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■オープニング本文 ●破綻 浪志隊の面々はむろん、それ以外の者も多勢集まった部屋の中で、東堂・俊一(iz0236)はため息混じりに口を開いた。 「止むをえません」 誰も、言葉を発しない。 東堂は閉じていた目を開き、同志らの顔を見渡す。 元よりその命を捨てる覚悟で立てた計画である――が、既に計画は露呈しているか、そうでなくとも、内偵が堂々と露骨な探りを入れてくるを見るに、計画の全容を把握しておらずとも強引な手段に訴えてくるであろうことは――それこそ、後から証拠を揃えるぐらいのことはやってのけるであろうことは安易に想像がついた。 その事を察知したらしき近衛は彼の面会を断り、計画を中止すべきであると勧告してきた。おそらくは、もう手を引く構えであろう。 ことここに至っては、もはや、これまでである。 成否は天運である。可能性の薄いことも呑もう。しかし、全く可能性が無いでは、あたら多くの若者を死地に引きずり込んで無為に死なせるだけだ。 「神楽の都を去りなさい」 だが、と東堂は考える。彼らが大きな過ちを犯したことも確かだ。彼らは、もっと慎重にこちらを探っていれば、密かに先手を打って我々を一網打尽にできた筈である。おかげで、我々に都を脱する隙を与えたのだ。 「時を待ちましょう」 彼は呟いた。そして、それ以上語らなかった。その様子は、不思議なほど穏やかに見えた。 ●陽動 ――此れは天命。我等は天命に従い動く。如何なる敵でも、我等の足を止める事は出来ぬ。 何年前の事だろう。 そう告げた師――楠木は当時の帝「英帝」の指示の元に集結した者の1人。御上の要請を受けて決起した猛者達、それらを束ね動かすのが楠木であった。 彼は当時、幼かった東堂に多くを与え、多くを見せてくれ、語り、教えてくれた。 後の世がどのようなものであるべきか。 従うべき方は誰なのか。 そして、此れから行うべき乱が如何に大事であるか。 しかし―― 「……夢も理想も、儚く消えた」 幼かった東堂にもわかっていた。 楠木は英帝に見捨てられた。そして自ら命を絶ち、理想を、夢を追う事を止めた――否、止めざるを得ない状況に置かれたのだ。 「今の状況は、師のそれと良く似ている……私が師であったのなら、責任を取り自刃するべきでしょう。ですが……」 呟き、見上げた先にある青葉。 夏に差し掛かる、僅かに強い光を受けて心地良さ気に揺れる若葉を目に、東堂の瞳が緩められた。 「私にはまだやるべき事があります」 東堂は緩やかに足を動かすと、彼の背後に集まる数名の同志を振り返った。 表情硬く。けれど強い意志を覗かせて見据える瞳は、今の彼にとってどれだけ心強いだろうか。 「朝廷に復讐を考えているか。この問いに明確な答えは伏せましょう。確かに朝廷は憎い。楠木氏を死へ追いやった三羽鳥も憎い。過去、復讐を誓った事も、復讐を誓い決起した事実もあります」 けれど―― 東堂はそう言葉を切り、蒼く澄んだ空を見上げた。 「志半ばで私の計画は崩れました。望まぬ形で内々の動きを知られ、今では追われる身となりつつあります」 賊の残党を崩した後、隊士が駆け込んで知られてくれたのは、大っぴらに探りを入れる者が居ると言う事実。 疑われてこのまま計画を進めるにはあまりに危険だった。それに思う事もある。 「私や、元々の志を同じくして集まった貴方がたであればいざ知らず。幼くも若い者達が、何も知らずに死地へ向かうのは見たくありません。よって、計画は中止。私の元へ集まった者達は全て、都に外に出て頂きます」 血気盛んな者達であれば、此処で騒ぎ出すだろう。 しかし此処に集まる者達は騒がない。 何故なら、彼等は東堂が本当に言わんとしている事を、知っているから。 そして東堂は、全てを見回し、告げる。 「貴方がたには仲間を逃がす為の囮になって頂きたい。それには相応の騒ぎを起こす必要があります」 東堂の元に集まった者達は少なくない。 それらを全て逃がす為には、出来るだけ注目を集める必要があるのだ。 命を落とす必要のない者が生き延びる道を作る為に。 けれど、それだけでは納得いかない者が居る事も知っている。だから、今回の策を考えた。 「貴方がたには、武帝襲撃をお願いします。勿論私も同行し、騒ぎに加わるつもりです。共に、若き芽を守りましょう。そして可能であれば、師の――いえ、今は仲間の為に腕を振るうべき時、他所事を考えるのは止めましょう」 決行は明後日。 方法は天儀朝廷の帝「武帝」が居るであろう遭都にある御所を襲撃する。 襲撃成功の可能性は皆無だろうが、目を遠くへ向ける事は出来るはずだ。 「良いですか。都を離れる前に出来るだけ襲撃の情報を流し、その上で御所を目指します。もし不可能な場合には標的を変更させましょう。都にも、標的は居ますから」 この声に、この場に集まった者達は無言で頷きを返した。 ●情報 東堂達はすぐさま行動に出た。 身を隠して都を出る傍ら、出来るだけ多くの情報を流してゆく。 その情報は開拓者ギルドへも響き、真偽の確認と計画阻止に、人員が募集される事となった。 |
■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
サミラ=マクトゥーム(ib6837)
20歳・女・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
華魄 熾火(ib7959)
28歳・女・サ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 闇の中で蠢く影。 幾つもの足音が地を這うように響き渡り、何処か風以外の寒さを感じさせる。そんな、夜だった。 「後で藍可姉に怒られたらションボリなのだぜ……」 武帝が住まう御所。其処を遥か先に見据え、叢雲 怜(ib5488)が呟く。その声は寂し気であり、戸惑いを含んでいる。 彼が居るのは遭都に在る御所を臨める高台。夜な所為か、それとも例の噂の所為か、辺りは異様に静かで息を放つ音さえも聞こえそうな程。 だからだろう。 怜の呟きは、意図せず同行者にも届く。 「バレなければ問題ないとも思うが、気になるなら自分から暴露してみたらどうだ?」 「それで怒られたら余計にションボリなのだよ」 小さく項垂れた怜に、樹邑 鴻(ia0483)は緩く目を瞬く。 「そんなに気になるなら参加しなければ良いだろ。別行動するとか、さ?」 「それは、そうなのだが……」 チラリと見上げた瞳が、青と真紅の色を放つ。 僅かに眉尻を下げて、口籠った彼の言いたい事は分かる。その気持ちは、少なからず鴻にもあるからだ。 「当初の目的は武帝暗殺を目論む東堂俊一の行動阻止だもんな。しかも生死は不問……まあ、俺は生きて捕らえたいとは考えてたが」 きっと、怜は違うだろう。 先程彼が口にした、森藍可の名。噂によると、彼女は東堂・俊一(iz0236)の行動に激怒し、仲間に皆殺しの命を出したらしい。 もし怜が藍可の命を聞いて参加しているのだとしたら、此れから行う作戦は、彼女の意に反する事になってしまう。それは怜にとって良い事ではないのかもしれない。 「俺は藍可姉の言葉を聞きたいのだ。でも……」 此処に向かう前。 共に行動する仲間達の意志を聞き、決意を聞いた彼は、当初の目的を反転させた。 「依頼を受けた人の中には、東堂に生き残って欲しい人も多いみたいなのだ。みんな、必死だったのです……」 本当は駄目な事なのかもしれない。 けれど仲間の決めた方針で進むと決意した以上、それに準ずる行動は行うつもりだ。 「あまり無理はするなよ」 「わかってるのです!」 元気に頷き、怜は小さな鼻をヒク付かせた。 別段鼻が利く訳ではないのだが、煮炊きの香りがしない深夜。不自然に火を焚く匂いがする。 「誰か近くにいるのだ」 「この近辺に、森派が潜んでいる可能性は?」 「ないのです。えっと……あっちなのだぜ!」 クンクン。 まるで犬の様に嗅ぎ付けた怜に、こんな状況だと言うのに和んでしまう。 それを隠すように表情を引き締めると、怜から彼が匂いを感じた場所へと目を動かした。 「行ってみるか。真田派か、場合によっては東堂本人が居るかもしれないからな。にしても、まるで気付いて下さいと言わんばかりの襲撃だな。これが陽動だとしたら、本命は何だ?」 そう零し、鴻は怜が示す方向へと駆け出した。 ちょうどその頃。 彼等とは別行動で動くサミラ=マクトゥーム(ib6837)は、まるで弓の様に細く伸びた三日月を視界に、憂い気に目を細めていた。 「今、あの人は何の為に戦うんだろう」 依頼を受けた際、詳しい話を聞き受けた。 「再統一を本気で目指す重臣なんて、少ないはず……近衛は奸臣で、東堂さんにとって多分ただの神輿。でも、代えの利かない神輿」 きっとそんな近衛の下に付くのは、東堂にとって耐えがたい屈辱だっただろう。それでもそれに耐え、国を変える苦肉の策を立て、歪みを理解した上で仲間を集めて必死に歩み――失敗した。 「――復讐、意地……違う……」 闘う理由は多々あれど、きっと今上げた物は違う気がする。 もし当て嵌まる物があるとすれば、 「……希望、なのかな」 答えは東堂しか分からない。 それでも零れた声は消える事無く、第三者の耳に届く。 「サ〜ミラ。何、難しいこと考えてるんだ?」 顔を覗き込むように傾げられた首。 緊張を解すように笑みを湛えたその顔を見て、一気に現実に引き戻される。 「ケイ、煩い」 溜息交じりに言って、強引に頭を押し返す。 その仕草に、ケイウス=アルカーム(ib7387)は「酷いなぁ」と呑気な声を零して、押された箇所を摩った。 「本来の思惑が露見し、ならば遭都の御所を狙うとは……気を急いてる様に感ずるが」 当初の目的を達しようとしている様にも見える此度の行動。しかし、何かが引っ掛かる。 ウィンストン・エリニー(ib0024)は浪志組の隊服の袖を捲ると、緩やかに視線を他方面へと飛ばした。 御所は此処から僅か先にある。 昼に此処へ到着した際は、今よりも人の往来があり、都特有のありとあらゆる噂話が転がっていた。 「噂によれば、真田派や森派も、既に此の地に来ているようであるな。目撃情報が其処彼処で手に入った事が動かぬ証拠であろう」 「そうだね。でも、残念な事に東堂派の目撃情報はなかったな。あったのは、御所を襲撃するんだって噂ばっかり」 ケイウスの言うように、東堂の目撃情報だけは出て来なかった。 どれだけ聞き込みをしようと、多くを探ろうと、彼の姿だけが捉えられない。もしかしたら、遭都ではなく別の場所に居るのかも。 そんな考えすら浮かぶ程に。 「組織1つ立ち上げた御仁故、陽動の策とも思える」 ウィンストンはそう言葉を切り、ふとサミラを見た。彼女は未だ、何かを考えている様子。 「……まずは捕縛して真意を糾さねばならぬな」 「そうだね。俺も説明が欲しいところ」 先の闘いで幼子の命を奪った事。そして今回の御所襲撃。 それらを踏まえて思う事がある。それは彼が掲げてきた理想――天下万民の安寧のため――この言葉への疑問だ。 「ちゃんと説明してもらわないとな。と言う訳で、俺の話を聞いてよ」 ケイウスはそう言うと、ニッと笑んで未だ見見付からない東堂の居場所の見当を付ける為、自らの考えを話し始めた。 当初、開拓者ギルドに貼り出された依頼は『主上襲撃を目論む東堂及び東堂派の行動阻止』。此れを実行する場合の生死は問わない。こう云った依頼だった。 そしてそれを請け負ったのが、先の5人と、遭都の中で別行動を取るアルマ・ムリフェイン(ib3629)、藤田 千歳(ib8121)、華魄 熾火(ib7959)の3人。 しかし依頼を貼り出した開拓者ギルド側は、彼等が別の行動に出る事を予想していなかった。否、予想できる事ではなかった。 「……偉蔵ちゃんも、逃げれたかな。泣かせたく……ないな」 神威人特有の獣耳を下げ、アルマは1人呟いた。 東堂に特に可愛がられていた少年、偉蔵。先の闘いで東堂の残酷さを目にし、以降姿を見ないが何処へ行ったのだろう。 その疑問はあるが、彼が東堂を慕っていたことは確かだ。そう、今の自分の様に。 「先生も、無事だと良いな……」 「その為に動いているのであろう。そなたが確りせぬで如何する」 優しく掛けられた声に、新緑の瞳が上がる。それに頷きを返し、熾火は同じく思い詰めた様子の千歳に目を向けた。 「そなたもじゃ。幼き同属」 「!」 突如話を振られ、固まった千歳。彼は無意識に表情を落すと、熾火から目を逸らした。 「俺は、別に……」 「迷いを隠すものでは無かろう。寧ろこれからの闘いに挑む上で、迷いは少ない方が良いのではないか」 熾火の言う事は確かだ。 しかし己の迷いを口にし、その答えを貰って、果たしてそれで良いのだろうかと言う疑問がある。 迷いとは、自らが答えを出し、其処に進む物ではないだろうか。 「千歳ちゃん……僕たちが、いるよ」 小さく引かれた着物の袖。その感覚に視線を動かし、千歳は小さく呟いた。 「俺は、東堂殿の掲げる理想に賛同し、それを追うべく浪志組に参加した……人の命が容易く失われる今の世を、変えたかった」 東堂の掲げた理想。それは『尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし』と言う物だ。 その理想を実現する為に、汚れ仕事も請け負ってきた。だが、その矛盾に、気付いてしまった。 「……人の命を救う為と謳いつつ、俺は人を斬った。護るべき、民を」 思わず見詰めた手が紅く染まっている気がする。この色は、どれだけ水で洗おうと消えないだろう。 「そなたは出来る事をしたまでであろう。結果、そなたは多くを救ったのではないかのう?」 「正直、わからない。だが、その命に報いる為にも立ち止まってはいけない。そう、思う」 千歳の中には確かな信念がある。 どれだけ揺らごうと、迷おうと、芯が決まっているのであれば、彼はきっと大丈夫だろう。 熾火は幼い2人の迷う姿を見ながら、ふと最後に東堂と会った時、彼が言っていた言葉を思い出した。 「あやつにも譲れぬ、護るべきものがあるのじゃろうな。そしてそれを行う為の希望が、此れか……」 東堂は熾火だけに今回の事を仄めかしていた。 「僅かばかりの希望」。そう彼が称した行動が此れだとすれば、あまりに早計で死に急ぎ過ぎている。 「銀狐の君。何か聞こえるかのう」 先程から超越聴覚を使い、周囲の音を拾っているアルマは、熾火の声に耳を動かし、静かに辺りを見回した。 先程から人の走る音、微かな話し声が聞きこえる。多分、この周囲にも人が居るのだろう。 それは彼等にとって味方で無い事は確か。しかし、成すべき事の為には動く必要がある。 「熾火ちゃん、千歳ちゃん、この路地を入ったところに、浪志組の人が居るよ」 「では行こう」 こうして彼等は行動に出た。 当初の依頼とは違う。別の結末を求めて。 ● 闇に溶けそうな黒い隊服。それに身を包んで潜む集団が居た。 「隊服を着てるって事は、真田派か森派って事か」 東堂は御所襲撃と言う特性上、隊服は着ないだろう。着て撹乱すると言う策もあるが、東堂の性格上、それはやらなそうだ。 「藍可姉はこの辺りに人を出していないのだ。なので、真田派だと思うのです」 構成は5人で1組。少人数で複数班を用意し、出来るだけ多くを警戒しようと策だろう。 「火の匂いは、あの提灯か……凄い嗅覚だな」 「たまたまなのだ」 そう言うや否や、怜はスタスタと駆け出した。 「え、おい……ったく、仕方ない」 クシャリと髪を掻き上げて駆け出す。 そうして先に駆け出した怜に追い付くと、彼は彼の後ろに立って隊士の様子に注意深く目を向けた。 本来、こうして潜んでいる先に人が来たら真っ先に刃を向けるだろう。そして案の定、怜も刃を突き付けられていた。 「何奴! 此処で何をしている!」 覇気を篭めて吐かれた声。 普通の人間なら、この一言で臆してしまうだろう。しかし怜や鴻は臆すどころか、真っ直ぐ彼等を見て確かな口調で言葉を放った。 「真田に伝えたい事があるのだ」 「あー……あんたら、浪志組だろ。真田の元で働いてるんなら、頼みたい事があるんだが」 突然の申し出に、彼等は戸惑うように、怜と鴻を交互に見た。そして何事かを話し合い、2人に向き直る。 「貴様ら、何者だ?」 「開拓者だ。御所を襲撃する東堂を止めに来た」 「……証拠は?」 証拠。そんな物はない。 だがこの問いに、怜が口を開いた。 「開拓者なのは本当なのだぜ。それと、俺は藍可姉の弟分なのだ!」 どうだ! そう胸を張る彼に、隊士達は困惑気味。森藍可と言えば、真田派と違って皆殺しを命じた筈。その藍可の弟分が東堂を止めるとは如何言う事だろうか。 「確固たる証拠はないのだな。ならば、身分不確証と云う事で身柄を拘束させて貰う」 「そ、それは困るの! 急がないと、止める事が出来なくなるのだ!」 ジリジリと近付く隊士に、驚いて目を丸くする怜。その様子を見ていた鴻は、苦笑を滲ませて彼の前に出た。 「お互い時間が無い事は確かだろ。いつ東堂が御所を襲撃するかわからない。もしあんたらが真田派で、東堂等を生きて捕らえたいんなら、俺達の話に耳を傾けても良いはずだ」 喉元に突き付けられた刃。ひんやりと冷たい感覚が背中の筋を冷やしてゆく。 しかし鴻は臆す事無く目の前の隊士を見詰める。すると隊士は、小さく唸って唇を引き結んだ。 「……下手な真似をしたら、即捕縛する。良いな?」 「わかった」 この返答に、隊士は刃を下げ、彼等は暫し言葉を交わして必要な情報の交換を果たす事になる。 そして、真田派の協力が取り付ける事に成功した彼等は、他の仲間を探して動き出すのだが、その足がある程度進んだ所で止まった。 「問答無用で掛かって来るとは……森派は要注意であるな」 元々わかっていた事だ。 こうして暗躍すると云う事は、東堂等に間違われて斬られる可能性もある。そしてそれを問答無用で行う可能性があるのは、森派の面々である事も。 「夜の子守唄が聞いて良かったよ。出来る事なら誰も殺さず、傷付けずが良いからね」 「ケイは相変わらず、甘い」 「サミラが言う言葉じゃないだろ?」 眠る隊士に縄を巻くウィンストンの傍で、ケイウスとサミラが言葉を交わしている。その様子は、今し方襲撃を受けた者とは思えない程に、賑やかで落ち着いていた。 「あんまり騒ぐと人が来るぞ」 思わずツッコんだ鴻に、3人の目が向かう。 「無事、説得出来たであるな」 「勿論なのだ」 駆け寄る2人の姿を見ればわかる。 ウィンストンは満足げに頷くと、彼等が得てきた情報を整理しに掛かった。 「――真田派の警備は御所を囲む形で展開されているのであるな。隊員数からして隙は多いであろうな」 「人が少なければ、さっきあげた場所をまず抑えるだろうね。その次に潜伏して良そうな場所で、その次がそれ以外」 ケイウスの言う「さっきあげた場所」とは、御所を襲撃する場合に東堂が潜んで良そうだと見当を付けた場所の事。 その見当とは、人が集まっても目立たず、御所に向かう際に人目に付かない道があり、御所から離れすぎない場所だ。 「そう多くもないが、少なくもない、か」 鴻は記の付けられた遭都の地図を見ると、真田派が待機する場所を地図に書き加えた。 幾つも記される記号や文字。それらは御所を囲むように点在し、ケイウスがあげた潜伏可能性箇所にも重ねられてゆく。 そうして出来上がった地図を見て、怜が呟いた。 「ここ……寺小屋があるのです」 「寺小屋?」 印があまり被らない住宅地の間。潜伏先など無さそうなその場所に寺小屋があると言う。 怜は昼間、聞き込みをしながら、寺社や浪志組に関係のありそうな場所を調べていた。 その時は特に気にならなかったのだが、子供達の声で賑わう寺小屋があった筈。それなりの大きさで、人も多く潜伏できる場所。 しかも御所から離れておらず、住宅地と言う形状、人目にも付き辛い。 「待って。其処は、昼間、子供達が沢山居ただよね……もし、大勢の大人が居たら、子供達は来れ無い筈じゃないかな」 サミラの言う事は尤もだが、好条件なのも確か。 「東堂ならば、可能であるやも」 「どう、言う事?」 ウィンストンは言う。 「昼の潜伏先は寺小屋1つに絞る必要は無いのであろう。身を潜められればそれで良し。夜、改めて集まれば良いのだからな」 「んー……つまり、昼間は寺小屋で子供達が学んだり遊んだりしているのを見せて、此処は問題ないと思わせる事で、夜の潜伏先にした。そう言う事か?」 「可能性はあるであろうな」 鴻はウィンストンの言葉に「成程」と零して地図に目を向けた。 ある程度の場所は真田派が抑えている以上、自分らは薄い場所に行くべきだろう。そして東堂の行動を阻止する。 「……可能性があるなら、行こう」 サミラの声に、皆の足が動いた。 ● 「そうだ。三羽鳥襲撃が東堂の本当の目的らしい。先程、御所から離れて行くのを見た」 森派の隊士だろうか。 隊服を纏う千歳の言葉に踊らされ、真田派が居るであろう場所に駆けて行く。その姿を見送って、千歳はアルマと熾火を振り返った。 「ありがとう……これで、こっちは大丈夫だと、思う」 周囲の状況。耳に聞こえた情報を元に、東堂の居場所を割り出そうと動く彼等は、確実に他の開拓者が向かう場所へと進んでいた。 その際に、出来るだけ浪志組隊士を近付けないようにと、工作をしながら。 「しかし、潜伏先が寺小屋とは……あやつらしいのう」 「そう、だね……」 東堂が全ての行動の最初に選んだ寺戸屋と言う私塾。彼はその場所を拠点に、最後を迎えようとしているのだろうか。 それを思うとアルマの目は、自然と落ちて行った。 「行くぞ」 ポンッと彼の肩を叩き、熾火が促す。 その仕草は、迷える子供らを導き、見守るかのよう。ただ、彼女自身にそうした考えはない。 ただ、無意識に心が手を動かす。 そうして途中幾つかの遣り取りがあり、傷付き、それでも辿り着いた先で、彼等は目的の人物と遭遇した。 「……東堂殿」 「先生……」 外を伺い、寺小屋から出て来た複数の人。彼等はアルマや千歳、そして熾火を見ると、すぐさま東堂を背に庇うよう刃を構えた。 「東堂殿。俺達の話を聞いてくれ!」 叫ぶ千歳の声も虚しく、刃を剥いた者達は一斉に襲い掛かって来た。が、その瞬間、呼子笛が響く。 狼狽したように目を剥く隊士に反し、東堂だけが冷静に彼等の行動を見ていた。 駆け付ける人の足音。 隊服を纏う者達が次々と集まる中、ケイウス達も寺小屋に到着する。そしてこの状況を見て、彼等はすぐさま行動に出た。 ケイウスの竪琴の音色に誘われ、幾名かが大地に伏す。それに対し、怜や鴻が起きないようにと打撃を加えると、辺りは混戦状態となった。 幸いな事に、呼子笛は全体に響く事は無く、駆け付けたのはこの周囲に居た者のみ。お蔭で過激派と目される森派は少ない。 しかし、彼等が居るのも確か。 「っ、あそこ!」 サミラの声に、数名の足が動いた。 練力を込めた閃光弾を放つが追いつかない。 森派の一部が刀を抜かずに静観している東堂に斬り掛かったのだ。 「愚かですね……」 低く零された声と共に伸びた手が柄を握る。だが、それが引き抜かれる事は無かった。 「!」 金属が擦れ、落ちる音がする。 目の前に突如として現れた隊服を纏う茶毛の男は、東堂が連れてきた者ではない。 彼を探し、此処まで辿り着いた者だ。 「ウィンストン殿……何故……」 体を張って攻撃を防いだ彼に驚きしか出て来ない。其処へ、背後から新たな手が伸びる。 暗殺を目論む者も、騒動を聞き付けたのだろう。 暗闇と混乱の乗じて近付き、息の音を止めようと動く。しかし、それも別の者に阻まれてしまう。 「……何をしておるんじゃ。己が死を望むなど、幕引きにはまだ早かろう……もっと、足掻いてみせよ……」 攻撃をその身に受け、暗殺者の腱を斬って動きを止めた熾火は、自らに刺さる刃を抜き取り、地面に放った。 「何をしているのです! 貴方がたは私を処分しに来たのでしょう!」 あまりの事に珍しく腹が立った。 同時に酷く動揺している。そしてそんな自分に、また苛立ちが募る。 東堂に従う者達も異変に気付いたのだろう。行動に鈍りを見せ始めている。 そんな中、これを好機にと斬り掛かる者もあった。 「させない、よ……」 敵と東堂の間に入り、ウィンストンや熾火同様に体を張ったケイウス。その背に、もう1人、別の人物が見える。 怒りに任せて刃を抜いた東堂と、それを止めようとした小さな影が、振り下ろされる刃を受けて立ち塞がっている。 揺らぐ事の無い緑の目を向け、真摯に見つめる瞳に息を呑む。 「……先生。僕も、背負います……僕が殺した彼も、あの子も、僕の分だから…先生は優しいけど、遠ざけなくて、大丈夫……僕も、一緒に背負わせて」 アルマはそう言って、痛みを堪えて立ち塞がる。 彼は気付いていたのだろう。 初めはただの道具として扱うつもりだった彼を慕って集まって来た者達。その彼等の純粋さに、罪悪感を覚え始めた事を。そして、出来るならば、そうした彼等を遠ざけ、復讐に囚われた計画から離れて貰おうとした事を。 「……私は善人ではありませんよ。此れから武帝を自身の復讐の為に暗殺するのですから」 「それは、天下万民が公平に幸せに成れる世……その為の統一を、目指すため?」 東堂に害を成す者達を縛り上げ、サミラは問いかける。この声に頷きかけた所で、アルマの足が崩れた。 咄嗟に支えたものの、すぐさまその手を離そうとする。しかし、離せなかった。 「先生に、笑って、生きてほしくて……その思いは、今も変わらない。僕は……貴方を信じてる。ついていく」 「……アルマ君」 引き止められた手が紅く染まっている。 出血量はかなり物もだろう。何せ、殺す為に刀を振り抜いたのだから当然だ。 「急いで止血をした方が良いな」 「傷口も洗わないとだ。井戸で水を汲んでくるのです」 東堂暗殺の為に動く者達は全てが抑えられ、止められた。 そして東堂に従う者達は、開拓者の体を張って東堂を護るその姿に毒気を抜かれ、すっかり闘う気力を掻いてしまったようだ。 代わりに、ウィンストンや熾火、ケイウスの止血処理に戦力を注いでいる。 「……闘う事しか出来ないのは、わかってたけど……何で、ケイが怪我してるんだ! これじゃあ、私が無力だと……」 「……大丈夫。回復力は、高いから」 「馬鹿!」 サミラの怒声に、皆が一度は彼等を振り返る。しかしすぐさま救護に戻ると、サミラはポツリと呟いた。 「……長生き、できないよ。ケイも、あの人も……」 ● 寺小屋の中。4人の応急処置を終えた東堂派の面々は、真田派の手によって捕縛される形となった。 「つまり、御所襲撃は騒ぎを起こして敵の目を惹きつける為。仲間を逃がす為、って事か」 やはり本命は他にあったんだな。 鴻はそう呟き、ほぼ無傷のも猛者達を見た。 見た目にも屈強な志士、そう見える彼等と本気で闘って居たら如何なっていただろう。 「武人としての命を奪うだけじゃ、すまなかっただろうな。危ない、危ない」 口にして思わず息が漏れる。肢体を奪う事も辞さない覚悟でいたので、それを行わなくて良かったことに安堵の気持ちが浮かんでいるのだ。 「けど、若き芽を守るにしても、もっと別のやり方ってのがあったんじゃないか?」 「半端な方法では、彼等を欺く事は出来ません。それに、朝廷に復讐する事は、私の当初の目的でもありましたから」 冷静さを取り戻した東堂の口調は滑らかだ。 この声に怜が項垂れ気味に呟く。 「藍可姉に怒られるのだ……俺は見てないし、聞いてないし、何も知らないのだ……」 東堂を止める事にも成功し、彼を捕縛する事にも成功した。此れは喜ばしいのだが、やはり藍可の事が気になるのだろう。 ぶつぶつ呟く彼に、東堂の口から苦笑が漏れる。 「申し訳ない。それと、有難うございます」 「……何も、聞こえないのだ」 ぷいっとそっぽを向いた彼に、鴻が何かを話しかけている。それを見止め、東堂はケイウスやサミラが居る場所を見た。 ケイウスは出血こそ多かったものの、比較的元気な部類に入るようだ。先程からサミラと言葉を交わしているが、如何見ても軽くあしらわれている。 「それ、いいね! 俺にも手伝わせて欲しいな!」 「何の話であるかな」 叫んだケイウスに、ウィンストンが首を傾げる。彼は壁に凭れる形で、応急処置を施された腹を抑えていた。 「サミラが物語を書くんだってさ」 「ケイ!」 「物語。して、どの様なものなのであろう」 興味が湧いたのか、問いかける彼に対し、サミラの目が東堂に向いた。 「桜紋から今回の件、今後の浪志組も含めて、物語編纂を書こうと思う……天儀では逆賊でも、私の故郷なら真実を、目指した物を、伝えられるかも」 『万民の為に』始めた闘いと敗北、残された芽。此処に居る人にも、もしかしたら芽は……。 「題名、どうしようか」 「題名は、これからゆっくり考えればいいよ」 そうしよう? そう語りかけるケイウスだったが、サミラはその声を流して、東堂に歩み寄った。 此れに彼の口元に苦笑が浮かぶ。 「何が、良いと思う」 「さあ、私にはその手の才能はありませんから……」 そう囁き、最後に何事かを添えて彼は口を噤んだ。 そうして間もなく、彼等を連れに他の真田派の面々も来るだろう。そうすれば、東堂は屯所に連れて行かれ、此度の騒動の沙汰を受ける事になる。 「面白くないのう。このままではそなた、死しかないぞ」 アルマの頭を膝に乗せ、熾火は億劫そうに呟く。 出来る事ならば、もう1つ足掻いて生きる道を模索して欲しい所。とは言え、こうして捕まった以上、彼に取る道がないのだろうが。 「……幼き同属。言う事があれば今しかないぞ」 寺小屋の隅で正座して全てを見ていた千歳は、熾火の声に思案気に目を落し、それから立ち上がって東堂の前に立った。 「……東堂殿。貴方が、桜紋事件に関わっている事は、伝え聞いた。回天により、今の天儀の政を変えようとしている事も」 東堂がこのような策に出る前。他の隊士や開拓者が聞いた言葉を彼は伝え聞いていた。 「俺は、政の分からぬ田舎者だ。だが、貴方が強い想いと信念を以って行動していた事は分かる。そしてもう1つ、分かる事がある」 それは、 「貴方は急ぎ過ぎた」 確かに。東堂の策は急すぎた。 急ぎ仲間を集め、すぐさま行動に転じようとしたその動きは、行動力があると褒める事も出来るが、逆を言えば熟す時間を待てなかった愚か者とも言える。 「世の理を変えるという事は、長い年月がかかる。俺達修羅が世に認められた事と同じ様に……だから、あえて言う。もう一度、俺達浪志組と共に往こう」 思わぬ言葉に、東堂の目が見開かれた。 この後に及んでまだそのような事を言うのかと。信じられない者を見るように彼の目が食い入る様に千歳を見る。 「貴方は裁かれる。信頼を回復するのは、長い時間がかかる。だが俺は、それでも。浪志組と、貴方と共に理想を追いたい。何十年、何百年かかっても。誰もが幸せに暮らせる世の中を、いつか……!」 アルマと言い、この子と良い。何故自分にそこまでの信頼を寄せるのか。 だが、この、此処までの信頼を寄せる人物を、東堂は知っている。 「君達は、幼い頃の私に良く似ていますね。楠木を君よ、師よ、父よと慕っていた、何も知らぬ幼い頃の私に……」 だからだろう。 だからこそ、彼等を同じ道に進めたくないと遠ざける方法を取った。仲間を逃がしたいと願うその動きも、その為が強い。 「東堂殿。俺の願いは、聞き遂げられないのだろうか」 「それは、私が決める事ではありません。ですが、貴方のその言葉……とても嬉しく思います。ありがとう、千歳君」 無理を言っているのは承知している。 だが共に歩みたいから、此処まで来たのだ。もしそれが叶わなくなれば、何を目標にすれば良いのか。 「君は君の信じる道を進みなさい。君は強い子です。ただ、たまには力を抜く事も覚えなさい。力だけでは解決できない事もあるはずです」 そう言って、東堂の目がアルマを捉えた。 意識はあるものの厳しい状態なのは変わらない。それでも此処に居ると言った彼の意思を尊重し、横になっていると言う条件付きで東堂の傍にいる。 「……先生」 小さく項垂れた耳が、東堂の反応を伺うように動いている。それに首を傾げると、彼の口から小さく願いが零れた。 「生きて……僕は、夢も、貴方の命も、諦めない……」 ――生きて。 とても重い言葉だ。そう思う。 逆賊として捉えられた彼には、敵えるには難しい願い。それでもこの幼い子を安心させるには誓うしかないだろう。 「わかりました。ですから、君は一刻も早く医師の治療を受けなさい。私の事は心配しなくて大丈夫ですよ」 信じられない。 そんな目が向けられて、思わず笑ってしまった。 其処へ慌ただしい足音が響いてくる。 「東堂俊一及び、その者に加担した者の身柄を確保しに参った。開けるぞ!」 薄暗い寺小屋の中に、朝日が差し込む。 それを受けて目を細めると、東堂は仲間を伴って立ち上がった。 「……私は親も同然の楠木を陰謀と言う名の元に失いました。彼を奪った者が憎く、復讐の機会を伺っていたのも然り。ですが、失敗しました」 東堂はそう言葉を残し、真田派の浪志に連れられ去って行った。 後に、彼には御上の沙汰が告げられる。 それは、彼等の運命を大きく変える。そんな沙汰だと云う事を、まだ誰も知らない。 |