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■オープニング本文 ●東房国・遺跡内部 遺跡に存在した3つの入り口。 その内の1つを進んだ志摩 軍事(iz0129)と陶 義貞(iz0159)、そして天元 恭一郎(iz0229)は、手分けする前に皆で足を止めた分岐点に戻っていた。 「この分だと、向こうだけで如何にかなりそうだな」 そう零すのは、汗血鬼と阿傍鬼を開拓者等の力を借りて排除した志摩だ。 彼は緩く息を吐くと、足元で座っている義貞に目を向けた。 「義貞、帰る準備しておけ。戻るまでに何もないって保証もないからな」 「ん、わかった」 そう言って腰を上げた義貞。 其処へ慌ただしい足音が響いてくる。 「志摩殿! 円真様より火急の報が入っております!」 駆け付けたのは円真の下で働く僧兵だ。 彼は息を切らして足を止めると、円真から受け取った書面を差し出した。 其処に書かれている文字はこうだ。 『魔神発見するも、周囲に炎壁があり近付けない。急ぎ文献を調べた所、遺跡内部に炎壁を解除する方法が在るとの事。至急、炎壁解除を行い魔神封印に貢献されたし』 簡潔に用件だけを認めた書。 何処も時間の余裕は無いと言うのが伺える。 「詳しい情報はなしですか。しかも、僕たちが炎壁を解放するのを見越してあちらも行動するとか……」 迷惑な話ですね。 そう零す恭一郎に志摩は軽く咳払いをして彼の暴言を制する。 そうして小さく唸ると、報告に来た僧兵に目を向けた。 「他に情報はないのか?」 「自分は何も。ただ円真様が、遺跡は左右真正面だけに道があるとは限らない……とか」 「うん? じゃあ、天井とか地面にも道があるのかな?」 「さ、さあ?」 義貞の思い付きに、僧兵は困ったように首を傾げる。 しかしこの言葉に志摩と恭一郎は「成程」と顔を見合わせた。 「義貞、たまには気の利いた事が言えるじゃねえか。よし、皆で引き返すぞ」 「え……何、帰るのか?」 「違いますよ。君が嵌り抜いた罠まで戻ろう。そう言っているんです」 義貞が嵌り抜いた罠。 思い返せば色んな罠があった物だ。 「何で罠の場所に……え、あれ……?」 何か思い至ったのだろう。 表情を引き攣らせて志摩と恭一郎を見比べる義貞に、2人はニッと笑う。 「……まさか……」 「おう、そのまさかだ。あれも道と言えなくはねえよなあ?」 「え……ええええええ!!!!」 叫ぶ義貞を他所に、開拓者等は元来た道を戻り始める。 目指すのは新たな道――落とし穴のあった場所。 ● 落とし穴に下りて行く面々。其れを見送り、義貞は複雑な表情でその場に立っていた。 ――退路を確保する人間も必要だ。 志摩はそう言い置き、義貞と経験の浅い者等を残して行った。 「俺たちは此処を護らなきゃいけない……」 そう零し、義貞の目が落とし穴から周囲に向かう。 其処に見える無数の目。此れは人間の匂いに釣られて姿を現した苔鼠の目だ。 「……どれだけの時間闘うかわからない。それでも俺は、後ろに控える仲間の為に使う!」 義貞はそう宣言すると、二刀の刃を抜き、構えた。 ● 各々が用意した松明などの灯り。 それを頼りに穴の内部を進む一行は、通路の遥か先から漏れる明りに足を速めた。 彼等が辿り着いたのは、吹き抜けの様に天井が高く据えられた場所。其処は広さもかなりの物で、柱こそ其処彼処にあるが、見晴らしは十分だった。 「こいつはすげぇな」 志摩はそう零し、壁一面に書かれた壁画に目を向ける。 天儀やジルベリア等では見た事もない絵姿が広がり、希儀への期待、そして思いが膨らむ。 だが感心してばかりもいられなかった。 ウォオオオオオオオオンッ! この空間に足を踏み入れた時から感じていた。 奇妙で強大な気配。 空気を震わし、遺跡全体を揺らさんばかり方向に皆が臨戦態勢を整える。と、その瞬間、黒い風が広間の中央に降り立った。 全身に黒い炎のような毛を纏う獣。見た目は狼に似ているが、大きさはその比では無い。 天井が高くなければ遺跡に頭をぶつけていただろうその大きな体に、開拓者等は圧倒されてしまう。 「下がれ!」 志摩の声に数名が反応した。 素早く足を動かし、後方に飛ぶ。だが間に合わなかった者達は、奇妙な叫び声を上げてその場に転がり落ちた。 口々に訳の分からない事を口走ってのた打ち回る姿に、志摩の眉間に皺が寄る。 「幻を見せる技でも使うのか? 何にしても、あの目は要注意だな」 言って見やったのは、黒い体に存在する紅い目。禍々しい光を放つその目は、パッと見でも嫌な気配を纏っている。 「恭一郎。下がれる奴は下げさせろ。コイツはマジでヤベぇ」 獣が纏うのは瘴気ではないが、獣の持つ力は、ケモノでもない。 「魔戦獣……でしょうかね」 恭一郎の零した声に「ああ」と志摩の口から同意が漏れる。 アヤカシやケモノとも違う「何か」――魔戦獣。 最近ではジルベリアや泰へ至る開拓計画の最中で、調査に赴いた開拓団が嵐の門付近で攻撃を受けた事例がある。 「もし魔戦獣なら、コイツが炎壁を生むモノだろう」 「こんな化け物を相手にしろだなんて、東房国のお偉いさんは随分と無茶を言いますね。で、志摩さんは如何します?」 魔戦獣の強さは計り知れない。 それこそ大アヤカシ並みの力がある可能性もある。となれば、撤退も視野に入れなければならないだろう。 しかし―― 「残る奴が居るなら残る。だがまあ、居なくてもやる気満々だがな?」 ニッと笑って志摩の持つ太刀が抜かれると、黒き魔獣が地を蹴った。 武器を持つ志摩を目指して駆ける獣の何と速い事か。まるで疾風の如く駆け抜けた獣に、恭一郎が朱槍を構えて助太刀を見舞う。 「!」 斬撃は獣の体を裂いた。 だが如何だろう。獣は攻撃には頓着せず、恭一郎の傍を駆け抜ける。しかも怪我を負った部分が徐々に塞がって行くではないか。 此れには恭一郎は勿論、他の面々も驚いた。 しかし皆が驚くその間にも、黒き魔獣は志摩に喰らい付こうと迫っていた。 「――ッ」 伸ばされた牙。其処に鞘を投げて喰わせ、一瞬の隙を突いて回避を試みる。 それでも避けきれなかった衝撃は、志摩を壁に激突させた。 ほぼ一瞬の出来事。 だがこれだけで黒き魔獣の強さや危険度、多くの情報は手に入った。 「とんでもない化け物ですね」 恭一郎はそう零し、朱塗りの槍を構えた。 そうして声高々に叫ぶ。 「浪志組隊士及び、開拓者に告ぐ。この獣に一太刀浴びせんと願う者は、己が武器を持って前へ! 臆する者は己を護る武器を持ち退け!」 退路確保も重要な任務。 魔戦獣に刃を向けずとも闘いに参戦する事は出来る。それこそ、この頭上で退路を確保してくれている開拓者等の様に。 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 八十神 蔵人(ia1422) / 羅轟(ia1687) / 空(ia1704) / 各務原 義視(ia4917) / 鈴木 透子(ia5664) / アルネイス(ia6104) / ブラッディ・D(ia6200) / フェンリエッタ(ib0018) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / アリシア・ヴェーラー(ib0809) / 无(ib1198) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 匂坂 尚哉(ib5766) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 巌 技藝(ib8056) / 日ノ宮 雪斗(ib8085) / 藤田 千歳(ib8121) / キャメル(ib9028) / 緋乃宮 白月(ib9855) / 陽葉 裕一(ib9865) / 豊嶋 茴香(ib9931) / ジーン・デルフィニウム(ib9987) |
■リプレイ本文 【希儀】黒き魔獣 響き渡る咆哮の音。 空気を震わし、壁を震わす巨大な声は、それを耳にする者達の肩を、腕を、心を揺るがす。 「これが魔戦獣ですか……」 アリシア・ヴェーラー(ib0809)は響く音に目を細め、青銅色の刀身を構えて前に出た。その背には、身を挺してでも守らなければならない主――鴇ノ宮 風葉(ia0799)が控えている。 強大な敵。それに臆す人間は数多と存在するだろう。しかし、この場に踏み入った開拓者の誰が足を下げただろう。 否、誰も足を下げなかった。 「ご主人様達には触れさせませんよ……!」 アリシアは盾を構え、臆す事無く向き直る。 その姿を視界に、符を手に構える風葉が不敵に笑んだ。 「まーった、メンドくさい相手だこと。ま、こっちも戦力揃ったし、ちょーっと頑張ってみましょーか?」 先の遺跡探査。其処から新たに加わった小隊の面子を見遣り、彼女は手の中で符を反す。 風葉はやる気満々。それに対して彼女の仲間もやる気満々だ。 しかし問題は複数に存在する。 「さっきの回復力を見る限り、普通の攻撃では太刀打ちできそうにありませんが?」 「再生能力以上の火力であれば問題ない……風葉、お前の得意分野だろ?」 各務原 義視(ia4917)の声に海神 江流(ia0800)が問う。 小首を緩やかに傾げる彼の仕草に、風葉は「ふふん」と顎を上げて魔戦獣を見遣った。 敵は足止めを喰うように他の開拓者の攻撃を受けている。しかしその傷の殆どは、瞬く間と言って良い程の速度で回復していた。 この分では江流の言うように、再生能力以上の力を浴びせない限り勝機は見えないだろう。 「風葉、俺に任せな!」 言って飛び出したのはブラッディ・D(ia6200)だ。 彼女は風葉や彼女と同じ火力組の為に前へ出る道を選んだ。結果、魔戦獣の足止めに向かうのだが、魔戦獣には再生能力以上に厄介な物がある。 それは―― 「目には気を付けなさい!」 そう、魔戦獣の目だ。 其処から放たれる光を見た時、数名の開拓者が狂ったように奇声を上げ、転げ回った。 「わかってるって! けど、あんなデカわんこに負けちゃ、狂犬の名が廃れちまうってね、ぎゃはは!」 ブラッディは声高らかに笑うと、風葉の忠告を護る様に瞳の死角に飛び込んだ。 だが、 「いけない!」 フェンリエッタ(ib0018)が透かさずブラッディと魔戦獣の間合いに飛び込んだ。しかし僅かに距離が足りない。 「うあああああ!」 前足で掻く様に弾き飛ばされたブラッディ。その身を引き止めるように飛躍したフェンリッタが、彼女の腕を掴んで壁への衝撃を引き留める。 「――ッ」 「!」 何とか衝撃を免れたのも束の間。魔戦獣は瞬く間に、態勢を崩した2人に襲い掛かった。 「触らせるかぁぁぁ!」 ガンッと衝撃音と共に後方に吹き飛んだ金糸の髪。それを振り払うように首を横に振ると、アリシアは滑る様に退いた足に力を篭めた。 「フォローはしてやる、ぶちかましてやれ!」 魔戦獣の攻撃には隙がない。 このままいけば前衛に飛び込んだブラッディやアリシア、それどころか前衛で体を張って闘う他の開拓者等も傷付けてしまう。 「加勢します」 義視は血の臭い漂う刃を構えると、其処に練力を送り込む。其れに習うように、風葉も心を穏やかにする舞いを刻み始めた。 縦横無尽に動き回る敵。其処に狙いを定め風葉の息が1つ、零れる。 「――これがあたしの出せる全力っ……恭しく頭を垂れるがいいっ!」 トンッと足が地面を踏んだ瞬間、彼女と義視が纏う風が変わった。 前衛で闘う者達もその雰囲気に気付き歩を下げる。その瞬間、魔戦獣の足元から何かが這い上がって来た。 黒いのか白いのか、形が在るの無いのか定かではない「何か」。それらが纏わり付く様に魔戦獣の足を止める。 「そら、こいつも取っとけ!」 追い打ちを掛けるように江流が雷撃を見舞い、魔戦獣の足を完全に止めた。 「っ……回復するとしても、この一撃は、重いでしょう……?」 脂汗を額に滴らせ義視が問う。 誰もが彼と同じ考えを持った。これで魔戦獣と言えど無傷では済むまい。あわよくばこれで倒れて…… 「目が見開かれて……やべェ、退け!!」 後方で支援に務めていた空(ia1704)の声に、風葉と義視、そして風葉の小隊の面々の顔が上がる。 「しまっ――」 しまった。そう言葉を発しようとした。 だがそれは大きな盾と体に遮られてしまう。 「あ、あんた……」 「ご主人様、ご無事ですか……?」 異常なまでの汗を掻き、その場に崩れ落ちたアリシアに風葉が息を呑む。そんな彼女に江流が囁いた。 「魔戦獣の強さは、想像以上だ……別働隊に、この存在を知らせてくれ……」 彼もまた汗を零し、膝を着いている。 発狂したい衝動。頭を狂わされそうな異質感。それらを受けながら必死に訴える。 此れに彼女の足が動いた。 「あたしが戻るまで、しっかりしてなさいよ! アリシア、あんたもだからね!」 仲間は心配だ。だが誰かが伝えに走らなければならない事もある。 風葉は戦い続ける開拓者等を背に、元来た道を戻り始めた。 その姿を見送るでもなく、魔戦獣の動きに感心して息を吐いた八十神 蔵人(ia1422)は、魔戦獣を見た後チラリと隣を見た。 其処には壁に打ち付けられて以降、未だに立たない志摩 軍事(iz0129)がいる。 「さようなら志摩、お前の事は忘れない……黙祷」 静かに合わせられた手に、志摩の口角が上がる。が、次いで聞こえた言葉に彼の目がギョッと見開かれた。 「ゆくぞっ弔い合戦や! ところで新しい遺跡のオペレーターは綺麗な女性がええと思います!!」 「てめぇ、生きてんの分かって言ってんだろ――って、ッ……」 すかさず突っ込んだのも束の間。すぐさま腹を抱えて蹲った志摩に蔵人がニヤリと笑む。 その内心では「帰ったらギルドに皆で希望だしに行こう」とかなんとか。 彼は槍の穂先に白いオーラを纏わせ振い落す。そうして表情を引き締めると、大きく息を吸い込んだ。 「治療術者はわしの後ろへ、敵の視界に入るな!」 叫ぶ声に、既に治療を受ける者達の目が向かう。その中に怪我人に手を貸す礼野 真夢紀(ia1144)の姿があった。 「治療は以上で終わりです。立てますか?」 彼女は涼やかな鈴の音をさせながら微笑んで見せる。その様子にフェンリッタが頷きを返すと、彼女は誰の支えも借りずに立ち上がった。 「ありがとう。これでまだ戦える」 「……魔戦獣。強いですね」 先手一発目、精霊砲を討ち込んだ真夢紀は、その時何の反応も示さなかった魔戦獣に驚いた。 魔戦獣は再生能力、瞳から発する混乱能力、それに加えて無痛覚という厄介な性質を持っていたのだ。 痛みを感じない相手は、加えた攻撃が効いているか如何か分かり辛い。まして如何いった攻撃が効くのか分からない魔戦獣相手では、かなりの脅威だ。 「弱点でもあれば対策の仕様もあるのでしょうが……」 「嵐の門を閉じておきたいなら魔神の封印手段は要らない」 「え?」 前を見据え静かに語るフェンリッタに、真夢紀の目が瞬かれる。 「でも、魔神封印は人の手で攻略できるようになってる。なら、魔戦獣も同じ筈」 先程、間近で魔戦獣の目を見ていた。 混乱しかける頭で見たのは、瞳から光を発する前の予備動作。見間違いでなければ、魔戦獣は術を発する前に目を見開いていた。 「目を潰せば或いは……」 その為には魔戦獣に近付く必要があるり、瞳の魔力に立ち向かう必要がある。 先に見た動作が術を発する前の動作だとすれば、それに気を付ければ先よりも安全に近付ける筈だ。 「あなたは怪我人の治療を……大変だろうけど、お互いに頑張ろう」 フェンリッタはそう言って真夢紀に笑みを向けると、己が武器を握り締め、駆け出した。 「皆さん頑張ってる……あたしも、頑張らないと」 真夢紀はフェンリッタの後ろ姿を見詰めて呟くと、ふと壁際に目を向けた。 其処に居るのは志摩。そしてその傍には、フェンリッタよりも早く魔戦獣の予備動作に気付いた空が居た。 彼は手裏剣を手にクツリと笑い、敵を見据える。 「ヒヒ。よォ、死に損ない。上手い事生きて戻ッてきたな」 クツクツ忍び笑う彼に志摩の眉が上がった。 「死に損ない……俺の事か?」 「さあなァ?」 更に笑い空は動き始めた開拓者等を視界に据える。その上でパキリと指を鳴らして口角を上げた。 「ヒヒ、楽しい……だろ?」 そう言い置き、風を切る音を響かせ去って行く。そんな彼に苦笑を向け、志摩は漸く立ち上がった。 「あまり無茶は駄目ですよ、管理人さん」 練力温存の為にと、他の負傷者も範囲に入れながら、真夢紀が閃癒を使用する。 温かで優しい光に戻って来る体力。それを感じつつ、志摩の耳が開拓者等の声を拾う。 「なあ、やつの目玉を眼球ごと無くしちゃってはどう?」 目を潰すのは視界を奪う意味で効果的だ。 だが魔戦獣には驚異的な再生能力がある。もし目を潰して以降、其処が回復したら意味がない。 では回復できる手段を奪えば如何だろうか。 そう提案した陽葉 裕一(ib9865)に胡蝶(ia1199)が「そうね……」と視線を動かした。 「確かに、あの目をどうにかしないと正面から戦えないのは確かね」 魔戦獣の瞳で被害は其処彼処に出ている。まずはあれを如何にかしてからでないと倒すに至らないだろう。 「あの焼かれたような感覚……もう直視したくないわ」 一度は受けた洗礼だが、流石にそう何度も受ける訳にはいかない。 胡蝶は符と杖、双方を構えると自身へと語り掛け始めた。出来る限り集中し、一気に攻撃を見舞うべきだ。 そんな彼女に添うように、北條 黯羽(ia0072)が鋏型の呪術武器を構える。その目は一瞬だけ動き始めた志摩に向かい、そして魔戦獣を捉えた。 「志摩の野郎は無事の様さね。となれば、これ以上の被害が出ないように手を貸そうかね」 彼女は動き回る魔戦獣の前に黒の壁を作って、味方の安全を確保する。次々と現れる壁。 其れを端から壊して進む敵の速度に、黯羽の口から舌打ちが漏れる。だがこの動き、全くの無意味ではなかった。 「準備できたわ」 「俺も準備完了!」 「私も遅ればせながら準備できましたよ」 胡蝶に続き、裕一、そして无(ib1198)が己の武器を手に頷く。そうして互いに目配せをすると構築した術を放った。 「やつの目玉に向かって食らいつけ! 眼突鴉、招来!」 ふわりと舞い降りた黒い鳥。其れがすぐさま軌道を変えて魔戦獣に向かって飛び掛かる。 それに続き、大きな鴉も低空飛行をしながら一気に魔戦獣を目指しゆく。 「あの紅い目を抉ってやりなさい!」 胡蝶の声に魔戦獣に向かう鴉の口が開かれた。声無き奇声を上げ、黒い鴉が魔戦獣の目を抉り取る。 しかし、1度で効く筈も無く。 「次、行きますよ」 无の声と共に、彼の手から新たな鴉が飛び出す。それを見止め、空が周囲の状況を確認した。 陰陽師による魔戦獣の視力を奪う動きは止まらない。しかしこれが何時までも続けば、魔戦獣の目を奪う前に此方の力が奪われてしまうだろう。 それは極力避けたい事態だ。 「何企んでるんや?」 不意に声がした。 目を向けた先に居たのは蔵人だ。彼は魔戦獣の動きを注意深く見遣りながら軽く顎を上げて見せる。 その仕草に空の口角がニイッと上がった。 「何かするんやったら手伝うで? なんなら抑えたってもええ」 そう長くはもたないだろうが注意を惹く事は出来るだろう。そう語る蔵人に、空はある事これからの行動を告げて離れて行く。 「体を張る仲間が居るんなら、わしも頑張らんとな!」 言って動き始めた蔵人。彼は既に前衛で闘う羅喉丸(ia0347)の近くに足を運んだ。 此処は敵の攻撃範囲内。 羅喉丸は危険を承知で魔戦獣の真正面に立ち、敵の動きを封じる為に動いていた。 「っ……円真殿も無茶を言う」 思わず零れた本音。 口端を伝う血を手の甲で拭い、改めて拳を握る。時折、魔戦獣の動きと攻撃を遮る様に黒い壁が現れるお蔭で、彼の体力は予想よりも長く持っていた。 とは言え、人間故に限界もある。 「期待されたからには、応えなければな……」 切れる息。全身を伝う汗。 幾度となく降り掛かる意識を手放したくなるような痛みに耐える。もし次に魔戦獣の目が光れば今度こそ、自身を手放してしまうかもしれない。 だが、 「……奥義を尽くして応えよう。己を、仲間を信じ、戦い抜くだけだ」 何が彼を此処まで駆り立てるのか分からない。それでも仲間を思うからこそ、そして仲間を信じるからこそ、こうした闘い方も出来るのだろう。 彼は腰を低くして一歩を踏み出す。 直後、振り下ろされる足を潜り抜けるように身を滑り込ませ、重い一打を魔戦獣の前足に叩き込む。 手には重い感覚。 手応えはあった。しかし、転倒には至らない。 「もう一撃!」 大きく息を吸い込み、新たな一打を見舞う。が、其処へ舞い戻って来た残りの前足が、彼の視界を奪った。 「――!」 疾風の如く跳ね飛ばされる体。まるで赤子同然に扱われるその身を、黯羽が作り出した壁が引き止める。 一瞬息を奪う衝撃が襲い、次いで勢いよく咳き込む。そうして生きている安堵感に息を吐き、再び立ち上がった。 そんな彼の耳に、咆哮が届く。 「その眼は要らんな。潰れとけ」 静かに響く声。 何時の間に魔戦獣の死角に入り込んだのか。空が一矢を紅く光る眼に撃ち込む。 「夜か……それに、あの威力は……」 陰陽師等が必死に目を抉り取ろうとしても未だに為せない、魔戦獣の視力を奪うという行為。 其れを一瞬の元に成してしまった空に、羅喉丸は感心したように息を吐く。 「月涙でも使ったのでしょう。立てますか?」 冷静に分析する声に目を上げれば、浪志組の隊服が飛び込んで来る。それに数度目を瞬き起き上がると、羅喉丸は軋む体に眉を寄せた。 其処へ他差しい音色が響いてくる。 痛む体に、胸に染み込む歌声はアルマ・ムリフェイン(ib3629)の物だ。 彼は周囲に傷を負う仲間にも癒しの手を向け、幼い瞳で魔戦獣の動きを観察する。 「いけないっ、くるよ!」 生きている片目を見開いた敵に、アルマが表情を引き締める。次いで、この場に似つかわしくない美しい音色が響くと、瞳による衝撃は柔らかく通り過ぎた。 「これは……」 「ケイウスちゃん、ありがとう!」 アルマの笑顔の声に、楽を奏で続けるケイウス=アルカーム(ib7387)がニッと笑う。 彼は天鵞絨の逢引を奏でる事で仲間の支援に当っていたようだ。先までの2つの瞳の時に比べ、瞳が1つになっている事で効果も落ちているのだろうが、それでも効果はあった。 「もう少し後ろなら、攻撃を受けずに済んだんだけど……」 「今のは仕方がないって。それにしても強いな」 天儀に来て此処まで強い敵に遭った事があるだろうか。 もしかしたら無いかもしれない。 「けど、魔戦獣がどんなに強くても、希儀へ行く為に倒す必要があるなら、戦わない理由は無いよな」 「ああ。臆する事なく、ヤツに一太刀浴びせよう。尽忠報国の志と、天下万民の幸せの為に」 藤田 千歳(ib8121)の抱く想いと刃は常に民の為にある。 魔戦獣を打ち倒す事も、彼の理想や想いに適うもの。ならば闘わない術は無いだろう。 それこそ、恭一郎に言われるまでも無く、だ。 「俺達は一歩も退かない。浪志組は、その為の刃だ」 片目は失っている。ならば死角も増えているはずだ。 千歳はその死角を狙って駆け出す。その姿に恭一郎は僅かに苦笑して刃を構え直した。 「彼には何処か危うさを感じますね……志が真っ直ぐなだけに」 「大丈夫だよ。千歳ちゃんは、1人じゃないから」 言って駆け出したアルマ。それに続くケイウスを見て、彼には支えてくれる仲間がいるのだと悟る。 「信頼関係ですか……ん?」 魔戦獣の前で闘う者は多い。それだけ敵の動きを止め、後衛に攻撃をして欲しいと願う者が多いのだろう。 その中の1人、キース・グレイン(ia1248)は魔戦獣の死角に潜り込み、手にした拳布を握り締めていた。 「……次に咆哮を放つまで、待て」 既に数度魔戦獣の目を見ている。気力を振り絞り此処までは堪え切れたが、次に来た場合対処できる自信がない。 それでも此処に居るのは、まだ試していない事があるから。 「道を……拓く……故の……開拓者……」 低く響く声に、キースの目が動く。 其処に控えるのは絶えることなく魔戦獣に攻撃を見舞う羅轟(ia1687)だ。 「いざ……参る……!」 1つの目を潰した事で瞳の効果範囲は狭まった。其れは近付いても良い部分が増えたと言う事にもなる。 羅轟は臆する事無く、巨大な敵に斬り込んでゆく。それはこの間にも、もう片方の目を潰そうと動く後衛の為でもある。 「もう少しで、切り拓かれます!」 前衛で羅轟と同じく攻撃を行う長谷部 円秀 (ib4529)は、嫌がらせの様に敵の視界に入っては離れ、そして攻撃を与えては姿を消し、を繰り返す。 その動きは敵に混乱を与える効果がある……普通ならば。 魔戦獣は小さな敵に気を持つと言う事を殆どしない。大きな攻撃で多くを一気に蹴散らす。 そんな印象を受ける。 ましてや痛覚が無い以上、細かな攻撃は然程気にならないようだった。それでも動きを遮る様に次々と動き回る開拓者は邪魔の様で、頭を大きく振り乱すと口を開けて咆哮を放った。 「今だ!」 開かれた口にキースが手を伸ばす。 魔戦獣の前足を軸に蹴り上げ、敵の目の前に飛び出す形で腕を振り上げた。そうして投げ込んだのは先ほど手にしていた拳布。 その中には撒菱が入っている。 彼女が放った布は吸い込まれるように魔戦獣の口の中へと入り、そして口が閉じられた。 直後―― 「うあッ!!!」 顔を振り乱し凄まじい勢いでキースが叩き落とされた。 「キーちゃん!」 アルマが透かさず駆け寄ろうとするが間に合わない。地面に叩き付けられたキースは、息を詰まらせ起き上がる事すらままならなくなっていた。 其処へ魔戦獣の巨大な足が迫る。 「ッ……!」 駄目だ、逃げれない。 そう弱気な考えが頭を過った時、彼女の体が風に攫われるようにその場を退いた。 「馬鹿ですか貴女は」 「なっ」 「無茶はするなと言っているんです。アルマ君、彼女の治療はお任せします。千歳君、此処から残っている目を狙えますか?」 恭一郎はキースを下ろしてアルマに託すと、弓を持つ千歳に問うた。 この声に勿論だと頷きを返す彼に、恭一郎は満足げに頷いて見せる。 「あと数手で残りの目を潰して総攻撃に移るべきでしょう。そろそろ戦力も危ういですしね」 よく見れば負傷者が増えている。 治療に当れる人間が少ないと言うのもあるが、魔戦獣相手に戦力が少ないと言うのも原因だろう。 「奴の眼を喰らいなさい眼突鴉」 何度目の攻撃だろう。 アルネイス(ia6104)は魔戦獣の瞳を見据えて術を放つ。此れに添うように幾つもの鴉が魔戦獣の目を貫いた。 「! 目が……」 ついに魔戦獣の残る目が潰れた。 驚き、一瞬攻撃に転じるのを忘れていた琥龍 蒼羅(ib0214)が慌てて行動に踏み出す。 それに合わせて他の開拓者等も前に出ると、戦況は一気に開拓者寄りで動き始めた。 ● 落とし穴の中に消えた仲間。その仲間の為、退路を確保する為に戦い続ける柚乃(ia0638)は、カンテラの灯りを頼りに周囲へ気を配っていた。 「次、前方から来ます!」 探知する敵の存在。 溢れ出る主なアヤカシは苔鼠だ。 流石は遺跡だけあってこの手のアヤカシの住処になっているらしい。倒しても倒しても際限がない。 「ふぅ……そういえば、前回発見した干飯……みなさん食されました?」 戦闘の合間、柚乃が不意に問いかけた声に皆が沈黙する。 遺跡内部に眠っていた干飯。どれだけの期間放置されていたか分からない食べ物だけに、皆食べる勇気が出ないのだろう。 しかし、猛者はいた。 「俺、食ったぞ?」 「ちょっ、義貞さん、いつの間に……」 出来る限り義貞の傍に居たのに気付かなかった。 そう零すリンカ・ティニーブルー(ib0345)に、匂坂 尚哉(ib5766)も訝しげに眉を寄せる。彼も義貞と行動を共にしていたのだが、何時食べたのか気付かなかったらしい。 「義貞。腹が痛くなっても処方できる物はないぞ。して、味は如何だったのじゃ?」 「味も匂いも普通だった。ちょっと固かったけどな!」 東鬼 護刃(ib3264)の問いに得意気に答える義貞。そんな彼に豊嶋 茴香(ib9931)が首を傾げた。 「固い……もしかして、そのまま……?」 流石にそれはないだろう。そう、思っていたのだが、不思議そうに目を瞬く彼を見ていると、あながち間違いではないらしい。 「ふむ。まあ、義貞の腹は放っておいても良いじゃろう。それよりも、此処を護る方が先じゃ」 「幸い、灯りは柚乃が持って来たカンテラで足りるし、俺も松明持ってきてるしな。あとは持久戦にどれだけ堪えれるかだ」 護刃はそう言い、索敵で感知した敵を滅した後、仲間が下りて行った穴を見遣った。 それに習って尚哉も松明を置いて肩の力を抜く。 幸いなのはこうして僅かでも力を抜く時間があると言う事。闘いっぱなしでないだけ良いのかもしれない。 「どこまで穴に近寄っても大丈夫なのかは穴から地層を見れば土地の丈夫さが……うん、そんな暇無いな」 そっと近付いた落とし穴。 耐久性の問題から衝撃を与える技を控えているが、確かな情報が入ればもっと楽に戦えるかもしれない。 そう思って、茴香は落とし穴に近付いた。 だが穴を覗き込んだ瞬間、彼女の動きが止まる。深く、深く、吸い込まれそうな闇色に彼女の喉が小さく上下に動いた。 「こ、これは……」 想像以上に怖い。 そう思った時、彼女はとんでもない悲鳴を上げていた。 「ひぎゃあああ!!」 ズザザザザッとすっ飛んだ彼女の前に現れたのは風葉だ。彼女は全身に傷を負いながら這い上がると、退路確保の為に残った面々を見回した。 「誰かっ、あたしと来なさい!」 唐突に言われた言葉に皆が目を瞬く。そうして風葉の言葉に耳を傾ける事僅か。 「……柚乃が行きます」 別働隊に合流し、魔戦獣の事を報告する。そう言葉を紡いだ風葉に、柚乃が進み出た。 こうして風葉と柚乃は遺跡の外へと向かって動き出したのだが、彼女たちが去ったからと言って闘いが終わった訳ではない。寧ろ、此処からが本番と言っても良い。 「穴から出て来た……」 呟いたジーン・デルフィニウム(ib9987)は、悩ましげに頬に手を添えて眉を潜める。その視線は風葉が出て来た穴へ一直線だ。 そんな彼に気付いたのだろう。キャメル(ib9028)が不思議そうに顔を覗き込んできた。 「どうかしましたの?」 「穴に潜るなど不衛生で……」 「ふえいせい?」 思わず漏れた本音にキャメルの目が瞬かれる。それを目にしたジーンは、ハッと我に返るとニコリと笑んで首を横に振った。 「いえ、出来る所で善処します。そう言ったんです」 苦しい言い訳だが仕方がない。 ジーンはアライグマの獣人だ。故にこうした不衛生な場所で活動すること自体が耐えられないのだろう。 出来る事ならこの場全体を掃除したい……其処まで思っているのかも知れない。 そしてジーンの言葉を拾った緋乃宮 白月(ib9855)は、金色の瞳を輝かせて、神妙な表情で頷いた。 「下りて行った皆さんのためにも、此処は護り切ります!」 白月はジーンの言葉に素直に同意していた。その背景には風葉の言っていた言葉がある。 地下に下りた人達は魔戦獣と言う敵と戦っており、それこそ死闘と言っても良い程の闘いを繰り広げている。そう彼女は言っていた。 「そうだね。化け物相手に闘ってるんだ。どの程度持ち堪えないといけないか判らないしね、補給と休息を怠らずに……だね」 気合を入れるのは良い。けれど入れ過ぎて途中で息切れしては意味がない。 そう嗜める巌 技藝(ib8056)に白月は素直に頷く。その様子を視界に留め、技藝は改めてこの場の耐久性を確かめる。 「……やっぱり、少し壁が薄いね」 八尺棍で突く床板。其処から響く乾いた音は若干軽い。 この感じから察するに、強力な技を使った時、この場が持ち堪えられるか微妙な所だ。 「ふむ……ザワついた音が近付いておるな。方角は――」 超越聴覚を使用した護刃の指が左方を示す。 その先で、無数の目が光った。 ウジャウジャと溢れるように出現する光。それを目にした尚哉が、屈伸運動をする勢いで立ち上がる。 「さぁて、きばっていこうじゃねぇの。敵の御大将との勝負も燃えるだろうが、こういうのも嫌いじゃねぇぜ?」 休憩は出来た。ならその分を働くまでだ。 尚哉は紅蓮の刀身を構えると、敵が群がるその場所へと足を向けた。其れに習い他の面々も敵へ向き直る。 「それじゃあ、出来るだけ一カ所に集めてくれるかい?」 今までも何度となくリンカの世話になっている。彼女が放つバーストアローは多くの敵に有効だ。 故に、耐久性が悪いとわかって居るこの場では、重宝できる技の1つだった。 「無理はしないように、ですね」 ジーンは流れるような動きで敵の中に踏み入ると、軽やかな足取りで敵の攻撃を回避してゆく。その動きはしなやかで、見惚れてしまう程。 しかしこれは只の舞いではない。 手に握られた短剣が動く度に風を薙いで、敵を裂いてゆく。そうして敵を惹きつける中、やはり数が多い以上、倒しきれない敵も出てくる。 そうした敵には白月があたった。 身軽な動きでジーンの死角に入って、倒しきれない敵を一体ずつ討って行く。勿論、彼の邪魔にならないように。 「リンカさん。準備できましたよ!」 気付けばいつの間にか、敵が一箇所に集められている。その数は……ちょっと気持ち悪い。 リンカは弦をギリギリまで引くと、照準を合わせた。瞳を眇め、狙いを確実に定める。 そして、 「今だ、退いとくれ!」 彼女の声に白月が瞬脚を使って飛び退き、ジーンも急ぎ回避する。そうして最後に尚哉が飛び退くと、衝撃波を纏う刃が敵の中心部を撃ち抜いた。 其処へ聞き覚えのある悲鳴が響く。 「また出たー!」 叫びながら風の刃を放つのは茴香だ。 振り返れば、彼女の目の前に闇目玉が居るではないか。確か、この前も闇目玉に真っ先に遭遇していたような気がする。 「キャメルも、がんばるの」 キャメルは茴香の先に居る闇目玉を見るや否や、真紅に輝く鉄扇を開いた。直後、闇目玉の姿が霞むように揺れる。 「呪声……効いてますの?」 言って、再び同じ術を放つ。 此れには闇目玉もたまらないのか、踵を返す様に動き出した。 「義貞。ちょっと手伝え」 「うん?」 「多勢に無勢で立ち回るのも結構カッコイイだろ。やるぞ!」 よく見れば、闇目玉の近くに他のアヤカシも見える。 義貞は駆け出す尚哉に続いて駆け出すと、彼の動きに合わせて斬り込んで行った。 幾度となく共に闘った者同士の勘だろうか。奇抜な動きにも確り対応する息の合った動きに、護刃の唇が弓なりに笑む。 そして―― 「2人とも、退くんじゃ」 言葉と共に放たれた風。 それが闇目玉と他のアヤカシを巻き込んで消えると、一向は再び休憩の機会を得た。 ● 両目を潰された獣は漆黒の毛を揺らしながら音を頼りに動き回る。 「ッ、視力を奪われてこの動きか……だが、確実に追い詰めている」 蒼羅は迫りくる魔戦獣の動きを視界に、刃を鞘に納めて息を詰める。そうして敵が間合いに飛び込むと同時に、一気に其れを引き抜いた。 柔らかな閃光と共に一戦が敷かれ、彼の体と魔戦獣の足が交差する。 「まだ!」 反転させた身、すぐさまもう一撃を見舞い、感覚を開けない。次々と繰り出す攻撃、しかし敵もただそれを受けている訳ではない。 「後ろ!」 突然の声に、蒼羅の目が飛んだ。 真後ろから迫る尾に彼の身が弾かれたのだ。其処へ駆け付けたのは胡蝶。 彼女は霧状の黒い式を召喚すると、魔戦獣の顔に纏わり付かせた。視覚は失えど、感覚は残っているはず。 とは言え、これは騙しているに過ぎない。 「急ぎなさい、長くはもたないわ」 「すまない。助かった」 蒼羅のこの声に「そう」と言葉を返し、胡蝶は新たな術を繰り出す。その様子に態勢を整えた蒼羅が刃を握り直すと、2人は息を合わせるように敵に向き直った。 そしてその頃、志摩と合流したブラッディは、彼と共に魔戦獣の動きを封じるべきく、別の足へと斬り込んでいた。 「お父さん、あんまり無理したら駄目だよ?」 「まだ労わられる年じゃねえぞ」 「いや、そういう意味じゃなくて、さ」 動きを合わせて同じ個所へと幾度となく攻撃を見舞う。動きも攻撃の度合いも普段と変わらないが、志摩は何の予備も無く魔戦獣の攻撃を受けている。 こうして普通に戦っている事自体が不思議なのだが…… 「まあ、言っても聞かないか。それなら!」 ブラッディは自らの力を武器に送ると、白い気を纏わせ息を吸い込んだ。 瞳を眇め、心静かに見極める。この敵の弱点を―― 「此処か!」 獅子の咆哮のような響きが木霊した。 瞬間、魔戦獣の体がよろける。体勢を崩したその姿に、羅轟が後方に控える裕一に問うた。 「……準備……出来たか……?」 「んー、もうちょい……っと、こんな感じか……?」 彼の手の中で黒い灰へ変わる符。 其れを視界に留めつつ、羅轟が息を吐き出す。それも深く、長い息だ。 「限界……」 「へ?」 裕一の腕を掴んで下がった羅轟。其処へ、揺らめいた魔戦獣の足が落ちてくる。 間一髪。 ギリギリの所で攻撃を避けた裕一と羅轟。羅轟は僅かに避けきれず、裕一の受けるはずだった攻撃を若干受けたがそれでも大した怪我ではない。 寧ろ、此処までで受けた傷の方が大きい。 「お、良い場所に」 落ちてきた後ろ足。 其れが地を踏むと同時に、裕一の目が輝いた。 「かかったな! 地縛霊、招来!」 僅かに上がった爆風と、それに巻き込まれる後ろ足。普通のアヤカシならこれで打撃を受ける筈だ。 しかし相手は魔戦獣。獣でもアヤカシでもない、そして未知の力を持つ存在。この一撃では痛恨の攻撃にはならない。 そう、この一撃だけならば…… 「千歳!」 「承知している」 響き渡る負の音。地縛霊をまともに受けた其処へ、闇に染まった音が絡み付く。 闇のエチュード。これがケイウスの奏でる曲の名だ。彼は魔戦獣の抵抗力を下げる事で千歳に繋げようとしている。 そして千歳は彼の意図を汲み、鞘に納めた刀に手を添えて踏み込んでゆく。 「俺達は1人ではない。故に、負ける道理がない」 引き抜いた刃に纏う炎。其れが抵抗の下がった足に一気に叩き込まれる。 グラリ。 再び魔戦獣の体が揺らいだ。切り口から血液とも瘴気とも取れない何かが飛び出し、透かさず再生を試みようとする。 だがそれを許す開拓者達ではない。 「参る……!」 瞬脚を使い飛び込んだ羅轟が、塞がりかける傷に野太刀を叩き込んだ。その勢いや凄まじい物。 ゴリッと低い音が響いたかと思うと、魔戦獣の体が完全に斜めに崩れた。 「これぞ好機。此れを後に繋げない訳にはいきません」 円秀は魔戦獣の足を伝い駆け上がると、その背に乗る事で頭部に近付いた。 そうして後衛の術師等が攻撃に転じようとする姿を視界に納めて、拳を握り締める。 「いくら強かろうと、目と言う弱い部位から能と言う急所には堪えられないでしょう」 ゴスッと討ち込んだ一撃は魔戦獣の目にだ。 視力を奪われ、瞳を潰された其処に討ち込まれた一撃。其処から響く振動に、痛みを感じない筈の魔戦獣が吼えた。 「今です!」 合図は高く遺跡内部に響き渡る。 其れを聞き止め、自らの身を削って祈りを力に変えた黯羽が、風葉が放ったのと同じ闇より這い出る「何か」を召喚する。 「ッ、少しばかし、食い過ぎだねぇ」 まだ全てを放ち終えていないと言うのに頭を持って行かれそうになる。だが此処で倒れては折角の術、与えられた機会が無駄になる。 それに他の術師にも失礼な話だ。 「さあ、行きなさい!」 无は白き狐を召喚し、魔戦獣の胴に喰い付かせた。暴れようともがこうと、決して放す事のない牙が深く魔戦獣の皮膚を抉る。 次第に動きが鈍る敵。其処へ最後の一撃を送ろうと白と赤に塗られた銅鏡型の呪術武器を掲げたアルネイスが囁く。 「血の契約を結びし我が式神火炎獣ピノタージュ……染まりなさい私の血で朱く……震えさせよ、燃え尽きさせよ」 全ての力をこの一撃に賭ける。 アルネイスは、鏡に自らの命を削り渡す気概で力を注ぎ込む。皆が死力を尽くし、作り出してくれたこの瞬間の為に。 「――蛙を舐めし愚かな獣を貴方の炎で焼き尽くせ!」 火炎を纏いし獣が飛び出した。 凄まじい勢いで迫る獣は魔戦獣に真正面からぶつかる。そうして闇と光に身を震わせ吼える敵の喉笛に噛み付いた。 ウォオオオオオオオッ! 今までで一番大きな声だった。 遠吠えの様に叫び、崩れ落ちた体。それを目にしたアルネイスの膝が折れた。 その耳に、小さくヒビ割れる音がする。 「……陰陽鏡、今回は……生に導いて、くれましたか……」 そう零し、彼女は割れた鏡と共にその場に倒れ込んだ。 ● 負傷者を抱えながら穴を這い出たフェンリッタは、其処で仲間の帰還を待ち望んでいた開拓者等と合流した。 「うわ……凄い怪我だな……手、貸すよ」 そう言って手を伸ばした尚哉は、穴から出る仲間の手助けを始めた。それを見ていたジーンも手を貸そうと動き出すのだが、 「皆様、お疲れさまです……む?」 彼は這い上がって来たアルマを見付けるや否や歩み寄り、彼の体を拭き始めた。 「何やら汚れている狐が」 「わ。ジーンちゃん、僕より汚れてる人もいるじゃんっ……!」 「このまま帰す訳には参りません、身嗜みを整えますので動くんじゃありません」 問答無用。そんな勢いでアルマを拭き続けるジーン。 その様子を見て笑い声を零す尚哉と義貞に甘酒が差し出された。その手を辿った先にはリンカがいる。 如何したんだろう。 そう問いかける視線を向ける義貞に、リンカは小さく笑って受け取るよう促した。 「疲れた時は甘い物がいいからね」 以前の尚哉と義貞の遣り取りを見て気遣ってくれたらしい。その様子に素直に礼を述べ、2人は彼女から甘酒を受け取った。 それを微笑ましく見守るリンカの立ち位置は義貞の直ぐ隣だ。それを見止めつつ、護刃は引き上げられる負傷者を安全な場所に案内した。 「退路確保も上手くゆき、怪我人の治療場所も確保できていた。上出来じゃな」 そう囁いた彼女は小さく笑んで、詰めていた肩の力を抜いたのだった。 |