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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 御前試合、朱藩国代表を決める予選。 当時、この試合には1人の有力候補が居た。 名を海道・曹司(かいどう・そうじ)と言い、彼は朱藩国代表を数度努める程の猛者。誰もが彼の予選突破を信じていた。 しかし、海道にとっても他の参加者にとっても予想外の事が起こる。 「なあ、今年の予選だけどよ。物凄く強い子供が出てるって言うじゃねえか。確か……」 「天元流とか言う流派の坊主だろ。名前は天元征四郎とか言ったか?」 「そうそう、天元征四郎だ」 自らよりも遥かに経験も年も上の猛者達。それらを次々と打ち負かす新星、それが天元征四郎の印象であり、彼が世間に顔を見せた最初の試合でもあった。 「けど天元流って、前に話題に上がったよな」 「アレだろ。御前試合予選直前で失踪した恭一郎とか言う奴の事だろ。アイツは強かったぞ」 「じゃあ、ソイツの弟って事か。ま、何にしても、当たりたくねえな」 同感だ。 そう声を零し、参加者たちは有力候補に征四郎の名を追加した。 そして皆の予想通り、征四郎は次々と試合を突破し、あと2戦で決勝に進む。其処まで進む事が出来た。 「おい、聞いたか? 次の試合は海道と天元だってよ!」 「優勝候補2人の試合か! ソイツは見逃せねえな!」 準決勝第2試合。 これが海道と征四郎が初めて顔を合わせた時の事だ。そしてこの時、悲劇は起きる。 「そうだ。海道と天元の2人を一網打尽にするには今しかない」 準決勝第1試合の勝者が、実力では勝てないと、海道と征四郎の試合で彼等が倒れるよう策略を巡らせたのだ。 結果―― 「海道は、影から放たれた炎に倒れた。奴は全身を負傷……生きているのも不思議な程の火傷と傷を負ったらしい」 征四郎はそう言って、朱藩国にある自宅を目指し、五十鈴を背負って歩いていた。 海道の顔を見た時、彼は仮面で顔を覆っていた。その理由は、彼に施された火傷が原因だろう。 声が歪なのも、声帯を焼かれたから。 彼の生も力も、全て1つの試合で壊された。 そう、天元征四郎と臨んだ、朱藩国代表を決める試合の準決勝で。 「……そんなの、言い掛かりだろ。セイは避けれたんだ。ソイツだって避ける事が出来ただろ」 「……『助けてくれ』、そう言っていたのを思い出した。だが俺は、首謀者を追った……これが、海道の恨みだろう」 目の前で倒れた者よりも、惨事を招いた者を追った。 それが果たして正しい事なのかは分からない。しかし、この出来事が原因で海道が征四郎を恨むと言うのなら、ある程度の合点はいく。 「でも……だからって……爺達まで……」 「……海道は俺が如何にかする……すまない」 足を止め、背負った五十鈴を仰ぎ見る。 理由は如何であれ、征四郎が元で父も兄も亡くなったのだとしたら、五十鈴には申し訳ない事をしたとしか言いようがない。 海道を止め、仇を討たなければ。 そう決意を抱いた時、対面から駆けてくる者があった。 「……あれは……巳兄?」 「征四郎! 五十鈴も無事か……良かっ、た……」 未だに傷の言えない兄、巳三郎。彼が息を切らせて駆けてくるその理由に思い当たる節は1つしかない。 「また、何か」 「道場が……道場が、燃えた……」 ●朱藩国・天元流道場 呆然と立ち尽くす征四郎と、その背に抱かれた五十鈴。そんな2人の目に映るのは、炎に包まれる天元流道場だった。 「……兄上、被害は……」 「門下生は無事だよ……被害は、最小……しかし、父上の遺体は……っ」 巳三郎は唇を噛み締めて俯く。 その姿に、五十鈴が飛び出した。 「待てッ!」 急ぎ五十鈴の腕を掴む。 彼女が何をしようというのかは想像が付く。しかし、今は危険だ。 「爺を連れて来ないと! あたしはまだ、爺に謝ってない! 爺の顔を見ないと……まだ、認められないッ!」 掴んだ腕に縋りつく様に泣き崩れた彼女を見て、征四郎の目が上がった。 「巳三郎兄上、五十鈴をお願いします。それと、恭一郎兄上にも連絡を……兄上なら、海道の居場所を探せる筈」 そう告げ、五十鈴を託して道場に向かおうとした。 だがその足が止まる。 「その必要は無い。道場にはお前の仲間に行って貰う。お前は、此処で俺と勝負するんだ」 「……恭一郎兄上……?」 父親の訃報を聞き付け到着したのだろう。 若干息を切らせて辿り着いた兄、恭一郎の言葉に眉を寄せた。 この状況下で勝負とは何事か。そんな勢いで睨み付けた彼に、恭一郎は言い放つ。 「今のお前では海道に勝てない」 「……」 「勝てば、海道の情報をやろう。但し、負けた場合は大人しくしているんだ。俺が海道を倒す」 到底越えられないと思っている壁。 それが目の前に立ち塞がる。 「兄上……俺は……」 呟き、炎に包まれる道場を見た時、黒い影が見えた。 揺らめく影。紅い炎の中で靡く白い髪は藤姫だ。 征四郎は弾かれたように駆け出そうとした。しかしそれを恭一郎が遮る。 「征四郎。お前の相手は俺だ。余所見をしていると、死ぬぞ」 突如突き上げられた槍に、征四郎の体が飛ぶ。 地面に激しく打ち付けられる体に一瞬だが息を失う。 恭一郎は本気だ。それを感じ取り、征四郎は自らの刀に手を添え、彼を――兄を見据えた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
祓(ia8160)
11歳・女・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
レト(ib6904)
15歳・女・ジ
六車 焔迅(ib7427)
17歳・男・砲
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 飛び散る火の粉、視界を遮る煙に眉を潜め、エルレーン(ib7455)は腕で口元を覆った。 「……すごい、煙……」 噎せ返る様な煙の量が半端ではない。 家具や壁、屋根を焼く火の勢いは納まる事を知らずに増している。 「こいつぁ、急がなねぇと駄目だなぁ」 水気を帯びた北條 黯羽(ia0072)の腕が掲げられる。 同時に現れた黒の壁が、炎に包まれる屋敷の中を突っ切った。それに合わせて志藤 久遠(ia0597)が駆け出す。 「敵は後回しです。まずは目的の場所までっ!」 「道だったら任せろ。エルレーンも道案内、頼むぜい」 屋敷に突入する直前、巳三郎から亡骸が安置される部屋を聞いていた彼等に無駄はない。 そんな中、巨大な魔槍砲を手に後方を進む六車 焔迅(ib7427)の表情は険しく、彼の瞳は注意深く辺りを見回していた。 「……俺に、は……分かり、ませんが…あの方なり、に……何か、考え……がある、のでしょう」 口や鼻は布で覆ってある。その為に声が潜って聞こえ辛いが、それでも雰囲気と言うものがある。 焔迅が何に対してそう呟いたのか、アルーシュ・リトナ(ib0119)にはそれが分かっていた。 「きっと、何かあるんです……信じましょう」 出発前、アルーシュは恭一郎に状態異常回復を施した。故に彼が天元 征四郎(iz0001)へ刃を向けたのは彼の意志だと判断した。 ならば、そうするには何か理由があるはず。でなければ、泣き続ける五十鈴を放ってあの様な行動に出れる筈がない。 「……でも……だからって……」 アルーシュの声が聞こえたのだろう。 黯羽と久遠と共に火の道を切り開くエルレーンの声に、久遠がチラリと彼女を捉えた。 「たしかに、もう生きてないけど……だからって……」 噛み締めた奥歯。込み上げる怒り。 やり場のない感情を振り払う様に突き入れた刃が、崩れかけた壁を壊す。 「久遠!」 「火兎2体。一気に抜けます!」 吹き込む風。それと共に飛び出してきた火を黯羽の壁が遮る。その間、冷静に前方を見据えた久遠が大身槍を振り上げた。 途端に上がる風に流され、炎が螺旋を描いて舞い上がる。 「邪魔しないでよッ……あっちいっちゃえぇ、アヤカシッ!」 炎に包まれる火兎に、エルレーンの紅蓮に輝く刃が迫る。彼女は仲間が通るべき道を背に立ち塞がると、次の瞬間、大きく踏み込んだ。 月を描く見事な一閃。 それが火兎の耳を裂くと、次いで砲撃が迫った。 「……命中、です……」 「ありがと!」 快活に叫ぶエルレーンに、焔迅は頷き、前へ進む。 やはり何度考えても、天元兄弟の行動の意味は理解できない。それでも理解できるのは、今彼等の父親の亡骸を無くしたら、五十鈴が気の毒だと言う事。 「邪魔、は…させま、せん……!」 更に立ち塞がる火兎の群、其処に照準を合わせて力を充填してゆく。 その間にも黯羽や久遠は前へ進んでいた。 「アルーシュ、そろそろだと思うんだが、如何だぃ?」 「はい……巳三郎さんが言ってらした、お父様の寝室はこの先です」 「焔迅、ぶっ放せ!」 「……了解、です……志藤さん、退いて…くださ、い……」 集約される練力。それらが集まるのを感じ、焔迅の指が引き金に掛かった。 それとほぼ同時に久遠が飛び退くと、皆の前で道を塞ぐ壁に向かって凄まじい勢いの光線が放たれた。 前方に立ち塞がる火兎を巻き込んで壁に直撃する光。それが他の爆発を招くのを見定め、黯羽は新たな壁を作り出した。 そう、中で眠る筈の源士郎を守る為に。 「お父様を見つけました! みなさん、急いで!」 残された時間は少ない。 アルーシュは持って来た毛布に岩清水を大量に掛けて濡らすと、すぐさま源士郎の体を包み込んだ。 「……行こう!」 エルレーンの声に頷き、アルーシュは室内を見回した。 燃え盛る炎。その中には生活で使用していた家具や、掛け軸なども見える。 「アルーシュ殿?」 「あ、ごめんなさい……でも、少しだけ……」 そう言った彼女に、久遠を含めた面々が、彼女と源士郎の亡骸を囲んで武器を構える。 「炎が強まってるぜぇ。アルーシュ、急げ」 「はい!」 力強く頷く彼女に次いで焔迅の砲撃が、久遠の刃が、そしてエルレーンの刃が放たれた。 ● 「ちょ、ちょっと待てよ!」 他の仲間が燃える屋敷に突入した直後、レト(ib6904)は目の前で刃を向け合う兄弟に戸惑いを覚えていた。 「こんな非常時に何はじめようってのさ!」 如何考えてもおかしい。 そう主張する彼女に、共にこの場に残った祓(ia8160)も頷く。そしてヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)もまた彼女に同意する。 「レト姉ぇの言う通りじゃ」 じゃが……。 そう言葉を切ったヘルゥにレトの目が見開かれる。 「まさか、ヘルゥまでこの2人に賛同する気じゃないだろうな! どんな考えがあろうがなかろうがそれどころじゃないだろ!」 腕を広げて主張する彼女に、傍で腰を抜かすように座り込んでいた五十鈴の目が向かった。 その目に武器に手を伸ばすレトの姿が見える。それに紅の目が見開かれた。 「レ――」 レト。そう叫ぼうとしてヘルゥに遮られる。 「あんた達の身内だろ! それがこんな事になって、一番に駆けつけなきゃなんないのはアンタ達じゃないの!?」 まるで泣き声のように響く声。それに一瞬だが恭一郎と征四郎の目が動いた。 しかし、2人は構えを解かない。 「あの様子を見てわからんか。2人には……いや、少なくとも恭一郎兄ぃには、今やらねばならん理由があるんじゃろう。ならば我が氏族の名に懸けて、この勝負を見届けよう」 「ヘルゥ!」 まさかとは思っていたが、彼女は2人の闘いを静観しようと言うらしい。その事に叫ぶが、それとほぼ同時に大地を蹴る音がした。 「!」 振り返った先でぶつかる槍と刀。双方互いに退く様子の無い競り合いに、レトの目が見開かれる。 「何で……何で、なんだ」 わからない。そう奥歯を噛み締め、ふと五十鈴に目が向かった。 彼女は巳三郎と共に2人の兄を見守っている。その視線は真剣で、何かを見極めようとしているような、そんな色さえ伺える。 「……何か、考えが、ある?」 思わず口を吐いた言葉に、今までの恭一郎の行動を思い出す。 弟を影から守る様に動いてきた兄、恭一郎。その彼が果たして何の理由も無しに征四郎に刃を向けるだろうか。 「……行かせちゃならない理由がある。しかもそれを直接言えない状況だ、とか? だとしたら、海道と藤姫……奴らの狙いはあくまで征四郎で、道場を燃やしたのも全部罠……?」 紡ぎ出される見解。 何処まで、何があっているか分からない。 それでも出てくる考えを全て出し終え、行き付いたのは「征四郎」だ。 「わかんないけど……最終的に征四郎狙いに執着する筈。それなら――」 レトは五十鈴と巳三郎を見詰め、キュッと唇を噛み締めた。 「征四郎。その程度では、俺を倒すなど笑止千万。道場を背負う器もない!」 炎を纏い突き入れられた刃。それを刀の背で受け流すと、彼の腕が風圧で裂けた。 やはり恭一郎は強い。彼に敵うにはまだまだ修行が足りないと言えるだろう。 しかし―― 「此処で負ける訳にはいかない。今を逃せば、先はない」 ザッと踏み締めた大地。と、次の瞬間、再び刃がぶつかり合う。 「凄い気迫じゃ。しかし、今の台詞は……」 「征四郎は恭一郎兄上に遠慮して跡目を放棄したのです。恭一郎兄上も然り。2人共、互いを跡目に相応しいと思い身を引いたのです」 「そうか。それが、征四郎兄ぃの負い目なのじゃな」 「征四郎は恭一郎兄上を追い出したのは自分だと信じています。そして、兄上を越える人間にならなければ、跡目を継ぐ資格もない。そう思っているのです」 幼い頃、征四郎が生まれるまで、恭一郎は天元流跡取り候補だった。それも実力、血筋共に一番の。 しかし征四郎が生まれた直後、それは一変した。 正妻の子でない恭一郎は、正妻の子である征四郎に跡取り候補として負けたのだ。ただ血が濃いと言う理由だけで。 周囲はそれに反発。恭一郎と征四郎を中心に天元流は2つの勢力に別れようとしていた。 そこで恭一郎は幼い征四郎を残して家を出たのだ。 「征四郎は幼く力の無かった自分を嘆いたようです。だから力を欲して家を出た。そうすれば、恭一郎兄上が戻ってくるとでも思ったのでしょう」 弟の為に身を引いた兄と、兄の為に身を引いた弟。 どちらも似ただけ不器用だ。 「この勝負……セイが勝てば、爺もセイを認めてくれる……そんな、気がする」 巳三郎とヘルゥの言葉を聞き、五十鈴が呟く。その声に頷きを返すと、巳三郎は改めてヘルゥを見た。 「如何しますか?」 真っ直ぐに問いかける声。それに自分の故郷での出来事を思い出す。 その上で出した結論は、 「――わかった。見届けるのじゃ」 ヘルゥはそう言って、恭一郎と征四郎を見た。 勝負は五分と五分。 実力的には恭一郎が上だろうが、征四郎も負けてはいない。此処まで開拓者と共に闘った経験が彼を動かしているのだろう。 そして双方が後方へ引いて間合いを取ると、2人は一気にそれを詰めに掛かった。 一瞬にしてぶつかる衝撃。 恭一郎の刃が征四郎の喉を狙い、征四郎の刃が恭一郎の喉を狙う。 どちらも生を奪うための技だ。 「っ……」 目の前で飛び散った鮮血に、気配を消して待機するレトが息を呑む。 膝を着く2人に、ヘルゥは息を吸い込んだ。 「勝負ありじゃ!」 首を抑えて座り込んだ恭一郎と、片膝を着いたまま踏ん張る征四郎。それに五十鈴が駆け寄った所で、レトが叫んだ。 「待て!」 恭一郎の背後に忍び寄る影。 咄嗟に飛び出した彼女は、恭一郎と影の間に身を滑り込ませた。そして眼前に見えた紫の双眸に目を吊り上げる。 「お前っ、藤姫ッ!!!」 ● 空気を裂いた鞭。それに合わせて舞いあがった藤の花に、ヘルゥが武器を構える。 間髪入れずに撃ち込まれる弾が、恭一郎を狙う藤姫を完全に後退させた。 「素早い対応、お見事です」 淡々と放たれた言葉に、レトとヘルゥは藤姫、征四郎と恭一郎の前に立つ。今の彼等にこのアヤカシを近付ける訳にはいかない。 「2人で何が出来ると言うのですか?」 「……あたしたちは2人だけじゃない」 そうレトが言葉を発した時、屋敷の方からも人の足音がしてきた。音元は、源士郎の遺体を抱えた仲間の物。 「勝負は無事終わって、厄介もんがご登場かぃ。良い御身分だなぁ?」 黯羽が透かさず風の刃を放つ。 それを同じ風の刃で相殺すると、藤姫は緩やかに全体を見回した。 「状況判断、行動力、戦闘能力。共に平均以上と認めましょう。そして、天元征四郎」 彼女は征四郎に目を向けると、ゆっくりと片手を上げた。 明らかに何かしようとするその動きに、久遠が前に出る。しかし、藤姫は攻撃を仕掛けない。 「貴方を、天元恭一郎と同等の力を持つ者として認めましょう。故に、海道様の脅威と成り得る存在とし、私の力を持って貴方を排除します」 「させません!」 風を切る槍の音。それに合わせて紅蓮の紅葉が舞うと、藤姫の周囲に2尾狐が召喚された。 だが―― 「――ッ」 藤姫の腕を裂いた槍が、1体目の2尾狐で召喚を阻止する。視界に入っていた敵の動きが詠めなかったのだろうか。 再び後方に退く事で体勢を整えた藤姫は言う。 「これが……人の感情」 「藤姫。貴女に問いたい事があります。なぜ、手を貸しているのですか? あの人に。人であるなど失礼だと笑う人間に。あの方だけは違うと言うのですか?」 素朴な疑問だった。 アルーシュは源士郎の亡骸を抱きしめたまま叫ぶ。その姿に藤姫は1つ目を瞬き、そして口角を上げた。 「そうですね。特別である事は違いないでしょう。海道様は私の為に生きているのですから」 「どういうこと……?」 藤姫の答えに、エルレーンは眉を寄せる。 アヤカシと人は相容れぬはず。捕食する者とそれを退治する者。 そんな相容れぬ存在同士が協力し合う理由が、「藤姫の為に生きている」。それは一体どう云う事なのか。 「それ、よりも……なんで、ここまで……ただ…苦しむ様、が見たい……だけとか、なら悪趣味…です、ね」 焔迅は燃え続ける屋敷を視界に呟く。 顔には怒りが刻まれ、彼は今にも藤姫に刃を剥きそうな程焦れている。 「海道様が望むからです。他意はありません」 彼女はそう答え、恭一郎に目を向けた。 「大変残念ですが、これ以上此処に留まるのは得策でないと判断しました。よって、貴方がたの始末は保留と致します」 ふわりと舞い上がった髪。 次の瞬間、彼女は忽然と姿を消した。 ● 「ここまでやらなくても良いだろうに……しっかし、何やかんやが凝り固まって豪いコトになってる人間ってぇのの見本な感じだなぁ」 黯羽は恭一郎の怪我を治療しながら呟く。 彼女は2人の闘いについて敢えて触れない。彼等には彼等なりに思う事があってだと思うから。とは言え、此処まで派手にやるとは思わなかった、が。 「首、切れてます、ね……あと、少しで…ザックリ、でした……」 焔迅の言葉通り、恭一郎の首の傷はかなり際どい。もし征四郎が狙ってそうしたのなら、相当の腕と言って良いだろう。 「それにしても、言葉よりも刃でかわす想いもあるとはいえ……兄弟揃って、不器用にも程がありますね」 似た物兄弟と言えばそれまでだが、此処までだと正直呆れて何も言えない。 久遠のその声に、レトが同意するように頷く。 「でも、無事で良かった。源士郎も、さ」 「のう、恭一郎兄ぃ。アル=カマルでは末子相続が基本でな。兄姉達は優しくはあったが、同時にその弟妹が氏族の名を背負う者として強くあるよう、自分の力を伝えようと厳しくもあったのじゃ」 そう言って、恭一郎の前にしゃがんだヘルゥに、彼の大きな手が伸びる。 「少なくとも、誇り高き我がアル=マリキの一族はそうじゃ。今日の恭一郎兄ぃを見ていたら、そんな私の優しい兄姉を思いだしての」 ニカッと笑った彼女の頭に手を乗せると、恭一郎は穏やかな視線を注いで、ゆっくり其処を撫でた。 そして、源一郎の亡骸を前に涙を流す五十鈴と征四郎へ、アルーシュは一冊の書を差し出した。 「巳三郎さんから聞いて、持って来ました。少し隅の方が焼けてしまいましたが、どうぞ」 彼女が焼け落ちる屋敷から持ち帰ったのは、源士郎の日記だ。其処には彼の思いが亡くなる直前まで書かれている。 「っ……ありがとうッ!」 五十鈴は両手で抱えるようにそれを受け取ると、思い出を抱きしめるようにして蹲った。 それを見詰める征四郎に声が掛かる。 「……あんまり、泣かせちゃだめ、だよ。うるっさい、わがままな女の子だけど……かわいそうじゃないか」 振り返った先に居たのはエルレーンだ。 彼女の目には怒りのような色が浮かんでいる。それを受け止めて頷くと、征四郎は改めて五十鈴を見て小さく拳を握り締めた。 |