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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 君よ、師よ、父よと仰いだ楠木。 彼の人が数多の陰謀に呑まれ果てたのは、東堂・俊一(iz0236)が齢11の時。 貧困に喘ぐ農家の子として生まれた彼は、幼い時分に売りに出され、とある奇縁によって楠木の小姓となった。 以降、個人的に楠木から教授を受けた東堂の思想は、彼の人の思想に傾倒するようになる。 親の無い東堂にとって、楠木は心の拠り所に出来る、まさに父親のような存在だった。 けれどその父が、死を選ぶ。否応無しに選ばされた選択は、幼い東堂にとって――否、楠木と共に歩んできた同胞にとって、あまりに理不尽だった。 いつか、彼の人の恨みを晴らし、その理想を叶えよう。 そしてもう直ぐ、それが実現する筈、だった。 ● 独房と言うのだろうか。 同胞と離れた場所に隔離される様置かれた牢の中、僅かに差し込む陽の光を頼りに筆を走らせる。 此度の事に加担した者、その全てを助けたい。例え、その可能性が僅かであろうとも、可能性があるのであればそれに縋りたい。 「……東堂さ…いや、東堂。真田さんが話をしたいと言っているのだが、大丈夫か?」 真田を支持する隊士だろう。 未だ東堂の呼び名に慣れぬ様子から、彼等の戸惑いが見て取れる。 「大丈夫ですよ。どちらへ行けば良いでしょう」 「それは――」 「其処で良い」 隊士の影から現れたのは真田悠(iz0262)本人だ。彼は隊士を下がらせると、東堂の前に腰を据えた。 柵越しの対面に、真田の方が何とも言えない表情を覗かせる。 「あんたなら、最期の最期まで足掻くと思っていたんだが……何故投降した」 「自らが傷つく事も厭わず、身を挺して私を護った子等に心解されたからでしょうか」 真田も報告は受けている。 武帝暗殺を目論んだ東堂は、襲撃直前に開拓者に動きを阻止され説得されたと。その際、東堂は真田派とは別の隊士によって殺害されようとしていたらしい。 だがそれを開拓者ら数名が身を挺して庇ったと言うのだ。 彼の目的も、彼へ下された生死不問の命令も、全てを知った上で彼を護った。 例えその胸中に何があったとしても、本来なら有り得ない出来事。それが起きたが故の現在。 「義理に厚い性分とは思わなかったが?」 「そうですね……彼等はあまりに似ていたのですよ。幼い頃、何も出来ずに、ただ師を見送る事しか出来なかった私に。そして決定的に違うのは、彼等はそれを阻止しようと動いた」 私には出来なかった事です。 そう言葉を添えて微笑んだ彼の顔に、以前のような人を食った笑みは見えない。まるで憑き物が落ちてしまったかのような彼に、真田は一瞬視線を落し「そうか」と呟いた。 「大伴殿から『流刑』の提案が成されたと聞くが、如何するつもりだ?」 「受け入れますよ。それが最善の策でしょう」 牢に在る東堂を呼び出した大伴の翁からの提案。 本来ならば武帝暗殺を目論んだ大罪人となって『極刑』は免れないと思っていた。しかし実際に下った結果は「反乱を諦めるなら、処刑を免除し、遠い島に追放して儀ごと封印する厳重流罪で決着を付ける」という物。 儀ごと封印されれば、二度と天儀に足を踏み入れる事も、他の地へ向かう事も出来ない。しかし、生きる事、生を営む事は出来る。 この提案は、死しか想像していなかった東堂にとって、正に光だった。 「これ以上、多くの命を散らす必要もないでしょう。貴方もそれを見越して、大伴殿に提案されたのではないですか?」 「さて、何の事か」 滲む笑みから肯定が見える。 それを静かに眺め、東堂は牢の中で綴った文を差し出した。 「未だ投降しない者も多いでしょう。どうぞ、この文を役立てて下さい。出来るだけ血を流さず、民を傷付けない方法をお願いします」 「ああ、任せろ」 文を受け取った真田は、きっと東堂の願いを聞き届け、多くの同胞を説得しに向かうだろう。 気に掛かるのは森藍可(iz0235)の事だが、自身が開拓者に説得された時を思えば、何とかなる。そう思ってしまう。 「少し、読みが浅いでしょうかね」 そう零して苦笑した彼に、真田は何の事かと首を傾げた。 ● 牢の中、最後の文を綴りながら思い出すのは、浪志組設立以前からの出来事。 神楽の都で同胞を募り、浪志組と言う組織結成し、乱を未遂に終わらせた今。開始前からは想像もつかなかった結末に、驚きはある。 数多の命を奪った事実もある。 それでも自らの体を張って護り、心から信頼を寄せる子等の心、それを守りたいと願った。 子の命を、後の危険因子と判断し奪っておきながら、別の子の命を心配する矛盾。 「まるで道化ですね」 1人零し、東堂は筆を置いた。 そう、これは道化のようなものだ。 けれどこの道化を演じなければ、無理に今までの道を進んでいたならば、如何なっていただろう。 自身は楠木と同じ道を辿り、東堂に関わった子等が同じ道を歩む、かもしれない。 そう考えさせたのは開拓者達。幼くも優しい、勇敢な戦士に、彼は別の道を見い出した。 もう少し早く、この考えに到っていたのなら。そう思えど時は戻らない。 巡り巡り、復讐と言う種が育って乱が起き、そして新たな悲劇が起きる。悲劇は再び巡って乱を生み出し、悲劇の上塗りをしてゆく。 繰り返される負の因果。それを断つ為にも、復讐と言う悲劇は終わらせなければならない。 これは事実上の敗北だが、師が受け入れた敗北とは違う。 生があり、未来あり、禍根が残らない敗北。 このような結果をくれた開拓者。そして不本意ながら大判の翁へ、感謝の念を抱き、東堂は文を託す。 「最後に、彼等に挨拶をしたいのです。お願いできますか?」 流刑に処されば二度と顔を合わす事も、文を出す事も叶わない。 ならば最後に礼を告げねば。 この結末を作り出した子等に……。 ● 大判の翁に面会した際、東堂は去り際に足を止めた。 「……後悔、していますか?」 振り返り、真っ直ぐに問う東堂へ、大判の翁は細い目を更に細くして、緩く顎髭を掻く。 「何を」そう問わなくても通じる何かがあるのだろう。 僅かな間の後に開かれた大判の翁の口から発せられた言葉に、東堂は穏やかに目を伏せた。 |
■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
サミラ=マクトゥーム(ib6837)
20歳・女・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
華魄 熾火(ib7959)
28歳・女・サ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 青々とした葉を、見事なまでに茂らせる枝。 春には桜を、夏には青葉を、秋には紅葉を、そして冬には全てを晒し、次の葉を茂らせる準備に掛かる。 浪志組屯所に植えられた桜もまた、巡る季節の中で幾つもの表情を見せ、数多の季節を越えてゆくのだろう。 「面会希望者が揃った。面会での会話内容は全て記録させて貰う。悪いな」 言って隊士が差し出した、面会希望者の名に目を落とす。 流刑の決まった重罪人。そんな東堂・俊一(iz0236)に、真田悠(iz0262)は彼と関わった者達の面会を許してくれた。 故に、現状でどの様な扱いを受けようと文句はない。否、文句を言える筈もない。 「言葉を残すのは当然の事でしょう。それよりも、本当にこれ等の方々が面会に?」 「そうだ。何か問題でもあるか?」 「問題と言うよりも、少々気になる方がお出での様です」 東堂の声に隊士の首が傾げられる。 それを視界に、東堂は緩く瞳を眇めた。 此度の面会。その希望者の中に、1人だけ面識のない者が居る。 「勝手を言って申し訳ありませんが、先にこの方と会う事は可能ですか?」 「他の者は如何する」 「他の方々は、彼女の後で良いでしょう」 わかった。 そう言葉を残し隊士は部屋を出て行った。 部屋の中には会話を記録する者が1人、周囲には警護の為の者が数名。いずれも武器を携えて待機している。 それらを確認するように目で追い、東堂は開いた戸に目を向けた。 「俺を先に呼び出すとはな。他の連中のうすっぺらな泣き言や恨み言を聞いてからで良いと思ってたんだが」 そう言って部屋に入って来たのは巴 渓(ia1334)だ。 彼女は静かに腰を据える東堂を見て軽く眉を上げると、遠慮なく彼の前に座った。 「初めましてだ東堂。お前は俺など知らんだろうが、俺はお前の右腕、チェンを内偵する依頼で、堂々と真正面から聞き出そうとした巴渓だ」 勇ましく上げられた口角と紡がれた言葉。 東堂は緩く目を瞬き、僅かに苦笑を覗かせると困ったように腕を組んだ。 「チェンは私の右腕ではありませんよ。彼は志を同じくする者です。お間違えない様に」 そう言葉を添え、東堂は真っ直ぐに渓を見た。 堂々とした佇まい。正義感に燃える瞳は好感が持てる。だが1つ、気になる事がある。 それは東堂が耳にした噂。もしそれが事実であるのなら、正義感に熱い戦士、この一言で括れるほど単純な人物でもない。 「その様子だと色々聞いてそうだな。なら、何故気付かなかった。俺はお前らに勘付いて貰う気で動いたんだ。慎重なお前の事だ、露呈したと踏めば強引な決断より中止を選ぶ――そう、読んでいたんだ」 彼女の言う動きと言うのは、東堂が起こそうとした例大祭に乗じた謀反計画、それを阻止しようと動いたこと……だろうか。 「その辺は関係ありませんよ。露呈しようとしまいと、強引な手段に出る事は可能でしたから。それよりも気になるのは貴女の動きです。随分と無茶をされたようですね」 先に彼女の言葉にもあったように、内偵の依頼で正面から堂々と話を聞きに行った、その行動だけでも無茶は見て取れる。 「ま、ギルドからは何枚も抗議文を貰っちまったがな。計画を阻止し、誰も勝者とせん為とはいえ、明確な依頼潰しを画策したんだ、仕方なかろう」 「っ、貴様ぁッ!」 怒声と共に辺りがざわめき、隊士の1人が渓に斬り掛かる。 突如として殺気立った室内で、武器を外に預けた渓は丸腰だった。故に、彼女に贖う術はない。 しかし、首筋に刃が触れる寸前でそれは止められた。 「――刃を退きなさい」 素手で刃を掴んだ東堂の声に隊士の目が見開かれる。そして、静かに刃を下げると、彼……否、彼等は殺気を込めて渓を見た。 「結果として依頼が潰れたのでなく、自分で依頼を潰した……そう仰るのですね」 一度発した言葉は消せない。 その真偽が確かでなくとも、言葉に添える事実は存在している。 東堂は血に濡れた手に手拭いを巻くと、緩く息を吐いた。其処に渓の声が響く。 「……1つ聞きたい」 「何でしょう……」 「お前やお前の師は、自力で革命論に辿りついたんだな?」 「アヤカシの入れ知恵などありません。そのようなモノの力を借りる必要はありませんでしたから」 「そうか。悪かったな」 無用な探りを入れた事を謝罪し、渓はゆっくりと立ち上がった。 「さて、俺は帰るぜ。東堂……お前はもう戦わなくていい。人を救う、その理想だけは俺が継ぐ」 渓の宣言に東堂は答えず、立ち去ろうとする背へ待ったを掛けた。 「私が言う事でもありませんが、組織と言うのは人1人では成り立ちません。数多の者が助け合い、共に進む事で成り立つもの。貴女の此度の行動は組織の一員としてあるまじき行為だったと、私は考えます」 東堂はそう言葉を添え、面会に来てくれた礼にと桜茶を渡して見送った。 ● 清々しい程に晴れ渡る空。 それとは対照的に殺気立つ室内を目に置き、東堂は開く扉に目を向けた。 「邪魔する――っと、何かあったのか?」 「鴻ちゃん、どうしたの?」 部屋に入るなり異変に気付いたのだろう。樹邑 鴻(ia0483)は目を瞬いて足を止めた。 そんな彼の後ろから顔を覗かせたアルマ・ムリフェイン(ib3629)は、東堂の姿を目にするとキュッと唇を噛んで、俯いた。 その表情は必死に何かを堪えているかにも見える。しかし彼は、噛み締めた唇を解くと、微笑んで東堂を見た。 「先生、こんにちは。えっと……花湯を持ってきたんだけど……入って、良いかな?」 そう言ってお盆に乗せた9つの湯呑を見せる。 その仕草に頷きを見せ、東堂は彼等の後ろに立つ者達へも目を向けた。 「ようこそ……と言うのも変な話ですが、良く来てくれましたね。さあ、中へどうぞ」 この言葉に、面会に訪れた者達は足を踏み入れ、思い思いの場所に腰を据える。 そして全ての者が腰を落ち着ける頃、隊士達も抱いていた緊張を解き、場は和やかな雰囲気に包まれた。 「……少し、雰囲気が変わったような?」 アルマの用意した桜の花湯を手にしたケイウス=アルカーム(ib7387)の声に、サミラ=マクトゥーム(ib6837)の首が傾げられる。 「さっきの、険悪な空気のこと?」 「いや、そうじゃなくて、東堂さんのことなんだけどね」 初めて東堂と会ったのは、わざと派手にアヤカシを退治する、と言うものだった。 その時に抱いた東堂への感想は今と全く違う。その感情が違うように見せている可能性もあるが、やはり彼が変わったのだと思う。 「なんて言うんだろうな。角が落ちたって言うか、本当の意味で優しくなったって言うか」 そんな感じ。 そう言って笑った彼に、サミラは再び小首を傾げる。言いたい事は何となく伝わるが、表現が曖昧過ぎてわからない。 しかし、そんな曖昧な表現であっても、同意する者もいるようで。 「中々鋭い目をしておるのう。強ち間違いでも無かろうて」 笑みを零して、華魄 熾火(ib7959)が流し見るのは東堂だ。 その視線に東堂は何も応えない。寧ろ、否定も肯定もしない辺り、彼もそう思っている可能性がある。 「相も変わらず、じゃな」 再び零した笑み。 それを攫うように小さな咳払いがした。 「先生……みんなにも、確認したいんだけど……先生との会話、聞いてても良いかな?」 話が始まる前に。と、早口で告げたアルマに、藤田 千歳(ib8121)が頷く。 「問題ない。聞かれて困る話もないからな」 「私も問題ないのう。寧ろ、皆との別れも、良い思い出も……私も、一緒の思い出を作っても良いのだろうか?」 「俺も大丈夫だよ」 熾火に次いでケイウスも頷けば、その隣でサミラも頷いている。 「勿論、俺にも大丈夫だ」 「皆、同意であるな。ならば皆の保護者と見なされて、オレは更なる責任を背負うではないかな。それにはまず、各員の伝言を受け止めさせてからであろうて」 鴻の言葉を聞き終えてから、ウィンストン・エリニー(ib0024)はそう言って東堂を伺い見た。 これに彼は頷きを返す。 こうして7人全員が同席する中で面会は始まった。 「あれだけの大事を未然に防いだ故に、東堂一同は流刑のみで済んだのであるか。オレ自身本心としては、取調べの際に真実を記述して世に明らかになれば良いとだけ考えていたのであるが」 その場合に極刑になる事は止むを得ない。そう思っていたと告げるウィンストンに東堂は苦笑を含ませて笑む。 「貴方は実に正直ですね。出来る事ならば、貴方の望むように全てを語りたいのですが、既に出ている言葉以外、語る事もないでしょう」 噂として流れる桜紋事件と東堂の関係。 それ以上に語る事も知っている事もない。そう言葉を切った彼にウィンストンは低く唸る。 「ならばオレが思うに、やはり気を急いていたのであろう。振り返れば貴殿の態度から感じる次第」 彼が浪志組を結成し、其処から動き出した期間は極めて短い。故に、気を急いていたと言われても仕方がないだろう。 「耐えて雌伏し、ゆっくりと理想を広め同志を募って、気取られそうならば悠然と構えて次世代に繋ぐとか……時間は上手く利用すれば味方になり、不必要に消費してしまえば敵に廻る」 時機を待ち、無理ならそれに応じた行動をすべきだった。そう東堂の敗因を語る彼に東堂は静かに耳を傾ける。 「これが歳を経たオレからの忠言だろうかな」 この人物は、実に多くを客観的な視線で捉えてくる。 まるで全てを見透かすように、時折鋭い意見が来るのもその為だろうか。 だからだろう。 東堂には他人の様に思えない。 共感を抱ける相手、とでも言うのだろうか。彼の言葉は人に考える力を与え、そして答えを導き出す鍵をくれる。 組織の中で、そうした人物は特に貴重だ。 「有難うございます。貴方が浪志組の隊士で良かった」 心からそう思い告げる声に、ウィンストンは顎髭を摩って湯呑で口を隠した。 其処へサミラが身を乗り出してきた。 彼女にしては少し珍しいことだろうか。 伺うようにウィンストンを見て、そして東堂を見遣って口を開く。 「ねえ。語る事がもうないなら、物語編纂の為に、楠木さんの事を聞いてもいい? 楠木さんって、どんな人だったの、かな?」 半分は興味。半分は物語纂の為。 この問いに、東堂は意外な問いが来たとばかりに苦笑する。 「私の師の話、ですか……聞いても面白くないと思いますが、厳しくも優しい御仁でしたよ。常に理想に燃え、先を見据えた強き人でもありました」 ただ悲しいことに、それだけの物を備えた人物でも、彼にはないものがあった。 それは東堂が出会ったのと同じだけ、彼を支えてくれる者。 もう少し、あの時、自分に彼等と同じだけの力があったなら。そう思う事もあるが、全ては過ぎた事だ。 「私は、師を尊敬していました。今でも、それは変わりません」 「尊敬する、人……僕にとって、貴方がそうだ」 不意に放たれた声に東堂の目が向かう。 其処に居たのはアルマだ。 新緑の瞳を真っ直ぐに向ける彼は笑んでいる。しかし、その顔には涙を堪える色も浮かんでいた。 「貴方は確かに優しくて、僕の尊敬する人だ。貴方の掲げた理想、夢、志が。その刀が、言葉が、姿が……僕に覚悟と、意味をくれた。命を、生かしてくれた」 寂しく無い筈がない。 無性に込み上げる悔しさもある。 これから生きていく上で、彼の思いを裏切らないか怖い。 それでも、東堂と一緒に自分の願いを叶える道を選んだ。 「だから僕は、この儀に……浪志組に残ります。離れてしまうけど、先生達と共に歩ませてください」 真剣な顔で語りかける幼い子。 誰よりも迷い、誰よりも優しく、そして誰よりも傷付いてきた彼は、こんなにも大きく成長したのか。 東堂は、今にも泣きそうな目で此方を見詰める彼へ、優しい笑みを向ける。 必死に笑おうと努める、彼の為にも。 「先生……ごめんなさい。守ってくれて、ありがとう」 「お礼を言うのは私の方でしょう。有難う、アルマ君。貴方に会えた事が、私の人生の宝である事は間違いありません。これからも一緒に歩みましょう」 「……、っ……」 泣かない。 そう決めたのだからグッと堪える。そんな彼の肩を叩き、ケイウスが口を開いた。 「これが本当に最後、なんだね」 音に敏感だからだろうか。それとも、彼の性格故だろうか。 場の空気を読んで囁いた彼に、東堂は頷いて見せる。 「貴方は浪志組隊士ではありませんでしたね。ですが、私を助けてくれた」 有難うございます。 そう言葉を添える東堂に、ケイウスは気恥ずかし気に頬を掻いて笑う。 「どういたしまして! それよりも俺、浪志組の手伝いをしたいと思ってるんです」 「それは……?」 僅かに驚き、それでも意志のある瞳を見せられれば彼の本気はわかる。 「入隊はしないけど、それでも、浪志組の理想の為に、俺の立場でも出来る事を考えてみます。浪志組に……東堂さんに出会わなければ、きっとそんなこと考えもしなかったと思う」 自由の風を好む吟遊詩人。 その特徴を色濃く表す彼の爽やかな笑みに、東堂は眩しそうに目を細める。 人の命を救うために、自らの命を顧みない勇気。それは時に大きな代償を払う。しかし、そうする事が出来る人間は、尊く貴重であることは間違いない。 「貴方の真っ直ぐな心と瞳がいつまでも色あせぬ様、祈っています。とは言え、自分の命は大事にして下さい。心配される方もいるでしょうから」 そう言って笑った東堂にならって、サミラがケイウスの脇腹を突く。 それに身を捩って東堂を見ると、彼はニッと口角を上げた。 「あなたに敢えてよかった。ありがとう、東堂さん」 へへ。 そんな笑いを零すケイウスに、サミラは大仰な息を零して肩を竦めた。 その上で先の質問の続きを思い出す。 「そう言えば、1つは復讐、1つは理想、貴方が目指した物を聞いても良い、かな。私の知識は又聞きだし、ね」 東堂が乱を起こそうとした際の心境はどんなものなのか。そう問いかける彼女に、東堂の瞳が揺れる。 だが誤魔化す事はしない。 「正しくな、理想が先に立ち、それが崩れ、復讐が生まれた。それが私の全てであり、私の目指した物です。復讐こそが私の唯一の目的――」 「本当にそれだけであったのかの」 熾火はそう零してゆるりと肩を竦めた。 その事で零れた髪が、彼女の頬を流れ落ちる。 「覚えておるか? 初めて会ったあの祭り……私を、子供へと話しをさせてくれたのはそなたじゃ」 陰と陽の作戦として開いた祭り。 修羅と和議を結んで間もない頃、彼女は東堂の私塾に1人で訪れた。 そんな彼女に東堂は折角だからと、子供達と話をする機会を設けたのだ。 「あの時のこと。あれまで復讐の一環だとするならば、相当の策士じゃが、私はそうは思わぬ」 始まりが何であれ、行動の節々に見えていた善意が偽りだとは思わない。 「ほんに、難儀な性格じゃな」 そう言って笑った彼女に、東堂はゆるりと苦笑した。 それを見て、熾火は言う。 「のう。あの時の私の様に、そなたにとってこれが新しき始まりとなり、新しい夢を紡ぐ切っ掛けとなれば良い。そう思うておる。此れは偽りではないぞ」 「ええ、分かっています。貴女の言葉に偽りはない」 「……これを」 差し出された熾火の手が、東堂の手に重ねられる。 「俊一の無事を祈る、さりとて私は同行出来ぬので……一緒に連れて行ってはくれぬか? 不用であれば、捨て置いてくれても構わぬ」 開いた掌に落されたのは祈りの紐輪。 それを見詰めて思う。 芯を持つ、真っ直ぐな女性である彼女に、名で呼ばれるのは初めてだっただろうか。 熾火は言わないが、名を呼ぶのは彼女にとって大事な者の証。恋愛感情など関係なく、夢を持つ者、信念を貫く者は好感が持てる。 だからこそ東堂を個人として、名を呼びたいと思った。それ故の名呼び。 それに気付いているのかいないのか、東堂は静かに掌を閉じると、小さく礼の言葉を述べそれを受け取った。 「そうだ……行先は、近衛さんの離島、だっけ。餞別があるんだ」 熾火に続いて差し出された枝。 それは何時までも散る事の無い桜が咲く大変珍しいものだ。 サミラはそれを東堂の手に持たすと、少しだけ困ったように笑った。 「これは枯れない桜の枝。故郷に持って行くつもりだったんだけど……貴方にも伝承を残して欲しいん、だ。いつか封印が解けた時、お互いの伝承が出会ったら素敵だと、思うから」 流刑の地に到着したら、天儀への道は閉ざされる。 二度と会う事も、世界が交わる事もないだろう。それでもいつか――いつか、道が開けたら。 そんな想いを込めて託したい。 そしてもう1つ、渡したい物がある。 「……アル=カマルの遺跡で見つけたメダル。まぁ、私の事も憶えておいて欲しい、し、さ」 そう言って目を逸らした彼女に、東堂は目礼を向けて枝と共にメダルを受け取った。 不器用で、それでも深い優しさを持ち合わせた少女の粋な心遣いに、感謝しても足りない程の「有難う」が溢れてくる。 「私は、桜が好きです。咲き誇る様も、散り様も……あちらでもこの花が見れると思うと、嬉しいです。本当に、有難う」 微笑んだ東堂に、サミラは無言で頷きを返し、ケイウスの服の袖を掴んで唇を引き結んだ。 其処に息を吸う音が響き、凛とした声が響く。 「俺は、一連の事件について深く関わってきた訳じゃない。だからこそ、客観的な疑問が浮かぶとも言えるが」 言って、鴻は東堂を見据えた。 先の闇の中で見たのとは違う、穏やかで優しい印象を与える人物。その顔を見ながら、ここに来る前から問おうと思っていたことを口にする。 「……聞かせてくれ。この地に残る隊士達は、設立時にあんたが掲げた理念を信じて、戦い続けるべきだと思うか?」 真っ直ぐな問いだった。 だがこの問いに東堂は目を伏せた。 「私は全てを信じる必要は無いと思っています。私が掲げた理想や理念はあくまで私のものです。初めはそれだけを追うのも良いでしょう。ですが何時かは自身の手で、己の想いを抱いて欲しい。そう思います」 そのお手伝いならば、力を惜しむつもりはありません。 そう言葉を添えた彼に、鴻は「そうか」と言葉を零して息を吐いた。 そして東堂を見る。 「樹は、水をやらねば成長しない。大きくしようとするならば尚更だ。――東堂。あんたが若い連中の成長を望むのならば、決して、水をやる手を止めないでくれ。例え、離れた地へと流されようとも」 「心しておきましょう。今度こそ、道を違えない為に」 そう頭を下げた東堂を見て、鴻はホッと息を吐く。 「安心した。後はアレだ。俺から送れるもんつったら、握り飯位しか無いけどな。船の上で、腹ぁ空かせたのに何も無い、ってのは嫌だろ? だから握り飯を渡しておいた。行くときには受け取ってくれな」 天儀の開拓者は力だけでなく、優しさも兼ね備えている。 大きな器を持ち、寛容に受け入れる。 その器があったからこそ、東堂は敗れたのかもしれない。否、きっとそうだろう。 「私は、彼等に敵う筈もなかったのですね……もう少し、早く気付いていれば」 「心に、早いも遅いも関係ないと思う」 東堂の言葉を拾うように響く声は、千歳のものだ。 彼は東堂の前に進み出ると、背筋を伸ばしてその前に腰を下した。その膝には、浪志組の隊服がある。 「俺の心は、決まった。俺は、浪志組隊士として、浪志組の、東堂殿の理想を追って行こうと思う」 『尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし』 東堂が掲げた理想。それは千歳の中で彼自身の理想へと変わった。 だからこそ迷いなく東堂に向き合える。 「俺は、東堂殿の理想に共感して浪志組に参加した。あなたの理想こそが、何より護るべき、俺の根幹」 先の鴻とのやり取りを聞いていただろうに。 相変わらず真っ直ぐで理想に燃えた良い目をしている。 「戦う力無き者が、心安らかに暮らせる世の中にするべく、俺は戦い続ける。そして世の理を。天儀の政を変えるという東堂殿の想いを、俺は継ごうと思う」 「!」 「きっと長い年月がかかるだろう。俺の一生を賭しても、成しえる事はできないかも知れない」 だが、と彼は言葉を切る。 先の言葉を待ち、東堂は僅かに胸躍る自分に気付いた。 理想を語り、夢を語った遥か昔。 目を輝かせて師と理想の国を描いて話した日々を思い出す。 「だが、それでも……俺の子が、孫が。浪志組が残っていれば、俺の理想に共感してくれる後進が居れば。何時の日か、成しえる事が出来るかもしれない」 芯を込め、語る言葉のなんと熱い事か。 東堂は大きく息を吸い込むと、込み上げる感情の波を息と共に吐き出した。 「険しい道ですよ?」 「これが、今の俺が追うべき理想。俺は俺の意志で、前を向いて歩んで行こうと思う。だから、大丈夫。それに――」 千歳は彼の言葉に耳を傾ける面々を振り返った。 「俺には頼りになる仲間もできたから、な」 そう言って笑った彼は、膝に抱く隊服を手にした。そして、それを東堂に差し出す。 「……受け取って、貰えるだろうか」 どれだけ離れていても、今生会う事が無くても、自分等は同じ旗の下に集った同志である。 そう願いを込めて差し出した記。 東堂は胸の詰まる思いでそれを見詰めると、噛み締めるように息を零し、彼の手から隊服を受け取った。 ● 月を抱く空の下、面会を終えたアルマは、屯所の外で隊士に守刀を差し出していた。 「あの、これ……偉蔵ちゃんに、渡して下さい」 これは東堂の傍で働いていた偉蔵への贈り物だ。彼は東堂と共に島に流される道を選んだらしい。それを聞いて、どうしても何かしたいと思ったのだ。 「あ、俺もこれ。偉蔵に渡してくれないか」 アルマに次いでケイウスが差し出したお守り。その中には幸福の宝石で作られたリングが入っている。 それを手渡して視線を戻すと、泣きそうに屯所を見詰めるアルマが見えた。 「……うまく、笑えたかな……」 東堂に与えられた結末を最善と割り切る事は出来ない。それでも彼を困らせない為に藁っていようと思った。 「僕は……何か、役に立ったかな。我儘で、斬らせて、心配をかけて、守られたまま。それだけじゃ、なかった、かな……」 「……大丈夫」 小さく震えた肩をサミラがそっと抱く。 その仕草にアルマの目が落ちると、力強い音が響いてきた。 「この別れを惜しむ全ての人へ、別離の痛みを乗り越える心の力を。そして、想いと志と共に先へ進むその歩みにささやかな後押しを……」 学を奏でて笑うケイウスに、サミラはキツイ視線を送ると、アルマをギュッと抱きしめた。 「皆に愛されておるな……俊一の意思は若き芽が後は継いでくれようて……」 穏やかな彼等を視線で見守る熾火。 そんな彼女の隣に立ち、同じように見守る視線を送るウィンストンが呟く。 「遭都で焼き討ちに遭った棒貴族の話をしたであるが、知っていたようであるな。悔いのある顔であった」 「仕方が無かろう」 顎髭を摩って目を細める彼に、熾火は小さく零す。 東堂とて人。色々と複雑な胸中もあるのだろう。 そして彼女達の傍では、新たな絆が生まれようとしていた。 「あー、千歳といったけか。すまないが、浪士組の頭の所に案内してくれないか?」 「頭……真田殿、だろうか?」 何故? そう問いかける視線に、鴻は気恥ずかし気に頬を掻く。 「いやなに。根無し草の風来坊が、気まぐれを起こして根を下ろしたくなった……ってとこだ。まぁ、宜しく頼むわ」 そう言って笑った彼の胸中には、東堂や千歳の示した志がある。 『天下万民の安寧のために己が武を振るうべし』 この言葉は多くの者を集めた。 そしてこれからも多くの者を集めるのだろう。 彼等の物語は今が始まりだ。 この先、開拓者である彼らと浪志組に何が待つのか。 期待と不安を抱きながら、夜は更けていった。 ● 東堂との面会を終え家路に着く開拓者。その中の1人、渓を屋根から見据え、柳生有希(iz0259)は静かに眉を潜めた。 「……こうも堂々と規律を乱す者がいたとは。呆れたものだ」 渓が東堂との面会で告げた言葉。それを受けた真田は柳生にある命を出した。 それは浪志組にある「隊士同士の私闘、裏切り、隊の名を騙っての狼藉は禁止」という規約違反による処罰。 彼女は懐に忍ばせた刃を闇に隠し、音もなく舞い降りる。そうして人通りが途絶えた道に立つと、背後から渓に斬りかかった。 「――!」 闇に乗じて風が吹いた。 妙に生温い、腕まで伝う風……否、これは血だ。 いつの間に斬られたのだろう。肩口から背を覆うように走る熱。其処から感じる痛みに顔を顰める。と、同時に膝が崩れた。 僅かに冷えた土に頬を寄せ、此処まで来て漸く、東堂の言葉を思い出す。 『貴女の此度の行動は組織の一員としてあるまじき行為だったと、私は考えます』 「……、っ……」 辺りに人影はない。 渓は空に浮かぶ月を睨み付け、意識を手放した。 ――この日、1人の浪志組隊士が脱退を命じられる。だがその命を直接受ける事無く、隊士は瀕死の状態で発見された。 開拓者生命と言う、命と引き換えに、彼女は助かったのだ。 |