雨、そして夏の訪れ
マスター名:梵八
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/16 19:20



■オープニング本文

●細い雨
 雨が降っている。目を凝らさなければ気付かないくらい、細かい雨が音もなく降っている。
 流石にこの時期ともなれば、雨が降って寒いという事もなく暑さ寒さだけで言えば悪くは無い。ただ外に出るのは億劫という事には違いが無い。

「何という事もないのだけれど」
 灰色。空は灰色。昼下がりの午後、特に何か問題があるわけでもないのに少し気が沈む。なんとなく、ぼんやりとした不安の様な物が付かず離れずみたいな感じで落ち着かない。
 多分それはきっとこんな天気だから。終わりも近いが梅雨だから仕方の無いことなのだろうと気を紛らわす。意味も無く、ため息。静かな部屋がより静かになった気もする。もとより自分の立てる物音以外に音はない。『寂しい』何て言葉はとうの昔に置き忘れた言葉だが、まあそう言う事なのかもしれない。

 子供がいればとも思うが、そもそもそんな事を望めるような身分でもない。『向こう』には子供がいるが娘ばかりで男の子はいないとか。そんな状態で『こっち』が男の子を産もうものなら話がまたややこしくなる。娘だっていい顔をされるはずもない。そういう役割を望まれているわけでもない。生かされている様なそんな存在が大それた望みを抱くのは罰当たりだ。
 ──やはり自分に許されたのは雨に濡れる小さな庭を眺めることくらいなのだろうか。

●来訪者
 とそう思っていたら何か、音が聞える。音、いやこれは声か。男の声。
 こんな雨の中なんだろうと少し庭先から通りを見てみると、何か肌色のものが走ってくるのが見えた。それが、大声を上げている様だ。まだ距離はあるのにここまで聞えてくると言う事は相当に大声なのだろう。
「何かしら‥?」
 そうして近づくのを待つ。そして近づくにつれ、それがとんでもない物だと思い知る。

「うっひょおおおおおおおおお!!!」
 奇声。そして男は褌一丁だった。しかも褌は頭に。つまりどういうことかというと、変態だ。頭に褌締めてどうすんだ。肝心なモノはぶらぶら過ぎてフリーダムじゃねえか。
 しかし、それもほんの一瞬。正確には呆気に取られているうちに通り過ぎていった様だ。

 いつしか雨は上がっていた。音もなく降る雨は、いつ降り始めたのかもいつ止んだとも知られることなくただ、地面にその痕跡だけを残していった。
「もうすぐ夏ね‥‥」
 今のは無かったことにしよう。彼女は通報の準備だけをしてそう思うのだった。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
荒屋敷(ia3801
17歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
浅葱 恋華(ib3116
20歳・女・泰
綺咲・桜狐(ib3118
16歳・女・陰
イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138
21歳・女・泰
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟


■リプレイ本文

●夏の朝
「変態が出たとあっては黙っていられません‥‥」
「このクソ暑い中で変態とはまた迷惑な‥」
 綺咲・桜狐(ib3118)とイゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)は新しい変態の登場に心を躍らせ、いや、撲滅のために命を燃やす。

 とはいえ今日は暑い。

 灼熱の炎天下。まだ午前中というのに太陽の日差しは馬鹿みたいに強く、青空も青空過ぎてむしろ腹が立つ。そんなわけだから、当然暑い。

「あー、あっちぃな!あっちぃ!」
 赤い褌も丸出しに荒屋敷(ia3801)は団扇で仰ぐ。何と言うか相当に見苦しい。
「暑いからってそんな格好をしなくても‥」
 荒屋敷から目を逸らしながらライ・ネック(ib5781)が抗議の声をあげる。
「なんでえ、こんなので興奮してたら─」
「興奮なんかしてません。見たくないだけです」
 とは言え、荒屋敷の言うとおり『こんなので』だ。荒屋敷のアレは褌によって隠されているが、今回の相手はアレが全開だという。褌は頭に装着され、本来の役割を全うしていないという変態を追わなければならないのだ。

 そして変態は全裸になる事で暑さという問題を解消しようとしているわけだ。となれば、こちらとて無策ではいられまいという理由もある。
「暑っ苦しいのよ、あーもう、我慢出来ないわっ!」
 そう言って浅葱 恋華(ib3116)が服を脱げばえらく布面積が少ない水着姿となる。隠しているとはいえ、これはこれでまた街中でする格好ではない。
「こんな暑いのに服なんか来てらんねえぜっ!」
 しかし夏の暑さは幼女も狂わせる。ナキ=シャラーラ(ib7034)も暑さに耐えられず、同じく水着姿に。‥ナキはいつも水着か?

 そうこうしている内に準備は整う。
「このままにしておくわけにはいきませんし、やるしかありませんね」
「ええ」
 志藤 久遠(ia0597)の言葉にエルディン・バウアー(ib0066)は答える。
 久遠は変態を野放しにはできないと考えた。
 エルディンは変態に正しい褌の締め方を伝えなければならないと考えた。
 お互い会話の掛け違いに気がついてはいないが、変態を捕らえる事だけは一致していた。

●夏の大運動会
 若者達は走っていた。こんなに暑いのに走っていた。もうお前ら頭おかしいだろという位に走っていた。もっともそう見えるのは先頭の男が一番の原因だろう。全裸。ただし、頭には褌。
「変態だーーー!」
「あっひょおお!!」
 言うまでも無く変態だ。叫び声まで変態だ。
 嗚呼しかし何が悲しくて『ぶらぶらな男と持久走』をしなければならないか。かの変態の後姿はお世辞にも美しいといえるものではない。そして後姿だけならまだしも、イゥラの前には走っても走っても尻といっしょに時折見えてはいけないものがちらつくのだ。
「待ちやがれこの変態が!!」
「逃がさないわよ♪」
 そう叫ぶ荒屋敷も割と危険な格好だし、挑発的な水着で走っている恋華もいるこの集団は変態一人を追いかけていると言うよりは『夏の変態大運動会 持久走の部』とでも称した方が良いかもしれない。

 そんな彼らに夏の太陽は暑かったが、世間の目は温かくなかった。
「なんか同類と思われている気が‥」
「‥多分、それは気のせい‥かと」
 こんなに必死に走っていても街の人々は水を差し出してくれることも無ければ、声援が送られる事もない。どっちかっていうと冷たい視線を送られてる気がする。
 それはそうと心なし久遠が走り難そうにしているが体の具合でも悪いのだろうか。時折胸元を押さえるような素振りを見せている。
 まあ『あんなもの』を見せ付けられたら、気分が悪くなるのも当然かもしれない。ライは自分も気分が悪くならないようにとアレを見ない様注意しながら走り続けた。

●夏の待ちぼうけ
 走っている方は辛いだろう。きっと誰かが『何が悲しくてぶらぶらな男と持久走をしなければならないか』と考えているに違いないとエルディンは待ち伏せの準備を続けていた。

「これでいいでしょうか‥」
 額の汗を拭う。大した仕掛けも手間も必要ないが、そこにいるだけで汗が噴出す暑さだ。
「しかし暑いですね」
 いかに爽やかに振舞おうとも暑いものは暑い。そしてこの黒い服がなお暑さを際立てる。というかこの熱気のなかこんな格好をするなんて自殺行為ではないだろうか。
「脱いでも‥?」
 ここには他にナキしかいない。幾分世間的に危険な感じはあるが、向こうは気にしないだろう。ならばとエルディンは本能のおもむくまま、僧衣を脱ぎ捨てるのだった。

 しかし運命の歯車は唐突に動き出し、予想もしなかった未来を紡ぎ出す。
「やべっ!」
 びりっという音とナキの声が重なる。何に引っ掛けたか、ナキの水着が破けてしまっている。しかも修復が難しそうなくらい豪快に。
 褌一丁の男と、ビキニトップだけを身につけた裸の幼女。そして破けた水着。この組み合わせを誰かに見られでもしたら、その人の選択肢はほぼこうなるだろう。

 → 通報する
   逃げる(後で通報する)
   見なかった事にする(後で通報する)
   自分も脱ぐ
 
「どう考えても正解の選択肢がありません!!」
 エルディンのストライクゾーンからは外れてはいるが、この状況だけを見たらそんな事を信じてもらえるとは思えない。変態の烙印を刻まれて表世界から退場という流れになるだろう。
「ま、いいか。見られたってどうって事ねえし」
 しかし幼女は時に天真爛漫過ぎた。その無邪気さは神父を破滅に追い込みかねない危険性を孕んでいた。
「駄目です!それはまずいです!!」
「そうか、一応隠しとくか」
 案外にも素直にナキは忠告を聞き入れてくれた。ナキは何か袋を漁っている。流石に着替えの水着はないので何かで代用しようというのだろう。兎に角最悪の事態は避けられそうだった。

●夏の伏兵
「ァァアべべ‥‥」
「予想通りです‥‥」
 桜狐が待ち受ける方へ変態が走ってくる。追い込むにあたってはある程度走る方向を制御する必要がある。
「こっちは駄目です‥」
 何もない所から現れる巨大な龍。まやかしなれど、俄かにはそうと見切れぬのが『大龍符』だ。
 だが慌てて転倒でもするかと思ったが、流石に全裸で街中を疾走できるだけあって変態は肝が据わっているらしい。変態は思ったほどの動揺も見せず、走り続けている。まあ狙った通りの道を選んでくれたから、作戦通りではあるか。
「‥しぶとい変態ですね」
 桜狐もやむなく変態行列に加わるのだった。

 しかし暑い。それでも変態はいまだ失速の兆しを見せない。
 それどころか、こちらが追い易いように走りを調整している節もある。
 長期戦は避けられない以上、こちらもスタミナを温存しないといけない。さしあたっては給水。水を飲めば暑さも気持ち和らぐだろう。
 イゥラは恋華の水筒に気がつくと、恋華に呼びかける。
「恋華、ちょっと」
 二人の間に長い言葉なんて必要ない。呼びかければそれだけで意図を察した恋華は水筒を手に取ると、中身をイゥラ達にぶっかける。
「っちょ!?何でぶっかけるのよあんたはーーー!?」
「なーに?倒れちゃったら元も子も無いでしょ♪」
「だからって水をかけないでも‥びしょ濡れです‥‥」
 恋華が撒いた水は思ったよりも多かった。イゥラだけでなく他の者も巻き込まれているようだ。

 ところで話は変わるが夏の衣服というのは、涼しさを求められるため薄くなる。
 そして薄い布というのは透ける。
 透けると言う事は──言わせんなよ恥ずかしい。
 つまりイゥラや桜狐は水を浴びて涼しげであるが、見る方はこうなんというか胸が熱くなる様な‥。

 そう、時代は変わった。もはやこれは『夏の変態大運動会』などではない。
 『奇跡のパレード』に進化を遂げたのだ。その証拠にいつしか道行く男達も我こそはと争い並走しているではないか。

「何だか様子がおかしいようですが‥」
「気のせい、ではないですね」
 ライも久遠も勿論水を被っていた。そしてライは確信する。久遠が走りにくそうにしている理由を。
 久遠の上半身で揺れているものが原因だろう。普段はさらしか何かで保護しているのだろうが、どういうわけか今日はそれがない。挙句、水の影響もあって割と自由奔放な状態だ。
 だが、久遠はそれについては気にする様子がない。ただ単に物理的に走り難いという感じだ。
『背心水、恐ろしい技術です‥』
 男達の視線は感じるが、本人が気にしていないのなら言うまでもないかとライはそれ以上深く考えるのをやめた。
「くそっこれまで、か‥」
 しかし併走していた男達も、鍛えられた開拓者の走りに着いて行ける者はそういなかった。
 一人、また一人と脱落者が出て行く。しかし、彼らは一様に悔しげでもありながら、満足したような表情で崩れ落ちていくのだった。

●夏の秘密
 基本的に全員変態のアレとかを見たいとは思っていないわけだが、特にライはアレに対する嫌悪が顕著だった。
 しかし追いかけているときはまだしも、捕まえるとなればアレが見えてしまうかもしれない。
 そこで、ライは考えた。『見たくないなら、見なければいい』と。
 そして目がダメなら耳があると、ライは心を研ぎ、耳に神経を集中する。どんな音も聞き漏らさぬように、目と劣らぬ情報を捉えるようにと。
 そして、加速。目は閉じていても近づいているのがわかる。
 音が、変態の存在を教えてくれる。

 ぺちーん。

 ぺちーん。

 耳を澄ませば生々しい、不愉快な音が聞こえてくる。
『この打楽器は一体どういう原理をしているのだろう』
 ふとそんな考えがライの頭をよぎったが慌ててそんな考えを振り払う。

「目を閉じたと雖も─」
 久遠もまた、心眼にて変態の姿を捉えることを試みた。
 既に視界に捉えていたわけだから、実の所大した効果はない。距離感などは今まで培ってきた経験で補うのだ。

「「大人しく止まりなさい!!」」
 左右から二人は手を伸ばす。目は閉じていても変態はそこにいる。それだけ分かれば十分だ。
 だが─

「うっほおおおおお!!」
 べちん!
 べちーん!!
「っ!」
 二人の手は空を掴む。いや、叩き落された。奇声とともに何かが音をたてながら物凄い勢いでライと久遠の手を弾いた。
「今のは一体‥!?」
 二人とも目を閉じていたので何が彼女ら手を弾いたかはわからない。
「武器ではなさそうです」
「ええ、生身かと。体温の様なものを感じました」
「手刀でしょうか?」
 多分、そうだ。そうであって欲しい。この会話はそういった不安を埋めるための会話でもある。
 真実を追究するようでいながら、求めるものは真実ではない。安らぎだ。知らなければ幸せな事もある。

 しかし、だがしかし、秘密というのはいつだって危うい場所に隠されているものだ。
「うおーすげー○×△捌きだ。って関心してる場合じゃねえ!」
 荒屋敷が駆けて行く。聞きたくない言葉を残して変態を追って行く。
 やはり手を弾いたのは、アレか。
 アレだったか。
「「‥‥‥」」
 真実に打ちのめされた乙女達はそっと涙を流すのだった。

●夏の決着
 木陰に佇む一人の男。そよ風が金髪を揺らす中、彼は涼しげな表情で何かを待っていた。
 茹だる様な熱気にも関わらず、彼はそれに悶える様子は無い。いくら夏の日中とはいえ日陰に入ればまた違うものだ。それに褌一丁ならさらにまた涼しい。
 想像して欲しい。木陰に身を潜めつつ、真剣な表情で荒縄を握る褌一丁のジルベリア人を。
 そしてもう一つ想像して欲しい。股間に天狗の面を括り付けて踊っている幼女の姿を。
 水着の代わりは本当に他になかったのだろうか。
 しかし、変態を待ち受ける彼らもまた、変態の資格を十分に有しているといえよう。
 『変態と戦う者は、その過程で自らが変態と化せぬよう心しなければならない』という教訓を思い出させるではないか。

「おぴょぴょぴょ!!」
 そんなナキ達が待ち受ける場所に変態が近づいてきた。
「ソイヤ!ソイヤ!」
 ナキの腰が、天狗の面が空に向かって突き立てられる。
 腰は激しく動くがこれは間違ってもセクシーダンスではない。『夏の変態大運動会 創作舞踊の部』だ。
「ソイヤッ!!ソっぷぎゃー!!」
 風に頭の褌をなびかせた変態を見てナキが噴出し、笑い転げている。
 自分の格好は問題なかった様だが、変態の見た目には耐えられなかったらしい。
 そんなこんなんでも、変態はやってくる。そして仕掛けられた罠が発動する。
「今です!」
 ピンと張った荒縄が変態の足を襲う。笑い転げているナキに気を取られていたか油断していたかは知らないが、変態は大きくバランスを崩す。
「いい加減観念しやがれ!!」
 このチャンスを逃すまいと荒屋敷が飛びかかる。エルディンが魔法の蔦を這わせる。
 花が舞い、組み合う二つの若い裸体、絡みつく蔦。
「うわあああああ!!!」
 荒屋敷はこの世の地獄というべき世界を思い知るのだった。

●夏の暴走
「じゃあ、私は番所へ」
 変態は捕らえた。捕らえたがこのままではどうにもならないのでライは引き渡すための準備に取り掛かる。しかし、ライは急がねばならなかった。
「変態は撲滅です‥‥」
「変態だしどうなってもしょうがないわよね♪」
「それ、蹴り潰してもいいわよね?」
 なぜならば変態の命は危機に瀕していた。あれだけ走り回っても余力があるのか、あるいは怒りが彼らを突き動かすのか。
「こうがんむちな野郎め!」
 『厚顔』とは微妙にイントネーションが違うので別の意味に聞き取れかねないが、ナキの鞭は無慈悲に変態の体を打つ。そしてその鞭は変態の無防備な『こうがん』な箇所にも襲い掛かる。無慈悲。実に無慈悲。
「ぎゃああ!!」
 憐れ、捕らえられた変態の叫びは止む事がなかった。

「褌は正しく締めませんと」
 褌一丁のエルディンが力尽きた全裸の変態に褌を『正しく』装着させる。
 炎天下の野外でもう色々と目を背けたくなる光景なのでとりあえず皆は見ないフリをする事にした。正直もうベーコンとかレタスとかそういう程度の問題ではない。
 そして荒屋敷が最後の仕上げを加える。
「これでいいだろ」
 荒屋敷がそう言って見上げる木の先には、ぐったりした変態がぶら下がっていた。
 それは『処刑済み』とでも表現するのがふさわしい、大変猟奇的な作品に仕上がっている。
「これは、いったい‥‥」
 ちょうど戻ってきたライが呟く。自分がいなかった間に一体何が起こったというのだろう。
「たっぷり可愛がってやったぜ!」
 こっちに気付いたのだろう、親指を突き立てたナキが呼びかける。股間の天狗の面も何だか誇らしげだし。
「ほらほらぁ〜大人しく着替えさせられなさい♪」
「ぬ、脱がさないで下さい‥」
「着替えぐらい自分でやるわよ!?」
 恋華は恋華で何だか仲間達を脱がそうとしているし。
「もう今日の事は忘れよう‥」
 久遠は何か遠くの方見てるし。
『早く終わらせて帰ろう』
 もうなんだかとっても疲れたライはそう思うのだった。