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■オープニング本文 ●桃を持って帰りましょう ここはちょっとばかり片田舎な、とある山里です。 ある日、じじいは芝刈りに、ばばあは川へ洗濯に行きました。 桃の花は咲いたものの、まだ寒い日も少なくはありません。今日はようやく暖かな日差しとはいえ、まだ冷たい川の水をもろともせず、ばばあは老獪な手管にて洗濯物を片付けておりました。 「我が右腕に宿りし力、とくと見るが良い!」 川にはばばあの他誰も居ませんが、ばばあは謎めいた構えを取ると、川に手を差し入れ年寄りとは思えぬ手捌きで衣服を洗って行きます。ばばあ、只者ではありません。衣服が無駄に傷んでいる気もしますが、気にしてはいけません。 そんなすごいばばあの前に何の前触れも無く、上流から何かが流れてきました。 「はて、あれは‥?」 老いたりといえどばばあの眼光は鋭く、その不審物を射抜きます。まるで目から怪光線を発し、その不審物を焼き尽くす様な鋭さですがやはり気にしてはいけません。 「桃、か‥?面妖な‥」 確かに流れている物は桃に見えますが、まだ桃の実がとれる季節でもありません。 それに、桃の実というにはあまりに大きいのです。このばばあは身の丈六尺を超えますが、並みのばばあであればそれより大きいかもしれないくらいなのです。 「しかし、食べ応えはありそうではある」 ばばあは口元のよだれを拭います。その表情はまるで山姥です。だけど気にしては(略)。 そうこうしている間にも、桃はばばあの方に近づいてきます。もちろん、このまま見ていては下流へ流れてしまいますので、ばばあは桃の回収を決意します。 「夕餉の余興にはいいかもしれんな‥」 ざぶざぶと水を掻き分けて川の中に入ったばばあは、桃を楽々と担ぎ上げるのでした。 ●桃を食べましょう 「と、いうわけなんだが‥」 ばばあは日中の顛末をじじいに話しました。 「でかしたぞ、ばばあ」 そう言ってじじいは満足げに目を細めます。その言葉に嘘偽りはなく、じじいはとても喜んでいるようでした。 しかし改めて見てもこの桃は相当に大きいのです。熊の様な大男であるじじいや、ばばあといるから多少は控えめに見えますが、普通の老人よりは恐らく大きいだろうと思われる巨大さです。つまりじじいとばばあが馬鹿みたいにでかいのですが、気(略)。 「しかし、これ程の大きさとなれば普通の包丁ではいささか面倒」 「左様。なれば本来の用途ではないが、まあよかろう」 じじいは立ち上がると、家の外へ出て行きます。ばばあはその後を追うように桃を担いで外に出ます。彼らにとってこの程度の意思疎通には多くの言葉はいらないのです。それが、夫婦というものなのかもしれません。 「こいつを使うのは久しぶりだな」 夜陰に光る、鉛色。巨大な刃をつけた刀がじじいの手に握られておりました。 じじいはその刀を軽々とふるって風を斬っていますが、その刀たるや刃はまるで斧の様な分厚さで、とんでもない業物です。これなら桃どころか、桃の木すら断ち切れるのではないでしょうか。 「まさか、老いて扱えぬなどとは言わぬだろうな?」 「笑止。その目でこの太刀筋を追えると?」 じじいは上段に刀を構えます。その剛刀で桃を中の種もろとも一刀両断にしようというのでしょう。 すっとじじいは空気を吸うと、刀を振り下ろします。 「ぬおおおぉぉぉっ!!」 大気を震わせて振り下ろされる刀。『目で追えるか?』というだけあって早いものでした。 なお、その太刀筋に迷いのかけらも見当たらないほどで、まるで大地すら真っ二つに切り裂くつもりなのではないかと思われた一撃でした。 ですが、その一撃は桃に触れるか触れないかという瞬間にぴたりと止まるのでした。 「なんとっ!」 「こ、これは!?」 じじいの業物を止めたもの、それは手でした。 刀を手と手で合わせて挟み込む、それはまさに真剣白刃取りです。 何という事でしょう、巨大な桃から逞しい腕が二本生えているではありませんか。 そして、いつの間にやら足まであります。すね毛全開の足がこれまた二本生えています。 「まさかアヤカシだったとはな‥」 「だが、我らの前にやってくるとは愚かなアヤカシよ」 何という事でしょう。この異変に接しても、じじいとばばあは動じません。そんじょそこらのアヤカシでは問題ないという事なのでしょう、むしろ目の前のアヤカシを見て嬉々として表情が輝いているではありませんか。 大変です。このままでは依頼になる前アヤカシが退治されてしまいます。 しかし、アヤカシは桃だけではなかったのです。 「アヤカシだーっ!」 「鬼だ!鬼が来たぞー!」 このタイミングで村に他のアヤカシまでやって来ました。 「ばばあよ、ここはわしが抑える」 「──わかった。死ぬなよ」 その日、じじいは桃退治に、ばばあは鬼退治に行く事になりました。 ●桃を退治しましょう 「これ程骨のある相手は何年ぶりか」 じじいは桃との間合いを計ります。桃もアヤカシでこそありましたが、正体を現してからは小細工を弄することはなく、じじいと力と力でやりあっておりました。 しかし、あれから時間はどれだけ過ぎていたのでしょう。じじいと桃はいつの間にやら鬼に取り囲まれてしまいました。 「くっ‥‥。どちらかだけであれば問題ないものを‥」 そんな事を呟いた瞬間、囲いの中から手斧が飛んで来ました。どこかの鬼が投げたのでしょう。 しかし、じじいは巨体を軽やかに回転させるとその斧をかわします。が、 「腰がぁ!」 回転しすぎて腰を痛めてしまったようです。卑劣な鬼達はこの好機を逃すまいと囲いの輪を狭めます。しかし、その輪の一箇所が崩れます。 「待たせたな!」 「ばばあ!」 ばばあです。ババアが空を舞い、鬼達を吹き飛ばし、じじいのもとへやって来たのです。 「ここは一旦引く」 ばばあは現れた時を再現するかの如く、鬼達を蹴散らすとじじいを担いでまた飛び去るのでした。 それには桃も、鬼もただ見送るしかなかったのでした。 「村の者達はみな逃げ延びた」 「それはなにより」 「だがまだ油断は出来ん。我らで守りを固めねば」 「こうなれば仕方が無い。桃どもの相手は若い者にまかせるか‥」 というわけで、鬼退治件桃退治の依頼が開拓者ギルドに張り出される事になるのでした。 |
■参加者一覧
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
アクエリア・ルティス(ib0331)
17歳・女・騎
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
向井・操(ib8606)
19歳・女・サ
不破 イヅル(ib9242)
17歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●出会い 「罪のない村の人々の生活を脅かす鬼達の軍勢、桃の化け物か」 アヤカシ襲撃の知らせを受け、開拓者達は村へやって来ました。方向音痴に定評があるという向井・操(ib8606)も他の仲間とやって来たので無事辿り着く事ができました。 「‥‥鬼退治ってだけじゃないんだよね、おーけーおーけー」 確かに鬼退治と言いたくなるくらい、やってきた村は鬼ばかりですが、蒼井 御子(ib4444)が一瞬言い淀んでしまったのは操も言ったように『桃の化け物』がいたからです。 「アヤカシにモモも鬼もいて、つまり私たちが犬猿雉的なポジションだよね!」 鬼だけでなく桃も退治される側にいるのでややこしいのですがアムルタート(ib6632)の解釈によると、動物が鬼と桃を退治するとなり、なかなか新感覚です。 それはともかく鬼はともかく桃のアヤカシは他の開拓者にも珍しい様子です。 「こちらでは桃に手足が生えるのですか。なかなか興味深いです」 『瘴索結界』を終えた嶽御前(ib7951)が感想を漏らします。 嶽御前の古里では、桃に手足は生えていませんでした。生えているとしてもせいぜい鼻毛くらいでしょうが、天儀全土探すとなれば手足が生えるものもいるのです。 「なんていうか、アヤカシも本当にいろんな種類がいますね‥」 そんなアヤカシの不思議に食べれない無念さを微かに滲ませながら相川・勝一(ia0675)が桃を睨みます。そうです、桃に色々生えるのは嘘です。色んなものが生えるのはアヤカシだからです。それはそれとして生えたのが手足なのはとりあえずまだマシな方だとは思います。もしあんな物とかが生えていたら‥‥。 「桃は大好きだよ」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が仲間の女性開拓者の尻(付け加えるなら若い方を優先的に)を見比べながらそう言います。確かにその桃も良いものですが、多分他の皆が言っている桃とは別の物だと思います。 そして桃といえばかわいらしいイメージがあります。良い桃を持ったアクアことアクエリア・ルティス(ib0331)もその可愛いイメージを抱いていたのですが、その妄想は儚くも崩れ去るのです。 「えーと‥桃‥‥?桃‥よね‥?」 手足が生えているというだけでもなかなかのステキ具合ですが、その手足は激しく筋肉質でさらにはみっしりと毛が覆っているので、男らしさの自己主張が止まりません。 「‥‥しかしこの雰囲気‥ただ事じゃないな‥‥」 とは言っても桃のアヤカシは男らしさだけではなく、強者の予感をも匂わせていました。そしてその空気にあてられた不破 イヅル(ib9242)は心なし眉毛が太くなり、背後に立つ事を許さぬ予感を匂わせているのでした。 ●鬼退治 「鬼はこちらで対応する。桃の方は頼んだぞ!」 「桃はボク達にまかせてもらうよ」 開拓者達は桃を強敵と見定め、鬼を駆逐する役割と桃を相手する役割に分けました。その数は半々。鬼に四人、桃に四人。鬼と桃を分けるようにしてあたろうという戦略です。 「褌将軍壱の将、相川参る!」 幼き顔を仮面で隠し、褌将軍勝一は駆け‥‥って『褌将軍』とは何なのでしょう。そして壱以外に一体何人いるのでしょう。色々と気になりますが聞いても後悔する予感がしますので聞き流す事にしましょう。 そんな勇ましい褌将軍の掛け声をきっかけに鬼達を相手取る開拓者達は戦闘を開始しました。 「鬼は外だあぁっ!!」 御子の繊細そうに見える竪琴から発せられたとは思えないような激しい曲が、鬼達を包みます。あ、一応ここは外です念のため。鬼の居場所なんて内にも外にも無いのです。ただ消え逝くのみなのです。 そして悶える鬼達の数はかなりのもの。先に鬼を片付けて桃退治に加わりたい所ですが、そう簡単にはいかないかもしれません。 「結構いるかな。これは手間かも」 「急いで片さねば」 騒々しい音の波が去って浮き足立つ鬼達を操の刃が狙います。どちらかといえば仲間と協力するよりも個として動くのが得意である分、操はあえて足並みを揃えて動く事を心に留めているのです。 「悪いが、この地にて『人生』の幕を引いて貰おうか」 アヤカシにかける情けはありません。操の振り下ろした刀が手前にいた鬼を真っ二つに断ち切ります。 「‥‥ん?アヤカシだし、『アヤカシ生』か‥‥?」 そんな事を考えていた操の横を通過して、弾丸が鬼の手斧を叩き落します。 「‥‥‥」 イヅルの狙いは鬼の手元。熱い気持ちを内に秘めて寡黙に慎重に狙いをつけます。 「‥‥‥」 そしてまた機械的に弾を込め、少し前と変わらぬ姿勢で次の敵を狙います。 「‥‥‥」 それを繰り替えても繰り返してもしかしイヅルはやはり寡黙です。戦闘中に饒舌になるほど自信家ではないという事でしょうか。何という事でしょう。このままでは彼の台詞がないまま終わってしまいます。 ●桃退治 一方その頃、桃側でも戦いは始まっていました。 「モモさんこちら〜♪」 踊るように桃を翻弄しようとするアムルタート。しかし桃もなかなかの足捌きでアムルタートが期待した成果までは出ていません。まるで少女と気持ち悪い桃が踊っているかに見えて、それはとても趣味の悪い夢のようです。 逞しい桃の腕とアムルタートの細い身体が背徳の感を演出し、アムルタートが持つ鞭がさらに性的倒錯具合を加速させるのです。 「そっちは駄目なんだよモモ!」 「助かります」 そしてそれだけではなくて、アムルタートが『そっち』と言った方向には割合リズムの早い両者の踊りと少し離れて嶽御前がゆったりと踊っています。これではみんな踊るばかりで怪しい踊りのお祭りと勘違いする人もいるかもしれませんが、違います。決していけない薬をキメてどうこうというのも全く関係ありません。戦いです。これは生死を賭けた真剣な戦いなのです。 「桃ってあんなに大きいものなんですね‥‥」 嶽御前は自分が知る世界が狭かった事を改めて思います。そして、世界を広げるためにこれからも色んなことを見知り吸収していくのです。そして今まさに桃に対して基本的に間違った情報を吸収している気がしますが、そんな事を気にしてはいけません。 そんな怪しい祭りが大きく広がらないよう、取り囲むように二人が待ち構えていました。鬼まで混じって大盆踊り大会となっては困るのです。 「私が相手よ!」 「ボクもお相手するよ!」 アクアとフランヴェルが剣と槍を構えて、桃の行く手を遮ります。 白刃が、切っ先がぎりぎりまで迫っても桃の勢いは全く落ちません。このまま力ずくで通ろうというのでしょう。しかし、そうは言っても二人だって譲るつもりはありません。しかし── 「うっ!」 「なにこれ気持ち悪い!」 強い決意を持って構えていたにもかかわらず、激突するや瞬間二人は撥ね退けられてしまいました。 なぜならば、桃の腕の剛毛がフランヴェルの鼻先をくすぐり、そよぐすね毛がアクアの肌を刺激したからです。 恐るべき男らしさみなぎる体毛。桃の腕毛やすね毛は見かけだけでなく、実益を持った脅威の体毛だったのです。 とりあえず鬼と合流して大盆踊り大会にはなりませんでしたが、強く逞しい桃。それは可憐な少女達にとって恐ろしい敵だったのです。 ●続く鬼退治 鬼も個体ならそれほどの脅威ではありませんでしたが、知性もあり数があると手強い相手です。力を出し惜しみしていては数の差で押し切られてしまう危険がありました。 「ふ、ここからが俺の本気だ!この褌に恐れないならばいくらでもかかってくるがいい!」 ですので勝一も本気を出さないわけにはいきません。 『ざくっ』と鬼を斬り捨てては『きりっ』見得を切り、そして『はらり』零れ落ちるは褌。 ざくっ、きりっ、はらり。 ざくっ、きりっ、はらり。 ざくっ、きりっ、はらり。 勝一は格好良く立ち回っていますが、良く考えたら仮面の少年が事あるたびに褌を露出しているのです。へ、変態だー!! 「たまに動きが悪いのが居るケド、なんなんだろうね」 御子は少し後方に居る分、大局的な流れも掴み易い立場にありました。そしてどうも鬼の中に最初から手傷を負っている様なのが混じっている気がするのです。 御子が演奏をして、イヅルが射撃をしているから勝一や操に斬られずとも傷を負うものがいるのでしょうが、それが届かぬ場所から繰り出してきたと思われる──まるで怪我をしていたから後ろに下がっていたというべき鬼がいる様な気が。 「まあ楽でいいケドね」 そんな感じで若干余裕のある後方ですが、しかし後方といえどもここは戦場。決して安全というわけではないのです。 「‥‥」 無言で射撃を続けるイヅルにも危険が迫っていました。 足音を潜めてイヅルの背後に忍び寄る鬼。慎重に歩みを進めてあと数歩──という所でイヅルが振り向き銃口が火を噴きます。 「‥‥俺の後ろに立つな。命が‥‥」 と言い掛けた所で鬼が瘴気に戻ります。 「死んでるか」 「すまない!見落としていた」 「気にするな」 操の呼びかけに何事もなかったかの如く振舞うイヅルでしたが、実は内心かなりどきどきでした。 そして再び前を見た操の長刀が弧を描き、まとめて数匹の鬼が倒れ臥します。 「次に人せ─いや、アヤカシ生を終えたいのは誰だ?」 鬼達のアヤカシ生を終わりにさせるため、何より人々の生活を守るため、操の刀は振るわれるのです。 ●続く桃退治 「大丈夫ですか?」 桃は強敵です。気持ち悪さだけでなく頑強さと俊敏さが程良く調和しており、お互い決め手を欠いたまま戦いは続いていました。とはいえ、開拓者には嶽御前という巫女が居ます。強烈な一撃を受ける事がない分、回復が間に合わないという事もありません。 「もう少しの辛抱です」 こうやって続けていけばいつかは倒せる相手のはず──。そう信じて嶽御前はアムルタート達の戦いを見守りながら舞うのです。 そしてその時はもうすぐそこまで来ていたのです。 「すっ転べモモ!」 アムルタートの鞭が桃の足を狙います。そしてバランスを崩した桃にさらなる一手。 「なんでヌルヌルしてるのよ!」 アクアの剣が桃の手を跳ね上げます。足の自由は奪われて、ガードも崩される。つまり桃は無防備となったのです。 そして太くて硬い槍を構えるのはフランヴェル。ずっとこの瞬間を待っていました。狙うは産毛の生えた一本筋。凹んだ部分に捻じ込む様に、渾身の一撃を突き刺すのです。 「貫け!」 もし桃に口があったなら、『アッー!』という叫びを上げるに違いない強烈な一刺しが桃を貫きます。 「大人しく割られて全部出てくるがいいよ!」 「そろそろ終わりね!」 アムルタートは短刀に持ち替えて皮を剥き剥ぎ、アクアの剣は桃を切り刻みます。 大きく形を崩した桃は最早、まともに動く事さえままならない様でした。 そして──。 「特に瘴気は感じられません」 嶽御前がアヤカシの討ちもらしが無い事を宣言するのに、そう時間は掛かりませんでした。 ●じじいとばばあ 「アヤカシは居なくなったが、流石に──」 操は改めて周囲を見回します。アヤカシは退けましたが、アヤカシ達が荒らした後はそのまま。アヤカシが居なくなったからといってすぐに元通りというわけにはいきません。 「退治して、はい、それで終わりというのも、な」 そう言いながら家屋の破片を手に取るのですが、片付けようにも相当に時間がかかるでしょう。 そんな時、フランヴェルが崖上に人影があるのを見つけます。 「誰か、いるみたいだね」 距離はあるものの、ただならぬ雰囲気を感じ取ったフランヴェルは『この気配、只者ではないね』と心の中で呟きます。 「なんて濃い面構え‥‥」 崖上の人影がアヤカシでない事を勝一は祈ります。それは見ようによっては老夫婦。しかし、その顔の濃さだけでなく、体格の良さは覇王の風格すらあり尋常ではありません。むしろあれはアヤカシだと言ってくれた方がすっきりします。しかしアヤカシだとしたら、生きて帰れるかどうか── 「瘴気は感じられません」 嶽御前もあれをアヤカシかどうかと一瞬疑いましたが、『瘴索結界』では瘴気の存在を確認できませんでした。 楽観的に考えれば、あれは人。悲観的に考えれば、嶽御前の『瘴索結界』に引っ掛からない程、強大な力を持つアヤカシです。 アヤカシは去ったはずなのに、それ以上の緊張感。これは迂闊に動けないと開拓者達が思い始めた時、崖上の存在は場の膠着を嫌ったのか動きを見せます。 「え、と、飛んだあ?」 アクアが驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまいます。それもそのはず、普通に考えたらちょっと飛び降りたりしないだろう高さから老人が跳躍するなんてあまりに想定外。さらに空中で捻りを入れて回転して見事着地するとか意味不明。 「心配して来たものの、その必要はなかったようだな」 ばばあが口を開きます。腹の底に響くような声でますますただの老婆である線が遠ざかります。 「あの桃を討ったか。最近の若い者も大したものだ」 じじいも何か言っています。この口調では桃を従える上位のアヤカシなのかもしれません。 「あ、あなた達は‥?」 一応確認。アクアが勇気を振り絞り、問いかけます。この緊張感、最早桃と相対している時の比ではありません。 「ただのじじいとばばあよ。この村のな」 『お前らみたいな変でデカいじじいとばばあがいるか』 若者達は頭の中で一斉に突っ込みましたが、誰もその事を口に出すものは居ませんでした。 「あの桃ってあれを二人で?」 御子がもう一点気になる所を確認。あの桃とやり合って生きているのだからやはり『ただのじじいとばばあ』と考えるのはおかしいし、他にも気になる事があるのです。 「鬼の邪魔がはいったから決着はつかなかったがな」 「なんだかアヤカシに手傷があったのだケド、それって‥‥」 「年故、細かい事は覚えておらぬわ」 そう言って豪快に笑うばばあ。間違いない。このじじいとばばあは自分達が来る前に相当アヤカシを始末してる。御子の疑問は確信に変わり、確信は畏れの色を強く持つのでした。 そんな御子の恐怖をよそに、恐れを知らないアムルタートは微妙にかみ合わない表情で親指を立てて言い放ちます。 「モモは死んだ。礼は、キビ団子で良いぜ」 「よかろう。報酬とともに届けよう」 「ではさらばだ」 言うが早いが今度は駆け上がるように崖を上って行く二人。最早狂気の世界と言えるかもしれません。 「‥‥元気なのはいいことだが‥元気すぎるのも何だな‥‥」 イヅルは煙草の煙をくゆらせながら、半ば諦めた様な目つきでその様を眺めていました。 もうこうなるとあのじじいとばばあが同じ人間であるかは疑わしいですが、アヤカシを蹴散らすくらいは余裕なんだろうなと思わざるを得ません。 そして最後に開拓者達がギルドに戻った時にはすでに見た目が悪く、味も微妙なきび団子が届いていたという‥‥。 |