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■オープニング本文 3年前のことだ。 柴を束ねてこしらえた人形が、酒や団子といっしょに置かれていた。 うちの山に、いったい誰だ? どうやら、谷向こうの集落の仕業のようだ。 俺の名は隆臣。山の一部を買って木を植えて、それを売るのが仕事だ。もう少しで貯金も大台に乗るので、そうなったら嫁取りをしようと思っている。 この山には住んでるわけじゃない、年に数回、様子を見に来るだけだ。この日、久しぶりに来てみたら、こんなものがある。いったい、どういうつもりだろうか? 向こう側にどんな人らが住んでいるのかはよく知らない、話を聞きに初めて訪れて、ようやく知った。 年寄りしかいない家が10件ばかり集まっている、小さい小さい邑だ。自分たちの食うぶんだけの作物を育てて、谷川から魚を採って、ひっそり暮らしている。一番の顔役らしい爺さんに話を聞いてみた。 「水神様が、現れなすったのじゃ」 「は? 水神様?」 去年、この辺りに嵐が来たことがある、それは俺も知っている、土砂崩れがおきやしないか、心配したものだった。川が氾濫したと、そういえば聞いた。 「その、荒れた川の上に、水神様が立っておられたのじゃ。波のようにうねるたてがみを持った、白い馬のような水神様がな。あの洪水は、水神様の怒りじゃった。供え物をして、ようやく嵐は止んだのじゃ」 ‥‥まあ、たいていの嵐は一晩で止むだろうが、それは言わないでおいた。 「だから今年は、お怒りになるまえに捧げておるのじゃよ」 「だったら、他の場所にしてくれないか? あの辺は、俺が木を植えている場所で‥‥」 「ならん! あそこが、水神様のおわした場所じゃ」 爺さんは顔を真っ赤にし、わなわなと震えながら拒否した。そんなに水神様が怖いのか? 本当に、水神様なんているのか? 俺と同じ山で商売をしている男に話を聞いて納得した。 その嵐の時に、白い馬の形をしたアヤカシが出たらしい。直後に開拓者がそれは片付けたらしいが、どうやらあの集落の人間らは、嵐と洪水と、それらしい白馬とを同時に見て、それを水神と思いこんで畏れているそうだ。アレは違うよアヤカシだよ、と教えはしたが、彼らはこう言って逆に怒ったという。 「水神様をアヤカシよばわりするとは、罰当たりめが!」 ‥‥ささやかな供物をして気が済むのなら、信心をわざわざへし折ることもあるまい、と、俺はそれ以上何も言わないことにした。けどまあ、せっかく酒と団子があるのだから、それはいただいてしまおう。 同じ儀式が3年続いた。 そして今年だ。 今年もまた、あの祭壇が出来上がってるのかと思いながら、俺は山に来た。あるある、相変わらずの場所に酒と団子と柴の人形‥‥じゃない! 白装束の女が座っていた。 「‥‥‥‥どなた?」 美人だ。町の方でも、こんな綺麗な女は見たことがない。 「俺は隆臣、あんたは?」 「‥‥リュウジン‥‥龍神!? ああ、あなたが水神様の化身なのですね?」 「はあ!?」 「兎子と申します。水神様にこの身を捧げとうございます」 「‥‥いやいやいや、捧げるって、そんな‥‥」 「わたくしでは不足でしょうか? しかし、わたしどもの邑では、他に娘はおりませぬ」 「だから俺は、水神じゃないって」 「龍神様ですね。お願いです、わたしどもの邑をお守り下さい。わたくしは戻るわけにはまいりませぬ」 何てぇ勘違いだ! いもしない水神の存在を信じて、人身御供まで出すなんて。 あれはアヤカシだって、とっくに退治されたって、どう言ったら信じる? このまま兎子は、水神を待ち続けて飢え死にする気か? 冗談じゃない。 じゃあ、俺がその水神の化身のふりをして、女を貰い受ければいいのか? そりゃあ、丁度嫁が欲しかったからな、願ったりだよ。でも来年はどうなるんだ? 新しい生け贄が出てくるのかよ? ああ、頭が痛くなってきた‥‥。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
射手座(ib6937)
24歳・男・弓
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●谷向こうの集落 利穏(ia9760)の案内で、以前にアヤカシが現れたところと、川が氾濫した場所、邑までの道を見て回る。3年前に土が流れたところは、自然の風雨に従って新しい川の形を作りつつある。 「そんなに水神然としたアヤカシだったのか?」 射手座(ib6937)が尋ねると、利穏は困ったように首を振る。長い首と四つ足で、白い靄のような障気をまとっていたが、それだけだ。彼が過去に見たアヤカシと、特に違うところはない。ただ、これが嵐の中に、例えば稲光と共に、水の轟音と共に現れたとしたら、アヤカシを見たことがない者にとっては意味を持って映るかも知れない。 「やれやれ、やっと戻ってこれた」 先に邑に潜り込んで様子をうかがってきた雨傘 伝質郎(ib7543)が合流する。橋はここから離れた場所にしか無いらしく、かなり時間がかかってしまったという。 「どうだった?」 「話の通り、年寄りだらけでさァ。けど、勤勉で信心深いのは本当みてぇです、畑は丁寧に耕してあるし、道祖神には花や供え物がありやすぜ」 小さい邑なりの規模の畑があり、外に売らない代わりに己の家で食うぶんには困らない量の作物が作られている。道ばたにある古い石像には、毎日誰かの手で掃除がなされ供え物が置かれてある。 どこにでも見られるような、平和な、のどかな集落である。 「妙だな」 だからこそ、妙なのだ。 なぜ、今年に限って、水神に生きた娘が供えられたのか? 利穏は断言する、3年前と、景色に何も変化はない。川のあふれた箇所は元に戻りつつあり、最近になって崩れたようなところも無い。邑のほうはどうだ。作物が育たないとか、疫病が出たとか、そんな気配は微塵も感じられない。 この場所では理由らしい理由を、ついに見つけられなかった。 ●隆臣 依頼主の隆臣は、普段はこの山に住んではいない、しかし時々木の管理のために訪れるので、雨露をしのぐための、道具置き場を兼ねた簡素な小屋を持っている。 開拓者達は、困り果てている隆臣と共に、そこに集まっていた。 「ギルドで聞いたよ、水神の化身と間違われてるって? 面白い話じゃないか」 「勘弁してくれ」 射手座の言葉に、隆臣は溜息をつく。生贄の娘は未だ居座っており、このどこからどう見ても只の樵夫を神の化身などと思いこんでいる。谷向こうの集落で、いったいどんな話を聞かされたのだろうか。 「あのときのアヤカシが、こんな事態を引き起こすなんて‥‥」 申し訳なさそうに利穏が頭を下げる。だが、いくら彼でも3年前に邑人があらぬ誤解をしていたことまで気付きようがない。 「しかし、なぜ今年に限って人形ではなく人間になったのでしょう? 調べても、邑で何か変化があったとは思えません」 「知らねえよ、あの兎子って女にでも聞いてみないと」 「‥‥やっぱりそうするしか、ないですよね」 利穏の表情がかすかに強張る。依頼を受けた責任としてこうして会話をしているが、本当は苦手なのだ。女性相手だと、ますます緊張してしまう。 「しかし旦那も奇特な人ですね」 と、伝質郎が意味ありげに笑う。 「何が?」 「別嬪なんでやしょう、どうとでも出来ましょうに」 これまでに捧げられた供物を隆臣は己の懐にしまいこんでいた。同じように兎子を、伝質郎が言うような扱いをしたところで、邑の誰にも気付かれまい。しかしわざわざ開拓者に助けを求めたのだ。よほど迷惑だったのだろう。 「じゃあまずは、その生贄娘から片付けるか。隆臣、てめぇにも手伝ってもらうぜ」 有無を言わせぬ口調で巴 渓(ia1334)は言うが早いか、高級そうな十二単や『風霊』と銘された能面など、用意してきた衣装を床に広げた。ジークリンデ(ib0258)も同じように、神々しい雰囲気を醸し出す衣装を身につける。 「本当は、龍神と思いこまれているそなたが変装すればよいのでしょうが、邑の方たちに顔が知られているそうですしね」 「おいらは使い魔をやるなりっ! 『龍』神とは都合がいいなりね、おいらの符の力をっみせてやるなりよっ!」 張り切っているのは平野 譲治(ia5226)だ。水神役をもり立てるための演出を、すでにあれこれ考えてきてある。 「さあて、まずは兎子の目を覚まさせてやるか」 ●兎子 白装束をまとった生贄の娘は、変わらず祭壇の上に座っていた。瞑想しているのか、目を閉じてうつむいている。 たしかに、綺麗な女だった。だが、精気がない。死を覚悟したというより、生を諦めた、そんな表情だった。 真っ白い衣装を纏ったジークリンデと譲治が、音を立てないように、兎子の前に立つ。 「起きよ」 急な声に驚き、兎子はハッと瞼を開く。 「‥‥あなたは?」 「はて、いつもは人形だったはずだが?」 ジークリンデは問いに答えず、目一杯の威厳をたたえた芝居をしてみせる。その様子を見て兎子はこの二人が人ならざる者と信じ込み、深々と頭を下げた。 「これまで、あのような粗末なものしかご用意できず、申し訳ございませんでした」 つまり、本来なら最初の年から生贄を捧げたかったが相応しい者がいなかったため、人形で代用していた、ということか。 「ならぬっ!」 と、譲治は怒りを露わにした。 「生贄なんて‥‥気にくわないなりっ!」 芝居が消えて普段の口調に戻ってしまったが、かまわず譲治は続ける。 「うぬは黙って生贄になろうとしたなりか? 神に身を捧げる覚悟ができて、なぜ生きる覚悟ができないな‥‥もごもご」 譲治の口を押さえつけるジークリンデ。 「そなたの心意気、しかと受け止めた。しかし妾の主は神ゆえに生贄は求めておらぬ。求めるは常と同じものだ。村に戻ってそう伝えるが良い」 「‥‥戻れませぬ」 しかし兎子は頭を下げたまま、小さく震えた。 「わたくしは、二度と邑には戻れぬ身でございます」 「‥‥言うてみい」 地面にぽたぽたと水滴が落ちる。兎子の落ち着くのを二人は待った。 「わたくしは、邑の恥なのです」 「恥?」 涙ながらに語る兎子の身上はこうだ。 兎子の祖父は邑の長である。体面を重んじる祖父が反対するにも関わらず兎子は、ふらりと出会ったよその土地の男と結婚し、邑を出ていった。しかし早々に捨てられ、今年の春に仕方なくここへ帰ってきた。邑長の孫が男に捨てられて出戻ったとなっては一族の恥だ、そこで長は、兎子を供物として捧げるために呼び戻したということにしたのだった。 「わたくしは生きる意味を失いました。どうぞ水神様、この身をお引き受け下さいませ」 一連の話を物陰で聞いていた開拓者達は顔を引きつらせていた。水神役で登場するはずの渓が今にも飛び出しそうだったので、それを押さえるのに必死だった。 これが憤りを感じずにいられようか。 生贄などという古例を是とする連中にも! 体面ばかり重んじる長にも! 生きる意味を失ったなどと簡単に言う兎子にも! ●水神様 夜。誰もが眠りに落ち、邑は静まりかえっている。 長の屋敷に忍び込む影があった。屋敷といっても、立派な門扉を構えているわけではない、よそより大きな牛小屋がある程度だから、入り込むのは簡単だった。 長とその妻の寝ている部屋を見つけると、そっと障子をあけ、長の枕元に立った。 人影は、大きく息を吸い込むと、『咆哮』を発動させた。 『やあ、やあ!!!』 ひいっ、と悲鳴を上げて、老夫婦は飛び起きた。誰かが立っているが、暗くて分からない。 『今年の供物はどうした? まだ届かぬ! いつもの柴人形を早くよこせ!!』 家が揺れるほど声を轟かせると人影はさっと消え去った。 夜半の雄叫びが周辺に気付かれないはずもなく、まだ夜が明けぬ内から、長の屋敷に人が集まってきた。 「ゆうべのアレは、何だったんだ? 恐ろしい声だったぞ」 「うちにも聞こえてきたぞ、確か、供物がまだ届かぬとか‥‥」 「なんと、水神様の声とな? また現れなすったのか!」 「しかし、まだ届かぬとはどういうことじゃ? まさか兎子が逃げたのか?」 群衆のざわめきが大きくなる、その人だかりに向かって、よろよろと少年が助けを求めて近寄ってきた。 「‥‥ああ、人がいた‥‥助けて下さい‥‥」 少年はあちこち擦り傷だらけで、服も破れ、泥で汚れている。恐ろしいものと出会い、怯えて山を逃げ降りたふうだ。倒れそうになるのを助け起こしてやる。 「‥‥谷向こうの山に供物を捧げた邑というのは、こちらですか‥‥?」 「そうだが、あんたは?」 「白い馬の姿をした神が‥‥ここの人たちに伝えろと‥‥たいそうお怒りでした」 どよめきが走る。やはり昨夜の怒号は、水神様のものだったのか。 「いったい、なんと?」 「人形を求めておられます‥‥人の身など望んでいないと‥‥」 少年がそう言ったと同時に、周りの木々がざあっと揺れた。 「うわあああっ!!」 人々の口から悲鳴があがった。十二単を纏った女が、生贄として山へ置いてきたはずの兎子を肩に担ぎ、人間とは思えない早さで木の間を飛び回ったかと思うと、長の家の屋根に乗ったのだった。 女の後ろには巨大な龍が浮き上がっている。 「ひええええ‥‥水神様じゃ‥‥」 老人達は、その場にへたりこみ、手を合わせてしきりに拝んでいる。 彼らの前に、『使い魔』を名乗る二人が現れた。その二人に向かって、水神は兎子を放り投げた。 「兎子、おまえ、どんな粗相を‥‥」 「鎮まれっ!」 孫をとがめようとした長を、使い魔が一喝する。 「畏れ多くも、水神様の御前なるぞっ!」 長は再びぬかずいた。兎子を隣にやり、彼女の頭も同じように下げさせた。 「おぬしが長か」 「ははっ」 「なぜ、今年はいつものような人形にはしなかったのか」 「そ、それは、御神前に捧げるのは若い娘と昔から‥‥」 「この、愚か者がっ!」 使い魔ではなく、水神みずからが叱責した。 「全て、知っておるわ。きさまらの卑しい思惑の詰まった女など要らぬ。恥じるべきはきさまらだと知れ!」 長は頭を上げない、上げられるわけがない。自身の面目の為にしたことが明るみに出て、どんな顔をしていられようか。 龍の姿は徐々に消えていく。女も、夜明け前の暗さに溶けて消えていった。 「よいか、神に捧げるべきは穢れなき人形ぞ‥‥」 使い魔たちも消えていった。 ●隆臣と兎子 屋敷に戻ったものの兎子は、祖父に恥さらしと罵られ、部屋から一歩も出ることを許されなかった。しかしそこは、一度忍び込んだ勝手知ったる間取り、伝質郎に教えられて開拓者たちと隆臣はさっさと兎子の部屋を見つけ、窓を外側から叩いて呼び出した。 「‥‥どなた?」 山の中で最初に出会った男だ、と兎子は気付いた。たしかリュウジン‥‥そう、龍神とはこの人ではなかったか? 「貴公には知っておいてほしいと思ってね」 よっ、と窓から中に入る射手座。隆臣も腕を引き上げられ、同じように中に入る。 「水神様はいない。全部、私たちの芝居だよ。アヤカシを水神と信じ込んだ、貴公の祖父達のためにね」 「アヤカシですって!?」 にわかには信じがたい話だ。長が、アヤカシを奉り、孫である自分をアヤカシなんぞに捧げようとしたとは‥‥。 射手座は淡々と、事実のみを話した。まだ若く、よその土地を知っている兎子なら冷静に判断出来るだろうと信じて。そして結果は期待の通りだった。 「まったく、ご迷惑をおかけしてしまって‥‥」 「それで、話はここからなんだけど」 おい、と射手座は隆臣の体を肘でつついた。しかし隆臣は、しどろもどろで何を言っているのか分からない。 「あー、こほん。つまり、俺もそろそろ、嫁を捜そうかと思ってたところで‥‥」 一目惚れ、なんて言うと陳腐だろうか。隆臣は目の前の綺麗な娘の顔をまっすぐに見られなかった。 「あ、ありがとうございます‥‥ですが」 自分にはそんな価値はない、そう言って兎子は再び俯いた。 「そんな考えでどうするなりかっ!!」 窓枠によじ登って、譲治が叫んだ。家人に見つかろうが、知ったことではない。 「生贄になったときと同じなりっ! 人生をやり直す覚悟はできないなりかっ!? もっと抗うなりよ、いくらでもやり直せるなりっ!!」 「まったくだ。俺はさっきから、てめぇをぶん殴ってやりたいのを抑えてるんだぜ」 渓が拳を押さえつける仕草をする。屋敷の壁に阻まれてなかったら行動に移していたかも知れない。 恥さらしと罵られているのなら、もう怖いものはないだろう。 何度でも失敗すればいい。 何度でもやり直せばいい。 さすがに騒ぎに気付かれたか、家人が近づいてくる気配がした。長居は無用と、開拓者達は退散する。 「妾たちの仕事は終わりましたので、これで帰りますが‥‥でもね」 去り際に、ジークリンデは言った。 「隆臣さん、いいひとですよ。生贄にされたそなたを助けたくて妾たちを呼んだのですから」 |