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■オープニング本文 積み重ねられた石の山。 成仏願い、積み重ねられた石の山。 川の向こうに消えた魂と、唯一繋がる石の山。 けれどそれが崩される。 何者かに崩される‥‥。 川岸に積み重ねられた石の山。 その山の1つに石を重ねる少女がいた。 「これでお母さん、向こうでも元気でいられるかな」 亡くなった母の顔を思い出しながら笑顔をこぼす。 母が亡くなってだいぶ経ち、気持ちも落ち着こうかという折に耳にした噂話。 川岸に石を重ね、自らの身長よりも高く積むことができると、亡くなった者の成仏を願うことができるという。 その話を聞いた少女は、急いで近くの川辺に足を運ぶと石を積み始めた。 それは毎日続き、あと少しで完成だというところまで来ている。 そして次の日、完成を夢見て足を運んだ少女の目が、驚きに見開かれた。 「な、なんで‥‥」 呆然と見詰める先には、崩された石の残骸が転がっている。彼女はそこに駆け寄ると石をかき集めた。 「お母さん、ごめんね。いま作るからね」 そう言いながら重ねられてゆく石たち。 だが次の日も、また次の日も、訪れるたびに石の山は崩されていた。 「なんで、こんなこと‥‥」 涙ぐむ少女は、それでも石を積んだ。 だがこのままではいけない。幼いながらに考えたのだろう。 その晩、事の真相を探ろうと、少女は石を積み終えると川岸に残った。 そして自分の体を隠してくれる大岩のそばに隠れて、じっと石の山を見つめたのだ。 「怖い人じゃないと良いけど‥‥」 大人や怖い人が相手なら手も出ない。 それでも誰が崩しているのか知りたかった。 少女が物陰に潜んで少しした頃、周囲に異変が起きた。 ドシンッ、ドシン‥‥。 地響きに混じり水音が聞こえてくる。 暗がりに慣れない少女の目が細められ、やがてその目が物音の正体を捉えた。 「っ‥‥あ、あれは‥‥」 風を斬る音と石が崩れる音が響く。 赤い巨体の鬼のような存在が棍棒のようなものを振り回して、周囲の石を崩してゆく。 その姿に少女は悲鳴をあげそうになった。 しかしそれを、口を抑えることで堪えると、少女はガクガクと震えたまま化け物が去るのを待った。 風を斬る音と石が崩れる音。それがどれだけ続いただろう。 その音が水音と共に消え去ると、少女は口を押さえていた手を退けて立ち上がった。 「‥‥あんなのが、いたなんて」 少女は呟くと、家路に着くのも忘れて開拓ギルドに向かったのだった。 |
■参加者一覧
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
小鳥遊 郭之丞(ia5560)
20歳・女・志
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
濃愛(ia8505)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●心優しき開拓者たち 古ぼけた家の中で、1人の少女が膝を抱えて蹲っていた。 「気になるでしょうけど、退治が終わるまでは、お家で待っていてね」 少女の前に膝を折り、優しく微笑みかけるのは深山 千草(ia0889)だ。彼女は少女と目線を合わせるように腰を折ると、悲しみに揺れる瞳を覗きこんだ。 「でも‥‥石を積まないと‥‥」 深山の言葉の意味は理解できる。しかし成したいことが重すぎて全ては納得しきれないのだろう。 戸惑う少女に深山が僅かに困ったように首を傾げた。その時だ、少女の頭に繊細で優しい手が触れた。 「お前の身に何かあれば、それこそ亡き母は心安らかに眠れぬぞ」 そう言って頭を撫でるのは小鳥遊 郭之丞(ia5560)だ。彼女の力強さの中に除く優しい声に、少女の目が上がる。そしてその目が深山、小鳥遊、そしてその隣に立つフェルル=グライフ(ia4572)に移ると、フェルルは穏やかな陽のような微笑みを向けた。 「アヤカシはお姉ちゃんたちに任せて」 にっこり笑うフェルル、そしてそれに同意するように頷く2人の開拓者を見比べて、少女はようやく頷きを返した。 「では、私たちもそろそろ行くとしよう」 小鳥遊が少女の頭から手を放して呟く。その声に深山が頷いて少女の顔を見つめた。 「さあ、明日は石積みを頑張るんだもの、しっかり休まないとね」 「そうだよ。明日は絶対に石積みを完成させようね」 深山とフェルル、この2人の声に少しだけ安堵の表情を浮かべて、少女は頷いたのだった。 家の外では3人の開拓者が待機していた。 「泣かせる話やね‥‥んな願いを邪魔するたぁ、無粋の極みだ」 家の外に漏れ聞こえる中の会話を耳にした景倉 恭冶(ia6030)が口にする。彼自身、親がいないという境遇から少女への想いに同調する部分があるのだろう。言葉にも感情が籠りアヤカシへの怒りがヒシヒシと感じる。 その隣では、神妙な面持ちで景倉の言葉に同意するバロン(ia6062)がいる。彼は腕を組んだまま瞼を閉じて家の中の声を聞いていたが、不意にその瞼を上げると重く息を吐きだした。 「少女の無垢な想い、これ以上崩すことはさせぬ」 自らにも子がいる故に見逃せない今回のアヤカシ。その感情が声にも表情にも浮かぶ。それに同意したのは、バロンの言葉に拳を握り締めた濃愛(ia8505)だ。 「そうですね。拙者も皆に同意です。心優しき少女の行為を無駄には出来ません」 3人の開拓者が顔を見合わせて頷き合う。 その時、家の扉が開いた。 「お待たせしました」 目を向ければ深山、フェルル、小鳥遊が家の中から出てくるところだった。 その表情は少女に向けていた優しいものではなく、開拓者のものへと変化している。それを確認して、彼らはアヤカシが出没する河原へと向かったのだった。 ●迎撃に備えて サラサラと水が流れる河原のすぐ傍に、石を積み重ねる。1つ1つ、丁寧に重ねられた石はアヤカシを誘き出すための囮だ。 石は既に子供の頭上くらいまで積み重なっている。それに更に石を乗せるのはバロンだ。 彼は新たな石を積んで、ふと隣を見た。 「意外と積み辛いものだな」 「そうですね。明日、あの少女の手伝いをするならば、これを教訓に積みやすい石を探すと良いでしょうね」 バロンの言葉に濃愛が頷く。 そんな彼もバロンに習って囮の石を積み上げている。そこに大量の石を抱えて小鳥遊が戻って来た。 「これ位あれば足りるだろうか」 そう言いながらガラガラと石を落とす。その仕草にバロンと濃愛は顔を見合わせた。 「それだけの量があれば、わしの頭上よりも高く積めるぞい」 そう言って笑ったバロンに、小鳥遊はきょとんとして目を瞬いた。 石塔を積み重ねる3人の開拓者から僅かに離れた位置で、事前に用意しておいた薪を重ねるのは深山だ。 「深山さんは準備が良いですね」 そう言って、薪を差し出すフェルルに深山は少しだけ笑みを零す。 「道中で運良く用意できただけよ」 深山はフェルルから薪を受け取ると、それを丁寧に他の薪に重ねた。その傍では火の準備をしようと景倉が火種を起こそうとしている。 「待機班も着々準備が進んでるみたいだな。これなら、日没前には準備が終わるだろう」 打ち石から火花が散る。それが薪の一部に触れると、徐々に火の手が上がり始めた。 「さあ、後は身を潜められる場所を探しましょう」 「そうですね」 深山の声にフェルルが頷くと、3人は周囲を見回しアヤカシを迎え撃つ為の待機場所を探し始めたのだった。 ●少女の想いを護れ 月明かりが綺麗な夜だった。 静まり返った河原には、穏やかな河音が響き、時折魚の跳ねる音がする。まるで少女の話が嘘だったのではないかと思えるほど静かで、何処となく不安が過る。 「なかなか現れないですね」 囮で積み上げた石塔の前に立ち、小鳥遊が呟く。その声に弓を片手に控えるバロンも同様の面持ちで頷いた。 「炎の灯りで警戒でもしておるのかの」 揺らめく炎が月の光と乗算され一際辺りを照らしている。もしアヤカシが人目を避けて、誰も居ない場所で石塔を崩すことを目的としているのなら、明るいこの場所に現れない可能性もある。 「火を消しますか‥‥」 「! 静かにっ」 濃愛が火を消そうと足を動かした時だ。 小鳥遊が人差し指を立てて牽制した。その直後、河の方から水音が響いてくる。 ‥‥バシャ‥‥バシャバシャ‥‥。 徐々に近付く水音に、待機班の3名が己の武器を構える。 「来おったか」 河から岸へと姿を現したのは、赤い体躯の巨大な鬼の姿をしたアヤカシだ。棍棒を手に水を掻きあげやってくる姿にバロンの弓が軋む。 アヤカシは岸に見える高く積まれた石塔に視線を向け、そちらに向かう。その前には3人の開拓者が迎え撃っているのだが、まるで石塔以外は眼中にないと言っているようだ。 しかしアヤカシの考えはどうでも良い。 この場に集まった者達が成すべき事は1つ。待機班は勿論、奇襲班も成すべき事を確認するように手にした武器に力を込める。 その最中、アヤカシが棍棒を振り上げた。そしてそれが一気に振り下ろされる。 ヒュッ! 風を斬ってアヤカシの傍を矢が駆けぬけた。 「此方に目を向けてもらおうかの」 声に、矢の動きに、アヤカシの目が石塔から動いた。 それに習ってバロンの弓に再び矢が装填される。そこに先陣を切って飛び出した小鳥遊が、死神の鎌を手にアヤカシに近付いていた。 「さあ、始めるとしよう」 小鳥遊の鎌が視界を攫うように牽制を仕掛ける。 その動きにアヤカシの足が後退した。何事が起きたのかと、戸惑いを覗かせるが、すぐにその気配は消える。 雄叫びを上げながら振り上げられる棍棒が、次の攻撃に入ろうとする小鳥遊に向かう。そこに炎の壁が現れた。 「これは‥‥」 咄嗟に振りむいた小鳥遊の目に飛び込んで来たのは、濃愛の姿だ。 「ご無事で何より。奇襲班が来るまで持ちこたえましょう」 彼は小鳥遊1人に向きそうになった攻撃を、火遁を使って遮ったのだ。 その姿を僅かに離れた岩場や木々の合間で見守っていたフェルル、深山、景倉が手にした武器を強く握り締める。そしてフェルルの足が地面を離れた。 それに合わせて深山と景倉も、月と焚き火の灯りに姿を晒す。砂利を踏む足音に怯むことなく、3人はそれぞれの役割を果たすためにアヤカシの包囲に入った。 「一気にたたみ掛けますよ!」 フェルルが持ち前の速さを生かして、逸早くアヤカシの間合いに入り込む。 アヤカシはと言えば、棍棒を縦横無尽に振り回し、近付く者を牽制しようとしている。そこに小鳥遊の鎌が迫る。 「巌流!」 ザッとアヤカシの足元を鎌が掬う。それによって態勢を崩したアヤカシに、フェルルの刃が迫った。 「あの子の想いを崩す報い、受けてもらいます!」 渾身の力を振り絞り見舞った一撃。それがアヤカシの腕を切り裂いた。 グオオオォォォ!!! 大地を揺らすような咆哮が響き、大きくその身が揺らいだ。しかし攻撃はこれで終わりではない。今の間にアヤカシの背後に移動してきた深山の弓が軋む。 「バロンさん、ご助力願います」 「ん‥‥了解した」 深山の矢に炎が纏わりつく。その先端は迷うことなくアヤカシに向けられている。 バロンはそれを見止めると、弦ギリギリまで引いた。 2本の弓が軋み、互いの気が矢に込められる。 アヤカシはまだ態勢を整えていない。しかし再び武器を振るうのは時間の問題だろう。それを防ぎ退路を断つ必要がある。 深山は皆の動きを視界に納め、炎に包まれた矢を放った。それを合図にバロンの矢も放たれる。 風を纏いアヤカシに迫る矢。それに気を取られたアヤカシの背後から深山の放った矢が突き刺さった。 グオオオォォォォ!!! 痛みからか、もがく様に振り上げられた腕が、囮として積み上げた石塔を崩す。既に理性などあったものではない。怒り狂い定まらぬ攻撃を繰り返すアヤカシの前に、景倉が出た。 「往生際が悪いぞ。これ以上、あの娘の邪魔はさせねえ」 迎え撃つ武器に力を溜め、降りかかる攻撃の合間を縫って強打を浴びせる。しかしその攻撃が元で苦しむアヤカシの腕が振り上げられた。 「危ないです‥‥っ、く!」 アヤカシを囲う包囲網の中から、隼人を使ってフェルルが飛び込んできた。防御が落ちた彼女に棍棒が迫り、攻撃を受け流す形で武器を薙いで離れる。 「無茶するぜ」 景倉の隣に来たフェルルに彼はぽつりと呟いた。その声を聞きながら、フェルルが太刀を構え直す。 「無茶はどちらですか。っ、次が来ますよ!」 目をあげればフェルルと景倉めがけて棍棒が振り下ろされる。それを後方に飛んで避けると、複数の矢が一斉に棍棒に突き刺さった。 それに続いて更に矢が迫る。 「2人とも無茶に変わりあるまい」 「そうですね。後できつく言っておかないといけませんね」 「ふむ、それが良いじゃろう」 バロンの相槌にクスリと笑った深山の矢が絶えずアヤカシを襲う。それに習ってバロンも矢を放った。 「さあ、そのまま足止めされてください」 そう言って濃愛が火遁を放つ。 次々と降りかかる攻撃に、アヤカシが怯んで動きを止めた。振り上げられた棍棒だけが無意味に宙を向き、どこに下して良いのかの判断さえも出来ないでいる。 「今なら、いける」 大きな隙が出来たその瞬間を、小鳥遊は見逃さなかった。 すぐさま力の発動に取り掛かる。 「‥‥天つ神の御力借り受ける、不浄なる魂誅すべし!」 青白い光が刃を包み込み、霊気が満ちる。そしてその刃がアヤカシに振り下ろされた。 グアアアアアァァ!!! 痛烈な悲鳴を上げながら、アヤカシの身体が硬直した。その直後、崩れた石塔に向かってアヤカシが倒れる。ガラガラと石を巻き込み崩れたアヤカシを見ながら、皆は己の武器を下げたのだった。 ●見届けた想いの姿 アヤカシの姿が完全に瘴気と化して消えた頃、辺りは薄らと白くなり朝を迎えようとしていた。 「わしらが積み石で使った物は使えんじゃろうな」 囮の石塔が崩れた跡を見ながら、バロンが呟く。それを聞き止めた濃愛が顔を上げた。 「アヤカシの瘴気が付着した石など使えませんね。それよりも、あの子が来る前に少しでも石を見繕いましょう」 「そうじゃな」 そう言って2人で石を探し始める。 その傍では少女の為に新たな火が灯されようとしていた。 「郭之丞ちゃん、焚き火の火を大きくするのを手伝ってくれないかしら」 「あ‥‥はい」 どうにも深山が呼ぶ自分の名前に違和感を覚える。それでも悪気があるわけではないことがわかっているので否定することもできない。 複雑そうな表情を浮かべた小鳥遊に、深山は優しく微笑んだ。 そこに砂利を踏む音が響く。 「さあ、頑張って石を積もうね」 そう言って少女の手を引くのはフェルルだ。 その傍らには、フェルルに同行して少女を迎えに行った景倉の姿がある。 2人は少女を焚き火の傍に勧めると、皆が控える場所へと移動した。 「ほれ、石はこの中から選ぶと良いぞい」 そう言ってバロンが集めた石を少女の傍に置く。ここからは彼女が1人で石を積まなければならない。 「頑張れ!」 小鳥遊の励ます声に、少女はコクリと頷くと、石を手にとって1つ1つ積み始めた。 その傍らでは彼女が寒くないようにと焚き火の火を絶やさずにしたり、彼女の手が石で傷つけばそれに傷薬を塗ったりと、開拓者たちは自分たちが出来ることに専念した。 そうして日が落ちる間際まで作業は続き‥‥。 「できた‥‥」 少女の嬉しそうな声に、皆が視線を向ける。 彼女の頭よりも高く積まれた石塔は、夕日を浴びてキラキラと輝いている。 「きっと、お母さんもあなたの頑張りを見てたはずだよ」 「そうね。良く頑張ったわね」 深山とフェルルの声に少女の頬が嬉しそうに紅潮する。そこに1輪の花が差し出された。 「君の想い、きっとお母さんに届いていると思うよ」 そう言って笑いかけてくれる景倉の周りには、他の開拓者たちも集まってきている。 「拙者たちも、共に祈らせてほしい」 濃愛の言葉に、少女の顔に溢れんばかりの笑顔が浮かんだ。そして幼い手が石塔の前に花を手向ける。 それを眺めながら開拓者たちも静かに手を合わせた。 そんな彼らが願う事は1つ。 早く彼女の心の傷が癒えますように‥‥。 |