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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 神楽の都に在る天元 征四郎(iz0001)の屋敷。屋敷と言ってもそう広くない居間の一室で、征四郎と恭一郎、そして妹の五十鈴が顔を合わせていた。 その少し離れた位置には、少なからず話に関わった開拓者も存在する。 「五十鈴。何故家を出たのか、そろそろ聞かせて貰おう。事と次第によっては、至急家に帰す」 そう切り出したのは恭一郎だ。 彼は先程から厳しい表情で五十鈴を見据えている。その表情は浪志組として働く顔でも、普段の優しい面持ちとも違う。 「あたしは恭兄とセイを連れ戻しに来たんだ。2人に一日でも早く家に戻って欲しいんだよ」 勝気な表情で性格も勝気なはずの五十鈴も、恭一郎に睨まれては委縮してしまうらしい。 此処に来た目的を素直に口にした彼女に、恭一郎の口から溜息が漏れた。 「実家に帰れ、か。生憎と俺は戻れない。やる事が残っているからな」 征四郎は如何だ? そう話を振った恭一郎に、難しい表情で話を聞いていた征四郎の目が上がった。 「俺も、戻れない」 「セイ……」 「天元の家は、俺が敷居を跨ぐ事を許しはしない」 征四郎は勘当同然で家を出た。 だからこそ家に戻る資格も、理由もない。故に帰れない――彼はそう言う。 「……恭兄」 「お前1人の我が侭で帰れと言うのであれば、俺達は従う術も、理由もない……そう言う事だ」 わかるね? そう、先程と違って穏やかに語りかける恭一郎に五十鈴の目が落ちた。 「あたしが、我が侭だけで此処に来たって言うのか……我が侭だけでっ……」 悔しげに呟いた五十鈴の目尻に、薄らと涙が浮かぶ。 それを目にして漸く、五十鈴は我が侭だけで此処に来たのではないと知る。 「……五十鈴、何があった」 兄弟の中で唯一の女児でありながら、誰にも負けない気の強さを持っていた彼女。 その彼女が今にも泣きそうになって何かを堪えている。それは異常事態を示しているに他ならない。 「――……純兄が、死んだんだ」 「なっ」 純兄とは、天元家の二男坊で、正式名称を純二郎と言う。彼は恭一郎と征四郎が家を出た後、父と共に道場を支えていたと聞く。 「純二郎が病を患っていたと言う話は聞かない。死因は何だ?」 信じられない。 そう言外に言って、恭一郎が問いかける。 それに五十鈴の唇が横一字に引き結ばれた。 「……あたしが家を出る前日……純兄は、殺された。殺した相手はわからないけど、辻斬りの仕業じゃないかって、さ」 握り締めた手が白く変色している。 今にも泣きだしそうなのを堪えているのだろう。それを見止めて恭一郎と征四郎の目が合った。 「純二郎程の剣の使い手が亡くなった。となれば、相手も相当の手練れだろう。至急、巳三郎に文を送り真偽を確かめよう」 「待てよ!」 あくまで戻らずに事の真実を確かめようとする恭一郎。そしてそれに同意を示す征四郎に、五十鈴の眉が上がった。 「何で……何で、2人とも平然としてんだ! 純兄が死んだんだぞ! 巳兄が父さんと2人で道場護ってるんだぞ! 今すぐ帰ろうって思わないのかよ!!」 天元家の三男坊、巳三郎。 彼は確かに天元の血を引いている。しかし生まれながらに体の弱かった彼は、剣術を学ぶ事は出来なかった。 故に文学を愛し、陰ながら家を支えていたのだが、純二郎が亡くなった今、天元の家を護る男子は父親と巳三郎しかいない。 だから彼は、いつ倒れるかもわからない体を押して、父と共に家を護っていると言う。 「巳兄はいつ発作が起きるかわからない……もし、巳兄まで倒れたら……誰が、道場を……」 五十鈴は悔しげに拳を握り締める。 この場にいるどれだけの人間が、五十鈴の訴えをわかってくれただろう。少なくとも、彼女の兄2人以外は、それなりにわかってくれたのではないだろうか。 しかし―― 「動くのは真実を確かめてからだ。闇雲に動いても失敗しては元も子もないからな」 「……ギルドへ問い合わせれば、少なからず情報が入るかと……俺は、家に戻れないので、真偽が分かり次第、兄上が家へ……」 あくまで家に帰らない方法を模索する2人。その姿に五十鈴の体が小刻みに震え出す。 「戻らずとも家を護る方法はある。それよりも五十鈴、お前は家へ――」 「? 五十鈴……如何し――」 恭一郎と征四郎。2人が不思議そうに声を掛けた時だ。 ブチッ! 何かが盛大にブチ切れる音がした。 「恭兄もセイも、何だってそんなに薄情なんだ! てめぇらには仕置きが必要だ! 後で後悔すんじゃねえぞ!!」 バンッと勢いよく部屋を出た五十鈴に、面食らって黙り込む2人。 出て行く瞬間、五十鈴は目に涙を溜めていた。 相当、2人の様子に頭に来たのだろう。 こうなると何を仕出かすかわからない。 「……征四郎、急ぎ五十鈴を追え。家の事は、俺が確認しておこう」 この声に頷きを返すと、征四郎は仲間に助力を願い、屋敷を後にした。 ●怒れる赤龍 神楽の都から少し離れた森。 其処には数日前から赤蜥蜴と名乗る野盗が現れていた。 その所業は、日ごとに悪くなっていると言う。 「親分。この前の商人、随分を金持ってましたね」 「おうよ。やっぱ都入りする奴らは金の持ちが違ぇな!」 ガハハハハ。 そう品無く笑う無精髭の男は、大振りの刀を置いて毛皮の上に腰を下した。 彼等は森に在る穴蔵を根城にしている。その中には十数人の野盗が住まい、1人の志体持ちに従って行動していた。 「次は、若い女でも狩ってくるか? 上手く行きゃぁ、高く売れるかもしれねえぜ!」 「おっ、良いっすねぇ」 つい先日、彼等は大きな仕事をした。 故に、気も大きくなっているのだろう。次の仕事の算段する姿は実に能天気で、若干警戒心が足りないようにも見える。 「そう言やぁ、その商人が持ってた酒があったな。まだ残ってるだろ、持って来いや!」 「ヘイ、親分……ん?」 無精髭の男の声に立ち上がった小男。その目が穴蔵の入り口に向かう。 「――……な、なんだお前はっ!」 「てめぇらが、赤蜥蜴か!」 戸惑う手下に混じり響いた声。 凛としていて瑞々しい女性の怒鳴り声に、無精髭と小男の目が合う。 「何だぁ?」 「ちょっと見て来やしょう」 そう言って小男が踏み出そうとした瞬間、別の男が転がり込んできた。 「た、大変だ! 殴り込みだ!!!」 「なんだとっ!?」 血相を変える手下の声に目を向けると、其処には紅い瞳に燃えるような赤の髪を持つ少女が立っていた。 少女は無精髭の男を捉えると、持っていた鉄扇を広げて構えを取る。その姿に隙はない。 「朱藩国が赤き龍こと天元五十鈴、てめぇら悪党を成敗しに来た!」 そう叫んだ彼女に、穴蔵に住まう全ての野盗が、武器を手に飛び掛かってきた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
祓(ia8160)
11歳・女・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
レト(ib6904)
15歳・女・ジ
六車 焔迅(ib7427)
17歳・男・砲
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 生い茂る森の中、響く喧噪に交り、開拓者達の駆ける足音が響く。 「戻れないという恭一郎殿と征四郎殿の思いも分からなくはありませんが……何よりも淡々としすぎていたのがいけなかったのかもしれませんね」 志藤 久遠(ia0597)は此処に来るまでの経由を思い出して呟く。そもそも彼等がもう少し誠意ある態度で五十鈴に接していればこのような事にはならなかったかもしれないのだ。 「――今更言っても詮無いことですが……」 彼女の言う通り、後悔は今更。 五十鈴は現に問題を起こし、開拓者達がそれを止めに向かっているのだ。とは言え、彼女の行動は些か予想外。 一行は、見えてきた穴蔵と目の前の騒動に慌てて脚を止めた。 しかし、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)だけは見える穴蔵と、騒ぎ立てる賊の姿に楽し気に声を上げた。 「はははーっ、五十鈴姉ぇますます気に入ったぞ!」 そう言って豪華な造りの刀と小型の銃を取り出す。その姿は乗り込む気満々だ。 そんなヘルゥを見て、六車 焔迅(ib7427)は思わず目を瞬いた。 「あの子も、だけど…………元気、が良い…ね。…少し、あやかり、たいくらい……だ」 おっとり呟く彼には想像つかないのだろう。 彼はふと周囲を見回すと、ある事に気付いた。 彼以外の皆が、戦闘態勢を取り始めていたのだ。理由はどうであれ、この場を放っておけない。 そう皆の意見が無言で重なった結果だろう。 「……感心している場合でも、ないか、な。どういうつもりか…知らない、けれど…とりあえず、助太刀すると……しましょう、か」 焔迅はそう零すと、普段は布に包んでいる漆黒の銃を取り出し、銃身を撫でして構えた。 そこに別の声が響く。 「……俺ぁ子供の元気の良さは好ましいと思うがガキの我が儘は嫌いだ。ま、五十鈴の行動がどっちにせよ……直情径行のヤツは行動力があるさね」 そう零すのは北條 黯羽(ia0072)だ。 褒めているのか否か。 彼女は混乱する穴蔵を一瞥し、皆に目を飛ばした。此れに全員が何かしらの合図を返す。 「……暴れる時ぁ派手に暴れようぜぃ」 ニイッと上げた口角に次いで足が出る。 直後、彼女たちは五十鈴が招いた混乱に乗じて飛び込んで行った。 「な、何だてめぇらはっ!」 突然現れた敵に、賊は狼狽したように声を上げ武器を構える。しかし―― 「ぐあああ!!!」 如何やら志体持ちは居ないと見える。 呆気なく崩れた賊を横目に、レト(ib6904)は更に奥へと足を進め、穴蔵の前を塞ぐ賊の死角に入った。 「よく一人で敵討ちに行こうって言わなかったね……って考えるのは考えすぎかな」 「へ?」 賊からすれば何の事か。 レトは「何でもない」そう零すと深紅に輝く刃を手の中で翻した。 直後、彼女の目の前で賊が崩れ落ちる。 「もしかすると、そこまで考えが及ばないのかも? となると、わざと危機に陥って助けに来て欲しい人がいる……そう云った御気性の方でもないと思いますし……思い付きなら危険すぎます」 「まこと気性の荒き龍ぞ。仕置きと言って飛び出したにしては疑問の多い行動だ」 アルーシュ・リトナ(ib0119)の声に祓(ia8160)はコクリと頷き、それぞれの攻撃を見舞う。そうして倒れる賊を見届けて、天元 征四郎(iz0001)を振り返った。 彼は入り口付近で闘うつもりらしく、足を止めて仲間の動きと賊の動きを見ている。 「だが、荒ぶった龍を鎮める為にも野盗には八つ当たり相手になってもらうとするか」 兄がアレでは話にならない。 祓はそう言いたげに息を吐くと、入り口付近の賊を倒し切った仲間を振り返った。 「思った以上に狭き穴蔵ぞ。武器を振るう際には気を付けた方が良いかもしれぬ」 彼女の言うように穴蔵は思った以上に狭い。もしかすると奥へ進めば広くなるのかもしれないが、其処までが大変そうだ。 「見た所、此処には志体持ちは居なさそうだなぁ。となると、奥に潜んでる可能性もあるかねぇ」 倒れた賊を縛り上げるエルレーン(ib7455)。そんな彼女を横目に黯羽が呟くと、縄を結わき終えたエルレーンが息を吐いた。 その表情は酷く硬い。 「本当……じぶんかって、だね。いったい何を考えてるんだか、ちっともわからないよ!」 声には怒りが含まれており、彼女が五十鈴に対して怒っている事が伺えた。 そんな彼女に同意するよう頷き、レトがふと呟く。 「でも不思議。家から連絡受けた時には肉親が死んだ、なんて話なかったんだよね? どうなってんだか……」 他人の家のこと故、多くは語らないが違和感は覚えている。心配を掛けない為にしても、些か情が薄いと言うか何と言うか。 「俺には知らせる必要が無い……そう、判断したのだろう……五十鈴は、まだ生きているしな」 純二郎は亡くなった。 だが生きている五十鈴は違う。だから遣いをよこした。そして征四郎は勘当同然で報せは必要ない。 それが征四郎の考えであり、彼にとってのせがない事は不思議ではないと言う。 「ここで話していても、何も進みません。まずは、手助けに……お話は、それから」 アルーシュはそう言うと穴蔵の奥を見た。 其処からは未だ喧騒が響いている。 「ったく世話がやけんね!」 レトはそう零すと、皆と共に穴蔵の奥へ足を進めた。 ● 暗がりの中に動き回る人。 その姿を視界に、アルーシュは竪琴を構え、繊細な指を滑らせる。其処から響くのは、聴く者を眠りに誘う曲。 「どうか、道を……譲って、下さい」 音色に倒れ出す賊を前に、エルレーンが飛び込んでくる。彼女はアルーシュの音で眠らなかった賊を片っ端から崩しに掛かっている。 「……自分が動いたことで、まわりがどうなるかっていうことはどうでもいいのかな。そういうのって、私……好きじゃない!」 五十鈴への怒り。それを口に出しながら斬り込む彼女の刃が紅い紅葉を閃かせる。そうしてまた一歩踏み出すと、新たな一撃を見舞った。 「あなたたちなんてどうだっていいけど……でも、こうなったからには、仕方ないね!」 見た所、志体持ちではない面々ばかり。難なく崩せた先で、アルーシュが叫ぶ。 「皆さん……今の内に、奥へ……」 道は狭い。五十鈴に早く合流するには手分けをするべきだろう。そう促す彼女に皆が先に進む。 そしてどれだけ進んだだろう。 「あれに見えるは五十鈴ではないか?」 祓は視界先に見えた、鉄扇を振るう五十鈴と、それを囲う賊に声を上げた。 その上で青銅色の刀身を抜き取る。 「我は此処で安全の確保を担おうぞ。見た所、五十鈴の前に居るのが赤蜥蜴であろう。まずは其処から崩すが良い!」 祓は皆が進む方角に背を向けると、襲い来る敵に向き直った。 五十鈴と対峙する者の殆どは志体持ちだろう。勿論、そうでない者も含まれているが、志体持ちの数の方が多い。 この声に、黯羽は自分よりも前を行く面々を見、黒く沈んだ符を構え直した。 「お前が赤蜥蜴じゃな。アル=マリキが末女ヘルゥ、お前達を成敗しにきたぞ!」 「またガキかッ!」 赤蜥蜴は、ヘルゥの姿を見るや否や、持っていた斧を一気に振り下ろした。 彼等が居る場所は通路に比べれば広い。それでも開拓者と賊、かなりの数が居れば自ずと狭くなる。 しかしその事はヘルゥにとって好都合だった。 「このっ、ちょこまかとっ!」 接近戦や距離を置いての攻撃と、変幻自在に戦闘方法を変化させる彼女は十分に闘い辛い相手だった。 それに加えて小柄な身を生かして動き回るのは更に闘い辛いと見える。 「姉ぇ、兄ぃ、頼むぞっ!」 「何ッ」 突然ヘルゥの姿が消えた。 直後、風の刃が赤蜥蜴を直撃する。此れに赤蜥蜴の巨体が揺らいだ。 だが攻撃はこれだけではない。 次いで視界外から湾曲して迫った銃弾が敵の腕を貫き、武器を落とす。 そして―― 「これで最後じゃ!」 ヘルゥの目が赤く輝き、彼女の銃が火を噴いた。 此れに赤蜥蜴は後方に吹き飛んで崩れ落ち、他の賊が驚いたように目を剥く。 「に、逃げろぉ!!」 「おっとぉ、逃がさねえぜぃ」 慌てた様に駆け出す賊に、黯羽の符が妖しげな光を放つ。 「!?」 退路を塞ぐべく立ち塞がった黒い壁に、賊の足が止まる。そして直後に響いた指を鳴らす音。 此れに次々と賊が崩れ落ちてゆく。 如何やら黯羽が音と共に風の刃を放ち賊の討ち崩しに掛かっているようだ。 勿論、そうした行動を取るのは彼女だけではない。 「……逃げたら、だめ……」 軌道を曲げて迫る弾に肩を撃ち抜かれた敵が、鬼気迫る様子で迫ってくる。そこに透かさず弾を打ち込んだ焔迅は、倒れた賊を見て、仲間に目を向けた。 「あ……危ない」 言葉と共に放たれた弾が、五十鈴の背後に迫る敵を討つ。そしてそれを待っていたかのように、彼女と背中合わせの形で刃を振るっていたレトが敵に止めを刺した。 「さ、降参するなら今のうちだよ? なんて……もう降参してるも同然だけどね」 敵の頭は崩れ、賊全体の統率も切れた。 彼等を制圧するのは時間の問題だろう。 「しかし、つまらない物ばかり持ってるよね」 すれ違い様に拝借した短剣。どう見ても刃こぼれして使い物にならないそれを見やって呟く。 そうして後ろを振り返ると、レトの眉間に皺が寄った。 「……五十鈴、大丈夫?」 誰よりも先に闘い始めた彼女が疲れていない筈はない。 問いかける声に頷きはしている物の、如何見ても限界のようだ。 「五十鈴殿、これ以上は無理です。此方へ!」 久遠の声に五十鈴の首が横に振れる。 久遠は瞳を眇めると、長い槍を短く持って五十鈴の元に駆け出した。 そして彼女の腕を取る。 「五十鈴殿を先に下がらせます」 「! あたしはまだ――」 「残っても邪魔なだけです!」 言葉を遮り言い切った彼女に、五十鈴の眉が寄る。そうして久遠の手を振り払おうとした所で、彼女の鳩尾に槍の柄が入った。 「!」 想像していなかった攻撃に崩れ落ちる五十鈴。そんな彼女を抱え、久遠が出入り口で陰陽術を振るう黯羽を見た。 「行きな」 この声に、久遠は五十鈴を連れ、一足先に穴蔵の外へと出て行った。 ● 討伐した賊を前に、五十鈴は無理矢理座らされる形で開拓者に囲まれていた。 その腕は黯羽が取り、傷の手当てをしている。 「五十鈴よ。何故このような事をしたのだ。場合によっては惨事を招いたかもしれぬ。その自覚がお主にあるのか?」 開拓者達が胸に抱える事はほぼ同じ。 何故五十鈴がこのような行動に出たのか、と言う事だ。 祓は五十鈴を見据えながら静かに問うと、この声に彼女の赤い瞳が上がった。 「朱藩国を出る時、ギルドに寄った。その時、何とかの依頼書があって、そいつ等を始末すりゃ、恭兄……少なくとも、セイのやる事が減る。そう思い付いたから来ただけだ」 だから自分は悪くない。 そう主張する五十鈴に面々は顔を見合わせる。 「やる事を減らす……それの何処が仕置きに――」 「なるだろ。仕事が減りゃぁ、食い潰れる。食い潰れりゃ家に帰るって選択肢も出る!」 「1つやそこらじゃ、依頼は減らねぇな……」 黯羽は呆れたように呟き、傷を癒す為に振るっていた符を下ろした。そうして腰に手を添え五十鈴を見やる。 「へ、減らないならもっと――」 「今、1人じゃないです、皆います。だからそんなに嘆かないで」 「は? 嘆いてなんかいない。あたしは……恭兄やセイに戻ってきて欲しいだけだ」 顔を覗き込んだアルーシュに五十鈴の目が瞬かれる。だが、じっと見つめる視線に居心地が悪くなったのだろう。 五十鈴は合わさっていた視線を逸らすと、僅かに眉尻を下げた。 その様子に久遠が口を開く。彼女もまた、五十鈴の行動には疑問を抱いていた。 「……このようなやり方ではお二人も五十鈴殿の考えを感情に走った行動、としか受け取りません。真剣に方法を考えた上であると示してこそ、話を聞かせられるのでは?」 久遠の声に口端が下がる。 「あたしの考えはさっき言った。それでもあの朴念仁共は聞き入れなかった。なら強硬手段しかないだろ!」 「ですから、このようなやり方では五十鈴殿の考えを汲み取ってはくれません。話す必要があるのでは?」 「話って……」 黙り込んで俯いてしまった五十鈴に、焔迅は首を傾げる。 「困った……ね……」 自らも口下手だが、如何やら五十鈴もその様子。とは言え如何したら良いのかもわからない。 そう思案していると別の声が聞こえてきた。 「わがままだね」 そう言い切ったのはエルレーンだ。 「天元のおにいさんも、征四郎くんも……あなたも。結局自分のつごうばっかり言って、相手の気持ちは無視してる。だいたい……おとうさんは、本当にそれを望んでるの?」 天元家の当主である父親は了承しているのか。 この問いに五十鈴の唇が横一字に引き結ばれた。 「爺は……知らない」 ただ一言零して黙り込んだ彼女に、エルレーンの目が瞬く。その様子に、黯羽が伺うように征四郎を見た。 「五十鈴は、天元家の末娘だ……父上は五十鈴を可愛がり、好きなようにさせている…今回の件も、嗜める事はあっても、激怒する事は無いかもしれない……」 猫可愛がりとは良く言うが、此処までして怒られないのも如何な物か。 「やれやれ……全くここは砂漠以上に乾いておる」 黙り込んだ一同に聞こえるよう響いた声。 声の主ヘルゥは、五十鈴の前に立つと彼女を庇うように皆を見回し、征四郎を見た。 「アル=カマルはの、一面砂漠で耕作もままならん、危険なアヤカシもごまんとおる。そこでは、どんな勇者も一人では生きていけん……では、生きていくには何が必要か、兄ぃにはわかるかの?」 行き成りなんの話だろう。 黙ってヘルゥを見やる征四郎に、彼女は呆れたように息を吐き、言葉を続けた。 「絆じゃ。助け合わんと生きていけないんじゃ……皆赤子の頃からそれを肌で感じておるから、家族を大事にする。その家族の大切さに背を向けておる愚か者がここにおるから、乾いておると言ったんじゃ」 そう言うと、ヘルゥは五十鈴にギュッと抱き付いた。これに彼女は驚いたように目を瞬く。 「じゃから大切さを知っておる五十鈴姉ぇは、大好きじゃ♪」 「……お前……」 驚き、僅かに嬉しそうな五十鈴にヘルゥは無邪気に笑う。そしてその目が征四郎を捉えると、彼女に浮かぶ笑みは消えた。 「……事情も知らずに勝手な事をと言いたげじゃな? 私は言った事は曲げんぞ。私の素晴らしい氏族の名にかけても、の」 この声に征四郎は何も応えない。 それに対してエルレーンが呆れたように溜息を吐いた。 「おうちには戻らないし、戻りたくない。じゃあ、どうやって家を護るつもりなの?」 「……これから考える。俺は、家に戻る事は出来ない……」 「何それ。あの子を安心させてあげなきゃいけないのは、あなたでしょ? しっかりしなさいよ」 そう零した彼女に、征四郎は何も言わず、思案気に五十鈴を見た。 |