暗雲のお見合3・胎動
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/14 20:13



■オープニング本文

●開拓者下宿所
 庭に面した一室を与えられた月宵 嘉栄(iz0097)は、日々霜蓮寺への報告書を作成している。
 別に統括や久万が命じた訳ではなく、報告書の作成は一日を終わらせるための大事な日課になっているからだ。
「……今日の所はここまででしょうか」
 呟き、筆を置く。
 そうして窓の外に目を向けると、先日降った雪が僅かに残っているのが見えた。
「霜蓮寺は今頃雪深くなっているでしょうね。統括や久万殿、僧の皆が風邪を引いていないと良いのですが……」
 現状を考えれば、霜蓮寺で病に伏す余裕などない。今年も厳しい冬を乗り切るため、僧は寒い中で身を削る思いでアヤカシを闘っている筈だ。
「一度、帰郷するのもありかもしれませんね」
 先日帰郷した折は、のんびりする余裕などなかった。
 魔の森に向かい、アヤカシを退治し、結局は話をする時間も、其処に身を置く時間も存在しなかったのだ。
 何時もの事と言えはそれまで。だが自らの出生を知った今は、多少の感情の変化はある。
「そもそも統括もですが、久万殿は身を固める気はないのでしょうか。何時までもふらふらとしていては、周りの僧にも示しがつかないような……」
「姐さんがそないなこと言うやなんて。わい、耳を疑ってしまうわぁ」
 青い宝珠から飛び出してきた管狐。それに目を向けると嘉栄はしれっとした様子で視線を報告書に戻した。
「私はまだ若く未熟です。故に、まだ必要ありません」
「ほおぉぉおお」
「……何です」
「若い? 今、若い言うたん? 姐さんの何処が若――あがががががが」
 掴まれた口の端。そのままビロ〜ンと伸ばされた管狐は、短い手足をバタつかせて慄く。
 そして急いで距離を開けると、物陰から顔を覗かせた。
「か、堪忍や。堪忍やで」
「どうも、癪に落ちません」
 嘉栄はそう呟くと、報告書を閉じて息を吐いた。
 其処に声が響く。
「嘉栄、入るぞ」
 次いで開いた扉から現れたのは、開拓者下宿所の管理人、志摩軍事だ。
「お前さんに文が……って、何があった」
 中に入るや否や飛び込んで来た攻撃に志摩の顔が苦笑する。
 部屋の隅に隠れた管狐と、黙々と書を閉じる嘉栄。どう見ても異様でしかない。
「あーん、志摩のおっちゃん、わいを今すぐここから連れ去って!」
「……いや、嘉栄は怒らせると怖いからな。勘弁してくれ」
 志摩はそう告げて管狐の頭を押すと、中に入って嘉栄に文を差し出した。
「霜蓮寺からの文だ。宛名書きを見る限り、統括直々の文だな」
「統括、からの……」
 確かに宛名は嘉栄の良く知る字だ。
 彼女は思案気に目を落し、それを受け取ると文を開いてみた。
 其処には確かに統括の字がある。
「統括直々って事は火急の用か、それとも子へ宛てた内々の物か……」
 無言で中身を読み進める嘉栄。
 その表情が次第に険しくなっている。
「姐さん、何や怖い顔になってるで……大丈夫なん?」
 管狐も心配して顔を覗き込んでいる。
 それらを耳に文を読み終えると、嘉栄は長い息を吐き出した。
「くだらない……そう、言いたい所では、ありますね……」
 ポツリ零し、文を志摩に差し出す。
「霜蓮寺と他寺社との見合い話のようです。今回は、霜蓮寺の兵としてではなく、統括の実子として見合いを受けて欲しい、との事」
 統括が嘉栄に見合い話を持ち掛けるのはこれで3度目。
 1度目は北面国の志士。2度目は天元流の志士。そして3度目は同じ東房国内の僧兵。
「相手は態庵寺(のうあんじ)の坊さんで、現統括の実子。しかも次男坊とくれば霜蓮寺への婿入れも可能、か」
 相手としては悪くない。
 能庵寺は霜蓮寺と規模こそ相違ない物の、昨今力を付けてきている。
 同国内で懇意に出来れば申し分ない相手。しかも財政は霜蓮寺よりも良く、独自の貿易経路も持っており、資金面でも魅力的だ。
「今回はお見合いだけすれば良い、そういう雰囲気ではありませんね」
「一応、最後に『受けるも受けないも嘉栄の自由』とはあるけどな……現状を考えると難しいな」
 霜蓮寺は今資金難に加え、幾つかの支援を行っている。それらは当然、霜蓮寺の資金を圧迫し、目には見えないまでも影響が出始めていた。
 統括はそれを憂い、今回の策を出してきたのだろう。
「姐さん……見合いするん?」
 こそっと顔を覗き込んだ管狐は、先程の怯えた様子とは一転、心配そうにしている。
 その姿に僅かに笑みを零し、彼女は小さな頭をそっと撫でた。
「今回は、腹を括らねばならないかもしれませんね」
 そう呟き、彼女の口から弱い笑みが零れた。

●見合い当日・東房国霜蓮寺
 冬だと言うのに今日は暖かな光が差す。
 統括は自らの屋敷で職務をこなしつつ、能庵寺で見合いを行う嘉栄に思いを馳せていた。
「……」
 走らせては止まる筆。
 時折零れる溜息に、傍で同じく職務をこなしていた久万の目が向かう。
「統括。今からでも見合いをお断りしては如何ですかな」
 仕事をしていても上の空。溜息の回数も数知れず、正直鬱陶しい。
「確かに霜蓮寺には資金が必要です。しかし、他者に頼る程、我々は困窮しておりませんぞ」
「……だがな、久万。嘉栄も良い年だ。あの子の事を思えば、取って悪くない縁談」
「そう思うのでしたら、もう少し仕事に集中して下さると有り難いですな。このままでは職務が進みませんぞ」
「あ、ああ……そうだな」
 統括は苦笑を零すと、書面に目を落した――と、その時だ。
 激しい勢いで僧が駆け込んできた。
 息を切らせ、額に汗の玉を浮かせる姿は異常。
「何があった!」
「の、能庵寺から、このような文が……!」
 急ぎ差し出された文。其処に書かれている文字に、久万の目が見開かれ、統括の表情が険しくなる。
「能庵寺め、血迷ったか!」
「統括。至急僧を集め――」
「いや、待て。仮にも能庵寺は東房国に存在する寺社。我が霜蓮寺の僧を動かせば戦になりかねん」
 久万を遮った統括は、駆け込んできた僧を見ると、その不安げな表情に眉を潜めた。
「至急、開拓者を呼ぶように」
「か、畏まりました!」
 来た時と同じく駆け出してゆく僧。その姿を見送り、統括は口を開く。
「……直ぐにこの報は霜蓮寺内を流れるだろう。すまないが、僧と民を頼む」
「統括は如何なさいます」
「私は開拓者に能庵寺を探らせ様子を見る」
 そう口にした統括の表情は硬い。
「大丈夫ですかな?」
「……誰に問うてる。あれの母を見捨てた私だぞ。このような事態、問題もない」
「統括……」


■参加者一覧
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
百地 佐大夫(ib0796
23歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文

 崖を背にして建てられた寺社、能庵寺。
 それを囲うように存在する外壁が三枚。そして一番外側に存在する壁を閉じる役目を担う鳳門の前で、リディエール(ib0241)は深い溜息を零していた。
「援助の話とお見合いは切り離して下さいと、以前お願いしたはずですのに……」
 そう呟く彼女の髪は、黒く染められている。服装も普段の柔らかな印象を与える物から行商人に見える服装へ転じていた。
 そんな彼女の背には大きな荷物があり、彼女はそれを背負い直すと、改めて鳳門を見上げた。
「……能庵寺が嘉栄さんを捕らえた理由は何処にあるのでしょう……おかしな話ですね」
 彼女が立つ鳳門。その壁の内側には商業区や民家が立ち並ぶ。彼女は敢えてそこではなく、鳳門の外に存在する野平街へと向かった。
 その途中、見覚えのある人物と擦れ違うが、此処は他人のふり。彼女は目で軽く礼を向けると、奥へと進む。
 そしてその姿を横目に鳳門へと歩いてきたのがアルーシュ・リトナ(ib0119)だ。
 彼女は野平街で情報収集を終え、門の中へと向かう途中だった。
 其処へ、幼い子供が駆けて来る。
「お姉ちゃ……待って……」
 息を切らせ駆けて来る子供に、彼女の足が止まる。そうして首を傾げてしゃがむと、目の前に小さな花が差し出された。
「さっきの、お歌のお礼……素敵なお歌、ありがとう」
 笑顔で言われる言葉に思わず笑みを零して礼を告げる。その上でお花を受け取ると、子供の背に母親らしき人物の姿が見えた。
「お母様、ですか?」
「ええ。旅の歌い手をしてらっしゃるんですってね。子供が凄く喜んで……ここの所、怖い話ばかりだったし、この子に笑顔が戻って良かったわ」
 言って子供の頭を撫でる母親に、ふと首が傾げられる。
「怖い話……ですか?」
「ええ。最近、アヤカシの襲撃が数を増しているの。お蔭で壁に護られていない野平街は被害を被るばかり……中に入りたくても、お金が無いから入れないしね」
 そう言えば聞いた話だと、能庵寺は貧富の差が住む場所に現れるらしい。
 統括の屋敷周辺が権力者の住居区。一枚塀を挟んで外側が、商業区や平民街。そして壁の外に存在するのが野平街だと言う。
 野平街には貧困に喘ぐ世帯が多く、塀が無い代わりに自分達でアヤカシ対策を取らねばならないと言う。
「ですが、僧兵の方も退治には出向いて下さるのでしょう? 能庵寺は優秀な僧が多いと聞きますし」
「……昔はね。今はダメね……そろそろ、ここを離れるのも考えないといけないかもね」
 母親はそう言うと、子供を連れて去って行った。
 その姿を見送り、アルーシュの視線が落ちる。
「嘉栄さんが捕まったこと、能庵寺を襲うアヤカシ……やはり、嘉栄さんには何か事情やお考えがあったのでしょうか」
 とは言え、これは憶測でしかない上、集まった情報も少ない。
「もう少し、話を拾ってみましょう」
 彼女はそう呟くと、聴覚を研ぎ澄まし、門の中へと足を進めた。

 一方、二重の門の中央で、一般人に扮して周囲の情報を探っていた百地 佐大夫(ib0796)は、ある事に気付いていた。
「警備の数が、少なかったり多かったり……妙にチグハグだな。それに、あの袈裟は何だ?」
 壁の周囲を警備する僧兵。
 確かに警備は行っているし、数は充分足りているように見える。しかしその配置が奇妙だった。
 壁の一部に異様に固まっていたり、少なかったり、偏りがあるのだ。そして偏りは数だけではなく、彼等が掛けている袈裟にも出ていた。
「あそこの塀は、蒼の袈裟が2人……黒は1人か……逆に、こっちは蒼が1人の黒が3人」
 法則がある様にも見えず、かと言って意味が無いようにも思えない。
「昼の潜入は無理そうだな……」
 となれば、今の内にもう少し調べる必要があるだろう。
 佐大夫はそっと足を忍ばせると、シノビの特性を活かし、この場を去って行った。
 そして彼が去るのと入れ違いに、この場に足を踏み入れる者が居た。
「随分と立派な建物ですね。どんな方が住んでらっしゃるのでしょう?」
 そう声を零した美しい衣を纏う若き舞い手は、穏やかな双眸を統括の屋敷に向けると、緩やかに首を傾げた。
 その様子に、蒼の袈裟を掛けた僧兵が声を掛けてくる。
「おや、旅の舞い手か。あそこは能庵寺の統括様が住まう屋敷だよ。能庵寺を常に見守れるよう、一番見晴らしの良い場所に建っているんだ」
「そうなのですね」
 舞い手――緋那岐(ib5664)は、おっとり言葉を返すと、衣に隠れた手を翻した。
 其処には符が握られており、其処から小さな式が屋敷へと潜り込む。そうして映し出された景色を目に探りを入れつつ、ふとあることを問うてみた。
「ここに来る前、鳳冠というお名前を聞きました。その方が、統括様ですか?」
「いやいや、鳳冠様は統括様の御子息で、継承候補ではないにせよ、僧兵としても素晴らしい実力の持ち主だ。我等、能庵寺の誇りでもある」
「まあ。それ程評判良き方なら、一度お会いしてみたいものです」
 ほんわか微笑んだ緋那岐に、僧兵は「そうだろう、そうだろう」と頷きを返す。
「鳳冠様は女人禁制を掲げ、今も修行に励まれるお方。あのお方は率先して魔の森にも向かわれるし、ご活躍次第では継承候補になる可能性もあるとの話だ。いや、楽しみだ!」
 何気ない会話。何気ない言葉なのだが、緋那岐は聞こえてきた言葉にふと目を眇めた。
 そして忍ばせた式を戻して微笑む。
「お話、有難うございました。兄様が待っておりますので、わたくしはそろそろ失礼いたします」
 そう言って頭を下げると、緋那岐は統括の屋敷に背を向けた。

 そして、能庵寺から僅かに離れた場所。
 僧兵の姿で街道を歩く長谷部 円秀 (ib4529)は、此処まで耳にした能庵寺の噂話を頭の中で整理していた。
「――泥舟の如く寺社、ですか」
 表現こそ微妙だが、確かに今の能庵寺は『泥舟の如く』と言えるだろう。
「霜蓮寺まで響いていた噂は、財政も良く、独自の貿易経路も持っている寺社……資金面にも明るい」
 だがその実情は苦しい物だった。
 確かに財政に富んだ部分もある。しかしその富んだ部分は一部の階層のみ。実際に富みを抱えるのは統括の屋敷周辺に居を構える者達ばかり。
 平民や野平街に住む者達は貧困に喘ぎ、今にも住む場所を投げ出さん勢いだと言う。
 その原因と言うのが――
「アヤカシの襲撃」
 ポツリと零した声に溜息が混じる。
「嘉栄さんが行方不明……彼女が大人しく攫われる訳はないと思っていましたが……これは、何かありますね」
 彼は苦笑して呟くと、見えてきた鳳門に表情を引き締め、僧衣の前を閉じ直すとゆっくり、門を潜ったのだった。

●崖上の庵
 能庵寺を見下ろす事の出来る庵。其処へ行く為に崖の上まで来た珠樹(ia8689)は、その場から見える景色に目を見張った。
「……圧巻ね」
 思わず呟いた声の通り、見えるのは能庵寺全体の姿。そしてその先に広がる魔の森や街道も見る事が出来る。
「物見の塔、そんな所なのかしら……」
 そう零して、彼女の目が足元の庵に落ちた。
 耳を澄まして何か拾えないか意識を凝らす。そうして僅かな音も聞き漏らさないように耳を凝らしていると、聞き覚えのある声がしてきた。
「この声、まさか……」
 じっと息を潜めてその場に留まる事僅か。
 庵の外に誰かが出て行く音がする。それを待って崖から庵の屋根に飛び乗りると、足を潜めて窓に近付いた。
 そうして中を覗き込んだ所で、珠樹の首筋に冷たい物が触れる。
「!」
 咄嗟に武器に手を伸ばすも、それも掴まれてしまった。
 覚なる上は――そう足を動かそうとした時、彼女は目に飛び込んで来た人物の顔に目を見開いた。
「……嘉栄」
「珠樹殿……」
 互いに目を瞬き、そして少しだけ距離を取る。
 微かに気まずい雰囲気が流れるが、時間はそう長くないらしい。月宵 嘉栄(iz0097)の方から口を開いてきた。
「珠樹殿、此処へは統括の遣いで?」
「……そうだけど、あんた何してんの」
 見た所捕縛された訳でも、武器を取られた訳でもない様子。室内も綺麗に整えられており、部屋に鍵が掛かっている様子もなかった。
 どう見ても攫われた人物が居る部屋ではない。
「珠樹殿、私が此処にいた旨、そして私の現状。出来るならば秘密にしては頂けないでしょうか」
「はあ? あたしは依頼を受けてココに来てるの。統括が心配してるのよ……開拓者だって、それに……」
 語尾が徐々に小さくなって逸らされる視線。それに僅かに笑みを零し、嘉栄は卓に置いた一枚の紙を持ってそれを差し出した。
「お詫びにこれを」
「これは?」
 目を落し見やった紙には何事かが記されている。見た所、能庵寺の先に在る魔の森の詳細が書かれているようにも見えるが……。
「能庵寺の傍に在る魔の森と、其処に潜むアヤカシの情報を記載した物です。この寺社の方々にご協力頂き調べた物ですので確かな物かと」
「あんた、もしかして魔の森を調べる為に――」
「統括と開拓者の皆さんへお伝え下さい。月宵嘉栄は能庵寺統括の捕縛化に在ると。そして能庵寺は、アヤカシの支配下に落ちようとしている可能性がある、と」
「嘉栄、あんた――」
「珠樹殿。お願い、出来ませんか? この報は、決して悪い方には進みません。お願いします」
 嘉栄はそう告げると深々と頭を下げた。
 この姿に珠樹の視線が落ちる。
「……場合によっては、依頼を受けた開拓者には伝えるわよ……それでも良ければ、考えておくわ」
 若干呆れた様子で呟く彼女に、嘉栄はホッと安堵の息を零すと、改めて彼女に向かって頭を下げた。

●能庵寺・宿
 リディエールが手配した宿。その一室に集まり、開拓者達は集めた情報の開示を行っていた。
 その中央には、緋那岐が人魂で得た情報を記した統括屋敷の地図と、他の開拓者が足で集めた能庵寺の地図。其処に佐大夫が見てきた警備の数が記され、大体の情報が記載された物が置かれている。
 此れを見るだけで、能庵寺の地図と警備の状況はほぼ確保できたと言って良いだろう。
 其処に円秀の地図も加わると情報は更に凄みを増す。
「能庵寺の内部を少しだけ見せて頂けましたので、その地図です。補いきれない部分もありますが、足しにはなるでしょう」
 能庵寺は、街自体が寺社になっている。そして統括の屋敷の一部に、僧が修行できる場所が存在していた。
 彼は其処に足を踏み入れ、頭に叩き込んだ見取り図を紙に記したのだ。
「これだけあれば侵入も容易いな。決行は、今夜で良いか……?」
 そう問うのは佐大夫だ。
 彼は嘉栄の居場所特定を第一に考えていた。故に、今すぐにでも彼女の安否を確認に行きたいと思っている。
 しかし、その声に待ったが掛かった。
「嘉栄は無事よ。だから探す必要は無いわ」
 静かに紡ぎ出されたのは珠樹の声だ。
 彼女は少し考える間を置いて、口を開いた。
「嘉栄は、能庵寺統括の捕縛化に在るわ。そして能庵寺は、アヤカシの支配下に落ちようとしている……」
 全て嘉栄から聞いた言葉を、そのまま伝える。
 この声に佐大夫の眉間に深い皺が寄った。
「だったら、接触するべきだろ。捕縛化にあって、無事ってどういう事だ!」
 確かに矛盾がある。
 それでも珠樹はそれ以上の事は言わず、視線だけを他の開拓者に向けた。
 これにアルーシュが口を開く。
「アヤカシの支配下。その言葉を具現化する程、強い情報ではありませんが、アヤカシ襲撃のお話は、幾つか耳にしました」
 そう言って、彼女は歌を奏でた直後に僧兵から聞いた話を教えてくれた。
「能庵寺も魔の森が迫る寺社。多かれ少なかれ、アヤカシの襲撃はあったそうです。最近は、魔の森がいっそう近付き、襲撃の頻度は増したとか……」
「私も、薬を売り歩き、同じような話を聞きました。襲撃の度に、人が亡くなり、今では薬も不足しているとか」
 私が持ち寄った薬は、全て売り切れましたし……。
 リディエールはそう囁き瞼を伏せた。
「そう言えば……武器は、然程売れていないようです。不思議な事に」
 戦力が少しでも欲しい状況にも拘わらず、武器は売れていない。けれど薬は売れている。
 何とも奇妙な状況に、円秀が低く唸った。
「財政難が名を上げて、高い物は買えないのでしょうか。とは言え、統括殿はお金を持って良そうですがね」
 そう、民は貧困に喘ぎ、上は富に溢れている。
 現状を纏めると、民を護る筈の上の人間が、それを放棄して私腹を肥やす事に意識を向けている、と考えるのが普通だろうか。
「その辺は、考えるだけじゃ憶測に止まりそうだな。それよりも、俺が気になったのは女人禁制の話だよ」
 緋那岐はそう言うと、ゴンに用意していた雛あられを口に放り込んだ。
「嘉栄さんとごんちゃんが組んだら、最強だと思うんだ……そんな2人を人質にとって文を送りつけて……何が目的なんだろうな。しかも、見合い相手は女人禁制」
「――元々、見合いが目的ではなかった」
 円秀の声に皆の目が向かう。
 確かに、見合いが目的ではなかった。そう考えれば、少しだが疑問解決に至る。
「……これ、どう思う」
 今まで皆の言葉を聞いていた珠樹は、庵で嘉栄から預かって来た魔の森の情報を開示した。
 此れにこの場が沈黙する。
「珠樹さん、何処でこれを?」
「庵で拾ったのよ」
 アルーシュの声にそう呟き、珠樹は紙に視線を落とす。もし嘉栄の筆跡を覚えている物が居れば、これを見るだけで気付けるかもしれない。
 だが今の所、誰も指摘してこない。
 その事に内心安堵しながら、珠樹は口を開いた。
「この紙と、集まった情報を纏めるとこうなると――能庵寺は魔の森と、其処からくるアヤカシに困っている。でも統括がそれに対して動かない」
 そこまで言って、彼女の目が皆を見回した。
 その視線に緋那岐が頷く。
「そう言えば、鳳冠って奴は、率先して魔の森に向かってるって聞いたな」
 僧兵が自慢げに話していたのだ。間違いないだろう。
「先方の意図、嘉栄さんの想い……何かが、見えた気がしますね」
 そう零したアルーシュの声に、皆が静かに頷いたのだった。