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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 ●??? 一本の蝋燭が部屋を照らす薄暗いその中で、複数の男たちが顔を揃え、何やら言葉を交わしていた。 「アイツらの所為で、俺の子分らは皆殺されちまった。生き残ってるのは、俺と僅かな個分だけだ」 「あっちは親分や兄さん達が殺られた……あっちは遣いに出てて居なくてよ。戻ったらって感じでやす」 次々と語られるのは、此処数か月の間で浪志組に潰された賊の結末。 そう此処に集まるのは、浪志組に組織を潰された者や、彼等に恨みを持つ者ばかり。 「おめぇ等に集まって貰ったのは他でもねぇ。今話にあった浪志組の頭っつっても過言じゃねえ男、東堂俊一の始末の件で集まって貰った」 言葉を発したのは、蝋燭の先。上座に腰を据えた男だ。 羽織の袴、一見すれば普通の役人に見えなくもないこの男も、浪志組によって仲間を失った者の1人。彼は口角を上げて皆を見回す。 そして何も異論の声が上がらないのを確認すると次を口にしようとした。 しかし、その直後、別の方面から声が上がる。 「東堂1人を殺るってのか? 浪志組を叩く方がよっぽど良いんだろ……アイツ1人を殺った所で焼け石に水って感じでよぉ」 「良いか。東堂を殺れりゃぁ、浪志組に一泡吹かすのも難しいことじゃねぇ。それにあの優男、如何見ても剣が強いとは思えねぇ。なら少人数の所を襲えば殺れるかもしれねぇだろ」 確かに、東堂・俊一(iz0236)は見た目にも細く、剣の腕に長けているとは思えない。 それに、塾で塾生相手に剣を教える事はあっても、彼本人が刀を振るう事は滅多に無かった。 「浪志組が出て来た時も、あの野郎が刀を振るう姿は殆ど見たことがねぇ。アイツなら首を取れる――確実に」 そう言って笑った男に、誰も異論を唱えなかった。 そして数日後、彼等の東堂暗殺の計画は実行される。それは東堂が彼を慕う少年を1人だけ連れ、巡視に出た日の事だった。 ●はるうらら 神楽の都を少し離れた土手の上。 春の陽気に誘われる様に巡視のついでにと足を運んだ小川沿いの土手には、一本だけ桜の木が植えられている。 「今年も見事に咲きましたね」 東堂は咲き乱れる桜の前で足を止めると、眩しそうに花弁を降らす木を見上げた。 その姿に彼と共に此処を訪れていた少年、偉蔵(ひでくら)は、桜と東堂の両方を見比べると、静かに首を傾げた。 「先生も、お花見をしたいのですか?」 「花見……私が、ですか?」 桜に魅入っていた所為だろうか。 突然の問いに、素にも近い反応を返した東堂へ、偉蔵は笑顔で頷いた。 「はい。先生は花や賑やかな場が好きだと心得ています。故に、望んでおられるのかと」 違いますか? そう無邪気に問われて、東堂の瞳が眇められた。 「私ともあろう者が、そうですね……確かに、私は花や賑やかな場所が好きです。人の笑顔も――」 言って笑みを零した瞬間、賑やかな足音が響いてきた。 それは1つではなく複数。 「先生、後ろへ!」 偉蔵はすぐさま東堂の前へ出た。 しかし東堂は彼の肩を叩くと、そっと前に出る。その目に映るのは、多種多様な賊の集団。 「浪志組に仇成す者でしょうか。このような場所で襲い掛かるとは……事前調べでもしていたのでしょうか?」 「てめぇさえ殺れりゃあ、手段なんざ如何でも良い! 東堂俊一、覚悟!!!」 叫ぶ賊を前に、東堂は偉蔵を見やり、そして大仰に溜息を零した。 その仕草に賊の中央から順にざわめきが起きる。 「悪辣にて不浄の存在。生きている価値も存在しない輩は多い。貴方がたも、その一部と捉えて良いのでしょうか」 「うるせぇ! てめぇは生かしちゃ置けねえんだよぉ!」 「この賊……先生を侮辱する事、この偉蔵が許さない!」 偉蔵は刀に手を添えると抜刀の構えを取った。しかしその手を東堂の手が叩く。 「偉蔵、申し訳ありませんが助けを呼んで来て下さい。数は、此処にいるだけではありません」 「え……」 東堂の声が聞こえたのだろうか。 徐々に集まる人の影。それは5や6、そんな温い物ではない。明らかに10は越える者達が、東堂を囲みに掛かっている。 「花の美しさに酔い痴れる前に、別の花を咲かせるのも一興――さあ、偉蔵。行きなさい」 彼は穏やかに微笑むと、己が刃の柄へと手を添えた。 その姿に偉蔵は無言で頷き駆けてゆく。そしてその背に1つの刃が向かった時、東堂の足が動いた。 「なっ」 正に一瞬の出来事だった。 東堂が構えを取った瞬間、偉蔵を追おうとした賊の首が飛んだのだ。 「貴方がたの相手は私です。精々、援軍到着まで、楽しませてくださいね。まさか、其処の桜のようにあっさり散ってしまいませんよね?」 ニコリ。 そう笑顔で囁いた彼に賊は息を呑んだ。 誰が東堂を弱いと言った? 彼は今首を刎ねた人物の血を浴び、尚も次の得物を狙って動き始めている。その姿は賊でも戦慄する程に非道で容赦がない。 「か、数で迫りゃ問題ねぇ! お、おめぇ等、掛かれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」 この声に東堂は密かに口角を上げ、流れる動作で刃を振り下ろした。 |
■参加者一覧
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
サミラ=マクトゥーム(ib6837)
20歳・女・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
華魄 熾火(ib7959)
28歳・女・サ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 響く剣戟。それを耳に開拓者の足が加速する。 「あちらです!」 彼等と共に駆ける偉蔵が、声と共に見えてきた人の山を指差した。 その声に、アルマ・ムリフェイン(ib3629)の目が辺りを捉え、そして、偉蔵の腕を取った。 「偉蔵ちゃんは僕たちと、こっち……!」 言って土手を一気に滑り落ちる。 その上で降りて来た先を見上げると、喧騒が溢れる場所を見、唇を噛み締めた。 「…、……何で、死ねとか……殺すとか……そんな、言葉、ばっかり……」 研ぎ澄まされた耳に響く声。その中に紛れる負の音色にアルマは胸を抑えた。 「人の希望であり、頼り木であり、闇でもある……だからかのう」 ポツリ――零され声に、アルマの目が動いた。 其処に居たのはアルマと偉蔵に同行する華魄 熾火(ib7959)だ。 彼女は憂いを含む目を上げると「ふむ」と息を吐く。 「此処からが近そうじゃ」 土手の上に咲き誇る桜。その下で交わされる戦闘の音を耳に、熾火の目が細められる。そしてその目をアルマと偉蔵に向けると、それぞれの頭に手を置いた。 「恨みも多かろうが、あの者を慕い目指し、頼る者が迷う……おらぬようになられるは、私も願わぬのでな」 そのような顔をするな。 不安と焦りを含ませた顔をする2人。彼等にほんの僅かの笑みを乗せて囁き、熾火は武器に手を添えた。 「――向かい側の後ろ…みんな、移動できたみたい……」 多くの音の先に響く足音。 微かな音も聞き逃すまいと呟くアルマに、熾火は頷いた。 それを見止めてアルマは偉蔵に囁く。 「先生が心配するから、無茶は無しだよ、偉蔵ちゃんっ」 この言葉の後、アルマが呼子笛を放つ――と、彼等は駆け出した。 その頃、アルマ達と反対側の土手を滑り降りたサミラ=マクトゥーム(ib6837)は、口中で何事かを呟くと、隣に降り立ったケイウス=アルカーム(ib7387)を見上げた。 「……桜の傍、人の輪の外側に気になる人影があった。あと、此処に降りるのを見てた人が――」 遠視の術で見止めた情報。それを口にして纏め、報告する彼女の目が見開かれた。 「この人物で間違いないだろうか」 驚くサミラ。そして彼女の前に庇うよう立ったケイウスの目が倒れる人物と、刀を鞘に納める人物を捉えた。 「的確且つ、無駄の無い動きであるな」 そう称したウィンストン・エリニー(ib0024)の前に立つ藤田 千歳(ib8121)は、サミラとケイウスの視線に首を傾げると、静かに目を瞬いた。 「間違いじゃない……ありがとう……」 ボソッと口中で呟き、サミラの肩から僅かに力が抜けた。 その様子を一瞥し、ケイウスが土手の上を見る。その仕草にウィンストン、千歳も目を上げた。 「……随分恨まれてるみたいだけど、それだけ恨みを買っても成したい事が、あの人にはあるんだね」 成すべき事の為、非道さえも辞さない。其れ故に恨みを買い、そして今、命が狙われている。 「恨みつらみで復讐とは短慮だな」 そう零すウィンストンは冷静だ。 それに対し、千歳の表情は硬く、刀の柄に添える手は落ち着きなく揺れている。 「……今ここで、東堂殿を失う訳には……東堂殿の目指す理想を見極めるまでは、死なせる訳にはいかない」 東堂・俊一(iz0236)の理想を先刻耳にした。 故に彼の理想が本物であれば、彼を、彼の掲げる志を護るつもりだ。 だが、もしも―― 「――否、今は止そう」 他にも思う事はある。 しかし今は、尊敬する東堂を護る事だけに力を注ごう。でなければ、これだけの数の賊、倒すのは難しいだろう。 「気のせい、かな」 不意に聞こえた声に、皆の目が向かう。 「いや……堂さんが襲撃を誘った様に思える……かな、なんて……今気にしても仕方ない、か」 サミラはそう零し、己が武器に手を振れた。 ピー―――……ッ。 「参ろう」 ウィンストンはそう口にし、皆と共に一気に土手を駆け上がって行った。 ● 響き渡る笛の音に、辺りがざわめき出す。 「……些か派手ですね」 零す声と共に斬り伏せた賊。其れを視界に東堂の目が動く。 「援軍か! くそっ、やっちまえ!!」 「――止まれい!」 空気を震わす怒声。 それと共に駆け込んできた影に賊の意識が向かう。 「ほう、聞こえる耳はあるようじゃな」 大槍を振り上げ、勇ましく、そして妖艶に微笑む熾火に、賊達の意識が集中する。それに続き、彼女は頭上で槍を旋回させると、改めて息を吸い込んだ。 直後、狼のように猛る咆哮が響き、さらに多くの者の目が彼女に集中する。 「そうじゃ。誰を狙うかよく理解しておるようじゃな。さて、手加減など手練れの真似は、出来ぬぞ」 フッと笑み振り下ろした穂先が大地を裂く。それに断末魔の声が響く中、アルマが東堂の前へ駆け込んできた。 「先生……無事で、良かった……」 小さく笑んで東堂に薬を手渡したアルマは、熾火に目を向けると、スッと表情を引き締めた。 「熾火ちゃん、ありがと……次は、僕の番……」 背筋を伸ばし構えた弓が、しなやか線を持つバイオリンの弦に触れる。と、次の瞬間、目の前の空間に圧が掛かった。 「ぐ、ッ……なんだ、これは……っ!」 目に見えない何かが背を押している。 次々と膝を着く賊に、アルマは空気を重くさせる低音を響かせてゆく。 「先生、無事ですか!」 アルマと熾火。彼等と共に東堂の元に駆けてきた偉蔵は、東堂の背を護る様に立ち、自らも刃を構える。 「見た所、無事……みたい」 遠視術で確認した東堂は、多少の怪我を負っているものの、大きな怪我は無い様子。援軍到着後も平然と刃を振るう姿は、以前見た穏やかな様子とは違う。 サミラは安堵の気持ちを抱きつつ目を更に動かし、危ない物が無いかを確認する。そして土手下から這い上がる何かを見止めた時、彼女の足が動いた。 「ケイ、行くよ……」 トンッと地面を蹴って駆ける先に居るのは、自らが見つけた賊。 彼女は魔槍砲に篭められた弾。それらを確認すると僅かに唇を引き結び、引き金に手を掛けた。 「小細工せず詰所へ行けば隊士と斬り合えたのにココは部外者ばかり……滑稽、だね」 ポツリ。 零した声に賊の目が見開かれ、次の瞬間、腕を裂く激痛が走った。 しかし、痛みを受けたのは彼女だけではない。目の前で砲撃によって倒れた賊は、ピクリとも動かず鮮血を滲ませている。 「……」 サミラはジッと見詰め、緩やかに視線を外すと柄の部分を握り締めた。 「次は、誰?」 残る弾数は2。 だが、賊はその事実を知らない。 だからだろうか。サミラの声にざわめきが起こり、彼女から距離を取ろうとする者が現れ出した。 しかし、その足を塞ぐ一撃が飛ぶ。 「東堂殿は無事、か……一先ず安心だが……」 まるで風のように刃を薙いだ千歳は、周囲に意識を飛ばして辺りを探る。 そうしながら納めた刃は右の腰へ。 「へえ、左……今のって、『居合い』だっけ?」 ねえねえ。そう楽器を手に問い掛けるケイウスに、サミラがチラリと視線を寄越す。 「ケイ、うるさい。それよりも、演奏」 「少しくらい答えてくれても良いのにな……でも、演奏はバッチリするよ! あの人を、やらせるワケにはいかないからね!」 構えた横笛から奏でられる曲は、激しく力強い、魂の歌。その音色は耳にする者へ、力と言う名の精霊の加護を与える。 ウィンストンはその音を耳に大剣を振り上げると、重力を借り一気に振り下ろした。 風を切る音共に響く骨を断つ音。それに次いで唸る声を耳に、彼の刃が間髪入れずに空を斬る。 「良い音であるな。それに比べ――」 大振りの武器を目印に、敵の注意を惹く彼へ、敵の目が次々と降り注ぐ。だが其れこそが彼の望むモノだ。 「――短慮で醜い」 『誰が』その言葉は呑み込み、軽蔑の意味を込めて口角を上げる。 それに近くにいた賊が反応する。 「ッ、てっめェ!」 顔を上気させ斬り込む姿に、ダンッと一歩を踏み出す。そして踏み込んだ足を軸に腕の力に体重を乗せると、ウィンストンの刃が賊の攻撃を受け止めた。 だが彼の勢いはそれだけでは終わらない。 自らの力と大剣の重さ。そして全身に篭めた反動は受け止めた刃を圧し折り、賊の腕に喰い込んでゆく。 「手を引きたまえ。でなければ、失うぞ」 言うや否や、声にならない叫びが響き渡る。そうして膝を着いた賊を視界端に、彼は再び刃を振り上げた。 「凄いな」 感心して声を零したケイウスに、激が飛ぶ。 「ケイウス殿、あそこだ……!」 「っと、了解!」 千歳の声に、ケイウスの唇が動く。 何事かを呟き放った投擲武器が、彼の示した場所を貫く。そして見事、土手の外れに現れた人影を射抜くと、彼は落ち着いた様子で楽器を構えた。 「悪いけど、それ以上は近付かないでもらおうかな」 見つかった事実と、受けた攻撃に駆け込んでくる敵。真っ直ぐケイウスを目指すその足に、千歳が動く。 だが彼が動き切る前に、敵の足が止まった。 「ぅぁぁぁぁあ!」 ケイウスの放った不調和恩に頭を抱えた賊は、次の瞬間、狂ったように刀を振り回し始めた。 これに対して、彼を邪魔と判断した敵が、彼を黙らせる。その姿にケイウスは眉を潜めると、新たな楽を奏で始めた。 そして千歳はと言うと、彼は次なる敵を目指して意識を集中していた。 「あの敵が、サミラ殿の言っていた」 輪の外。闘いながら状況を伺っている柄の男が居る。 彼は一気に敵との間合いを詰めると、自らの武器に炎を纏わせ引き抜いた。 「面白れェ、殺しを厭わぬ剣、か」 千歳に気付いた敵が、ニイッと笑む。その瞬間千歳の目が見開かれ、直後、彼の肩に衝撃が走った。 頬を濡らした手の滴に、彼の足が飛び退く。 「加勢しよう」 殆どの賊を滅し、ウィンストンが加わった。 「敵は志体持ち。しかも手練れと見える」 呟き、ウィンストンは斬り込む相手に大剣を叩き込む。しかし攻撃は容易に避けられてしまう。 だがそれで良い。 攻撃を避けた敵は、間髪入れず攻撃を見舞う。しかしこの動きは予想の範囲内。 「――好機」 刃を刃で受け止めた時、賊に隙が出来た。 「一瞬で、飛んで!」 放たれた声と共に響いた銃声に、ウィンストンと千歳が飛び退く。直後、サミラの放った砲撃が賊の武器を打ち抜いた。 そして其れを見止めた2人が戻ると、武器を失った賊は、呆気なくその場に倒れ込んだ。 一方、東堂の護衛にあたっていた熾火は、桜の花弁のように次々と散る賊を前に、振り抜いた槍を構え直していた。 「見事な桜じゃのう……そなたらも、この桜のように散るが望みか?」 賊は未だ東堂を仕留める事を諦めない。 彼等にもまた、成したい事があり、其れが東堂を滅する事なのだろう。だから、どのような状況でも諦めず、逃げる道も取らない。 「あの者達とて、同じ……そういうこと、かのう」 熾火の声は東堂に届いているだろう。 しかし東堂は応える事無く賊に刃を振るう。その姿は一向にぶれず、力強い。 そして彼の傍で楽を奏で、耳を澄ますアルマはバイオリンを構えたまま、ふと視線を落とした。 次々と倒れる賊の姿は、彼の心を僅かながら乱しているようだ。 「僕は君達より、僕が信じる先生達を選ぶ。奪わせない。奪わせたくも、ない。でも、叶うなら――」 そう言葉を切った瞬間、アルマの視界に光る物が見えた。 だがその光が届く前に、温もりが彼を包み込む。 「――っ! すまぬが……邪魔させて貰う、ぞ?」 フッと笑んではいるが、無理矢理敵の前に出た為だろう。防御が追いつかず、彼女の背に深い傷が出来ている。 「ごめ、なさ……いま、回復、するから……」 柔らかな音色と共に降り注ぐ温かな気。其れが与えられた傷を癒して行く。 その姿に危機感を覚えたのだろう。残る賊がアルマ目掛けて襲い掛かる。だが―― 「そろそろ、終いにしましょう」 穏やかな声と共に踏み込んだ黒い風が、一瞬の内に賊を斬り伏せる。その強さは正に圧巻。 驚くアルマに東堂は振り返ると「終わりましたね」と微笑んで、刀を鞘に納めた。 ● 倒れる負傷者を前に、アルマは精霊の歌を奏でていた。 既に味方の治療は終わっている。 後は、先程まで敵として斬り合っていた者達の治療のみ。 「予定通り? それとも……危険な賭け、だったのかな」 アルマの姿を眺めていた東堂へ、サミラが問いかける。その声に目を向けると、好奇の色を含む目とぶつかった。 此れに、東堂の唇に僅かな笑みが乗る。 「さあ、何の事でしょう」 穏やかに応えるその声に、サミラの口から微かな息が漏れる。肯定でも否定でもない言葉。それが指す物が何なのか。 サミラには到底わからない。 「……長生き、できないよ」 そう言い置き、彼女の足が遠ざかる。その姿に、彼女と共に東堂の傍へ来ていたケイウスが面食らったように目を瞬いた。 「ちょ、サミラ! あ、ども……」 そう言って、慌てて東堂に頭を下げる。 その上で自らの頬を指掻き呟く。 「俺は、貴方の事はまだよくわからないけど、助けを求めるなら、手を貸さない理由はないです。えっと……それだけです。あの、失礼します!」 ケイウスは再び頭を下げると、サミラの元へ駆けて行った。 その姿を見送り、ふと目が逸れた。 「この度はご苦労であったな」 頭を垂れて紡がれる言葉に、東堂は柔らかな物腰で頭を下げ返す。そうしてひと言、ふた言、言葉を交わしていると、熾火が近付いてきた。 「のう……そなたの身を案じる者がいることを忘れるでないぞ」 唐突に掛けられた声に、東堂の目が頷く。 それを見遣り、熾火はチラリと偉蔵を捉えた。 「大きな子犬もおろう、あぁ、私も勿論心配じゃぞ?」 言って、ニコリと笑んだ彼女に「光栄です」との声が返される。そして彼の目が再びアルマに戻った。 「……――しなないで」 必死に生の気を送るも、絶えそうになる命。それを目に、東堂の足が動いた。 「アルマ君、退きなさい」 「せんせ?」 何をするのか。 そう問いかけようとした緑の目に、鮮血が舞い上がる。 「!」 言葉を失い、呆然とする彼に、東堂は静かに言った。 「彼の命は、時を経たず消えたでしょう。苦しむ時を延ばすのは、残酷ですよ。優しさは時に刃と成り得る」 「……でも……」 「私は、あなたが心配です。あまりにも優し過ぎる、あなたが……」 アルマの目が落ち、先程まで生きていた者へと向かう。 その姿を見ながら露を払い、刀を鞘に戻した東堂。 そんな彼を見、千歳は己が刀に視線を落とした。 「……俺はもう、人を斬る事を躊躇わない」 別に彼の行動がそう思わせた訳ではない。 ただ、戦う力無き人々が安心して暮らせる世の中を築く為、その為に必要だと感じたからこその想い。 「――浪志組は、その為の刃だ」 意志を篭めて呟いた彼の目に、迷いはなかった。 |