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■オープニング本文 ●悔恨 憂鬱だ。 体調が優れぬという事がここまで不便だったとは、思ってもみなかった。 失って初めてその大事さが分かるというが、やはりその通りなのだろう。今日当たり前としている事は明日も当たり前に存在すると何の保証もないのにそう信じてしまう。 そういう思いすら抱く事無くいつも同じ毎日を過ごしていると思っていたら、健康を損ねてしまった。だから憂鬱なのだ。 幸い、『健康を損なう』とはいっても命に関わるといった大仰なものではなく、暫くすればまた健康が当たり前の生活に戻れる程度だ。 それはともかく原因は何かと思ったら、年だ。 正確にいえばいつまでも若いつもりでいたら何時の間にやら、年相応という状態ではなくなってしまったのだ。 歳の数を数えてみても、手肌のキメを見てみても、すでに在りし日のそれと違うとわかるというのに。 もう若くはないのだ。老いぼれでは無いにしろ、若いというにはやや年を取りすぎた。 「二十歳を過ぎれば三十路もすぐそこ。三十路を過ぎればその先はもっと早いのよ」 そう教えてくれたあの人も、思えばとっくの昔に鬼籍に入っている。 「貴方の言っていた通り、時が過ぎるのは早いものですね」 今日は一段と冷える。たまに吹く風が思考を途切れさせる。 あの人のお墓は丘の上。小さな山を越えた丘の上。 何年か前に訪れたきりでずいぶんご無沙汰ね、とあの人は思っているかもしれない。 こちらとしても忘れていたわけではないが、いまや山にはアヤカシが出るようになり、女の身一つで向かうにはちょっと不安がある。そのためそうそう気軽には行けなくなってしまい、疎遠になってしまっている。 あの人、『若松の奥様』と呼ばれた彼女は美しかった。何より気品があった。どうやって年を重ねれば、ああいう老い方ができるのだろうと思う。そして綺麗好きだったなと思い出す。 「今頃あのお墓は‥」 荒れ果てているだろうな、と思う。彼女には子供がいなかった。そもそも、夫もいない。 彼女はとあるお大尽の妾であった。奥様というのも、単にその妾邸に待つが遭ったからそう呼ばれていただけの話である。そしてそのお大尽も既に過去の人である。兄弟姉妹がいると聞いたことも無い。 つまり、彼女の縁者はおらず、辺鄙な場所にある墓は誰も手入れをするものがいない。 身寄りが無いという由もあって自分には良くしてくれたというのもあるだろうけれど、そういった事情を差っ引いてもあの人のことを思い出せば、朗らかな笑顔ばかり思い出される。 「綺麗にしてあげたいけれど」 今は具合が芳しくない。それに、平時であったとしても行くには勇気が必要。 それより、自分とてそうそう自由のある身でもない。 「人にお願いするべきことでもないのですが」 思い立ったが吉日と手紙を記す。今日出来る事が明日出来るとは限らないと。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
白藤(ib2527)
22歳・女・弓
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
璃々歌(ib5740)
19歳・女・吟
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
アーニー・フェイト(ib5822)
15歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●報告を終えて 「じゃあ、他にかかった費用はこちらに記載してください。依頼された方からその様に言伝を受けていますので」 報告を受けたギルドの職員はそう言ってライ・ネック(ib5781)に用紙を差し出す。何でも今回の依頼の諸経費、例えば花やら線香など開拓者達が自腹を切って用意したものについても依頼者側で負担とすると後で申し出があったとか。 「そんな大して高価なものは無いですが」 そういう雑費も報酬に含まれていると思っていたし、そんなに値の張るものもないのだが折角なのでライは覚えている限りを用紙に書き記した。 こういう場合、多少水増ししても問題はないのだろうし、『お金を持っている(だろう)人から貰う分には‥』という思いもかすめたものの、自分達の仕事にわざわざケチをつけるような気がしたので、そういった事をせずアーニー・フェイト(ib5822)も実費を申請する。 「で、様子は如何でしたか?」 「まだあまり咲いていませんでしたが、とても梅が綺麗でした」 あともう暫くすれば花も見所になるだろうとライは思う。 そして梅の花が満開になれば‥‥。 ●冬はつとめて 端的に言えば、今回の依頼は墓掃除である。 したがって、開拓者達は平時の装備以外にも掃除道具や花などを持ち込んでいる。 「依頼者が名を明かさないのが気になりますが‥‥。」 ほうきを持って済んだ空を眺める朝比奈 空(ia0086)はどこか絵になる立ち姿だ。 今回の依頼では依頼人が身元を伏せている。大体こういうケースは明らかにしたくない事情、例えば身分とか世間体とかそういったものが理由だ。ただ身元は開拓者ギルドが保証しているとの事だから、知らぬうちに悪事の片棒を担がされるといった心配はそこまで必要ないだろう。 しかし、『謎の人物が墓掃除依頼』と言うのはやはり、幾分妙であるというのは否定できない。 「天儀には変わったヤツが居るもんだね」 血の繋がりもないヤツの墓を世話、しかも金を出してなんて。とアーニーは名も姿も知らぬ依頼人の事をふと思う。貧しい幼少期を過ごした彼女にとってそういったお金の使い方は何とも実感がわきにくいのだろう。 「高貴な方、なのかもしれませんね‥」 鹿角 結(ib3119)が言う。アーニーが言う様に他人の墓に金を出すとなれば多少生活に余裕のある人物なのだろうと想像できる。結はやや所在なげにぶらぶらさせていた空の水桶を持ち替えて、再び口を開く。 「ともあれ、今は仕事を‥」 「そうですね。仕事をきちんと果たしますか‥」 冬の朝は厳しい。そんな思いをおこさせる風が開拓者達を駆り立てるのだった。 また、墓参りと一言で言っても各人それぞれに思うところがある。 ソウェル ノイラート(ib5397)は『死して尚、忘れず思って貰えるっていい事だよね』と思う。故人を思い、あるいは想いを残す方には辛い事もあれど、いつか誰もその人のことを考えなくなるとすれば、それはなんだか悲しい。 ソウェルと同じ様な事を考えていたのだろうか、蒔司(ib3233)がゆっくりと喋り出す。 「人が死ぬ、ちゅう事は、記憶し、想う者が誰もおらんなった時が本当の死なんやないかと思う事があるわ」 墓とは残された人の為のものといったところだろうか。そういった意味では依頼人がいる限り、『若松の奥様』はまだ『生きている』と言っても良い。 「そういうものかもしれないわね」 そう素っ気無く答えつつ、ソウェルは心の中で一人呟く。『だから、少なくとも私が『死ぬ』まで貴方は『死なない』わね』と。十年という月日は長い。長いのだが全ての思い出が消え去るというには短すぎるのだ。 派手な色合いにはならぬ様に、または棘のあるものは避ける様に。墓に眠る人の好みがわからないのは残念だけれど、璃々歌(ib5740)は気を遣って供える花を選んできた。それに加えてお線香とか掃除道具とか。 実は璃々歌以外にも皆が思い思いに用意してきたものだから今回の道中の荷物は結構な量になっている。 「荷物は出来るだけ持つわ」 と璃々歌は言って荷物を持つが、細身の体にはいささか大変な量に見える。 「璃々歌さん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」 他の人がすぐ戦闘に入れるようにと璃々歌は気を回しているのだが、道中は索敵もしながらになるからそんなに神経質になる必要はないと白藤(ib2527)は璃々歌から荷物の一包をさっと奪い取る。 「ええ、無理せず手分けして運びましょう」 ライも反対側から荷物一つを素早く掠め取る。若干嵩張るとはいえ、一つ一つは軽いものばかりだ。手分けして運べばそれほど負荷になる物でもない。 「重い物はワシが持つで、無理せんでええよ」 流石に唯一の男である蒔司としてもこの状況は見過ごせない。 「ではお言葉に甘えて‥」 と抱え込んでいた荷物の再分配をしたが、それでもやっぱり気遣ってしまうのか璃々歌の荷物はちょっとだけ多かったとか。 ●大猪 「お墓ってあれ?」 アーニーの指差す先には石造りの人工的な何か。それと大きな梅の樹。天儀の墓の形状は良く分からないが、なんとなくそれっぽい雰囲気がそこにはある。 「おそらくは」 ライはそう応じて梅を見る。早めに咲くの梅なのだろう。まだ寒いこの時期に三分咲きから四分咲きぐらいでまだ物足りない状態ではあるが、白い花が風に揺れている。 「ちょっと待ってください‥」 「何か、いるね」 空と白藤は目的地へと急ごうとする仲間に制止をかける。墓と梅の他にも何かがいる。道中を警戒してきた二人は近くにアヤカシがいる事は分かっていたが、まさかこんな墓の近くにいるとは思わなかった。 「あれは、猪やろか‥‥?」 「大きいですけどね」 結は中身の入った水桶をゆっくりと置く。梅に鶯ならともかく、梅に大猪というのはどうも今ひとつだ。それに墓掃除をしに来たのに墓を壊されたりでもしたらたまらない。 「墓も梅も傷つけとうない」 「とすれば、少し引き離した方がいいかもしれませんね」 あそこで暴れられては不測の事態もあり得ると、開拓者達は大猪を墓の近くから引き離す事を考える。幸いアヤカシはまだこちらに気が付いていない様子。 「ではこちらに来てもらいますか‥‥」 この中でもっとも射程距離があるのが結の長弓だ。結は大猪を見据えて弓を手に取る。弦はゆっくりと静かに引き絞られた後、一寸の制止を経て矢は真っ直ぐに放たれる。 墓には当てまいと万が一の事を考えて、やや手前に落とすくらいの心積もりで放った矢は大猪の横を翳める。 もちろんそんな挨拶を大猪が無視するはずも無い。常時腹をすかせて獲物を待っているような輩だ。あたかも鴨が葱を背負ってやってきたとばかりに真っ直ぐこちらへ向かってくる。 「お墓の掃除前に本格的な大掃除‥‥ってところかな?」 白藤も弓を構える。狙うはアヤカシ大猪。地響きが擦るような大音起てて駆けるそれは障害物すら気にせずまっすぐ向かってくる。 「これで終われば楽なんだけど‥」 ソウェルも銃を構えて大猪との距離を測る。近すぎても、遠すぎてもダメだ。ただ幸い標的は大きいので外す事はないだろう。そう思いつつ頃合を見て引き金を引く。 だが、二人の射撃は確かに命中しているのに怯む事も勢いを落とす事も無くそれは突き進んで来る。 「へへんっ、鬼さんこちらってね」 早駆で大猪から逃げるアーニー。全てを力任せに薙ぎ倒しながら突き進む大猪が迫ると、間際にくるりと前転しながら避ける。そして素早く振り返り銃を抜き撃つ。 「そんな真似をしなくても」 危なっかしくて見てられないとライも早駆で大猪に近寄り、手に持った苦無を打つ。 大猪の勢いは怖いものがあるが、動きは直線的だ。早駆が使える者、つまりはシノビ達にとって相性が悪い相手ではない。蒔司も後にいる仲間の事を気遣いながら、時に大猪へ斬りこんで行く。 その後にいる仲間達もただ戦いの行方を見守っているわけではない。 凛としたなりで璃々歌は歌う。一度吟遊詩人が曲を奏でれば心は奮い、恐れも消える。史上の英雄の如く剣を振るい、敵を討てと勇気を沸きたてる。 そして空は『浄炎』でアヤカシを焼き滅ぼさんと心を鎮めてその時を待つ。 「このっ!」 次第に足取りが鈍くなってきた大猪の膝にライの苦無が一層深く突き刺さる。そしてついにバランスを崩した大猪は轟音とともに激しく転倒してのた打ち回る。 「ここはアヤカシがいるような場所ではありません」 空の言葉ともに立ち上る炎。そこに矢弾が群がるように撃ち込まれると、激しく燃え上がる焔が大猪を焼き尽くすのだった。 ●心も掃除 「こうやって気に掛けて貰える方がいるのは良い事です・・ね」 傷をつけぬよう気をつけながら空は水をかけ、丁寧に墓を磨く。 「墓はそいつが生きとった証みたいなもんやな」 こうして死後まで世話をするものが一人でもいるのだから、墓の中の人はきっと良い人であったのだろうと蒔司は考えながら手を動かす。 「そうですね、 誰からも忘れ去られるのは虚しいものです」 刈られた草や枯れた花などのゴミを一纏めに。仮に人が死んだ時に、このような扱いであるならば虚しい。 だが誰にも見取られ事なくこの世を去り、思い起こされる事無く朽ちてゆくという死もあるだろう。それもまた人生である。墓というものはこうして人の死に様について考えさせる事もある。 「だけど、お墓って不思議ですよね」 結も一生懸命、墓石を磨きながら呟く。 人も動物も死ねばおしまい。墓参りを繰り返したり、墓を綺麗にすれば生き返るというものでもない。 だが、人は墓参りをするし、荒れさせたままにするのは拙いと考える。 「まあ墓に行けば、会える様な気ィもするもんやし」 「確かにそういうものかもしれませんね‥」 その人と会ったつもりで自分の記憶の中にある故人と語り合う場所。それが墓なのかもしれない。ある人は近況を語り、またある人は励まされ、勇気を貰う。 だから、人は墓を大切にするのかもしれない。 「綺麗にしないと‥‥、会った時に気まずいですものね」 「殺風景だけど、お花があれば変わるかな?」 こうして墓周りは次第に綺麗になってゆく。 そんな墓を見ながら蒔司は一人思う。 『まぁ、ワシみたいなんが逝く時ァ、野ざらしで地に還るんやろうけど』 自分には血に染まった過去がある。そんな人間が安穏とした終わりなど迎えられるものかと蒔司は心で笑うのだった。 「こんなもんでいーだろー?」 どんな花が咲くかは今まで知らなかったが、アーニーは素人ながら軽い体を生かして不要と思しき梅の枝を落としている。そんな捻れた梅の大樹はまだ多くの蕾を有していて、然るべき時を悠然と待っているかの様に見えた。 「確か‥梅の花言葉は、気品・高潔・澄んだ心、だったけ‥‥」 この樹の大きさから言えば、樹のあったこの場所に墓を作ったのだろうがきっとこの墓に眠る人はそんな言葉が似合う人だったのだろうなと、白藤はなんとなくそう感じる。 「ねーちょっとーきこえてるー?」 「あ、ごめん。うん、大丈夫だと思うー」 「これだけやれば充分、でしょうか」 見違えるように綺麗になった墓周りを見てライは一つため息をつく。 もしかしたら大猪よりも厄介な相手だったかもしれない。何せ一年、二年ではすまない荒れ様であったし、水も冷たく手が荒れる。それでもここまでやりきった。 「こんなに雑草が生えていたなんて‥」 予想外。璃々歌は小さい雑草や細かい部分を中心に作業をしていたが、それでも結構な労働だった。 暖かく差し込む陽光がせめてその労をねぎらっている様で幸いだ。 「うん、でもこれだけやれば‥」 一生懸命毟った甲斐あって、この出来に文句を言う人間はそういまい。仕事の出来にソウェルは胸を張るのだった。 ●祈り 「少しは喜んでいただけたでしょうか‥‥?」 依頼人の代理で名も知らぬ者のお参りですが、と空は目を閉じ手を合わす。 「安らかに‥‥」 ライも手を合わせて墓石に向かって祈りを捧ぐ。名も顔も知らぬ者とてこれも何かの縁。死んでから縁があるなんてちょっと不思議な話だが。 「綺麗になりましたし、梅も楽しみですね」 お墓という場所ではあるが、梅が咲けば眺めも良いだろうと結は考える。きっとこの墓に眠る人も梅を楽しみにしている。綺麗になったからいつもよりももっと楽しめる、はず。 アーニーは他の仲間を真似るように墓に手を合わせて思う。 『死んだって忘れられてゴミみたいに捨てられるヤツもいるけどさ』 焼香をしてもう一言。 『あんたは、良かったね』 死んだ後もちゃんと忘れずに覚えていてくれる人がいる。これもいい人生ってやつの一つの証なんだろうなと。 「‥ウメも、綺麗に咲くと良いね」 「──私も久し振りに実家に帰って、お花持ってお墓参り行こうかなー。1度行っただけで‥行ってないから‥‥」 白藤は思い出す。 久しく訪れぬ彼の墓。 忙しさを理由に、いや、行くと色々寂しくなってしまいそうで、足が遠ざかっている大切な人が眠る場所。 それでもたまには行かなくちゃなと思う。こことは事情が違うから荒れ果てていると言う事はないだろうけど。 開拓者となった自分を見たら驚く?喜ぶ?それとも‥‥。 「私は一回も‥‥」 ソウェルはジルベリアの生まれであり、年若くしてこの世を去った幼馴染の墓が遠きジルベリアにある。 そこに行けない事はないが、ふらりと寄れる距離でもない。 だけど、本当はそこへ行きたい。やはり他人の墓ではなく本来訪れるべき墓へ。 ならば、せめて祈りだけでも。 はるか北の空に向け短い祈りを。 『多分忘れないよ、ずっと‥‥ね』 幼き頃の記憶にある面影は今も色あせない。そして多分これからも。 「あなたの匂いに乗せて彼女達の想いも届けてあげてね」 『満開になったらよろしくね』と璃々歌は梅の古樹に手をかけて語りかける。 依頼人の想いは確かに届けたと思う。その代わりといってはなんだが、故人を偲ぶ白藤やソウェルの祈りをお願いしても罰は当たらないと思う。 そんな璃々歌の思いに応えるかのように、そよ風がふわりとほのかな匂いを残す。まるで『わかった』と言っているかの様で。 いつの日か、ジルベリアにもそんな梅の香りを乗せた風が届くかもしれない。 |