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■オープニング本文 バタバタと駆ける音と共に舞い込んだ風に、部屋で筆を取っていた宗貞(むねさだ)の手が止まった。 「漸く来たようじゃな」 やれやれと息を吐いて入り口を見やった先、其処に居たのは文で呼んだ相手――陶 義貞(iz0159)だ。 「じっちゃん、用事ってなんだ?」 義貞は元気にそう問いかけると、何の遠慮も無しに宗貞の前に座った。 その様子に宗貞も笑みを零す。 「実はのぉ、狭蘭の里で久方ぶりに宴を開こうと思うのじゃ。そこで、お前さんには先に世話になった開拓者殿方に声を掛けて貰おうと思ってのぉ」 先に世話になった開拓者殿。 狭蘭の里は数か月前まで上級アヤカシの脅威に晒されていた。今でこそその名残は少ないが、一時は里を手放すほどの状況まで追い込まれた。 それを救ってくれたのが開拓者で、宗貞は是非ともその礼がしたいらしい。そして礼は、その時の開拓者のみならず、全ての開拓者の方々へ……そう、思っているようだ。 「まあ、呼ぶのは構わないけどさ。何で宴なんだ?」 通常、人を集めて騒ぐのなら「祭り」が一番だろう。 そう問いかける義貞に、宗貞はある話を聞かせてくれた。 「狭蘭の里と先の闘いで関わった南麓寺。その双方が名付け、龍の養成地として使用していた『陽龍の地』は、お前さんも知っておるな?」 ――陽龍の地。 東房国と北面国の境に存在し、現在は魔の森に呑まれ形跡すらうかがえないその土地は、かつて狭蘭の里の住人と、南麓寺の住人が共に名付けた場所だ。 今でこそ歪の存在する東と北。しかし昔は繋がりがあり、仲良くしていた時期もあったのだと言う。 そして狭蘭の里に伝わる「宴」は、その陽龍の地で、里の住人と南麓寺の住人が行っていたもらしい。 「自らの盃を持ち、それを交換して酒を飲み交わす。『盃の儀式』とわしらは呼んで居るが、今年も見事に桜も咲きそうじゃからのぉ、良い儀式が出来るじゃろうて」 宗貞はそう言うと、狭蘭の里に存在する、一番大きな桜の木を見やった。 確かに枝を薄ら桃色に染める桜の木は、今年も見事な花を咲かせるだろう。しかし疑問は残る。 「何で桜が関係あるんだ?」 「花弁を盃に浮かべるんじゃ。ヒラリと舞う桜を、酒で満たした盃で受け止める。そしてそれを友に差し出すんじゃ。己が奇跡を他人にも分け与える……そんな心持での」 義貞はこの言葉を聞き、「ふぅん」と桜の木を見詰めた。 もう直ぐ狭蘭の里に春が来る。 義貞は宗貞の願いを聞き止めると、開拓者ギルドへ宴開催の張り紙を貼り出したのだった。 |
■参加者一覧 / 柄土 仁一郎(ia0058) / 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 滋藤 御門(ia0167) / 六条 雪巳(ia0179) / 柄土 神威(ia0633) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / からす(ia6525) / 千代田清顕(ia9802) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 不破 颯(ib0495) / 真名(ib1222) / 西光寺 百合(ib2997) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 羽喰 琥珀(ib3263) / 東鬼 護刃(ib3264) / ローゼリア(ib5674) / 匂坂 尚哉(ib5766) / 黒木 桜(ib6086) / アムルタート(ib6632) / フレス(ib6696) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / レト(ib6904) / 羽紫 稚空(ib6914) / エルレーン(ib7455) / 巌 技藝(ib8056) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / キャメル(ib9028) / 河童族の長(ib9241) / 帆 玖李(ib9251) |
■リプレイ本文 北面国の外れ、四方を山に囲まれた狭蘭の里。 その中心に聳え立つ桜。その桜を見上げ、六条 雪巳(ia0179)は感慨深げに声を零した。 「花弁を受けた盃を酌み交わす……風流な儀式ですねぇ」 彼は狭蘭の里が平和の内に今日を迎える事が出来た経由を知っている。故にこの日を心から嬉しく思う。 「あの時の作戦が成功したのは、里の皆さまの協力があってこそ……本当に、良かったです」 自然と零れる笑み。其処に慌ただしい足音が響いてきた。 「雪巳、発見!」 「こんにちは、尚哉さん」 元気よく駆け込んできたのは想像通りの人――匂坂 尚哉(ib5766)だ。 彼は雪巳に挨拶をすると、桜の木の下を指差した。 「もし予定が無けりゃ、どうだ?」 「宴席……ですか?」 きょとんと目を瞬く彼に、尚哉はニッと口角を上げる。 その姿に視線を動かすと、羽喰 琥珀(ib3263)に頬を突かれて腕を引っ張られる陶 義貞(iz0159)の姿も見える。 如何やら彼も宴席に呼ばれたようだ。 「では、ご相伴に上がらせて頂きましょう」 そう言葉を零すと、雪巳は尚哉と共に桜の木へ移動した。 そして、頬を突かれた義貞は、リンカ・ティニーブルー(ib0345)と話をしていたらしく、面食らったように目を瞬いていた。 「琥珀……」 「へへ、久し振りだな!」 ニカッと笑った琥珀に、義貞は笑みを返す。その姿を見つつ、リンカの目が桜の木へ向かった。 「義貞さん、もしかしたらあそこへのお誘いじゃないかな?」 クスリと示された先へ、義貞の目が向かう。其処に集まり出した雪巳や尚哉の姿を見て「成程」と義貞の目が瞬かれた。 「そーいうことー! 待ってるからな!」 琥珀はそう言うと、一足先に尚哉達の元へ向かった。 その姿を見送り義貞の目がリンカを振り返る。桜や梅のアクセサリーを身に纏い、振袖で自身を着飾った姿は戦闘の時とは違う淑やかさがある。 「東房と北面の絆を取り戻す為の動きが出て来たんだ……その席に呼んで貰えるだなんて素敵だね」 彼女はそう言って目元を緩めた。 「えっと……リンカさんも行くだろ?」 「勿論」 その返答に安堵の息を吐くと、義貞はリンカを伴って宴席会場へ入った。 「義貞連れてきたぞー」 「義貞、こっちこっち!」 琥珀の声に顔を上げた尚哉が手招く。 その様子に茣蓙に上がると、早速盃が差し出された。 「やるだろ?」 一緒に戦った友の義貞と「盃の儀式」をしたいと願い出た尚哉に、義貞は勿論快諾。自らの盃に花弁を受け止めて互いの盃を交換すると、一気に飲み干した。 「……良い席だね」 リンカは義貞の傍に腰を据えると、穏やかに微笑んだ。 「盃を交わして絆を深めると共に、戦いで失われた尊い多くの命へ、鎮魂の祈りを捧げたいね……」 「リンカも如何だ?」 小さく口の中で言の葉を紡いでいた彼女の前に盃が差し出される。どうやら尚哉が差し出した物らしい。 「頂くよ」 彼女はそう言うと盃を受け取り、自分の盃を尚哉に差し出した。 そしてその様子を見ていた雪巳もまた、皆と盃を交わすのだが、その中身は岩清水。元々酒に弱い性分故の配慮なのだが、ふと彼の目が酒へと落ちた。 「……少しくらいは」 言って手を伸ばした瞬間、何者かに酒瓶を持って行かれてしまった。 「お前さんは水で我慢しとけ」 「いえ、少しは慣れなくてはと思いまして……と、おや。志摩さん……おいででしたか」 「義貞に呼ばれてな――ぬぉっ!?」 志摩・軍事が茣蓙に腰を下した瞬間、背に衝撃を受けた。 目を向けた先に居たのは尚哉だ。 「おっちゃん、この間の宿の床ごめんなー!」 ゲラゲラ笑って顔を覗き込むその口からは酒の香りが。 「……笑い上戸か。けどま、年相応って感じかね」 よしよしと尚哉の頭を撫でてやり、志摩もまた盃を手に酒を傾けた。 「にしても、すげーでっけー桜ー。この桜なら花見の客呼べんじゃねーか?」 両手に飲み物と食べ物を持ち、琥珀が楽しげに笑い声を零す。これに義貞の目が向かう。 「観光収入か? んー……確かに、観光客が呼べれば収入が得れるけど……里が里じゃなくなるのは嫌だな」 人が多くなればそれだけ苦労も増える。 それは神楽の都や他の土地を見てきたからこそ分かる事。 そんな事を呟く義貞を、リンカは暖かく見守っていた。 そして、彼等とは僅かに場所を置き、桜の木に隠れるように腰を据えた西光寺 百合(ib2997)と千代田清顕(ia9802)。2人の前には花弁を浮かべた盃が1つ。 「……お酒を好む人だったかも分からないけれど……もっと、お話出来たら良かったのに、ね」 呟く百合の声に、清顕の目が細められる。 「心残りも、たくさんあったでしょうね」 そう彼女が口にするには、東房国の南麓寺と言う村の事。其処の長を救いきれず、命を散らしてしまった責任を、彼女は未だに感じている。 ――否、それは彼女だけではないだろう。 「心残りなら俺だってある。こうして、彼とは呑み交わしたかったさ」 言って、清顕の盃が「亡き人」の盃に重ねられる。そうして自らの口に酒を運ぶと、彼の口角が上がった。 「百合、あの時、彼の遺品を拾いに行ってくれて有難う。あの子は、南麓寺を立て直そうと、霜蓮寺と連携を取って頑張ってるそうだ」 義貞に聞いた「あの子」の話。それを思い出しながら呟く。 「百合、君が遺品を拾いに行ってくれた事は、あの子が前を向く為の糧になったと思う……君は、優しい女だね」 穏やかに微笑む清顕の声に、百合の頬にサッと朱が走る。それを隠すように桜を見上げると、2人は暫し、風に舞い散る花弁に目を移した。 「それにしても、最近料理が上手くなったね」 酒の肴にと百合が用意した料理。春を思わせる猟師の数々に、手が伸びるのは当然の事。 清顕は彼女の料理の腕を褒めると、酒と肴、その両方を次々と口に運んだ。 それはもしかすると、亡くなった人を偲ぶ想い酒だったのかも知れない。それでも少々飲み過ぎた。 「清顕……ちょっと飲み過ぎ、じゃない?」 「いや、そんな事は無い」 「でも……」 空いた酒の数を見れば飲み過ぎは明白。百合は密かに印を結ぶと、彼の盃の酒を水に替え、改めて彼と桜、その両方を見詰めた。 そして酒を水に替えられた清顕は―― 「……味が、しない」 ポツリと呟き、桜を見詰める百合を見、穏やかに微笑んで体を転がした。 「き、清顕……?」 「もう少しだけ、このままで居ていいかな」 膝に乗せた頭から伝わる大事な人の温もり。それを感じつつ目を伏せると、百合の手がそっと彼の髪を撫でた。 ● 里の入り口にて、中を伺うようにして友と言葉を交わす櫻庭 貴臣(ia0077)は、見知った背を見付けて目を瞬いた。 「どうかしたか?」 問いかける神凪 蒼司(ia0122)は、貴臣とは従兄弟同士であり、友でもあり、幼馴染でもある。 「前に、依頼でお世話になった人がいるんだ……ご挨拶したいな」 「へえ、依頼で……なら、俺もしないとだな」 「え……?」 「お前が世話になったんならしないとだろ」 そう言って蒼司が先に歩き出す。 それを追いかける形で貴臣も里の中に入ると、2人は遠目に見つけた人物に歩み寄った。 「あの……」 「?」 里の桜を見詰めていた人物が振り返る。 長身のその人物は天元・恭一郎だ。 彼は貴臣を目にすると、穏やかに笑みを浮かべた。 「君は確か先日の……」 「あ、はい……あの、先日の依頼では、お世話になりました」 「俺は神凪蒼司と言う。先日は従弟が世話になったな……感謝する」 慌てて頭を下げた貴臣と、それに続き挨拶を向けた蒼司に、恭一郎の笑みが深まる。 「いえ此方こそ、お世話になりました。今日はお花見ですか?」 問いかけに貴臣の首が小さく縦に振れる。 それを見届け、蒼司の口が動いた。 「最近は梅の花見をすることが多かったので、な」 言って蒼司の目が桜を見る。 「……確かに、桜のお花見なんて、久し振り。今回は楽しめると良いな」 そう口にした彼の胸中には幼き頃の思い出が蘇っている。それは彼にしては良くない思い出だが……。 「さて、行くとするか」 「あ、うん……えっと、恭一郎さん、その……お花見、楽しんでください」 貴臣はそう告げて頭を下げると、蒼司と共に桜の傍へと歩いて行った。 その姿を見送り、恭一郎の目がある人物を捉える。 「アレも、来ていたのか……」 そう零すと、恭一郎は歩を進め、この場を去って行った。 そして彼が見止めた人物に歩み寄る者が1人―― 「征四郎クン、発見」 桜から遠ざかった場所で、1人盃を手に花を楽しむ天元・征四郎に声を掛けたのは柚乃(ia0638)だ。 彼女は偶然見つけた征四郎に声双子の兄の姿はない。 「……1人か?」 「本当は兄様と一緒の予定だったけど……」 そう呟き視線を伏せる様子に、征四郎の目が瞬かれる。そうして差し出された盃には、花弁が一枚。 「……まだ飲んでいない。良ければ……だが」 無口故に何を考えているかイマイチわからないが、今は慰めようとしているのだろう。 それが伝わり、柚乃はちょこんっと近くに腰を下し、彼の差し出した盃を受け取った。 「ヒトの縁もまた奇跡……」 呟き、盃を口に運びながら、此処に足を運ぶ者達を眺め見る。 たった1度の呼びかけでこれだけの人が集まったのも奇跡。そしてその人達が楽しそうに桜の木に集うのも奇跡。 柚乃はこれまで得た数多の出会いに感謝し、人々の幸を願って酒を口にした。 「樹齢はどれ程なのかな。ずっと……里を見守ってきたのかな……」 ポツリ、零して空になった盃を置く。 そうして取り出したのは楽を奏でる為の笛。 彼女は静かに瞼を伏せると、穏やかに、心に春を描いて笛を奏で始める。 その音に、花へと近付き、持参した桜餅を貴臣に勧めていた蒼司の目が上がった。 「ほう。お前以外にも笛を奏でる者がいるとは……お前も如何だ?」 「え、僕……?」 突然の振りに驚いたが笛は持参していた。 そこにはある目的があった。彼は蒼司を見ると、自らの笛を取り出して囁く。 「蒼ちゃんが舞ってくれるなら……」 この声に蒼司の口角が上がる。そうして貴臣が笛を、蒼司が舞を舞い始めると、周囲には自然と人が集まり始めた。 「ふむ、良い学と舞だな」 からす(ia6525)はそう零し、会場の隅に設けた茶室で客を招いていた。 一番客は河童族の長(ib9241)。彼の前に岩清水を置き、ふとからすの目が次に訪れた客を捕らえた。 「英雄のお出ましか」 「英雄?」 「報告は聞いている。ブルームを倒したと」 からすはそう言って、良い賭けらしい義貞に特製薬草茶を差し出す。 「君の手のおかげで里を護れたのだ。英雄よ、胸を張ると良い」 「いや。俺は皆と闘っただけだ。俺だけじゃ勝てなかったよ」 以前とは明らかに違う言葉を返した義貞に、からすの目がツと上がる。そうして義貞の顔を見ると、フッと笑んで茶を早く飲むよう促した。 「――英雄は宴において酒を飲まされ潰される運命にある。存分に楽しむと良い」 彼女はそう言うと小さく「介抱はしてやろう」と呟き、茶を飲み干す義貞を眺め見た。 そして華やぐ宴の席にて、桜の大木を見上げ、目を輝かせる少女が1人。 その隣には、穏やかに優しい表情で少女を見詰める男性がいた。 「綺麗だね……」 そう囁く彼は少しでも早く、同行する少女に桜を見せたかった。 自分にとっては特別な存在の桜。色々な思いを運んでくれる桜。 それに対して、同行する少女――フレス(ib6696)も何か感じてくれたなら。 滋藤 御門(ia0167)は桜に圧倒されたように、空を見上げて立ち止まったフレスに目を向けた。 「……桜の華ってなにか心を湧き立たせる綺麗さがあると思うんだよ。ワクワクしてくるというかウキウキしてくるというか……」 「ねえ、フレスちゃん。折角だし、ここに伝わる儀式をしてみない?」 「儀式?」 どんなものか。期待に頬を紅潮させる彼女に、里の人から受け取っていた盃を差し出す。 そうして岩清水を注ぐと、それを空に翳した。 「御門兄さま……それは、なにを――あ」 舞い散る花弁。 それを受け止めて差し出して見せる御門に、フレスは目を輝かせて、自らの盃も掲げる。 その上で御門と同じように花弁を水面に浮かべると、笑顔で彼を見上げた。 「この盃をこう……そう、交換して……あとは飲むだけ」 言って、先に飲んで見せる。 ――どうか、彼女へ幸がありますよう。 花弁に奇跡を祈り、一気に飲み干す。それを見届け、フレスも盃の水を飲み干すと、彼女の獣人特有の耳がピクピクと動いた。 「なにか踊りたくなってきたんだよ♪」 言って、桜の花を連想して作りだした舞を披露し始める。 ヒラヒラと、風に漂う花弁のよう。優しく、優雅に、時折力強さも混ぜて舞い踊る。 「……桜の妖精みたいだ」 思わず呟いて、ハッとなった。 慌てた様にフレスの舞に、即興の曲を笛で奏でる。先に披露された貴臣と蒼司の舞が、荘厳で清らかな物ならば、フレス達の舞は優しく温かな物、と言った所だろうか。 フレスは最後まで舞い終えると、満面の笑みを浮かべて御門に駆け寄った。 「御門兄さま! 私の舞、見てくれたかな?」 フレスは舞に、此処に連れて来てくれた御門への感謝と、桜の綺麗さへの思いを乗せていた。 それが彼に伝わったかが心配だったのだ。 しかし、そんな心配は無用だったようで、御門は優しい笑みを浮かべると、彼女の頭にそっと手を添えた。 「凄いね……惹き込まれた。まるで、桜の妖精みたいで、素敵だったよ」 「本当!」 フレスは嬉しそうに目を細めると、穏やかで優しい手に包まれて溢れんばかりの笑顔を零した。 そして、フレス達と同じく舞を披露した蒼司と貴臣もまた、落ち着いた様子で花弁を浮かべた盃を交換していた。 「……桜の満開の日に、蒼ちゃんが大怪我してからずっと心に秘めてたけど……僕は、蒼ちゃんに護られるだけじゃなくて、蒼ちゃんを護れるくらい強くなる……そう、誓うよ」 貴臣はそう言って、飲めない酒の代わりに岩清水を注いだ盃を掲げて見せた。 その姿に蒼司も盃を掲げて見せる。 「俺を護れるくらい強くなりたい、か……もう、俺は十分にお前に護って貰えていると思うが?」 言って視線を上げた先には、驚いた表情の貴臣が。彼は小さく首を傾げると、じっと蒼司の事を見詰めてきた。 その視線に、蒼司の口から笑みが零れる。 「回復もして貰えているし……お前が居るから、安心して戦える」 勿論、目に見えることだけが真実ではないが……。 蒼司はそう零すと盃を口に運んだ。 「俺の誓いは……貴臣と今までとかわりなく対等な関係で、だな」 この声に貴臣は言葉ではなく微笑で返事を返し、彼から受け取った奇跡を飲み干した。 宴席に絶えず置かれる食事。 それらは何も際限なく溢れる訳ではない。 それを作る者がいるから、花見を楽しみ、酒を、料理を楽しむことができるのだ。 「流石に、作っても作っても、間に合わないです」 礼野 真夢紀(ia1144)はそう言いながら、空になった皿と、新しく料理を盛り付けた皿を置いてゆく。 その内容はかなり豪華だ。 1つの皿には筍のおにぎりを。その中には油揚げと人参まで入っている。そして筍を使ったおこわも存在。 稲荷寿司まで作成して、ご飯ものはこれで完璧だ。 「なあ、この卵焼きはもうないのか?」 「もう少しで追加が焼けます。それまで待ってくださいー」 何処からともなく飛ぶ声に、慌てて答えてお皿を取り上げる。 「お皿もですけど、重箱が……」 持参した重箱だけでは足りそうもない。 真夢紀は溜息を零して、菜の花の辛し和えに手を伸ばす人物に声を掛けた。 「管理人さん。重箱なんて……」 「っ……俺が持ってると思うか?」 「ですよね……」 ほぼ食べる専門の志摩が持っている訳もなく、真夢紀は小さく首を横の振ると、覚悟を決めた様に袖を捲った。 「甘藍と帆立……それに卵で何か作りましょう。あとは、玉葱と筍も使って……あ、蒸し物と桜餅も必要ですね!」 「あー……誰か、てつだ――」 「管理人さんは座ってて下さい!」 「――はい」 真夢紀は項垂れる志摩を横目に駆け出すと、次の料理を出す準備に駆けて行った。 その姿を見送り、巌 技藝(ib8056)が顔を覗かせる。 「お酌は如何かね?」 「お前さんは下宿先の……」 「ああ。お蔭様で少しずつ依頼にも参加して慣れてきたさ」 赤の泰服にハイヒールに身を包んだ技藝は、志摩の隣に腰を下すと、空になった盃に酒を注ぎ入れた。 「俺は何もしてねえ。お前さんが努力して前に進んでる成果だろ。俺がもし何かしたのだとすれば、ちょっと背中を押したくらいだ」 言って盃の中身を飲み干す。 その様子を見、技藝の目が桜の樹を見上げた。 「この宴は、和解に向けた幸多き席って話だよね」 「あ? まあ、そうらしいな」 詳しい事は知らん。 そう言った志摩に、技藝は立ち上がると、八尺棍を手に茣蓙の外に出た。 「宴席は盛り上げていかないとね!」 彼女はそう言うと、棍と扇子を使用した演武を披露し始めた。その姿は艶やかで、皆の目を奪うには十分な物。 それを宴席の隅で見ていたキャメル(ib9028)は、こっそりと顔を覗かせ、そっと桜の木に抱き付いた。 「えへへ、キャメルはね、桜がすきなのよ」 自分と同じ色の優しい樹。 幼い頃、ずっと一緒に居てくれた桜の樹は、キャメルにとって大事で大好きな存在。 彼女は近くを通った人に、目でぺこりと挨拶をして、ひょいっと桜の影に隠れてしまった。 今回はこっそり参加すると決めている。 だから挨拶も小さく、静かに。 それでも人が集まっている様子は心惹かれる物で…… 「お嬢ちゃんも、これをどうぞ」 通りすがりの里人だろうか。 湯呑を手渡して去って行く姿に目を瞬く。 「……一緒に、飲むの」 ふわっと微笑んで桜の樹を見上げる。故郷の桜とも負けず劣らずの巨木に祈りを捧げ、一気に飲み干す。そうして凭れかかると、あふっと欠伸が零れた。 「とってもとっても立派な樹なの。ながーい年月を、ここでじっと、見守ってきたのよね。だから沢山の人が幸せになれるよ」 ウツラウツラとし始める思考。 春風に誘われて、このまま眠りそうになる。けれど、それを遮る様に風が吹きあがると、キャメルは驚いたように目を瞬いた。 「……あなたも、1人?」 同じくらいの年だろうか。 宴席の隅で酒の入った盃と、岩清水の入った盃を手にどちらを呑むか考え込んでいる少女がいる。 「……そう、だけど。きみ、何?」 若干警戒気味に問いかける声に、キャメルの顔に満面の笑みが乗った。 「はじめまして、キャメルなの」 「キャメル? あたしは、玖李」 「桜の木にかんぱーい!」 笑顔で掲げられた湯呑に、帆 玖李(ib9251)は目を瞬くばかり。それでも屈託ない笑みで湯呑を差し出すキャメルに根負けしたらしい。 少しだけ表情を緩めて己が盃を差し出す。 この場合は、キャメルに合わせた方が良いだろうと、岩清水の入った盃を差し出した。 「……乾杯」 そう言って飲み干した盃には、一枚の花弁が残っていた。 ● 陽が頭上に差し掛かる頃、辺りは温かな陽気に包まれ、賑わいを増していた。 「真名よ。よろしくね」 胸を張って皆に挨拶をするのは真名(ib1222)だ。 彼女はニコリと笑んでこの場に集まった面々を見回す。 「見た所、天儀生まれは私だけね。案内なら任せてね♪」 真名はそう口にすると、用意してきたお弁当を広げて見せた。これにアルーシュ・リトナ(ib0119)が嬉しそうにポンッと手を叩く。 「美味しそうですね。あ、私はクッキーとサンドイッチを持って来ました」 言って、真名のお弁当に並べる形で、花弁を模したクッキーと色鮮やかなサンドイッチが置かれる。それらを眺め見て、サミラ=マクトゥーム(ib6837)が感心したように目を瞬く。 「凄いね……ここの花の木も凄いと思ったけど、このお弁当も凄いや」 思わず零した声に、ローゼリア(ib5674)も身を乗り出して覗き込む。 「確か、花より団子……そのような言葉がありましたよね」 得意気に言ってのける彼女に、真名が「良く知ってるね」と笑顔を覗かせる。そうしてふと彼女の目が此方を見る人物に気付くと、彼女が笑顔のままその人物を手招いた。 「来たんだね。はい、皆に挨拶して」 そう言って皆の前に小さな背を押した。 この仕草に、おずっと口を開いたのはレト(ib6904)だ。 真名とは旧知の仲で、アルーシュとは依頼で付き合いがあった。 故に挨拶だけでも……そう思い顔を覗かせた。 「ジプシーのレト。その……よろしく」 「確か、この前ご依頼で一緒でしたね。アルーシュです。よろしくお願いしますね」 穏やかに微笑んで挨拶をしてくれるアルーシュ。それに続きローザリアが前に出た。 「ジルベリア貴族、ローゼリア・ヴァイスですわ。ローザとお呼び下さいな」 言って胸を張る彼女に、レトが遠慮気味に頷く。そうして宴が開かれる。と、其処まで来て、レトが口を開いた。 「あ、あの……向こうに、知り合いがいるので」 慌てて頭を下げて駆けてゆくレトに、真名は目を瞬き、僅かに目元を緩める。 「レトは恥ずかしがり屋さんだから。それに、気を遣ってくれたのかも」 見るからに仲の良い4人。その中に自分が混じる事を遠慮しての行動だろう。 真名はそう言葉を添え、パンパンッと両手を叩いた。 「私のお弁当はちょっと辛めだけど、どうぞ」 この声に改めて宴は開始された。 「ジルベリアはまだ雪が残っていますけど、此方は見事な春、桜ですね……」 ほうっと見上げた桜は本当に見事で、思わず吸い込まれてしまいそうだ。 「華の宴、ですか。本当にこの国の文化は繊細ですわね」 「そうですね……優しい、良い文化ですね」 ローザリアの声に頷き、アルーシュは穏やかに目を細める。其処にサミラの声が響く。 「花に覆われた森……向こうじゃ、想像もできない景色だ。父さんに、感謝……かな」 そう零し、差し出された盃に目が落ちた。 並々と注がれたのは酒だろうか。 じっと見つめる其処に真名の笑みが覗き込む。 「其処に桜の花弁を落して、盃を交換して飲む事で奇跡を分け合う儀式なんだって」 私達もやろう。 そう声を掛ける彼女に、サミラの手が空を仰ぐ。 ヒラリと舞う花弁を、ゆっくり盃に落して手元に寄せる。想像以上に優しく落ちた花弁に、サミラはゆっくりと目を瞬いた。 天儀に来る事が出来るようになり、父親の許可を得て此処に来て、多くの人に出会った。 新しい世界は多くの物を見せてくれ、今此処にある事、数多の人に出会えた事が、どれだけ奇跡的な事か嫌という程わかる。 そして今得た奇跡を、多くを教えてくれた人達へ、平穏と幸せを分け与える祈りとして捧げたい。 「……私には戦う事しかできないし、ね」 呟き、隣に座るアルーシュに盃を差し出した。 これに春の日差しのように暖かな笑みが差し込む。 「サミラさんに案内……は、私もまだまだで、真名さんに頼りきりかもですけど……これからも、よろしくお願いしますね」 アルーシュはそう囁くと、盃の中身を一気に飲み干した。 そして新たな酒を注ぎ、花弁を水面に落す。 「梅から桜……戻ってきて、留まって……」 季節は廻り、新たな季節を招く。 それと同じように、新たな出会いを招き、歩き出せるだろうか。 今日のように、心温かな友人達と共に……。 アルーシュは一度静かに目を伏せると、想いを盃に注ぎ、そっと隣りへそれを回した。 「これ、お酒かな? お酒は最近飲み始めたばかりだけど、みんなの想いなら良いよね」 それに、ちょっとだし♪ 真名はそう零して盃の中身を飲み干す。 その上で新たに盃の中身を満たすと、自らも皆がしたのと同じように盃を空に翳した。 桜色の雲の中、ヒラリと雪のように舞い落ちた花弁を、静かに、ゆっくりと落し込む。 そうして盃に波紋が描かれると、彼女は嬉しそうに頬を紅潮させて、ローザリアに向かい直った。 「みんなと一緒のこの時間が、何時までも続きますように……」 笑顔でそう囁いた真名に、ローザリアはグッと言葉を詰まらせる。 それでも盃を受け取ると、恭しく目を伏せ、其処に唇を寄せた。 ゆっくり飲み干した盃の中身は、皆の優しさと思いが詰まっている。それを再び皆に返そう。 「わたくしは、皆様が大好きですのよ」 ローザリアは極上の笑みで皆を見回し、最後の一滴まで盃に注ぎ、花弁を招く。 そして静かに落ちた花弁を目に、始めに優しさと奇跡を分けてくれたサミラへ、それを差し出す。 「これが終わったら、わたくしの耳を……いえ、何でもありませんわ!」 ふいっとそっぽを向いたローザリアに首を傾げるサミラ。皆はその姿に笑みを零し、サミラが盃の中身を飲み干すのを見届けた。 「今日は、とても楽しいです……この想いを、歌にして、届けたいくらいに……」 アルーシュは言って、静かに息を吸い込んだ。 その様子にサミラが横笛を構え、ゆっくりと音色を奏で始める。 「なら、私は姉さんとサミラのお手伝い♪」 手の中で広げた2種類の符。其処から舞い落ちる光源を体に纏い、鮮やかに、淑やかに舞い踊る。 〜♪ 会えて良かった もう一度 梅から桜 杯交わして 花巡り 胸に満ちる花々は 縁と言う名のあなたの笑顔 奇跡のようなこの時を いつまでも ありがとう……♪〜 歌声と、笛の澄んだ音色。それに合わせ舞う真名の姿を目に、ローザリアはうっとりと胸の前で両手を組んだ。 「……素敵ですわ、お姉さま方……」 彼女がそう口にした時だ。 突然、強い風が吹いた。 一気に巻き上げられた花弁が、楽に合わせて舞い落ちる。その姿はまるで、春に降る雪のようだった。 時を同じくして、桜吹雪を目に、里を歩く男女が居た。 「すっかり春だな。見事な桜も咲いて、花見日和だ」 日々の闘いを忘れ、心穏やかに此処にある。 そして隣には愛しい人が居て、温もりを分け合いながら共に歩いてくれている。 柄土 仁一郎(ia0058)はその事実に自然と目元を緩め、舞い散る桜を見詰めた。 「綺麗ねぇ、まるで別の世界みたい」 腕を組み、下から覗き込むように囁く巫 神威(ia0633)の声に、仁一郎の首が縦に振れる。 「ぽかぽかして気持ちが良い天気ね」 「そうだな」 言葉少なくとも、感じている気持ちは一緒。 2人は桜だけではなく、里に咲く様々な花を眺め、そして桜の樹を臨める場所で腰を据えた。 「桜もそうだが、この季節は花が色とりどりに咲くから華やかでいい」 咲き誇る桜以外の花々。 その姿を見ていると、アヤカシの存在する世界とはまた別の世界のように思えてくる。 とは言え、それは流石に口にしない。 口にせずとも、愛しい人は同じ想いを共有しているに、違いないから。 「仁一郎とこうして出かけるのも久しぶりね。のんびりできて嬉しいわ」 そうだな。 そう頷きを返し、此処に至るまでに耳にした「儀式」の事を思い出す。 「確か、『盃の儀式』だったか……風流な奇跡だ。楽しもうじゃないか」 穏やかに発せられた声。 次いで差し出された盃に神威の目が落ちる。 「ええ、素敵な奇跡だもの。貴方と一緒に」 互いの盃に注ぐのは岩清水。 仁一郎は神威の為を想いこれを選び、彼女もまた仁一郎の為にと盃に注ぎ入れる。 そうして互いの盃に花弁を浮かせると、2人は微笑みあって盃を交換した。 「また機会があれば、のんびりするか」 「ええ。また来年もこんな風に一緒に来ましょうね」 神威は幸せそうに微笑を浮かべると、想い人の笑みを見ながら、盃の中身を飲み干した。 その頃、妹のような存在のアムルタート(ib6632)を連れて里を訪れていた不破 颯(ib0495)は、壮大な桜の樹を前に呆けた顔をして目を瞬いていた。 「こりゃ、凄いなぁ」 圧巻の桜の樹は、見上げると自分が倒れてしまいそうな程。それでも見上げていると、背中に勢いよく飛び付く者がいた。 「天儀の桜ヒャッホー♪」 「のぁっ!?」 前のめりに倒れそうになって慌てて踏ん張る。 振り返った先に居たのは、アルムタート本人だ。 彼女の手には確り盃が握られており、笑顔でそれを差し出すと、彼女は無邪気に盃に花弁を落とした。 「颯と幸せのお裾分け〜♪」 何か微妙に違うが、まあ良いか。 「ま、互いの幸せを願って、てなぁ」 カンッと重ねた盃の乾いた音を耳に、酒を一気に喉に通す。そうして桜を再び見上げていると、アルムタートの元気な声が響いてきた。 「それじゃあ皆に幸せ配ってくる〜!」 「おう、頑張ってこい」 ヒラリと手を振って、色々な人と儀式をしに向かったアルムタートを見送って、颯はのんびり足を動かした。 彼はこの後、のんびり時を過ごすつもりだ。 そんな彼の足がふと止まる。 「……おや、風流だねぇ」 へらりと笑んで屈めた身。伸ばした手の先に拾い上げたのは、形も崩れていない桜の花だ。 強風に煽られ落ちたのだろう。 「帰って、押し花にでもしようかねぇ」 そう零すと、手拭いの間に花を仕舞い、ゆっくり歩いて行った。 そして颯と別れたアルムタートは、元気に盃を交わして歩いてゆく。 そうして彼女が見つけたのは、征四郎と言葉を交わすレトだ。 「あ、こんにちは。ちょうど良かったよ。ちょっと案内してくんない?」 「……いや、俺はこの辺りは詳しく――」 「幸せを配るよ〜♪」 征四郎の声を遮る様に飛び込んで来たアルムタートにレトの目が瞬かれる。 「え、っと……?」 「分けて与えて、皆で幸せ沢山だよ♪」 ニコッと笑ってレトに盃を手渡すと、アルムタートは中身を飲み干すように促した。 その仕草に戸惑っていると、不意に声が響く。 「この里に伝わる儀式だ……盃に落ちた花弁を奇跡と例え、それを、酌み交わす事で、奇跡を分け合う」 珍しく言葉長く発した征四郎に、レトは一瞥を向け、再び盃に目を落した。 「奇跡を……」 「幸せ沢山。美味しいよ?」 わくわくと目を輝かせる彼女は悪い子ではない。それがレトにも伝わったのだろう。 彼女は盃の中身を一気に飲み干すと、征四郎を見た。 「この前の、あんたの妹……まだ会ってろくに話したこともないけどなんか他人と思えないんだよね、あの子」 だから、あんたと共々、よろしくしてあげる。 そう言って盃を押し付けたレトに、征四郎は僅かに苦笑を浮かべ、それを受け取った。 「……やっと春が来てくれた、有難いな」 ラグナ・グラウシード(ib8459)はそう零し、華の宴を楽しんでいた。 其処彼処から聞こえてくる賑やかな声。それを聞きながら春の日差しを浴びるのは、とても心地が良かった。 「桜花散る下での宴は、雅だな……」 ポツリと零し、酒を口にする。そうして息を吐くと、再び桜を見上げて、酒を口に運んだ。 それを繰り返す内に、何時の間にか寝てしまったようだ。 耳に届く風の音も、遠くに響く人の声も、彼には子守唄にしか聞こえないようだ。 「……」 人が近付いても気付かない程ぐっすりなラグナ。そんな彼の元を訪れたエルレーン(ib7455)は、気持ち良さそうに眠る彼の顔を見て、柔らかな笑みを零した。 そうして手を伸ばし、彼の頭を優しく撫でる。 「………」 自らを殺めようとする兄弟子。 けれどエルレーンの動きは、憎んだり、嫌ったりする相手への物ではない。 彼女は白い盃を酒で満たすと、静かに空へとそれを掲げた。そして花弁が舞い落ちるのをじっと待つ。 「……来た」 極々小さく零して微笑むと、彼の傍に盃を置いて駆け出した。 そしてその音にラグナが目を覚ます。 「……ん? って、何だこりゃ……?」 視界を覆う何かに手が伸びる。 どうやら顔に張り紙がされて―― 「ッ!? あ、あの女……ッ!」 わなわなと握り締めた紙。其処には『おばかさんが寝ています』との文字が。 「くそっ、よくもやってくれたな!」 ラグナは怒りで頬を紅潮させると、手にした紙を放り投げた。 その傍に、桜の花弁が浮かべられた白い盃があるとも、知らずに……。 ● 陽が微かに陰り始めた事、愛しい人の肩に羽織を掛け、由他郎(ia5334)は木の陰に座って、風と共に舞う桜の花弁を見詰めていた。 「華の宴、か。風流でいいわね」 先程まで里の中を見て回っていた所為か、僅かに疲れてしまった。 肩を由他郎の肩に凭れさせ、黎阿(ia5303)は自らの盃を手の中で回す――と、其処に花弁が落ちた。 波紋を描き、盃の中に横たわる花弁を見詰め、黎阿の唇に笑みが乗る。 「奇跡のお裾分け、か」 呟き、ひと口飲む。そうして由他郎にそれを差し出すと、彼の目が彼女と、盃を捕らえた。 「……一口だけ貰おう」 口数少なく拾って囁く声に、目元が緩む。 「別に酔って寝てしまってもいいわよ? その時は膝枕してあげるから……」 悪戯っぽく囁く声に、一瞬だけ目が向けられた。 嗜める訳でもなく、ただ言の葉を受け入れる。そんな印象を受けるも、由他郎はひと口だけ酒を口にし、そっと彼女の手に盃を戻した。 やはり、苦手な物は苦手らしい。 「……見事な花だ」 彼はそう零し、黎阿は残りの酒を扇ぐ。 そしてゆっくり彼の肩から顔を上げると、ヒラリと両の手を広げて舞った。 「咲き誇る桜の中で、なんて良い舞台だわ」 自然と零れる笑み。 桜の景色に溶けそうな妻の姿を見詰め、由他郎の目が細められる。そして彼の手が伸びると、黎阿はすんなり彼の元へ戻ってきた。 「君の舞も、見事なものだ」 そう言って腰に腕を回して抱き寄せる。 まるで愛しい人を桜に取られないように、優しく、しっかりと。 優しい花吹雪が舞う中、無邪気にその中を駆ける少女が居た。 「稚空見てください! 立派な桜の木です」 そう言って羽紫 稚空(ib6914)を振り返ったのは、彼の想い人、黒木 桜(ib6086)だ。 「前見て歩け。転ぶぞ――」 元気なのは良い。 だがそれで怪我をしたら全てが台無しだ。 そんな思いで声を掛けたのも束の間。言った直後に転びそうになった桜に、慌てて腕を伸ばすと引き寄せた。 「あっぶねー……ったく、気をつけろよな!」 「ご、ごめんね……」 咄嗟に顔を逸らして謝罪すると、慌てて彼の手から逃れた。 その頬が赤く染まってたのは此処だけの秘密だ。 「稚空、飲み物があるよ!」 「へぇ、桃のジュースか」 ニッと笑んだ稚空は、自分の分の飲み物だけを拝借。そうして一口飲むと「おお!」と声を零した。 「この桃のジュース、後味サッパリてでうめぇな……」 「え、そんなに美味しいの?」 「お前も飲むか?」 「うん、飲――!?!?」 飲む――そう言おうとした言葉が呑み込まれた。 目の前で睫毛が触れそうな程、近付いた稚空の顔。唇に触れる感触と、仄かに桃の香りが口から香って来て……。 「な? うまいだろ?」 顎を掴んだまま顔を離した稚空に、桜の頬がボッと赤く染まる。 「あ、あのっ……私っ……」 「何、解んなかった? んじゃ、もっかい飲んどくか? 俺的には何度やってもいいんだけどな」 ニヤリと笑って手を放した彼に、桜は慌てた様に彼の服を掴んだ。 「す、すみませんっ……私、あの……どんな顔したらいいかっ」 嬉しいと言う感情があるのに、恥ずかしさと驚きで動揺する自分に、とにかく戸惑う。 それでも稚空に変な誤解は与えたくない。 桜は必死に深呼吸をして自分を落ち着かせると、出来るだけの笑みを彼に向けた。 これに稚空の目が逸らされる。 「やべっ……飲んでもねぇのに……桜、お前に酔っちったみてぇだ」 言って口元を抑えて視線を逸らした稚空に、桜は一度静めた鼓動を速めて、耳まで赤く染めた。 桜と落ちかける陽の陰で、言ノ葉 薺(ib3225)は東鬼 護刃(ib3264)と共に花見を楽しんでいた。 「良い花見日和になりましたね。それにしても、随分と楽しまれていた様子」 囁き、目の前に腰を据える愛しい人を見る。 護刃は薺の視線を受けて微笑むと、僅かに隙間の出来た重箱に箸を伸ばした。 「わさび入りのおにぎりは義貞が食べたのぅ。次は尚哉に当たる様に作るのも面白かろう」 くすり、零した声に薺は愛おしげに笑みを零す。 そうして彼女の作った料理に舌鼓を打つと、自ら用意した盃を取り出した。 「『盃の儀式』というのを試しましょう」 但し―― 薺はそう言葉を切ると、用意した瓢箪から酒を注ぎ、1つを護刃に差し出した。 「此度は、友ではなく、愛する人と――」 「……ふふっ、良いじゃろう。花弁に想いを、己が奇跡を籠めて、酌み交わそうぞ……この奇跡たる想いを永久に紡げる事を、な」 囁き、互いの盃に花弁を浮かべて、酌み交わす。酒の勢いは何時も酌み交わすのと同じくらい――否、何時もよりゆっくりかも知れない。 けれども、薺は小さく息を零すと、盃を静かに置いた。 「少し、酔いが回りました」 「――っと? ほっほぅ……薺が酔うとは珍しい」 膝に置かれた温もり。 それに目を置き、ゆるりと手を伸ばす。そうして触れたのは、柔らかく温かな尾。 其処を撫でつつ胸にこみ上げる暖かな感情に息を吸い込む。そしてそれをゆっくり吐き出すと、優しく溶けるような声が響いてきた。 「幸せとはまさしくこの時間を言うのでしょうね」 うっとりと、静かに響く声。 それを耳に尾を撫でると、護刃は静かに舞い落ちる花弁に目を向けた。 |