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■オープニング本文 『はれる屋』は、開拓者に人気の飯屋である。一膳飯と汁だけの簡素な食事ではあるが十分な量が安価で提供され、何より屋根のある建物の中、座って落ち着いて食べることが出来るのが有り難い。ただ腹を満たすだけならそのへんの屋台で間に合うのだが、食べながら仕事の相談もしたいという欲張りな開拓者は好んでこの店を利用していた。‥‥もっとも、重要な相談はおおっぴらに出来るものではない。なのでここで交わされる議論など、他愛ないお喋りの域は出ないのであるが。 給仕をしているのは、店主の娘である、麗(うらら)と晴(はる)という名の姉妹だ。歳は姉の麗が14、妹の晴が8つ。姉妹は、開拓者たちの話を聞くのが好きだった。 あらゆる国を飛び回り、不思議な珠を操り、精霊の声を聞き化物と戦い、見知らぬ世界を識る者達‥‥。彼らの語る冒険譚は、どれも物珍しく魅惑的だった。特に妹は、父親に何度も叱られても仕事をする手を止めて、目を輝かせて聞き入っていた。 「あんたも開拓者になってみませんか?」 洗い物をしていた麗に、声をかける者がいた。糊のきいた着物を着て、頬は丁寧に髭剃りをあてた、爽やかな好青年といった風情の男だった。 「開拓者ねえ‥‥憧れはするけど、やっぱり怖いわ。危ない目にも遭うんでしょう?」 「好んでそんな仕事を請けなければいいんですよ。それよりも開拓者になれば、本島の学校に通えて、専門的な学問や技術を学べますよ。国の発展のため、見込みのある子を探しているんです、いかがですか?」 男は朗々と、魅力的な話をもちかける。よくよく見れば青年はかなりの美男子である。艶やかな唇から囁くように口説かれて、麗の胸は大いに揺さぶられた。 「いいお話ね、でも‥‥」 「開拓者になれば稼げます。飯屋の女給なんかよりも、何倍もね」 とたんに麗の目が覚めた。 言うに事欠いて、この男は父親を侮辱したのだ。 「他を当たってくださいな!」 不快感を隠すつもりもなく、麗は踵を返して家に入っていった。 次の日。 晴の様子がおかしい。 「晴、早くお店手伝って。忙しいのよ」 昼飯時になるのに、晴が寝床から出てこない。しびれを切らせた麗が、布団をひっぺがすと、晴の手から何かが転がり落ちた。 「何?」 「ダメーッ!!」 拾おうとした麗の手を払いのけ、晴は慌ててそれを拾い上げた。 「何なの、晴?」 「‥‥‥‥みんなにはヒミツにしてね」 言いにくそうに、晴は口を開く。 「宝珠なの」 宝珠? あれが? 晴の手の中には、黒い石があった。きれいな球形で、よく磨いているようだが、ただの河原の石にしか見えない。 「石に見とれるのはほどほどにして、とにかく、お店を手伝いなさい」 姉に叱られ、ようやく妹はしぶしぶと這い出てきた。 この日の客達のお喋りはいつもと違っていた。 ここ数日、綺麗な男を見かけると。町の可愛い娘達とよく話していると。 町はずれに、見知らぬ飛空船が停まっていたと。 「何だろうね。嫁探しかな」 「だったら親父さんも気をつけろよ、可愛い娘が二人もいるんだから」 「こんな鼻ペチャでいいなら、いくらでも持って行けってんだ」 「もー、お父さんったら」 「おい、もう一人の鼻ペチャはどこだ?」 晴がいない。 夜になっても、帰ってこなかった。 |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
鷺ノ宮 月夜(ia0073)
20歳・女・巫
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
朔夜(ia0256)
10歳・女・巫
中原 鯉乃助(ia0420)
24歳・男・泰
武六(ia0517)
20歳・男・陰
木立 瑠璃(ia0630)
14歳・女・巫
楊 才華(ia0731)
24歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●はれる屋 はれる屋の暖簾は今日も出ている。 威勢のいい親父の声が響き、女房は汁の実をきっちり同じ数に注ぎ分け、しわくちゃの婆が糠床から自分に似た大根を引きずり出す。盆の上に人数分の茶碗が積まれると、二人の看板娘が下駄の音を小気味よく響かせながら客の元まで運んでくるのだ。 だが、今日はその音が、ひとつしか聞こえない。代わりに、厨房から何度も長い溜息が聞こえてくる。 「もぉ、母ちゃんも婆ちゃんも! 飯が不味くなるよ!」 麗だけが気丈に‥‥かと思われるが、そうではない。いつもの明るさが消えてしまっている。 朔夜(ia0256)は麗をよく知っている、14歳の娘らしく活発で朗らかで、しかし妹の面倒も見る気だての良い娘だ。自分とは正反対とも思える快活さは羨ましくもある。だが、今日の麗の姿は痛々しい。家族の揃わない辛さを、どうして朔夜が知らないことがあろうか。 「晴さんは、私たちが見つけますよ」 檄征 令琳(ia0043)は麗を励ましてやる。 「家族の絆は、私達が守ってみせます」 そう言われ、麗はいくらか安心したようだ。いつもの手際のよさで、卓に椀を並べていく。 令琳は湯気の立つ味噌汁をすすった。今日の実は冬瓜と油揚げだ。幼い晴は、いつもの食事も摂れず、さぞ寂しい思いをしているに違いない。それを考えると、美味い飯もなかなか喉を通らないが、努めて悟られないようにする。 「ここまでの話を聞いた限りじゃ、その色男が怪しいね」 回りに自分たち以外に客がいないのを確かめて、楊 才華(ia0731)は本題に入った。男が現れた日と前後して目撃された飛空船、直後に消えた娘。とても無視出来るものではない。 「白昼堂々、声をかけたんだってね。こりゃあ、慣れた連中の仕業かしら」 「その男の人の顔、覚えてるですか?」 麗から急須を受け取りながら、木立 瑠璃(ia0630)は尋ねた。 「そうね、印象的だったわ」 瑠璃は、空になった飯碗に茶を注ぎ、最後の飯粒も綺麗にかき集めると、それを飲み干した。 「じゃあ、ちょっと描いてみるです」 箸を置いて両手を合わせ終えると、おもむろに懐から紙をとりだした。 「色は白くて、顎がシュッとしてて‥‥」 麗の言う特徴を描き出す瑠璃。 それを覗き込んで、才華は感心したように言った。 「棘の生えた茄子の絵かい? 巧いもんだねえ」 「‥‥いじわる」 ●聞き込み 一方、こちらは飲み屋での聞き込み班。はれる屋などの飯屋と違い、客は主に壮年の男達だ。女房に聞かれるとまずいような話でも、ここでは酒の入った気安さからも色々と漏れ出てくる。初対面だろうと同じ銚子の酒を注ぎ合えば親友である。井伊 貴政(ia0213)と中原 鯉乃助(ia0420)も、会ったばかりの男達に混じって杯を空けていた。 「あんた達は、アレか、開拓者かい?」 「おッ、分かるか」 「分かるよ、この辺じゃ見ない顔だしな。この町は初めてか?」 他愛の無い話をとっかかりに、貴政はあれこれと話を始めた。 「ここにも開拓者はよく来るのか?」 「日によって、だな。今日はよく見る日だ」 「ということは、おいら達以外にも、いるのか」 鯉乃助が身を乗り出した。 「ああ、昨日だったか、見知らぬ飛空船を見たぞ」 「でもあれは開拓者じゃないだろう、カタギの船じゃなさそうだぞ」 「だよな、ありゃあ、普通じゃねェ」 話題が謎の飛空船のことになると、よほど彼らは関心を持っていたのか、場が盛り上がってきた。貴政は、すかさず次の酒を注ぐ。 「お兄さん、見たのかい?」 「俺じゃなくて、魚屋の大将から聞いたんだけどな、小便しようと草むらかきわけたら居たってよ」 「なるほど、そりゃ普通じゃない」 「じゃあ、もしかしてその、いかがわしい連中もこの辺をうろうろしてるのか?」 「そうだな、あんた達とかね」 「違いねえ」 鯉乃助はけたけたと笑い、女給に追加の銚子を注文した。 「お姉さんは、どう? 開拓者に会う?」 「アタシ? アタシは見てないけど、でも隣のユミちゃんが昨日、声かけられたって。一緒に本島に行かないか、って」 「なんだあ、開拓者ってのは女に手が早いのか」 「ユミちゃんなんか、まだ子供だぞ。こないだまでオシメしてたんだからな」 酔った連中に小突かれ、二人は否定もせず困った顔をしていた。 ●物色 この町はなかなか賑やかだ。人の往来も多く、活気のある商店が並んでいる。鷺ノ宮 月夜(ia0073)がちょいと歩いただけでも、綺麗な生地の着物は売られていたし、美味しそうな団子屋をいくつも見つけた。 「よっ、べっぴんさん。この櫛をつけたら、もっと美人になるよ」 見え見えの呼び込みの声に応えて、月夜は櫛を受け取った。店には大きな鏡があって、それを覗きつつ、櫛をあててみる。 店の鏡は立派なもので、後ろの風景もくっきりと映り込んでいる。 「月夜、何かいいの、有った?」 呼ばれて振り返ると、才華が手を振っていた。隣に瑠璃もいる、ということは、はれる屋からの帰りなのだろうか。 「ちょうど良かったですわ、これを見て頂けます?」 月夜は櫛を前髪にあて、鏡をのぞき込み、そこを指さした。‥‥否、指している場所は、少しずれている。通りの反対側に居る、細面の男が映っていた。 (「買物をするでもなく、誰かを待ってる様子もなく、何というか‥‥不自然なんですの」) 3人は、櫛を戻して店から離れた。男は、そこから動かない。だが、目線がこちらを追っていた。 ●飛空船 山の中腹に、ぽっかりと開けた場所がある。昔に畑でもあったのだろうか、そばに崩れかけたあばら屋がある。どこかに繋がる道があるわけでもなく、町の者は誰も近寄らないし、そもそもこんな場所があることすら知らないであろう。 武六(ia0517)は、半分枯れた池に釣り糸をたらしていた。時々、弱ったドジョウが捕れるが、目的はそんなものではない。武六が見ているのは、水面ではなく、藪の向こうに覗き見える飛空船。数日前からあるという噂のの場所をつきとめ、こうして見張っているのだ。 (「意外と疲れますね」) 常に動き続ける水面を見つめることはあんなに楽しいのに、全く動かない飛空船を見張り続けるのは何故こんなにつまらないのだろうかと独りごちる。 「どう?」 戻ってきた朔夜が、隣に座った。 「ドジョウが一匹、魚籠から出て行って帰ってこない」 「こんなドジョウかしら?」 朔夜の手には、瑠璃の描いた似顔絵があった。藍色の着物を着た、髭のない美男子の絵だ。 「確かにこの柄の着物だったが、でも茄子じゃない」 「文句は画家に言って。‥‥ちょうど、来たようですし」 飛空船と同じ視界に瑠璃が入った。男と一緒だ。 「あのヤロウ、目の前にこんないい女がいるってのに、瑠璃の尻ばっかり見てンのよ」 才華と月夜も集まってきた。月夜は困ったように眉をしかめている。 「大人の女の魅力が分からないとは、可哀想な男ですね」 貴政が才華の手を取り、調子の良いことを言う。 「仕方ない、やつらの狙いは子供だったようだしな」 鯉乃助の聞き込みに成果だ。声をかけられたのは、15歳に満たない少女ばかりだった。何の目的があるのか知らないが、まともな目的ではないだろう。 などと話しているうち、瑠璃と男は飛空船の昇降口に近付いた。下から声をかけると、船の窓から別の男が顔を出す。どうやらそこが、操縦席のようだ。二言、三言と言葉を交わすと、梯子が降りてきた。 それを昇ろうとした男が、何かに気付いて立ち止まった。 「‥‥誰だ、あんた?」 「すみません、私、こういうものです」 令琳が言い終わる間もなく、式が男の回りに現れた。 「ッな、何だぁ!!」 「ちょーっと、人を捜してるだけですよ。なに、梯子をこのままにしててくれたらいいんでね」 貴政はこれみよがしに右腕に筋肉を集め、手すりを押さえつけた。 開拓者達がこの間に、次々と船に乗り込む。 「くそぉっ」 操縦室の男がガチャガチャと操縦桿を倒し、離陸しようとするが上手くいかないようだ。焦る男を、才華が蹴り倒し、後ろ手に捻りあげる。 「この人数で重くて飛べない? ‥‥てことは、まだ居るのかしら?」 男は馬鹿正直に、右奥の扉に目を遣った。 「誰かいる?」 月夜が扉を叩く、が、返事はない。内側から鍵がかかっていて開かない、だが、物音がする。誰か居るのは間違いない。 「扉から離れてろ!」 勢いを付けた鯉乃助の足が、板の薄い部分を蹴破った。そこから手を突っ込み、鍵を外して、ようやく戸は開いた。 少女が3人、手足を縛られた上に、さるぐつわを噛ませられて転がっていた。 晴もいる。ずっと泣いていたのだろう、目の回りが涙でがさがさになっていた。 「言い訳は、出来ませんね?」 武六は怒っていた。使役出来る全ての式を呼び出し、悪人共の動きを封じる。船にいた男は全部で4人、それらを芋虫のように縛り上げた。 「これがアヤカシなら、遠慮せずにボコボコに出来んだけどな」 怒りの収まらない様子で、鯉乃助は言う。 「ここで裁きを下したいところですが、それは依頼にありませんからね‥‥覚悟して天に裁かれて下さい」 後に役人たちから教えられた話であるが、男達は少女を狙って売りとばしていた組織の一部であったそうだ。この捕り物で、組織の大元への足がかりが出来たらしい。 悪い大人に騙されたとはいえ、甘い話にほいほい乗っていった晴も軽薄ではあった。家族は晴に対して、泣いたり喜んだり怒ったりと大忙しだった。 「ほれ、ともかく飯を食え」 父親は無事に帰った娘に飯を盛る。 娘は、飯と、味噌汁と、しわしわの糠漬をがつがつと掻き込んだ。 「せっかくなので、私もごはん食べて帰るですー」 はれる屋が今日も暖簾を出したので、瑠璃も食事を済ませることにした。 小気味よい下駄の音がいい匂いを運ぶ、いつも通りの光景が戻ってきた。 |