赤龍と青龍の仇敵
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/30 02:07



■オープニング本文

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●神楽の都
 遺体の上に添えた守り刀。それを包むように手を組み合させた。
 天元源士郎。消えかけた天元流道場を盛り返し、現在に至るまで数多の開拓者を世に送り出してきた人物。
 本来であれば彼が護って来た道場で葬儀を行うべきだった。だが、道場は藤姫及び、海道によって崩され、今では燃え跡が残るのみ。
「征四郎」
 天元家が第一子、天元恭一郎は末の弟、天元 征四郎(iz0001)に声を掛ける。其れに父の顔を見ていた彼の目が動いた。
「準備は出来ているか?」
――何の。
 そう問わなくてもわかる。
 恭一郎の首に巻かれた包帯は、征四郎が原因だ。兄を越え、父に認められる為、その為に本気で兄に挑んだ。
 その結果、征四郎は兄を越え、1つの壁を越えた。これも一重に彼を支える者達の力があってこそ。
 そして兄を越えた今、征四郎には成さなければならない事がある。
「勿論です。海道に挑み、父上の仇を討ちます」
 逆恨みと言っても過言ではない攻撃の数々。アヤカシを使い、恨みを晴らすと言っても限度がある――否、海道・曹司(かいどう・そうじ)がアヤカシの手を取った時から限度など無かったのかもしれない。
「海道は神楽の都の寺に潜んでいる。場所は此処に記してある通りだ」
 言って、恭一郎は一枚の書を征四郎に差し出した。
 其処にはどうやって調べたのか、海道の潜伏先及び多くの情報が載っている。
「奴は確実に其処に居る。ただ、姿を現すには条件があるらしい。それを満たしている時こそ海道を討つ絶好の機会だろう」
 海道が寺に姿を現すのは、新月の夜。しかも人気の気配が消え、本来響くべき虫の音さえしない時に限ると言う。
「つまり、強襲の際は音と気配に気を付ければ良いのですね」
 征四郎は容易く言うが簡単な事ではない。
 生きている以上、気配は存在するし、音も息をすれば呼気が、歩けば足音がする。
「必ずや、海道を討ち父上の前に戻ってきます。その時こそ、天元流を正式に継ぎたいと」
「……五十鈴は如何する?」
 父の亡骸を目にしてから部屋に籠り切りな妹。今の様子では外に連れ歩くのも難しいだろう。
「置いて行こうと思います。兄上、五十鈴をよろしくお願いします」
 海道や藤姫が奇襲を仕掛けない保証は無い。
 警戒するに越した事はないだろう。そう言葉を向ける征四郎に恭一郎は頷きを返した。
「見送りはいるか?」
「いえ、出迎えだけで充分です」
 そう言葉を零し、征四郎は深々と恭一郎と亡き父に頭を下げた。

●想い
 夜までは時間がある。それまでは他者の邪魔にならないよう、身を潜めているのが賢明だろう。
 そう考え、土手下の川沿いを歩いてゆく。見晴らしは放置された雑草の群によって悪い。
 歩き辛くも、人目を憚れるのは好都合だ。
 征四郎は静かに息を吐き出すと、無意識に昂っている感情を呑み込むように目を閉じた。
 それに合わせて自然と足が止まる。
「……出来る、だろうか……」
 場合によっては海道だけではなく藤姫も相手にする事になるだろう。もしそうなれば1人で相手しきれるものではない。
 だが、負けられない理由がある。
 此処まで幾度となく奇襲を受け、大事なモノを幾つも失ったのだ。海道には見舞っても、見舞っても、足りない屈辱や怒りがある。
「……やるしかない」
 零し、ふと目を落とした先に、自らの刀が見えた。
 師である父から譲り受けた宝珠の嵌った刀。強力な風を封じ込めてあり、未だに使いこなせない逸品でもある。
「最後まで見せる事が、出来なかったな……」
 いつか完璧にこの刀を使いこなす。そう父と約束したが、未だにそれは果たされていない。そして、それが果たされる事も、今後無いだろう。
 征四郎は彼方の柄に手を添えると緩くそれを握り込んだ。
 脳裏に巡る父との短い思い出。振り返れば剣術の修業ばかりで、親子らしい事はしてこなかった。だが、それでも、父は父だった。
「……行くか」
 海道がいると言う寺まではまだ距離がある。ゆっくりでも近付かなければ。
 そう思い足を動かした時だ。
「天誅っ!」
「ッ!?!?!?」
 背中に衝撃を感じた瞬間、地面と正面衝突した。
 何が起きたのか全く持って意味不明だ。
「この馬鹿っ!」
 ゲシゲシと踏みつけられる背中に、征四郎は「ああ」と苦笑いを零す。良く聞けば聞き覚えのある声ではないか。
「五十鈴……踏むな……」
「踏むに決まってるだろ、馬鹿セイ!」
 尚も執拗に蹴る五十鈴に、待ったが掛かった。
「まあまあ、征四郎君も悪気があった訳じゃないし。ただ皆を巻き込みたくなくて1人で突っ走っちゃっただけだから」
「『だけ』じゃないだろ!」
 五十鈴は後を着いて来たらしいギルド職員の山本に向かって叫ぶと、改めて征四郎を見た。
 その目は明らかに怒っている。
「あたしも一緒にいくぞ! それに、コイツ等もだ!!」
 そう言って五十鈴は山本が集めてくれた開拓者達を示した。
 その様子に起き上がった征四郎は、集まった面々を見回して目を瞬く。「何故」そう問う勢いの彼に、五十鈴は言う。
「セイはあたしの大事な家族だ。爺……ううん、お父様が亡くなって、純兄が亡くなって、セイまでなんて……あたしには耐えられない!」
 自分の大事なモノは自分で守る!
 そう言い切った彼女に征四郎は目を瞬いた。
 決して楽な闘いではない。もしかすると五十鈴も危険に巻き込む可能性がある。
 それに、彼女に着いて来た開拓者等も。
「……俺は……」
「嫌だって言っても付いて行く! あたしにはその権利があるんだ!」
 多くを失ったのは征四郎だけではない。五十鈴もまたそうなのだ。
 その事に征四郎は口を噤むと、彼女の後ろに立つ開拓者等に目を向けた。
「五十鈴の安全を第一に、協力願えるだろうか」
「! セイ、あたしは――」
「無鉄砲で我が侭な妹だが、心根は真っ直ぐな武人なんだ……今、失うべき命ではない」
 そう零して頭を下げた征四郎に、五十鈴は言葉を失った。それでも静かに征四郎と開拓者等を見比べる。
 彼等ならきっと良いと言ってくれる。そう、信じて……。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
祓(ia8160
11歳・女・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
レト(ib6904
15歳・女・ジ
六車 焔迅(ib7427
17歳・男・砲
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

 時は昼を過ぎ、夕餉の時刻に差し掛かる頃。
 草木に囲まれた廃寺を視界に、天元 征四郎(iz0001)は静かに座していた。
 彼が腰を据えるのは冷たい石の上。
 彼に同行を申し出た五十鈴や開拓者等は聞き込みの最中で、志藤 久遠(ia0597)とエルレーン(ib7455)だけが彼と共に廃寺の監視と言う目的でこの場に残っていた。
「ここまで来て、ようやく反撃の機会を得られましたか」
「うん。今までとは違う……」
 今度は私達たちから。
 そう零すエルレーンに先に言葉を切った久遠も頷く。
 思い返すと此処まで長かった。
 そう思うのは久遠やエルレーン、そして征四郎だけではないだろう。きっと今回の件に関わった者の殆どが、そう感じている筈だ。
「既に失われたものも多く……それでも、今からでも守れるものもありましょう。お付き合いしますよ、とことんまで」
 久遠はそう言葉を口にし、征四郎と目を合わせた。その様子にエルレーンも力強く頷く。
「終わらせよう、こんな因縁なんて!」
 心強い言葉は征四郎の心に深く染み込んでゆく。それを噛み締めるように目を細め、彼は僅かに頭を下げた。
「……感謝する」
 言って、自らの手に視線を落した。その脳裏には、これまでの出来事が蘇っている筈だ。
 そしてそれを覗き込むよう、声が降ってきた。
「征四郎兄ぃ、何を見ておるんじゃ?」
 振り返った先に居たのは、情報収集からいち早く戻ってきたヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)だ。彼女は人懐っこい表情で首を傾げると、先程まで彼が見ていた手を見た。
「私の手に比べたら大きな手なのじゃ」
「それは……年齢的に、致し方ない」
「そう言う事ではないのじゃ。確かに年齢は征四郎兄ぃの方が上じゃが、それ以上に征四郎兄ぃの背負う物の大きさを考えて、じゃな……」
 ムムムッと呟くヘルゥに、征四郎は手を幾度か握ったり開いたりして小さく笑った。
「言いたい事は大体わかる……それで、何かわかったか?」
 そう問いかける征四郎に、ヘルゥは「おお、そうじゃった」と頷いて彼の隣に腰を下した。
「私が聞いた範囲じゃと、事前に恭一郎兄ぃが聞いてくれたこと以外に出て来なかったのじゃ」
 彼女はこの近辺で擦れ違う人に情報を収集していたようだ。その結果は今、口にした通り。
 廃寺には人の出入りする雰囲気はなく、ひっそり静まり返っていると言う。ここ最近、誰かが出入りした痕跡等も無いらしい。
「しかし、征四郎兄ぃも吹っ切った、五十鈴姉ぇも一緒に行く、ならば私のやることは私の全力で敵を倒すだけ……そう、思っておったのに、まずは隠密行動とは……」
 現実は厳しいのじゃ。
 元々隠密行動その他が苦手なヘルゥにとって、今回の条件は些か厳しい物があるようだ。
 不満げに項垂れた彼女に目を瞬いていると、別方面から声が響いてきた。
「なぁに虐めてるさね」
「! なっ、虐めては――」
「クク……大丈夫。本気で虐めただなんて思ってないさね」
 あまりに必死な返しに、喉奥で笑いながら北條 黯羽(ia0072)が零す。
 彼女は俯くヘルゥの頭を撫でると、迷う事無く皆の前に立った。
「ヘルゥの報告を加味しても、其処の廃寺はキナ臭いぜぇ。大人は勿論、子供ですら近付くのを嫌がる不気味ささ。何でも、数年前に疫病が流行ったとかで、それ以降寺に近付く者はいないんだとか」
「疫病?」
 思わず誰ともなく問い返す声。
 それに黯羽が答えようとした所で、別の声が答えを添えた。
「廃寺に近付く者は疫病に掛かる、かのう?」
 御名答。そう黯羽が頷き、振り返る。
 其処に居たのは祓(ia8160)だ。
 彼女は思案気に目を落し、そして廃寺を見た。
「厳密には疫病ではないのかも知れぬ。それでも体調不良を訴える者は多くいたと聞くぞ」
 祓の言う疫病とは、種類も様々。
 吐き気を訴える者、風邪と似た症状を訴える者、寝込む者など、それこそ人の数だけ症状があると言う状態。
 ただそうなるには必ず原因があった。
 その原因が『廃寺に近付く』と言う物だ。
 誰かが意図してそう仕向けたのか、そうならざるを得ない何かがあるのか、実に興味深い話だ。
「……今は、入ら…ない方が……良いで、しょうから…詳し事、は言え……ませんが……あの、寺には何、かあるの……でしょう、ね…」
 いつの間に戻って来たのか、六車 焔迅(ib7427)が首を傾げながら言う。その隣にはレト(ib6904)や五十鈴の姿もあった。
 レトは五十鈴の暴走を止める為に彼女に同行していたが、幸いな事に五十鈴にそうした兆候はなかった。
 廃寺の情報を集めるのを手伝ってくれ、今も突っ込む事無く皆に添う形で大人しくしている。
 そんな五十鈴を見、レトは征四郎にその目を向けた。
 その視線に征四郎の首が傾げられる。
「あ、いや……さっき、返事しそびれたな、と」
「?」
 何の事だろう。
 そう、更に首を傾げる征四郎に、レトの眉間に皺が寄った。
「だからっ、『五十鈴の安全を第一に、協力願えるだろうか』って言った、アレだよ!」
 何でわからないかな! そう叫んだ彼女に、周囲は苦笑し、征四郎は「ああ」と声を零す。
 何とも会話が成立し辛い人物である。
 そもそも征四郎は言葉が少ない上に、積極的に会話を成立させようとする人物でもない。その為に多々誤解を受けるのだが、短くも長い付き合いである、その辺はだいぶ慣れた。
「はあ、もう良いよ……とりあえず、任せておきなって。五十鈴に関しては当然だろ?」
 諦めたように息を吐いたレト。
 そんな彼女の同意を求める声に、この場の全員が頷く。
「戦闘が始まれば、直接守る事は出来ないかもしれません。それでも出来る限りの事はします」
 最後にこの場に戻って来たアルーシュ・リトナ(ib0119)は、そう言葉を添えて五十鈴に微笑みかけた。
 その上で彼女もまた、廃寺を見る。
「大きな情報は出ませんでした。それにしても、恭一郎さんはこれらの情報を何処から持ってきたのでしょう」
 情報の出所は一切不明。
 それでも恭一郎が信用する筋からの情報である事から、これら……否、海道の出現条件だけは最低限間違いないだろう。
「全てお1人で背負わないと良いですけど……」
 藤姫は恭一郎を意識していた。故に彼が狙われる可能性もある。
 勿論、彼自身その辺は心得ているだろうが……。
「何にしても、ようやくこちらの先手。この時をどれほど待ったことか」
 祓は感慨深げにそう零し、大きく息を吸い込んだ。
 こうでもしなければ、昂る感情を納める事は出来そうもない。それは彼女だけでなく、この場の誰もがそうだったかも知れない。
 祓は吸い込んだ息をゆっくり吐き出し、そして己が手を握り締めた。
「……首を洗って待っておれ、海道曹司。今こそ年貢の納め時だ」
 この声に誰ともなく頷きが返される。
 もう直ぐ夜の帳尾が下りる。その時こそ、海道との決戦の時――


 本来なら月が姿を見せる時刻。
 いつもの薄明かりすら望めないそんな闇の中、静かに、音もなく動き出す者達が居た。
「レト姉ぇ、深追いはするでないぞ」
 そっと握られた手。それを握り返したレトは、神妙な面持ちで頷いた。
 彼女はこれから単身、廃寺に乗り込む。その機会はアルーシュが伺う事になっているのだが、海道発見までの道中は彼女1人だ。
 しかも、海道を発見しても仲間が駆け付けるまでには時間が掛かる。その間、何が起こるか分からない以上、不安も大きい。
 それでもこの役目は彼女にしか出来ない物だ。
「レトさん、合図の準備は大丈夫ですか?」
 呼子笛の装備を確認し、アルーシュは彼女の安全を願う。その上で耳を澄ますと辺りに気を配り始めた。
 既に周囲は静まり返っている。
 音があるとすれば開拓者等が居るこの場くらいの物だろう。それでもこの場所は廃寺から僅かに離れているので、条件的には然程問題もない。
「……負けんじゃないよ?」
 レトはニッと笑って征四郎の腕を叩いた。
 その仕草に征四郎が頷くのを見て、彼女は動き出す。とは言っても、まだ息を潜めるのみ。
 行動は、アルーシュの合図があってから、だ。
 空に月はなく、木々を揺らす筈の風もない。加えて徐々に静かになる虫の音に、開拓者等は無意識に息を詰める。
「………?」
 不意に、アルーシュの手が動いた。
 レトの服の袖を引いて頷く。
 此れは全ての音が消え、突入の準備が整ったと言う合図だ。
 レトはアルーシュに、そして皆に頷きを向けると、大きく息を吸い込んで自らの姿を隠す術を発動させた。
 姿を精霊の力で覆い隠す術。
 海道の力次第では効果がないかもしれない術だが、其れに加えてもう1つ、彼女の気配を消す術を足せば如何だろう。
 抜き足、差し足、まるでシノビや泥棒にでもなった気分だが、今は其処に注意を払う余裕はない。
 レトが突入先に選んだのは、廃寺の玄関部分。ちょうど壊れかけた戸の隙間から入れそうと踏んだのだ。
 案の定、中に入るのは容易だった。
 隙間を縫って、音を立てずに中を進む。
 廃寺の構造はこの部分で判明。内玄関が1間と、間に奥座敷とお堂に続く戸があるのみ。
 今回の海道出現の条件はかなり特殊だった。
 虫の音すら聞こえない程、静まり返った夜。
 虫の音すら聞こえない……それはまるで、海道や彼以外の存在に、虫が怯えて近付かないのでは。そう思う程。
 実際、虫の有無は別として、廃寺の中は異様な空気に包まれていた。
 それは足を踏み入れた瞬間から感じていたもので、先程からレト自信、嫌な感覚に額から汗が噴き出して止まらない。
 その感覚とは、『瘴気』。
 辺りが冷える程の濃い瘴気。体に圧し掛かる重みや、背を這うような嫌な気配は、この瘴気が原因だ。
 そしてこれだけ濃い瘴気ならば、志体を持たない者は触れただけで床に伏すに違いない。
(これが、疫病の正体。確かにこれなら、病にかかったと間違えても仕方がないか……それにしても、濃いな)
 そう心の中で訝しみ、レトはお堂に続く戸へ近付いた。
(怪しいのは此方だろう)
 瘴気の流れ出る先はお堂。それは空気の流れから感じ取れる。
 レトは意を決して、音が立たないよう静かに戸を開いた。
(居た!)
 お堂の中央に置かれた金色の仏像。
 その前に腰を据える黒い装束に身を包んだ人物は間違いない。アレが海道曹司だ。
(皆を呼ばないと……)
 そう思い、呼子笛を吹いた。直後、彼女の視界が黒く遮られる。
「!」
 響きかけた笛の音を耳に、レトは目を見開いた。
 そして次の瞬間、彼女の目に紅い飛沫が飛び込んでくる。それが自分の物だと気付くと、彼女は咄嗟に懐に仕舞っていたベルを放り投げた。


 鳴り響く筈だった笛の音が途切れた。
 此れに慌てたのは外で待機していた開拓者等だ。
「レト姉ぇに何かあったんじゃ!」
「急ぐぞ!」
 ヘルゥと共に飛び出した五十鈴に他の皆も動き出す。其れに合わせて動き出した征四郎に黯羽が耳打ちする。
「少しだが笛の音は聞こえた。てぇことは、海道は出て来てる。油断するんじゃねぇぞ」
 言ってハサミ型の呪術武器を構えた彼女は、見える廃寺の入口へ其れを向ける。と、次の瞬間、複数の二尾狐が飛び出してきた。
 やはり、廃寺の中に海道は居る。
 そして彼の元へ向かおうとする者を全力で排除しようと何かが動いているようだ。
「征四郎殿、先へ!」
 大身槍を振り下ろした久遠が、行く手を阻む二尾狐の胴を払う。そうして出来た道に新たな敵が出現すると、今度は銃弾がこれを防いだ。
「征四郎、さん……行っ、てくださ…い……!」
 今までとは違う、二尾狐の量に若干焦りが浮かぶ。
 それでも的確に銃弾を放つ焔迅の声に、征四郎は頷き奥へ進んだ。そうしてお堂へ続く戸を開けようとした時、赤い風が目の前を横切った。
「五十鈴さん、だめっ!」
 戸を突き破らん勢いで突進した五十鈴を、エルレーンが引き止める。その上で彼女と彼女の目の前に飛び出してきた敵の間に入ると、自らの腕と刃で攻撃を受け止めた。
「っ……考えなしは、だめ……」
 此処は簡単な戦場じゃない。
 一歩間違えば、彼女自身も、そして仲間も危険に晒す危険がある。そう言外に諭す彼女に、五十鈴が伸ばしかけた足を下げる。
「よし、良い子だ。征四郎、親父殿や兄上殿に恥じねぇように確り戦ってきな。援護と周囲の有象無象の滅相に関しては、信頼しといてくれて損はねぇぞ?」
 だが、その前に――
 黯羽はそう言葉を切り、五十鈴の前に立ち前を捉えた。
 其処に見えるのは海道と、その腕に抱かれる形でぐったりしているレトの姿だ。
「あれはっ! 急ぎ手当をする必要がある。征四郎、行けるか?」
 遠目に見ても分かる。
 レトの状態は極めて危険。一刻も早く治療をする必要があるだろう。
 その為には海道の手から彼女を連れ戻す必要がある。
 祓は業火を纏うかのような槍を振り上げると、それを一気に振り下ろした。
 直後、凄まじい衝撃波が海道を目指して駆けて行く。メキメキと床板を巻き込んで迫る衝撃波の勢いはかなりなもの。
 だが海道は動じた風もなくそれを見遣ると、不意に腕を動かした。
「いけません!」
 咄嗟に飛び出したアルーシュが、祓の放った衝撃派と海道の間に入る。
「!」
 誰もが息を呑んだ。
 海道の動かした腕。それが放ったのは力なく気を失ったレト。
 アルーシュはそんな彼女を抱える形で受け止めると、自らの体で衝撃波を受け止めた。
「アルーシュ姉ぇ! レト姉ぇ!!」
 ヘルゥの悲痛な叫びに、お堂へ飛び込んできた久遠や焔迅も何事かと目を瞬く。
 その目に飛び込んできたのは、レトを抱えて蹲るアルーシュの姿だ。
 そんな彼女等の目の前には、冷たい表情で見下ろす海道の姿もある。
「なんという……」
「……許され、る……事では、ありません……」
 状況は大体把握できた。
 2人は僅かに見えた海道の動きに合わせて飛び出す。しかし距離が空きすぎている。
「そうは、させないッ!」
 海道の動きに反応したのは、久遠や焔迅だけではない。
 エルレーンもまた、抜身の刃に桜の燐光を纏って駆け出していた。だがその前にも邪魔が現れる。
 直線状に、遮る様に飛び出してきた二尾狐。其れに眉を寄せて、エルレーンは桃色の花弁を舞わす。
「邪魔しないでっ!」
 盛大に振り薙いだ腕に合わせて、敵が後退した。
 少しでも前へ、少しでも海道の傍へ、少しでも仲間の傍へ。
 そう急く気持ちに合わせて足が前へ飛ぶ。
 だが、それでも距離が足りない。
「それ以上、我が友に手を触れること、許しはせん!」
「次から次へと、邪魔な狐だぁな!」
 祓や、黯羽も懸命に二尾狐を排斥する。
 しかし、
「遅イ……!」
 まるで霧や霞、実体のない生き物のように海道は揺れて蠢く。そうして自らの刀に手を添えた時、彼の動きが止まった。
「……ナニ……?」
 低く、不明瞭な声が響く。
 彼の目は足元で蹲るアルーシュへ向き、そして間合いに飛び込んできたエルレーンに気付き、飛び退いた。
 完璧な間合い。
 刀に添えた手をそのままに、牽制して伺う姿に隙はない。
「アルーシュ、無理はっ」
 海道が退いたことでアルーシュとレトを取り戻す事に成功したエルレーンや祓は、無理に起き上がろうとする彼女に眉を寄せた。
 だがアルーシュは、首を横に振って海道を見る。
「……もし、貴方が志体持ちであるなら……人の手でそこまでの火傷を負う事に疑問が持たれます……大会なら尚更控えの癒し手もいたでしょうに……」
 訝しむように視線を寄越し、牽制したまま耳を傾ける海道に、黯羽は今にも飛び出しそうな五十鈴を引き止めて様子を伺う。
 本来なら戦場で無駄話を聞くのは趣味ではない。それでもアルーシュの紡ぐ言葉や、それに耳を傾ける海道の動きには興味がある。
 それに、今この場に居ない藤姫に関して何か聞ければ、それこそ願ってもない収穫。そう、思うから。
「貴方が火傷を負った時……そうなる様に、仕組んだのは、誰? アヤカシの手を取る様に導いたのは……誰?」
 確かに、アルーシュの言うように志体持ちである彼が此処まで火傷を負うのは疑問だ。そして、其処に何かしらの陰謀が関わっているとしたら、それはきっと『藤姫』と言うアヤカシの筈。
 だが、この問いに出した海道の答えは、
「……因果ノ、原因……天元、征四郎……」
 この言葉だった。
 如何考えても、何に繋げても、彼は征四郎だけを憎んでいる。そして征四郎が苦しむ事、その全てを成そうと考えているのだろう。
 それが嫌という程伝わってきて、アルーシュは悲痛そうに眉を寄せた。
「……何故、其処まで……」
 考えても詮無い事なのはわかっている。
 それでも思わずにはいられない。彼は『何故』……。
「天元征四郎……覚悟……!」
 言葉と同時に空気が揺れた。
 再び二尾狐が現れ、海道の邪魔をせんとする開拓者等に迫る。
 しかし、不思議な事に海道は今、何もした様子がない。つまり、二尾狐が現れたのは、
「藤姫が何処かに潜んでいる?」
「わからねぇが、警戒するに越した事はねぇな」
 久遠は警戒して周囲を探った。
 だが何処にも藤姫の姿は見えない。
 それでも二尾狐が現れたこと、海道が居ること、そして征四郎が、五十鈴がこの場に居ることが、藤姫が完全に不在であると言う考えを打ち消す。
「はあああ!!」
 踏み込んだ足が軸となって、久遠の体が大きく揺らぐ。直後、振り下ろした刃から旋風が放たれ、二尾狐が吹き飛んだ。
 其処へ、黯羽の呪縛符が舞い降りると、敵は一気に動きを封じられる。そうして身動きの取れなくなった敵に、新たな一撃が見舞われると、敵は攻撃の隙を得る機会もなく崩れ落ちた。
 その頃、アルーシュは海道の憎悪に軽く衝撃を受けていた。
 其処へ、祓の指示が飛ぶ。
「アルーシュ。レトの止血を頼む!」
「!」
 そうだった。
 レトは未だ気を失ったまま。しかも止血もしていない状態。
「ごめんなさい。急ぎ行います!」
 言って、手早くレトの傷を止血に掛かる。その手際は慣れたもので、用意した薬や止血剤なども的確に使用してゆく。
「レト、目を開けろ!」
 励ます声。これもまた治療には必要なもの。
 それを耳に、ヘルゥはアルーシュとレト、そして祓を背に周囲を探る。
「焔迅兄ぃ。右後方に敵が潜んでいるのじゃ! エルレーン姉ぇは、焔迅兄ぃが撃ち込んだ瞬間に間合いを詰めて斬り込んでなのじゃ!」
 手に取る様にわかる敵の動き。
 これも今まで幾度となく二尾狐と戦ってきた成果だろうか。
 ヘルゥの声に焔迅は透かさず引き金を引く。直後、エルレーンが飛び込むと、彼女は桜色の月を描き目の前の敵に一刀を叩き込んだ。
「消えちゃえ……アヤカシめッ!」
 桜が散る様に瘴気が飛び散り、其れに次いで新たな指示が飛ぶ。
 こうして二尾狐が次々と撃破されてゆく中、海道と征四郎は睨み合うようにして、じっと動く時を待っていた。
「海道。俺はお前を許さない。父を、兄を殺めたお前は、俺の仇であり、討つべき相手」
「……自ラノ業ヲ顧ミズ、良ク言エルナ……」
 クツリと喉が笑う。
 そうして自らの被り物を取った海道は、その下に隠れていた赤黒く変色した皮膚を晒した。
 表情を動かす事も、人として見る事も出来ない顔。それは征四郎が見捨てたが故に出来た傷でもある。
「御前試合の予選で見捨てたその事は認める。だが、その事で俺に復讐を想うなら、何故俺の家族を巻き込んだ……巻き込むべきでない人を巻き込み、それで尚、俺の罪を問う」
「勘当ナドト、生温イ処罰ヲ与エタ、ソノ事ヘノ罰デアリ、最モ最適ナ復讐デアル。ソウ、踏ンダマデ」
「!」
 最適な復讐。
 この言葉に征四郎の奥歯が鳴った。
 刀に添える手が小さく軋み、無意識に柄を握り締める。
 変に力を入れれば、抜刀の瞬間で負けを見る。それがわかっているのに、力を篭めずにはいられない。
「仲間が言った……今からでも守れるものもある、と。なら、俺はそれを全力で護るのみ!」
「ナラバ、ソレヲ壊ス! 死ネ、征四郎!!」
 獣のような唸り声と共に飛び出した海道。その動きは風の様に早く捕らえ辛い。
 しかも変則的に速度を変え、角度を変え、一直線ではなく翻弄するように駆け寄る姿は異質。
 しかし征四郎は怒りこそ抱え、それでも冷静だった。
「お前を其処まで追い詰めた事、それは謝罪しよう。だが、それだけだ――謝罪故に死ぬ訳にはいかない!」
 素早く抜き取った刃。
 その瞬間に解き放たれた風の刃が、迫る海道に襲い掛かる。
 まるで無数のカマイタチが一斉に襲い掛かる。そんな攻撃に海道が怯みを見せる。
 だが敵も捨て身。この程度で引く訳にはいかない。
「――ゥウウウウウッ」
 ぶつかり合う刃の音。
 次第に濃くなる闘いの音に、応急処置を終え、止血も終えたレトの瞼が揺れた。
「……あ、たし……」
 ぼんやりと零した声に、祓がホッと息を吐く。
「良かったぞ……どうだ。気分は?」
「え……あ、そうだ。あたし……海道に……!」
 徐々に見開かれる目。
 次第に鮮明になる記憶に、レトは思わず飛び起きた。
 だが直ぐにその身体は祓の腕の中に戻ってしまう。が、その代り、彼女の目は思わぬ物を目にした。
 それは海道の胸を貫く征四郎の姿。
 どのくらいの闘いが繰り広げられていたのだろう。征四郎も、海道も其処彼処に傷を作りながら其処に居る。
 だがその闘いも此れで終わりになるようだ。
 海道は胸を貫く刃に、その場に膝を着いて、刀を地面に突き立てる事で何とかその場に踏ん張っていた。
 それでも限界が近いのは一目瞭然。
「これで、終いだ」
 静かな声と共に振り下ろされた刃。
 それが海道の首を飛ばす――そう思った時、白い影がそれを遮った。
「勝負は決したようですね」
 優しく降る声は間違いない。
「藤姫ッ!」
 警戒していた開拓者等は、直ぐに異変を察知した。
 海道と藤姫、そして征四郎の間に飛び込む。そして疲労が蓄積された征四郎を背に、彼等は立ち塞がった。
「……藤……」
 藤姫に抱えられる形で最後の一撃を回避した海道。しかしその声は既に虫の息。
 アヤカシである藤姫とて、人の生を繋ぎ止める事は難しい筈。
 彼女は開拓者と征四郎、そして腕の中の海道を見て呟く。
「復讐は成りませんでしたね」
 抑揚なく告げられた声に、海道の口から乾いた笑いが漏れた。もうそれ以上言葉を紡ぐ事も、反応も出来ない、そんな所だろう。
 藤姫は海道の傷口から伝う血を指に絡めると、それを自らの口に運んだ。
「海道曹司、人の子。如何しますか?」
「……好キニ、シロ……」
「畏まりました」
 恭しく告げられた言葉。
 この言葉を受けた直後、藤姫の腕が貫かれたばかりの海道の胸を突き破った。
 赤く染まった腕と、滴る雫。
 それを視界に納めながら、藤姫は手の中に握った人の肝を見詰める。その表情は正に恍惚のそれ。
「海道曹司、貴方の生は此れで終了です。醜くも美しい人生でしたよ」
 初めて見た藤姫の感情のような表情に、アルーシュは思わず呟いた。
「あなたの本当の主は……誰ですか?」
「主?」
 何を問うのか。
 そう言った表情で腕を下ろした彼女の手から、海道の亡骸が崩れ落ちる。そうして手にした肝を愛おしそうに見詰めると、彼女はゆったりと口角を上げた。
「上級アヤカシである私に主など存在しません。遊びで主従の関係を結びはしましたが、全ては志体持ちの肝を拝借する為。それ以上でも、それ以下でもありません」
 志体持ちの肝。
 それがどれほどの魅力を持つのか。それは藤姫にしかわからないだろう。
 結局の所、人の言葉を操り、人の様に振る舞ってはいても、彼女はアヤカシなのだ。
 人を喰らう為に存在する影の生き物であり、人と相容れぬ存在。
「人の子、天元征四郎。貴方の復讐は成りましたか? もし必要であれば貴方の血肉と引き換えに――」
「諸余怨敵皆悉摧滅」
「これは!」
「――征四郎を、俺達を、舐め切ったツケ、全部払って……そして死ね」
 望む食事を手に入れた事で隙が出来たのだろう。
 突如響いた声に、藤姫は反射的に二尾狐を召喚する。しかしその動きは間に合わない。
 不気味な悲鳴と共に襲い掛かる『ナニ』か。次々と腕を喰らい、足を喰らい、全てを蔵応答するそれに、藤姫が奇声をあげる。
「やった、か?」
 渾身の力を振り絞っての一撃。
 黯羽はその場に膝を着き、肩で息をしながら結果を見守った。
 だが――
「……人間、如きが」
 苦々しげに吐かれた声。
 瘴気を傷口から漂わせて立ち竦む藤姫は、無傷とはいかないが未だ立っている。
 その姿にすぐさま攻撃に転じようとした開拓者の前に、先程召喚された二尾狐が飛び出す。
 その間に藤姫は海道の亡骸を拾い上げた。
「海道を、どうするつもりだ!」
 敵とは言え、このままアヤカシの手に渡す訳にはいかない。
 そう叫んだレトに、藤姫は一瞥を加えると大きく手を翻した。
「回復には相応の血肉が必要です。彼は私の為に生きていた。故に最後まで焼きに立つのは当然の事……次はありません」
 彼女はそう言葉を残し、二尾狐も連れて去って行った。
 後に残されたのは、海道の血と、濃い瘴気、そして去り際に藤姫が放った藤の花弁のみ。
「次は、ない……まだ、次が、ある……?」
 勝負は決しなかった。
 それはつまり、藤姫と対峙する必要が最低でもあと1度はあると言うこと。
「……まだ、だなんて」
 エルレーンは小さく呟きと、その場に座り込んだ。
 その姿を見て、久遠が言う。
「一度、戻りましょう。レト殿や、アルーシュ殿の治療も必要でしょうから」
 この声に、皆は硬い表情で頷いた。


 海道曹司との闘いが終わり、開拓者等の傷も徐々に癒え始めた頃。
 神楽の都に在る征四郎宅に開拓者等の姿があった。
「如何も、何かしらの術を捻る出す時に隙が出来るみたいだぁな。それがいつもなのかはわかねぇが」
 そう零すのは黯羽だ。
 二尾狐を呼び出す際に出来た僅かな隙。それは以前の闘いでも気になっていたのだが、今回闘ってみて、改めてその状況が見て取れた。
 今の所、見えたのは二尾狐を召喚する時だけだが、他にもあればそれは藤姫と闘う際の大きな武器になりそうだ。
「ともあれ、藤姫は海道ほど卑怯な輩ではないのかもしれぬと言う点が、救いであろう。だが、油断も出来ぬが、な」
 祓はそう口にして、征四郎が淹れてくれた茶を口に運ぶ。その上で茶菓子に手を添えると、同じく茶菓子を口に運んだアルーシュが口を開いた。
「そう言えば、あの廃寺の瘴気はだいぶ薄まったと聞きます……結局、何が原因だったのでしょう?」
 廃寺には瘴気が蔓延していた。
 その理由は結局の所なんだったのか。
「金の仏像はただの仏像だったしのう。あれは海道の趣味……だったのじゃろうか?」
 初めは金の仏像も怪しんだが、調べて見たらあの像は本当にただの像で瘴気を放てるような代物でもなかった。
 ヘルゥの言うように、海道が信仰の為に置いていたのかもしれない。
 そして盗まれなかったのは、単純に廃寺に充満する瘴気の所為だったのだろう。
「あたしはもっと頑張んないとな! 怪我もだいぶ良くなってきたし、次こそはっ!」
「無理は駄目だぞ!」
 拳を握って意気込むレトに、五十鈴がすかさず突っ込みを入れる。その様子に、今まで黙っていたエルレーンが物申した。
「あなたも、人のことは言えないよ。いい? すぐに飛び出しちゃだめだよ。みんなが……征四郎くんが心配するでしょ?」
「……はい」
 指を突き付けられて項垂れた五十鈴。
 彼女も彼女なりに思うことがあるのだろう。
 大人しく反省した姿を見せる彼女を微笑ましく思いながら、久遠は自身の湯呑に視線を落とした。
「海道を倒し終えた事で一区切り付きましたが、まだ因縁は残っています。征四郎殿、大丈夫ですか?」
 先程から黙ったままの征四郎。
 そんな彼に皆の目が向かう。
「無理、は…いけませんが……気が、抜けないのも確かですから……武器の手入れだけ、でも…怠らず……です、ね……」
「……そうだな」
 焔迅の気遣う声。
 これに頷きを返し、征四郎は傍らに置いた刀に手を添えた。