祝新年☆下宿所大宴会
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 20人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/16 22:20



■オープニング本文

 年末の大掃除。
 人の手も少なく、ただでさえ広大な屋敷跡をそのまま下宿所にしたその場所は、大掃除も数日掛かりで熟さなければならない。
「嘉栄ー、そっちの掃除は終わったかぁ?」
 広間の掃除を終えた志摩 軍事(iz0129)が、割烹着に頬被りと言う格好で顔を覗かせた。
 その姿に、廊下の雑巾がけを行っていた月宵 嘉栄(iz0097)が手を止めて顔を上げる。
「もう少しで終わります。先程、義貞殿が慌ただしく降りてきましたが……」
「あー……アイツには2階の掃除を任せてるからな。けどオカシイな、確か天元流の坊ちゃんにも頼んだはずだが」
 屋敷は2階建て。
 1階には食堂や広間、離れに道場などが存在する他、志摩や嘉栄の部屋がある。
 そして2階には開拓者たちに貸し出す部屋があるのだが、陶 義貞(iz0159)には空室の掃除を命じたはずだ。
 その時に、1人では大変だろうと人手を借りたのだが、よくよく考えると静か過ぎる気がする。
「ちと様子を見て来るか」
「お願いします。私は此処に掃除終了後、道場の方へも顔を出してみますので」
「おう、頼むぜ」
 志摩はそう言うと、頬被りを外して2階に上がって行った。

「大福、其処の雑巾取ってくれ」
 義貞は言いつけ通り各部屋の掃除を真面目にこなしていた。
 その傍には、何時も共にいる仔もふらの大福丸の姿もある。
 北面国にある実家。其処の住人が避難した結果、彼も一時的にこの場所へと戻って来ていた。
 それならば、と掃除を命じられたのだが、彼に嫌がる様子はない。
「埃一粒に千粒の埃〜♪ 一つ落とせば、更に千粒落ちて行く〜♪」
「……何の唄だ、そりゃ」
「あ、おっちゃん! もう直ぐ掃除終わるぞ〜♪」
 上機嫌に雑巾を振る義貞を見て、志摩は部屋の中を見回した。
 確かに掃除は上々。彼の働きは充分なものだろう。
「すまねえな。んじゃあ、其処が終わったら道場に行ってくれ。最後は皆で終わらせようぜ」
「了解!」
 義貞は軽快に返事をすると、残りの掃除を片付けに入った。
 それを見届けて、志摩は別の部屋に足を運ぶ。
「天元流の坊ちゃんは……っと、あそこか」
 開拓者下宿所の2階。
 その奥には、屋敷の元の持ち主が残した蔵書が多く保管されている。
 天元 征四郎(iz0001)はどうやら其処の掃除を行っているらしい。
「よお、掃除の方は如何だ?」
 顔を覗かせた志摩に、頬被りに割烹着姿の征四郎が振り返る。
「……埃が酷い」
 短く零された声に、思わず苦笑が漏れる。
「悪ぃな。此処だけはずっと放置しててよ……区切りが付いたら道場に来てくれ。其処で掃除を終わらせる」
 この声に頷きを返すと、征四郎は手にしていたハタキで、本棚の埃を叩き落とした。

●開拓者下宿所・道場
 志摩は掃除の為に集まった面々を見回し、綺麗になった道場に目を向けた。
 時は夕刻を迎えようとしている。
 今日は大晦日。
 神楽の都の至る所で、新年を迎えるための準備が進められている。
「志摩、お客さんを連れて来たぞ……って、あれ、征四郎君……」
 道場に勇んで顔を覗かせたのは、ギルド職員の山本・善治郎だ。
 彼は征四郎の姿を見ると、若干バツが悪そうにして声を潜めた。
 その様子に志摩の眉が上がる。
「客は誰だ?」
「あー……その、天元恭一郎さん、なんだけど……」
「あ?」
――天元 恭一郎(iz0229)。
 それは征四郎の兄で、『浪志組』に籍を置く人物でもある。
 今この時に、此処を尋ねる理由は無いはずだが――
「行き成りの訪問で申し訳ありません。実は少々折り入ってお願いしたい事がありまして」
 恭一郎はそう零すと、チラリと征四郎に目を向け、すぐさま志摩へとそれを戻した。
「それは『浪志組』の頼みか? だとするなら、俺に頼むのは十八番違いだろうなぁ」
「いえ、今回は私個人の願いです。明日の晩まで、私を此方にお邪魔させて頂けないでしょうか」
「あ?」
「実は――」
 驚く志摩を前に、恭一郎は表情一つ変えずに説明を加えてゆく。
 それを静かに聞く征四郎の表情は複雑そうだ。それでも口を挟まないのは、彼の性格と、尋ねた相手が志摩だから……だろう。
「……成程。年末年始の治安維持の為、浪志組では見廻りを強化するのか。けど、恭の字は安静を言い渡され、身を置く場所を探して此処に来た……そう云う事か」
「ええ、間違いありません」
「しっかし、何処を如何見ても健勝だよな」
「仰る通りです。負傷などだいぶ前に完治していると言うのに」
 困った方です。
 そう言葉を零すのは、彼が身を寄せている人物に対してだろう。
 僅かに零された笑みが、恭一郎がどれだけその人物を大事にしているのか伺える。
「まあ、一晩くらいなら問題ねえ。後は……」
 お前さん次第だ。
 そう言って志摩が振り返った先に居たのは征四郎だ。
 実は彼もまた、明日の晩まで此処にいる事になっている。しかし先程の様子を見る限り、恭一郎が此処にいるのは些か居心地が悪そうだ。
「……問題ない。此処は開拓者下宿所。誰が居ようと、其れは自由の筈」
「違いねえ」
 志摩はフッと笑みを零すと、恭一郎を見た。
「つー訳で、一晩の下宿大歓迎だ。ようこそ、開拓者下宿所へ。新年を迎えた後で、大宴会と行こうぜ!」


■参加者一覧
/ 六条 雪巳(ia0179) / 柚乃(ia0638) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / からす(ia6525) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 明王院 千覚(ib0351) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 東鬼 護刃(ib3264) / リリア・ローラント(ib3628) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 緋那岐(ib5664) / 匂坂 尚哉(ib5766) / アムルタート(ib6632) / 巌 技藝(ib8056) / 藤田 千歳(ib8121) / 冰堂 碧(ib8230


■リプレイ本文

 コトコトと響き渡る鍋の音。
 それを耳に炊事場で忙しく動き回る礼野 真夢紀(ia1144)は、頬被りを解くと先程から楽しげな音を響かせる鍋の中を覗き込んだ。
「もう少しで出来上がりそうですね。となると、次は……」
 そう言いながら手拭いを被り直して辺りを見回す。その目に飛び込んで来た新たな鍋を手に、彼女の足が流しに向かった。
「真夢紀殿、そろそろ宴会場の準備が出来上がるとの事です」
「もうですか?」
 炊事場に顔を覗かせた嘉栄の声に、真夢紀の目が瞬かれる。
 開拓者下宿所でお世話になる彼女は、数日前に大掃除を終了させていた。その為、他の皆の為に宴会料理の準備をしていたのだが、未だ完成はしていない。
「まだ終わってないのに……」
 とは言え、時間は待ってくれない。
 彼女は袖をまくり上げると、動きを速めて料理の用意に向き直った。
「……よろしければ、お手伝い致します…よ?」
 おずっと申し出た嘉栄に真夢紀の目が瞬かれる。
 下宿所で数度顔を合わせた事があるが、今まで炊事に手を出した所を見ていない相手に、一瞬戸惑う。だが、今は迷っている時ではない。
「わかりました。では、黒豆はそちらの鍋、お煮しめはこちらの鍋に――」
 的確に下される指示に嘉栄が動き出す。
 そしてその頃、下宿所に逸早く到着した長谷部 円秀(ib4529)は、管理人の志摩 軍事(iz0129)に新年の挨拶をすると炊事場の貸し出しを申し出ていた。
「正月料理でも作ろうと思いまして。如何でしょう?」
 持ち上げた食材は此処に着く前調達してきた物だ。
「おう、遠慮なく使ってくれ。たぶん他にも使ってる奴がいると思うが、まあ喧嘩ないように頼むぜ」
 言ってぽんっと肩を叩いた志摩に礼を向け、彼は教えられた炊事場に足を向けた。
「ああ、良い匂いがしていますね。これは腕が鳴る」
 近付くにつれ香る暖かな匂い。
 それを胸いっぱいに吸い込み中へと足を踏み入れる。
「明けましておめでとうございます。申し訳ありませんが、隅の方で構いませんので調理台をお借りできないでしょう……か?」
 最後まで言葉を切った彼の目が見開かれている。
 何を見たのか、それは炊事場を見れば一目瞭然だった。
「嘉栄さん、そこに入れるのはお塩ではなくお砂糖です! ああ、火もそんなに強くしたら!!」
 慌てふためく真夢紀に、オロオロと手を動かす嘉栄。
 如何やら料理音痴の嘉栄が手を出した事で炊事場が大騒ぎになってるらしい。その様子にふと円秀の口元に苦笑が乗る。
「上達したかどうか気になってはいましたが……壮絶ですね」
 吹き零れる鍋に、黒い煙を上げる鍋。
 真夢紀の仕事が増えている現状に円秀は急ぎ足を進めた。
 そして嘉栄が持つ食材を取り上げて咳払いを零す。
「何を入れようとしているんですか。これは唐辛子ですよ」
「え……人参では、ないのですか?」
 人参と唐辛子。確かに同じ赤だが味は似ても似つかない別物だ。
 円秀と真夢紀は内心でゾッとする想いを抱えつつ鍋に向き直った。
「この鍋は雑煮でしょうか? でしたら、味を少しいじって調味料を足しましょう」
「では私も――」
「か、嘉栄さんはお皿にこれを盛ってください!」
 慌てて真夢紀が差し出した数の子と紅白なます。そして栗金団を受け取ると、嘉栄は調理台の上に置かれた皿に目を向けた。
「そう言えば、お重は使われないのですか?」
「え? お重に入れたのでは宴会にはとてもたりませんもの。お皿で充分です」
 そう言うと、真夢紀は嘉栄が滅茶苦茶にした鍋の修正に掛かった。
 そこにおっとりと穏やかな声が響く。
「まゆちゃん。打ちたてのお蕎麦、もらってきましたよ」
 炊事場に足を踏み入れた明王院 千覚(ib0351)は、現状に目を瞬き、ゆっくり首を傾げた。
「えっと……何かありました?」
 そう問いかける千覚に真夢紀と円秀は顔を見合わせ、苦笑を返すしか出来なかった。


 薄らと西日が差し始める頃、道場で宴会準備をしていた天元 征四郎(iz0001)は、手にした盆を見やり若干眉を顰めた。
「ん? ンなとこで如何した。料理持ってきたんなら並べて――……なんだそりゃ」
 正体不明の黒い物体に志摩の眉も寄る。と、其処に賑やかな声が響いてきた。
「新年明けました!」
「明けましておめでとうございます」
 華やかな声に目を向ければ、緋那岐(ib5664)と柚乃(ia0638)が揃って宴会場に足を踏み入れるのが見えた。
 それを見止めて志摩は征四郎に皿を置くよう促して2人に向き直る。
「おめでとさん。さ、好きな場所に座ってくれ。っと、嬢ちゃんは随分と可愛くめかし込んで来たな。良く似合ってるぜ」
 ニッと笑って褒めた志摩に、柚乃はお淑やかに笑って頭を下げる。
 そんな彼女は振袖を身に纏い、髪も花飾りを添えて綺麗に纏めている。しかも首には本物と見紛うばかりの襟巻が――
「……本物か」
 ポツリと零したのは征四郎だ。
 彼の目は柚乃の襟巻で止まっている。
「今日のあたしはただの襟巻。気にしないで頂戴」
 ツンッと鼻をそっぽに向けた襟巻に志摩は苦笑、柚乃はそっと襟巻の顔を隠し、征四郎は「成程」と頷いた。
 どうやら彼女の襟巻は管狐を使用した「本物」のようだ。
「お前さんは、晴れ着は着ねえのか?」
「堅っ苦しいしな。あ、それよりも志摩さん。空き部屋ってある?」
「あ? 部屋なら大量に空いてるが」
 開拓者下宿所は元お化け屋敷と言う事もあり入居者が異様に少ない。故に部屋の空きはかなりなものとなっている。
「だったらここに世話になりたいんだけど……どうかな?」
「ああ、そりゃ構わねえよ。部屋見に行って好きなとこに入ってくれ」
「よっしゃ!」
 快諾した志摩に「お世話になります!」と盛大に挨拶してゆく兄を見て、柚乃は僅かに視線を落とし、そして志摩に目を向けた。
「……兄様をよろしくお願いします」
 ぺこりと下げた頭。その姿は何処となく寂しそうだ。
 その様子に気付いたのだろう。
 征四郎の手が彼女の肩を優しく叩いた。
「今生の別れでもない。会いたければ会いに来れば良い……違うか?」
 この声に、柚乃はコクリと頷いた。
 その上で彼女の目が部屋の隅に向かう。其処に居るのは天元 恭一郎(iz0229)だ。
 彼は他の開拓者に捕まって話をしているようだが、此方に目を向ける様子は一切ない。
 その事に気付いた柚乃が、征四郎の服の袖を引いた。
「ん?」
「……お兄さんとはお話しないの?」
「必要であれば……今は、その時ではない……」
 征四郎はそう言葉を返すと、柚乃に楽しむよう告げ、空の盆を手に奥へと下がって行った。
 そして今話題に上がった恭一郎はと言うと――
「明けましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。きっと今年もお世話になると思いますので、どうぞよろしくお願いします」
 言って穏やかに笑んだ恭一郎に、キース・グレイン(ia1248)とリリア・ローラント(ib3628)が頭を下げる。
 その様子が何処となく空気が可笑しいのは気のせいではないだろう。
「こちらこそ、世話になったな。その……すまなかった」
 キースはそう言うと、若干眉を顰めた。
 それに合わせてリリアも言い辛そうに項垂れて彼の服裾を引っ張る。
「……恭一郎、さん。…ごめんなさい」
 ぽつり、零された声。
 2人のこの謝罪は、昨年2人が恭一郎と関わった依頼の時の事に掛かっている。
 依頼の末に彼に負わせた傷。
 話によればそれが元で彼は年末の浪志隊の仕事を外されたらしい。だからだろうか、余計に罪悪感が募る。
 公には感知していると言っているが……
「……怪我の方は、もう何ともないんだな?」
「ええ、問題ありません。傷は塞がり、体力も順調に回復しています。寧ろ、怪我をする前よりも調子が良いですよ」
 キースの様子から、彼女がその後の経過を聞きたがっているのはわかった。
 だからこそ言葉を足して説明をする。
 それに安堵の息を零す彼女に笑みを向け、もう1人、落ち込んでいる少女に目を向けた。
「戦いにおいて怪我は常について回る物です。私はこうして無事に生きています。安心して下さい」
「……私、強くなります。同じ事は…二度と、繰り返さない」
 そう意志を篭めて頷いたリリアに、恭一郎は優しげな眼差しを向けると、確かな頷きを返した。
「……安心した。正月に悪かったな。良い年を――」
「グレインさん」
「……何だ?」
「今日はお正月ですよ」
 穏やかに微笑んで掛けられる声にキースの首が傾げられる。
「正月、だな……それが如何した?」
「天儀ではお正月に女性が着る着物がありましたよね。是非、着てみませんか?」
「はあ?!」
「昨年のお詫び……これで無しを云うのは、如何でしょう?」
 恭一郎はそう言うと、極上の笑みをキースに向け、リリアに目配せをした。

「なるほど。これはなかなか」
 開拓者下宿所の門前に立ち、无(ib1198)は感心したように声を零した。
 そんな彼の胸元には尾無狐が顔を覗かせている。勿論、狐の目も興味津々。
 初めての場所に鼻をヒク付かせて、全体を見回している。
「お? 宴会の参加者か?」
「いえ、只酒……もとい、宴を楽しみに」
 わざとらしく零した咳払いに、顔を覗かせた志摩は「どっちも変わんねえよ」と笑って彼を中に招き入れた。
 中に入れば建物の立派さは良く伝わってくる。若干残念なのは、柱や壁に得も言われぬ傷がある事だろうか。
「明らかに刀傷だな……」
 開拓者専用の下宿所故に色々あるのだろう。
「そう言えば、完成おめでとうございます」
「おう、有難うな。さて、この先を行ったところに道場がある。ゆっくりしてってくれ」
 志摩はそう言うと、宴会の参加者が道に迷わないよう再び玄関に向かおうとした。
 その足を无の声が引き留める。
「話によればこの屋敷の持ち主は蔵書を多く持っていたとのことですが……」
「ん? 本に興味があんのか?」
 そう云う事なら早く言え。
 志摩はそう言って足を戻すと、2階にある書簡室の場所を教えた。
「あの……自由に出入りしても大丈夫なんで?」
「構わねえよ。出し惜しみするもんでもねえしな」
 随分とあっさり蔵書の場所を聞けてしまったことに拍子抜けしつつ、ふと駄目元で聞いてみる。
「それなら、其処に在る書物を図書館で引き取れないでしょうか?」
 話を聞くと、无が務める図書館では多くの書や史料を求めているらしい。
「あー……此処は一応、ギルドの管轄なんでな。そう易々とくれてやることは出来ねえが、まあ管理されて内容なもんばっかだ。1つや2つ、消えた所で誰も気付かねえかもな」
 志摩はそう言って笑うと、隻眼の目を軽く瞑って見せ、彼の肩を叩いて玄関に歩いて行った。
 その様子を見送り、无はポリッと頬を掻く。
「ギルド管轄なら、消えた所で問題発生な気もするが……目を瞑って下さる、そう云う事なのかねぇ」
 そう零すと、彼は志摩に教えられた書簡室へと足を向けた。
 そして志摩はと言うと、玄関に向かった先でポニーテールの女性を見付けて声を掛けていた。
「お嬢ちゃんも宴会に参加しに来たのか?」
 キョロキョロと門前を見回す姿は心許なげだ。
 彼女――巌 技藝(ib8056)は志摩の声に視線を定めると、凛とした眼差しで彼を見た。
「お初にお目に掛かる。あたいは巌 技藝。つい最近、開拓者の道に進み始めた新米だ」
 彼女は言葉通り、最近開拓者になった新人開拓者。
 開拓者への道を選んだ折、すぐさま北面で戦が起き、右も左もわからない状態で今を迎えているという。
「ギルドで依頼を見て、諸先輩方と面識を持つ良い機会と思ってさ……それと」
 此処を訪れたのは人脈づくり。
 そして自らが今後歩む道づくりの為。
 だがその他にも彼女が此処を訪れた理由がある。
「まだ住処に余裕があったら、あたいも下宿させて貰えないか。まだ住む場所も決まってなくて、さ」
 そう言うと彼女は気まずげに頬を掻いた。
 その様子に自らの胸をドンッと叩く。
「お安い御用だ。好きな部屋使って良いからな。慣れるまででも何時まででも、好きなだけ居て良いぜ」
「! そ、そうか。ありがとう!」
 技藝はそう言うと、力強く笑んで頭を下げた。


 陽も落ち、室内に灯りが灯り始めると、道場内は人の笑い声と話し声で活気が満ち始めていた。
「志摩さん、お久しぶりですね。お元気にしてらっしゃいましたか?」
 宴席に着き漸くひと段落した志摩の元を、六条 雪巳(ia0179)が訪れた。
 そんな彼の手元にはお酌する為の徳利が握られており、それを目にした志摩は挨拶を向けながらお猪口を差し出す。
 そうして短い挨拶を交わしていると、賑やかな声が耳に響いてきた。
「義貞さん、はっぴーばーすでー!」
 言葉と共に差し出された大きなうさぎのぬいぐるみに義貞はきょとんと目を瞬いている。
 確かに、1月1日は義貞の誕生日だ。
 しかし誰かがこうしてお祝いをしてくれる事など夢にも思っていなかったのだろう。彼は驚いて――
「は、はぴば……それ、何だ?」
 ……違った。単純に、意味が分かっていなかったようだ。
「誕生日おめでとうって意味だよ。本当、頭悪いな」
「なっ……ちょ、ちょっとジルべリアの言葉が苦手なだけだろ。別に馬鹿って訳じゃ――」
「ハイハイ。にしても、随分と可愛いぬいぐるみだな」
 ちょうど義貞に声を掛けていた匂坂 尚哉(ib5766)は、リリアが差し出したぬいぐるみを見ると、おめかしされた赤いリボンを突いた。
「あー……ありがとな。でも、そいつは貰えない」
「あ……くまさんの方が、良かったです?」
「!? な、なんで熊――」
「だって、くまさん……」
 呟き、リリアが見たのは――
「俺を見んじゃねえ!」
「流石にクマは……それにしても、義貞さんはお誕生日だったのですね。では、これを……」
 雪巳は志摩の傍を離れると、義貞の傍に腰を据え直し、スッと手を差し出した。
 それに義貞の目が落ちる。
「本当はお年玉の代わりに差し上げるつもりでしたが、どうぞ」
 手を差し出すよう促す彼へ、義貞の手が伸ばされる。そうして落とされたのは、紐輪だ。
「今年一年、健康で無事に過ごせますように」
 言って穏やかに微笑んだ雪巳へ、義貞ははにかんだ笑みを向けると、手にした紐輪をギュッと握り締めた。
「誕生日か……なら俺はコレだな」
「……酒じゃん」
 近くの酒瓶を手に、それを揺らして得意気に笑む尚哉へ、義貞の冷めた目が向かう。
 だが、尚哉は気にしない。
「良いか。人付き合いってのは地道な努力から実る物なんだ。日頃から迷惑かけてる人には、お世話になってますって酌して回るのが大人の礼儀なんだぞ」
「!?」
 寝耳に水。そう言わんばかりに食い付いた義貞を他所に、尚哉は雪巳に向き直ると、手にした瓶を彼に差し出した。
「いっつも手ぇ煩わせてごめんな。んでもって、今後もよろしくって事で」
「お酒は辞退、で。あぁ、辞退ですってば……」
 断り切れずに注がれた酒。
 それを見つつ、雪巳の目が以前の宴会で迷惑を掛けた志摩に向かう。
 しかし志摩は助け舟を出すどころか、ニマニマと見ていて手を出そうとしない。
「えっと……でも、これは……」
「雪巳、それ甘酒だ」
「え?」
「飲めねぇ人には甘酒で。準備万端!」
 ぐっと親指立てて見せる彼に、雪巳はホッと安堵の息を零し、そうして彼の注いでくれた甘酒を口に運んだ。
 其処へ新たな客人が訪れる。
「新年迎えたことじゃし、ここは義貞と──なんじゃ。尚哉も居るのか」
 そう声を零したのは東鬼 護刃(ib3264)だ。
 彼女は義貞と尚哉を交互に見比べると、ニンマリ笑って彼等の傍に腰を据えた。
「……この2人で諧謔始めとするかのぅ」
 くすりと零してほくそ笑む。
 そうして向き直ると、彼女はニッコリと笑った。
「……なんか、怖ぇ」
「だな……」
 思わず身構えた2人だが、護刃は気にせず懐を探って――
「まま、年長者のわしからお年玉でもくれてやろう」
 ぽいっ。
「「!?」」
 思わず受け取った2人の体が硬直する。
 それもその筈、2人が受け取ったのは焙烙玉だ。
「「な、なななな」」
「ほっほぅ、冗談じゃ。500文程度で好きな菓子でも買うてくると良いよい」
 護刃は楽しげに笑みを零すと、2人の手から焙烙玉を回収し、何処ぞへと仕舞って本物のお年玉を2人に手渡した。
 此れに双方は複雑そうにしながらも小さく「ありがとう」と零す。
 それを耳に酒に手を伸ばすと、彼女はふと呟いた。
「然し、お主らも随分と厄介事に首突っ込んでおるようじゃのぅ」
 厄介ごとと云うのは、義貞の故郷で起きている騒動だろうか。
「無事に事が済めば、美味い物でも馳走してやろう。がんばるのじゃよ」
 そう言葉を添え、くすりと笑みを零すと、彼女は手にしたお猪口を運んだ。

 その頃、志摩の元にも新たな挨拶客が訪れていた。
「やあ、明けましておめでとう。今年もよろしく」
 言って新たな料理を運んで来たのは鞍馬 雪斗(ia5470)だ。
 彼は膝丈のエプロンドレス……要は、膝丈の冥土服を身に纏っている。その姿に志摩は一瞬何かを思い出し、スッと視線を逸らした。
「今日は新年会だぞ。何で給仕なんてしてんだ」
 やれやれと息を吐き、新たな料理に手を伸ばす。
 そこに雪斗がそっと囁いてきた。
「別にこういう趣味が無いなら、執事さんに公言しておけば良かったと思うけどねぇ……」
「!」
「ま、今回はあえて着てるだけだけど」
 ニンマリ笑って流し目を寄越す彼に、志摩は口をパクパクさせている。そして盛大に目を逸らすと、大仰に息を吐いて頭を抱えた。
「ロングよりは……とは言ったが、男が着るのに同意した覚えは……覚えは――ッ」
「おやおや」
 完全に苦悩状態の志摩に小さく笑って周囲を見回すと、満足げに腰に手を添えた。
「新年会というのはあまり縁も無かったけど……悪くないものだね」
 道場を使っての宴会はかなりな盛り上がりを見せている。中でも元気に騒ぐのは、開拓者の中でもそれぞれ特技を持つ者達だ。
「あけおめ〜ぃ。いや〜合戦だの付喪人形だの物騒なことも多いが、まあ今年も良い一年になるといいねぇ」
 なみなみと酒を注いだ盃を手に、次々と酌をしては自らも飲み干してゆく不破 颯(ib0495)に、アムルタート(ib6632)がジョッキを掲げて声を上げる。
「ハッピーニューイヤー♪」
 楽しげに軽快なステップを踏む彼女に、颯がふと目を瞬く。
「なぁに、飲んでるんだ?」
「もちろんお酒だよ! 天儀は14歳からだからギリOK! 美味しいよね〜♪」
 そう言ってごくごく果実酒を飲み干してゆく。
 その豪快な飲み方はちょっと異常――というか、酒豪のそれにしか見えない。
 しかも普段から明るいせいか、酔っているのかわからないので若干始末が悪そうだ。
「颯。宴会って楽しいね〜♪」
「だろ?」
 颯から「謹賀新年! とりあえず宴会だぜぇ!」という誘いに乗っての参加だったが、想像以上に楽しいらしい。
 アルムタートは新たな果実酒を手に彼に近付くと、彼の手を取り――
「踊ろ♪」
 言って、ステップを踏み出そうとするのだが、颯はそれを見越して酒瓶を揺らすと、彼女の前にそれを差し出した。
「まあまあ、飲みねぇ」
「あ、ありがとっ♪」
 そうして彼女の舞いを回避すると、アルムタートは新たな舞い手を探して視線を巡らした。
「そこのあなたもご一緒に〜♪」
 言って冰堂 碧(ib8230)の手を取り踊り出す。
「そ〜れくるくる〜♪」
 軽快に、楽しくステップを踏む。
 それを見ている周囲の人たちも楽し気で、技藝は彼女の舞いに触発されたように立ち上がると、ブレスレットベルをシャンッとひと鳴らしした。
「武は舞に通じ、逆もまた然り……」
 口中で囁き、一歩を踏む。
「――天空へと駆け上がる龍が如き情熱的な舞にて、新春の祝いの席に華を添えさせて貰うよっ」
 そうして鈴の音に合せて踊り出したのは、泰国の武術を混ぜた舞踏。しなやかに、そして軽やかな動きに皆の目が惹き付けられた。
 一歩踏むたびに力強く一手が伸び、もう一歩踏み出せば、長く伸びた髪が優しく揺れる。
 女性らしく、心猛る舞いを目にしながら、藤田 千歳(ib8121)は兼ねてより話をしてみたいと思っていた人物の元へ足を運んでいた。
「……お初にお目に掛かります。俺は藤田千歳。昨年、浪志隊に入隊させて頂いた浪志です」
「おや、このような場で同僚に会うとは思いませんでした。ようこそ、浪志隊へ。しかし意味のように年若い者が浪志組に志願とは……実に心強い事だ」
 恭一郎は穏やかに千歳を見、そして柔らかな声音で言葉を紡ぐ。
 その声に一度上げられた千歳の頭が再び下げられた。
「尽忠報国の志と、天下万民の為に力を振るう浪志組の理念に心を打たれ、入隊しました。これからよろしくお願いします」
 深々と下げる頭からも、彼の真面目さが伝わってくる。
 きっと彼ならば『浪志隊』の為に力を尽くしてくれるに違いない。そう確信しつつ、恭一郎は頷きを返した。
 其処へ聞き覚えのある声が響いてくる。
「どーん!」
「……リリア、その格好で駆け回るものじゃないぞ」
 目を向ければ、振袖に着替えたキースと、尾鷲 アスマ(ia0892)に後ろから飛びついてぶらさがるリリアの姿が見えた。
「立派な着物だな。似合うぞ」
 アスマはそうリリアを褒めつつ箸を進める。その速度は若干早めか。
 そもそも彼は此処にただ飯……基、祝いの席のご飯を楽しみに来たのだ。此処で食わずして何時食べる。
 そんな状況なのだろう。
 その所為か、彼の周囲には大量の食べ物が陳列されており、それらは端から食されているようだ。
「尾鷲さん尾鷲さん。あーん!」
 口をぽっかり開けて催促するリリアに、アスマは目に付いた肉団子を取り上げると、ぽいっと彼女の口に放り込んだ。
 その瞬間、リリアの顔が真っ赤になり――
「保護者殿、お返しする」
「何――……のあっ!?」
 涙目のリリアの背を押して彼女を押し付けたアスマは、彼女が食べた肉団子を見やり、卓を見回して饅頭を手にして志摩に放った。
「おまっ……なんで泣いて???」
「おふひははらいれふ〜」
 脇からしがみ付くリリアと、饅頭を放ったアスマを交互に見て合点いった。
 志摩は受け取った饅頭をリリアの口に放り込むと、やれやれと彼女の頭を撫でて一息吐いた。

「キース嬢は振袖を着たのか……似合っているな」
 アルマは数の子を口に運びつつ、普段の表情で腰を据えるキースに褒め言葉を送る。
 しかしキースは特に喜ぶでもなく、「そうか」とだけ言葉を返し、近くの酒に手を伸ばしてしまった。
 美しい青と白の振袖は、以前人から貰った物だ。今まで着る気が起きずに放置していたのだが、結局着る羽目になってしまった。
「よくお似合いですよ」
「……そうか」
 声で誰だか判断したキースは、素っ気なくそう言葉を返すと手酌で酒を注ごうとした。
 其処に横から新たな酒が注がれ目が向かう。
「無理矢理過ぎましたね。ですが世辞ではなく、本当に良く似合ってらっしゃいますよ」
 恭一郎はそう言って微笑むと、彼女の盃を酒で満たし、自らのそれにも注いで盃を掲げて見せた。


 道場と庭園の間。
 其処に茶席を設けたからす(ia6525)は、訪れた客人に目を向けると、ふと微かに口元を緩めた。
「やあ、お疲れ様」
「お邪魔しても?」
「構わんよ」
 この声に、一冊の書を手に腰を据えた无は、彼女が差し出した茶とは別に、宴席から拝借してきた酒を手にそれを捲り始めた。
「ここは良い書物が揃っていますよ。埋もれさせておくには勿体ない」
「必要になる時が来れば、自ずと日の目も見るだろう。無理に引っ張り出す事もない」
「そうかも知れませんね……」
 そう返し、新たな頁を捲る。
 そうして静かな時間を過ごしていると、目の前に胡麻団子が差し出された。
 どうやらからすが宴席から持ってきた甘味処の1つらしい。彼女自身もそれを口に運び、静かな時を過ごす。

 宴会場もまた、道場の隅に敷かれた布団に横たわる者や、料理が減り話に興じはじめた者達が増え、僅かに静けさを覗かせ始めていた。
「食べるか?」
 道場の隅、布団が敷かれる場所とは反対側に腰を下ろした征四郎の前に、山盛りの饅頭が差し出された。
「これならば、食い損ねまい?」
 言って受け取るよう促したアスマは、ふと開拓者と会話に興じる恭一郎へ目を向けた。
「……恭一郎殿には挨拶したか?」
「一応……だが、何故そのようなことを……」
「なに、新年に為すことは一年続くそうだからな」
 アスマはそう言うと、饅頭を片手に欠伸を零した。
 それを見ながら、受け取った饅頭に視線を落とすと、征四郎もそれに被りつく。
――新年に為す事は一年続く。
 この言葉に、宴会場を見回し、ふと笑みを零すと、隣に腰を下ろす気配を感じた。
「……笑えるなら笑っておけ、征」
 言って欠伸と共に饅頭を頬張る。
 それを見て、彼もまた饅頭を口にすると、目の前に正座する人物が見えて目を瞬いた。
「先程、志摩殿に下宿の許可を頂いてきました。それでご挨拶をしたく」
 そう口を切って正面から見据えたのは千歳だ。
 彼は志摩に開拓者下宿所の下宿要望を持ちかけ、無事その許可を貰ったらしい。
 それで先輩であり、兼ねてより密かに尊敬している征四郎に挨拶に来たらしいのだが……
「俺の住処は別だ……」
「え」
 キョトンと目を瞬く千歳に「別」と短く言葉を向け、彼はアルマが持ってきてくれた饅頭を差し出した。
「……美味しいぞ」
 食べるか? そう首を傾げた彼に、若干困惑しながら受け取る。そうして饅頭を見詰めていると、不意に肩を抱かれた。
「千歳、楽しんでるか!」
「匂坂殿!?」
「んー……やっぱり仏頂面してるな。ここはこの俺が『無礼講』ってのを教えてやろう!」
 そう言うと、尚哉は千歳の肩から腕を放し、代わりに彼の腕を取って立ち上がらせた。
「あ、そうだ。俺もこの下宿所に世話になる事になったんだ。よろしくな!」
 尚哉はそう言って征四郎に手を上げると、千歳を連れて宴席のど真ん中に歩いて行った。
 その姿を見送り、征四郎は再び饅頭を口に運ぶ。
「……違うんだが、な」
 ぽつり。
 その声にアルマが彼の肩を叩くと、2人は静かに饅頭を口に運んだ。

 一方、尚哉たちが向かった宴席の中央付近では、義貞が落ち着かない様子でリンカ・ティニーブルー(ib0345)と言葉を交わしていた。
「昨年はお世話になったね。今年も、よろしく頼むよ」
 言って微笑んだリンカに、義貞はコクリと頷いてそわそわと視線を動かす。
 そもそも義貞が落ち着かないのは、彼女の服装の所為だったりする。
 彼女が来ている赤色の泰服は、俗に旗袍とも呼ばれ、ハレの席にも相応しい服装だ。
 胸元に遊ぶ雀の刺繍が施され、思わず其方へ目が向かうが、義貞は彼女を見ない事でそれを耐えていた。
「そう言えば、狭蘭の里の方々はお元気ですか?」
 甘酒のお蔭で今回は酔わずに済んだ雪巳はそう問いかけながら、義貞の様子に思わず微笑む。
「里の皆は、元気だ。疎開先で、餅つきしたって……あ、この餅! これ、里の皆が送ってくれた奴なんだ!」
 食べてくれよ。
 そう笑顔で雪巳とリンカに草餅を差し出した義貞に、2人は顔を見合わせて笑むと、喜んでそれを受け取った。
「これは、美味しいですね」
「本当だ。凄く美味しいよ」
 思わず漏れた感想に義貞も嬉しそうに笑って草餅を口に運ぶ。そうして大掃除の話や、最近の失敗談などを雪巳に話し出す義貞を見て、リンカは穏やかな気持ちで今を過ごしていた。
「ただ明るくなっただけじゃない。成長したね……」
 小さく口の中だけで零し微笑む。
 彼の成長が心から嬉しい。そう胸の内で噛み締め、リンカはふとある物を思い出し、義貞の顔を覗き込んだ。
「このお守り、後で開けとくれ」
 そう囁き、義貞の胸元へと小さな袋を差し込む。それに目を瞬いていると、遠くで義貞を呼ぶ声がした。
「また酔いつぶれた人が出たみたいだ。ちょっと行ってくる!」
 言って会場内を駆けてゆく姿を見て、ふとリンカの目が落ちた。
 その上で自分の胸に手を添えて首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「え……いや、なんでもないよ」
 そう雪巳の声に答え、リンカは少し離れた場所で酔っ払いを解放する義貞の姿に目を添えたのだった。

「この料理……とてもじゃないですが、出せませんね」
 円秀はそう呟き、数々の料理の中で黒ずんだ料理を自分の前に置くと、緩やかに息を吐いた。
 その様子に、嘉栄が申し訳なさそうに項垂れている。
「まあ、作った物は責任もって食べましょう。さすがに新年早々、気絶するのは縁起が悪いですからね」
 零し、円秀は嘉栄の料理以外に端を伸ばした。
 此処に到るまでにもいくつかの料理や酒を口にしているので、お腹は満たされている。
 それでも残すのは忍びないと箸を勧めるのだが、嘉栄が作った料理に手を伸ばすのは些か勇気がいる。
「あ、嘉栄さん。明けましておめでとうございます」
「これは緋那岐殿。明けましておめでとうございます……楽しんで、いらっしゃいますか?」
 この声に緋那岐はニッと笑って顔を上げる。
「折角の陽の気だし、たくさん吸収しますよ。つうことで今年もよろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
 言って、微笑んで頭を下げる。
 そうして顔を上げると、何かを探しているらしい彼の様子に気付いた。
「ごんちゃんとは仲良くやっていけそうですか?」
「ゴンちゃん殿を探してらしたのですね。そうですね……きっと」
 そう微笑む嘉栄の表情は、確信半分と期待が半分と言った所だろうか。
 きっとこれから多くの信頼関係を築いてゆくのだろう。それを想像して、緋那岐は笑みを零すと、ふと卓の上に目が行った。
「ん? 何でこんなところに炭が」
「!」
「ああ、それは嘉栄さんの料理ですよ」
「!!!」
 衝撃で固まる嘉栄と緋那岐。
 緋那岐はこの日、嘉栄には料理関係で関わってはいけない。そう云った知識を手に入れた……らしい。


 外の闇に白い明かりが覗き始める頃、先に寝入ってしまったアルムタートに毛布を掛けながら、颯は片付けを始める人たちを眺め見ていた。
「まゆちゃん。七輪は炭を抜いておけばいいかしら?」
「はい。あ、残ったお餅はお皿に乗せて炊事場へ持って行ってください」
 数々の宴会料理を作った真夢紀と千覚。彼女たちは片付けも率先して行っている。
 その合間に、まだ食や酒を進める人たちへ食べ物やお酒を提供したりと、彼女たちはまだ忙しそうだ。
「箸休めにお蕎麦は如何ですか?」
 白の割烹着にうさ耳を着けた千覚が、護刃の前に湯気の昇るお蕎麦を差し出す。
 それに嬉しそうに目を細めると、彼女は躊躇いもなく箸を手にした。
「たくさん……食べて下さいね」
 そう言ってにこっと笑うと、千覚は真夢紀の手伝いに戻って行った。
 炊事場では、既に翌朝の料理の準備が進んでおり、真夢紀は軽快に包丁を走らせている。
「まゆちゃん、何を手伝いますか?」
「では、お雑煮を。お雑煮の出汁は鍋に入ってますので、後はお餅を入れるだけの状態にしてください」
 そう言って、完成した昆布巻きをお皿に盛って行く。その上に菊花蕪を乗せてイクラを添えると、彼女は満足げに笑みを零した。
「良い手際……見習わないと」
 ゆくゆくは若女将として店を引き継ぐとの話が出ている今、彼女にとって真夢紀がこなす仕事は学ぶことが多くある。
 その為、積極的に手伝いに手を貸しているのだ。
「そう言えまゆちゃん、このお肉は……」
「あ、志摩さんの生肉!」
 出すの忘れました……。
 そう零すと、この生肉は朝食の中で綺麗に焼かれて出される事になったらしい。

 ある程度片付いた宴会場。
 そこを真夢紀たちと共に掃除していたからすは、共に掃除していた雪巳に茶を差し出すと、2人で縁側に腰をおろした。
 そうして出来上がったばかりという日本庭園を眺め見る。
「……良い庭ですね」
「そうだな。悪くない」
 茶を啜り零した声。
 そんな自分の声を耳にしつつ茶を啜ると、からすの視界に鋭い光が差し込んで来た。
 それに目を上げると、近くで寝ていた柚乃が同じように瞼を上げ、のっそりと起きて来た。
「ん……朝、ですか……?」
 そう言って目を擦る彼女の肩に毛布が掛けられる。そうして、からすは雪巳との間に柚乃を座らせると、3人で差し込む光を見詰めた。
「今年最初の朝日だ」
「……これが、初日の出……」
 きれい。
 柚乃はその言葉を胸中で零し、昇り始めた太陽が完全に顔を出すまで、じっとその光景に魅入っていた。