。 その中に書かれているのは、浪志達の戦闘を見て考察したもの。誰と誰が連携を多く取り、如何云った戦い方をするのか等、書き連ねられる事はだいたい記してある。 「鼠さんは、あまり積極的ではないし‥‥蛇さんは、連携は、あまり‥‥。蛙さんは、怒鳴りながら指示‥‥を、出してる‥‥」 「雀は目立たずも真面目に‥‥でしょうか」 円秀の声に頷き、アルマは連携の悪い一同に不安そうに眉を寄せる。 「信頼は得難く、失いやすい。設立間もないですし、住民からの信頼も裏切れない‥‥今後の活動の為にも、積み重ねは必要でしょうね」 ――とは言え、志願した者達は規律とは無縁そうな振る舞いをしている。それが戦闘だからなのか、それとも‥‥ 「僕は役に立ちたいし、‥‥少しでも役に立たなくちゃ」 アルマはそう呟き、葦笛を握り締めた。 そして彼らの傍らで、同じく浪志を見やる華魄 熾火(ib7959)は、此処に来る前に東堂と行った遣り取りを思い出していた。 「仕置きの案を考えてみた。如何だろう」 言って、熾火が提案した仕置きは『里への無償での労働奉仕』と『私塾の年末大掃除』と言うもの。 それを耳にし、東堂は己が口元に拳を持ってくると小さく咳払いを零した。 「随分と可愛らしい‥‥いえ、平和的な仕置き案ですね」 「何、人の為となる事をこれから成して行くのだ、最初の一歩と思えばよい」 クツリと笑んで零された声に、「成程」と返される。 その上で東堂は今一度咳払いをすると、穏やかな眼差しを彼女に向けた。 「出来る限り善処いたしましょう。頂いた案、大事に持ち帰らせて頂きます」 「――彼には彼の。私には私のすべき事をさせてもらうとしよう。‥‥何も、起きぬがよいが‥‥」 そう口にし、熾火は晒したままの己が角を撫でる。と、彼女の目が不意に飛んだ。 「あの者‥‥」 視界に映る4人の浪志。その中の1人が不審な動きをしているのが見える。 それと同じく、屋根の上で今の状況を見止めた風鬼(ia5399)は、「やはり」と言った様子で瞳を細めた。 4人の浪志の素性を事前に調べていた彼女には、今起きようとしている事項は予測済みだったらしい。 「さて、風の名を持ちし俊足‥‥見せ場となるぞ?」 研ぎ澄ました耳に、熾火の声が届く。 それに目を向けると此方を見る熾火の目と合い、風鬼は身を屋根の影に隠すと息を潜めた。 そしてアルマも浪志達の元に視線を注ぐ。 その時だ。 「餓鬼が、都の方に‥‥!」 瘴策結界を使用していた彼がハッとしたように顔を上げる。そして対策をと飛び出そうとした所で、別の者が飛び出した。 「情けない! それが先の世を見据える者のすることかっ!」 怒声を発するのはりょうだ。 彼女は空席が出来、開いた穴を塞ぐように餓鬼の前に立ち塞がると、眼前に迫る敵を両断した。 そうして宝珠輝く刃を構え直すと、大地に崩れ落ちる餓鬼に目を添え、今一度刃を振るう。 そんな彼女の後方では、空席を作った張本人が、数名の開拓者に逃げ場を塞がれ立ち往生していた。 「良くありませんな」 「ひっ」 素早さが取り柄だった鼠。 だが彼の俊足とて、シノビの足には叶わなかったようだ。 行く手を塞ぐように立つ風鬼。 彼女の姿を見て、鼠は慌てて踵を返した。 しかし―― 「本来であれば一応警告を‥‥そう思っていましたが、今、2度逃げようとしましたね?」 「ち、違‥‥」 鼠は初めから戦闘に消極的だった。 そして他の面々が戦闘に集中しているのを見計らい、彼は隙を見て逃げ出そうとしたのだ。 これは味方を見捨てる事。そして結果的には民を見捨てる事にも通じる。 「こ、今度はちゃんとやる! だ、だから――」 「志低き事はせぬ事よ、これは見過ごす事は出来ぬでな」 「まったくだ」 餓鬼は彼が抜けた穴を通って都に行こうとした。 それは誰の目にも明らかで事実。 熾火と悠里は逃げ場を断つように立ち塞がると、諦めたようにその場にへたり込んだ鼠に視線を注いだ。 「‥‥大人しく、して」 アルマはそっと鼠に近付くと、なんとも言えない表情で彼の身に縄を結んだ。 ● 餓鬼討伐の道場から僅かに離れ、都の中に入った浪志達は、討伐の疲れを癒すように小さな飯屋に足を運んでいた。 「ガッハハハ! あの程度の敵で逃げ出すなんてなァ!」 「アイツは元々肝が小せぇのよ」 違いねえ! そう大声で笑う浪志達。 先まで仲間だった者が裏切り、捕縛されたと言うのに何と呑気なもの。 「仲間意識は低い、と言う事でしょうかね」 風鬼は店外から、中が見える位置を確保して呟く。飯だけでなく、酒も酌み交わさん勢いの3人は、パッと見の関係は良好。 だが―― 「信頼関係は成立してなさそうですね」 円秀は冷静に分析して呟く。 そう、彼等に仲間意識など見えない。その証拠に、既に雲行きが怪しくなり始めている。 「ああん? もういっぺん言ってみろ!」 「何でも言ってやるぜぇ。アンタの剣は力だけで振るう、脳筋そのものだってなァ」 「ンだとォ!」 ゲラリと笑った蛙の目は据わっている。彼は蛇を挑発したまま徳利を口に運ぶ。と、それが真っ二つに割れた。 「誰が脳筋だってぇ? 脳筋がンな真似できるかよォ?」 蛙の目の前に突き付けられた刃。 まさか店で刀を抜くとは思っていなかった店員は、慌てて彼に駆け寄る。 「お、お客さん、騒ぎだったら他所で――きゃあ!」 「女が出しゃばってんじゃねェ!」 物凄い勢いで振り上げられた刃が店員に降り注ぐ。そして鮮血を撒き散らされる――そう誰もが思った時、蛇の体が飛んだ。 「この様な場所で無闇に刃を振り翳そうとするとはっ、無辜の民に対する暴力など論外、そうでなくても、私達の力は脅威なのだぞ!」 「こ、コイツ、気配が‥‥」 決して小柄ではない蛇。彼が椅子に埋もれながら呟く。しかし彼は直ぐに態勢を整えると、痛む体を起こして刀を手に取った。 そうして彼が見据えたのはりょうだ。 蛇はりょうを苦々しげに見ると一瞬「ハッ」となって、直ぐに周囲を見回した。 そして‥‥ 「こうなったら、この女を人質に逃げ――ヒィッ!」 「人質にしてどうするって?」 いつの間に傍に来たのか、悠里の鋭い視線と声に蛇が竦み上がる。 「さっきの戦闘でもそうだったけど、周りが見えてないな。もう少し周囲に目を配るべきだ」 彼はそう言うと、蛇の喉に手を添えた。 これによって、彼の手から刀が落ちるのだが、それと同時に、別の場所でも悲鳴が上がった。 「状況的に見て、悪いのは先に刀を抜いた方でしょう。ですが、貴方の今の行動‥‥それも如何な物かと思いますよ」 円秀はそう言うと、蛙が振り下ろした刃を己が刃で受け止めて眉根を寄せた。 その上で、強引に一歩を踏み出すと、彼の拳が蛙の鳩尾を突いた。 「ガッ! ぁ‥‥」 ガクッと膝を折って倒れる蛙。その喉に冷たい感触が触れる。 「よもや‥‥倒れた相手に斬り掛かろうとするとは、な」 情けない。熾火はそう囁き、喉仏に薙刀の切っ先を添える。 此れにて蛙の戦意は喪失。 彼は手にしていた刀を手放すと、降参したように両の手を上げて見せた。 それを目にして円秀の目が熾火へ向かう。 「お力添え、感謝します」 「何、私も少しそなたの手伝いを、とな」 クツリ。そう笑って、ふと視線を泳がす。 その先に居たのはアルマだ。 彼は店員を含めた一般人の保護に当たっていた。 「怪我は、ありませんか‥‥?」 言の葉を向け、浪志に刃を向けられた人物の顔を覗き込む。そうして擦りむいた箇所に癒しを注ぐと、彼は悲しげに視線を落とした。 「‥‥なんで、なんだろう」 仲間同士で、しかもこのような些細な事で傷付け合う。アルマにはそれが信じられない。 だからこそ、彼等の行動は悲しい。 アルマは落とした視線を上げると、外に促した人たちの安全を確認し、手当に回った。 ● 出来てしまった人垣。 その中央に居るのは、捕縛された鼠、蛙、蛇。そして彼等と行動を共にしていた雀だ。 彼等の傍には、彼等を浪志組に推薦した人物もいる。騒動を聞いて駆け付けた、そんな所だろう。 「申し訳ありません。彼等とて、東堂先生と同じ志があって志願したと言うのに‥‥」 本当に申し訳ありません。 そう何度も頭を下げる人物に、開拓者たちが顔を見合わせて眉を寄せる。 「謝罪は私達へ向けるべきではない。謝罪は迷惑を掛けた民へ向けるべきだろう。私達が‥‥否、浪志組が何より優先すべきは民の安寧。違うか?」 りょうはそう言うと、捕縛された面々を見た。 彼等は憮然とした様子で其処に居り、反省している様子など見えない。 そして彼等の傍にいる雀。彼はそわそわとしている他は、極めて大人しい。 良くも悪くも目立たない、静かな人物だ。はたして過去に、どのような罪を犯したのか。 そう思った時、ふと風鬼の声が耳を掠めた。 「注視しておいた方が良いでしょうな」 風鬼は注意深く雀の動きを追っている。 そして程なくして、その言葉の意味は理解された。 「あの程度の規律も守れないとは、とんだ見込み違いですね」 突然降ってきた声に、この場の皆が目を向ける。 其処に居たのは、東堂だ。 彼は雀と、彼を連れてきた人物、そして捕縛された3人を見て眼鏡の縁をツッと押し上げた。 「浪志組は民衆の為の組織です。私が申し上げた規律は浪志組を正しい方向へ導く為に必要最低限必要な事。それすら分からない者を受け入れる程、我々は優しくありません」 「‥‥東堂先生のご期待に添えず、申し訳ありません」 彼の人物はそう言って目を伏せると、申し訳なさそうに頭を下げた。 彼は他の者とは違い、本当に東堂の為にと人材を連れてきたのだろう。それこそ、東堂が必要とする人材を‥‥。 「貴方に関しては身の置き場を考えておきましょう。それよりも彼等の処罰ですね‥‥」 東堂は態と人垣に聞こえるよう声を張ると、チラリと雀を見た。 此れに小柄な体が小さく跳ねる。そして思わず視線を逸らした所で、アルマが東堂と雀の間に入った。 「‥‥何で、こんなこと‥‥」 言って、アルマが雀の手を取ると、其処には古びた財布が握られていた。 「これ、俊一先生の‥‥お財布だよね?」 「!」 雀はサッと表情を青くすると、急いで逃げようとした。 だが、アルマは手を掴んだまま離さない。 それを見ていたりょうと風鬼は、何とも言えない表情で眉を潜めた。 「スリ‥‥ですか」 「態と取らせたのでしょうな」 この状況下で東堂が財布を容易に取らす筈がない。となれば、この場で雀が犯行に及んだのは、東堂による罠だろう。 東堂は駆け付けた隊士に彼を捕縛するよう伝えると、視線を民衆の直ぐ傍に控える人物に向けた。 「もう退路は塞がないで大丈夫ですよ。有難うございます」 「いや、何となく立っていただけだから、気にしなくて良い」 そう答えたのは悠里だ。 彼は先の戦闘での雀の動きを覚えており、それを元に彼が逃げる際の退路を探っていた。 結果、退路を塞ぐ位置で立つ事が出来たのだが、どうやら行動に出る必要は無くなったらしい。 悠里はホッと肩の荷を下ろすと、苦々しげに捕縛される雀を見る円秀に気付き首を傾げた。 「全員が期待外れ、ですか‥‥何と言うか、情けないですね」 円秀は浪志組の活躍に期待していた。 そして今後の活動にも期待を寄せている。故に、今回の事は多かれ少なかれ、彼に衝撃を与えたのだろう。 だが、東堂の手際の良い捕縛の様子は、民衆の多くが見ている。これは浪志組の規律の高さを証明するにはいい機会だ。 「‥‥まあ、こんなものでしょうね」 東堂はふと唇の端に笑みを乗せると、小さく零した。 其処に声が届く。 「浪志組としては、問題が起きなければよし、問題が起きても処罰できればよし、ということでしょうなあ」 声の主は風鬼だ。彼女は緑の瞳を東堂に向けると、僅かにそれを眇めた。 「ですがそれ以前に、大伴殿に恩赦の条件をのませてまで、咎人を受け入れる理由がわかりやせん」 そう口にして「なにか、あるんでしょうな」と、ポツリと零す。 それを耳にして東堂の目元に笑みが乗った。 「そうまでして成したい事がある。そう捉えては頂けませんか。民衆の為に――」 「‥‥『民衆の為に』。それは何とも‥‥」 風鬼は先の言葉を呑み込むと、ふむと視線を泳がせて背を向けた。 それを見るでもなく、捕縛した面々を連行する隊士に指示を向ける東堂。そんな彼に注がれる視線があった。 「‥‥如何かされましたか?」 「忙しさの合間にでも、良ければ食べて下され」 言って差し出された菓子。差し出した主は熾火で、東堂はそれを見やると、穏やかに笑んでそれを受け取った。 その姿を見て熾火もまた笑みを返す。 「何でもそつなくこなすはいいが、くれぐれも体の自愛は忘れぬように‥‥」 「お心遣い感謝します。貴女も見張りなどと気を張る仕事の後、あまり無理はしませんよう。今日は早く休むようにして下さいね」 東堂はそう言って笑みを深めると、連行される隊士と共にこの場を後にした。 |