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■オープニング本文 北面の飛び地、五行の東部に位置する楼港。 軍事都市として名高いその場所の城塞外に作られた歓楽街、不夜城。 常に人の往来が絶えることのないこの場所は、噂話にも事欠かない。 「月下楼の噂、聞きましたどすえ?」 「はいな。聞きましたえ。怖いどすな」 おっとりとした口調で言葉を交わすのは、陽光楼と呼ばれる遊郭の遊女だ。 彼女たちは客待ちの間に他愛のない話に華を咲かせている。そこに着流し姿の優男が顔を覗かせた。 「その噂話、俺にも聞かせてはくれまいか」 飄々とどこか掴みどころのない雰囲気の声に、遊女たちの目が向かう。その直後、彼女たちは驚いた表情で男の顔を見詰めた。 「あんたはん。出歩いても良いんどすえ?」 「噂話が気になって穴蔵から顔を出しちまった」 男は「しっ」と人差し指を立てて片目を瞑って見せた。 そこに小太りの男が顔を出す。 「明志の旦那!」 「よう、陽光の旦那」 明志と呼ばれた男は、小太りの男‥‥陽光楼の主人を見ると、片手を上げて見せた。 「出歩いて大丈夫なんですかい。この前の件で目を着けられてるって噂じゃないですか」 「あくまで噂さ。皆が騒ぐから身を潜める羽目になる」 苦笑気味に呟いて、明志は煙管を取り出した。 「陽光の旦那。俺にも月下の話を聞かせてくれ。事と次第によっちゃあ、俺の店にも影響が出かねないんでね」 そう言って煙管を咥えた明志に、陽光の主人は辺りを見回すと、声を潜めて話し始めた。 ●月下楼の噂 月下楼は、不夜城に名を連ねる遊郭の中でも賑わいをみせる店だ。 その店に異変が起きたのは、2週間ほど前のこと。月下楼の遊女の1人が、原因不明の病に倒れた。 始めは普通に診察と治療を試みたものの、遊女の容体は一向に良くならない。 そうしている間に、また1人病に倒れた。 こうして徐々に床に伏す者が増え、半月後には月下楼の半分以上が床に伏したという。 「この病のせいで、界隈の客足は既に遠退き始めてますぜ」 「成程、既に影響が出てるって訳か」 ふむと顎に手を添えると、明志は思案げに目を細めて足を動かした。 「旦那、どちらへ?」 「ちょいと月下楼まで、な」 そう言ってヒラリと手を振ると、明志は向いに位置する月下楼に入って行った。 ●陽光楼の噂 陽光楼は、不夜城に名を連ねる遊郭の中で月下楼に続く賑わいをみせる店だった。 月下楼に原因不明の病が広がり始めてから繁盛を始め、現在ではかなりの利益を得ている。 しかしそんな月下楼にも影が見え始める。 時にして1週間前から、月下楼の遊女の1人が床に伏した。 その原因は不明だが、月下楼だけはこの遊女1人が床に伏しただけで済んだという。 「こちらは半数。あちらは1人‥‥成程」 明志は月下楼の主人を前に煙管を吹かすと、長々と白い息を吐きだした。 「この機に乗じて誰か何かしたか‥‥」 「と、とんでもねえ! そんな物騒なこと言わないでくださいや!」 明志の呟きを受けて月下の主人が慌てたように口にする。その声を聞いて明志は「ふむ」と頭上を見上げた。 「確かめれば分かること‥‥だろ?」 その言葉に月下の主人は眉を潜めて言葉を詰まらせた。 ●最後の噂、そして‥‥ 「おおおお、お前はっ!」 開拓ギルドの内部で、わなわなと震えて指を突きつけるのは、いつぞやにも明志の対応をした役人だ。 彼は辺りを見回して誰かいないかと探す。だが、時刻が時刻なだけに他の者の姿が見えない。 時は宵と早朝の間。 こんな時間に訪れる者など有りはしないが、万が一の為にギルドでは人員を据えている。 「いやはや、息災そうで何より。その節はどうも」 口角を上げた明志に役人の米神が揺れる。 「ぬ、抜け抜けとっ! いったい何をしに来た!」 突きつけられた指はそのまま。明志はフッと笑みを零すと、ジャラリと銭の納まった袋を役人の目の前に置いた。 「今回は依頼を持って来たんですよ。依頼内容は月下楼と陽光楼、この2つの遊郭に纏わる噂の解明と解決です」 「な、なに‥‥遊郭、だと」 「ええ。今、月下楼と陽光楼では原因不明の病が流行っています。お陰で商売に影が入り始めてましてね。早急に対策を練らなければ、不夜城全体に事が及びかねない」 そこまで言葉を紡ぐと、明志は自らが聞いて来た噂話を役人に話して聞かせた。 「‥‥と、噂話はこんなものです。俺が怪しいと思うのは、月下と陽光の店の上。どちらも屋根裏のようになっていて現在は物置として使用しているらしいんです」 「わかっているなら自分で調べれば良いではないか」 「そこなんです」 明石は片目を瞑ると、火の無い煙管を咥えて息を吐いた。 「一応、俺も足を運んだんですがね。恐ろしくてつい逃げてしまったんですよ」 何処までか本当かわからない口調で言い放つ明志に、役人の眉間に皺が刻まれる。 「鼠のような、けれどそれよりも僅かに大きな生き物が大量に。赤い目を光らせて蠢いていたんです」 鼠よりも僅かに大きい生き物。そう聞いて役人の表情が変わる。 「これはアヤカシでしょうか。それともただの動物でしょうか。どちらにせよ、噂の病の1つの原因はこの生き物でしょうね」 「1つの原因?」 役人の思案げな目が明志を捉える。 まだ何か隠していそうな相手に、問いを向けようとした所で彼の口が開かれた。 「所で、お役人さんは呪詛なんてものを信じるかい」 「呪詛だと?」 「ええ。不思議には思いませんか。何故、月下楼の遊女だけが倒れるのか。何故、陽光楼の遊女は1人だけしか倒れないのか。そして正体不明の生き物の大量発生‥‥おかしいじゃないですか」 確かにこれだけの事象が重なるのはおかしいと言えばおかしい。 「全てを含め、一気に解決願いたい」 「ううむ‥‥わかった。だが、どちらの遊郭にその生き物がいたかだけは教えてもらおうか」 「そうですね‥‥月下は闇を照らす光。陽光は闇を導く光。どちらも光だが性質は違う」 含みを持たせて囁く明志に役人の眉が上がる。 その直後、明志が役人に背を向けた。 「お、おい、今のは‥‥」 「今回の奇妙な生き物の殲滅はさほど骨は折れませんよ。ならば少しばかり楽しくした方が良いじゃないですか。どちらの遊郭に何があるのか。ぜひ考えてみてください」 そこまで口にして歩きだそうとした明志の足が止まる。何事かを考える様にしてその目が後ろを振り返った。 「言っておきますが、周辺への聞き込みは意味がありません。それと、件の二件は商売品以外の女人は禁制。女性の開拓者には男装でもするように伝えておいてください」 では。そう言って明志はギルドを出て行った。 後に残された役人は顔を真っ赤にさせてわなわなと震えている。 「真剣に聞いた私が馬鹿だった。結局、あの男の暇つぶしではないか! くそっ!」 ドンッとカウンターを叩くと、役人は怒り心頭の様子で今回の依頼を掲示したのだった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
当摩 彰人(ia0214)
19歳・男・サ
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
鷹王(ia8885)
27歳・男・シ |
■リプレイ本文 『月下は闇を照らす光。陽光は闇を導く光』 この問いかけに対し、開拓者が出した答えは『陽光楼で病原菌を発生させ、月下楼で病原菌を広めたか現にした』というもの。 さて、その結果は如何に‥‥。 ●いざ花街へ 楼港にある不夜城の遊郭街。 店先から顔を覗かせる遊女たちが、道行く者たちに声をかけ賑わう。 その声を耳に、顔を俯けるのは高遠・竣嶽(ia0295)だ。 彼女は男装こそしているものの、れっきとした女性だ。女性にこの場の雰囲気に慣れる筈もない。 「以前にも似たような場所で男装していますから、問題はないはずです。ですが、この雰囲気」 拳を握り締める彼女の肩に何かが触れた。振り返れば見目麗しい青年が高遠の姿を見ている。 「似合ってますえ」 そう言って微笑むのは、華御院 鬨(ia0351)だ。彼は普段女形として過ごしているが、今回の潜入先は女人禁制。女性である高遠が男装するだけあり、彼も装いと化粧を男のものにしている。 普段は女にしか見えない顔も、今は化粧のおかげで男だ。 「上手く化けた。化粧とは恐ろしいな」 互いの男装を見比べる高遠と華御院の横を、言葉と共に通り過ぎたのは風雅 哲心(ia0135)だ。 「うちかて、本当は遊女として潜入したいんよ」 華御院が残念そうに呟く。 その横では、拳を震わせる高遠の姿があった。 「風雅殿、今のはどういう意味ですか!」 前を歩いて行く風雅に、高遠が追いつく。 そのやり取りを傍で見ていた香坂 御影(ia0737)は肩を竦めると息を吐いた。 「‥‥遊郭か。肩身が狭そうだ」 呟く声には苦笑が混じっている。それを聞き止めたのは鬼灯 仄(ia1257)だ。 「何て面してる。折角の色街だぞ。楽しめ!」 バンバンと背を叩く。その豪快さに目を瞬くと、香坂は苦笑を口に浮かべた。 「楽しめと言われてもな。依頼で来ているのだからそうもいかない」 「わーい、遊郭だーい!」 香坂の横をものすごい勢いで駆け抜けていく者がいる。 店先にいる遊女へ笑顔を振り撒いているのは当摩 彰人(ia0214)だ。 「綺麗なおねーさんとか、可愛い娘がいっぱいで俺幸せな感じ」 ニッコリ笑って皆を振り返る当摩に香坂が苦笑を深める。と、その肩を鬼灯が叩いた。 「ほら、楽しまないと損だぞ」 「‥‥いや、人それぞれだろ」 ニンマリ笑った鬼灯に、香坂は顔を横に逸らすと人知れず息を吐いた。その視界に花街を眺める男の姿が入る。 「まさか、葛城も楽しむ派か?」 香坂の問いに視線を向けたのは、興味津々に遊郭街を眺める葛城 深墨(ia0422)だ。 彼は香坂の声に首を傾げると、首筋を擦った。 「今まで興味はあっても金は無かったからね。入れるだけでも得かもとは思う。本当、美人さんが多くて眼福だね」 葛城の言葉に鬼灯がうんうんと頷く。そこにもう1つ声が聞こえてきた。 「指名料とか取られるんやろか」 ぽつりと呟き首を傾げるのは、眠そうな表情をした鷹王(ia8885)だ。 その声に香坂が疲れたように肩を落とした。 「鷹王もか」 「いや、ボクは倒れた子を指名して話が聞けたら思っただけや。それでも指名料がとられるんかな‥‥と」 苦笑した鷹王に、香坂はホッと安堵の息を吐く。 「真面目な人がいたか‥‥頑張ろうな、鷹王」 「うん?」 肩を叩く香坂の声に、鷹王は目を瞬くと、とりあえず頷いたのだった。 ●陽光楼 陽光楼へ向かったのは、風雅、当摩、香坂、鷹王だ。 「明志の旦那から話は聞いますや。ささ、上がってくだせえ」 店に入るなり出迎えた主人に、風雅が口を開く。 「上がるのは構わない。だが、その前に客人や従業員を外に出すべきだろ」 ここが奇妙な生き物の住処だとするなら、戦闘は避けられない。その際に、一般人がいては邪魔だ。 「それでしたら済んでおります」 「何?」 「旦那に今日は客を取るなと言われまして。遊女たちも旦那の元に預けてありますわ」 主人は手で上がるように促してから、先を歩き始めた。それを目にして皆が顔を見合わせる。 「えーっ、綺麗で可愛いお姉さんを期待してたのにぃ」 「これで仕事がしやすくなった。依頼主には感謝だ」 項垂れる当摩の横を、香坂が歩いて行く。 その2人の後を歩きながら、鷹王がふと呟いた。 「床に伏した姐さんも別の所なんやろか?」 「いえ、彼女は動かしたら駄目だと言われまして、そのまま居ります」 それが何か。そう問うように主人が首が傾げる。 「なら話を‥‥」 「できません」 きっぱり断った主人に、鷹王は目を瞬く。 「旦那から余計な情報は与えるなと言われておりますし、何よりその遊女は話が出来る状態ではありません。お察し下さい」 「残念やなあ」 頭を下げた主人に、鷹王が呟く。それを見て風雅が息を吐いた。 「これが聞きこみの出来ない理由か。随分とふざけた奴だ」 こうして主人の案内で、屋根裏へ続く梯子の前まで来た。 「ここが、旦那が言う怪しい場所ですわ。後は皆さんにお任せしますので、どうぞよろしゅう」 そう言って主人は去って行った。 残された四人は表情を引き締めて屋根裏を見据える。 「ではまず心眼を使って‥‥」 そう風雅が気を練ろうとした時だ。 ドンッ! 何か強い衝撃のような音が響いた。 その音に皆の視線が外へと向かう。 そこに見えたのは、ほのかに零れる紅葉の燐光だ。 「まさか!」 風雅は梯子を駆け上がると扉を開けた。 そこに広がるのは何の変哲もない屋根裏部屋。静まり返った室内に、不用となった品が置かれている。 「あっちが本命か‥‥」 悔しげに呟く風雅に続き、当摩も顔を覗かせた。 「あらら、残念」 やはりどう見ても怪しい生き物の住処でない。好奇心に満ちた当摩の瞳が中を見回す。そこに鷹王の声が響いた。 「どっちも本命や。あっちで戦闘やらかしてるなら、こっちでは元を探すしかないやろ」 そう言って中を見回している。 薄日しか入り込まない室内はとても暗い。目を凝らし注意深く見なければ、特定の物など探せないだろう。 「他に出入り口は無さそうか。呪術らしきものも見当たらないね」 そう呟くのは香坂だ。 皆よりも先に屋根裏の中を散策し、1つ息を吐くと腕を組んだ。 「そう言えば、遊女が1人残ってたね」 香坂の言葉に皆が顔を見合わせる。 彼らは頷き合うと、主人が面会を断った遊女の元に向かったのだった。 ●月下楼 月下楼へ足を運んだのは、高遠、華御院、葛城、鬼灯だ。 彼らは陽光楼同様に月下楼の主人によって出迎えられた。 「話は伺っております。ささ、中へどうぞ」 「その前に、手拭を人数分借りれるかな」 愛想笑いを浮かべながら促す主人に、葛城が口を開く。 「手拭ですか‥‥少々お待ちくだせえ」 そう言って主人は店の奥に入って行った。 「手拭など何に使うのですか?」 疑問を口にしたのは、入店後から口を閉ざしていた高遠だ。彼女は男装こそしているが声は女性。極力発言は控えていた。 「病気対策。鼻と口を塞ぐのに手拭が一番かなと」 葛城の言葉に皆が納得したように頷く。 そして主人が持ってきた手拭を手に案内されたのは、屋根裏の前だった。 「ここが屋根裏の入り口ですわ。では、お気を付けて」 そう言って頭を下げた主人の目が、華御院を捉えた。 「あのぉ、もしやとは思いますが」 僅かに首を傾げた華御院に、主人は言い辛そうに口を開いた。 「ここは、女人禁制‥‥開拓者の方なので目を瞑りますが、仕事が終わったら出て行って下さいね」 申し訳なさそうに口にする主人に、華御院は目を瞬き、それを聞いていた高遠が複雑そうな表情を浮かべる。そのすぐ傍では、鬼灯が楽しそうにニヤニヤ笑っていた。 「旦那、こいつは男だ。普段、女形なんてやってるからな。その色気が抜けねえんだろ」 「お、女形。そ、それは失礼いたしやした。ああ、とんだ失礼を!」 ペコペコ頭を下げる主人。 それを若干恨めしそうに眺めてから、高遠は屋根裏の扉を見た。 「鬼灯殿」 声を低くして告げる。 その声に鬼灯は頷くと表情を引き締めた。 「謝罪は結構どす。旦那はんは外に出ておいてください。出来ればお客はんや従業員はんにも伝えてくれるやろうか」 誤解が解ければいつもの調子に戻る。そんな華御院に店主は目を瞬きながら頷いた。 「今日は客人も遊女も、明志の旦那の計らいで別の場所におります。遠慮なくやってください」 そう言葉を残し主人は去って行った。 「随分と準備が良いな」 こう口にしたのは葛城だ。 その声に同意するように頷き、鬼灯が扉の向こうを見据えた。その直後、彼の表情が変わる。 「こりゃあ‥‥」 「如何されました」 鬼灯の変化に高遠が問う。その声に、彼は苦笑いの元に呟いた。 「生き物がわんさかだ」 「わんさか‥‥数は分かりますかえ」 問いに鬼灯が目を細める。 「数は二十‥‥いや、三十はいるか」 「結構な数ですね。それをこの四人で‥‥どうにかなるでしょうか」 「数はいるが大したことなさそうだ。多少の怪我は覚悟してやるしかないだろ」 そう言うと鬼灯はやれやれと言った様子で息を吐いた。本来ならこちらが楽と踏んでいたにも拘らず予想が外れるとは。 「ではこれを口に巻いて、行きましょうか」 葛城の言葉に皆が手拭を口に巻く。 そうして扉に手を掛けた。 ●解決編・陽光楼 屋根裏を下りた一行は、ある部屋の前で足を止めていた。 「他の部屋は襖が開いていた。つまり、ここだな」 しっかり閉じられた華やかな襖を眺めながら風雅が言う。その隣には同じように襖を眺める香坂と鷹王の姿があった。 「話が出来ないほど酷いんやろか」 「それ以前に、女性の部屋に突然押し入るのはどうかと」 香坂と鷹王の呟きに、風雅がふむと頷く。 先ほどからこの襖を開けるかどうかで迷っているのだが、突如勢い良く襖が開かれた。 「おっじゃましまーす!」 「「「!」」」 人懐っこい笑顔で部屋に突入したのは当摩だ。 「あっ。もしアヤカシがいたら」 「あれ?」 考えなしの当摩に香坂が言葉を発したのだが、当の本人は中で首を傾げている。 その姿を見て皆の視線も室内へと移った。 「これ‥‥随分と禍々しい物を枕元に置いてるね」 香坂が呟く。 その声に鷹王が頷きながら部屋に足を踏み入れた。 「病の元かはわからんけど、奇妙な生き物の正体はこれやな」 部屋には床に伏し、すっかり痩せこけた遊女が1人。その枕元に置かれる化粧箱から嫌な気配が溢れている。 「どうします?」 「これ以上のさばらせる訳にはいかねぇ。とっとと回収して戻るか」 香坂の問いに風雅が答える。そこに当摩が更なる問いを掛けた。 「でも、お姉さんはどうするの?」 「呪詛である可能性が高いからね。ギルドで適正に処理してもらおう」 「せやな。その方がええ」 香坂の答えに鷹王は頷くと、化粧箱を持ち上げた。 すぐ傍では当摩が心配そうに遊女に視線を注いでいるのだが、他の者の意識は既に別へ向かっている。 「間に合うでしょうか」 「行くだけ行ってみるさ」 「せやね」 香坂、風雅、鷹王が顔を見合わせて頷く。 それを目にして当摩も表情を引き締めた。 残るは月下楼。 間に合うかどうか定かではないが、四人は呪詛の元を手に月下楼へと向かった。 ●解決編・月下楼 屋根裏に潜むのは闇に目を光らせる鼠ほどの生き物三十匹ほど。異様に伸びた手足が特徴の鼠は普通の生き物ではない。 「これはアヤカシですね」 高遠の言葉に皆が身構えた。 「それにしてもこの臭い‥‥」 葛城の声に皆が眉を寄せる。 口と鼻を覆った手拭を抜けて感じる臭い。明らかに異臭である臭いの元は、生き物の糞尿だ。 「コイツが病の原因だな」 これだけ不衛生ならば病気になる者が出てもおかしくない。鬼灯の声に皆が頷く中、華御院が前に出た。 「せやったら、さっさと退治してしまいましょ。うち、この臭い耐えられまへん」 「同感です」 高遠も同じように前に出て武器を構える。 「では、鼠退治と行きましょうか」 葛城の手から術が発動される。 鼠よりも小さな式が鼠が蠢く一部の床に広がってゆく。それが相手の動きを止める。そこに閃光が走った。 抜刀の構えから一気に抜き取った高遠の刃が、複数の鼠を切り裂く。 「数は多いですが、力は鼠より僅かに上と言ったところ。これならばこの人数でもいけるかと」 その声を耳にし、飛びかかってくる鼠を舞の如く避けると華御院が頷いた。 「高遠さんの言うはる通りや。弱すぎやわ」 クスリと笑って手の中で長脇差を返す。その動きに翻弄された鼠が牙を剥いた。 「残念、こっちや」 ヒュッと風を切るように舞った刃が数匹の鼠を同時に切り裂く。 「いやあ、見事なフェイントだ。俺も負けてられないねぇ」 そう言って鬼灯が手にしていた阿見を抜く。 僅かに差し込む光で輝く刀身に、ほのかな明かりが差した。 「鼠相手にゃ勿体ないが、燃え盛る紅蓮の紅葉で始末してやろう」 キラキラとそこにだけ光が溢れる。それによって、複数の鼠たちの狙いが鬼灯に向いた。 直後、鬼灯の刃が轟音を放つ。 巨大な風が紅葉を纏いながら鼠を斬り裂く姿は圧巻だ。 「いやあ、風流だねぇ」 にんまり笑って刃を構える。 あまりにも力の差がある。しかしそれで怯むほど鼠は賢くなかった。 劣勢に怯むでもなく、逆に勢いを増し襲いかかってくる。流石に四方八方から攻撃を受ければ、避けきれない部分も出てくる。 「最後の足掻きかねっ!」 刃を構え直した鬼灯が斬り込んでゆく。 「この攻撃はどうです!」 高遠は刃から離れた位置にいる鼠に向かって、風を放った。その攻撃に鼠たちは抵抗も虚しく散ってゆく。 そしてそれを援護するように葛城の治癒符が発動した。 「これで一気に片をつけましょう!」 「おおきに、最後や」 残りの塊に華御院が弧線を描いた刃を振るった。 こうして後に残ったのは、瘴気化していない鼠の残骸と、糞尿だけ。 皆は己の武器を下げると、この惨状を眺めて息を吐いたのだった。 ●答え合わせ 月下楼と陽光楼の間で明志は待っていた。 「見事解決されたようで素晴らしい」 飄々と手を叩く姿に、高遠が声を上げた。 「実際に倒れる者が出る事態だと言うのに謎かけなど何を考えているのです!」 「おや、これは失礼をしました」 毅然とした声で放つ言葉に、明志は僅かに肩を竦めて笑った。 そこに別の声が飛ぶ。 「謎かけの答えは何やろか」 華御院の声に、明志が口を開く。 「捻りもないが、月下は闇に落ちながらそれでも光を放ち、陽光は光を受けて闇を生みだす。つまり月下が陥れられた側で、陽光が陥れた側と言う訳だ」 放たれる答えに何とも言えない表情を皆が浮かべている。それぞれ思うものがあるのだろう。 「さて、力を尽くした開拓者の皆さんにお礼をしなければ」 そう言って明志は、御馳走の席を用意した。 中には花町で破格の金額で遊ばせてもらった者や、自らの芸を極めるために遊女たちに話を聞かせてもらった者もいたとか。 |