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■オープニング本文 蝉の鳴き誇る午後。 陽が昇り切る前に開拓者下宿所の掃除や雑事を終えた志摩 軍事(iz0129)は、縁側で大の字に寝そべって涼を得ていた。 その隣には、縁側からだらしなく足を下げて仰向けに横たわる陶・義貞(iz0159)がいる。 「゛あ〜……暑ぃ……」 「おっちゃん……俺、水分が全部抜ける……」 「いや、抜けねぇ」 「酷ぇッ!!!」 何時ぞやにも聞いたような遣り取りを繰り広げる2人。 去年にも負けない勢いで暑さを振り撒く太陽を見遣り、2人はほぼ同時に溜息を吐いた。 「こう暑ぃと、どっか涼しい所にでも行きてぇな……あー……山、とか」 「山かぁ……そう言えば、今年も納涼祭やるらしいぞ?」 志摩の声に続いて義貞が言う。 この声に志摩は眉を顰めると、盛大に溜息を零して起き上がった。 「納涼祭なんざ知ったこっちゃねぇ。俺は、今年は静かに酒飲んで寝るんだよ」 駄目な大人の典型じゃないだろうか。 そんな言葉を呑み込んで起き上がった義貞は、転がっていた団扇を広げるとそれで顔を扇ぎ始めた。 汗ばんだ頬に生温い風があたって、若干だが涼しい。それに目を細めつつボソリと呟く。 「去年のかき氷は不評だったからって、今年は猪鍋にしたらしいけど……暑いのに何で鍋なんだろうな」 かき氷だったら、食いに行ったのに。 そんな呟きを漏らした義貞に、志摩はギョッとして彼を見た。 「なんっ、だとっ!?」 義貞の肩を掴んで顔を覗き込む。 その表情は真剣そのものだ。 「今、何て言った?」 「え? 何って……かき氷は不評だったって……」 「其処じゃねえ! 大事なのはその後だっ!!」 かなり切羽詰まった様子に、義貞が無意識に唾を呑み込む。 そして、覚悟を決めて一言。 「……猪鍋……?」 ボソッと返した声に、志摩の目が輝いた。 先程まで全然乗り気でなかったのに、表情は嬉々としていて、凄く嬉しそうだ。 良く考えたら、今年はそんなに獣肉を食べてなかった気がする。 「おっちゃん。肉ばっか食ってるとそのうちおっちゃんも肉に――あだァ!」 頭上に落ちた拳に頭を抱えて蹲る。 それを視界に端に捉え、志摩は良しと頷いた。 「義貞。今年も出るぞ!」 「えーーーーー!」 まあそりゃそうだろう。 義貞はお化けやそう言った類の物が苦手。志摩も昨年の納涼祭の影響で若干苦手な物が出来た。 その結果、今年は見送っていたようだが、猪鍋の一言に復活したらしい。 ちなみに、今年の納涼祭の記事はこうだ。 ――今年もやって参りました。神楽の都、大納涼祭! 真夜中の裏山を使って大規模な肝試し。 参加者は広く募っておりますので、どなたさまもお友達をお誘いの上ご参加ください。 尚、脅かし役も募集しておりますので、陰陽師やそうしたことが得意な皆様のご参加もお待ちしております♪ 今年は去年以上に楽し気だが、これは納涼祭と言う名の肝試しの告知でもある。 「後でギルドに行って手続してくるか。多めに猪肉入れるように言わねえとな!」 「ヤダって! そもそもおっちゃん、例のヤツは克服したのかよ!!」 「してねぇ!」 きっぱり言い切った志摩に、義貞の目が半分に閉じる。 「ダメじゃ――ぎゃんっ!」 本日2度目のゲンコツ。 義貞は蹲ったまま唸り、志摩は隣で猪鍋一色になった思考にほくそ笑む。 こうして今年の納涼祭の参加を決めた志摩と義貞だったが、はたして今年はどうなるのか。 さあ、波乱万丈の納涼祭の幕開けでございます! |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 劉 天藍(ia0293) / 真亡・雫(ia0432) / カンタータ(ia0489) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 霧崎 灯華(ia1054) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / ペケ(ia5365) / ブラッディ・D(ia6200) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 猫宮 京香(ib0927) / 无(ib1198) / ケロリーナ(ib2037) / 東鬼 護刃(ib3264) / アムルタート(ib6632) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / エルレーン(ib7455) / 霧咲 ネム(ib7870) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 鴉乃宮 千理(ib9782) |
■リプレイ本文 神楽の都にある裏山に、今年も多くの人が集まった。 彼等の目的はただ1つ。年に一度の大納涼祭に参加する為だ。 「どうせなら、もっといろいろな人と話したかったですー」 残念そうに呟き、麓にやって来たのはカンタータ(ia0489)だ。 彼女は人から借りて来た屋台を麓の適当な場所に置くと、辺りを見回して息を吐いた。 折角の肝試し、出来る事なら色々な人と相談したかった。とは、彼女の後日談。 「結構な人が集まってますー。足りますかねー」 そう零し、屋台に乗せた鍋を覗き込む。 その中にあるのは猪骨で出汁を取り、ニンニク等を使って和風に仕立てた、ジルベリア風スープだ。 「〜♪ 楽しみですー♪」 わくわくしながら蕎麦団子を作り始める。 肝試しはこれから開始。それまでに出来る限り事はしておかねば……そんな所だろう。 グツグツと煮込むスープはもう直ぐ完成を迎える。其処に礼野 真夢紀(ia1144)が通りかかった。 「良い匂いですね」 そう言いながら鼻をヒク付かせる彼女の手には、手回し式かき氷削り器。 若干重かったが、季節とこうした催しには充分重宝する代物だ。 「猪鍋はどうでも良いですがー、冬なら美味しくいただけますけど、夏の食べ物ではないでしょうに」 この時期の大根は薬味用に辛い物が多い。それに葉野菜も鍋に適した物は殆どないはず。 それに暑い時期に暑い物を外でと言うのも、若干気が引ける。 「これなら問題ないですよね」 コッソリ呟いてかき氷削り器を見下ろす。 そうして歩き出すと、見覚えのある背が見えて来た。 「管理人さ――」 「お父さーん!」 声を掛けようとした先に居たのは志摩 軍事(iz0129)だ。 「お父さん! 一緒にみんなを脅かしてやろうぜ!!」 そう言って志摩に飛び付いたのは、ブラッディ・D(ia6200)。父と仰ぐ志摩と久しぶりに遊べると今回の肝試しを楽しみにしていた。 その証拠に、見えない尻尾がはち切れんばかりに振れている(気がする)。 「管理人さん、結婚してたのですか?」 一緒に回りたかったのですが……。 そう言って小首を傾げる真夢紀に志摩の手が彼女の頭を撫でる。 「……まあ、時間があったら、な」 若干歯切れが悪い。 何かこう、含む物があるような物言いに、ブラッディと真夢紀は顔を見合わせ、目を瞬いた。 そしてそんな彼等と少し距離を置いて開始を待つ尾鷲 アスマ(ia0892)は、今日の呼びかけに応じてくれた天元恭一郎に、僅かな目礼を向けていた。 「征達の事情もある中、よく足を運んでくれた」 折角の催し、良ければ来るかと誘いをかけたところ、治安維持の為ならと来てくれたのだ。 「いえ。御無沙汰してますが息災そうで何よりです。グレインさんもお元気そうで何よりです」 そう言って頭を下げた恭一郎に、キース・グレイン(ia1248)の目がチラリと向かう。その上で「ああ」と頷きを返すと、彼女は周囲に目を向けた。 この様子に恭一郎が目を瞬き、アスマがフッと笑みを零す。 「キース嬢。何をしきりに背やら足元やらを気にしているのだ?」 「何の事だ?」 如何やら無意識だったようだ。 足元や背を気にする彼女は、何かを警戒しているようにも見えた。それが無意識となると、余程の事が以前にあったのだろう。 「今回は参加していないだろうに」 アスマはその事を知っているのだろう。 クツリと笑って言葉を添えると、牛面を被った。その姿が暗闇と合わさり若干怖い。 「尾鷲さんは驚かす側で参加ですか?」 「ああ。だが、驚かすと言うよりは……空腹を煽る程度の優しいお化けだ」 うむ。 そう頷くと、アスマは改めてキースを見た。 「ところで、キース嬢……浴衣も涼しげで良いと思うのだが」 ピリッと緊張が走る。 そして次の瞬間には、アスマを睨むキースがいた。だが、彼は続ける。 「……恭一郎殿もそうは思わないか?」 何処かで見たような流れだが、そしてキースが睨んでいるが、まあ問題ないだろう。 そもそも恭一郎に回避の選択肢はないらしい。 「そうですね。着物姿も素敵でしたし、浴衣も似合うと思いますよ。是非着てみませんか?」 そう言って微笑んだ彼に、凄まじいまでの鉄槌が下ったのは言うまでもない。 そしてその場に蹲る兄を見、征四郎は自らの腹を摩って眉を潜めた。 「兄上は何を……」 あのように誰かと遊ぶように話す姿を征四郎は知らない。故に、戸惑いが浮かぶのだが、そんな彼の肩を柚乃(ia0638)が叩いた。 「お久しぶり。元気だった?」 今回の肝試しに征四郎が居ないかと探していた柚乃は、彼の姿を見つけるとすぐさま声を掛けた。 「あ、ああ……一応は」 コクリと頷きを返す姿に笑顔を返す。 「征四郎クンはどっちで参加するのかな?」 小首を傾げて問う様子に、思案気に視線を落とす。そもそも此処に足を運んだのは兄の勧めがあったから。 その兄はと言うと、既に近くには居らず、当初の目的通り見回りに向かったのだろう。 「……未定だ」 そう答えて視線を落とすと、元気な声が響いてきた。 「あ〜! てんてんおにいさまですの〜!」 パタパタと駆けてくる金髪の少女。彼女は征四郎と柚乃の前で足を止めると、行儀よく頭を下げた。 「こんばんはですの〜。てんてんおにいさま、よければケロリーナといっしょに肝試ししてほしいですの〜」 ニコニコと目を輝かせながら見下ろすケロリーナ(ib2037)に妙な虚しさが胸を突く。 それが表情に出ていたのだろう。 柚乃がぽんっと肩を叩いた。 「征四郎クンは、まだ成長期だから……たぶん、大丈夫」 ここでの「たぶん」はかなり痛い。 それでも気遣ってくれた事には感謝すべきだろう。 「そうだな……皆で、回るか……」 憂い気にそう呟き、征四郎はケロリーナと柚乃に頷きを返した。 さてさて、時刻は進み肝試し開始直前。 此処まで来て、未だに覚悟を決めていない陶義貞は、青い顔で足を下げていた。 「や、やっぱり、俺……」 「おや……義貞さん、お化けは苦手ですか」 そう言って義貞の肩を支えるように手を添えたのは六条 雪巳(ia0179)だ。 「苦手でしたら、陽龍での戦いを乗り越えた事を思い出せば、きっと大丈夫ですよ」 彼はそう言葉を添えるとニッコリ微笑んで見せた。その表情に義貞の言葉が詰まる。 「で、でも、あれとこれとは……」 「おやおや。折角リンカと一緒に回るんじゃろう? 今年は情けない声出して逃げ出さんようにのー?」 出掛けた言葉を遮る台詞に、義貞の口元が引き攣る。 視線を向けた先に居たのは東鬼 護刃(ib3264)だ。 彼女はニマニマ笑って義貞に近付くと、傍にいるリンカを見て更に笑みを深めた。 「リンカも苦労するのう」 「そんなことはないさ。義貞さんは格好良いよ」 リンカ・ティニーブルー(ib0345)はそう言うと、浴衣を纏う腕をあげて微笑んだ。 この言葉に義貞の覚悟が決まった。 「こんなの、怖くないに決まってる! 行くぞ!」 上擦った声でそう言って歩き出す。 その姿にリンカは笑みを深めて歩き出した。 そして裏山へと消えて行く2人を見送った護刃も動き出した。だがその方角は、参加者とは若干方向が違う。 「おや、参加されないのですか?」 「まだまだやることがあるでのぅ。では、後ほど、の」 そう言ってほくそ笑むと、彼女も裏山へと消えて行った。 それを見遣った雪巳はハタと気付く。 「もしや、私1人ですか……?」 よく見れば周囲は組が決まっている。 しかも恋人同士が多い気が……。 「……まさかの1人出発」 実は今回が初の肝試しな雪巳。 出来る事なら誰かと同行したかったのだが、この状況下では厳しそうだ。 重い溜息が口を吐いた、その時―― 「お1人ですかな?」 「あ、はい。もしや貴方……も?」 掛けられた声に、嬉々として振り返った瞬間、雪巳の目が落ちた。 筋肉隆々の腰巻一枚の男が其処に立っていたのだ。 「あの……」 「開拓者ギルドから派遣されました、白馬王司と言いますぞ。さあ、お1人であるならば是非ともご一緒にっ!」 「え、ちょっ……ギルドから派遣された方は、驚かし役では……」 「ふむ。今回は驚かす側が多かったので此方に回るよう言われたのです。さあ、遠慮せずに!」 ずずいっと差し出された手に、うっと言葉に詰まる。 確かに誰かと一緒に行きたいと願ったが、普通の人と一緒に行きたかった。 だが白馬は待ってくれない。 「フハハハハ! なあに、怖くはありませんぞ! 私は強いですからな!」 「……いや、そう言う事じゃ……誰か、助けて……」 聞く耳持たない白馬と、それに引き摺られてゆく雪巳。それを見遣り、何とも言えない表情で真亡・雫(ia0432)が猫宮 京香(ib0927)を振り返った。 「えっと……次、僕たちの番みたいだ」 男性用の浴衣を纏う雫の頬がポッと赤らむ。 その原因は京香の大人っぽい浴衣姿にある。 彼女はそんな雫の反応を見て微笑むと、彼の手を取って顔を覗き込んだ。 「んふふ、雫くん今日はお誘いありがとうございますよ〜♪」 「いえ、僕の方こそ。あの……僕、京香さんの浴衣姿、見たかったんだ」 言ってチラリと視線をあげると、思わず頬が綻んだ。 「……とても、似合います」 まるで独白の様に零して微笑む。 そうして握った手に力を篭めると、裏山の入り口を示した。 「じゃあ、行きましょう」 「はい〜」 こうして参加者達は次々と裏山に入って行く。 そしてこの様子を神社の屋根の上から眺めていた鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、持参した枕に頭を乗せて、大きな欠伸を零していた。 「ぁー……こりゃ、見張りなんかいらなかったかしら……?」 参加者の安全確保の為に待機。そう考えていたのだが、如何見ても普通の肝試し。 平和な内に開始された催しに既に暇な雰囲気が漂っている。 それでも何かあれば動けるように目は光らせているのだが、やはり退屈だ。 「……まあ、何もないのが一番なんだけどね……」 そう零し、枕に乗せた頭をコテンッと返した。 ● その頃、お化けとしての準備を進める霧崎 灯華(ia1054)は白装束を纏うとニッと笑って帯を締めた。 「さあて、昼から準備した甲斐があってまずまずの出来ね。あとはこれを着て、っと」 周囲には彼女の用意した演出と、若干の腐臭が漂っている。その臭いが何とも言えない雰囲気を醸し出しているのだが、これだけで終わる筈がない。 「ふふふ、楽しみね♪」 そう言うと、彼女はハサミ型の呪術武器を構えてニンマリ笑った。 其処へ足音が響く。 「こ、怖くなんてない。怖くなんてない」 ぶつぶつと山道を進むのは開拓者ギルド職員の山本だ。彼も驚かし役が多かった為に、参加者に回されたらしい。 基本的に怖いのが駄目なのだろう。 周囲をしきりに気にしながら歩いている。 「皆、寝てるのかな〜……」 「――……」 「!」 此処まで嚇かされた回数無し。 それが彼に油断を生んだのだろう。聞こえた何かに彼の足が止まった。 「今、何か……」 恐る恐る、彼の視線が木々の間を捉え、 「ひいぃぃいい!!!」 暗がりに立つ血痕の付いた白装束を纏う灯華。そんな彼女に山本の腰が抜けた。 「あ、ああああ、あの」 「……返して……」 ポツリ。 零された声に、山本の喉が上下に動く。 「か、返してって……なに、を……」 「わたしの……、返して……」 もう嫌な予感しかしない。 徐々に後ずさる腰と足。 ずるずると動く彼に、灯華の目が光った。 「わたしのお腹の赤ちゃん返してよぉ!」 「!!!!!」 言葉と同時に目の前に飛び込んできた灯華に声を失う。そして腹に当てられた鋏に気付くと、彼の目がひっくり返った。 「あ」 ゴトンッ。 白目を剥いて倒れた彼に、灯華は目をパチクリ。 まさか此処まで驚くとは。 「ちょっと、大丈夫?」 慌てて顔を覗き込むが、完全に気を失ったらしい。 若干泡も吹いて倒れている様子から察するに、覚醒までには時間がかかると見た。 「これでギルド職員とか……如何なのよ」 「これは相当な怖がりですねー。確かに職務も心配ですー」 「あら……って」 同意する声に振り返った灯華は、其処に控えるカンタータを見て首を傾げた。 夜光虫を飛ばして驚かす側に回っていた彼女は、屋台を傍に置くと山本に近付き、彼の顔を覗き込んだ。 「外傷はなさそうですし、直に目が覚めると思いますー」 怪我でもしていれば治癒符でも掛けようと思っていたが、この分なら問題ないだろう。 そう言う彼女に灯華も頷き、ふと彼女の屋台に目を向けた。 「それは?」 「目が覚めるまでいかがですかー♪」 気付いて貰えた。 そんな勢いで屋台を示す彼女に、灯華の首が傾げられる。 「何でこの状況で屋台なんて引いてるのよ? 重くない?」 肝試しに屋台を持ってくる。 商売魂は見上げたものだが、若干不釣り合いだろう。 そう問いかける彼女に、カンタータは笑顔でこう言った。 「裏飯屋〜です」 「……そう」 そっと目を逸らした灯華。 彼女は山本に目を落とすと「これ、どうしようかしら」と零して息を吐いた。 「あー……色々と、ツッコみたいんだが……」 「どうしたの、お父さん?」 犬の仮面に耳と尻尾を付けたブラッディが振り返る。その姿はまあ、狼男や狼女の類だろう。 これに関しては問題ない。 「確か、驚かす側に参加じゃなかったのか?」 そう、志摩とブラッディは驚かす側として参加していたはずだった。それがいつの間にか裏山を歩く羽目に。 「真夢紀を1人で放っておけないだろー」 お父さん冷たーい。 そんな事を言われては何とも言葉を返し辛い。 それに気になる事はもう1つある。 「コイツは、何だ……?」 そう言って志摩が示したのは、頭に乗せた耳……しかも、長くも無く極端に短い耳。 「お父さんも何かに化けなきゃって思って。折角だからお揃いか、熊男かなって!」 「あー……」 納得が云った。 これは熊男の熊耳だ。 どっと肩を落とす志摩とは反対に、ブラッディは楽し気だ。 そして彼女らと共に歩く真夢紀も楽し気で、彼女は先程からお化け役の人間を見つけては、好奇心を旺盛に志摩へ問いかけていた。 「管理人さん……あれは何でしょう?」 今も志摩の袖を引いて問いかける。 その視線の先には、道端で数珠を握りながら何事かを呟く老婆が1人いる。 「もしかして具合が悪いとかでしょうか。ちょっと見て来ます!」 「いや、マテマテ」 流石に此処でそれはない。 しかし真夢紀は心配そうだし、ブラッディも止める気はないらしい。 「……仕方ねえ。俺が、行って来る」 流石にあの格好で例の物は持っていない。そう判断して白髪に猫背の老婆に歩み寄る。 「あー……婆さん、大丈夫か?」 幸いな事に老婆は露出が多い。この様子なら志摩のトラウマ品は持っていないだろう。 そう思い、油断して顔を覗き込んだ時だ。 「喝っ!!」 「ッ!?」 凄まじい絶叫に、志摩の息が止まった。 そして、一歩、二歩、三歩…… ドサッ。 「お、お父さん!?」 慌てて駆け寄るブラッディに、尻餅を付いた志摩は冷や汗を額に滲ませる。 「ヒヒヒヒ」 油断大敵。 そんな風に笑ったペケ(ia5365)扮する老婆は、詰め物をして弛ませた頬をニイッと緩める。 「か、管理人さん。早く立ってください!」 「お父さん、行くよ!」 完全に老婆になりきるペケに、ブラッディも真夢紀も悪寒が背を駆けあがったようだ。 早く行こうと志摩を急かし、結局彼を引き摺る形で去って行く。 その様子に満足すると、ペケは他の参加者を待ち伏せするよう、先程の位置へと戻って行った。 暗い森の中を歩く雫は、握る京香の手を離さないよう、山道をしっかりとした足取りで進んでいた。 「歩くの早くないですか?」 そう言いながら振り返る。 その声に、京香は微笑んで頷いた。 「大丈夫ですよ〜」 なんとも微笑ましい恋人同士の図。 その様子を物陰から見ていたからす(ia6525)は、彼等が進む方向を確認して、そっと気配を隠した。 その彼等が進む道とは…… 「こ、これは……」 雫は思わず足を止めて、息を呑んだ。 目の前に広がるのは大量のぬいぐるみや人形。それも、胴と首が放れた着ぐるみや、綿が出たぬいぐるみ。中には藁人形まである。 「凄いですね〜……これを抜けないとダメなんでしょうか〜」 流石に気味が悪いのだろう。 京香がギュッと雫の手を握った。 「大丈夫です。僕が付いていますから」 行きますよ! そう言って、彼女を連れて歩き出す。 だが、一歩目を踏み出した所で、雫の心意気は折られた。 「うわあ!」 着ぐるみの下を通ろうとした彼の足が浮いた。否、浮いたと言うか落ちたのだ。 本来なら此れで終わり。 しかし、雫の体は穴に落ちる直前で引き止められた。 「驚きましたよ〜」 京香がぎゅっと抱きしめて支えてくれたのだ。 「す、すみません」 ドキドキと高鳴る心臓に、息が止まりそうになる。 それをグッと堪えて視線を落とすと、蒟蒻が敷き詰められた穴が目に入った。 「怪我防止……配慮は嬉しいですけど、これは心臓に悪いですね」 思わず苦笑して、再び歩き出す。 今度は慎重に、ぬいぐるみや人形の下は避けて。だが、思わぬ事に、再び体が落ちた。 「え!?」 素っ頓狂な声を上げて落下――のはずが、再び京香に抱きしめられて踏み止まる。 もう、驚いてなのか、抱きつかれてなのか、はたまた両方の所為なのか。 ドキドキしっぱなしの現状に、暑さとは別に顔が赤くなる。 「あは〜、どうせですしこのまま行きましょうか〜」 何度も落ちそうになって、何度も抱き締められて。 その度にドキドキするのなら、今のままでも良いのかもしれない。 雫は笑顔で顔を覗き込む彼女を見て、抱きしめる腕に手を添えて微笑み返した。 「そうですね。その方が僕も落ちないかも」 そう言って2人は身を寄せ合いながら歩き出す。 その姿を見えなくなるまで見送ってから、からすが「ふむ」と息を吐いた。 「心理的落とし穴地獄は、相手を選ぶ、か」 興味深い。 そう零すとからすは他の参加者の反応を見る為に、物陰に姿を隠した。 そして身を寄せながら歩いて来る雫と京香に、怪しい影が近付こうとしていた。 「くっくっく……好機、来たれり!」 恋人に嫌がらせを。 そんな不純な動機で参加したラグナ・グラウシード(ib8459)は、歩いて来る2人見ると、すぐさま木の陰に隠れた。 彼女いない歴がそのまま年齢になる彼は、どうしても恋人達が許せない。これを人は嫉妬と呼ぶのだが、まあその辺は置いておこう。 彼は非モテ騎士の名を更に拡大させるべく、今か今かと恋人達の来訪を待つ。 「くくく……さあ来い! 貴様らの甘い雰囲気など、この私がぶち壊してやるッ!」 口中で呟き、いざ反撃。 そう思った時、彼の背後で殺気が走った。 「……のーたりんのおばかさんっ、じっとしてろおぉ!」 「き、貴様ッ?!」 ゴンッ。 脳天を突き抜けた鋭い一撃に、ラグナが地に沈む。そしてそれを見下ろすのは、ネコ耳を着けたエルレーン(ib7455)だ。 彼女は化け猫に扮して参加者を驚かすつもりでいたらしい。 しかし、出撃しようとした瞬間、不穏な動きのラグナを発見し急遽行動を転換させたのだ。 「こういうのーたりんは、こうだっ!」 エルレーンは慣れた手つきでラグナを縄に縛って行く。そして梃子の原理で彼を木の上に吊し上げると、あっかんべーっと舌を出した。 「ふんっ、そんなことばっかりしてるからモテないんだよぉ、ばーか!」 そう言って駆けて行く。 そしてこの場に放置されたラグナはと言うと…… 「去年の事もありますし、目を合わせたらダメ、ですよね……」 そう言いながら、目の前に吊るされたラグナを見る和奏(ia8807)。 チラチラと視線を寄越す彼は、前回の肝試しである事を学んだ。 それはお化けをじっと見てはいけない。と言う物だ。 しかし、今回のお化けは前回とだいぶ違う。 「……ぐすっ、えぐっ…だ、誰か、助けてくれ……」 しくしくと泣きながら助けを乞う、吊るされた男――ラグナ。 乱れた着物に、乱れた髪。見た目は落ち武者のそれなのだが、如何にも様子がおかしい。 だがお化けが如何いった物なのか知らない若奏は、おかしいかどうかも判断が付かない。 「難しいですね……」 そう零し、歩き出す彼に、ラグナの悲痛な叫びが放たれたのは、また別の話としておこう。 その頃、リンカと共に山道を歩いていた義貞は、ある灯りを見て足を止めていた。 「義貞さん?」 義貞への仄かな想いに気付いたリンカは、彼と共に歩める時間と今回の肝試しを楽しみにしていた。 とは言え、義貞のお化け嫌いは知っているので、こうした事態も想定内。 ジリジリと足を下げる彼に、思わず笑みが零れてしまう。 「な、何か、聞こえた……」 「大丈夫だよ。落ち着いて」 そう言って彼の手を握る。 それに次いで、声がした。 「……ああ…妬ましい……恨めしい……」 「!」 背筋が凍るような冷たい声に、義貞が息を呑む。そして逃げ出そうとした所で、もっと確かな声が彼の耳を打った。 「……静かな眠りを妨げる主らが、憎らしい……」 「り、りりりり」 「この身と同じく、主らも炎に焼かれると良い……っ!」 「ぎゃあああああ!!!」 拡大した灯りに大絶叫。 逃げはしなかったものの腰を抜かしそうになった彼に、リンカが抱き付く。と、同時にジャスミンの香りが鼻をついた。 「っ……り、り……リンカ、さん……?」 ぎゅうっと抱き締める温もりと弾力に、かあっと頬が熱くなる。その瞬間には、お化けなんて如何でも良くなっていた。 そしてリンカはと言うと、この状況を役得と感じて放さない。 その姿を見て、白装束を羽織った護刃は「ほほう」と笑みを滲ませた。 「これはこれは、じゃな」 クツクツと笑って2人の前に現れた彼女に、慌てて義貞とリンカが離れる。それを見て護刃はフッと笑みを零した。 「義貞も、男じゃのぅ。護るべき女子が居ってはそう簡単に乱しはせんか」 「ゆ、護刃の姉ちゃん!?」 「まだまだじゃな。これがアヤカシだったらどうするんじゃ」 今頃気付いたか。 そう零して笑うと、護刃はリンカに向けて片目を瞑って見せた。 「うぅ、またやられた……情けねぇ」 頭を抱えて蹲る義貞に、リンカがそっと囁く。 「誰だって得手不得手があるし。さっきも言ったけど、義貞さんの格好良い所は一杯知っているから…ね?」 そう言って微笑んだ彼女に、義貞は目を瞬き、なんとも言えない表情で頷きを返した。 肝試しも始まってだいぶ経つ。 中には目的を達して麓に戻る者達もいる中、闇野 ハヤテ(ib6970)やネム(ib7870)は恋人達を中心に嚇かす事に専念していた。 「えへへ〜、いっぱい驚かしたね〜」 そう言ってふよふよと白い生地を翻すネムにハヤテはうんうんと笑んだまま頷く。 ネムの衣装はまるごとおばけ。そしてハヤテの服装は、全身に包帯を巻いた包帯男のそれ。 包帯をボロボロに見せるよう細工をしている様子からして、かなり本格的だ。 2人が用意したのは無数の鏡。 その中央等辺にネムが立ち、複数のお化けが居るように見せている。 「もう少し驚かそうね。ほら、次の参加者が来たよ」 ハヤテはそう言うと鏡の後ろに隠れた。 そんな彼等の目に、鬼面を着けた鴉乃宮 千理(ib9782)の姿が飛び込んで来る。 「ほう、これは楽しめそうだ」 そう言いながら鏡に近付いた時。 チカチカと提灯の灯りが光った。鏡に反射して目の光を奪う灯りに千理の目が細められる。 しかし、それだけだ。 彼女は驚く様子もない。 次いで響く大きな音や、頭上から落ちる果肉も気にならない様子。 「むむむ〜、それなら、それでどうだ〜」 バサアッと広げた腕に、白い布が舞い上がる。 一気に布を広げたおばけ軍に「ほう」と目を奪われた彼女の背に、冷たく高い感触が触れた。 「敵……それとも……」 いつの間に背後に迫ったのか。 背に銃口を当てるハヤテに千理が動いた。 「喝っ!」 「「!!!」」 ビクッとネムとハヤテが硬直する。 その間にハヤテの銃を叩き落とすと、彼女は2人の頭にそれぞれ優しい拳を落とした。 「ふむ、汝らの驚かし方はなっておらん。そんなのではまだまだだぞ」 武器等必要ない。 そう言葉を添えて笑んだ鬼面。 これにネムとハヤテが顔を見合わせる。 「さあ、寺育ちの我が汝らに直接師事してやろう。さあ、次に来る参加者を存分に驚かすのだ」 千理はそう言うと、2人に本場の驚かし方と言う物を指南し始めた。 目的を達して麓に辿り着いた者もチラホラ。 そんな中で参加ついでに見回りを行っていたキースは、若干不機嫌そうに山道の脇を見遣った。 「何で付いて来るんだ」 「同じ目的ならば行動を共にしても問題はないでしょう。それとも何か不都合でもおありですか?」 穏やかに微笑んで問い返す恭一郎の目的とは、肝試し会場の見回りだ。 仕事熱心なのは良いのだが、見回りならば別行動でも良いだろうに。そうため息を零した時、艶めかしい声が響いてきた。 「どうだい……遊んで逝かないかい?」 月明かりに浮かび上がる艶やかな肢体。着崩した外套から漏れる脚に、恭一郎とキースの目が向かう。 きちんと水着を着用しているし問題はない。が、もし子供が来たら如何したのだろう。 否、その場合は出ないのだろうが、男性ならば容易に捕まりそうな罠だ。 「ねえ、どうだい?」 紅い唇を動かして招く姿に恭一郎が近付いて行く。 「あ、おい!」 思わずキースが声を掛けたが気にせず歩いてゆく。 そうしてサンキュバスを演じるシルフィリア・オーク(ib0350)の傍に恭一郎が辿り着くと、彼女はしな垂れ掛かって耳元で囁いた。 「お代は……判ってるよね?」 そう言って首筋に口付けを落そうとした所で恭一郎が消えた。 これにはキースもシルフィリアも驚いて目を瞬く。 「虫除けが切れかかっていますね。早急に補充した方が良いでしょう。これがそうですか?」 「え……」 テキパキと蚊除けの線香を取り換える恭一郎にシルフィリアはすっかり毒気を抜かれたようだ。 何とも言えない表情で恭一郎を見ている。 「少しの傷でも女性には命取りになる事もありますからね。充分気を付けて下さい」 では失礼します。 そう言って頭を下げてから歩き出した恭一郎にキースも同行する。 「え、ちょっとお待ちよ!」 慌てて声を掛けたが彼等は行ってしまった。 「……何だったんだい、いったい」 そう零したシルフィリアの耳に、後続の参加者の声が響いてくる。 「気を取り直して行こうかね♪」 言って彼女は妖艶な笑みを零すと、新たな参加者に意識を向けた。 時を同じくして、ケロリーナと柚乃と共にお守りを手に下山を始めていた。 「このお守り、どんなご利益あがあるのかな?」 本当は志摩に聞こうと思っていたのだが、彼は不在。一緒にお守りを取りに行った征四郎に聞くのが無難。 そう思って問うと、彼は柚乃の手にあるお守りを見て言った。 「学業成就……そう、書いてある」 「学業……健康祈願とかの方が、ご利益ありそう」 開拓者としての意見なのだろう。 その声に頷いていると、視界に蛍のような光が飛び込んできた。 「わあ、きれいですの〜♪」 笑顔で光を見詰めるケロリーナ。そんな彼女の目が、すぐに恐怖へと変わった。 ぎゅっと征四郎の腕にしがみ付く彼女に、征四郎の目が宙を漂う奇妙な生き物に向かう。 「これは……」 征四郎には人魂だとわかった。 だがこれは肝試し。空気を読むと言う事も時には必要だと、彼はここ数か月で学んだ。 故に、敢えてその辺は口にしない。 無言で首を横に振って歩き出す征四郎に、ケロリーナや柚乃も付いて歩く。そうして数歩進んだ所で、ケロリーナは新たな怪奇を発見した。 「て、てんてんおにいさま……あれなんですの〜……」 ぎゅうううっとしがみ付く彼女が見詰めるもの。それは話に聞く、天儀のお化けだ。 恨めしそうに此方を見詰める白い女性。瞳の上を大きく腫らす姿に、ケロリーナも柚乃も言葉を失う。 「……行こう」 大丈夫。そう言外に零して歩き出す。 その背を見送る无(ib1198)は、案外冷静な対応を取った征四郎に感心の念を抱いていた。 「物事に興味が無いのか、それとも噂に左右されない心があるのか、それ以外か」 若干不感症ではないかと思わせる程の冷静さだったが、まあ良い。 こうした催しには多くの者が参加する。 それらを観察する事もまた楽しく、言葉を語るのも楽しい。 无は被る狐面のズレを指で整えると、ふと山の方を見上げた。 「寄って来そうですねぇ」 零し、彼は漂わせていた夜光虫の灯りを消した。 肝試しも佳境に差し掛かっていた。 白馬に半ば引き摺られる形で山中を歩いた雪巳は、異様に疲れた足を止め、長く思い息を吐いた。 「どうされました、あと少しですぞ!」 「そ、そうですね……頑張ります」 肝試しとはなんと疲れる催しだろう。 驚かす人たちを次々と驚き倒して進むなど、聞いていた話とだいぶ違う気がする。 はあ、っと重い溜息が漏れた、その時だ。 複数の人魂が視界に飛び込んできた。 「来ましたぞ!」 「は、はい!」 白い布を咥えた鳥型の人魂。それが間合いに入るや否や。白馬は思い切りそれを叩き落とした。 「!」 これに驚いたのは、その人魂を操っていた劉 天藍(ia0293)だ。 此処までの参加者は、大抵驚いてくれ成功に終わっていた。にも拘わらず、この筋肉は何だ。 「青嵐さん」 コソコソと言葉を交わす。 この声に御樹青嵐(ia1669)が人魂を放ち、草陰から出た。 艶を醸し出す幽霊姿の彼は、妖しい笑みを湛える彼に筋肉――基、白馬が止まる。 「は、白馬さん。どうされました?」 突然動きを止めた白馬に、雪巳は飛び交う人魂を見ながら彼に近付いた。 そして顔を覗き込んだ瞬間、全てを理解する。 「う、美しいですぞ!」 「い!?」 この言葉にドン引きしたのは女装していた青嵐だ。一気に身の危険を感じた彼は、急いで草陰に飛び込む。 「お、お待ち下され! 是非ともお名前をっ!」「白馬さん、駄目です!! 駄目ですってば!!!」 慌ててしがみ付いて引き止める。 これに応戦する形で弖志峰 直羽(ia1884)が氷霊結で冷やした蒟蒻を放った。 「頭を冷やしちゃえー!」 ベチョッと顔面に直撃する蒟蒻。 だが筋肉の暴走は止まらない。が、救いはあった。 「派手に暴走する馬鹿が何処にあるのよっ!」 ガンッと脳天を突いた黄金の二匹の蛇。それを振りきった風葉は、やれやれと息を吐いて新風恩寵を放った。 頭を強打して無理矢理気絶させた物の怪我はいけない。彼女は倒れた白馬に癒しを施し、小さく肩を竦めた。 「のんびり隠れてるつもりだったのに……いい? あたしが居たことは誰にも言わないこと!」 そう言い残し、風葉は去って行った。 後に残された雪巳は、白馬を引き摺って下山を試みる。そうして嵐の様に騒動が駆け抜けると、青嵐は疲れた様にその場に座り込んだ。が、彼はすぐに飛び上がることになる。 「「――!」」 2つの悲鳴が重なり、それを耳にした直羽がニコリと笑む。 これに悲鳴を上げた青嵐と天蓋はキッと直羽を振り返った。 「悲鳴も立派な演出ダヨネ☆」 そう言って舌を出した直羽は、氷霊結で作り出した氷片をチラつかせた。 彼はこれを青嵐と天蓋の背中に放り込んだようだ。 「…っ、何するんだ直羽っ!」 「お仕置きです!」 両側から迫る巨大な魚に、直羽が目を見開く。 「ぎゃー! 魚はやめてぇぇ!!!」 ベチンッ☆ 生臭い魚に両頬を挟まれるこの感触はご想像にお任せします。 直羽はその場に崩れ落ち、そして青嵐と天蓋を見た。 その瞬間に生まれた笑みに、双方からも笑みが零れる。そうして肩を竦めると、3人の口から笑い声が溢れた。 「夏だ恐怖だ肝試しだ〜! 今度はベンキョーしたから本格的だよ♪」 くるくると踊りながら、山中で参加者を待つアムルタート(ib6632)。前回の肝試しでは若干間違った知識を披露した彼女も、今回は完璧と豪語する。 その服装は白い着物に落ち武者の鬘。その手に持つのは山姥包丁。 純和風な感じで踊りながら木々の影に隠れる。この時点で色んな意味で凄いのだが、今回の彼女は確かに一味も二味も違った。 「は、はぐれた……」 マジか。そう零して山道を歩くのは志摩だ。 その背後に猫足でアルムタートが近付いてゆく。そして、真後ろに立った時。 「恨めしや……」 「!?」 そうっと囁く声に、振り返った。 しかし、誰もいない。 「な、何だ……?」 いや、気のせいではない。 ナハトミラージュを使用したアルムタートが彼の傍にはいる。だが気が動転している志摩は、現在それを見抜く事が出来ないでいた。 キョロキョロと彼が辺りを見回す隙に、そーっと前に出る。 そして―― 「恨めしやあ〜!!」 「!?」 振り返った志摩の目に、山姥包丁が飛び込んできた。 これに声にならない悲鳴が上がる。と、次の瞬間には彼は一気に駆け出していた。 その勢いたるや、回り込もうとしたアルムタートが追いつけない程。 「おおー、すごーい!」 感心した声を零す彼女を他所に物凄い速さで駆け抜ける志摩。そしてそんな彼と衝突したのが、槍串団子を担いで歩く牛面の男――アスマだ。 彼は駆けてくる志摩を見ると「ふむ」と息を零して団子を地面に刺した。 そして、何を思ったか山姥包丁を手にすると志摩を追い駆け始めたのだ。 「何か増えたぁあああああ!!」 「いや生憎と男だが、面白い話を耳にしたので試したくなった」 「試すんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」 山姥包丁は志摩にとって最大のトラウマ。 今回、肝試しの参加を渋っていたのも此れが原因だ。とは言え、何処となく楽しそうなのは気のせいだろうか。 一気に麓に辿り着いた志摩と、アスマ。 ぐったり両手を地面に付いて項垂れる志摩へ、真夢紀が近付いて来る。 「管理人さん……山姥包丁、持ってる人が多いですよね。何故でしょう?」 アスマを見て首を傾げる真夢紀。 そんな彼女に、志摩は一言「そのまま、純粋でいてくれ」そう零したのだった。 ● 「はーい、天ちゃんも青ちゃんもお疲れ様っ!」 直羽は青嵐と天蓋に果物と天儀酒を振る舞うと、笑顔で2人の間に座った。 「最近ちょっと浮かない顔だったから、心配してた」 そう言って笑った直羽に、青嵐と天蓋は顔を見合わせる。 「……まったく、直羽には励まされてばかりですね」 「そうだな……感謝する」 言って、青嵐と天蓋は直羽が渡してくれた酒を口に運んだ。 そしてその頃、茶で一服を楽しむ无は、和奏の疑問に耳を傾けていた。 「怖さを演出しているのは、山姥包丁なのか、血糊なのか、大きなお口なのか……」 未だにお化けを怖がる点がわからない彼は、そう零し振る舞われた鍋を口に運ぶ。 その声に无は事前に調べてきたこの山に纏わる怪談話をし始めた。 「実際の所、本当に怖いのは山姥包丁でも、血糊でも、大きな口でも無いのかもしれませんよ」 「ほれっへほういうほほ?」 それってどういうこと? そう鍋を口に運びながら問うアルムタートに无は答える。 「人の記憶。知性。心が怖さを演出するのかもしれません」 怪談話もその類でしょうしね。 そう言葉を釘って、无は茶を啜った。 一方、膝枕で気持ち良さそうに眠るネムの頭を撫で、彼女の零す寝言にハヤテは耳を傾けていた。 「楽しんだもの〜、勝ちむにゃ〜……」 「何の夢を見ているやら。それにしても、いい笑顔で寝てるんだから」 クスリ。 笑みを零して瞳を緩める。 その耳に、残念そうなケロリーナの声が届いた。 「俊一おじさまにお手紙、渡せないですの〜」 浪志組設立者に手紙を送って貰おうとしていたケロリーナは、恭一郎に「手紙すら送れない地に行ってしまった」と言われ肩を落としていた。 「まあ、仕方がないだろう」 そう言って慰めだかわからない言葉を返す。 それにケロリーナの目が上がった。 「そういえば、ケロリーナもうひとつききたいことがあったですの〜」 「?」 「てんてんおにいさまがどんな子が好みかきくですの〜」 目をキラキラさせて言われた言葉に征四郎が目を瞬く。 当然この場は征四郎だけでなく、多くの者がいる。だが意に介した風もなく彼は応えた。 「……強くて芯のある、言うなれば兄上のような人物だな」 「お前それ、ブラ――っ」 思わずツッコもうとした志摩の頭を幾つもの手が遮った。 其処へ真夢紀が歩いて来る。彼女は義貞の前で足を止めると、彼にかき氷を差し出した。 「義貞さんはこちらの方が宜しいのでは?」 肝試しとは違う涼。それに舌鼓を打つ一行の夏の夜は、こうして深けて行った。 ● 風葉は神社の屋根に寝転び、星空を見上げていた。 「……さーってと。ここからは、ほんとの幽霊がどこかで静かに騒ぐ時間、かしら?」 其処の声に答えるように、灯華が森にお酒を備えて自分の分の酒を口に運ぶ。 「随分と騒がしくしてごめんなさいね。お疲れ様!」 あと少しもすれば丑三つ時と呼ばれる時刻になる。そうなれば普段は眠っている者達も動き出すのかもしれない。 からすは肝試しに持参した人形を供養の為に焼くと、静かに手を合わせた。 「御協力、感謝」 |