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■オープニング本文 ●砂漠の戦士たち 神託は正しかったな―― 調度品の整えられた白い部屋の中、男は逞しい腕を組み、居並ぶ戦士たちを前に問いかける。男が多いが、女性も少なくは無い。 「さて、神託の続きはかの者らと共に道を歩めということだが‥‥」 皆が顔を見合わせてざわつく。俺は構わないぜと誰かが言ったかと思えば、例え神託と言えども――と否定的な態度を見せる者も居た。お互いに意見を述べ合ううち、議論は加速する。諍いとは言わないが、各々プライドがあるのか納得する素振りが見えない。 と、ここで先ほどの男が手を叩く。 「よし。皆の意見は解った。要は、彼らが信頼に足る戦士たちかどうか。そういうことだな?」 一度反対した者はそう簡単には引かない、彼らも彼らなりに考えがあってのこと。であれば。 「ならば、信頼に足る証を見せれば良い‥‥そうだろう?」 だったら話は早いと言わんばかり、戦士たちは口々に賛意を示した。男はそれを受けて立ち上がり、剣の鞘を取り上げて合議終了を宣言する。男の名はメヒ・ジェフゥティ。砂漠に生きる戦士たちの頭目だ。 ●ああ、さそりだ‥ 砂漠にはサソリがいる。サソリにも似たアヤカシもいる。 アヤカシは人を襲う。それは天儀でもアル=カマルでも同じことのようだ。どこに行こうとアヤカシのいない平和な世界などないということか。そしてアヤカシが人を襲う限り、悲劇が尽きることはない。先日、また一つの集落がアヤカシの襲撃を受けて壊滅的な被害を受けた。 彫りが深く、肌は浅黒い男の声は野太い。 「巣でもあれば話は早かったんだが」 もちろん、現地の民としてもただ震えて助けを待っていたわけではないのだが、このアヤカシの一団は砂漠中を動き回っていて行方をつかめなかったのだ。身を守るにしても、討伐するにしても相手の行方がわからないというのではどうにも困った話だ。 しかし最近になって漸くある程度の方向性をもって動いてるのではないかという推測が立てられるようになってきた。 だがある程度の居場所がわかるにしろ、やはり動きまわっている相手であるから砂漠の中を探し回る事には違いない。人の足で歩き回るには厳しいし、ラクダだって無理な使い方が出来るものではない。 「そこで砂上船の出番ってわけだ。見た事があるか?」 男は誇らしげに胸を張る。アル=カマルの最新技術の結晶である砂上船は文字通り海を進む船の様に、砂の上を進む船だ。なんでも建物かと見間違える程物凄く巨大なものもあるようだが、今回使用するのは比較的小型の船。乗員は船を操舵する人間やら必要最低限の人数とアヤカシと戦う開拓者達だけ。 船の操縦関連やら管理は主にアル=カマルの面々が担当し、アヤカシ退治は開拓者が担当する。これは共同作業というわけだ。 「砂上船の事は心配しなくていいぜ。そのかわりアヤカシは頼むぜ?」 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
及川至楽(ia0998)
23歳・男・志
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
長渡 昴(ib0310)
18歳・女・砲
九条 炮(ib5409)
12歳・女・砲
雹(ib6449)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●船旅(往路) その名のとおり砂の上を走る船、砂上船。砂地をまるで海の様にして自由に航海をすることが出来る船。砂上船の旅程はある意味船旅と言ってもそう大きくは違わない。 だが、これはそんな優雅な船旅などではない。どちらかというと荒れた冬の海へ漁に出ると言う方がずっと近い。凍えるような吹雪はないが、容赦なく照りつける日差しが肌を焼く。 そして漁の獲物はサソリだ。鮪の様な大物ではないが、このサソリだって十分に大きい。少なくとも鰤よりは大きい位だ。しかしまあ取って食べるわけでもなし、大きい事も大漁である事は歓迎されるものでもないのだが‥。 「流石に異国ですね〜エキゾチックですね〜〜」 「この様な機会ではなく、違う形で乗れたのならば楽しゅう御座いますのに」 というわけで志野宮 鳴瀬(ia0009)としても折角の砂上船という経験を楽しむには至らない。流れてゆく景色を唯眺めているわけにもいかないのだ。 九条 炮(ib5409)だって異国情緒溢れる風景を楽しんでいるわけではない。一見すると各々観光気分で景色を眺めている様にも見えるが、こう見えても散らばって監視をしているのだ。どこにいるかわからない以上、見落としを避けるためにこういうやり方が最善と打ち合わせた結果だ。 「この儀でもアヤカシが‥‥」 「ええ、アヤカシはここにも‥‥」 人の生命力のなせる業か、アヤカシの力の為せる業か。人がいる所にはどこでもアヤカシの影がある。例え天儀を離れた場所でも、力無き者達はアヤカシの脅威にさらされつつ日々を過ごすしかなかった。 だが力無き者もいればそれを守らんとする志を持つ者もいる。雹(ib6449)と秋桜(ia2482)は異国の地であろうともアヤカシを討ち、民草の安心な生活を取り戻さんと気合を入れる。 この広い砂漠にはアヤカシがいる。そして今回はサソリ型のアヤカシの一団を探しているわけだ。一見するとずっと同じ景色がずっと広がっている様にも見えなくも無いが、わかる人間には違いがあるらしく、砂上船は直進だけなく、時折方向を変えて進んで行く。 アヤカシはどこにいるかわからない。正確に言うとだいたいわかっているが、細かい場所まではわからない。しかも移動するときた。だからこちらも機動性のある砂上船で探しているわけだが、アヤカシを探すとなれば甲板の上に出なければならない。 「流石にすぐに慣れる物でも無いようですね‥」 朝比奈 空(ia0086)が言う。甲板の上は暑いのだ。ある程度の速度であるので、多少なりとも風はある。だが、その風も砂混じりとあっては涼しさよりも煩わしさが先に来る。 「こっちが日干しになる前に早く探さないとな」 水を口にしながら風雅 哲心(ia0135)が言う。冗談抜きに無策でこの中を長時間過ごせば干物になってしまうだろう。むしろアヤカシよりも暑さといった環境面の方が問題かもしれない。 そしてその大自然の驚異は及川至楽(ia0998)に容赦なく牙をむく。 「もうだめだ。もうこれはあれだだめだ。だめはおれだ──」 至楽の命は今、風前の灯であった。彼が干物になるのが先か、アヤカシを退治して砂漠を抜けるのが先か。事態は急を要しているのだった。 ●捜索 『砂漠に落ちた針を探すような』なんて言葉がある。サソリ型アヤカシにも針はあってその針は縫い針なんか比較にならぬ程大きいが、それでもやっぱりその針を探すのは容易ではない。 ただひたすらに目視を続けてもいずれは見つかるかもしれないが、それでは消耗が激しく中には干物になってしまう者が出るかもしれない。そして開拓者には色々な技術や知恵があるのであるからそれを使わない手もない。 「気づいてもらえればよいのですが」 空は呼子笛に口を近づけると甲高い音が砂漠に響き渡る。音の伝播を妨げる物は何もない。これならいくらでも遠くへ聞こえそうな気もする。 そしてそんな音よりも大きな音が、がらがらと船の後ろから聞こえてくる。 「これで釣れればいーんだけど」 半分干物な至楽が見つめる先には樽。その樽は船尾と繋がったロープが括り付けられて引き摺られている。 中には小石やらが入っていてまあ耳障りな音を立てている。当然音だけでなく振動も砂の中へと伝わっている事だろう。こうして巨大な釣り餌をぶら提げながら砂上船は砂漠の航海を続けるのだが、余り魅力的な餌ではなかったのか、それとも遠くて気づかないのかすぐには餌に食いつく事はなかった。 「近くにはいないようですね」 マストに登った秋桜は物音からサソリの存在を聞き分ける事ができはしないかと『超越聴覚』による索敵を試みたが、識別できる音は船の音や引き摺る音ばかり。 「かといって何も見えませんし」 なだらかな勾配はあってもずっと景色は黄土色。風が砂を舞わせている位で他に動く物は見あたらない。あるいは目に見えなくとも、砂地に潜ってもう近くに来ているのかも知れない。 「そこにいないとも限らないからな」 哲心は船の縁に立って砂を見る。『心眼』では隠れている存在の検知が出来るが、その詳細までは判別できない。だが聞けばアヤカシは複数というから砂の中にそれらしき反応があれば、アヤカシと見て警戒をしても無駄ではないだろう。 しかしやはり砂の中にそんな気配はない。見た目どおりの砂という事の様だ。 「まだ近くにはいない、か‥」 とはいえこれだけ目を血眼にして探しているのだ。この時点で気づく様であれば相当な速度で急接近するか真下から湧き出るのでもなければ難しい。見つからないのは別に問題ではない。哲心は仲間の力を信じつつ、なおも警戒を緩めず監視を続けるのだった。 「あまり根詰めても、ね」 監視の目を緩めるわけではない。このやり方は探すというよりも音を鳴らして釣れるのを待つのが正しいのだ。馬鹿みたいにじっと眺めていても干物になるだけだ。炮は水を含んで喉を潤す。そして呼子笛の音でサソリを呼ぶ。──返事は無い。だが、呼び続ける。 「上から見てみましょう」 人魂を飛ばして雹は言う。人魂は船を離れると上へ上へと登って行く。 「風ならば止む時もある筈。常に砂煙が上がり続けていれば、それは砂を蹴立てるものがいる、と取れる筈です」 「成程、それはそうですね」 何も無いような砂漠だからこそ、そういった異変があれば気付くのは容易い。鳴瀬は雹の人魂を見上げる。人魂は見る見るうちに遠くなり、豆粒の様な小ささになってしまった。 『あれだけ高い場所ならば‥』 相当遠くまで見渡すことが出来るはずだ。雹には何が見えているのだろうと、そっちを向けば合わせたかのようなタイミングで口を開く。 「左手から何か向かってきている様に、見えます」 鳴瀬はマストの上の秋桜に呼びかける。 「何か見えますか?」 「ん〜、なにも‥‥。あっ!」 言われた通りの方向は確かに小さく砂煙が上がっているようにも見える。今まで鳴らしてきた音は確かにアヤカシに届いていたのだ。音や振動を察知したサソリ達は獲物を目掛けて近づいてきていた。今日は自分達が獲物だという事を知ることも無く。 「とりあえず九時の方向に舵を切れ!!ですね」 ●襲撃 「近寄られる前に〜」 砲術士たる炮は距離があるうちから攻撃を仕掛ける事が出来る。そのアドバンテージを生かすため、炮は先んじて銃を構えて狙いをつける。 サソリの殻は硬いという。アヤカシがどこまでサソリに近いかわからないが、ただそのまま巨大化している様にも見えるので、性質は近からず遠からずといった所だろう。 「ここっ!」 銃弾は吸い込まれるようにしてサソリを射抜く。いや、部分的に欠けさせたといった感じか。左上半身の甲殻を失ってはいるが、まだ動きは止めないし、相手は両手で数えても収まらないだけの数がいる。 「‥‥灰燼と化せ」 冷たい言葉とは裏腹に、空の頭上では真っ赤に燃え盛る火炎の球が激しい熱を帯びている。挨拶代わりと言うには余りにも過激な一撃をサソリの群れに向かって放つ。 ぼんっという音とともに巻き上げられる火と砂、サソリ。この砂漠において延焼やら建物の被害といった事を考える必要はないが、豪快に本格的な開戦の狼煙が上がった。 「まだそれなりに残りますね」 相手に知能があるなら、あるいは今の一撃で逃げ去っていたかもしれないが恐れを知らぬサソリ達は仲間の犠牲をもろともせず、また多少焼けてはいても変わらずこちらの船を目指してやってくる。 「いち、にー、‥‥あー、まあ、たくさん」 至楽は途中で数えるのをやめた。とりあえず隠れている敵が近くにいないのが確認できただけでも十分だ。 「生き返るわー」 半干物、至楽は水をかぶって気合を入れなおす。アル=カマルの砂上船の力は見せてもらった。今度は砂上船の乗組員達にも天儀の人間の力を見せてやらねば。 そうこうしている間にサソリはもう近くまで迫っているのだった。 ●乱戦 「色んな色がいるんですね〜」 炮が指差すは赤に緑に青色に。全体的にくすんだ毒々しい色とはいえ何故か色とりどりのサソリ達。形状はどれも似通っていて特別な違いはなさそうだ。 「毒なんぞ食らってたまるか!」 哲心はサソリの尾に狙いを絞って斬りつける。ハサミだって馬鹿には出来ないが、それでも尾が無くなればサソリは攻撃が単調にならざるを得ないし船員達が毒を受けるといった心配もしなくて済む。 もっとも尾を切り落とすというのは危険を伴う。かなり接近しての斬り合いになるし、尾の攻撃を間近で凌ぎつつとなる。一歩踏み違えれば切り落とす前に毒を貰うことだってある。 しかし後方支援がしっかりしていれば多少の怪我や毒は無視できる。 「治療はおまかせくださいませ!」 頼まずとも後ろから戦況を見守っている鳴瀬は誰か怪我した者がいれば即座に『閃癒』や『解毒』で治療をしてくれる。鳴瀬さえ守っていれば『怪我だろうが毒だろうが勝手に治る』のだから前に出る者にとって非常に有難い。 「癒し手として、何方も地に臥せさせは致しません──」 それに強い使命感を持ってアヤカシと戦う鳴瀬が後ろにいるというのも心強いではないか。 「ひょぁ、うおっ、うひゃぁあ!」 ハサミ、ハサミ、尾。リズミカルに迫るサソリの攻撃を至楽は同じく踊るようにかわして行く。ただし奇声を発しながら。 ひっくり返せるような大きさなら良いものの、脚をしっかりと砂に降ろしたサソリはそう簡単にひっくり返りそうも無い。となれば正攻法で挑むのみ。 「あっぶなあああああ゛あ゛」 再度奇声をあげる至楽であったが、その一方で合口はさっくりとサソリの尾を切り落とす。落ちた尾は二、三回びくんびくんと跳ねた後、瘴気となって消えて行く。 出来るだけ船に近寄らせたくはないが、迫り来るサソリの数は多い。 「キリがないですねっ」 銃の反動に体を揺らしながら炮は次のサソリに狙いをつける。さっきより距離が近くなった今、危険は増したが狙いをつけるのは楽になった。息を殺して、柔らかそうな部分──例えば目や口をに狙いをつけて引き金を引く。そんな時だった。 「うわあ!」 思わぬ方から悲鳴があがる。いつの間にか船の中にまで入り込んできていたサソリ。そして不覚にも様子を見に出て来ていた船員。想定外だ。非戦闘員への被害、それは避けねばならなかった事態。 だが、その尾は船員には届かなかった。 「くっ‥‥!」 非戦闘員である船員達を危険に晒すわけにはいかないと秋桜はその身を盾にして船員を守る。船員は無事であったが、秋桜の背中からざっくりとした傷口が覗いている。 「だ、大丈夫か!?」 「‥私は大丈夫ですから」 シノビの力を使えば並大抵の毒ならば何とかなる。その間は無防備になるが長時間昏倒するわけでなくたかだか数秒だ。それ位の時間は何と言うことも無い。 「まさか船の中まで来るなんて」 雹が斬撃符で風の刃の式をサソリに飛ばせば炮は銃弾をわき腹に撃ち当てる。数秒でも数十秒でも時間は稼いでくれそうだ。 だが、船を目指すサソリは一匹では終わらなかった。雹に安寧な時間は簡単には訪れない。それでも彼女の心が折れることはない。 「この地に平穏をもたらす為ならば‥‥」 一匹ずつでも確実に刈り取る。力の限りアヤカシを討つ。そして最悪錬力が尽きるのであれば、討ったアヤカシの瘴気をも力にして次のアヤカシに挑む気概がある。 「こいつで終わらせる。すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 目に留まらぬ早業とはこういう事か。突き立てられた『牙』はサソリを穿つ。はてサソリは自分の終わりを意識できたかどうか。哲心の刀は傷ついたサソリを動かぬ塊と変えて行く。 そして空の『ララド=メ・デリタ』。それは突如として現れる『灰色』。避けることも抵抗することすら許されぬ絶対的な力にサソリは為す術が無い。灰色の光球の出現は、サソリにとっては『死』という言葉と同義であった。 「‥‥消えなさい」 別れの挨拶に何も告げぬままサソリがまた一匹消え去った。 ●船旅(復路) 「他にお怪我のある方はいらっしゃるでしょうか?」 戦闘が終わっても鳴瀬は気を配る。おかげで戦いが終わった後だというのに誰一人として怪我をしたままの者はいない。つまり、仕事は片付いた。 せめて帰路くらいは、異文化の風を楽しもうかと鳴瀬は甲板からの風景を眺める。先程と変わらぬ風景ではあるが、心が違えば見えるものも違ってくるものだ。 「是非この地のお酒でも、楽しみたいものですなぁ」 秋桜が誰に言うでもなく希望を述べている。どうやら他の者も緊張から解き放たれて、砂上船からの眺めを純粋に楽しむ事が出来ているようだ。 「これなら船旅も楽しめましょう」 と鳴瀬は何気なく呟いた。 だがしかし、その一方で大自然の驚異は至楽を再び窮地に陥らせていた。 「アヅァーイ‥‥み、みずぅー‥‥」 自分の持ってきた水はさっきかぶった時に使い切ってしまった。ここは天儀ではない。砂漠でそして砂漠で水は貴重だ。砂漠の太陽は今日も激しく砂を、至楽を照りつける。至楽の命は再びまた、風前の灯であった。 |