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■オープニング本文 ●ナーマに対する者達 「我等の土地に空飛ぶ船を使う賊が入り込んでいる。賊の首を落とすのは我等の権利であり義務でもあるから我等の手で討ち果たすつもりだ。しかし賊の動きは速く、捕まえるのに時間がかかるかもしれん。万一賊があんた等の領地に逃げ込んだらそっちで始末しても文句は付けねぇよ」 ナーマ連合の西隣勢力の長は口述筆記させていた。 「アヤカシはいても賊はいませんが」 腕の立つ戦士が心底不思議そうにたずねてくる。 感情的には船を使う開拓者を賊呼ばわりしたい。けれどナーマに開戦理由を与えることになるのではないか。 戦士はそう思っているようだった。 「直接交戦はないが既に攻められているさ。奴らには反抗的な部族に圧力をかける理由になってもらう」 自弁での戦力供出か戦費の負担を強硬に求めるつもりだ。 万一応じたらこちらの負担軽減になるし、ナーマに助けを求めるなら庇護の対象から外すことができる。 「お荷物はこっちから捨てたいくらいだが、親戚連中がナーマ…今はナーマ連合か。とにかくあっちについたら拙い。お前、お前の嫁の実家に水持って挨拶に行ってこい」 「承知しました」 戦士は素直に頭を下げ、ナーマからの誘いで迷い出した親戚のもとへ向かうのだった。 ●ナーマ 西の遊牧民発、域外大勢力経由で届いた便りを確認したナーマ領主は、執務机の上に大量に積み重なった書状の上にさらに積み重ねる。 西の零細部族からの助けを求める書状。 西の首長部族と繋がりながらナーマからも援助を引き出そうとする西の部族からの書状。 随分と前から経済的な繋がりがあり現状を追認する形でナーマ連合入りした零細部族が、西から来た難民を一時保護したことを知らせる書状。 悩みすぎて髪が抜けたり体調を崩す官僚が多々いるが、領主はその理由を推測はできても理解できていない。 「西から外へ抜ける通商路が確保できれば後はどうでも…」 別に望んでいるわけではないが、西が壊滅しても気にならない。 「アマル様! 天儀のおっきな商家からチャーター便が、目覚めてない子がいっぱいっ」 側付きが執務室へ駆け込んでくる。 未起動からくり数十体が送りつけられてきたことを知らされるまで、少しだけ時間がかかった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 傘下部族の一部(熟練工)が定住しました。移民の受け容れ余地大 環境:微 水豊富。空間に空き有。水質が徐々に向上中 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン数名とからくり11人が城壁内に常駐。防衛戦闘では全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度再開後閉鎖。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中 評判:良 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:良 宝珠売却+、鉄鉱石売却+++、定期収入++、都市維持費−− 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他4名。事務員有 教育中 医者1名。医者候補4名、官僚見習い23名 情報機関 情報機関協力員約20名 警備隊 百名強。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼官僚見習兼見習軍人。1人が外交官の任についています 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた280名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補110名 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高め。観光客(留学生候補を含む)多数 ●軍備 非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟 ●城壁内施設一覧 宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。朋友用厩舎有 城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有 住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有 資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中 水源 石造りの社が破損。地上から、トンネル、ホール(防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(空気穴有)、トンネル、ホール(宝珠有、酸素薄)に続いています 貯水湖 超大規模 農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増 上下水道 宮殿前区画(保育施設、緊急時用浴場、牧草貯蔵庫建設有 飛空船離発着施設 ●城壁外施設一覧 牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有 道。砂漠の入り口から街まで整備されています。非志体持ちが通行する際には護衛の同行が推奨されています 鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシ発生の可能性有 ●現在交渉可能勢力 西隣弱小遊牧民 治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下 西隣地域零細部族群 全て足しても西隣弱小遊牧民の半分程度の勢力です 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。ナーマに貸し1 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有 その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力に取り込まれつつあり、西はナーマに靡いています 定住民連合勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●保留中計画 領主一族一般公募 ●進行中計画 域外古参勢力から留学生受入 受入準備中 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●征西 ナーマ連合の西に勢力を持つ遊牧民。 その哨戒班とライ・ネック(ib5781)は互いを同時に認識した。 前者はジンではなくライは経験を積んだ開拓者。 地の利は前者にあるとはいえ能力的には圧倒的にライが上だ。 「大きさが違いすぎますからね」 ライは飛空船に乗っている。 小柄な駱駝に乗っている哨戒班とは見つけやすさが根本的に異なっていた。 ライは船を停止させる。 おそらく、この場が後詰めに最適な位置になる。 船員に後を任せてから、ライは気心の知れた駿龍と共に遊牧民の宿営地に向かった。 ●上空 「弓の用意くらいしてますよね」 機嫌良く空を飛ぶ火龍の背中で、カンタータ(ia0489)は地表の動きをじっと見つめていた。 ライが遭遇したのとは別の索敵班を置き去りにして敵本拠まで到達はできたが、既に敵は戦闘準備を完了していた。 手には弓、腰には曲刀、傍らには4足の相棒。 さすがに胸甲を身につける余裕はなかったが、これなら戦いにならないという恥ずかしい展開だけはあり得ないはずだった。 「まあ、それも想定の範囲内なんですけど」 軽く足を込めると、カノーネがキュー♪ と鳴いて翼を畳む。 中空から一気に地面の間近まで高度を下げる。 予想通りに弓による一斉射撃で出迎えられ、しかし矢の雨はカンタータ主従を追い切れずに何もない空を虚しく行きすぎる。 「ふむ」 ライから敵の情報は聞いている。 が、相手の装備が統一されすぎていて…というより全員古ぼけた装備で身を固めているので誰が指揮官か分からない。 淡い金色に輝く翼が広げられ、業火が敢えて天幕を外して地面を焼く。 近くに集められていた家畜が炎に怯えて暴れ始め、宿営地全体の秩序が急激に失われつつあった。 ●抵抗 飛空船から飛び立った2体の鷲獅鳥が、左右から宿営地に迫る。 朽葉・生は突撃中の鷲獅鳥の背で高度な術の準備を完成し、罔象は魔槍砲による爆発で薙ぎ払うために一気に距離を詰めていく。 迎撃のため打ち上げられる矢の数は少なく、勢いも弱い。 けれど2人の相棒達は、2人が予想していたよりも性急に避けようとして2人が攻撃するタイミングを奪ってしまう。 「なんだ? 連携が…」 「いいから撃ち続けろ。近寄られたら終わりだぞ!」 遊牧民達は攻撃の手を緩めない。 志体持ちの数は少ないが、アヤカシとの抗戦経験が豊富な遊牧民達は巧みに進退と射撃を繰り返していく。 甲龍に乗ったメグレズ・ファウンテンに迫られた箇所はほとんど抵抗もできずに下がり続けてはいるが、数は遊牧民側の方が多いので今の所全面的な崩壊には至っていない。 戦力的には開拓者側が圧倒的に有利ではあるが、このままでは長期戦になるかもしれなかった。 「長引かせたくないようだったからな」 久々に直接顔をあわせたからくりの様子を思い出しながら、ルオウ(ia2445)は飛空船の舷側から滑空艇を押しだし、操縦桿を掴んで自らも乗り込む。 「行こうぜぇ! ドンナーーー!」 漆黒の機体が、一瞬ではあるが飛空船に近い出力を出して加速する。 目指すのは、長時間の戦いで見えてきた遊牧民の中枢。 濁声で部族を叱咤する西の地の支配者だ。 「長を守れ! 速度が速くても動きが直線だ。当てられる!」 判断の的確さに感心しながら、ルオウはドンナーの宝珠に少しだけ負荷をかける。 陽光を強烈に反射していた漆黒の機体が薄い煙に覆われ、射撃の難度を一気に引き上げる。 部族民5人による矢による弾幕は、ルオウの影に触れることすらできない。 そして、黒い機体は地面に衝突する寸前で速度を殺し、柔らかな地面に軽くめり込んで停止する。 破壊するには絶好の機会。 しかし乗り手のルオウは既に地面に降り、ただひたすた切れ味を追求した刃を抜いて高く掲げていた。 「あんたが親玉だろ?」 見た目は冴えない中年に、手加減抜きの剣気を向ける。 状況次第では中級アヤカシの戦意を切り裂ける刃は、直接向けられた訳ではない護衛達に絶望的な戦力差を悟らせる。 「正々堂々と一騎打ちしようぜ。その度胸があんなら、だけどな」 「はっ。ここまで追い込まれて逃げたらただの臆病者じゃねぇか」 長は部下を下がらせ、長年使ってきた曲刀を手にする。 「行くぜ小僧」 「来いよおっさん!」 実戦で磨き抜かれた刃が、ルオウの喉に向かって高速で振られる。 1つの部族を背負い続けた男の刃は、重く、鋭かった。 だが足りない。 部族長と開拓者。 心の刃は互角でも、実戦経験の数と密度では差が有りすぎる。 「この年になって…剣士として晴れ舞台に立てるたぁ思わなかったぜ」 長はからりと楽しげに笑い、口から大量の鮮血を吐いて倒れ伏す。 憮然とした表情でルオウが降伏を勧告すると、遊牧民はそれまでの激烈な抵抗が嘘のように武器を捨て、抵抗を止めた。 ●捕縛 「急げ! 今ならまだ間に合っ」 首長部族の元へ急行していた小部族の長の耳に、この非常時にあっても魅力的に響く歌声が届いた。 「な…」 上を見上げると鷲獅鳥の腹が見えた。 そこで、彼の意識は完全に途絶える。 「この人ですか?」 戦場で興奮する鷲獅鳥を宥めながらエラト(ib5623)が地上に降り立ったときには、既にライが捕縛作業を終えていた。 ライが羽織っているのはぼろ布に近い作業着だ。 その下には強力かつ有用なシノビ用装備がある、のではあるが、基本的に天儀での使用を想定された装備なのでライの手による工夫の方が効率が良かった。 乾いたアル=カマルの僻地と天儀では気候が大きく違うのだ。 「はい」 荒縄による固定を確認してから、ライは後方の上空に合図を送って飛空船を呼び寄せる。 この数時間後に、無道非道な賊と結びつき災厄をもたらした罪人として、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)の名の下に刑が執行される。 場所の選択、見届け人の人選、その他あらゆる要素に瑕疵は無く、この地がナーマの支配下に入ったことを誰の目にもはっきりと示したのだった。 ●降伏 「選択肢は2つある」 血と腸の中身の臭いが漂う刑場で、将門(ib1770)は普段と全く変わらない表情で淡々と話を進めていく。 「1つはナーマ連合に組み込まれること。この場合は部族の長の座からは退いてもらう」 長は、この地では想像もできなかった治療を施してくれた嶽御前に一言礼を言ってから、眉を微かに動かした。 「もう1つはそれを拒否すること。これを選ぶなら後は知らん。勝手にしろ」 刑場に招かれた元傘下の部族から、遊牧民の長に対し敵意と軽蔑の視線が向けられている。 「ふざけるなぁっ! 賊との繋がりを捏造し我等の族長をっ」 縄をかけられたままの若者が立ち上がりかけ、しかしアルバルク(ib6635)に背後から肩を押さえられて動きを封じられる。 「我々は確信し、王宮は黙認している他に何か必要か」 不穏な気配に触れて苛立つ黒い走龍を抑えながら、将門は深刻な顔で悩む長を観察する。 「うぬぬぬ」 元傘下から向けられる悪意に気づいているのに気にもしていない。 今悩んでいるのは、おそらく。 「ナーマの下につけということだ」 「お、おう」 将門に囁かれた長は、目に一瞬だけ感謝を浮かべてから重々しい表情を意図して浮かべる。 どうやら将門の想像通り、こちらが何を言っているのか理解できていなかったようだ。 「俺等は敗者だ。滅べというなら滅ぶまで抵抗する。そうでないなら従うさ」 元傘下から投げつけられる罵声を無視…はしないが鼻で笑い、自部族の古老を呼んで族長の証を差し出す。 「アヤカシとの戦いで部族の武威を取り戻したくはないか」 「新族長に言ってく…言ってくだせ…さい」 元長は証を返上した後、慣れない言葉遣いで将門の誘いを断る。 死ぬまで目にすることもできないはずだった超常の使い手と刃を交えることで戦士としての満足を得、長として地域の安定に尽くすことで責任を果たした彼は、残る時間と命を自身の家族と友人達に捧げるつもりだった。 西の首長部族がナーマに下った後、西の諸部族はこぞってナーマに対する協力を誓う。 西の諸部族のまとめ役として自身を売り込む者は多数いたが、将門の目に適う者は1人もおらず、明らかに不的確な者ばかりだった 将門は言質を与えずこの場をアルバルクに任せ、一度アマルと協議するためにナーマに戻っていった。 ●誘惑 地平線に見える城壁を目指して進んでいくと、西方の草も疎らな土地とは全く違う、緑豊かな牧草地が見えてくる。 城門に近づくと乾いた空気が急速に柔らかくなり、肥えた土の匂いとパンを焼く香りが漂ってくる。 門番に非武装であることを確認されてから中に入ると、青々とした麦畑に否応なく目が引きつけられる。 西の農業の常識では密集し過ぎなのに問題が起こっている様子はなく、穂も大きい。 このまま育てばどれだけの収穫が得られるかを考えると、羨望とそれ以外の何かが混じった感情が腹の中で蠢きはじめる。 「ここです」 言葉は丁寧でも一切隙を見せず無駄口ひとつ叩かない警備員が、大通りにある立派な石造りの建物を示す。 おそるおそる中に入ると、そこには料理で満たされた大鍋が複数用意されていた。 保存用の干し芋と干し飯を戻して調味料で味を調えただけの料理。 ナーマの民にとっては、珍しい料理であるが月に1度は食べられる料理でしかない。 しかし貧しい地域で長く暮らし、今は難民となった者達にとっては、生まれて初めて見るご馳走だった。 「皆様は戻る故郷がある身です。今までの縁を捨てここを故郷とする…。ナーマの住民となる選択は皆様が故郷に戻る道を閉ざすものでお勧めできません。皆様が再び故郷に戻りかつての生活を送れる様尽力しますので何卒」 玲璃(ia1114)の言葉を遮り、難民達が口々に叫ぶ。 「この街に住ませてくださいっ」 「お願いします。せめて娘だけでもっ」 「おい止めろ、止めんか!」 長老格が制止しようとする。けれど制止の声に力がない。 彼だって、出来ることならここに住みたい。 だから、ナーマから帰還を望まれていることが分かっていても、身内を強く制止できなかった。 ●不穏 「そのまま下ろしてください! ああっと畑の中に踏み込まないで!」 無茶を通り越して正気を疑う水準の要求に、アナス・ディアズイ(ib5668)は完璧な仕事でこたえた。 その結果ナーマ都市住民からの評価と期待がさらに高まってしまった気がするが、今は気にしている余裕はない。 アナスは人狼型アーマー轍の練力を効率良く使い切って作業を終わらせた後、ナーマに陳情に訪れた西方諸部族の長達のもとへ向かった。 「私達は皆様の集落を支配する意図はございません。今起こっている問題が解決後の西の治安維持はできる限り皆様自身に委ねたく存じます。皆様自身が今後強くなれる様手助けするため、徴集と訓練の受入をお願いします」 一瞬、奇妙な沈黙が会議室を支配した。 長達が愛想良く賛同して沈黙はすぐに消えたが、アナスは不穏なものを感じ取っていた。 「稼ぎ頭を出すのは苦しいですが、ナーマのためであれば」 各部族が提示する数は、かつての西の主導部族が苦心して維持してきた兵の数より少なかった。 アナスが粘り強く勧めてから数を増やした部族もいたが、後に訓練のためその部族からナーマに差し向けられた男達は、他の部族に比べて明らかに体格的に貧弱で気も利かなかった。おそらく、いや間違いなく出し惜しみをしているのだろう。 アナスが提供した甘味や酒は瞬く間に無くなった。 気を利かせた城勤めのからくりが、何度か料理と酒を運ぶ必要があった。 ●占領 「隊長! 終わりやしたぜ」 志体持ちではあるが戦傷で戦えなった男が、60名からなる男達と共に敬礼する。 「うーっす。隊長はお前だから忘れるなよー」 ひらひらと手を振って了承の意を伝える。 「はっ」 アルバルクに西方駐留部隊指揮官に抜擢された男は、速度は遅いが鋭さを感じさせる動きで敬礼を止め、振り返る。 「よしテメェ等! 2班と3班は野営準備! ガキ共を驚かせたら大城壁で吊してやるから覚悟しやがれ。1班は不寝番に備えて寝ろ。ご婦人方が魅力的なのは分かるが手ェ出すんじゃねぇぞ。では解散!」 体力に優れ火器に慣れたナーマ民兵が50名。 中央の部族出身者や文化が大きく異なる他儀出身者の扱いにも慣れている警備員が10名。 万一に備えて対アヤカシ部隊からジンを2名。 もとよりアルバルクに強い恩を感じ、さらに大きな兵力の指揮権を与えられた元熟練戦士は発憤し、他部門の協力を仰いだ情報収集、駐留先との綿密な意思疎通と協力体制の構築を短時間で成し遂げ、今も精力的に部隊の指揮を行っている。 経験豊富で忠誠心の篤い男に十分な戦力と指揮権を与えた時点で、少なくとも治安維持に関しては成功が確定していた。 「本気で覇権でも狙ってくかい…」 警護ついでに遊牧民の子供達と戯れる羽妖精を横目で見ながらアルバルクが一服する。 あの娘は領土欲に燃えるタイプではない。しかし単に必要であるという理由でやらかしかねない危険人物でもある。 「どこまで行くのかねえ」 雲が、ゆっくりと西へ動いていた。 ●安寧 駐留部隊が元首長部族と行動を共にし始めたことで、他の諸部族の動きに変化が現れていた。 何故昨日までの敵を優遇するのか。 ナーマの下で対等だったはずでは。 我が部族にも保護を。 一日数度の要求を全て邪魔と切り捨てることもできず、駐留部隊長は占領統治のあれこれを片付けるために滞在していたエラトに対応を丸投げした。 「理由を聞かせて欲しいのですが」 丁寧に対応して追い返したエラトの、いつも通りに麗しい声は熟練の男を心底怯えさせた。 「そいつはですね」 冷や汗を流しつつ説明していく。 単純に、他の部族では戦力が足りない。 まとまった戦力を動かすノウハウがナーマを除けばこの部族にしかなく、駐留部隊も単独で治安維持できるだけの力がない。 「こっちに来て初めて気づけたんですが…」 民兵だけでなくナーマのジンも城壁を前提とした戦いしか経験していないため、草原…つまりは平原での戦いに弱いのだ。今は哨戒を元首長部族に担当してもらうことで、なんとかアヤカシの排除と他部族との連絡網を維持しているらしい。 「長! あの方は…」 「もう長じゃねぇよ」 エラトの鋭敏な耳が遠くの音を拾い上げる。 「それにな、奴は奴の戦で死んだんだ。部族のために面子を守る必要があるならともかく、腹が立つと理由だけで恨みを育てるんじゃねぇ。俺等には人間同士争う余裕はないんだからよ」 今の所、元首長部族の反乱は気にしないで済むらしい。 ●砲撃 今月5度目の精霊砲砲撃訓練は、標的の周囲にクレーターを作った時点で終了することになった。 「素晴らしい威力でしょう!」 強靱な意志力で空気を読まずに、天儀から来た大商家の営業が営業スマイルを浮かべて売り込みを継続する。 「そうですね」 工事のための火竜の手配を済ませてから、ジークリンデ(ib0258)が営業に向き直る。 「実績のある砲をリストアップしてください」 「わ、割引もききますので是非新型をご検討くださいっ」 アル=カマル砂漠地帯の暑さに慣れていない営業は、朦朧とした意識で自ら弱みを見せてしまう。 ジークリンデはわざと営業を無視して、からくり達のもとへ向かう。 各組の観測員役と砲術手役にそれぞれ先程の演習結果について報告させ、前回との変化や別の組との違いについて議論させていく。 議論内容が迷走したときだけ口を挟み、議論を建設的な方向へ誘導する。 じっくり考えさせた後は6度目の演習だ。 天儀商家が持ち込んだ各種精霊砲は有効に使用され、アマルの側付き達に貴重な経験を積ませることになる。 「営業さん営業さん」 謡うような独特の抑揚で、カンタータが茫然自失中の営業を呼びかける。 「燃料売ってません?」 製鉄業立ち上げについてナーマ内で宮殿奥から現場まで情報収集したところ、燃料がなければどうにもならないという事実と、アル=カマルで調達するためには大量の食料を輸出する必要があるという以前の調査と交渉結果が判明した。 だから他の儀の商家に話を持ちかけた訳だが…。 「薪を天儀で引き渡して良いなら十分な量をご用意できます!」 見事な営業スマイルであった。 「輸送費が高くなりすぎるってことですねー」 ナーマで予算を獲得するか、大胆で実用的な発想を用いるか。少なくとも今のままでは難しい。 ●対東 精霊砲の発射音と砂が吹き飛ばされる爆音に支配された演習場で、ジークリンデは外交官役のからくりの報告を受けていた。 「アヤカシの練度が向上。被害は横ばい。…東の戦力は?」 「装備の更新が進んでるけど慣れない装備で一時的に低下って雰囲気です。偽情報混ぜられてる可能性ありますけど」 共通の敵を持つとはいえ、同盟関係にも友好関係にもない相手に詳細な情報を流そうとする組織は存在しない。 「アヤカシの戦力配置が分からないのは厳しいですね」 ジークリンデは東との接触継続を指示してから、実戦に通用する訓練にするため細かく口出ししていくのだった。 ●威厳 人狼を使った工事を済ませて格納庫を目指していると、保育施設の前に人だかりが出来ていることに気づいた。 今日の領主の予定を思い出し、アレーナ・オレアリス(ib0405)は期待の中で柳眉を動かす。 「違法な陳情?」 ナーマの住人も含まれてはいるが、難民や都市外の人間も含まれている。 入り口を守っていて警備員が押し切られかけ、腰の銃に手が伸びたとき、急に群衆の動きが止まった。 そして、何か恐れるように入り口から距離をとり、一部は真っ青な顔で背を向け逃げ出していく。 入り口から出てきたのはアマルだった。 顔に浮かぶのは仕事用の淡い笑み。 しかし瞳には先代を思わせる苛烈な光があり、指一つ動かさず、一言すら発せずに多くの人間を屈服させていた。 ●泣言 「あかちゃんにきらわれた」 一日の執務を終えて寝室に入ると、アマルの瞳からあっという間に光が消えて辛気くさい小声でぶつぶつつぶやき始めた。 巻き込まれることを嫌ったもふらさまが寝台から自ら転がり落ちて部屋から出ていく。 「今日は休みなさい」 アマルを適温の寝台に寝かしつけてから、自分も寝台に入って距離を詰める。 「けいびたいせいみなおすもん。あかちゃん、わらってくれない…」 反抗期らしい意地を張る気力もないようで、愛情を向けてくれるアレーナに縋って暗い声でつぶやき続ける。 あの後、赤ん坊達に怯えられ泣かれたことが堪えているようだ。 「本当に悪いことをしたと思ったのならば、素直な気持ちになっていいのよ」 頭を撫でながら囁いてやると、アマルは安堵のか細い息を吐きながら、おそるおそるアレーナの胸に顔を埋めるのだった。 翌日。 はしゃぐ赤ん坊に顔をぺちぺちされて嬉しそうなからくりがいたらしい。 |