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■オープニング本文 朝顔の花に、どのような姿を想像するだろうか? 多くの者は、丸い、らっぱ状の形を思い描くだろう。次に、色は? よく目にする、青や赤、白といったところか。 しかし知っているか。世には、星形の花びらをしていたり、房のように垂れ下がったり、斑点模様があったり、3色の混じった色をした朝顔があることを。そしてこれらは、蒐集家達が何年もかけて独自の品種改良をした結果なのである。 特に珍しい形をした朝顔を作り出した者には、相当の名誉が与えられる。それは、どんなに金を積んでも得られないものだ。由緒ある家系だろうが、学歴が高かろうが関係ない。言い換えれば、土など触ったことのない小娘が手にすることもあり得る、ということなのだ。 久琉菜という金魚屋の娘がいる。歳は18。自身の色恋よりも、金魚の模様のほうが気になるという、ちょっと変わった娘である。春から夏の間、あちこちの縁日で売られる金魚を卸していて、ときには自身で露店を出すこともある。 この日、同じ縁日に朝顔売りが並んでいた。その店では緋月という名の、歳の近い男が店番をしていた。 緋月が先に声を掛けてきた。「綺麗な金魚だね」と。 自分が育てた金魚を褒められて、久琉菜は有頂天になった。それからどんな話を交わしたのかは覚えていないが、最後に、褒められたその金魚を譲ることにした。すると緋月も、お礼にと、まだ本葉がようやく揃ったばかりの朝顔の鉢をひとつ譲ってくれたのだった。 縁日が終わり露店も解体され、久琉菜と緋月はまた来月の縁日で会えるだろう、と曖昧な約束をして別れた。久琉菜は、なんとなく朝顔のことは家族の誰にも知られたくなくて、秘密の場所で育てることにした。そして、次に緋月に会う時は、立派に咲かせた花を見せてやろうと考えていた。 3日後。朝顔屋に強盗が押し入り、一家が皆殺しにされたという衝撃的な事件が町を駆け抜けた。屋内の箪笥や行李はまったく荒らされていないという、奇妙な事件だ。犯人はまだ捕まっていない。 事件の報せを聞いて、久琉菜はどうしようもなく悲しかった。あまり知りもしない、会ったばかりの男がいなくなったことを何故それほど悲しむのか、自分でも不思議だった。そしてこれは、譲ったばかりの金魚が気になるからだ、と自分に言い聞かせ、件の朝顔屋へ様子を見に行くことにした。 野次馬と役人がちらほら集まっていた。事情を知ってそうな者を捕まえて話を聞くと、金魚は土間に置かれた盥の中で見つかった。 「その金魚がどうしたんだい?」野次馬のひとりが聞いた。 「こないだの縁日で、ここの息子さんに譲ったばっかりだったの」 「譲った? そんなでかい金魚、高いだろうに、タダで?」 「ここの朝顔を貰ったから、おあいこよ」 この頃から、久琉菜の周りで奇妙なことが起こり始めた。 誰かに後をつけられるようだ。庭に誰かが入り込んだようだ。家捜しをされたようだ‥‥。しかしどれもこれも、その気配がするだけで、はっきりとしたものではないので、どうすることもできない。 なぜ急にこんなことが‥‥? 久琉菜は直感で、自分の身が危ないと察した。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
コトハ(ib6081)
16歳・女・シ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
凹次郎(ib6668)
15歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●金魚屋 これから縁日が増えて忙しくなるだろう、ということで、久琉菜の金魚屋に、新しい売り子が入ってきた。神座真紀(ib6579)という名の売り子は、獣の耳が目立つ、個性的な風貌であった。賑やかな縁日の場に行くと違うだろうが、この町では獣人はまだ多い方ではなく、通りがかった子供らなどは、物珍しさからか近寄ってくる。 「くるな姉ちゃん、この人、だれー?」 「新しい売り子さんよ。金魚のこと、勉強中なんよ」 「この耳、ほんものー?」 「偽物やで、ゴメンなあ」 真紀は、頭のカチューシャをはずして見せる。すると子供達はあからさまにがっかりして、また次の面白そうなものを捜していなくなった。 そんなことが続いたから、同じ獣の耳を持つ羽喰 琥珀(ib3263)が新しい客として来たところで、誰も気には止めなかった。 「へー、でかい金魚やなぁ。これ、全部ねーちゃんが育てたんか?」 どこにでもいそうな動物好きの子供が、店頭の生け簀の前に長時間しゃがみこんでいたとして、何らおかしな光景ではなかった。 「どうやったら、こんなに大きくなるンか、教えてくれねーか?」 「コツは、あんまりたくさん飼わないことかしらね。狭いところだと大きくならないわ」 「そーなん? 俺、100匹ぐらい飼いたいけどな」 往来にはいろんな人が現れては消える。聞こえてきた売り子と客のやりとりに耳を傾ける者、つられて暖簾をくぐる者、全く興味なく通り過ぎる者。サムライもいればジプシーもいて、素性の知れない風来坊もいる。‥‥そういった客や通行人たちを、物陰からコトハ(ib6081)と凹次郎(ib6668)は黙って見ていた。 今のコトハは、単なる町娘の格好だ。この町で一番多くいる人間の一人だろう。金魚屋の売り子たちと入れ替わっても気付かれないような姿で、だから誰も彼女に特別な警戒心を抱く者はいなかった。 エルフの凹次郎は、それに比べるとやや目立つ風貌だ。耳を手ぬぐいで隠してはいるが、『かぶり物をした人物』というものは、それだけで他人に特徴を覚えられてしまうものだ。なのでコトハと同じように遠巻きに見守りながらも、彼女らに近づこうとしない。 だからこそ、獣人の琥珀がいちばん派手に動き回る案はありがたかった。より目立つものに、人は気を取られるものだ。この時に、この往来で、琥珀の姿を覚えている通行人はいても、コトハや凹次郎のことは誰も覚えていないだろう。 (「さて、敵さんはどのくらい頭が回るのか‥‥」) 自分たちの標的はどっちの人種だろうか、と考える。 久琉菜が怪しい視線を感じていたという話からすれば、こうしている間も、凶悪な目的を持つ犯人が久琉菜を見張っているだろう。 その見張りは、いかにも柄の悪いちんぴらどもなのか。それとも、何の特徴もない温厚な町人なのか‥‥。 どのくらい時間が経っただろうか。 通行人たちのほとんどの顔ぶれは入れ替わった。 否、1組だけ、変わらずそこにいる者たちがいた。 路肩で、けだるそうに世間話をしている若い男が、今は2人。途中で1人になったり、3人になったりしたが、改めて見てみると、3人の組み合わせが変わっただけで、ずっと同じ人物がそこに居続けたのだ。 うちの1人が、またその場を離れた。 コトハは、彼の後をつけることにした。 ●朝顔屋 一家4人が惨殺されたという恐ろしい事件は、未だ解決していない。第一報は強盗だと言われていたが、後に調べると屋内が荒らされていないと分かり、金目当ての押し込みではなかったのだと推測されるようになった。 (「恨みかしら?」) (「そんな、誰かに恨まれるような人には見えなかったけど」) (「いやあ、分からないわよ。たとえば奥さんに男がいたとか?」) 無責任な噂が、ちらほら聞こえてくるようになる。竜哉(ia8037)とルオウ(ia2445)は、待ってましたとばかりに、その噂好きそうな集団の中に顔を突っ込んだ。 「こんにちは。いやあ、大変な事件ですねえ。これは記事の書き甲斐がありますよ」 二人は、あたかも自分たちは瓦版屋の記者であるという風に振る舞った。すると、想像通り野次馬が、目を輝かせて彼に寄り集まってきた。 「そうなのよ、怖いわねえ」 「何にも悪いことしてないのに」 ピィピィやかましく聞こえる話を、喋るに任せて忙しく書き留める。すると、徐々に話が思いもがけない方向へ進み出した。 「今思えばね、奥さん、男がいたんじゃないかしら」 「まあ。大人しそうな顔をして、見かけによらないわねえ」 「だって見たんですもの。ちょっと前まで、足繁く通ってる男がいたのよ。客かと思ったけど、朝顔ってそう何日も続けて買いに来るもんじゃないわよね」 『足繁く通っていた男』‥‥気になる話が出てきたではないか。ここは更につっこんで聞きたい。 「へえっ、色男だった?」 ルオウは、下世話な好奇心を剥き出しにして、露骨に聞いてみる。 「子供が興味を持つことじゃない‥‥でも、実際のところ、どうなんですか?」 竜哉はわざとルオウを話の輪から追い出し、彼に聞かせまいと、声をひそめた。内緒話の体を作れば作るほど、野次馬の口は軽くなるようだ。 「ここだけの話にしといて頂戴よ。恰幅のいい、金回りのよさそうな男よ」 話を始めた女は、よほど喋りたかったのか、こちらが聞かずともべらべら教えてくれる。『大店の旦那かも』『女に手が早そう』『あんなのに限って』等、推測の域をでないものがほとんどであったが、それでも男のだいたいの特徴を捉えたものであった。 ●秘密の場所 午後の半ばを過ぎてから、久琉菜は店の仕事を終え、外出をする身支度を始めた。 「どこ行くんや?」 「んー、ちょっとね」 「出かけるんやったら、あたしらもついて行かせてもらうで」 護衛として来て貰っているのだから、真紀の発言は当然のものだろう。だが、久琉菜はすこし考えるような仕草をした。どこか、知られてはいけない場所に行くのだろうか? 「いいけど‥‥気ィ失わないでね」 目的を話すと、真紀は鳥肌を立てて小さく悲鳴を上げた。しかし、行かないわけにはいくまい。気を取り直して、桶を抱える。 二人が家族に留守を任せて店を出ると、後ろから琥珀が付いてきた。 「あっ、金魚屋のねーちゃんだ。どっか行くのか?」 「金魚100匹の子やったね。よかったら、ねーちゃんらを手伝ってくれん?」 「面白そうだな、何でもやってやるよ!」 同じく、桶を抱える琥珀。何をさせられるのかは分からないが、久琉菜と並んで歩く口実を利用しない手はない。 3人が歩き出すと、例の路肩でにいた男たちも、ついと動き出す。その後をさらに凹次郎がつける。 久琉菜たちは、道から離れた藪の中へ入っていった。さすがにこれを追いかけると目立ってしまうからか、男たちはうろうろとしながらも、それ以上進めなかった。 さて、こちらは藪の中。決して綺麗とは言えない水たまりのような沼から、悲鳴が聞こえてくる。 「ひゃあああーーーー、気持ち悪いーーー」 「ヒルもいるからね、あんまり無理しちゃダメよ」 「うわあああ、足の指にーーー、指の隙間にーーーーー」 久琉菜は時々、ここでこうやって、金魚の餌となるイトミミズを集めているらしい。慣れてしまった彼女は平気だが、初めての者には衝撃的だろう。 桶にいっぱいのミミズを集め終わり、やれやれと腰を伸ばすと、久琉菜は「ちょっと待ってて」と、沼から少し離れた場所へ進み出した。何があるのかと真紀が首を伸ばすと、久琉菜は照れくさそうに「誰にも言わないでね」と言った。 先には、植木鉢が置かれてあった。周りを藪で囲まれ、知っているものでなければ気付くまい。 「もらい物なんだけどね」 朝顔の芽が出ている植木鉢には、赤い丸が描かれてあった。 「この丸は、何か意味があるのか?」 「‥‥緋色の、月、ですって」 久琉菜はそれ以上言わなかった。けれど、それが意味していることは琥珀も真紀にもすぐに分かった。 一仕事終えた久琉菜たちが、イトミミズの桶と共に藪から出てきた。もう薄暗くなる頃だ。 入れ替わるように、男たちが藪の中へ入った。悪態をつきながら、藪をかき分けている。捜し物をしているのは明らかであった。 ●蒐集家 コトハが追いかけた男は、ある一件の屋敷へ、裏口から入っていった。そっと中をのぞくと、男は、家の主と思われる、恰幅のいい男に向かって何やら報告をしているようだった。『超越聴覚』を用いてその会話に全神経を集中させてみる。 『‥‥庭のどこにも無く‥‥どこか別の場所に‥‥』 『いっそ、ひっ捕まえて吐かせても‥‥』 『やった数が4人から5人に増えようと、こうなりゃ同じ事じゃ‥‥』 かなり不穏な会話をしているようだった。 「どうやら、同じ所に辿り着いたみたいだな」 ルオウと竜哉もまた、聞き出した男の特徴からこの屋敷に近づいていた。 恰幅のいい、金回りのよさそうな男。 屋敷の大きさから見れば、噂はただの噂では無かったようだ。 「証拠が欲しいわね」 物騒な話をしているだけでは、何の罪も問えない。 屋敷をぐるりと回ってみると、広い庭がある一角を見つけた。 そこに、筵で囲まれた建物があった。人が住むような場所ではない。 中にあったのは、整然と並べられた朝顔の植木鉢であった。それぞれの鉢に、番号と、何やら細かい数値が記されている。観賞用というより、研究用であるらしい。 筵は、寒さと風よけなのだろう。黒い布が敷かれており、周りの気温よりも温かく保たれたそこにある朝顔は、この季節に関わらず、蔓を高く伸ばしていた。 同時刻。 凹次郎は、喜んでいいのか歯噛みすればいいのか迷っていた。 泳がせていた男たちが、ついに赤い丸の入った植木鉢を見つけたのだった。 鉢を壊したり、芽を傷つけたりする様子はない。目的は、朝顔そのものであるようだ。 男たちがある屋敷へたどり着いたのを見届けて、凹次郎は笑った。 いや、彼だけではない。 コトハも。 竜哉も。 ルオウも。 ここに開拓者たちが集まったということは、すべての点が繋がったということなのだ。 ●朝顔 屋敷の主は、ようやく手に入った朝顔の鉢を、まるで宝石を持つかのようにそうっと抱きかかえた。それを持ってきた男たちは、卑しそうな顔つきになって、報酬がどうのこうのと訴え始めている。 「旦那、約束の金を‥‥」 「ああ、分かっている」 一旦、部屋の奥に引っ込んだ主は、金子を持って戻って‥‥はこなかった。 代わりに現れたのは、刀を抜いた用心棒のような荒くれどもだった。 「なんのつもりだ!!」 だが、用心棒たちは、それに答えず、さっきまで仲間だった男たちに斬りかかろうとした。 『てめえら、そこまでだーーー!!!』 突如、雄叫びが轟いた。用心棒も、男たちも動きが止まる。何が起こったのか分かっていないようだったが、雪崩れ込んだルオウたちを、邪魔者だとは察したようだ。 「おまえらこそ、人の家に勝手に入って、ただで済むと思ってんのか?」 「役人でも呼ぶのか?」 ルオウは、わざと挑発的なことを言ってみる。呼べるわけなどない。 「おぬしらの仲間割れは知ったことではないが、持ち出した朝顔は返して貰います」 ずいっ、と凹次郎が屋敷へ近づく。用心棒がそれを止めようと、彼より一回りでかい体で道をふさごうとする。だが、凹次郎はまるで蠅でも叩くように、『強力』で男の体をねじ伏せる。 「拙者、未だ新米開拓者でござってな、この技も覚えたてで力加減が出来ないのでござるよ‥‥」 「痛ェ、ててて‥‥‥」 肩をはずしてしまったかもしれない。構わず、凹次郎は部屋へ上がり込む。騒ぎに気付いた主が、顔を青くしていた。 「な、何をしている‥‥斬り捨ててしまえ!!」 「朝顔屋の一家も、同じようにやったのですか」 竜哉がずばりと聞く。屋敷の主は、狼狽でそれに答えた。 「聞きましたよ。何度も出入りしていたそうですね。そんなに、朝顔が欲しかったんですか‥‥」 「1人も生かして帰すな!!」 用心棒は本気で斬りかかってくる。こうなれば、もう開拓者達にも遠慮はない。鼻が折れようが歯が割れようが、知ったことではない。 騒ぎに乗じて、最初に切られそうになったちんぴら達が、その場から逃げ出そうとした。だがそれは、マキリを握ったコトハによって止められた。 「出来ることなら手荒なマネはしたくありません。潔く、知っていることを全部吐いていただけませんか?」 その口調には全く感情がない。脅したり、なだめすかしたりするような物言いであれば、まだ男達は虚勢を張って抵抗もしただろう。しかし、喉元に刃をあてがいながら眉一つ動かさない女は、しょせん小物をこの上なく震え上がらせた。 はじまりは去年に咲いた、濃い赤色をした朝顔だ。 赤紫色や桃色の花はよく見るが、ここまで赤い花は作ろうと思って作れるものではない。突然変異。偶然の産物である。 緋月の育てた苗から、この花が咲いた。 変異ものから取れる種はほんの数粒。それを朝顔屋の跡取りは、売り物にする気はなく、己の宝物として大事に育てていた。 どこから噂を聞きつけたのか、金を持った蒐集家が、赤い朝顔が欲しいと言ってきた。金ならいくらでも出す、と。下卑た笑い方をする嫌らしい男だった。緋月は、売り物ではないからと断り続けたが、本心は、こんな下品な男に大事な朝顔を渡したくないと思ったからだった。 思い通りにいかないことにしびれを切らせた男は、ついに凶行に走ったのである。 まさかその時すでに、縁日で出会った愛らしい娘に捧げられていたとは知らずに。 ●緋月 朝顔屋一家の惨殺事件の犯人が見つかったという報せの載った瓦版が貼り出された。犯人は、そこそこ名の知れた金持ちの旦那ということもあり、その衝撃が世間を賑わせた。 久琉菜の手元には、戻ってきた朝顔があった。 「緋月さんの、いちばん大事なものやったんやね」 真紀が言うと、久琉菜は困ったように笑った。 「どうして、そんな大事なものを‥‥」 「あんたに、貰って欲しかったからやろ」 久琉菜が緋月に抱いた感情を、同じように緋月も抱いたからに違いない。 真紀のその言葉を聞いて、ふいに久琉菜の目から、涙がぽろぽろこぼれだした。 「ええんやで、あんたは今、泣いても」 あとで一緒にお墓参りに行こう、そう言うと久琉菜は小さく頷いた。 |