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■オープニング本文 ●浪志隊 家の奥から、唸るような悲鳴が上がった。 家屋を遠巻きにしていた野次馬たちがごくりと唾を飲み込んだ直後だった。ごろんと、血を散らして鬼の首が転がり、野次馬がわっと後ずさる。 「お騒がせ致しました」 奥から姿を現したのは、東堂・俊一(iz0236)とその一党だった。彼は刀を鞘に収めつつ、周囲を落ち着かせようと言葉を掛け、皆を引き連れててきぱきと後始末に手を付ける。 「事件を聞きつけてから一刻も経ってない」 「あの礼儀正しい振る舞いも、婆娑羅姫とは大違いだぜ」 顔を寄せ、噂話に興ずる野次馬たち。婆娑羅姫というのは、森藍可などのことだろう。彼らの取り囲む前で、鬼の首はゆっくりと瘴気に還りつつあった。 ●胎動 巨大な門で閉ざされた屋敷を見、東堂は穏やかな双眼を細めて息を吐く。 これが節目の仕事になるやも知れぬ。それを思うと身が引き締まる思いとでも言うのだろうか――否、もっと別の思いやも知れぬ。 「先生、このお屋敷は……?」 そう声を掛けたのは、東堂が供に連れた少年――偉蔵(ひでくら)だ。 彼は幼くも勇ましい表情で東堂を見上げると、僅かにその首を傾げて見せた。 「多少佇まいは大きいですが、今までと同じですよ。それよりも、先日お願いした件、首尾の方は如何ですか?」 東堂はそう告げて穏やかに微笑んだ。 その姿に偉蔵は頷く。 「先生のご意見に御賛同下さる方々は喜んで支援を申し出て下さっています。これも先生のご尽力あってのことかと」 目を輝かせ興奮気味に言葉を紡ぐ偉蔵は、元々東堂の塾生だった。 彼は数多の塾生の中でも呑み込みが早く、学にも武にも長けている。故に東堂の目に留まった。 勿論、それ以外にも彼を供にする理由はある。だが今は伏せおくべきだろう。 「このお屋敷には私が1人で入ります」 「え?」 此処まで来て門前払いと言う事だろうか。 若干寂しげに表情を歪めた偉蔵に、東堂はクスリと笑みを零して彼の顔を覗き込んだ。 「この屋敷の裏手にアヤカシの目撃情報が入っています。出来るだけ派手に倒しなさい」 そう、この屋敷の住人が感謝の意を示す程に――。 この声に偉蔵は大きく頷いた。 そして頭を下げて駆けてゆく。その姿を見送り、彼は改めて息を吐いた。 「この様な小細工、必要は無いのでしょうが、ね」 そう口にして門に向き直る。 そうして叩いた門。間もなく開かれ中に招かれる頃、偉蔵は開拓者を連れてアヤカシの元に向かうだろう。 ――出来るだけ派手に倒しなさい。 この言葉を元にアヤカシの討伐が開始される。 ●目撃情報 大きな屋敷の裏手。 陽が陰るその場所には、平屋続きの民家がある。 まだ日が高いと言うのに、この辺り一帯は日陰の所為で暗く、湿った空気を纏う。だからだろうか、ここ数日、異様な目撃情報が集まっていた。 「知ってるかい。隣のお富さんが見たそうだよ」 「ああ、アレだね。身の丈半分ほどの子鬼が闊歩してるって奴だろう?」 「それもあるんだが、それを連れた大きな鬼も見たそうなんだよ」 日陰の中を楽しげに遊ぶ子鬼。 これがここ数日目撃されているアヤカシの情報だ。そしてそれに追加するように、今日新たな情報がこの界隈に流れ始めていた。 「怖いねえ。確か屯所の方には報告したんだろう?」 治安の維持にあたる屯所。其処には既に話を持って行っている。にも拘らず、ここ数日何の動きもないと言うのは如何だろう。 「これはアレだな。浪志組にでも頼むしかないかねえ」 そう言って、2人が顔を見合せた時。 路地から此方を伺う様に顔を覗かせるモノが見えた。 「「!」」 ギョロリとした大きな目と、巨大な躰。 何処から潜り込んだのかもわからない程大きなモノは、自分に気付いた2人にニイッと笑うと、体に見合う大剣を掲げ振り下ろした。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
サミラ=マクトゥーム(ib6837)
20歳・女・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
華魄 熾火(ib7959)
28歳・女・サ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 振動響き渡る音。 其れを耳に留めたケイウス=アルカーム(ib7387)がウッと眉を寄せた。 反射的に耳を塞ぎ、目だけを動かす。 「……何かあった?」 そう問いかけるのは、同郷の友、サミラ=マクトゥーム(ib6837)だ。 彼女は漆黒の瞳を瞬き、首を傾げている。その様子から察するに、彼女には大地の震動が聞こえていないらしい。 「凄い音がしたよ。それこそ、要望通り派手な音だ」 聴覚を研ぎ澄ませた彼には、サミラ以上に音が届いている。現状、此処に到達したどの開拓者よりも、正確な音を聞き取れているだろう。 「急いだ方が良いかな。でも、これなら派手にしなくても。それに、派手に動き回るなんてことしたら……」 其処まで口にして彼の首が横に揺れた。 「ケイ、どうかした?」 「あ、いや、何でもない」 気に掛かる部分はあるが『派手に』と言うのが今回の依頼だ。ならば依頼通りに仕事をするのが開拓者たるもの。 ケイウスはそう自らに言い聞かせて脚動かす。それに続くサミラは、ふと視線を空に向け、傍の巨大な屋敷に目を向けた。 「……交渉材料や密談……じゃ、なさそうだね。私と同じで名を上げなきゃいけないの、かな?」 自らを鍛え直す。そうした名目で天儀に来たサミラには、今回の依頼が他人事には思えないらしい。 表情を引き締めてケイウスの後を着いて行く。そして平屋が立ち並ぶ街道。其処へ飛び出した所で目の前を進む足が止まった。 「野次馬が集まってる。やっぱり危険だ。でも……」 依頼は依頼。そう口中で呟き、ギュッとケイウスの手がリュートの弓を握り締めた。 「ふむ、そなたらも彼の人の要請に参った者じゃな?」 急く気持ちの中掛けられた声。 目を向けると大槍を手に悠然と前を見据える華魄 熾火(ib7959)が立っていた。 彼女は大振りの柄を振り上げると、利き足を軸に構えを取る。そうしてチラリとケイウスとサミラを見ると、フッと口角を上げて見せた。 「あのサムライが惹き付ける術を持っておる。まずは開けた場所に誘導するぞ」 よく見れば熾火の構える先、其処には大剣を振り上げる鬼と、それに向き合う様に身の丈の倍はあろうかと言う槍を構えた三笠 三四郎(ia0163)の姿がある。 彼は瞳を眇めて鬼を見上げ、息を吐く。 「今回も浪志隊に協力という訳ですが……少し、節分には遅すぎですね」 クスリ。唇を零れた笑みに、鬼の腕が振り下ろされる。それを寸前の所で飛躍して回避すると、彼は手の中の槍を振り上げた。 「鬼さん此方……私の声のする方へ、とっ!」 覇気と共に吐き出された声に、鬼の眼球が揺れる。真っ直ぐに三四郎を捉え、新たな斬撃を加えようと地を踏む。 ザンッ! 風を切る重い音が響き、三四郎が再び後方に飛ぶ。そうして新たな咆哮を響かせると、同時に別の咆哮も響いてきた。 「子鬼よ大鬼、声なる方へ……さて、来るがよい!」 熾火はそう囁き、獣のような声を上げる。それに大鬼は対抗するかの如く雄叫びを上げ、新たな斬撃を繰り出した。 「凄い気迫だ……」 「見た所、吟遊詩人の方だろうか。もしや、超越聴覚を使用しているか?」 不意に耳を討つ声に、ケイウスの首が動く。 そうして捉えたのは、額に2本の角を持つ少年――藤田 千歳(ib8121)だ。 彼はケイウスの反応に頷くと、すぐさま視線を大鬼に、そして周囲に這わせた。 「大鬼以外の存在を探したい。手伝って貰えるか?」 「それじゃあ、私はその間、住民へ避難の申し出でもしてこようかな。このままじゃ危ないからね」 そう言ったサミラに、千歳が待ったをかける。 「被害が及ばないようにすれば問題ないだろう。それよりも、被害を最少に抑える為に動く事の方が大事だ」 「……住民の安全よりも大事?」 ケイウスやサミラにはしっくりこないが、千歳には何か思う所があるようだ。 彼は瞼を伏せると、静かに気を張り巡らせる。こうして周囲に潜む存在を探るのだが、索敵できる存在は複数。 此処でケイウスの聴覚が頼りになる。 「通りの先、左の民家に何かが居る。音で探れるか?」 「あ、やってみる」 言って耳を澄ます。だが、音は其処彼処で響いており、イマイチ正確性に欠ける。 「んー……厳しいな」 ポツリ、零した時だ。 パタパタと駆け音がし、次いで白い何かが飛び出してきた。 「瘴気の塊発見だよ! 偉蔵ちゃん、あっちに向かって、咆哮お願い!」 神威人らしい狐耳を揺らし、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は同行していた偉蔵に咆哮を頼む。これに彼は素直に応じ咆哮を放つと、先程千歳が言った場所から子鬼が飛び出してきた。 「続々と……ですね」 三四郎は大鬼を惹き付けたままそう囁き刃を振るう。此れに他の開拓者達が続くと、鬼たちは僅かに開けた道へと誘導されてゆく。 「うん、今のところは『目撃』だけで済んでる。何かある前に早くしないと……――譲れない」 アルマはそう囁き、横目に巨大な屋敷を見た。 「……先生、大丈夫、だよね」 密かにそう零し、アルマは前を向いた。 ● 「表が騒がしいようですな」 「ご、ご主人様、失礼致します! 表に通りにアヤカシが――……あ、貴方は……」 貴族の屋敷中。屋敷の主の部屋に招かれた東堂・俊一(iz0236)は、部屋に駆け込んできた小姓に目を向け、穏やかに礼を向けた。 「アヤカシ退治の準備は滞りなく。時期に静かになりましょう」 東堂の声に、部屋の主は低く唸った。 「屯所が動く気配は無し。だが浪志組は直ぐに……成程、確かに貴方がたに投資をすると言う話、悪くはなさそうですな」 「恐れ入ります」 東堂はそう言葉を返すと、スッと目を下げたのだった。 この頃、平屋に囲まれた通りでは、子鬼と大鬼を相手に立ち回る、開拓者の姿が目立っていた。 「千歳ちゃん、まだ隠れてる子鬼が居るよ!」 瘴策結界で得た情報を報告するアルマ。 彼は物陰に潜む子鬼を把握し、その時動ける仲間に報告していた。 「少し、見ている人が多い気がするかな。でも、これだけ離れていれば……」 そう口にした時、彼の目に思わぬものが飛び込んでくる。 周囲から悲鳴が上がり、アルマも急ぎ動いた。 「危ない!」 飛び付く様に伸ばした腕。それが小さな体を抱き締めると、彼の肩に鋭い痛みが走った。 「――っ」 「アルマ! っ、サミラ、行けッ!」 突然の指名に一瞬面食らったものの、言われずとも彼女の足は動いていた。 「…、……天儀の闘い方、まだ慣れないな」 そうは言うが、アルマを攻撃した子鬼の間合いに入ったのは流石。砂色の魔槍砲を握り締め、一気にそれを振り薙ぐ。 「さぁさ、鬼退治! 派手に行くぞ!」 サミラの攻撃で吹き飛ばされた子鬼。それを負う様にケイウスが爆音を奏で上げる。低く、そして重く圧し掛かる音に、子鬼が膝を着いた。 「偉蔵、今だ!」 止めを刺しきれない。そう判断するとすぐさま次の指示が飛ぶ。そうして偉蔵が子鬼を仕留めると、彼等はアルマの前に立ち、敵の視線から彼等を遮った。 「大丈夫……?」 アルマは抱えた子供に問いかける。 見た所怪我はないようだ。この分なら隙を突いて母親の元に駆けて行く事も可能だろう。 「もう少し、離れて見ててね」 言って子供の頭をポンッと撫でる。 其処に心震わす音が響くと、子供の目が上がった。 「今の内に行っとけ」 子供の視線と目が重なったケイウスはニッと笑んでそう告げると、武勇の曲を奏でる。 この場で闘う者へ。そして此処を去る子へ、恐怖と立ち向かう勇気を――。 「ふむ、悪くない音じゃ」 「確かに。胸の奥から熱いものが込み上げる、良い曲です」 熾火は目の前の大鬼を前に微笑むと、周辺の建物に被害がない事を確認。その事に僅か安堵しつつ、斬り込む為の踏み込みを深くする。 その対面には三四郎が居り、彼女等は大鬼を挟む形で斬り込む隙を窺っていた。 「子鬼はだいぶ減りましたが……丈夫ですね。ですが、技に捻りはなさそうで安心しました」 三四郎はそう言いつつ間合いを詰めてゆく。 彼の言う通り、敵は巨大である事、大剣を振るう事が出来る事、そして動きが思いの外速い事。それだけが特徴らしい。 先程から技らしきものは見えず、斬撃一辺倒に行動が偏っている。 「……華魄さん、如何ですか?」 「私はいつでも良いぞ。そなたに任す」 「では……」 目で頷き合った2人は、それと同時に槍の柄を振り上げ、息を吸い込んだ。 直後、2人の口から多くの注目を集める咆哮が響き、続いて足が地面を蹴る。 「――重いッ、……」 金属同士がぶつかり合う音がし、三四郎の額を汗が伝った。 ガチガチと鳴る刃。 力を乗せて受け止めた大剣は想像以上の衝撃だ。それでも受け止めていられるのは、熾火の援護があってこそだろう。 本来であれば大鬼の足を薙ぐはずだった刃。それが大鬼の腕を突いて攻撃力を裂く。故に、彼が受ける重みは半減した。 「……っ、ちょっと……厳しいですね」 巨体と大剣。それらの重さだけでも相当だと言うのに、敵は力を加算して押し潰そうとしてくる。 幾ら三四郎と言えども、そう長くこの状況を続ける事は出来ない。 「出遅れたが、今が攻撃の時と判断する。サミラ殿、俺が攻撃をするので追撃して貰えないだろうか?」 千歳はそう告げると、己が刃に手を添えた。 そして返事を聞かずに一気に飛び出す。目指すのは勿論、大鬼の懐だ。 「この一手に賭ける――……!」 抜刀した刃に纏う炎。それが水平に空を斬ると、赤の軌跡が大鬼の腹を突いた。 グオオオオオオオオ!!!! 苦痛に歪む声。 それに続いて大鬼の体が揺らぐ。と、次なる攻撃が降って来た。 赤の瞳を輝かせ、突き刺さったサミラの刃。そうして瞳を眇めると、彼女の手が魔槍砲の上を滑った。 「――ここで、決める……」 鬼の肉に喰い込んだ穂先。其処に意識を集中し、滑る指が引き金に触れる。 そして―― 咆哮にも負けない砲撃音が響き、大鬼の体が滑った。 突き刺さる熾火の刃も、サミラの刃も離れ、今は三四郎の刃も敵の傍を離れている。 「ひゅー! 流石に派手だなぁ、後で俺も一回撃ってみたいな!」 後方で支援に徹していたケイウスの声に、サミラの冷たい視線が向かう。 「……ケイ、うるさい」 「ひどっ……」 何か? そんな視線が突き刺さり、ケイウスの目が落ちた。 代わりに新たな武勇の曲が響き、熾火が身構える。 大鬼は完全に膝を着き、全身から瘴気を溢れ出している。息は切れ、事が切れるのも時間の問題。 「……鬼よ、そなたの帰るべき闇へ返れ」 熾火はそう囁くと、苦しむ鬼のその身に、終焉の刃を突き入れた。 ● 大鬼、子鬼。その全て退治し、アルマは瘴策結界を使って周辺の安全確認を行っていた。 その足が、ふと止まる。 「見た所、もうアヤカシはいないようですね」 彼と共に足を止めた偉蔵がそう呟く。 その声に頷きを返し、アルマは人懐っこい笑みを覗かせた。 「先生への報告は偉蔵ちゃんがしてくれるかな」 本当なら東堂の顔を見て行きたい。 それでもなんとなく、今は顔を合わせる気にならなかった。 「アルマ君は如何するんですか?」 「もう少し、安全確認をしていこうかなって思ってる」 この声に、偉蔵は頷き、大きく一礼を向けて去って行った。 その姿を見送り、アルマは表情を曇らせる。 「……少し、心配だよ。先生」 無意識に握り締めた手が、小さく軋む。 「上手く言えないけど……危ない場所へ行っちゃわないか、な」 不安は口にすればする程大きくなる。それでもそれを意志の力で抑え込むと、アルマは何事も無かったかのように顔を上げた。 「残りを見ちゃわないと、ね」 言って歩き出した彼に、もう迷いは見えなかった。 アルマとは別に、安全確認を終えた一行。 その中の1人、サミラは此処までの間、ずっとある疑問を抱えていた。 それは―― 「ロウシグミ……だっけ。どんな人達なんだろう?」 表情には出ないが、内心では凄く気になっていた。 そしてこの問いに熾火が答える。 「確か、天下万民の安寧のために己が武を振るう者……だったかのう?」 「天下万民の安穏のため?」 「うむ。要は公に認められた治安部隊のような物じゃな」 答えの正確さの保証はせんが。 熾火はそう言葉を添えフッと口角を上げた。 これにケイウスが疑問の声を上げる。 「その割には、『派手に』とか言ってたけど。一般人も多い場所でこんな指示を出すなんて、偉蔵の言う先生ってどんな人だ」 確かに今回の指示には疑うべき点がある。 だが、彼のこの問いには、確りとした答えが返ってきた。 「私が偉蔵の言う先生です。皆さん、ご苦労様でした」 突如響いた声に皆の目が向かう。 其処に居たのは穏やかな双眸で眼鏡をかけた男性――東堂だ。 彼は偉蔵を伴い、開拓者に合流してきた。 「用事は済んだのかのう?」 熾火の声は僅かに硬い。 其れを聞き止め、東堂は彼女の言葉に含まれる疑問に気付いた。 「私が出なかった事を不思議に思っておいでのようですね」 「……興味の範囲で、じゃな」 「此度の交渉は私自身が行わねばなりませんでした。これが答えです」 東堂を知らぬ者が聞けば「?」と疑問が浮かぶ答え。 しかし千歳はこの言葉に「やはり」と呟いた。 「その屋敷は規模からして相当な権力者の屋敷。自分の屋敷の裏手でアヤカシが出現し、それを浪志組が倒す。当然、感謝されるだろう」 「なるほどね」 サミラはそう声を上げると、漸く合点要った様子のケイウスと顔を見合わせた。 「でも、一般人を巻き込みかけたんだ。注意しないと――」 「俺達も、雲や霞を食んで生きている訳じゃない。金は必要だ。俺達の行動の結果、民が安全に、笑顔で暮らしていけるのであれば、どのような仕事も厭わない」 ケイウスを遮った千歳の言葉に、東堂の目が向った。 「あなたは?」 「浪志組所属、藤田千歳と言います」 千歳はそう言って深く頭を下げる。 機会があれば挨拶してみたいと思っていた相手だからだろうか、僅かに頬が紅潮している。 その様子を見て、東堂は穏やかに微笑んだ。 「あなたのように志の真っ直ぐな隊士がいた事、心強く思います。これからもどうぞよろしくお願いしますね」 東堂はそう告げると皆を見回した。 「本当にご苦労様でした。また機会がありましたら、是非お手をお貸しください」 「そうだね。また、縁があったらよろしく」 そう言って微笑んだサミラに、東堂は微笑みをそのままに、静かに頷きを返したのだった。 後片付けも終了し、アヤカシが完全に瘴気に還る頃。 鬼が倒れていた場所に、熾火は立っていた。 「死人に梔子。アヤカシとてしかり」 元より共存できぬ存在。討伐されるのが正しい存在。それを思い、彼女の目が伏せられた。 そうして触れるのは己が角。 「そなた達は何を見て、何思うたか……私も、しかと考え、動かねばな」 熾火はそう呟くと、静かにこの場を去って行った。 |