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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●??? 薄暗く、カビ臭い室内。 僅かに漏れる薄明かりの下、黒尽くめの男が椅子に座っている。その顔は仮面で覆われており、伺う事が出来ない。 「海道様。先程偵察に向かわせたアヤカシより、天元征四郎が朱藩国に足を踏み入れたとの報告が入りました」 穏やかな声で紡がれる言の葉。 仮面の男は身動き一つせず、その声を聞くと目の前で手足を縛られ、口を塞がれている少女を見た。 燃えるような赤髪に、意志の強い赤の瞳。それが睨み付けるように此方を見据えている。 「……海道様。天元五十鈴を利用し、天元征四郎及び天元恭一郎を誘き寄せますか?」 「……」 沈黙が続き、黒の男――海道・曹司が立ち上がる。 「海道様?」 海道は声に答えるでもなく、少女の前に膝を折ると口を塞ぐ布を取り払った。此れに少女の口が開く。 「この卑怯者っ! 闘うんなら正々堂々と戦えば良いだろ!!」 「なっ……小娘が海道様に何て口を――」 慌てて止めに入ろうとした女性。その動きを止めると、海道は五十鈴の頭をひと撫でし、立ち上がった。 「……藤……源士郎ハ、如何ナッテイル……」 「天元源士郎は未だ生死の淵を彷徨っております。捨て置いても何れは命尽きるかと」 「……消セ……」 「ッ! な、何をい――」 悲鳴のような声を上げた五十鈴。その口を街道の手が静かに塞ぐ。そして彼女が騒げないのを承知すると、藤姫はゆるりと目を瞬き、頷きを返した。 「畏まりました。天元征四郎が天元流道場を訪れる前に処分致します」 そう告げ、藤姫は姿を消した。 残された五十鈴は目に涙を溜めて、声を塞ぐ海道の手に噛み付いた。 ●朱藩国・飛空船発着場 神楽の都から敵襲を逃れて訪れた国・朱藩。 久しく訪れる故郷の雰囲気に、天元 征四郎(iz0001)は僅かばかり戸惑いを覚えていた。と、其処に忙しない足音が響いてくる。 「征四郎! 征四郎は無事かっ!!」 転がり込むように滑り込んできた人物。 包帯を巻き、至る所に負傷を伺わせるその人物は、青ざめた顔で征四郎を見上げた。 「……巳三郎、兄上……?」 久しく顔を合わせる所為だろうか。 妙な違和感に征四郎の顔に戸惑いが浮かぶ。だがその表情は長く持たなかった。 「ぶ、無事か……否、それなら何故、もっと早く来なかった!」 「え」 数年前、最後に会った時の巳三郎は穏やかな文学青年だった。だがその彼が、征四郎に向かい怒声を上げている。 顔を真っ赤にさせ、苛立ちも焦りも、全ての感情を隠しもせずに叫んでいる。 その様子に征四郎は戸惑い、足を一歩後退させた。 「兄上……如何し――」 「父上が……亡くなったッ」 「!」 全身から血が抜ける気がした。 背筋を寒い物が駆けあがり、呆然と目だけが巳三郎を見ている。言葉なんて出るはずが無かった。 瀕死でも生きていると思っていた父が、到着と同時に亡くなったと告げられ、誰が正常で居られるだろう。 「容態が急変、したのですか……?」 違う。 そう首を横に振った巳三郎は、握り締めたままだった手を差し出した。 それに征四郎の手が差し出される。 「……まさか……殺されたの、ですか……?」 手に落された藤の花。それを見た瞬間、征四郎の脳裏に「藤姫」と名乗った女性が思い出された。 「……その可能性が高い」 今朝方、源士郎は血塗られた状態で発見された。 場所は天元流道場にある彼の部屋。 何者かが侵入を果たした上での殺害だったと思われる。だが、誰もその姿を目にしていない。 「私が見付けた時には、既に息は無かった。だから、殺害されたのであれば何かないかと、探した所……花と、これがあったんだ」 「文……」 巳三郎は源士郎の血を僅かに吸う文を差し出し、読むように促した。 其処に書かれているのは五十鈴の所在だ。 朱藩国の街道沿いに存在する洞穴。其処に彼女は居ると言う。 「私は罠だと思っている。それに、お前には道場を継ぐと言う役目もある。五十鈴の事は私達に任せ、お前は道場に戻って父上の葬儀の準備と門下生の統率に――」 「俺は道場を継がない」 「っ、ば、馬鹿を言え! 道場はお前が継ぐ以外ないんだ! 天元流の正式な跡取りはお前なんだぞ!」 「兄上、何を……俺は、勘当された身……」 「お前が家を出た後、恭一郎兄さんが父上に直談判し、勘当は取り消されている。お前は父上も皆も認める天元流の跡取りなんだ!」 「し、しかし……恭一郎兄上は、何も……」 「恭一郎兄さんは、お前に甘いんだ。父上も……皆も……」 征四郎の意思を尊重し、彼が自ら敷居を跨ぐまでは待とうと決めていたと聞き、征四郎の眉が寄った。 険しい表情で巳三郎を見、そして彼の視線が落ちる。 「……五十鈴を、助けに行きます」 「征四郎!?」 「……道場立て直しには、兄上達だけでなく、五十鈴の手も必要でしょう……話は、戻ってから聞きます」 そう言うと、征四郎は巳三郎から文を受け取り、開拓者を振り返った。 「五十鈴の元に行く……おそらく、藤姫と名乗る女も居る筈だ……もし、可能なら……」 一緒に来て欲しい。 その言葉を言うか否か迷う。 そんな彼に開拓者達は各々の答えを導き出すのだった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
祓(ia8160)
11歳・女・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
レト(ib6904)
15歳・女・ジ
六車 焔迅(ib7427)
17歳・男・砲
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 「どうしてなどと馬鹿な事を問うな!」 穴蔵の入り口付近。叫ぶヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)に天元 征四郎(iz0001)は目を瞬いて息を呑んだ。 「私は五十鈴姉ぇが大好きじゃ、征四郎兄ぃも大好きじゃ! 私たちは仲間じゃ、友じゃ!」 怒りとも、悲しみとも取れる表情で叫ぶヘルゥ。その肩にアルーシュ・リトナ(ib0119)が支えるように手を置くと、ヘルゥは一度唇を噛み締め、まるで睨むように征四郎を見た。 「その友の父が殺され、妹が浚われて悲しまん者がおるか、怒らん者がおるか……!」 「征四郎さん。私たちはヘルゥさんの仰る通り、一緒に行くに、決まっています」 そう零してヘルゥの頭を撫でると、アルーシュは伺うように征四郎を見た。 「ただ、お約束して下さい。決してお1人にはならないと。皆で、五十鈴さんを迎えに行きましょう」 今の彼を一人にするのは危険だ。だからこその提案。これに征四郎は異論を口にしなかった。 其処へ北條 黯羽(ia0072)が声を零す。その目は穴蔵へ向かっており、時折入り口から蝙蝠の姿をしたアヤカシが見える。 「さぁて……悲劇の後に一筋の光を投げ入れてみるかねぇ」 とは言え、此処までの事を顧みると、如何も敵の術中に嵌っている気がしてならない。 言うなれば、掌で踊らされている。そんな感じだろうか。 「気に喰わねぇぜぃ。今回の件も罠罠しいしなぁ」 ポツリ零して眉を寄せる。 それに同意するよう頷き、祓(ia8160)は黯羽と同じように穴蔵の先を見た。 「罠であろうと進むしかあるまい。近隣で聞き込んだ情報によると、あのアヤカシは昨今まで居なかったそうだ」 この意味が分かるか? そう問いかけると、志藤 久遠(ia0597)が思案気に頷いた。 「その情報が正しければ、あのアヤカシは何者かによって放たれたと言う事でしょう。これも、藤姫の仕業でしょうか」 「やっぱり狙いは征四郎くんなの? いったい、どうして……」 エルレーン(ib7455)は小さく零して征四郎を見た。そして、手の中の家畜を見る。 これは近隣の住人から買い受けた物で、これからこの家畜を使って穴蔵に突入する。 「救出は正面と回り込んで別の出口を調査する側にと分かれましょう。文の真偽も分かりませんし、用心するに越した事は無いと思います」 「文の真偽なぞ、私にはわからん。とにかく、こんなバカなことをした藤姫や海道の首を取り、五十鈴姉ぇを救い源士郎爺の仇討ちをしたいのじゃ!」 アルーシュに被さる形で放たれたヘルゥの怒りの声。この気持ちは良くわかる。とは言え、闇雲に突っ走って如何こう出来る相手では無い。 「怒りに我を忘れて突っ込んで、五十鈴に何かあったら如何するさね。そいつは望む結果じゃねえだろ?」 「う、うぐ、五十鈴姉ぇがますます危険になるというなら……」 大人しく静まる様子を見せた彼女の頭をひと撫でし、黯羽はもう1人、静かに怒りを覗かせる人物に目を向けた。 「思い詰めた顔してるなぁ?」 そう指摘されたのは六車 焔迅(ib7427)だ。 彼は黯羽の声に目を瞬き、そして不思議そうに自分の胸に手を当てた。 「……不思議です。何だか、腹の中が煮えてます」 「それだけ怒ってるんだろうさね」 「怒ってる、のでしょう、か」 征四郎や五十鈴の父親が亡くなった事。五十鈴が捕らえられている先が判明した事。 それらが焔迅を怒らせている。彼は胸に当てた手を握り締めると、静かに目を伏せた。 「ご冥福を、お祈り致します……が、まだ消えないで頂きたい、ものです」 現から消えるにはまだ早い。これから自分らの行う事を見届けて欲しい。 そう願いを込めて囁いた傍で、レト(ib6904)は何とも言えない表情で立っていた。 「……征四郎」 本当なら慰めの1つでも言うべきだろう。 しかし言葉が出てこない。 そんな自分にもどかしさを感じて視線を外す。が、意を決したように征四郎を見るとゆっくり歩み寄った。 「……征四郎。助けよ、必ず」 五十鈴を奪還したいのは皆同じ。だからこそ必ずそれを成し遂げよう。 そう言った彼女に、征四郎は頷いた。 「エルレーンさん、レトさん、準備は良いですか? そろそろ行きましょう」 アルーシュだ。 彼女はエルレーンとレトと共に別の入り口を探し、其処からの突入を目指す。 「大丈夫」 「私も、大丈夫」 頷いた2人に頷きを返し、彼女達は行動を開始した。 それに伴い、正面から突入する面々は洞穴へ目を向け、準備を整えて行く。 そして―― 「……全力で、お手伝い、します」 焔迅のこの声で、皆の足が洞穴へと向かった。 ● 穴蔵の入り口は、大人2人がギリギリ通れる位の大きさだった。 「ヘルゥ、家畜を放つ手伝いを頼むぞ」 「わかってるのじゃ!」 言って、小柄な2人が洞穴の中に家畜を放つ。 血臭を放って転がる鶏。其処に無数の羽音が響き出す。 「北條殿。狙いは入り口やや左です」 「承知しだぁ」 久遠の導きで狙いを定めた黯羽。 彼女の手の中で、白銀の刃が妖しく光ると、彼女の手と武器を覆うように水の膜が浮かび上がった。 「出来る限り食い尽くせぇ!」 言葉と共に舞い上がった冷気。次の瞬間、浮かんだ水の膜が音を立てて氷り始め、一本の柱に変化した。 そして凄まじい勢いで氷の龍が獲物に喰らい付く。 「やっぱ金蛟鋏にゃ龍を模した攻撃が一番似合うさねぇ…っと、あんま感傷に浸ってる暇はねぇか」 思わず零した声を慌てて拾い、黯羽の目が後方の仲間に向かう。 入り口を塞ぐようにして現れた敵の殆どは黯羽が滅してくれた。これなら難なく奥に入れるだろう。 だからと言って、敵がいない訳ではない。 「ッ、我らが赤龍、返してもらうぞ!」 祓は肌に喰い込む牙を払い捨て、自らの刃を突き入れる。そうして腕を振るうと、目の前の分岐点を見詰めた。 「……情報だと、右、です」 頭に叩き込んだ穴蔵の情報。それを思い出しながら向を指示する焔迅に、一度は止まった足が動き出す。 「うじゃうじゃと湧きおって!」 次から次へと出てくる敵。それを薙ぎ払い、先へ先へと進むヘルゥの手を祓が掴んだ。 「前に出過ぎぞ。我も共に進んでいること、忘れるでないぞ」 1人ではない。そう囁き、ヘルゥの手を放す。その上で目を奥へ飛ばすと、彼女の瞳が鋭くなった。 「来ましたね」 久遠の声に全員が新たな構えを取る。 通路を塞ぐように立った二尾狐。その周囲には吸血蝙蝠が複数浮遊している。 「久遠姉ぇ、見て欲しいのじゃ」 「お待ち下さい」 意識を集中する久遠を守る様に、焔迅が銃弾を放ち、敵を牽制する。その間に、黯羽も風の刃を放って敵を薙ぎ倒し、ヘルゥや祓、そして征四郎もそれに並ぶ。 そうして、久遠の瞳が開くと、彼女は眉を寄せたまま呟いた。 「……全て、本物です」 以前対峙した二尾狐。その内の1体を倒した時、周囲に居た敵が減った。 故に周囲の敵は二尾狐の幻影かと思ったのだが、如何やらそう云う訳ではないらしい。 「全て敵なら……全部切り捨てるだけじゃ。そんな事で、怒れる獅子を止められると思うでないぞ!」 ヘルゥはそう叫んで飛び出す。 此れに祓も続く。 「五十鈴奪還の為にも倒しておかねばならぬ相手。我も参る」 至近距離から放たれるヘルゥの弾丸。それを狐火で遮るが、祓が透かさず駆け込んで通り抜け様に斬り込んでゆく。 其処へ風を纏う久遠が迫ると、二尾狐の胴が真っ2つに割れた。 「此処で体力を消耗するわけには参りません」 囁き、崩れ落ちた敵を見ずに先へと進む。 こうして五十鈴の元を目指す彼等。 この頃、ほぼ時を同じくして別の入り口を発見したアルーシュとエルレーン、そしてレトは、突入すべき場所を見詰め、息を呑んだ。 「ここ、か」 如何見ても真下に落ちる形で付いている穴。別の入り口は此処だけだ。 「ここから、穴蔵の最深部に近くに下りれるそうです。ですが……」 穴を降りる縄も無ければ、どれだけ高いかも不明。正直、下りるのは難しい場所。 「……ここは、敵のけはいがしない」 エルレーンの声に、レトは目を瞬き、改めて穴の先を見た。 そして―― 「あたしが行く!」 「レト……なら、私もいく」 覚悟を決めたレトとエルレーン。 そんな彼女達に、アルーシュも覚悟を決める。 縄もない彼女達がここを降りる方法は1つ。穴壁に両腕を張って行くしかない。 「心眼をつかっておりるから、なにかあったら、いうね!」 この声に頷き、3人は穴蔵を下り始めた。 ● 「五十鈴!」 最近部に辿り着いた黯羽達は、横たわる五十鈴に群がる蝙蝠を見て言葉を失った。 その中で、征四郎が真っ先に動き出す。 普段の彼とは想像もつかない、感情剥き出しの行動に反応が遅れた開拓者達が後を追った。 「蝙蝠と五十鈴を引き離すぜぇ!」 突如現れた無数の壁が、集まる蝙蝠を遮る。其処に前衛の祓と久遠が駆け抜けると、すぐさま征四郎の加勢に入った。 五十鈴に喰らい付く蝙蝠を払って、彼女から離れた所を焔迅が撃ち抜く。 「……狙いが、多い、です」 そう零しながらも確実に撃ち抜く腕は流石だ。とは言え、多過ぎて倒しきれない敵があるのも確か。 「征四郎、それは本物の五十鈴か?」 本物か否か。もし偽物なら征四郎を近付けさせる訳にはいかない。そう言葉を発した祓に、征四郎の目が落ちる。 その時だ。 「ふふん、えっらそおーなこと言ってたくせに! あっさり捕まっちゃって……おばかさぁん!」 群がる敵を払い、上から降りてくる声があった。 エルレーンやアルーシュ、それにレトだ。 「……あの女、煩せぇ……」 ボソッと零れた声は紛れもない五十鈴の物だ。 しかもこの期に及んで口汚いとは。 「五十鈴さん、もう……大丈夫ですから」 アルーシュは擦り切れた手を伸ばすと、五十鈴が負った傷に応急処置を施してゆく。そうして止血処理を終えると、彼女は仲間を振り返った。 「急いでここを出ましょう。エルレーンさんのお話では、潜んでいる敵は居ないそうです」 穴から下へ降りる際、エルレーンに心眼を使って調べて貰った。 穴蔵の何処かに潜む敵はいないか。ここ以外にまだ敵が残っているか。 確かに残る敵はあるが、それは別の道を行かなければ良いだけの話。 「よっ!」 レトは壁の突起に鞭を絡みつけると、一気に五十鈴との距離を縮めた。そして彼女の顔を覗き込んでニッと笑む。 「無事で良かった」 「……無事じゃ、ねえだろ」 そう悪態を零す五十鈴に、レトの指が彼女のおでこを弾く。そうして五十鈴を征四郎が背負うと、再び不満の声が漏れた。 「セイ……足、はみ出てる……」 「黙れ!」 妹に慎重を抜かれている事実への嘆きか、それともあまりに呑気な彼女への叱咤か。その辺は定かではないが、征四郎は妹を背負うと一気に駆け出した。 「撤退支援だ! 頼んだ!」 「任せなぁ!」 レトは襲い来る蝙蝠を振り払い、黯羽に叫んだ。此れに再び黯羽の術が動き出す。 撤退を始める面々の背後。それを塞ぐように迫る壁は彼女が作り出した物だ。 完全に追手を遮る手段として選んだ方法だが、これが功を背した。 「じゃま……しないで、よっ!」 前からくる敵にエルレーンの炎を纏う刃が迫ると、次いで久遠が止めの一撃を振るう。 「なあ、拘束……解いて……」 「今は逃げるのが先であろう。暫く黙っておれ」 この後に及んで無駄口を叩く余裕があると言うのは良いことだ。とは言え、戦闘を邪魔されても困る。 祓は僅かに苦笑を滲ませて言葉を返し、見えてきた出入り口に僅かに胸を撫で下ろした。 ● 洞窟を抜けた先で開拓者を待つ者があった。 「漸く、いらっしゃいましたか。予想よりも遥かに遅い到着ですね」 穏やかに、けれど僅かに棘を含ませて発せられた声に、皆が五十鈴と征四郎を背に庇い、立ち塞がる。 「どういうつもりか、答える気もないでしょうが、若くして多くを背負い、悩む征四郎殿をこれ以上苦しめるというのなら……!」 言って、武器に手を伸ばして、久遠が前に出る。だが、それをアルーシュが引き止めた。 「藤姫……貴女は、人ですか?」 問いながら響かせるのは、アヤカシにのみ響く音。それを奏でながら藤姫の反応を伺う。 これに対し、藤姫は平然と言葉を返した。 「この私が、人間? 失礼にも程がありますね」 失笑。 此れは、アルーシュの問いに対する否定だ。 「あやつがアヤカシならば、私が切り刻んで――」 「待ちな。他にも何か居るぜぇ」 今にも飛び出そうとしたヘルゥの前に出て、黯羽が周囲を探る。そしてその目が藤姫の背後に潜む人影を捉えた。 「藤、下ガレ」 擦れて不明瞭な声に、藤姫は素直に下がった。 そして彼女の前に立った黒尽くめの男――海道・曹司は、仮面で覆われた顔を動かすと、開拓者を辿り、そして征四郎で視線を止めた。 「……征四郎……」 海道の声に征四郎はピクリと眉を動かす。だが彼よりも先に、エルレーンが口を開いた。 「あやしいおねえさんと、おとこのひと……このひとが、海道……」 頭にある情報を整理して零した声だ。 「……征四郎くんのおとうさんを殺したのは何故なの? いったい、何が目的なのッ!」 「目的、カ……復讐……」 言葉を返した海道にアルーシュの整った眉が寄る。 「復讐……お2人のお父様が、天元のお家が何をしたと言うのでしょう……」 征四郎や五十鈴を見ればわかる。 彼等が人に恨まれる様な性格ではないと。では海道は何故、復讐など目論むのか。 「……征四郎さん、覚えは……?」 いつでも攻撃出来るよう武器を構えた焔迅の問い。だが、海道を前にしても、征四郎には思い当たる節が無かった。 「その顔は、覚えがない……って、感じだな」 レトは今にも斬り出したい気持ちを必死に抑え、征四郎を見る。それに対し、今まで黙っていた藤姫が口を開いた。 「御前試合に出場する朱藩国代表を決める予選。其処で対戦した相手を、貴方は覚えておいでですか?」 「……朱藩国代表を決める、予選」 言われて何かが頭を掠めた。 その様子に祓の目が細められる。 「如何なる理由があろうとも、あやつらが外道であることに変わりはあるまい。我が牙で喰い破ってくれる」 怒りを露わに発せられた声だったが、征四郎の方は冷静――否、違う。 静かに海道を見ているがその顔に怒りの色が浮かんでいる。 「思イ、出シタカ」 クッと喉を鳴らし告げる声に、征四郎の手が刀の柄に触れた。 直後、目の前に二尾狐が呼び出される。 「海道様、そろそろかと」 「準備ガ、整ッタカ……。征四郎……決着ハ、イズレ……」 海道はそう告げると、藤姫と共に去って行った。 後に残されたのは2体の二尾狐。それらを前に、開拓者達は怒りや苛立ちを抱え、目の前の敵を討ち払うべく斬り掛かって行った。 |