笑い鬼
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 20:34



■オープニング本文

 草木も眠る丑三つ時。
 光衛という男が、酒に火照った目を擦り布団に入ろうとしていた。
「明日も早いのに、失敗したな‥‥」
 ぼやきながら冷たい布団の中に入り込む。
 光衛はつい先ほどまで友人と飲んでいた。
 顔は完全に赤く、呼気には酒気が混じっている。思考もあやふやで‥‥要するに酔っぱらいという奴だ。
 そんな彼が布団を肩まで被って目を閉じれば、普通は直ぐにでも眠りに落ちてしまう。
 しかし、この日は違った。
 クスッ‥‥。
「?」
 閉じたばかりの光衛の瞼が上がる。
「ん? 気のせいか?」
 何か聞こえた気もするが、今は聞こえない。光衛は数度目を瞬いて、もうそれを目を閉じた。
 クスクス‥‥ッ。
 やはり何かが聞こえてくる。
「‥‥あ〜、飲みすぎたか?」
 まあ酔っぱらいの感覚はこんなものだろう。
 光衛は頭から布団を被ると、億劫そうに身を丸めた。
 ‥‥クスクス、クスッ‥‥。
 再び耳を掠めた笑い声。
 気のせいかもしれないが、その声が大きくなっている気がする。
 しかも目を開ければそれは聞こえず、目を閉じれば聞こえると言う不思議。
 光衛はなんだか怖くなってきた。
 ぶるりと身を震わせて、布団に包まってぎゅっと目を閉じる。この際、耳を塞げば良かったなどという突っ込みは無しだ。
 クスクスクス、クスクス‥‥ッ。
 目を閉じたのが功を制したのか、はたまた布団に包まったのが功を制したのか。
 徐々に笑い声が遠ざかってゆく。
「なんだ、酔っぱらいか‥‥」
 安堵の息が漏れ、肩の力が抜けた。
 目を閉じた際にだけ笑い声が聞こえていたのは気のせい。笑い声も自分と同じ酔っぱらいが招いたもの。そう考えれば怖いなんてことは無い。
「あはは、あー‥‥職業病かな‥‥」
 そう口にして寝返りを打った、その時だった。
 アハハハハハハッ!
「ッ!?」
 間近も間近、枕元で盛大な笑い声が響いた。
 思わず目を開けた光衛は、ぎょっと目を見開く。
「!?!?!?」
 滝が落ちるかの如く引いて行く血の気。
 枕元を覗きこむ人影に、光衛は目を見開いたまま気を失った。
 
 次の日の朝。
 光衛は悪い夢でも見たかのような気持ちで職場を訪れていた。
 彼は開拓ギルドのカウンター内に腰を下ろすと、深々と息を吐いた。
「何だったんだ‥‥」
 頭を抱えながら呟く。
 そこに昨夜一緒に飲んでいた同僚が顔を覗かせた。
「なんだなんだ、二日酔いか?」
 ニヤニヤと笑う同僚に悪気は無いのだろう。
 光衛は苦笑いを滲ませて挨拶を交わすと、昨夜見たものを事細かに説明して見せた。
「うん、話は分かった。でもよ、顔の無い人間なんて、お化けかアヤカシぐらいだぜ。酔って幻覚でも見たんじゃねえか?」
 そう、光衛が目にしたのは、頭から街灯を被った顔の無い人間。しかも笑い声は枕元からしていたという不思議。
 気を失う直前、枕元に何か見た気もするのだが、そこら辺は定かではない。
「まあ、悪い夢を見たと思って、早く忘れるんだな!」
 同僚は笑って肩を叩くと去って行った。
 その姿を見送りながら、光衛は何となく気持ちが軽くなっていた。
「そうだな、気のせいだなっ!」
 光衛はそう口にすると、その日は元気に仕事に戻って行った。
 そしてその日の晩――。

 アハハハハハハ、アーッハッハッハッハッ!
 暗闇に響く盛大な笑い声。
「酷くなってるぅぅぅっ!!!」
 頭から布団を被った光衛の叫びが木霊し、次の日、開拓ギルドの受付に光衛個人の依頼が載った。
――顔の無い、笑う化け物をどうにかしてください。
 この文字は、かなり切羽詰まっていたとか‥‥。


■参加者一覧
神無月 渚(ia3020
16歳・女・サ
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
澪 春蘭(ia8927
15歳・男・弓
夜光(ia9198
20歳・女・弓


■リプレイ本文

●開拓者参上
 薄ら朝日が射し始める頃。
 昨夜も今まで同様に、笑い声で眠れなかった眼を擦り、光衛は布団から起きだしてきた。
「きょ、今日も出た‥‥」
 目の下にはくっきりと青いクマ。
 眠れなくなって数日。
 流石に1日や2日寝れないのとは訳が違い、数日眠れないと意識は朦朧、生気も失せて顔色も悪くなる。全身もだるくて一歩踏み出すだけで倒れそうだ。
「‥‥アヤカシが何か吸い取ってんのかな?」
 呟きながらも考えはまとまらない。
 それでも仕事へ行く準備を始める辺り、光衛は真面目なのだろう。
 そして着物を着替え終わった頃、光衛の家の戸を叩く音がした。
「ん? こんな時間に客か?」
 夜が明けて間もない時刻。
 畑仕事を生業にしている者ならまだしも、一般の人間は布団の中で惰眠を貪っているはずの時間だ。
 しかし訝しもうにも頭が働かない光衛は、半ば自棄くそに「はいはい」と返事をしながら戸を開けた。
 直後、彼の耳に声が響いてくる。
「凄い顔‥‥」
 光衛の顔を見るなり言葉を発したのは、黒髪の少女――神無月 渚(ia3020)だ。彼女はクッと口角を上げると、光衛の横を通り過ぎスタスタと中に入って行った。
「え‥‥あ、あの‥‥」
 慌てたのは勿論、光衛である。
 目を白黒させて少女を追いかけようとしている。そこに新たな声が響いた。
「神無月さん、人様のお宅に上がるときは『お邪魔します』が礼儀です」
 そう言って光衛にペコリと頭を下げた、同じく黒髪の少女――鈴木 透子(ia5664)が、神無月の後を追うように家の中に上がってゆく。
「あっ、2人ともズルイです。私も中を捜索します!」
 慌てたように2人の後を追って家に上がったのはペケ(ia5365)だ。やはり黒髪の少女なのだが、こちらは他の2人に比べて体の凹凸が素晴らしい。
 寝不足な光衛には少しばかり刺激が強いらしく、ペケが通った後微妙に鼻を押さえている。
「な、なんなんだ‥‥いったい‥‥」
 常識的に考えて、朝っぱらから女性が3人家に上がり込むなどと言う美味しい‥‥否、可笑しな状況は起こるはずがない。しかもその3人は上がるや否や、いろんな場所を物色し始めているのだ。
「あ、新手の強盗か‥‥?」
 そう口にした光衛の耳に、更に理解できない音が飛び込んできた。
 ベリッ、ベリベリ‥‥。
「!」
 外から聞こえた不穏な音。
 明らかに普通ではない音に、一瞬眠気が飛ぶ。そして外に飛び出した光衛は、口をあんぐり開けて硬直した。
「‥‥あ、剥がれた」
 光衛の家の前。
 表情無く淡々と、何かの板を手にするのは澪 春蘭(ia8927)だ。
 オッドアイの瞳を瞬きながら、板のあった壁を眺めている。そして横から板へ手を伸ばす人物がいた。
「それ、戻そう‥‥」
 板を取ったのは幼い少女――夜光(ia9198)だ。彼女は壁に開いた穴へ板を押しつけた。
 するとあら不思議。穴の開いた場所は何事もなく塞がれて――。
「ンな訳あるか!」
 光衛は思い切り叫ぶと2人に歩み寄った。
「人の家に穴を開けるなんて‥‥君たちの親は?」
 流石は開拓ギルドの職員だ。
 少しだけ眠気を飛ばせばそれっぽい台詞が出てくる。
 そんな光衛の言葉を受けて、2人が視線を向けたのは‥‥。
「おろ?」
 いつの間にいたのか。
 見た目はお貴族様な青年――詐欺マン(ia6851)が視線を受けて首を傾げている。
「‥‥誰だ、あんた」
 漸く出たまともな問い。
 その問いに、袖で口元を隠した詐欺マンが言う。
「愛と正義と真実の使者でおじゃる」
 キッパリ言いきられたこの言葉に、光衛は唖然としたまま言葉を失ったのだった。

●調査
 時刻は昼を回っている。
 光衛は訪れた者たちが開拓者だとわかると、彼らに家の調査を任せて仕事に出た。
 そして今は昼食の時間だ。
「おっ、弁当か。珍しいな」
 光衛の手元を覗きこむのは、同じギルドの同僚。
「依頼してた開拓者が来てくれてな。仕事に行くなら弁当も作ってくれるってんで、有難く頂戴したんだ」
 嬉しそうに語りながら、光衛は弁当の蓋を開けた。
 直後、光衛と同僚の顔が固まる。
「こ、これは‥‥」
 真っ黒焦げのおかず。形の整わないおにぎり。見るも無残な弁当箱の中身に、光衛はゴクリと唾を呑んだ。
 弁当を作ってくれたのは鈴木だ。
 やはりどんなに気が効いても、子供は子供ということだろうか。そんなことを考えていた光衛の肩に、ポンッと手が触れた。
「頑張れ」
 同僚の生温かい視線を受けながら、光衛は弁当を眺めたのだった。

 一方、光衛の家では開拓者たちが調査を開始していた。
「光衛さんに心当たりはないようです」
 鈴木は箒で床を掃きながら呟く。
 手を動かす度に埃が舞い上がるのだが、それ以上に転がっている酒瓶の匂いが鼻に着く。それは家に入った途端、「この部屋、お酒くさい」と口にした程だ。
 そんな彼女の傍では、敷いたままにされている布団をしげしげと眺める詐欺マンがいる。
「念のため、布団をそのままにして貰ったでおじゃるが、変わりはないでおじゃるな」
 何処をどう見ても布団は古びてカビ臭いだけのもの。枕や枕元、その周辺の床に至るまで、何の変化も無い。変わっているところがあるとすれば、床に酒の染みがあること位だろうか。
「やはり、酒の飲み過ぎによる幻聴――」
「アヤカシの正体はきっと『福笑い』です」
 詐欺マンの呟きを遮るようにペケが口を開いた。
「探し出してイケメン顔に仕上げれば、顔の無いアヤカシがイケメンアヤカシとなって出現するでしょう!」
 若干興奮気味に言い放つペケに、空の酒瓶を手にした神無月が首を傾げた。
 福笑いとは正月に良く見かけるアレだ。
 顔の無い絵に目や鼻、口と言ったパーツを乗せて顔を完成させる、福と笑いを招く縁起ものの遊びだ。
「わくわくしますね!」
 ペケはそう言いながら、押し入れやら引き出しやらを探し始めた。
 目的は勿論、福笑いだ。
 あれば皆に許可を貰って顔を書きこむ気でいる。まあ、確かに福笑いがアヤカシの正体であれば、顔を書き込まれた時点で怖さは半減するのだろうが、果たしてどうなることか。

 その頃、家の外では夜光と澪が調査を続けていた。
「あそこ」
 澪の指摘で夜光が床下に当たる部分を覗きこむ。暗がりに慣れない瞳が捉えるのは何の変哲もない床板だ。
 若干光は漏れてくるが、それ以外に変わったところはない。
「枕の中も、なにも、ない‥‥お手上、げ」
 困ったように呟いて夜光は澪を振り返った。
 そんな視線を向けられても、澪にも見当がつかない。先ほどから注意深く周囲を探っているが、それらしきものが見当たらないのだ。
「あとは‥‥一応、戸と窓‥‥見ます」
 夜光の声に澪が頷く。
 何と言うか、マイペースで静かな調査組だ。
 こうして開拓者たちは何の手がかりも掴めないまま、光衛の帰宅を待つことになった。

●顔の無いアヤカシ
 草木も眠る丑三つ時。
 辺りは静まり返り、時折梟の声だけが響く。
「せ、狭いです」
 呟いたのは鈴木だ。
 暗がりの中でもぞりと動く。
 彼女が今いる場所は、光衛宅の押し入れだ。
 昼間の掃除の際、人が入れる隙間を作っておいたのだ。そこに身を潜ませているのだが、想像以上に狭くなっている。その要因はこの人だ。
「福笑いなかったね」
 残念そうに呟きながら、光衛が眠るその場所を眺めるのはペケだ。昼間頑張って探したのに、福笑いは見つからなかった。
 今は渋々、光衛の不眠の相手を待って待機だ。
 そして残りはというと‥‥。
「さ、寒いでおじゃる」
 ガタガタと夜露に震えるのは詐欺マンだ。その視界には隣の屋根の上に腰を下ろす夜光の姿がある。
「ここなら、良く‥‥見える‥‥」
 寒いはずの外にいながら、表情乏しく光衛宅を見下ろしている。そこから、詐欺マンを含む3名の人影が目に入った。
「くっくっくっ‥‥眠い」
 家の入口が見えるように陰に隠れて呟くのは澪だ。その直ぐ傍では、神無月がニヤニヤしながら自らの獲物を眺めている。
「早く来ないでおじゃるかね‥‥寒くて敵わないでおじゃる」
「自業自得」
 詐欺マンの呟きを拾うように、ぽつりと神無月が呟きだした言葉。その言葉に彼が昼間口にした言葉を思い出す。
――おはようからおやすみまでを見つめたりはしないでおじゃる。
 この台詞、決して外で張り込みたいという意味でははない。ずっと人の寝顔を見るのは無粋で失礼。そんな意味で言ったのであって、決してこういう意味ではない。
 なのに外で見張りとは、世の中無情でしかない。
 そして当の眠れない筈の光衛はというと‥‥。
「ぐおおお〜‥‥」
 安心しきって爆睡していた。
 大きく鼾をかきながら、寝相の悪さを披露している。布団は肌蹴て、少しばかり見栄えが悪い。
「幸せそうです」
 誰がどう見てもそうだろう。
 ペケはそう呟くと同意を求めるように鈴木を見ようとした。
 その時だ。
 アハハハハハハッ!
 天高らかに笑い声が響いた。
 何の前触れもなく響いた声に、開拓者たち全員が顔を上げ、目を瞬く。
 そして家の中にいた2人は見た。
 枕元に立つヒョロリとした人影。その手には風呂敷らしきものが握られ、眠っている光衛の枕元にそれが迫っている。
「あれが、笑いの正体かな?」
 ペケの声に鈴木が動いた。
 コッソリ符を取り出して人魂を放ったのだ。
 鼠の形をとった人魂は、チョロチョロと動いてアヤカシに近づいて行く。そして枕元まで来た時、鈴木が息を呑んだ。
「か、顔‥‥」
「顔?」
 顔を引き攣らせて人魂を回収した鈴木に、ペケが首を傾げる。
「風呂敷の中に、顔が‥‥」
 枕元での笑い声はこれだ。
 そして顔が無いのもこれが原因。
 2人は顔を見合わせると、互いに頷きあった。

「誰かが、入った様子、ない‥‥」
 隣の家の屋根から様子を伺っていた夜光はそう呟き弓を手にした。
 矢を弦に添えながらじっと様子を伺う。
 そして弓を引く瞬間は、直ぐに訪れた。
「‥‥出てくる」
 家の陰に隠れていた澪の言葉に皆が身構える。
 アハハハハハハッ!
 突然開いた扉。その向こうから大爆笑の元に、風呂敷包みを手にした何かが飛び出してきた。
 まるで影のように飛び出してきたアヤカシに、皆が武器の武器が向かう。そして間髪いれずに一矢が閃光を引いた。
「くっくっく‥‥イイ。だろ?」
 ニヤリと笑って再び弦を引くのは澪だ。
 限界まで矢を引き、狙いを定める。そして再び矢を放とうとしたところで別の攻撃が加わった。
「――同感」
 闇を背負いアヤカシの間合いに飛び込むのは神無月だ。先ほどまで眺めていた獲物を握りしめ、斬りこんでゆく。しかし次の瞬間、不思議なことが起きた。
「!」
 咄嗟に飛び退いた神無月の目の前からアヤカシが消えたのだ。
「上‥‥」
 夜光が声と共に矢を放つ。
 風を切る音に顔を上げれば、アヤカシが重力に乗って舞い落ちるのが見えた。
 ヒャーッヒャッヒャッヒャ!
 爆笑しながら地面に着地したアヤカシは、開拓者たちと綺麗に間合いを取る。その間も笑っているのが解せないが、それ以上に驚くのはアヤカシの早さだ。
「‥‥解せぬ」
 呟いた詐欺マンは印を結んだ。
 直後、水の膜がアヤカシを包囲する。これで逃げ場はないのだが――。
 アハッ、アハハハハハッ!
「壊れてる?」
 情報通り、確かに笑っているが、この状況下で笑い続けるのは不気味でしかない。しかも反撃する気配を見せずに、退路だけを探している。
 そしてその中で違和感を見つけた。
 攻撃を受けている間、ずっと抱きしめている風呂敷。そこに一切の攻撃が当たっていない。
「ははーん」
 神無月の声に皆も同意するように頷いた。
 そして詐欺マンが放った水の膜が消え去るのと同時に、アヤカシが飛び出した。
 やはり動きはかなり早いが、動く方向は開拓者が居ない方へだ。しかし、そんなアヤカシの前に大きな影が迫った。
――グオオオオオッ!
 咆哮を上げながら天より舞い降りるのは巨大な龍。しかも大きく牙を剥き、アヤカシの頭上に迫る。
 これにはアヤカシも驚いたように後方に飛び退いた。そして自ら手にする風呂敷を抱え込む。
「あの風呂敷の中に顔があります!」
 叫んだのは鈴木だ。
 家の中からペケと共にアヤカシを追い出した後、動きに追い付くの時間がかかったようだ。
 符を構え間髪いれずに次の術を放つ。
 地面に浮かんだ無数の式が、アヤカシの足に纏わりつく。
 ア、アハハハハ‥‥ハハッ!
 笑い声に困った色が含まれる。
 それでも逃げようともがく姿に、詐欺マンの放った手裏剣が迫った。
「逃げられないでおじゃる」
 打剣を加えることで重くなった刃が、アヤカシの腕を斬りつける。そしてそれを見逃すことなく、ペケの槍が風を斬りながらアヤカシの持つ風呂敷を掬い上げた。
「バッチリやっつけちゃいましょう!」
 クルクルと舞い上がった包みから、顔が飛び出した。
 ケタケタと歯を覗かせながら笑う、アヤカシの目が月に照らされて光っている。それを目印に、夜光の矢が照準を合わせた。
「‥‥終わり、です」
 屋根の上から夜光の矢が放たれる。
――ギャアアアアアア‥‥ッ!
 顔だけのアヤカシの眉間に矢が突き刺さった。
 断末魔の叫びを上げて、地上に縛られたアヤカシが硬直する。その直後、ゴトリと鈍い音を立てて、顔が地面に転がり落ちたのだった。
 
●終焉
「情けないな。顔を書きましょうか」
 そう言って持ってきた筆と硯を使って気絶している光衛に睫毛を書き始めたのはペケだ。
 アヤカシは瘴気と化して姿を消し、光衛の睡眠を邪魔する者はいなくなっている。なので依頼終了の報告をしたいのだが、当の光衛はアヤカシ登場と同時に意識を失ったらしい。
「意外と寝てますよね」
 そう言いながら額に書かれる「イケメン」の文字に首をかしげる鈴木。その隣には、無表情で光衛を眺める夜光がいる。
「結局、あのアヤカシ‥‥なん、だったの、かな‥‥?」
 彼女は考えるように口に手を当てて首を傾げたままだ。
「‥‥眠い」
 部屋の隅でぶつぶつと呟きながら光衛が起きるのを待っているのは澪だ。先ほどから意味不明な単語が混じり始めているところから察するに、彼自身の限界が近いのだろう。
 傍で我関せずに惰眠を貪っている神無月が若干羨ましく見えている。
「仕方がないでおじゃるね‥‥」
 詐欺マンは皆の様子を見回すと、コホンと咳払いをして息を吸い込んだ。
 そして‥‥。
「ホーッホッホッホッホッホッ!」
「「「「「!!!」」」」」
 皆が一斉に詐欺マンを見た。
 それはそうだろう。
 突然笑い出したその声は、先ほど倒したアヤカシ同様に奇妙なものがある。そして皆の視線を一身に受けた彼もまた、自らの行為に頬を染めて視線を外した。
 しかしこれが功を制したようだ。
「な、なんだ? 出たのか???」
 飛び起きて辺りを見回す光衛。
 やはり何処までたっても暢気なままだ。
 そんな彼に、開拓者たちは呆れたように笑い声を零した。