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■オープニング本文 ●戦の気配 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。 「魔の森が活発化しているとはまことか」 「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」 「ふむ……」 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。 「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。 「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」 ●下っ端の朝 中戸採蔵(iz0233)の朝は遅い。 主人が派手に遊ぶ質なので、それに付き合い夜遅くまで騒ぐ者が多く、必然的に周囲とのトラブルも主に夜に発生する。 主人が気に入るような人物ならトラブルを丸くおさめるなりトラブルそのものを吹き飛ばしたりできるのだが、主人の力やスタイルに惹かれて集まった下っ端はそうはいかない。 採蔵がもみ消したり謝ったり誠心誠意武力を背景に説得したり、アクロバティックな土下座を敢行したりして大事に至る前に解決することになる。 一度トラブルが起きると解決する頃には朝日が昇っていることも多く、飯も食わずに昼間で泥のように眠ることになる。 その日も朝方に寝床に潜り込んだ採蔵は、怒声に近い声で強制的に覚醒させられていた。 「お客さん起きてください! 立派なお侍様が来られてますよ! おい起きろこの野郎。上に目をつけられたら宿なんてやってけねぇんだよ!」 安宿の亭主がわずかに発した殺気に反応し、採蔵の意識がようやくはっきりする。 「どこのどなたか分かりますかね?」 枕の下に隠していた銃を腰に戻し、皺が寄らないよう畳んでいた外出着に袖を通しながらたずねると、亭主は荒々しく鼻を鳴らした。 「目立たない格好のくせにあんたのそれより良い生地使ってたよ」 着替えを終え顔を布巾で拭いた採蔵は、嘆息して己の顔をぴしゃりと叩く。 間違いなく特級の厄介ごとだった。 ●交渉 「左様。非常に助かっております。ただ、なんというべきですかな。実力に比例して熱意を高く、既に戦力の手当がついている場所に来られるが…」 戦力的には助かっているがひっかきまわされて迷惑を被っている。 抗議もしないし賠償も求めないが、何らかの形で誠意を見せてもらえないとこちらにも考えがあるぞ。 非常に婉曲的な表現で、北面に属する武士が非常に真っ当かつ妥当な要求を行っていた。 「ははっ。委細承知いたしました」 主人から預かっている金の残りを計算し、採蔵は額に脂汗を浮かべていた。 ●避難誘導 アヤカシの襲撃に備え、魔の森近くにある集落から人を避難させることが決定された。 避難させるべき対象が多く、1つ1つの集落が小さな場所は特に手が足りていない。 そんな場所の避難誘導の依頼が、開拓者ギルドを通じて出されるのだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
嵐山 虎彦(ib0213)
34歳・男・サ
黒鷹(ib0243)
28歳・男・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
白銀狐(ib4196)
14歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●消えるむらむら 「魔の森に近い集落まで行って避難させくるので、それまで避難準備をしておいてください」 焔龍牙(ia0904)は村長の家を訪れ、言葉を投げかけるとそのまま相手の返事を待たずに立ち去る。 「ちょっと、どういうことです?」 村長は慌てて問い詰めようとするが、開拓者達は足早に、それこそ常人なら全力疾走に近い速度で村を離れつつある。 開拓者が村を離れる直前に火を付けたと思われる狼煙が、白い一条の筋を空に刻んでいた。 領主の印が入った書状を見せられた以上、開拓者を賊やアヤカシと誤認することはない。 しかしいきなりアヤカシの襲撃予測を告げられ避難を命じられても、村長は即座に決断することが出来なかった。 「家財を置き棄てることになるのに」 命は大事だ。 しかし糧を得る手段や財産が無くなれば、命を保つことが極めて難しくなる。 既に小さくなった開拓者達の背中を見ながら、村長は苦悶の表情を浮かべるのだった。 ●追いすがるものたち 「坊主共! 自分より小さなガキをしっかり守るんだぞ。ほら、走れ!」 嵐山虎彦(ib0213)は、広くて分厚い手でそっと子供達の背を押してやってから、くるりと振り返り魔の森の方向から迫ってくるアヤカシの群を見据えた。 「数は見えてる分だけか?」 直前までの陽気で豪快な口調ではなく、冷静に彼我の戦力を量る戦人の口調で問いかける。 「伏兵は見えず、聞こえず、気配もせず。短時間であれば迎撃に専念しても大丈夫でさ」 風鬼(ia5399)は、他人事について述べるような声で返事をする。 「黒の狼煙は左右に2本ずつだな。ここだけ当たりか?」 遠くに見える4条の黒い狼煙を確認し、黒鷹(ib0243)は軽くあごをこする。 平坦な地形であるため、アヤカシの接近に遠くから気づけたのはよかったのだが、気づいてしまった避難民が恐怖と焦りで動きを鈍らせてしまい、予定より避難が遅れていた。 「さて」 長く伸びた避難民の隊伍に一瞬だけ目をやってから、風鬼は大型の戦斧を音も無く肩に担ぐ。 「ここでやることは決まっている。確か白黒でない色の方が良いんだな?」 虎彦が確認すると黒鷹が軽くうなずく。 「ああ。狼煙じゃなくても通じるだろ」 無骨な手に握られた銃から赤の照明弾が打ち出される。虎彦は使用済みの銃を放り投げ、片手で保持していた長槍を両手で構えて見得を切る。 「かかって来な、鬼共。この鬼法師が相手だ!」 その声には咆哮の効果が込められており、鬼に率いられた小鬼部隊の大部分が虎彦に引きつけられる。 「私は右から片づけますわ」 一見生気の感じられない動きで、しかし速度だけは凄まじく、風鬼は大きく回り込むようにして小鬼部隊に攻撃を仕掛けていく。 全く足を止めずに斧を振り回すと、その度に小鬼の首が、あるい胸から上が切断されて宙に舞い、地面に落下するより早く瘴気に戻ってかき消えていく。 残ったアヤカシ達は、風鬼に意識を向けていない。 そのほとんどが咆哮の効果に捕らわれているというのも原因の一つだが、避難民を守る壁である虎彦を倒せば無力な人間を好きに殺せることに気付いていることも大きな原因だ。 「意外と頭を使っているようで」 一丸となって虎彦に突撃するアヤカシを、風鬼は無視した。 仲間を見捨てたわけではない。 助けが必要無いことを知っているからだ。 「かかって来な、鬼共。この鬼法師が相手だ!」 逞しい両足で大地を踏みしめ、虎彦は一歩も引かずアヤカシを迎え撃つ。 最初に接触したのは小柄な小鬼達だ。 粗末な小型槍の穂先を揃え、一斉に突き込んでくる。 虎彦はあえて得物で受けることはせず、不退転の意志で硬質化させた肉体で全て受け止める。 2、3の穂先が皮膚を突き破り赤い血が吹き出るが、虎彦は顔色一つ変えず、眉一つ動かさず、小鬼の隊列の後ろから突撃してくる鬼を待ち受ける。 鬼は背後から小鬼を蹴散らし、破壊衝動に身を任せ巨大棍棒を上段から振り下ろす。 「はっ!」 虎彦は心底楽しそうに笑い、恐ろしく頑丈そうな歯が陽光を反射しぎらりと輝く。 それと同時に長槍を繰り出し、大根棒が己を打つより早く鬼の顔面を貫こうとする。 槍の穂先が鬼の顔面をぶち抜く寸前、鬼は強引に棍棒を引き戻して盾にする。 無理矢理引き戻された棍棒には十分な力が籠もっておらず、棍棒は槍の勢いに負け鬼の顔面にめり込み、鬼の首からごきりと異音が響く。 しかし鬼は嘲るような笑みを浮かべていた。 深手は負ったが虎彦の唯一の武器は食い止めた。後は小鬼共に脇と背後から突かせればそれで終わりだ。 「はじめてくれぃ!」 鬼の嘲笑を気にもせず、虎彦は大声で機の到来を告げた。 「最高のお膳立てだ」 虎彦から30メートル近く離れた場所で黒鷹が魔杖を掲げる。 すると分厚い皮を体に巻き付けた鬼の全身に雷がまとわりつき、焦げ臭い臭いをまき散らしながら皮膚を、脂肪を、筋を、骨を焼いていく。 いつの間にか魔術師の間合いに踏み込んでしまっていたことに気付いた鬼は、慌ててその場から離れようとする。 だが小鬼共に突かれ続けている虎彦は槍に込めた力を緩めず、それどころか徐々に力を増して棍棒ごと鬼を叩ききろうとしている。 鬼が小鬼に命令を下すために口を開いた瞬間、槍に負けた棍棒が鬼の顔に叩き込まれる。 口と鼻を潰された鬼は呼吸もできなくなり、気合いも萎えたらしく体の芯まで雷に蹂躙される。 内側から崩壊するようにして全身が崩れ、棍棒と防具代わりの皮だけを残し消えてしまう。 「容赦はしねぇぞ」 頭を潰された小鬼に対して虎彦がすごむと、効果時間切れによりようやく咆哮から解放されたアヤカシ達は得物を棄て全力で魔の森目指して逃げ出していく。 側面や背後から攻撃してもかすり傷程度のダメージしか負わせられなかったことで、完全に士気が崩壊してしまっていた。 避難民の安全を優先するため、開拓者達はアヤカシを追撃せず避難民の後を追う。 もっとも、風鬼が手際よく屠ったため、アヤカシの生き残りは戦闘開始前の数分の1にまで打ち減らされていたのだった。 ●アヤカシの狙うもの 「大丈夫です…。皆さんはそのまま、隣の人と声をかけあって、ゆっくりでも良いですから確実に前に進んで下さい…」 敵襲を告げる呼子笛の音が響く中、柊沢霞澄(ia0067)は穏やかな表情のまま優しく語りかける。 浮き足だっていた村人達は、霞澄の言葉を理解するだけの余裕は取り戻せていないものの、霞澄の落ち着きによりなんとか最低限の冷静さは取り戻せた。 「俺は右回りで引きつける。他は貴公に任すぞ」 将門(ib1770)は音も無く刃を抜き放ち、整然とした隊列を組んで向かってくるアヤカシ目がけて前進する。 少数の鬼と多数の小鬼からなる部隊は、将門に気付いてすぐ散開して村人、いや、既に村から離れた避難民達に向かって駆け出そうとした。 だが熟練開拓者である将門の咆哮に抵抗できる者はおらず、将門が移動するとそれに釣られて避難民から遠ざかっていく。 そこに焔龍牙が切り込み、太刀を振るう度に小鬼に抵抗も許さず切り捨てる。 「数が多い」 追いすがる鬼に炎をまとった刃を叩き込み、返す刀で首を飛ばしながら将門は眉をしかめた。 かなり数を減らしたはずなのに、まだ30やそこらはいる。 咆哮を連続使用して引きつけ続けて全滅させることは容易いが、手間取ると敵の増援が将門達を無視して避難民に突撃しかねない。 将門の脳裏に浮かんだ懸念は現実化し、得物を持たず足だけは速い小鬼が1体、将門と焔龍牙を大回りで回避しつつ避難民に向かって高速で近づいていた。 「こう、ですか…」 たんたんたんと、合計3つの手裏剣が小鬼の体に突き立つ。 高速移動中の小鬼は前転じみた動きで転がっていく、動きが止まる頃には瘴気に戻り風に飛ばされ消えていく。 念のため持ってきた手裏剣でアヤカシを仕留めた霞澄は、軽く咳払いをして気分を切り替えてから口を開く。 「最後尾の方には加護結界をしかけました。小鬼であれば1度だけなら…」 「助かる」 焔龍牙は小鬼に無慈悲な刃を繰り込みながら、柔らかな口調で答える。 「出来れば襲撃に備えて村人の護衛を。アヤカシの狙いは戦う術を持たない者の命のようだ」 「はい」 霞澄はこくりとうなずき、足早に避難民の後を追うのだった。 ●アヤカシの猛攻 最も魔の森に近い村で襲いかかってきたアヤカシは3体。 突然現れた開拓者を確認するため不用意に近づき、練力を一切使わぬ緋炎龍牙(ia0190)により1分未満で粉砕された。 避難民が次の村に誘導されているときに襲いかかってきたアヤカシは10体。 複数の鬼を含む有力な集団だったが、開拓者を視界に捉えるより前に白銀狐(ib4196)の耳に足音を捕捉されており、避難民を眼にすることもできずに滝月玲(ia1409)と緋炎龍牙により斬り殺された。 この時点で3人の開拓者が消費した練力は白銀狐が聴覚拡張に使った少量の練力だけである。 避難民が2番目の村に到着し、その数を倍以上に増やした時点で襲いかかってきたアヤカシは20と数体。 数を頼みに襲いかかった彼等は、緋炎龍牙が1度だけ使った咆哮に捉えられ、意識を龍牙に向けている間に手際よく処理された。 この戦いでの消耗は、咆哮分の練力のみ。 3番目と4番目、つまり魔の森から遠い村に入った時点での襲撃も予想されていたが、何故か襲撃は無く避難民の長蛇の列は中戸採蔵(iz0233)のいる安全地帯近くまでたどり着いていた。 「数が多い?」 白銀狐が首をかしげると、猫の耳にも見える帽子の突起部分がへにゃりと垂れた。 忍び歩きで、その上整然とした隊列を組んで向かってくる足音に気づいたのだ。 「そのまま進んでくれ。この大太刀で鬼なんかいちころさ」 本来両手持ちの野太刀を片手で軽々と持ち、玲は爽やかな笑みを避難民に向ける。 その間に白銀狐から耳打ちされた緋炎龍牙は、口元にだけ笑みを浮かべ小さくうなずいた。 ここでなら少なくとも1人の後詰めを見込める。相手が固まっている今が好機だ。 龍牙は徐々に速度を落とし、避難民とも仲間とも距離をとる。 すると背後から明確な殺気が届く。 1人はぐれたように見える龍牙に、アヤカシの部隊が狙いを定めたのだ。 40近くのアヤカシがなだらかな窪みを一気に越えて姿が現れたとき、緋炎龍牙は避難民を背後にかばい、アヤカシ部隊の前に立ちふさがっていた。 「…本来なら君達全員地獄へ送ってやりたい所だが、生憎遊んでる余裕はないのでね」 整った顔に冷たい笑みが浮かぶ。 「…さて、手早く終わらせようか」 漆黒の刃が抜き放たれると同時に裂帛の気合いが放たれ、5体の鬼を中核とするアヤカシ部隊の全てが咆哮に呪縛される。 小鬼達が穂先を揃えて前進を開始するより前に、龍牙は虚を突かれたアヤカシの間をすり抜け、部隊の頭に鋭い突きを見舞っていた。 喉から血飛沫と絶叫をほとばしらせながら、指揮官は身振りで部隊を効率的に動かそうとする。 が、真横から繰り出された巨大な刃に、命令を出す前に首を刈り取られていた。 玲が瞬脚による高速移動で真横から敵陣奥深くに乗り込み、鬼の不意を突いたのだ。 「哀れだねぇ…火に飛び込む虫の様だよ」 玲と背中合わせになりながら、龍牙は鬼の急所を刻んで息の根を止めていく。 「数としては俺たちが虫だけど?」 斬竜刀「天墜」を振り回し、鬼を切り捨て、小鬼を文字通り粉砕していく。 「…フフ、皆まで言う必要はなかろう?」 龍牙の間近まで迫っていた鬼のこめかみに銃弾が命中し、口や鼻から瘴気を吹き出しながら息絶える。 銃弾を放った白銀狐は守るべき者達と味方と敵の位置を確認すると、再装填は行わずに30メートル近くの距離を一瞬で移動し、小鬼がひしめく場所へ着地する。 それとほぼ同時に、自らの周囲に対し大量の真空刃を解き放つ。 状態の良い皮鎧で身を固めていた小鬼達の前進に大量の傷がつき、継続して放たれ続ける刃が小鬼達の限界を超えるまで痛めつける。 10秒後、白銀狐を中心にぽっかりと無人地帯が生じ、その中にはものの役に立たなくなった武具が20組以上転がっていた。 「みなが安全な場所に逃げのびたからには、遠慮はしませんの」 むん、と胸を張った白銀狐の背後から、受け持ちの避難民を後送し終えた開拓者達が現れる。 「ここで新手か」 鬼の処理を終えた玲が、咆哮の効果時間切れで逃走を開始した小鬼を軽々と追い抜き、一刀で切り捨てながら横に目をやる。 そこには得物を捨て捨て身の体勢で避難民に駆け寄る新手の小鬼部隊と、いつの間にか移動を終えていた白銀狐の姿があった。 「…手際が良いな」 付近のアヤカシを処理し終えた龍牙は、刃についた汚れを払ってから鞘に納める。 彼の視線の先では白銀狐が大量の目晦まし玉を小鬼達に投げつけてから、高速で後方に離脱していた。 投擲に向いていない目晦まし玉は小鬼を外れ大地に落ちるが、落ちると同時に派手に炸裂して大量の刺激物をまき散らす。 最下級とはいえアヤカシである小鬼は、多少咳き込み短時間動きが鈍る程度の影響しか受けなかった。が、それは隙としては大きすぎた。 「開拓者使いの荒い…終わったら一杯奢ってもらいたいものだな」 「勘弁してくだせぇ。皆さんの舌を満足させられるような店に行くとなると懐が空になりますって」 黒鷹が悠然とした態度で電撃を浴びせ、採蔵が弾薬と練力を惜しまず使って掃討を開始する。 目晦まし玉の煙が消える頃には、アヤカシは1体も残っていなかった。 ●その後 1人の犠牲者も出さずに避難を完了させた開拓者の働きに、地元の貴族達は驚嘆したという。 少量とはいえ財産を持ち出せた者も多くいるため、避難民もしばらくは持ちこたえられそうである。 |