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■オープニング本文 ●東房国・霜蓮寺 「忙しい所、呼びだして申し訳なかったな」 そう言葉を紡ぐのは、東房国にある霜蓮寺と呼ばれる寺社で統括を務める男だ。 彼は目の前に腰を据える複数名の開拓者を見回した。 「私は霜蓮寺のサムライ。故に、統括のお呼び出しがあれば何時でも馳せ参じる次第です。それで、呼びだしたその理由とは?」 霜蓮寺に召集された月宵 嘉栄(iz0097)は、そう問いかけると僅かに眉を潜めた。 その声に統括の目が隅に腰を据えるシノビへと向かう。 「明志、現在の状況を皆に教えてくれ」 黒装束に身を包んだ明志(アカシ)と呼ばれた男は、覆面の向こうにある瞳を眇めて呟く。 「北面国と東房国の間にある魔の森。其処から大量のアヤカシが出現して、楼港と安曇寺を襲ったことは周知の事と思うけど、その辺の復習は大丈夫かい?」 そう問いかける彼に対し、この場に集まった面々は頷きを返す。 彼の言うアヤカシの襲撃は、僅かひと月ほど前こと。 北面国と東房国、双方の国を攻めるアヤカシの姿があり、襲撃自体は開拓者の手によって阻まれた。 しかしその原因は不明。 憶測では、現在北面国に攻め入っている弓弦童子の策ではないかと言われているが、確証はない。 「統括の申し出もあって独自に調査していたのだけれど、漸くそれらしい情報が入ってね」 明志はそう口にすると、北面国と東房国を含めた地図を広げて見せた。 「志摩の子供の出身地『狭蘭の里』、そして、其処のお嬢さんの出身地『南麓寺』。この地はかつて『陽龍の地』と呼ばれ龍の保養所になっていた場所だ」 「陽龍の地は東房国と北面国が争う前、双国が互いの龍を養成し、土地の名は2つの国で決めたとも聞いている。今回のアヤカシは、其処から出たと考えて間違いないだろう」 明志の言葉を繋ぎ、統括はそう言葉を切ると、神妙な面持ちで此方を見る2人の開拓者に目を向けた。 「君らの里を襲ったアヤカシは、国境があやふやだという点を利用し、双国に争いをもたらそうと考えたのだろう。そして作戦は難航、巧くいかなくなったが故に、今北面国では大規模な闘いが起きている」 統括は、今起きている大規模な戦と此度の事は無関係ではないと考えている。 「君たちを襲ったアヤカシは弓弦童子の名を出したのだろう? 確か、ジルベリア出身のアヤカシで、名は『ヘル』と『ブルーム』だったかな」 「っ、なんで……」 「それを調べるのが私の仕事だからね」 思わず声を漏らした山南 凛々(iz0225)に、明志は笑みを含ませて声を零す。 その様子に頬を紅く染めると、凛々はおずっと統括を見た。 「……何故、調べたのですか?」 同じ東房国とは言え、南麓寺と霜蓮寺は今まで大した接点もない。にも拘わらず、此処まで調べるには何かある筈だ。 そう踏んだ問いに、統括は凛々の横に控える陶 義貞(iz0159)へと目を向けた。 「其処の義貞君の保護者が私の友人なのだよ。彼から乞われれば、私も動かずにはいられない」 「ヘルとブルームは弓弦童子に言われて此処に来たと言っていました。人間を食べれば強くなれる……そう言われたとも。もし目的がその通りであれば、退けるだけでは駄目だと思います。それだけでは、いつか大きな被害が出る」 義貞は言葉を選びつつ声を発する。 その姿に明志や嘉栄は僅かに目を見張った。しかし直ぐに表情を戻すと統括へと目を向ける。 「元来、アヤカシとは人を喰らう生き物だ。もし彼等が人を喰らうだけで強く成れるのならば、今頃、下級アヤカシはいないかも知れないな。故に、彼等もまた、弓弦童子に好い様に使われたのかも知れない。しかし此の侭にしておけないのも事実」 統括はそう言うと、明志が提示した地図に目を落す。 地図には狭蘭の里と南麓寺の位置の他、もう1つ印が施されていた。 「先程、義貞君も言ったが、迎え撃つだけでは何時か大きな被害が出るだろう。よって、次は此方から動く」 言って、統括の指が魔の森の中央部に存在する印を指差した。 「嘉栄には、霜蓮寺の僧を率いて先に向かい、開拓者が2体のアヤカシを探し倒す手伝いをして欲しいのだ」 「到着までの時間稼ぎ及び、到着後の増援防止を行えば良いのですね?」 この声に統括は「そうだ」と頷く。 こうして魔の森に住む2体のアヤカシ退治が幕を開けた。 ●陶・義貞 霜蓮寺を出発した義貞は、統括が事前に徴集してくれていると言う仲間の元へ急いだ。 足はあまり乗り慣れない龍。その背に跨りながら、前方を先導してくれている明志を見た。 「皆はもう、魔の森に?」 「予定では到着するのとほぼ同時に合流できるはずさ……心配かい?」 チラリと向けられる目に、義貞は首を横に振る。 「心配はしてない。それよりも、今回の作戦予定を確認しておきたい」 前を見ながら真面目にそう語る彼へ、明志は思案気に視線を戻し龍の手綱を引いた。 そうして義貞の横に龍を付けて間近で彼の顔を見る。 「良い変わり方をしているようだね。親離れもそろそろかな……」 クスリと笑い、彼は見えてきた森に視線を注ぐ。 「今頃、嘉栄お嬢さんがアヤカシの巣に辿り着いてるだろう。義貞とそのお仲間は注意が他に向いている隙に、巣に入り込み敵を撃破する」 「侵入経路……と言うか、巣ってどんなんだ?」 「ジルベリア様式の城だよ。バルコニーと呼ばれる場所があるのだけれど、そこから侵入をしてもらう予定だよ」 バルコニー? 聞いた事が無い響きだが、侵入すると言うのなら、入り口があるのだろう。 素直に頷きながら、ふと気になる事があった。 「あの切れた服……いや、凛々とか言う女の子……あの子も、一緒に?」 「残念だけれど、彼女には別の任務を託してあるんだよ。その代り、彼女の遺志を継ぐ者が侵入してくれる筈……きっと、ね」 この声に、義貞は「そっか……」と視線を落とした。 そうして暫く空を進んだ先、其処に森から頭を出す城が、目に飛び込んで来た。 鬱蒼とした雰囲気に不気味さを足した奇妙な城。近付くにつれ、僅かな異臭を放つ城に義貞の眉が顰められた。 「これ……まさか……」 「気付いたのかい? そう、この城は人の骨で造られている。いったい、どれだけの量の人間を食べたのか」 飄々とした中に苛立ちを覗かせると、明志は義貞に手綱を引くように促し、そしてバルコニーを示した。 城内に侵入できるバルコニーは2つ。 義貞はその1つに降り立ち、そして周囲を見回した。 「……色々迷惑かけるけど、もう一度手を貸してくれるか? 俺1人じゃ、手が足りない」 言って、彼は集まった仲間に手を差し伸べた。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂 |
■リプレイ本文 霧に似た瘴気が漂う森の中。 鼻孔を擽る腐臭に唇を引き締め、足元に敷き詰められた赤の混じる白い床板に眉を潜める。 響く怒声と歓声を耳に、開拓者たちは自らが降り立ったその場所を見詰め、思い思いに表情を止めていた。 六条 雪巳(ia0179)は己が手袋に包まれた手を握り締め、僅かに震える其処をもう片方の手で包み込むと、緩やかに息を吐き出した。 「……これ以上の被害を、出す訳には行きませんね」 彼等が降り立つその場所は、元は人として生きていた者達の躯で出来ている。それは、其処に立つ者にとっても、此処に残された者にとっても、苦痛でしかない。 ましてや正常な気を好む巫女にとって、この場所は地獄としか言い表しようがない。だが引き返す訳には行かない。 覚悟を決め、握り締めた手を解いた彼の耳に、同じバルコニーに降り立った霧崎 灯華(ia1054)の声が響いた。 「人骨の城ね、なかなかいい趣味してるじゃない?」 何処か嬉々として響く声。その声に目を向けると、彼女は茶の瞳を眇めてニッと口角を上げた。 「前回ので大体の性格とかはわかったし、今回できっちり仕留めるわよ」 この次は無いわ。 そう言外に囁き五行の符とナイフをチラつかせる。何とも心強い事だが、無茶だけはしないで欲しい。 「霧崎さん、足を貸して下さい」 雪巳はそう言うと彼女の前に膝を着き、そっと手を差し伸べた。 その仕草に彼女の眉を上げるが直ぐに意図を理解する。言われるままに足を上げた彼女の靴に巻き付けられたのは、何の変哲もない布だ。 それを両の足に縛って、彼は自らの足にもそれを巻く。 「音を出さないための対策かい? なら、あたしらもやっておこうか」 言って、リンカ・ティニーブルー(ib0345)も膝を着くとブーツに布を巻いて行く。その上で同じように靴に布を巻き始めた陶 義貞(iz0159)に目を向ける。 「……義貞さん」 ポツリ、零された声に義貞の目が向かう。 それを受けて視線を落とすと、リンカは反対の足にも布を巻き、静かに口を開いた。 「理不尽な行いへの怒り、思う存分ぶつけといで。あたいも、しっかり支援するからさ」 両の足に結ばれた紐。それが義貞の足にもあることを確認すると、彼女は立ち上がって骨の城を見上げた。 「ただ、憎しみに呑まれる事だけは注意だよ。憎しみで振るった刃は、必ず自分に返ってくるものだから」 蒼の瞳が忌々しげに人骨の壁を見詰める。 彼女たちが立つバルコニー。その下では、東房国・霜蓮寺の僧たちが陽動の為に闘っている。 魔の森である事、無尽蔵に敵が湧いてくる事。それらを踏まえただけでも厳しい闘いなのは容易に想像ができる。それに加え、此処には上級アヤカシも存在しているのだ。 「リンカさん」 「……なんだい?」 「俺はたぶん大丈夫だよ。だって、1人じゃないだろ?」 そう言って笑った義貞に、リンカの目が僅かに見開かれ、そして直ぐに彼女の唇にも笑みが刻まれた。 「ふぅん、ちったぁ落ち着いたみたいだな」 「尚哉……」 匂坂 尚哉(ib5766)は義貞の肩に腕を回しながら、口角を上げ、じっと城を見上げた。 「最終決戦、か……ここに居る仲間だけじゃねぇ、他にも手伝ってくれてる人がいる。俺らがそれを無駄にする訳にゃいかねぇ」 だろ? 尚哉はそう言葉を切ると義貞を見た。 その目に頷きながら、彼は僅か離れた位置にあるバルコニーを思う。 其処には二手に分かれた仲間の内のもう一手が、突入の時を待って待機しているのだ。 無事にブルームを倒す為には、全員で力を合わせる必要がある。それはこの場にいる誰もが承知している事でもある。 佐上 久野都(ia0826)は別場所のバルコニーで膝を折ると、雪巳から聞いていた足音対策を施しつつ、視界に留まった骨板に表情を落とした。 「この建物……出来るなら、土に還してやりたいですが、ね」 思わず零した声。それに呼応するように暖かな手が彼の肩に振れた。 「大丈夫、出来る!」 見上げた先に在った金色の瞳が人懐っこく笑みを向けてくる。それを見、久野都は改めて人骨で出来た床に目を落した。 「そうですね。何時か普通の森に還る日に――その為に」 彼は内に込み上げる感情を呑み込むよう目を伏せると、もう片方の足にも布を巻いて立ち上がった。 「時に琥珀殿。ブルームとは如何云ったアヤカシなのですか?」 「ん? んー……金髪碧眼の無駄に綺麗なアヤカシかな」 「金髪碧眼。名前の響きから察するに、ジルベリアの方面のアヤカシでしょうか……上手く探れれば良いのですが」 呟き五行の符を取り出した久野都は、羽喰 琥珀(ib3263)に苦笑を向け、ふと尚哉が言っていた言葉を思い出した。 『弓弦童子に利用されて故郷から連れ出された、みたいなこと言ってたな。それを考えたら可哀想な気もするが……――食われて生を終えちまった連中を考えれば、な』 「そうですね……どのような理由があれ、犠牲になった方々は還ってきません。そして、倒さなければこれからもそれが続くでしょう」 そう呟くと、久野都は思案気に城を眺める緋那岐(ib5664)に目を向けた。 彼は先程から何かを気にしている様子。その事に首を傾げていると、視線に気付いたのだろう。緋那岐の目が久野都へと向いた。 「いや、此れ以上好き勝手させる訳にもいかないよな……って、思ってさ」 積み上げられた人骨の城。それはこれだけの被害者が出て、人生に幕を下ろされたと言う事になる。 それが続く未来を思えば、彼の想いは当然なのかもしれない。 「それに……里の人達が一刻も早く故郷に戻る為にも、避けられないよな」 この決戦は、さ。 緋那岐はそう口にして肩を竦めた。 その声を受け、琥珀が頷きを返す。 「そうだな。今までの借り纏めて返さないとなー。里に必ず帰すって、義貞のじいちゃんとも約束したし」 「おう。これまで通り、諦めず行こうぜっ」 そう言葉を交わし、緋那岐と琥珀は互いの首を重ねて頷き合った。 その姿を見ていたクロウ・カルガギラ(ib6817)は、腐臭を放つ城に目をやると人骨の向こう――壁の先に在る存在を見極めるよう、目を細めた。 「あの女アヤカシと決戦か。ここで決めてやるぜ」 呟き、睨むよう壁を見据えた後、彼は周辺に目を向けて現在の状況を確認に掛かった。 鬱蒼とした森は、瘴気の塊のような濃く嫌な雰囲気を醸し出し、空には見覚えのある骨鳥も飛んでいる。 地上では骨人や吸血粘泥なども姿を見せているが、それらは全て地上で繰り広げられる陽動に向いている様だった。 「敵の目はこちらには無さそうか……あとは、中の様子だが――」 「問題はなさそうです。行けそうですよ」 準備は万全に整った。 そう言葉を返す久野都に、クロウや琥珀、緋那岐も顔を見合わせて頷く。 「行きます、か」 久野都はそう言葉を掛け、城内へと続く窓を開け放った。 ● 中に入ると腐臭は強さを増し、周囲に漂う瘴気の気配も濃さを増して開拓者たちを迎えた。 「想像以上に濃いわね。大丈夫?」 灯華はそう言って、通路へ続く扉に歩を進める雪巳を見た。 陰陽師である灯華でさえ少々嫌気を感じる瘴気の濃さだ。巫女の雪巳は相当辛い筈。 そう思い声を掛けたのだが、当の彼の顔に苦痛の色は無い。 「本番前ですから、まだ大丈夫です。さあ行きましょうか。最後まで、お付き合いいたしますよ」 差し出された手は義貞の元へ向かう。 それを見て歩みを進めると、義貞は突入すべく扉に手を掛けた。 だがその手をリンカが遮る。 「少し待っとくれ。敵がいないか確認するよ」 彼女は漆黒の弓を構えると、柔らかな動作で弦を弾いた。 其処から響く音を余す事無く耳に止め、緩やかに瞳を瞬く。ほんの僅かな音も聞き逃さないよう、細心の注意を払い―― 「――扉を出て左。何か居るよ」 本来ならもう一手、どのような敵がいるのか知りたい所。しかしこの部屋に索敵可能な人物はリンカのみだ。 「無い物強請りしても仕方ないわ。さあ、ブラコン野郎に引導を渡してあげましょ♪」 ニッと笑んだ灯華の声に頷き、義貞の手が扉を開いた。 ――瞬間、尚哉と義貞がリンカの指摘した場所へと飛び出す。 「背中は任せるぜ!」 「俺だって!」 ほぼ同時に飛び出した2人の足が、同時に敵の間合いに入り込む。 頑丈そうな鎧を着た骨は、2人の姿に気付くと抜身の刃を振り上げた。 だが間に合わない。 「――遅いんだよ」 紅蓮の炎を思わせる刃が鋭く光る。直後、緋の軌跡が敵の胴を薙いだ。同時に吹き飛んだ兜が地面に転がり落ち、尚哉が下した刃が二つに切り裂かれた胴に落ちると、彼は後方を振り返り目で合図をした。 それと時を僅かにずらし、もう一班も動き出す。 扉の隙間から羽虫型の式を飛ばした久野都は、自身の視覚に飛び込んでくる情報に口を開いた。 「見張りは1体。鎧を着た骨人ですね……後ろを向いた時を見て出ましょう」 「ま、警戒は任せてくれ」 久野都の声に同意して呟くと、クロウは人骨の壁に手を添えて眉を潜めた。 今の所何の変哲もない壁だが、此れが何時的になるか分からない。それは今まで闘ってきた敵の姿から想像できる危惧だ。 「……動かないでくれよ」 そう呟き、ポンッと壁を叩いて前に出る。 此処での前衛は琥珀のみ。 彼1人に負担を強いるのは申し訳ないが、此処は彼に頼る他ない。 「怪我したら即回復してやるからな。無茶はするなよ」 緋那岐はそう声を掛け、彼の肩を叩いた。 その時だ。 「――今です」 久野都の声にクロウが扉を開く。それと同時に琥珀が飛び出すと、彼は背を向けたままの敵に斬り込んで行った。 朱色の刀が有無も言わさず首を刎ね飛ばす。そうしてゴトリと転がったそれを確認し、彼は自らが下りるべき階段に目をやった。 情報ではブルームは階段を降りた、この先に居ると言う。 如何云った状況で待機し、如何云った状況で斬り込めるのか。 様子を伺うよう階段に近付く琥珀の背後から、久野都が緩やかに印を刻んで術式を放つ。 「金髪碧眼のアヤカシ……階段を下り、直ぐに広間らしき場所が見えます。これは、絨毯?」 紅く敷き詰められた何か。 キラキラと輝く光も飛び込んでくる。 人骨の城。それに似つかわしくない光景に久野都の眉が寄る。そして更に先を見ようとした時、彼の視界は途切れた。 「!」 「汚い虫が潜り込んだみたいね。ねえ、隠れてないで出てらっしゃいな」 通路を突き抜けて響く声に、開拓者全員に緊張が走る。 強襲は見破られていたと言うのだろうか。しかし、声はブルームの物だけ。 本来ある筈のもう1つの主の声は聞こえてこない。其れはつまり、強襲は少なからず成功している――そう云う事だ。 「仕方ねぇ、こうなったら行くしかねぇだろ」 尚哉の声に義貞も頷く。 リンカはその声を受けて鏡弦を使用すると、広間に存在する敵の位置を割り出した。 「広間の奥、中央に1体。その周辺に6体の反応もあるね」 「ブルームを入れて7体のアヤカシですか……尚哉さん、義貞さん、コレを」 雪巳はポツリと零し、2人の肩をそっと叩く。と、同時に湧き上がる力に頷きを返して2人は動き出した。 ● 階段を下りてゆく一向。そうして事前に話し合っていた焙烙玉をリンカが放つのだが―― 「――ッ」 響き渡る爆音。それを耳に、尚哉、義貞、リンカ、そして雪巳が膝を折る。此れに対して灯華が前に出た。 「あのブラコンッ、初っ端から飛ばして……」 ステンドグラスを背に優雅に微笑むブルームは、全身に巻き付けた茨の鞭を引くと、広間全体に充満する瘴気を胸にニッと口角を上げた。 「うふふ、面白い、本当にお馬鹿さん♪」 彼女は自らの瘴気を舐めて茨の鞭を抜くと、膝を着く開拓者たちを眺めた。 「数が足りないわ……でも、貴方は来てくれた」 妖艶に微笑んだブルームが尚哉を捉える。それを見て、彼の喉がゴクリと鳴った。 「っ……負ける訳にはいかねぇんだ」 尚哉は地面に刃を突き立てる事で立ち上がると、楽しげなブルームを睨み付けた。 「可愛いわ。その可愛い顔をぐしゃぐしゃに引き裂いて、骨の髄まで食べて、最後には額に飾ってしまっておきたいくらい」 そう言うと、ブルームは引き戻した茨の鞭を振り上げ、瘴気を受けて弱った尚哉に放たれる。 しかし―― 「相変わらず、無茶苦茶なアヤカシだな」 「……緋那岐」 零れた声と同時に現れた黒い壁が、尚哉に迫る攻撃を防ぐ。 茨を跳ね返されたブルームは端正な眉を動かして広間の先を見た。 其処に居たのは新たな4人の開拓者だ。 「邪魔、しないでくれるかしら」 底冷えするような声が響き、次の瞬間無数の鞭が地を這って開拓者に迫る。しかしそれを先と同じ爆音が遮った。 「リンカ、頼む!」 「――わかってるよ!」 立ち上がったリンカが、漆黒の弓をブルームに向ける。そうして番えた矢に練力が送り込まれると、彼女は迷う事無くそれを放った。 衝撃波を纏う矢が広間を突きる。 「2度も同じ技……貴女、つまらないわ」 そう零したかと思うと、ブルームの茨の鞭が壁となって彼女の攻撃を遮った。 だが此れで良い。 「クロウ、義貞、後は頼んだからな!」 言って駆け出した琥珀。 それに続いて尚哉が刃を引き抜き構える。紅蓮の美しい刃が揺らめく光を放つ中、ブルームが再び茨の鞭を振り上げる。 「もう不意打ちは喰らわねぇ!」 勢いよく振り下ろした刃が大地を突き、直後、ブルームに向けて衝撃が走る。 彼女は再び茨の鞭でそれを遮るしかなかったのだが、此れが最大の隙を生んだ。 「――喰らえ!」 「!」 視界に飛び込んで来た陽光を思わせる光。それに瞳を眇めたブルームの元に鼻を突く衝撃が走った。 「っ、……!」 視界を奪う液体と、自らに迫る異様な気配にブルームの口から異様な声が響き渡る。 金切声のような、悲鳴のようなそんな声だ。 此れにクロウと義貞の相手をしていた骨騎士が動いた。 「アヤカシが、盾に……?」 久野都に支えられて立ち上がった雪巳は、そう零すと彼に礼を述べて杖を翻した。 其処から紡がれるのは、技を、心を強化する術。穏やかに舞い移す力に、久野都は緩やかな礼を向けて五行の符を構える。 「――回復する隙は与えませんよ」 囁き紡ぎ出した白い花。其れが花弁を開くと、ブルームを守るために立ち塞がるアヤカシに喰らい付いた。 「さあ、次です」 喰らい付く式が姿を消す瞬間、それを見計らい再び術を放つ。それは彼女を護るアヤカシだけではなく、ブルーム自身をも蝕み始めていた。 「やれやれ……相当不味いお嬢さんの様だね」 喰らえど喰らえど消えぬ瘴気。 アヤカシを喰らう花さえも、一度では食べきれない程――否、喰らう事を躊躇う程不味いのか。 そう揶揄する久野都に、ブルームの眉が吊り上がった。 「煩いっ!」 鋭く尖った鞭が久野都に迫る。しかしその攻撃は緋那岐の作り上げた壁によって阻まれてしまう。 「ッ、なんなの……前と違う?」 よく見れば、彼女を護る骨騎士の動きも鈍い。 ブルームの前で盾になる骨騎士は2体。残る4体は開拓者を彼女に近付けないために動いている。 だが―― 「これ以上の援軍はさせられないぜ」 クロウは片手持ちの銃を骨騎士に向けると、敵が踏み込むよりも早く引き金を抜いた。 耳を突く銃声と鼻を突く火薬の匂い。それを聴覚嗅覚、そして視覚で捉えながら彼の足が前に出る。 まるで首を掻くような曲刀を手に踏み込んだ彼が、一気に敵の脇を駆け抜ける。 その瞬間、胴を叩く音が響き、続いて鎧が動く音がする。だがクロウは慌てない。 「動けば終わり、そこまでだっ!」 反転させた体を中心に再び踏み込む。 敵は直ぐに間合いに飛び込んで来た。振り上げられる剣はブルーム――差し詰め姫を護る剣だろうか。 だがそんな事は関係ない。 「あの娘の人間に対しての憎悪は半端ないよな。過去に何か酷い仕打ちでも受けたのか……――だとしても」 金色に輝く刃が空を掻く。 それと同時に鈍い音が響き渡ると、彼の前で鎧が崩れた。 そうして振り返った先に居たもう1体の骨騎士と、その更に向こうにいるブルームを見て眉を潜める。 「生き等酷い目にあったと言って、それを全く関係のない相手にぶつけるのは良くないぜ」 やりようは幾らでもあった筈。そう、人間なら幾らでも。 しかし彼女は姿こそ人のソレに酷似しているが人ではない。人を喰らう事でその生を繋ぐことができるアヤカシだ。 「貴方、面白いこと考えるのね。でもその考えは有り得ない」 ブルームは整った唇を弓なりにして囁き、そして言葉を紡ぐ。 「わたくしたちの目的は人間を食べて強くなること。そして、再びジルベリアの地に戻り、今まで通りに生きることだもの。人間なんて生きる糧でしかない。元々、そういうものでしょう?」 人間が食べるために動物や植物を殺すのと同じ。そう語るブルームに、クロウは表情を変えずに次の敵に踏み込んだ。 「……理解不能ね」 ポツリと呟き、ブルームは目の前の開拓者を見る。 彼女を護るアヤカシの壁は存在したまま。幾度となく打ちこまれる攻撃も、攻撃を阻む新たな攻撃も存在したまま。 「お兄様……」 ブルームの兄は外の様子を見に行ったまま戻らない。もし此処に兄がいたならば。 そう彼女の足が動こうとした時、耳にある声が響いてきた。 「あら? また逃げるの?」 動きかけた足が止まり、蒼の瞳が見開かれる。 「こんな弱っちい妹のことを愛しの『お兄様』はどう思うかしらね?」 ゆっくり、広間を見回す瞳が、茶の瞳を捉える。勝気に、鋭く此方を見据える瞳を見、ブルームの足が前を向いた。 「――弱い?」 吐き出された声。此れに灯華の口角が上がる。 「わたくしが弱いですって?」 「直ぐに逃げるんだから、そう言われても仕方がないでしょ」 灯華は尚も挑発を続ける。 此れにブルームの目が吊り上がった。 「ふざけるんじゃないわよォッ!!」 「拙い!」 奇声と共に茨がブルームの体に巻き付く。それを見止めた琥珀が咄嗟に飛び出した。 「琥珀、1人で行くなよ!」 「わかってるって!」 共に駆け出した尚哉を横目に、琥珀は自らを傷付けに掛かったアヤカシの間合いに飛び込もうと動く。 だが敵も易々と前に行かせてはくれない。 壁のように立ち塞がった骨騎士が、剣を振り上げ、一気にそれを振り下ろすと、銃声が響き渡った。 頑丈な鎧を撃つ弾は、1つ、2つと動きを阻むように迫る。 遠距離ながら的確な位置に立ち狙撃を繰り返すクロウは、次の敵の行動を予測して、振り下ろそうとする刃を狙撃してゆく。 「ありがとな!」 尚哉は顔を向けずに叫ぶと、クロウが作り出した隙に潜り込んだ。 「っ、貴方たち……邪魔よ!!」 ブルームが一番攻撃したいのは、傍に迫った尚哉でも琥珀でもない。 自分を『弱い』と言った人間――灯華だ。 ブルームは叫びとも怒声とも取れる、言葉のない奇声を上げると、巻き付けた茨を引き動かした。 だが―― 「その攻撃が一番の隙を生むんだ」 近場で聞こえた声に、ブルームの目が見開かれた。 ――オカシイ、何かがオカシイ。 ブルームは反射的にそう思った事だろう。 だが思うのと激痛に襲われるのとは、ほぼ同時だったに違いない。 「――ッ!!!!」 満月を描き、素早い動作で流された刃。それが空気を撫でるようにブルームの手首へと迫る。そして彼女の肌に刃が喰らい付く瞬間、碧眼に美しい桜の燐光が飛び込んで来た。 どす黒い瘴気を噴き上げて切り裂かれる手。それに気を取られていた彼女に、いま一度衝撃が迫る。 「黄泉路にエスコートしてやるぜ」 声に威圧を含めて囁いた声に、ブルームはハッと目を向けた。 だが気付くのが遅い。 琥珀に気を取られたが故に接近を許した尚哉が、紅蓮の刃を振り上げる。 「ゃあああああ!」 吹き飛んだ己が手を見て悲鳴を上げたブルームに、尚哉は注意深く次の一手を見据える。 ブルームの手は両方とも地面に落ちた。 代わりに彼女の手から噴き出す瘴気は、嫌な気配を纏い辺りに漂い始めている。 だがこの瘴気は、自称して放つ瘴気とは違う。人間が怪我を負って血を流すのと同じ、そんな匂いがする。 「肩の借りは返させてもらったぜ」 琥珀はニッと笑って瘴気を纏う刃を払った。 飛び散る瘴気。それを視界に次の攻撃に転じようと足を動かす。しかし、彼等は動く事が出来なかった。 「――……ぅふふ、なぁんちゃって♪」 「!」 「琥珀っ!!」 傷口から飛び出した5本の茨が琥珀の胴を、肩を、腕を貫く。 そしてそれに気を取られていた尚哉にも同様の技が迫る。 「ッ、しま――」 琥珀と同じように貫かれた体。 2人は同時に膝を着くと、すぐさまブルームの茨から解放された。 何せ、彼女の目的は彼等ではないのだから。 「今度こそ、浴びせてあげる」 しゅるりと伸びた鞭がブルームの体に巻き付き、次の瞬間―― 「雪巳さん退避して! 佐上さんは、瘴気回収を!」 骨騎士の胴を断ち、戦況を見極めていたクロウが叫ぶ。この声に雪巳は尚哉と琥珀を視界に、袂を口に添えて動き出す。 そして久野都はクロウの指示通り、事前に頼まれていた術を起動させると、端正な眉を僅かに顰めた。 「見た目の割りには随分と生臭い瘴気をしている……あまり良い趣味をしていないと見えるね」 回収した瘴気により、練力は大幅に快復した。 だが得た瘴気よりも、溢れ出す瘴気の方が多いらしく、全てを回収しきる事は出来ない。 それにどうも普通の瘴気よりも濃い――と言うか、違和感がある。 それが何なのかは分からないが…… 「もしかすると、身だしなみの手入れがなっていないのですか? そんな事では兄君に嫌われますよ」 微笑みながら囁かれた声に、ブルームの目が上がった。 小さな肩が小刻みに震え、巻き付いた茨がすぐさま外される。そしてそれを振り下ろすと、攻撃は全て久野都に流れた。 しかし―― 「――あまり、無理をしないように」 目の前で氷の龍と共に攻撃を遮った相手に向かい、久野都はポツリと呟いた。 「そうは言っても、後衛を護るのは前衛の役目だろ?」 「確かに……ですが、義貞殿にはこの後の役目が山ほど在る――無理は程ほどに」 咄嗟に飛び出した義貞は、緋那岐が放った氷龍が打ち落とせなかった茨を刀で叩き落とした。 そうする事で久野都を護ったのだが、彼としては少々複雑なようだが此れ以上の苦言は口にしない。 何故なら、今回はともに肩を並べて戦う。そう決めているから。 「リンカ殿……尚哉殿と琥珀殿に近付きたいのです。どうにか出来ませんか?」 射程が届くギリギリの範囲。 そこで眉を潜めて矢を番えていたリンカに、雪巳が問いかける。 見た所、尚哉と琥珀の出血量は酷い。 何時までもブルームの傍に置いておくことも危険だが、此れ以上何の処置もせずに放置しておく事も危険だ。 「リンカ殿」 「……わかってる、よ」 弱々しい声とは裏腹に引かれた矢。彼女もまた、ブルームの瘴気に当てられていた。 それでも気を篭めて矢を放つと、衝撃波が黒い波動を呑み込んで突き進む。そうしてブルームの元に辿り着くと、彼女は以前と同じように茨の鞭でそれを遮った。 「そんな攻撃、瘴気を払う事も、わたくしを傷付ける事も出来なくてよ。本当に、人間は弱くてもろくて、愚かな生き物」 ブルームの言う様に、リンカは瘴気を薄める効果を期待して瘴気を放った。 だが効果はイマイチ。しかし、これらの攻撃が全て無駄と言う訳ではなかった。 「大丈夫か? 些細な怪我でも、積もれば致命傷に繋がり兼ねないしな……て、これは酷いな」 久野都やリンカの攻撃の隙を突き、琥珀と尚哉の元に辿り着いた緋那岐は、2人に応急処置として回復を施す。そうして戦線の離脱を謀るのだが、此処にもブルームの手が伸びた。 「逃がさない!」 「動くんじゃないよ!」 茨の鞭を動かしたブルームに、リンカの矢が迫る。それと同時に白い花がブルームの足元に迫ると、彼女は僅かに焦りを見せた。 「ッ、邪魔……邪魔なのよっ!」 次から次へと降る攻撃は先程の比ではない。 自身を護る騎士が消え、攻撃の全てが自分に向いた事が大きな原因だろう。 「人は、確かに個々では弱い生き物です。しかし、人は力を合わせる事を知っている。貴女は少々、人を侮りすぎですよ。慢心は隙になると、身をもって知りなさい」 「何を言って――ッ、…何を……」 雪巳の声に目を向けたブルームは、彼の傍に控える灯華を見て息を呑んだ。 彼女は今、雪巳の力を借りて力を増殖させ、更に力を集めようと術を幾重にも重ねようとしている。 「呪縛符が効かなかった位で諦めると思って?」 苦しそうに言葉を紡ぐ灯華の額には汗が滲み、息は荒く肩が上下に動いている。 ブルームは慌てて灯華に向けて茨を放つ。だがそれは、紅く染まる2つの刃によって阻まれた。 「させねぇよ」 「だな」 再び立ち塞がったのは傷だらけの琥珀と尚哉。彼等は灯華を護る様に立ち、切っ先をブルームに向けた。 「何故……さっきまで、地面に倒れて……」 「人間を侮るな……そう云う事だろ?」 ニィっと笑った尚哉に、ブルームの頬がカッと熱くなった。 「人間なんてクズよ! 餌なの! あんたらはわたくしたちの力になるだけの、ただの餌――」 「ギャーギャー五月蠅いわね」 ボソッと零された声にブルームはハッとなった。 彼女の動きを阻む者。それに気を取られて灯華の邪魔をすることを忘れていた。 彼女を纏う雰囲気は明らかに先程よりも悪い。それは上級アヤカシであるブルームでさえ、悪寒を覚える程に―― 「血肉は好きなだけ持っていけばいいから、力を寄こしなさい!」 吐き出した声と共に零れ落ちた赤の滴。 打撃を1つも受けていないのに零れ落ちる雫は、灯華の口から溢れ出している。 彼女は歯を食いしばる事で苦痛に耐え、そして叫んだ。 「さあ下準備は済んだわ。覚悟して受けなさい!」 「ヒッ!」 拙い、不味い、マズイ! ブルームは咄嗟に踵を返した。だが遅い。 「ぃああああああああ!!!!」 耳を劈かん叫びが木霊し、ブルームの体が硬直する。 「――ッ……、まだ……もう、一度ッ!」 咳き込んだ瞬間、大量の血が吐き出される。 それを手の甲で拭うと、灯華は今一度、先と同じ術を放った。 「……が、ァ……――ッ!!!!」 ドサッ。 痙攣したように体を震わせて倒れ込んだブルームが、何かから逃れるように喉を掻き毟る。 その姿は先までの傲慢な姿を微塵も思い起こさせない。 「終わり、だな……兄貴の所に逝け」 尚哉は此度の戦闘の為に選び抜いた魔剣を振り上げると、爪痕が刻まれた首にそれを振り下ろした。 ● 「本当、無茶するぜ」 尚哉は崩れ落ちた灯華の傍に膝を折ると、緋那岐の治療を待って彼女を背負った。 灯華が使用したのは、自らの生命と引き換えに式に力を与える禁忌の術。 それを一度ではなく二度、いやもしかすると三度使用した彼女の体は限界寸前だった。 「……これで終わりじゃないわ。弓弦童子を、止めないと」 尚哉の背で呟いた灯華が、首を刎ねられ、瘴気へと還ろうとしているブルームを見詰める。 「弓弦童子と言えば、弓弦童子に言われて居るのかって聞いて答えた時、様子が少し違ってた。ここに居る本当の理由はなんだったんだ?」 「確か、ジルベリアに帰るため……そう、言ってたか」 琥珀の言葉に応えたクロウが、戦闘の最中に口にしていた言葉を思い出す。 ――わたくしたちの目的は人間を食べて強くなること。そして、再びジルベリアの地に戻り、今まで通りに生きることだもの。 「奴も利用されてた……そう云う事なのかもな」 そう呟き、クロウは皆と共に城を後にした。 城を抜けた後、彼等は他の開拓者と合流した。 「犠牲者の方の供養をぜひ」 そう口にした雪巳は城に火を点けての火葬を申し出る。此れに灯華も同意を示し、後は霜蓮寺と狭蘭の里、そして南麓寺で相談して決める事になった。 「義貞殿、次に会う時をまた楽しみに。里に戻るのなら何時でも手伝いますから」 久野都はそう口にして義貞と握手を交わした。 そこに琥珀の手が重なり、2人の目が向かう。 「俺も手伝うぞ!」 「おう。でもその前に琥珀は怪我を治さないとな」 琥珀も尚哉と同様出血が多かった。 今こうして元気にしているが、足元はふらふらに違いない。 そう言葉を返していると、ふと緋那岐が呟いた。 「ブルームって、植物系……薔薇のアヤカシだったのかね」 「へ?」 「いやさ、プライド高いし、棘だらけだったから」 そう言われてみればそうだ。 ただ今となっては憶測でしかない。真実は闇の中。 そしてその会話を耳に、雪巳はある人物に歩み寄っていた。 「1つお伺いしたい事があるのですが……」 そう声を掛けたのは、撤収作業を続ける明志にだ。 「『陽龍の地』と名付けられたのがどなたか、ご存知ですか?」 北面国と東房国。 今はわだかまりが残るこの国の境に存在した土地。其処を名付けたのは双方の国と聞いた。 「聞いて如何するんだい?」 「東房と北面が、再び手を結ぶきっかけになれば……と」 「成程」 明志は慌ただしく動く僧に目を向け、それから雪巳を見てふと口角を上げる。 「役立つかは知らないけれど、陽龍の地――この名を定めたのは狭蘭の里と南麓寺、双方の創始者と聞いているよ。其処の地の幼い子供二人が出会ったのが偶然か否か……それはこれからの未来が知っているかもしれないね」 そう言うと、明志は口元を覆う布を引き上げ、僧たちの元へと歩いて行った。 その姿を見送り願うのは、此度の闘いで見た、手を取り合い助け合う仲間の姿。 「いつか、双方の国が彼等と同じ道を歩めますよう……」 雪巳はそう囁き、皆の元へ戻って行った。 |