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■オープニング本文 城塞都市ナーマが大城壁内に抱え込む広大な貯水湖。 蓄えられた水は大規模な農業を可能にし、領民を養い膨大な財を生み出し続けている。 その水位が、急速に上昇しつつあった。 ●朗報と悪夢 「これだけ水があれば砂漠の緑化なんて簡単ですよ」 「姫様! 水量の増加に気づいた特使殿が金利がほぼ0の大規模融資の提案をっ」 「事後承諾で申し訳ありません。貯水湖の拡張工事を進めております」 農業部門、官僚団、建設部門から次々に舞い込んでくる明るい報告に、ナーマ領領主であるからくりは混乱しきっていた。 訳が分からない。 水が増えればあらゆることがうまくいくのは確かだ。 けれど、どうして増えたか全く分からないし、これがいつまで続くのか、そもそも水が今後も湧き続けるのかどうかも分からなくなってきた。 「落ち着きなさい」 穏やかに威圧して黙らせてから、領主は内心の混乱を見せずに差配していく。 農業部門には、水質の変化について調査を。 官僚団には、開拓者の助言に従いどれだけ好条件を示されても鉱山の安全確保後まで一切言質を与えないことを。 建設部門には、事故を起こさない範囲で可能な限り水を確保することを命じ、即座にとりかからせる。 1人執務室に残った領主の顔は、緊張と嫌な予感で青ざめていた。 ●妖の影 「単身で突撃すれば領主の首は獲れるだろうよ」 どうしてナーマを直接攻めないか聞かれた彼は、部下の察しの悪さにほとんど絶望しながら回答する。 「その後で開拓者の大部隊に滅ぼされるがな。…暴れたいなら、ここから離れた場所で街でも潰してこい」 炎を纏う大柄な悪鬼達がナーマの近隣に現れるまで、後数日である。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大。 環境:普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 ナーマ大城壁完成 戦力:普 ジン数名とからくり12人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です 農業:良 開墾余地大。麦、豆類、甜菜が主。大量の水と肥料と二毛作を駆使しています。牧畜有 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山休業中 評判:普 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を凄く軽視する者 資金:良 前回の戦力動員期間が短かったため予算が余りました。大型氷砂糖が一年先まで予約済 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 たすけて アマルより ●資金消費無しでも実行可能な行動例 ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●資金投入が必要な行動一覧 都市、鉱山間を結ぶ道をつくります○ 最低限一ヶ月間必要 小型飛行船1隻購入○ 民兵装備を長射程銃に更新○ 飛空船関連事業○ 資金一段階分強を投じ、人材と設備を引き抜いてきます ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補4名、官僚見習い20名 情報機関 情報機関協力員十名強 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。要休養 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。駆け出し官僚見習兼見習軍人 守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた230名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下 ●住民 元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛空船 船員有。ナーマと外部の連絡便 ●都市内情勢 甜菜。麦二毛作 妊婦の割合高め 食料庫が足りません 身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当 ●軍備 非志体持ち仕様銃600丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 飛空船(装甲小型1隻)。都市・鉱山間であれば辛うじてからくりが運航可能です ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。からくり。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●ナーマ領域内地図 調査可能対象地図。1文字縦横5km 漠漠漠漠 漠漠漠漠漠漠 オ。小オアシス複数 漠漠穴漠漠漠 道。道有り。砂漠。安全 オ漠漠都漠漠 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。 漠漠漠道漠漠 都。城塞都市あり。砂漠。安全 漠漠道漠 漠。砂漠。比較的安全 ●鉱山側面図 ○○入 ○ 穴 ○ 穴 封○○○○○○○採封 空白部分は地下の通行不可能な場所か地上 穴:空気穴。人は通れません 入:入り口 ○:洞窟 採:作業員が採掘を行う地点です。前回大量の瘴気が吹き出した箇所が、落石で埋まっています 封:崩落が発生した場所です。アヤカシ出現時、急ぎの作業時はさらに危険度増大 ●交渉可能勢力一覧 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し概ね好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事面で提携中 東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され経済回復。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています。ナーマとの勢力圏の境にある小オアシスを確保 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●交渉不能勢力一覧 西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下 南隣零細勢力 詳細不明。交渉窓口無し。東の影響力が浸透開始の模様 北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。来年初頭には東に編入される見込 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
カルフ(ib9316)
23歳・女・魔
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●西部境界線 「船長、境界付近に他領の者と思われる人影を発見しました」 「予定通りなら後方オアシスでの会談が終わる時刻です」 いかにも速度が出そうな小型飛空船の甲板で、顔だけ見れは双子の姉妹にみえるからくり達が報告をしていた。 船長を務めるジークリンデ(ib0258)は望遠鏡を覗き込んだまま数秒沈黙し、その後ため息じみた息を吐いてから新たな命令を下す。 「ナーマに帰還します。急ぐ必要はありません。境界の向こう側の相手が挑発してきても応じないように」 「はいっ」 からくり達は気合いの入った敬礼をして、観測、進路確認、動力の維持、操舵を手分けして飛空船を動かしていく。 ナーマ領の西の端であると同時に隣接領の東の端である土地で、古びた装備を身につけた兵士が周囲を見渡していた。 動く速度から判断してジンのようだが、豊富な予算で贅沢な演習を繰り返しているナーマのジン部隊と比べると明らかに動きが雑だ。 空に浮かぶ船に気づくのにも1分近くかかり、その後警告を発するか1度撤退して上司に判断を仰ぐか決断しかねているうちに、ジークリンデ率いる飛空船はナーマの内側に引っ込んでしまう。 「無用な衝突を避けるためとはいえ…面倒なことです」 西に潜入した仲間を援護するために、演習を兼ねてこの場にとどまるつもりでナーマを出発したジークリンデ。 しかし途中のオアシスまで同乗していた外交担当官僚に、今刺激すると西が暴発してこちらが開戦の名目を得てしまいかねないと指摘され、慎重に行動するしかなくなっていた。 事前準備無しで隣領へ表だって介入するのは、内からも外からも強い反発が出る可能性が非常に高いのだ。 「オアシス付近まで後退します」 万一アヤカシが襲来したときは、1度下船してから現在収納中のアーマーで戻ってくる必要があるかもしれない。ジークリンデはこの後の行動について、副長役のからくりに詳しく言い含めていくのだった。 ●西へ 中書令は、速度が犠牲になるのを承知で地表すれすれを相棒と共に飛んでいた。 荒野の一角に潜んでいたアヤカシに気づくと同時に急進し、力を載せた曲でアヤカシ達の意識を強制的に刈り取る。 同じく危険な低空飛行をしてメグレズ・ファウンテンが前進、制圧し、ナーマの西隣の領に巣くっていた脅威の1つが完全に滅ぼされた。 「急ぎましょう。今は時間が最も貴重だ」 カルフ(ib9316)が促すと、嶽御前(ib7951)は相棒の霊騎を立ち上がらせ、砂埃を巻き上げないよう注意しつつ、荷車を牽引させて隣領の僻地へ向かうのだった。 ●隠密行動 ナーマ周辺の文化や慣習に詳しくないカルフがとった手段は非常に単純で、多くの状況で通用するものだった。 目立たないようにする。 そのために遠方から目立つ空中戦は避け、目立つ色の服装や日除けも避け、移動の際も砂埃等がたたないよう注意した。 その結果、1度も人間に遭遇することなく、1度嶽御前が訪れたことのあるオアシスにまで辿り着けたのだった。 「助かります」 最初はアポ無し訪問に警戒していたオアシス側は、面識のある嶽御前に気づいてからわずかではあるが警戒を解き、嶽御前が差し出した各種医薬品を受け取り外部から見つからない場所に隠してから、2人を長の天幕にまで案内する。 「廃墟の調査ですか。もしアヤカシがいたなら」 「倒すことになるでしょうね」 答えたカルフをじっと見つめてから、長はこの地の詳しい状況を口にした。 「連絡が途絶えたオアシスが増えている?」 「はい。上も調査にジンを派遣したようですが…」 沈痛な面持ちで嶽御前に答える。 物資の供出を強制された割に、調査結果については全く知らされていないらしい。 「では」 「ええ」 開拓者は痕跡を残さずオアシスを後にする。 このオアシスは比較的友好的とはいえ、その上に位置する勢力はナーマを敵視している。本格的な抗争を覚悟していない現在、魔法による防御施設建設のような、地元民に有益ではあっても侵入の証拠となりうる行動をとるわけにはいかなかった。 ●廃墟 以前訪れた時点で廃墟であったオアシスは、一見全く変わっていないように見えた。 しかし巫女として優れた感覚を持つ嶽御前は瘴気の濃度の変化に気づく。魔の森よりは薄く、人里ではあってはならないほど濃い。 無言のまま仲間に合図してから、荷物の防衛を天に任せ、自身は盾と剣を構えて迎撃の構えをとる。 自らの気配を抑え、集落内の気配を探る。 瘴気が濃すぎるせいか脅威が潜んでいるかどうかも分からない。が、変化は急に訪れた。 複数の龍が発する気配に気づいたのか、天幕の残骸から小柄な鬼が顔を出したのだ。 まさかここまで大きな脅威が迫っていたとは思わなかったらしく、たっぷり十数秒呆然としてから精神を再建し、周囲に潜んでいるはずの同属に警告を発しようとした。 「遅いですね」 アヤカシは口を開くより早く、龍に乗ったカルフが呼び起こした吹雪に飲まれ、消えていくのだった。 ●死んだ泉 「これは…」 嶽御前はオアシスの水源に踏み込み、沈痛な面持ちで首を左右に振った。 汚れてはいない。 毒物の混入もない。 けれど、小魚1つ棲んではいない。 「残念ですが」 この地の正当な領主から許可を得ていない以上、これ以上とどまるのは危険すぎる。 開拓者達は水場の浄化を諦め、急ぎ足でナーマに向かって出発した。 ●加速する繁栄 「天儀風ワッフルセットを人数分頼むわ」 開拓者が到着したこことでようやく半休を取得できたジン隊の面々が、居住区画と商業区画の境目にある店に集団で訪れていた。 「承りました。いつもお疲れ様です」 1分もかからず、盆に盛られたワッフルの山と人数分のジョッキが席に運ばれてくる。 当然のことではあるが、ジョッキの中身は酒ではなく軽く味付けされた水だ。緊急時の呼び出しに応じるために、長期の休暇でもない限り酒など飲めない。 「うまいっすね先輩」 ワッフルは作り置きのはずだが瑞々しく、添えられた生クリームも新鮮そのものだ。余程客の入りが良いらしい。 朽葉・生(ib2229)が都市の上層部に何度も振る舞ったワッフルは徐々に浸透し、今では一般層でも普通に食べられるほど広まっていた。 「酒がないのは寂しいがな」 久しぶりの穏やかな時間は、長くは続かなかった。 「あ、アヤカシだー!」 店の外から聞こえてきた声に目を剥き、ジン隊は手持ちの金をテーブルに置いてからワッフルを加えたまま表の通りに出る。 「んなぁっ?」 開拓者と比べれははるかに劣るとはいえ、何度も修羅場をくぐっているはずの古参が妙な声をもらす。 拡張された区画へ水を運んでいるはずの水路から、巨大な、小さな家ほどもある半透明の物体が身を乗り出しているのだ。 非番の際に持ち歩いている短刀でどうにかなるとは、到底思えなかった。 「そこの人! 住民の避難を頼みます」 聞き慣れた声の方向に慌てて向き直ると、そこには見慣れない巨人の姿があった。注意深く見てみると、その背中からアナス・ディアズイ(ib5668)が身を乗り出しているのが分かる。 水路の補修工事中だったらしく、足下には大型の資材がいくつも転がっていた。 「了解!」 「1人近くの詰め所に行って鉦を鳴らせ! 俺達は水路沿いに避難誘導だ!」 ジン達は慣れた様子で散っていき、ようやく戦いの舞台が整った。 「周辺状況よし。機体状態よし」 市街戦という扱う情報が非常に多い状況に対応するため、アナスはあえて口に出して確認する。 現在乗り込んでいるのは新型機であり、長期間使い込んだ遠雷と比べると動きに荒さがある。けれど速度も力も一段上であり、不慣れな部分もアナスの技術で十分補えるはずだった。 「いきます」 石畳の上を、白銀のアーマーが疾走する。 住宅区画へ体を伸ばそうとしたスライムを下から跳ね上げ、建設予定という札が刺されているだけの空き地に強引に押し込んでいく。 アーマー用大型武器のチェーンソー部分が唸り、速度と重さの乗った刃がスライムを大きく切り裂く。 避難中の住民から歓声と安堵の息が響いてくる。 が、戦っているアナスはアーマーの中で真剣な表情を崩さない。 見た目ほど効いていない。 まず間違いなく、術に対する抵抗力が皆無に近い代わりに物理に強い相手だろう。 ジルベリアの正式採用機が猛攻を仕掛け一方的に大型スライムを打ち据える。それは吟遊詩人に歌われる情景そのものに見えはしたが、実際のところは単なる足止めでしかなう。 空から降り注ぐ雷がスライムを打ち据え、不定形の体を構成する瘴気を効率的に痛めつけ、分解していく。 アナスは機体の中で気を引き締め直し、スライムが街を壊さないよう完全に滅ぶまで盾でもって足止めするのであった。 ●農地の現状 空中からあっさりとスライムを仕留めた後、生は鷲獅鳥の司と共に上空からの監督を再開した。 新しく出来た農業区画では、生が昨日建てた石壁の影で、農業技術者達が土に顔をつけるようにして状態を調べている。 土の中に精霊がいるのか、あるいは未知の小さな生き物がいるのかどうかは農業技術者にも開拓者にも分からない。だが、土は綿密に手入れしない限りまともな収穫が見込めないというのは、動かしようのない現実なのだ。 上空から見ると、ナーマの中心が水源であることがよく分かる。 水源から流れ出した水が一旦湖に貯められ、そこから街の各所に流され生活と農業を成り立たせている。 現在、水源では鳳珠が調査を行っているはずだった。 ここ数日の作業で水源の再整備は進んだものの、今の所めぼしい成果はないらしい。 水源である小さな池の底、細かな砂が敷き詰められた底を掘れば調査が一気に進むかもしれないけども、万一水の流れを阻害あるいはその逆をしてしまった場合、最終的に水そのものが出なくなる可能性すらある。ナーマに来た開拓者の8割以上が強く推せばアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)もうなずくかもしれないが、2、3人が提案した程度では冗談だと思われてしまうだろう。 水が止まれば、アヤカシも域外勢力も関係無くナーマは滅ぶのだから。 ●火縄銃と宝珠銃の狭間で 取得、維持、使用に必要な諸経費一覧と共に差し出される多種多様な銃の確認を始めて、既に3日が経過した。 最後の1つの確認を終えて作業机の上に戻すと同時に、篠崎早矢(ic0072)の肩が嫌な音を立てる。 連日連夜の慣れない作業で負荷がかかり過ぎたのかもしれない。 「いかがでしょう」 穏やかで感じの良い商人が選択を求めてくる。 ここは城塞都市ナーマの宮殿。中規模以下の式典にも使用可能な会議室が、天儀、ジルベリア、アル=カマル各地から運び込まれた銃器の見本市と化していた。 並みの商人なら無意識のうちに操られるであろう大商人の圧迫に一切影響されず、篠崎早矢は目立たない場所に置かれている無骨な銃を指さす。 「この御時世に火縄式ですか? 百丁単位の取引でしたら火打石式や宝珠式でも値引きできますが」 己の利益ではなく客の利益を考えての発言にしか聞こえない誘導にも、早矢は引っかからない。 無言で視線を横に向けると、昼間の都市外警備、極まれに防衛戦の疲れをとるために寝転がっていた霊騎がのんびりした動きで立ち上がる。 そして、主が示した火縄銃とその予備パーツをくわえ、主に渡してからまた寝転がり、器用に鼻提灯を膨らませつつ眠りに落ちた。 「頑丈さと数がなければカタログスペックが良くても役に立たないでしょう?」 早矢は笑顔で、商人にとっては最も利益が少ない実戦証明済み火縄銃を選択した。 「参りました」 現役時代のナーマ・スレイダン級の格を持つ商人はからりと笑い、次回は部隊運用可能な数を揃えることを約束してナーマを発つ。 珍しい大型の商用飛行船を見送ってから、早矢は兵制変更の見積もりをさせるため、ナーマの行政部門に向かうのだった。 ●水練 鮮やかな赤が水中に広がると、将門(ib1770)は自身の上着を脱ぎ捨て、ほとんど音を立てずに貯水湖に飛び込んだ。 十数秒後、相棒を片手で抱えたまま水面に顔を出し、仲間の手を借りずに単独で岸へ押し上げる。 「申し訳、ありません」 顔を上げるための体力すら残っていないらしく、焔が息も絶え絶えな有様で謝罪しようとした。 「謝る必要はない。演習中は可能な限り失敗して己の限界と失敗からの回復手段を学ぶべきだ」 事実を述べることで相棒を慰めながら、将門は演習のため取り付けられた覆いを確認する。 水面付近では多少暗い程度で済むとはいえ、人工湖の底では精神に凄まじい重圧がかかる暗さになるはずだった。 それからさらに十数分後、重りを持って演習を進めていたからくりが水面に戻ってくる。 蛍火の耳飾りを主人であるアレーナ・オレアリス(ib0405)に返し、慌ただしく湖から上がって焚き火に向かう。 が、覆いの下から出たところで小さくうめき、両目を手のひらで覆いうずくまる。 「ロスヴァイセ」 アレーナが駆け寄り、覆いの下に戻してから診察する。 どうやら暗所に慣れた目が過敏になっていただけのようで、視力は徐々に回復しているようだった。 「現場ではアヤカシが襲ってくる可能性もありますね」 「ああ。想像以上の難事になるかもしれぬな」 開拓者2人はからくりに静養を命じてから、水中活動に備えた装備の選定と戦術の練り直しを進めていった。 ●閉山 飛空船がゆっくりとナーマへ向かっていく。 船倉には鉱山用の大型機材が詰め込まれている。機関手を務めるヤリーロの技術が無ければ、途中で不時着していたかもしれない。 鉱山が再開されるのがいつになるのか、誰も予測は立てられなかった。 ●再度鉱山へ 魔を祓う曲を歌い終え忘我の境地から回復したエラト(ib5623)を待っていたのは、数時間前と全く変わらない薄暗い洞窟だった。 戦闘の痕跡もなく、からくりの庚は相変わらず松明を持って周囲を照らしている。 そして、瘴気の濃度に目立った変化がない。 「玲璃さん、これは」 五感を研ぎ澄ませつつ仲間にたずねると、巫女として深い知識と高い実力を持つ玲璃(ia1114)が、深刻な表情のまま無言で首を左右に振る。 吟遊詩人の絶技により、確かに瘴気は祓われた。 ただし、祓われた後に新たな瘴気がどこからか流れ込んでいるのだ。 「前回ほどではありませんが、何かが壊れる音も響いてきました。それと」 結界を展開してアヤカシの襲撃と発生を警戒しつつ、静かに話を続ける。 「水の気配があります。奥の調査を進める前にエラトさんの耳で調べてもらえませんか」 エラトは周囲の警戒を玲璃と庚に任せ、聴覚に全てを集中する。 開拓者の呼吸音や、かすかではあるが動き続ける空気の音の中から慎重に情報をすくい上げていく。 気の遠くなるほどこの世に有り続ける岩や土ではなく、人間が入り込んだため動き始めた空気でもなく、その中間というべき何かの音を、吟遊詩人の耳が正確に選り分けていく。 「少量の湧き水」 これまでとは別の種類の緊張が、地下の空気を張り詰めさせる。 「演習が役立つのは次回以降だと思っていたが」 将門は相棒と共に、地上で待機中の飛空船へ向かう。 船倉の中には、あくまで念のために積み込まれていた、水中活動のための各種物資があるはずだった。 ●闇の底 地下に持ち込んだアーマーを使い、玲璃とアレーナがバリケードと瓦礫を取り除く。 すると、これまでとは全く異なる空気が開拓者達の鼻孔をくすぐった。 アヤカシの反応がないことを確認してから、玲璃が自分の鼻に軽く手を当てて考え込む。 「水ですね。以前ナーマで湧いていたものとほとんど変わりがありません」 ナーマでわき出る水の質はかつてより低下している。 現時点では農業にも使えるし煮沸等しなくても飲用可能ではあるが、このまま悪化が進むとどうなるか分からない。 慎重に慎重を重ねて進んでいくと、松明の光が大きく揺れた。 「申し訳ありません。温度に驚いてしまいました」 湿った床から1歩後退し、庚が頭を下げて謝罪する。 その後も調査は安全重視で進められ、かつて亀裂が生じた場所にたどり着くのに、休憩を挟んで丸一日かかってしまった。 「鍾乳洞…ではないようですが」 元亀裂、現新たな洞窟入り口は小部屋程度の空間に繋がっていた。 隅には小さな穴が開いていて、そこから薄く広がった水が床と空気の温度を最低でも数度は下げている。 「マスター」 ロスヴァイセは自発的に命綱を身につけ、その端を主に渡す。 小さな穴は、からくりが軽装備で通れる程度には大きかった。 「危険を感じたらためらわずに合図をしなさい」 主の言葉にうなずいてから、からくりは緩やかな水の流れの中に顔を突っ込む。 人間では危険に過ぎる行動かもしれないが、生存に酸素を必要としないからくりにとっては許容できる範囲の危険でしかない、はずだった。 耳飾りがもたらすかすかな灯りを頼りに、穴の向こう側の様子を探っていく。 案外広いようで、後ろで足を押さえてくれている焔と並んで活動することも可能なように見える。 水質は、おそらく問題なし。向きからしてこの水がナーマまで流れている可能性がある。 視線の向きを変えるために、ロスヴァイセがほんの少しだけ体をひねった瞬間、左手の痛覚が一瞬で上限を振りきり途絶する。 気づいたときには、半壊状態の左手が一際早い水の流れに巻き込まれ、さらに彼女自身も闇の奥底へ流されようとしていた。 徐々に薄れている視界に、入り口ではない水面が映った気がした。 ●自然の水路 ロスヴァイセごと腰のあたりまで穴に入ってしまった焔を、将門が背後から抱きしめて思い切り後ろに引っ張る。 玲璃や庚は命綱を己の体に巻き付け、開拓者と一緒になってなんとか安全地帯まで引っ張り上げようとしていた。 「アヤカシの反応があります!」 普段の冷静な態度をかなぐり捨て、玲璃が警告を発する。 「様態はっ」 治癒術を使っていたエラトが大声でたずねると、ようやく水の中から頭を出すことに成功した焔が報告する。 「意識はありませんが状態は安定しています」 彼女の腕には、弱々しくはあるがしぶとく稼働中の同属の感触が伝わって来ていた。 「3、2、1、今!」 アレーナのかけ声と共に一斉に命綱を引っ張ると、意識を失い人形のようになったロスヴァイセが水の中から引き出される。 その数秒後、寸前までロスヴァイセがいた水中を、大口を開けた大魚が通過した。 「反応は?」 「結界の範囲外です」 玲璃が悔しげに索敵結果を口にする。 開拓者達は自身に気合いを入れ直し、ロスヴァイセが意識を取り戻した後はアーマーが通れる範囲の瓦礫除去と通路拡張を行い、水路へ通じる部屋を厳重に封鎖してから帰路についたのだった。 |